~命令記述(コーディング)~
しばらく廊下を歩いた後、図書館のようなところに通される。
てっきり、もっと広くて被害が出ても大丈夫な場所で行うものだと思っていたが。
少女が躊躇いなく席に着く。
男性は本棚へと向かい、既に2、3冊ほど手に取っている。
傍にあった棚に並べられた本に目を通すも、自己啓発のような本ばかり並んでいて、手に取る気が起きない。
特にすることもないなと席に着こうとするも、ある事実に気が付く。
少女が、目の前の椅子に座っているのだ。それも4人掛けの机で。
隣に座ると男性の怒りを買いそうだ。
かといって避けるのも悪いか。
仕方がないので、適当な本を取りに反対側の棚へ———
と思っていたら、男性が戻ってきてしまった。
「何をしているんだ。座ったらどうかね」
そう言われて少女の隣へ座る。
僕が席に腰かけるのと同じくして、彼は1冊の本を開き、こちらに向けた。
表紙を確認してみると、それは、設計書の書き方を記した本の様だった。
男性が指を鳴らすと、司書らしき人が盆に乗せた羊皮紙を運んできた。
「これは平民の丸三日分の食料と同じ価値だからな」と軽く脅され、設計書を受け取る。
少女が本の図を指指しながら、説明をしてくれる。
設計書の書き方を掻い摘んで説明すると、まず、記号や暗号の混ざる書式と呼ばれるものを設計書に写す。そして、書式にある空欄に、作りたい物などに沿った暗号を書き込むらしい。
使い方の説明は、基本的に創造を行うための書式が主だったが、定義という書式を書くと、ある物や生物を改良したり、この世に存在しなかったものを作り出したりすることもできるそうだ。
設計書を書く上で、定義の書式を使うのは暗号をある程度理解する必要があるため、とても難易度が高く、王族の中でも書くことが出来る者は数人程度しかいないらしい。
暗号の解読は至難を極めたが、ここ数年は大きな成果が上がっているのだとか。
……と、いう話を聞きながら、僕は思った。
これ、とても簡単なのでは?
というか、あれ?これ、英語?というかプログラムじゃね?
ってかみんな、これ読めないの???
そんな、最早相手を馬鹿にしてしまう程の驚きが、僕を駆け巡った。
なぜなら、最初に渡されたテンプレートには、たった一文。
this.add(new ○○());
とだけ書き記されていたからであった。
記憶がないのに知識があるとはかくも不思議な話ではあるが、会話が成立している以上、僕が失ったのは、どういう風に生きてきたかの記憶だけの様で、生きていくうえで重大な、”言語”に関する知識は完璧に有しているようだ。
そして、僕は知っている。
プログラミングという技術を知っているのだ。
プログラミング、そう、プログラミングといえば、パソコンだ。
計算も娯楽もすべてを完結させてしまう、あの金属の箱だ。
この城では一度も見かけてはいないが、あれさえあれば大抵のことはできるといっても過言ではない。
パソコンを動かすためには、英単語と記号で命令を書き記す必要がある。
それをプログラムと呼ぶのだ。
そして、不思議なことに、いや、面白いことに、僕の目の前に差し出された本に書いてあった書式とやらは、そのプログラムとそっくりだったのだ。