22! 戦士と下町
今は夕暮れ、雑木林にいる蜩の鳴き声がよくよく聞こえてくる。しかし、林の中に目立った場所に一人が左手でパンチを、もう一人はそれをただひたすら避けていた。
「チェーンマッチよ。」
「何故。」
コトは疑問に思った。チェーンマッチをしてどうするか。
「確かにさっきの腹パンを手で受け止めたのは上出来だったわ。普通はあれだけで凄い勢いで吹っ飛ぶ人が殆どだもん…。」
デミは静かになった。コトも黙った。
「…あんたが負けたらあの変態勇者に裸晒さなきゃいけないの。あんな奴に見せたくないわ!」
「なんでそんな賭けに乗ったんですか!?」
「ムキになって…時間も無いし、訓練の説明でもしようか。」
今から何するかをコトに伝え始めた。
「チェーンマッチでもね、あんたが受けの方になるから…」
「攻撃を流せと…」
「そう。あと、コト君からは攻撃を一切しないでね。これは反応の練習だから。」
コトは軽く頷いた。
「それじゃ、やるよ!」
高速のジャブには力強さ尚且つ、的確さを持っていた。偶にキックもあるので、下半身の方にも気を配らなければならない。
そのキックが丁度やってきた。コトはすぐさま小さくジャンプする。しかし、左腕から鋭い拳か迫ってきた。フェイントを掛けられた。コトは仕方なく攻撃を受け流した。
「このジャブに毒が入ってなくて良かったな。いつも兵士達には短剣でやらせているからな!当たったらすぐ傷ついていたわ!」
コトは一言も言わず回避に専念した。
同刻、ごまちゃん達は下町のホールに向かっていた。少しだけ親しくなった。
「やっぱ、ホールが一番稼げる方だな。戦士見つかり易いし…」
「金に困っているんですか?」
「ああそうさ。魔王達がやられてから食っちゃ寝ばっかしていたなぁ。でも、こうやって戦って金を貯めているんだ。その代わり、敵も強めだから気をつけてねごまちゃん。」
ごまちゃんは承知した。そして、ホールの中に入った。
ホール内は荒れ果てていた。所々にヒビが入っていて、天井も崩れ落ちた跡があり、空が見えている。
「こりゃ、酷いな。久々に来たけど、まさかここまでなったとは…」
「常連でしたか。」
「いや違う。今回で5回目だ。でも今の時間帯だと、奥の方のホールしか開いていないんだ。」
戦闘は昼間に多い。闘技場の試合に合わせて使う人が多いという事だ。
「でも、ごまちゃんはまず此処にいてね。強い奴しか集まらないからね。」
そう言い、キットは奥の方のホールに向かった。
キットはそこに誰かいるかを確認したが、奥側には多額の金、そして手前には巨漢の二人組がいた。キットは額に汗を垂らし、ごまちゃんの所まで今迄の経験を活かして全力で逃げた。
「ハァ…ハァ…嘘だろハァ…あんな奴に勝てる筈がない!ハァ…」
キットは息を切らしながらごまちゃんに奥の状況を伝えた。
「奥にデカブツが二人ハァ…その奥に大判小判ハァハァ…相当のやり手だ…グッ、カッハゲッホ…」
「いっ、一旦戻ります?」
「そうだな、ハァハァ…まだ他に何か策があるかも知れんハァ…」
そう言った後、キットはごまちゃんを見つめた。
「…ハッ、わ、私は行きませんからね!」
「いや、君は自分で諦めていると言い聞かせているだけかも知れん!一緒に行こうじゃないか!」
「……。」
「さあ!アイツの隣でぶおっ!」
「気安くコト君をアイツと呼ばないで!」
ごまちゃんはキットの顔面に裏拳をお見舞いした。
「わーったよ。…行くぞ。」
キット達は再び奥にに向かった。今度はごまちゃんから入ってみた。何も恐れなかった。目の前には多量の金しかなかったからだ。
「誰もいないじゃん。何しているの?こっちに来てもだいじょ…」
「来たな挑戦者よ。」
ごまちゃんはキットの方に向けていた顔を真逆の方向にゆっくりと回した。そこには一人の巨漢が立っていた。突然右ストレートでごまちゃんを殴ってきた。しかし、ごまちゃんには当たらなかった。ごまちゃんは暫く放心状態のままだった。
「ごまちゃん!こっちに戻って…」
ごまちゃんが惚けている内にもう一人の巨漢が扉を閉めた。キットは壁の影に隠れていた。空には黒の中で微かに青が混じっていて、星が見えている。
巨漢はごまちゃんに今度は左でパンチをしてきた。
ごまちゃんは必死で回避した。擦り傷を負ったが今ならどうって事なかった。直ぐに剣を抜き、構えた。しかし、後ろからも敵が殴りかかってきた。
ごまちゃん達とほぼ同じ空の下で、コト達が休んでいた。
「まさかここまでやるとはな。流石、魔王なだけあるね。コト君。」
「お褒めにあずかりまして。そちらこそジャブとキックが殆どだったけど…半端なかった。」
「それは褒め言葉かしら?」
デミはコトに言った。
「もうそろそろ食事でもしようか。」
「俺が食糧でも狩ってきますか?」
「いや、食事ぐらいシェフにでも任せてみれば?魔王なんだから部下に普通やらせるでしょ。」
「いえ、俺は普通自炊しますよ。」
デミは驚いた。そして、密かに呟いた。
「…コト君の手料理食べてみたいなぁ。」
「でも、デミさんがそこに行きたいならば別に良いですが。」
「…あぁ、分かった。じゃあ行くぞ。」
コトは空を見上げて思った。
( ごまちゃん、今無事かなぁ。助けたいけどこれじゃあなあ。 )
「ちょっと待ってくれ…さっきの姿で町を歩いてくれないか?」
「駄目です。あれはNGですよ。」
「そう言わずに。」
「駄目です。」
「我慢して。」
「駄目で…いつの間に!?」
コトはさきほどの猫耳姿になっていた。そしてデミはさらに、黒く幅の広いテープを持っていた。
「ストーップ!それはアウトだ!」
コトは直ぐにデミを止めた。
「仕方ないな。行くよ。」
デミはまたロープを引いた。
( とても恥ずかしいんだよ。こういう服装! )
コト達は町へと向かった。
「食事の次は汗かいたからまた風呂で、そして朝一でまた訓練させるからテントを取りに行く。」
「デミさんっていつも外食ですか?」
「いつも店に行くからな。」
グラン圏内へとコト達は戻った。




