#34別れ
薄暗い石造りの地下牢からは、野太い断末魔のような悲鳴が聞こえる。
セインを地下牢に案内したレイアは地下牢への入り口で待つように言われ、有無を言わせぬ雰囲気を纏っていたように見えたセインにしぶしぶ従ったが、数分後にはこの地下牢の外にまで響いてくるような悲鳴である。
冷や汗を垂らしながら、時折耳をふさぎ、入るべきか否か迷うように入り口の周りをウロウロするレイア。
断末魔の悲鳴が止み、ようやく決意を固めたレイアは、地下牢へと続く堅い扉に手をかけた。
堅い扉に力を入れることなく、内側から開いた扉からは、真っ青な顔色になり、まったく感情を感じられない冷たい表情のセインが出てきた。
「用は済みました。次はサーリャのところに案内してもらってもいいですか? あと紙と筆を頂けるとありがたいです」
「それはいいが、中で何をしておった」
「……いえ、ただ単に何点か質問していただけですよ。それよりゲインの腹の中の魔導具は大丈夫なんですか?」
「魔導具はすでに動けぬゲインに下し薬を飲ませて母上が見つからぬところに隠した。それより質問程度であんな悲鳴が出るとは思えんがの」
「レイアは気にしなくていいですよ。言っても気分を悪くするだけです」
「……分かった。もう何も聞くまい」
レイアとセインはその場を後にし、サーリャの元に向かった。
案内された先は、自分が眠っていたシルファとレイアの家の隣にある客人用の家だった。
猫族の街ではなく狐族の村にサーリャがいるのは、治療魔法に長けたシルファがいる為だろう。
セインは一階建ての大きな家の扉を、どこか躊躇うような素振りをしながらもノックした。
「だれだ?」
中から聞こえるガイウスの声に一層顔色を悪しながらも、セインは答える。
「セインです」
「入ってくれ」
ゆっくりと扉を開けると、シルファとガイウスがサーリャの両側に座っていた。
隣にいるガイウスはセインのほうを向き直り、口を開こうとするが、それより早くセインは口を開いた。
「僕の力不足で、サーリャを傷つけてしまい申し訳ありませんでした」
セインの言葉に、ガイウスとシルファは何を言っているのか理解できない用に頭を傾ける。
「お主は何を言っているのだ? お主は十分に戦ってくれた。讃え誉められることはあっても、謝罪しなければいけないことなどないだろう」
「その通りです。あなたがいなければ多大な犠牲が出ていたでしょう。いったい何を謝ることがあるのです」
「僕がもっと強ければ、もっと気を張り万全を期していれば、サーリャは傷つくことはなかった」
「……それを言うなら我がもっと強ければ、サーリャは傷つかなかったであろうし、強いとはいえ子供のお主に頼ることもなかっただろう。あのときこうであれば、ああであれば何て考えは無駄なのだ。それよりこれからどうするか、どうなるか、それを考えるべきだ」
セインはしばらく何も言わず考え込む。微妙な空気が部屋の中を流れ、再びセインは口を開く。
「ありがとうございますガイウスさん。でも、それでも僕は悔み続ける事にします。同じ過ちを繰り返さないように」
「……お主がそうあろうとするなら、我からは何も言うまい。だが、今の考え方で自分がこうであれば、もっとこうだったらと責め続ければ、いずれ心が壊れかねん。それだけは忘れぬように心がけておいてくれ」
「はい……、ありがとうございます。あと、一つお願いがあるのですがいいですか?」
「ああ、何でも言ってくれ。お主は我らにとっての恩人であり、英雄でもあるのだ」
「英雄ですか……。とてもそうは思えないですね。お願いですが、少しの間だけでいいので、サーリャと二人にしてもらえませんか?」
「うむ。いいだろう」
「治療はもう済んでいます。意識もすぐに戻るでしょうし、もう私が付いていなくても大丈夫でしょう。何かあったら隣の私の家にいますのですぐに呼んでください」
「分かりました。ありがとうございます」
「レイア、あなたも行きますよ」
「……ええ、母様」
セインとサーリャを残し、部屋の中は静寂に包まれる。
そっとサーリャの横に腰をおろし、しばらくの間セインはサーリャを見つめていた。
ゆっくりと時間が流れた後、ふと思い出すようにレイアから貰った紙に、セインは文字を綴り始めた。
一文字ずつ、丁寧に、何度も何度も筆を止め、考え込み、また文字を綴っていく。
手紙をようやく書き上げた頃には、いつの間にか夕日が部屋に入り込み、二人と部屋をオレンジ色に染めていた。
かけた時間の割には、文字数の少ない手紙を、サーリャの横にそっと置き、オレンジに染まったサーリャの髪を優しく撫でる。
自分が情けないのか、悔しいのか、それとも別れが悲しいのか、セインの目からは涙が滲み、まるでサーリャを目に焼き付けるように見続けていた。
夕日が沈む頃、涙が収まったセインはようやく立ち上がり、部屋のドアに向かって足を進める。
「セ……イン」
セインは足を止めゆっくりと振り返ると、サーリャはうっすらと目を開けセインを見ていた。
「……サーリャ」
ようやく止まったばかりの涙が、セインの目から再び溢れ出す。
「どう……して……泣いてるの?」
かすれた声でセインに問いかけるサーリャ。
「……サーリャ。僕は……絶対に強くなるよ。今度こそ大切な人を守れるように強くなる。次に合う時までには必ず……」
「……セイ……ン?」
扉を開けて部屋を出て行くセインに手を伸ばそうとするが、力が入らず動けないサーリャを残して、ゆっくりと部屋の扉が閉まる。
「ガイウスさんシルファさん! サーリャが起きました!」
扉を勢いよく開けて入ってきたセインに、ガイウスとシルファ驚きながらも、すぐに隣の家に向かった。
セインは二人とは対象的にゆっくりと外に出る。
「行くのか?」
「……気づいてましたか」
レイアは家の外壁に背を預けるようにし、まるでセインを待ち受けていたようだった。
「サーリャのそばにいてやらんのか? お前が姿を消せばサーリャは悲しむだろうし、最悪探しに行きかねんぞ?」
「……今の僕に、サーリャの隣にいる資格はないです。いや、今のままじゃあきっと、大切な人を誰一人として守れない……。サーリャをお願いしますレイア」
「……ずいぶんと勝手だな。まぁお前の考え方はここ数日でよくわかった。英雄様の頼みだ、サーリャの事は任せておけ」
「英雄か……。……そういえばレイア、普通の言葉でも話せるんですね」
「うるさい。さっさと行け」
「ではお元気でレイア」
すっかり夕日が沈み、暗くなった空に消えていくセインの背が見えなくなった後も、レイアはずっと空を眺めていた。




