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二十二 危機一髪

 一か月の航行訓練のうち二週間が過ぎ、徐々に船の生活に慣れてきて自分の力を発揮し始めた訓練生だった。

 航行訓練に同行している一般兵や下士官達は、アカデミー生が卒業すると士官配属になり雲の上の人となるため、下士官の今のうちに交流を持とうと、わいわいと構っている状態だった。

 グレイス、カイル、ジーン、ロバートは、人懐っこい性格もあってか、よく話しかけられ構われ、慕われていた。彼らもくったくなく返答を返していた。


 さて、特別なこととは、常日頃の日常とは違うことを指すものであり、彼らもその特別なことに、これからこの艦上で遭遇するのである。


 それは、彼らが艦上勤務に当たっていた時に起こった――。

 はじめに気付いたのはグレイスだった。

 手元にあるナビゲーターの画面から目を離し、艦上の外にある宇宙にふと目を向けたとき、星が移動しているように見えたのである。

 はじめは「見間違いか?」と思った。それほど微かな動きだった。

 またナビゲーター画面に目をやって宇宙に目をやる。

 すると、どうも星が進行方向ではなく、二時方向に移動しているように感じられた。

 そこで再度ナビゲーターを観察。

 すると、画面に表示されたある数値が異常に高まっていた。

 ――重力値である。

 どんどん数値が上昇して……。

 とんでもないデータが検出されてきた。

 これはまさかすると……しなくても非常事態だ。

 そう瞬間的に判断し、訓練担当士官への報告をすっ飛ばして、艦長に直接鋭さを含んだ声で報告した。

「艦長! 二時方向異常発生。ブラックホールが出現する可能性が高い状態です」

 教官役の士官もデータを確認する。

 そして、目の前に広がる星々を見た。

 二時方向に吸い寄せられるよう徐々に動いているのだ。

 一刻の猶予もなかった。

 艦長もこの異常に気が付いた。

「直ちにこの宙域を離脱する! 航宙士、航路計算! 操舵士、全速力で回避! 火器管制、シールド全開! 技術部、エネルギー全開せよ!」

 クルーはバタバタと艦内を移動し、士官は死に物狂いで宙域を離脱するため操船操作をする。

 対処が遅れたら、ブラックホールに飲み込まれてしまう。

「艦長、ブラックホールの勢いが止まりません。このままではこの艦は引きずりこまれます」

 艦はガタガタと揺れ、何かにつかまっていないと立っていられないほどだ。

「技術部へのエネルギー供給を最優先に。法務コンピュータなどへの電力はカットし、エネルギーを集約せよ。航宙士、退避航路の算出は出来ているな、では直ちに回避。火器管制、シールド強度を最大限に。全員急げよ」

 それぞれが出来ることを最大限にやる。

 ジーンは火器管制のモニターを見ながらシールドを全開し、ロバートは艦の出力を最大限にすべくコントロールモニターを操っていく。

 船にブラックホールの重力がかかってきたことを艦橋にいたものは感じていた。

 それから逃げ出す。

 まさに死に物狂いの回避だった。


 グレイスは、回避行動の航路はすでに算出して操舵士に指示を出しており、艦内のナビゲーター画面に表示される重力値を注視していた。

「艦長、通常の離脱ではこの宙域からの離脱は無理です。ブースト加速を使います」

 操舵士が言った。

 ブースト加速、これは、エネルギー消費が高いため、通常は使わず、緊急性の高い時のみ使う加速である。

「了解、ブースト加速、各自衝撃に備えよ」

「ブースト加速まで残り五秒、四、三、二、一、ブースト加速」

 操舵士は、ブースト加速を利用した。

 

 暫くすると……。

 回避場所の重力値が安定してきた。

 検出数値は正常といってよいほどまで回復していた。

 ブラックホールから離れられたといってよいだろう。

 ほっと一息ついて、座席に深く腰を下ろした。

「よく気付いたな、九条候補生」

 担当教官が言ってきた。

「たまたま運が良かっただけです。ブラックホール生成時の星々の動きのシミュレーター、アカデミーのライブラリで見ていたんです。……それが役立ちました。映像で見るのと実感するものではかなり違いますね。……今頃腕がガタついてます」

 グレイスの右手はガタガタ震えていた。

「怖かったろう。だが、よくやった。表彰ものだよ」

 担当教官役の士官が言った。

「そうでしょうか?」

「この危機を回避したんだ、自信を持て」

 艦橋を見渡す。

 クルーがお互い顔を見合わせ、ハイタッチを行って生存を喜んでいて、ブラックホールからの脱出時の振動で怪我をしたものに対してはカイルが応急処置を施していた。

 ――まさに危機一髪。

 大怪我をした者はいなかった。

 グレイスの誘導と、ジーンのシールド制御、ロバートのエネルギー供給、カイルの医事判断、すべてがうまくいってのこの結果だった。

 他の訓練生が体験しないことをこのメンバーはまたやった。

 新たな自信につながればよいと、訓練担当士官達は思っていた。



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