普通の悪役令嬢が没落から再起した場合 ~普通に全身のバネを使って垂直5メートル跳ぶ~
草木も眠る丑三つ時。
見た事も無い魔物が出現するようになったということで、腕利きの冒険者達が民家で待機していた。
かなり古い木造で、趣があるといえばそんな感じである。
言い換えればボロ家屋。
ギィー……。
「おい、誰かドアか窓開けっ放しか? 軋む音がうるせぇぞ」
ギィィー……。
「いや、この家の窓は打ち付けられているし、そもそも今日は風なんて吹いてなかっただろう」
ギィィイ……。
「じゃあ、この音は……」
カサカサと地面を何かが這う音が聞こえた。
それと同時に、不快な何かが軋むような音も近付いてくる。
剣を抜き、構える冒険者達。
「ギィィイ……」
ヒジとヒザを90度に曲げて、地面に張り付くような低い体勢の何か。
それを人と認識するまで数瞬の時がかかった。
「ひっ、なんだありゃ」
黒い鉄仮面を装着した髪の長い女性。
口から発せられる、歯ぎしりのような音。
「ギィィイイイイ!」
バウッ、という聞いたことの無い音と共に、事前動作無く垂直に跳び上がった。
視線を上に向けると、天井に張り付いていた。
高さ約五メートル。
「あ、あれが」
「ワタクシ ノ ナマエ ヲ イッテ ゴランアソバセ」
「悪役令──」
* * * * * * * *
あらすじ。ジャンル恋愛。
身長はリンゴいくつ分か、体重と年齢は──ヒ・ミ・ツ!
自分探しの海外旅行が趣味で、女の子らしく甘いWEB小説なんかも読んじゃったりする私──通称ラッ子ちゃん。
そんな私が、異世界へ召喚されちゃったの。
右も左も分からず、さぁ大変!
でも、優しいお喋りゴブリンのリンさんと、口べたオークのバットさんに助けてもらいながら異世界で生活し始めたの☆
可愛いお洋服のお金を稼ぐために冒険者になったり、ちょっと悪役っぽい令嬢さんと衝突したりしながらもお友達になったりもう、しっちゃかめっちゃか!
でも、がんばる! 女の子だもん!
「──『でも、がんばる、女の子だもん』……っと」
「ラッコちゃん様、何をしてるんです?」
夜の森──野宿中の我は、たき火の明かりを頼りに紙に向かってペンを走らせていた。
それを疑問ありといった表情で覗き見てくる一匹のゴブリン──フレンドのリンである。
「これまでの日記をな。我の趣味はWEB小説ゆえ、この異世界に転移してきた数ヶ月前から付けているのだ」
恋愛ジャンルで『最高に可愛いです! 胸がキュンキュンしちゃいます!』と言われるのが夢である。
「う、うぇぶ……? ああ、あっちの世界の書物という、例のうぇぶ小説ってやつですよね。あっしもラッコちゃん様との出会いからの拳王録を付けていますよ!」
「ほう、見せよ」
ゴブリンから手渡された分厚い本を一瞥。
思わず、我の押し花表紙のノートと比べてしまう。
「どうです、ラッコちゃん様にふさわしいエモノに記さないといけないと思って、魔王室御用達の筆記用具店から地獄直送で取り寄せたんですぁ」
リンが自信満々にオススメしているのは、顔の皮が張り付いた表紙だ。
「処刑された低級悪魔の革らしいっすよ! 天使革は希少で手に入らなくて──」
思わずしかめっ面になってしまう。
「あ、ああ!? すいやせん! や、やっぱり殺りなれた人面革がよかったすか!?」
「いや、我はもう少しシンプルな方が好みだ」
ピンクの花柄とか、猫の絵が良い。
「ちなみにペンは、人間を五百人喰い殺したと言う……デビルパンサーのピンク色の筋肉むき出しの指ペンですぁ!」
我の知ってる猫グッズじゃない。
もう良いとゴブリンを遮り、その本を開いて中の文章を見る。
「あ、そういえばこっちの世界の文字は──」
「大丈夫だ、三日で修得した。拳に不可能は無い。真なる王は文武両道であるべきだからな」
「さすがっす」
なになに──。
羅嗚子様の拳王伝説。
身長223センチ、体重236キログラム、体脂肪率1パーセント。
年齢不詳だが、本人情報によれば若いらしい。
魔物基準で言う若さだと、二百歳辺りだろうか?
腕の太さは成人男性の胴体と同じくらいで、その怪腕から神の如き拳法を繰り出す。
転移前の世界ではゆるふわ自分探しという名の、武者修行を兼ねた地域制圧に明け暮れ、うぇぶ小説という武術書が趣味。
襲ってきた五人の屈強な男達をなぶり殺しにしてる最中に転移に巻き込まれる。
右も左も分からない状況のはずだが、最初に出会った我々魔物を支配。
拳王の風格を颯爽と表す。
逆らったこの俺を殺さずいてくれて、リンと名付けてくれた。
名前の由来はゴブリンだから、という安易なものでは決して無いだろう。
相棒であるオークは殴り殺された後、バットという名前を付けてもらっていた。
武器が木の棒だからとかではないだろう、決して。
今は蘇生されて元気だ。
敵には死を、味方には温情を。
それは最初からずっと変わらなかった。
初日に逆らった悪役のような人間令嬢を拳で破壊。
転移者を名乗っていた奴隷組織トップの男も拳で破壊。
二人とも、その身体に指を深く突き入れられた瞬間、地獄が待っていた。
男の方はこの世の物とは思えぬ悲鳴……『あべしッ!』と言いながら破裂、無残に死んでいった。
人間令嬢の方は、一ヶ月の地獄の苦しみを与えられて人格が崩壊。
噂では、復讐のためだけに生きるバーサーカーになってしまってしまったらしい。
我らが拳王──ラッコちゃん様と衝突したら死、破滅あるのみ。
その領地ですら、猛、死地野火滅茶苦茶火だ。
「……少し良いか、リンよ」
「へへ、自信作なんですぁ! もっともっとラッコちゃん様の格好良さを表現したくなりますぁ! 柄にも無く文章っていうもんを書いたけど楽しいっすね!」
我は表情を隠しながらも、あり得ない暴力性を書き記した文章に怒りが煮えたぎっていた。
だが、我に創作物を見せて、嬉しそうな顔をするゴブリン。
なまじ、趣味がWEB小説を書くことなので、その無邪気に喜んでいる顔に向かっては何も言えない。
「……最後に『でも、がんばる。女の子だもん』とでも付け足しておけい!」
「わかりやした! ええと『だが、未だ研鑽を続けようぞ。拳王故にな!』と……」
……格好良さでは無く、可愛さを称えられたいものである。
「憤ッ」
我は、野宿中に襲ってきた猪の頭部全体を手の平に包み、一気に握りつぶした。
* * * * * * * *
朝になり、山道を徒歩で進む。
人が歩いた形跡はほぼ無く、獣道に近いので魔物連れでもあまり問題ない。
「ぐぬぅ……」
昨日のせいで、我が生涯にかなり悔いが出てきた。
そもそも異世界に来た、テン上げ(天に向かって腕を突き上げるポーズ)で、つい『拳王』とか呼ばれるくらいの態度を取ってしまったのがいけないのだろうか。
本当はペンネーム:ラッ子ちゃんに相応しい女の子に憧れているというのに。
思わず我はため息を吐いてしまう。
「ど、どうしたんだな。ラッコちゃん様」
いつもの口べたな感じで心配してくれるオークのバットである。
何か棍棒持ってそうなイメージと、とばっちりを食らう運の悪い体質っぽいのでそう名付けた。
「いや、なに……ちと我に未だ足りぬモノがあると思ってな……」
可愛い小物。
これは街に侵入した時にでも入手するとしよう。
次に服だ。
可愛い服が欲しい。
フリフリで、お姫様のようなものだ。
金さえあれば何とかなると思って冒険者ギルドで稼いだりもしたが、どうやらこの異世界には身長223センチに合う女性服が無いらしい。
そんなわけで──。
「うぬら、この服をどう思うのだ?」
「どうって、そりゃあ」
分厚い大胸筋を強調するかのような漆黒のゴム素材、更に鍋のような金属肩パットが物凄い主張をしている。
それとセットで角付きのバイキングのような兜。
「サイコーに格好良いっすよ!」
「んだ! んだ!」
二人が調達してきたが、元の世界ではシモムラでも見た事無い。
異世界侮りがたし。
……とりあえず恥ずかしいので、なるべくマントで前面を覆い隠すようにしている。
「そ、そうか」
フレンドの二人に悪気は無さそうなので、我慢する事にした。
だが、百歩譲って、ここまで百歩譲っておくとしよう。
ここはどこだ? そう、異世界だ。
もっと、王子様との突然の出会いなどが……。
いや、高望みしすぎだろうか。
ここは人気の無い獣道だ、追っ手から逃げ来た貴族の三男坊辺りが無難だろうか。
そこから二人の愛のタネを育てていくかのような、恋愛ジャンルのお砂糖テンプレストーリーが……。
「ら、ラッコちゃん様! 向こうから人間達が! 誰かを大勢が追っているようですぜ!」
「ふむ、そうか」
テンプレはこうでなくてはいけない。
「た、助けてくれぇ! この植物の種籾をぉ、一週間飲まず食わずでやっと見つけた種籾をぉ!」
「おらぁ! その種籾をよこせぇ!」
四つん這いで必死に逃げる老人と、それを追っている高級服の貴族っぽい凶悪集団。
出来れば、貴族が追われていて助けるのが恋愛テンプレだが、この状況を見て見ぬ振りは出来ぬ。
「ゲス共めが……」
「ラッコちゃん様、あれを助けるんですか?」
「あのような性根の腐ったものなど、我が覇道には必要ないわ」
我はゆっくりと、老人と貴族達の間に進み出る。
「な、なんだお前は! ずいぶんな巨漢だが……ジジィの仲間か?」
「いや、知らぬ人間だ」
「ああん? それならどきやがれ! いくらデカくても、この数相手だ! ケガぁするぜぇ! あんちゃんよぉ!」
「ほう、我と戦う気か。良かろう、教育してやらなければいかんな。相手の息の根を止めて何かを奪うときは、潔く一対一でやれとな」
──数秒間、我はその場で一歩も動かず。
指一本だけを揺らがせる、それだけで勝負は付いた。
「ひゃああ」
「しょぅぅ」
「せ、ッかぁっ!?」
「にィ~~い!!」
「なろ、うっ」
「あっいて! いててて! てはっ!」
……とても恋愛ジャンルとしては、描写できない日記になりそうだ。
また、ついつい頭に血が上ってしまったらしい。
全力で忘れよう。
我は何もしていない、見ていない。
「すげぇ、さすがラッコちゃん様だ! 数十人を指だけで全員殺っちまったぜ!」
「し、しかも……よく見てみろぉ……一歩も動いていない」
解説やめぬか。
「ま、まさか!? あなた様は……悪の王侯貴族達を次々と成敗していく、飛び道具が一切効かないという拳法の使い手の──」
立ち去りたい、立ち去ろう。
と思ったが……。
「う、ごほ、ごっふぉ! ゴファッ!」
老人が血液混じりの大きな咳をした。
一瞬、駆け寄って抱え起こそうとも思ったが、吐血って何か怖いし近くで仁王立ちするだけにした。
「老体、怪我か?」
「に、逃げている途中……奴らに……。もう長くはありませぬ、最後にお願いが。どうか、どうかこの種籾を……」
種籾の事もよく分からないし、この異世界の事もよく分からないが、何か普通に緑あるファンタジーなのに種籾を守るというのは違和感がバリバリある。
「お、おい、リン。この世界で種籾って貴重なのか? そういうものなのか?」
思わず小声で聞いてしまう。
「あたりまえっすよ!」
……うぬぅ、本気だったのか。
「このワシの最後の頼みを……どうか村まで……村までこれを。今日では無く、未来のための種籾を……ぐふっ」
老人は、我に種籾の入った袋を渡した後に息絶えてしまった。
「……ふん、勝者としてもらっておいてやろう。地獄への通行料だとでも思っておくのだな」
「ら、ラッコちゃん様。今、種籾は高騰していて、売れば大金になるんだな」
「パァーッと出来ますね、パァーッと!」
我は振り返らず、歩みを進めた。
「そのジジィの村が見たくなった。ゆくぞ」
その未来が詰まっている種籾の袋は確かな手応えで、どんなものよりも重く、熱く感じられた。
* * * * * * * *
「ラッコちゃん様、それ売っちゃった方が良かったんじゃ……」
「我もそう思う」
ピンピンとした姿で、一行に加わっている老人──スミス爺さん。
「いやぁ、バットさんの背中で楽ちんですじゃ!」
「おで、力持ち!」
息絶えた後に、ゴブリンシャーマンであるリンが蘇生。
あっけなく生き返った。
どうやらこの世界では、肉体の損傷や時間経過などの条件次第ではお手軽に生き返れるらしい。
何か覚悟っぽいものを返して欲しい。
「もうすぐ村に着くのですが、皆さんは魔物なので村人達が驚くかもしれませんじゃ。ですが、どうか穏便に……」
我、魔物じゃない。
「ふむ。そっすね、また変身魔術で人間に変身しますか」
「アイアムアヒューマン……」
* * * * * * * *
「す、スミス爺さんが帰ってきたぞー! 種籾を手に入れてきたぞぉー!」
見るからに貧しい村だが、我達一行の姿を見た途端に沸き上がっていた。
ちなみに我の今の姿は身長が130センチ、二の腕とほっぺプニプニのポニテ女子小学生ボディである。
顔つきも、前に鏡で見た時は無駄に可愛らしかった。
おつきのリンとバットも、優男と筋肉質兄貴といった男性に変化している。
「こちらの方々が助けてくれてくれたのじゃ! 皆の物、これで来年は米が腹一杯食えるぞぉ!」
「スミスお爺ちゃんを助けてくれて、ありがとう! お姉ちゃん!」
我よりさらに小さき身の少女が近寄ってくる。
その手には、何か可愛らしいものが。
このパターンは、偽装された手榴弾による暗殺を思い出すが、“ニオイ”は平気なので害意はなさそうである。
「はい、これあげる! 丁度、二つ作ってたんだ!」
ドングリなどで作ってある、簡素なアクセサリー。
長めの紐が取り付けてあるため、ネックレスのつもりだろうか。
「片方はわたしで~、お姉ちゃんとお揃い!」
我は武者震いをしながら、ニィっと口を大きく歪ませ、拳を大きく前へ──。
「ら、ラッコちゃん様! 気に入らなかったからって拳で破殺は不味いですよ!?」
何故か、リンが怯えながら止めようとしてくる。
我はそれをスルーして、ドングリのネックレスを拳の中に握り、もう片方の手で少女の肩を掴んだ。
「良い装飾品だ。我に献上する品としては上々」
明るい表情を見せた幼き少女を眺めながら、ドングリのネックレスを身につける。
「うぬと我。お揃い、だ」
「うん!」
そこへ村長らしき者が慌ててやってくる。
「あ、あなた様はもしかして……拳法使いの羅嗚子様では!? わ、私どもの村へよくおいでくださいました! こ、今宵は宴を催しますので──」
そこで我は気が付いた。
微かに聞こえる赤子の泣き声。
「おっほぉ。お、おで腹減ったんだな! 腹一杯食う! 食う!」
食べる事となるとテンションが上がるオークのバット。
リンもまんざらでは無い表情で、我の返答を待ちわびている。
「必要ない。急ぎ立ち去る諸用があるのでな。うぬら村人達で楽しむが良いわ」
「ええっ!? ラッコちゃん様、御礼の宴くらい……」
呆然とする村人達に背を向け、歩を進める我。
それを追いかけてくるリンとバット。
「聞こえぬか、赤子の泣き声が」
「あっ……」
「女達の乳が出ぬためだろう。そんな貧相な村に用はない」
「ら、ラッコちゃん様……村の負担にならないように……」
「それに礼なら既に貰い受けた。……あのネックレス、村どころか一国にも値するわ」
振り返りもせず、そのまま村から離れた。
* * * * * * * *
数キロ程度の距離を取ってから、変身魔術を解こうとした。
その時──。
「お前達の身なり……三人組……。キィサァマァが噂の拳法使いカァ!」
「いかにも」
先ほど山中で蹴散らした、山賊のような貴族の集団。
それの仲間らしき別の集団と出くわした。
数が多いのと、仕切っている大貴族首らしい奴がいるのでこちらが本隊だろうか。
「我ら最強の貴族軍団“QUEEN”に楯突こうとはなぁ……!」
「ほう……、我を前に最強を語るか」
「お前のようなチビ、このまま殺してしまっても良いがぁ~……ゲームをしてやろうじゃないかぁ」
「ゲームだと?」
ファンタジー世界でゲーム、もしや……。
「俺達、王侯貴族の野郎四人組によるぅ!」
「──うぬ、言おうとしている事は……乙女ゲームか? 乙女ゲームなのか?」
「お、乙女ゲー……む? ちがう死のゲ──」
「よし、乙女ゲーなら受けてやろう。我は達人だ」
やっと恋愛テンプレらしくなってきたではないか。
3兄弟がヒロインをめぐって拳法勝負をする『ときめき☆伝承者』等は、数え切れぬくらいプレイしたものだ。
もちろん、隠しキャラで末弟が参戦してくるサプライズも攻略済みだ。
「それは良く分からんが──、お前らが助けた村まで四人が配置されている。村へ到着するのが遅れたら、手下の貴族達がどう行動するかは……くっくっく。さぁ! まずは俺様、漢塾生徒会長スペード!」
目の前で今まで喋っていた相手──スペードは、外見が頭部モヒカン、目に眼帯、腕にはボウガンが固定されている。
……最初に攻略するキャラは、一番不人気な『俺様生徒会長』キャラなのだろうか。
「ひゃはは! 拳法なんて距離を取ればザコだ! ボウガンを喰らえィ!」
我は、飛んできたボウガンの矢を二指で挟み、それを投げ返した。
「うぎゃああああ俺様の目に金属製の鋭いボウガンの矢がああああああああ」
我は何も無かったかのように、村へ向かって歩く。
「ひぃぃいいい!? 許してください、命令されて仕方なくぅーっ」
去って行こうとする我に対して、土下座をしている生徒会長スペード。
そのまま進み、気にせず背を晒す。
「ほ、放っておいていいんですかラッコちゃん様? あいつまた何かやりそうですよ」
「ふむ、うぬらには見えなかったか?」
生徒会長スペードが立ち上がり、背後から飛び掛かってくる気配。
「油断したぬぁーっ! あ、あえ……俺様、身体が動かなく……」
「──既に我が『我流蛇上拳』は致命傷を与えている」
背後から、メキメキと自壊していく音が聞こえる。
「死に……たわっ!?」
「我──生徒会長、攻略完了」
* * * * * * * *
その後も待ち構えていた、ピエロのようなメイクをした流麗の騎士団長ダイヤを攻略。
「これが……うわさにきく羅嗚子、か。……ガバァッ」
続いて、トゲ付きのベルトを身に纏っていた大財閥の御曹司クラブを攻略。
「し、死にたくない。死にたく……ベギィイイ」
──そして、村の中に居た最後の攻略キャラへと辿り着いた。
「よぉ~く辿り着きましたねぇ~。ここまで大変だったでしょう?」
目の前の柔和そうな男──3メートル近い背で、横幅もかなりある。
頭部はスキンヘッドで、腹が脂肪の塊を主張している。
「初めまして。私が病弱王子のハートですよ。第一王子では無いのですがねぇ。さっ、降伏して一緒にお茶でも飲みましょうよぉ」
「な、なんだ。あいつ明らかに今までの奴らとは違う……ラッコちゃん様、何かやばそうっすよ」
確かに違う。
最も違うと気になる部分。
「うぬ、病弱王子というのは無理がないか?」
「ほほっ、昔はスリムだったのですがストレス太りでねぇ」
「なるほど」
人とは変わるものだ。
「へっへっへ、ハート様。もう死のゲームなんてやめて、俺達全員で一気にやっちまいましょうぜ」
いつの間にか、周りには民家などに隠れていた下級貴族達の集団が出現していた。
手にはナイフや金属棍棒、酒瓶などの凶器を各自が所持。
「おやめなさい。キミ達ぃ、たった一人の幼女に振り回されて情けないですねぇ」
我は気が付いた。
何故か不自然に、野外にテーブルが出ていた。
たぶん宴の準備で最初に出されていたのだろうか?
「で、ですが……。へ、へへ! 俺達でやっちまうっていうのも!」
下級貴族の一人が、そのテーブルで酒瓶を割った。
凶器にするつもりなのだろう。
ガラス片が散乱する。
「んもぉ~。血気盛んなんだから。相手だって大切な働き手になるかもしれないでしょ~」
病弱王子ハートは、人間の何倍もある掌をテーブルの上に乗せた。
「ん~っ?」
その手にガラス片が刺さった。
ポタリと垂れる赤い液体。
「血? 申し訳ありませんハート様、今すぐ──」
優しい言葉をかけられて、若干安心していた下級貴族達。
だが、それは撃ち砕かれた。
「ぃぃ……てぇ……よぉ……」
「え? ハート様急にどうし──」
「いいいいいてええよおおおおおお!!」
ハートは巨大な掌で下級貴族の頭部を掴み、握り潰した。
そのままペンギンのような女の子走りで部下達へと向かっていく。
軽々とはね飛ばされて赤い肉の塊が出来ていく。
「ひぃぃいい!? 何とかして気絶させるしかねぇぞ!」
下級貴族の手から飛んでいく金属棍棒。
病弱王子ハートはそれを脂肪で受け止め、数倍の速度で跳ね返す。
「こ、こっちに丁度──ほぐぁっ!?」
弾丸のような金属棍棒によって、下級貴族達の血しぶきが舞う。
「またやっちゃったぁ」
残るは我達と、離れて見ていた村人達だけとなった。
「面白い。病弱ブタ王子の攻略開始だ」
乙女向けブタ貴族攻略は割と見たことがある。
確かこんな感じのテンプレだ。
「人をブタ扱いするとは良~い度胸じゃ無いですか!」
心ときめく乙女ゲーが始まった。
先手は我の小さき拳から。
試しで撃ってみたが、今までのどの相手とも感触が違う。
その脂肪で全てを防がれてしまう。
「きさまの拳は、全て肉厚なボディに吸収されてしまうのですよぉ!」
病弱ブタ王子ハートの反撃。
その巨大な掌から繰り出される張り倒し。
我は錐揉み回転しながら吹き飛ばされた。
「ら、羅嗚子様が初めて一発食らった!?」
額に手をやるとヌルリとした感触。
この世界で初の出血だ。
「おやおやぁ、さすがの羅嗚子さんでも、この私は無理ですかぁ?」
「ら、羅嗚子様! 相手の脂肪をどうにかしなければ! そ、そうだ! 素早い攻撃で脂肪をうまくどかしてから──」
我は立ち上がり。
ゆっくりと病弱ブタ王子ハートへ向かった。
「そのような小細工、王者の拳には必要無い」
「あぁん? おーじゃあ~?」
右腕に力を込め、変身魔法を解除させる。
幼女の身体に不釣り合いな、巨木のような腕。
ただ、その拳を真正面──脂肪の塊に向けて一発だけ撃ち込む。
「麒麟王神拳奥義──『巨仏剛拳』!」
拳王の前に立ちふさがる者は、全て容赦なく撃ち滅ぼす。
「そんな拳じゃ肉厚のしぼ……しっ──」
拳圧は、その後ろ数メートルにある民家を粉々に撃ち砕いていた。
脂肪などでは遮ることの出来ぬ覇道。
「病弱王子──攻略完了」
「ひでぶっ!!」
脂肪は派手に破裂した。
これで4人の攻略をして乙女ゲームクリアだ。
だが、何か違和感がある。
乙女ゲームといえば、必ずと言って良いほどに登場するはずの──。
「に、逃げてください! まだやつが! ジョーカーが!」
こちらに走ってくるスミス爺さん。
それと交差するように、黒い影が飛ぶ。
「グアアアーッ!」
スミス爺さんは──真っ二つになった。
散らばる種籾。
「ギィィィー……」
黒い影──ヒジとヒザを90度に曲げて、地面に張り付くような格好の女性。
鉄仮面を付けているので顔は見えない。
「ほう、ジョーカー。つまりは乙女ゲーでいう……」
「ワタクシ ノ ナマエ ヲ イッテ ゴランアソバセ」
「──悪役令嬢か」
その闘気で理解した。
この異世界に転移してから初めて倒した、あの悪役令嬢が変質したものだ。
「ラァァァオゴオオオォォォオオオオ!!」
復讐心のため、人を捨てたのだろう。
取り払った鉄仮面の下には般若のような形相と、噛み砕いたドングリのネックレスが見えた。
我とお揃いのネックレス。
少女の血が付いていた。
トドメを刺しきれなかった我が招いてしまった事なのかもしれない。
「──こい、楽にしてやる」
悪役令嬢、最初にして最後の敵に相応しい。
「ギィイイイイイィィイイイイイイイ!!!」
古い扉が軋むような呻き声と共に、悪役令嬢は飛び掛かってくる。
そこに向かって我が剛拳を放つも、空中で軌道を変更して躱し、我の肩を食いちぎっていく。
「ら、ラッコちゃん様! そいつは本当にやばそうっす!」
「お、おでから見ても人間じゃねぇ! もはや魔人だで!」
身体のバネを利用して空中でも動けるらしい。
筋肉主体の我では難しい戦法で、少し羨ましくも、
敬意を払う価値もある。
──我、全身の筋肉を解放──。
変身魔術が解け、身長223センチの元の身体に戻る。
「ラッコちゃん様、きっとアレを使う気だ! 極大魔法を払いのけたアレを!」
「あ、アレなら! あの八大龍王拳なら確かにいける!」
我は、そのまま地面へ──座禅を組んで、瞬きせずに目を見開いた。
「な、なんで座ってるんすかぁー!?」
呼吸を整える。
沸き上がる相手を慈しむ心。
尊ぶ心。
本来、我が流儀では無いが、優しき妹の技を使わせてもらおう。
哀れな悪役令嬢を想うように、耳の高さまで垂直に両方の掌を上げる。
座禅と併せて、まるで修行僧のようである。
だが、我は仏になどは祈らない。
祈るは我が掌、我が敵。
「せめて痛みを知らずに死ぬがよい」
掌から放たれる、拳法独特の七極光。
一瞬にして、悪役令嬢を照らした。
「ギィィィ!?」
本人以外からすれば、それは理解できない異変と感じるだろう。
「あ、悪役令嬢の脚が勝手に、限界以上に曲がっていってるっす!?」
「続いて手も、首も……曲がっていってる……。でも、不思議と痛そうじゃない、幸せそうだぁ」
この技をかけられたものは、死ぬ間際に天国を感じる。
我が最初に突いた秘孔とは真逆のもの。
「麒麟王神拳奥義──『有情破顔光』」
「ギィィィ……モヂィィイイイイ!!」
悪役令嬢は、あり得ない方向にねじれながら倒れた。
乙女ゲーム攻略は終わった。
いつの時代も乙女ゲーム攻略は空しさが残る。
数秒で死していく攻略キャラ、残されたプレイヤーたち。
だが、せめてスミス爺さんが残した種籾は、その墓にまいてやる事にしよう。
きっと、育つだろう。
あの明日を夢見た老人が眠っているのだから……。
「あ、真っ二つだったスミス爺さん含め、村人全員を蘇生しましたっす」
「……うぬ、我のモノローグを返せ」