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誰にもわからない世界へようこそ!

プロローグ



世界は廻る。

誰のためでもなく、自分のためでもなく。

それは、なぜだ?

私にはわからない。

人は明日があると信じている。

誰に聞いたわけでもなく、自分が考えたわけでもなく。

それは、なぜだ?

私にはわからない。

人は相手が誰かを認識できる。

会話をしたわけでもなく、内面を見るわけでもなく。

それはなぜだ?

私にはわからない


さぁ、そんな誰にもわからない世界へ君を招待しよう。



〈一章〉開始の合図のない開始



九月、多くの日本に住まう高校生は、その時をもって夏休みという非日常から日常へと帰還する。

都市に近い訳でもなく、超田舎と言うわけでもない場所に存在し、自由な校風を持ち味としながらもかくじつな進学実績を持つ、星内高等学校の生徒達も、その例に漏れていない。

ただ、星内高校では、毎年九月頭に文化祭という名の『祭り』がおこなわれるため、それが、終わるまでは、学校中がふわふわ浮わついた空気になるのも仕方がない。

そうした空気の残り香も感じられなくなってしまった九月半ば、星内高校では、穏やかで、少し騒がしい、『ありふれた』と形容される日常が繰り広げられていた。

城崎祐もそんな日常に身を置く一人だ。

一人のはずだった。

六限までの授業を真面目に受けきった後、教室の掃除を班で済ませ、祐は部室へ向かった。

祐は、一年三組から部室棟へ入っていく。目指すは最上階の四階。私立ではあるがエレベーターなるものは設置されていない。なので上に行くには階段しかない。

この四階というもっとも嫌がられる物件を与えられているのは、祐の所属する部活が今年新設されたばかりで、一年生五人しか在籍しない弱小部活だからだ。

祐が所属するのは自由研究部、略して自研部。小中学生がやるような自由研究とは違う高校生らしい自由研究をしている・・・訳ではない。

階段を登りきる頃には、少し息が上がっていた。『自由研究部』の文字が書かれた張り紙を見ながら、祐は部室の中へ入っていく。

全開の窓から吹き込む風が、祐の頬を撫で、髪を揺らした。四階ともなるとかなり風通しがよいので、このぐらいの時期は非常に過ごしやすい。

部室には先客が一名。

部屋の真ん中にくっつけて据えられた二つの長机、その一角で、自由研究部副部長、今堀千鶴が、自前のノートパソコンを操っていた。

「あれ?まだ今堀だけなのか」

「見ての通りだ」

ちらりとも祐を確認しないまま、女性にしては多少低め、芯のしっかり通った声で今堀は返した。

祐は向かい合う形でパイプ椅子に腰かける。そこで初めて、今堀が顔を上げて祐と目を合わせた。

漆塗りのように艶があるセミロングでストレートの黒髪は、一本も乱れずに整っている。潤いに溢れた漆黒の髪は和服によく似合いそうだ。切れ長で大きな瞳を縁取るまつげは、少し長過ぎやしないかと思うほどで、それによりどこか年齢不詳でミステリアスな雰囲気が漂っている。

高校一年生とは思えないほど大人びた印象、全体的に超然とした雰囲気が相まって、少々近寄りがたく取っ付きにくい、とおもわれてしまうことも多そうな風貌である。

「祐は、もう次の『研究発表新聞』に載せるネタを用意できているのか?」

「ああ、後は割り当て分量に合わせて編集するだけだ。ちなみにタイトルは『秋葉原で人気のアニメ』だ。秋葉原というと日本ではオタクの聖地といわれているが、実は、秋葉原は元は電気街の町であってー」

「黙せ」

「いや、そっちが訊いたんだろ」

「アタシはあくまでネタを用意できたか、つまりyes or noの質問をしただけだ。それ以上の内容言及について頼んだ覚えはない。つーか、聞きたくない」

「・・・相変わらずストレートだな。もう少しオブラートに包んだ方がいいと思う・・・というか包んでください」

その時、扉が大きな音を立てて開いた。同時に快活なこえが室内に響く。

「チィース!遅れましたぁ!」

きらきらと輝く満面の笑みが、暖かな風と光を、部屋に送り込む。たった一人の笑顔がそこにある、ただそれだけで、花咲春が訪れたように感じられる。

「・・・って、ん?祐と今堀ん(いまほん)だけ?」

小首を傾げながら呟くのは、自由研究部部長、初瀬美奈。

祐、初瀬、今堀の三人は、同じ一年三組のクラスメイトでもある。

「ちぇー、せっかく階段ダッシュして来てやったのに損したー」

そんな不満を漏らしながら、初瀬は置くに設置された三人掛け仕様の破れかけ黒ソファーにダイブ、そのまま横向きに肘を立てて頭を支え、寝転がる。階段ダッシュして来たと言う割には、全く息が乱れていない。

「初瀬、スカートがめくれてスパッツが丸見えだぞ」

初瀬を見やって、今堀が冷静に指摘した。

「別にいいじゃん」

と言いながらぺちぺち自分の太ももを叩いている。

「俺もいるんだぞ」

今度は祐が言った。

「一チラ見、百八十円」

「金取るのかよ。・・・しかしその割には結構良心的な価格設定だな」

「祐。お前に他意はないんだろうが、その発言は言う奴に言わせればリアルに犯罪っぽくなるからそこら辺でやめとけ」

今堀のツッコミが入った。

初瀬は「くくく」とイタズラに成功した子供のように笑いながら、ソファーに座り直す。

ぱっちりとした二重の双眸、スッと通った鼻梁、若干丸顔気味の整った顔立ちには、全く化粧っ気が見られない。にもかかわらず、その肌は白く澄んで潤いに満ちている。軽く肩にかかる長さの、さらさらと絹糸のような繊細で柔らかな黒髪は、特にこだわりもなさそうに、素っ気なく後ろで括られてある。

飾りっけなど全くといっていいほど見られない初瀬であったが、その分初瀬自身が持つピュアな可愛さというものがありありと浮き上がってくるようで、むしろ自然体の間までいることの方がプラスに思えてくる。

「ところで初瀬の次のネタはなんなんだ?」祐はそう声をかけた。

「う~ん、実はこの前、『研究発表新聞』に足りないものについて考えていたんだよ」

「で?」

「スキャンダラスな面は、今堀ん(いまほん)が担当してるからいいとして、後エロティックでバイオレンスでデンジャラスな成分が足りないという結論に至りました」

「誰も校内の新聞にそんな写真週刊誌ばりの刺激は求めてねぇよ。というか、スキャンダラスな面がある時点で本来の趣旨から外れてるぞ」

今堀千鶴、情報収集と情報分析が趣味(ただし、それを公開することは嫌い)。

集めた情報をいったい何に使っているのか、甚だ気になるところである。

「よし、じゃあ今度はエロにも挑戦してみようか」

びっ、と親指を突き立てて初瀬は言う。

「高一の純情な乙女にエロネタ書かそうとするな」

純情な乙女が持つべき恥じらいなど、微塵も感じさせない様子で今堀が返す。

「いやいや記事はわたしが書くんだよ。だから今堀ん(いまほん)はエロスを感じさせる写真を一、二枚撮らせてくれれば・・・」

「嫌に決まってんだろうが!何でアタシが男子の性欲処理の材料提供しなきゃならないんだよ!」

「つーか、初瀬。お前の方が美少女なんだから、そういうのに向いてるんじゃないのか?」

よくよく考えてみれば、といった体で今堀が言う。

「いや、案外、今時の高校生には大人っぽい魅力の方がウケるんだって、勘だけど」

「勘かよ」

初瀬の言葉にぼそっと祐がつっこむ。

と、二人の視線がばちりと祐に向けられた。

「おっと、そういえば高校生男子のサンプルがいるのを忘れていたな、祐はどっちの方が好きなんだ?」

今堀が訊ねる。

「そうそう、祐はわたしと今堀ん(いまほん)、どっちか選べって言われたらどっちに脱いで欲しいの?」

初瀬の質問が完全におかしい。

とにかく返答せざるを得ないのだろう、そう判断した祐は数秒ほど目を瞑って黙考し、答えた。

「そりゃ、全男子生徒の代弁させて貰えれば、『両方脱げ』ということにー」

「十五時五十五分、城崎祐、『女子部員二人に対して服を脱ぐように要求ス』、と。今堀ん(いまほん)、記録した?」

「もちろんだ。今月号の編集後記はこれで決まりだな」

にんまりと笑いながら今堀はキーボードを叩いていた。

「い、一応言ったのは事実だから反論できない・・・」

どれだけ頑張ってもたぶん言い負かされるであろう祐は、がっくりとうなだれながら、改めて部活内の力関係を思い知らされていた。


それから各々好きなことをして、ダラダラと三十分ほど時間が経過した。今日は部員五人全員が集まって話し合いをする日と決まっていたのだか、後の二人がやって来ない。

「まだ、アイツらは来ねぇのか」と今堀がイライラしながら言った。

その時控えめながちゃりという音と共に扉が開いた。

入り口から残りの部員の赤城義文と丸山唯が、おぼつかない足取りで歩いてくる。

軽くパーマがかけられた少し長めの髪。いつもはへらへらした感じの笑顔を浮かべ、全体的に軽そうな(話しかけやすそうな)感じの印象を持つ、ほっそり長身優男体格の赤城。

地毛だが光の当たり方加減ではかなり明るい栗色に見える、しっとりと艶のあるロングヘアー。キリッとした眉に多少つり気味の力強そうな瞳。小柄な体格だが幼児体型という訳では決してなく、健康的に体を動かしていたことがはっきりとわかる、しなやかで引き締まった肉付きをし、全体的に活発な印象のある丸山。

両者とも見た目に違わず、普段は明るい性格をしている。

しかしなぜか、今日の二人は元気さの欠片も感じられない、まさしく、衰弱しきった姿だった。


机の一辺に祐、初瀬、今堀の三人が着き、赤城と丸山がその向かい側に並んで座っていた。赤城と丸山は顔面蒼白のまま、時々ちらちらとお互いの顔を確認しあっている。

「で、えーと?どー・・・したのかな?」

なんとなく重苦しい雰囲気の中、初瀬が先陣を切って尋ねた。

「いや、まあ、それは話そうと思うんだけど、なんっつーかさ・・・」

「さっさと吐け」赤城の声を遮って、今堀が鋭く声を放った。

赤城が少々ビビり気味に「は、はいっ」と頷く。今堀は相手がどんな状況でも容赦がない。

一つ呼吸を置き、赤城は丸山の方を確認。丸山もそれに対して、渋面を作りながらも本の少し顎を引いて頷き返す。そうしてから、赤城はタメを作り、しっかりとその沈黙を行き渡らせる。そして、

「ー魂が入れ替わってて、互いが死ぬ姿を見たんだ!」

そう叫んだ。

「は?」と今堀。

「へ?」と祐。

「あっはっはっは・・・は?」と初瀬。

三者三様、とりあえず呆気に取られる。

「だからオレと唯の魂が入れ替わってたんだよ、マンガみてーに、 しかも互いの死ぬ姿を見たん・・・だっ!?」

「おお、脳天唐竹割り」今堀が赤城に叩き込んだチョップの正確さと鋭さに、祐は思わず感心した。

「なんだっての今堀っちゃん(いまほっちゃん)!?」

「フリの割にボケが面白くなかったから」

「違うって!断じてボケじゃないって!大まじめにいってるんだよ、オレはっ!」

「それより期待させておいてボケがスベると、今堀に殴られるという事実の方がオレには衝撃なんだが・・・」祐がぼそりとくちにしておいた。

「てかてか魂入れ替わったなら、今赤城は唯ってことなんじゃないの?そのわりにはバカっぽい話し方はいつも通りだし、バカ丸出しなとこもろも全く変わってない気がするんだけど?」

「だから『入れ替わってた』で過去形なんだって!今は元通りに戻ってんの!後、初瀬ちゃんもさり気なく言葉のナイフ突き立てないで!そういうむいしきのことばの暴力が一番危ないって学校で習わなかった!?」

それからも赤城は『自分と唯の魂が入れ替わっていた説』を訴える。だが、言っていることが全くをもって荒唐無稽げ、祐達も困惑するばかりだ。

「ハイハイ、お前の話はとりあえずわかったよ・・・ったく。で、唯は何か言っておくことはあるか?赤城がお前と入れ替わったとか言ってる訳だが」

今堀が丸山に問う。

丸山は頭を抱えて俯き、いやいやと首を振る。やっとのことで固く閉ざしていた口を開いた。

「・・・あれはやっぱり嘘よ、あれが現実とかあり得ない。だっておかしいじゃない、あたしが赤城で、赤城があたしで・・・うん、ない。やっぱない!」

勢いよく立ち上がり、言った。

「あれは、やっぱりただの悪夢よっ!オカルト何て信じない!科学に解明できないものはない!よし、これが結論!赤城!勝手にあんたの変な妄想に巻き込まないでくれるっ!入れ替わり?はっ、そんなのあり得ない設定、今時流行らないわよっ!」

「う、裏切られた!?さっきはお互いのアレが事実だって確認したじゃん!?」

「それは一時の気の迷いなのっ!あの時のあたしは責任能力ゼロよ!」

「よくわからんが、清々しいほどの開き直り方だということだけはわかる」

不要な気もしたが、一応祐は言っておく。

「あれはやっぱ夢だったっつーの!?」

「その通り!ちょっとリアリティ成分が多めの夢よ!さあ、赤城!あんたも目を覚ましなさいっ!」丸山は、若干躁状態に突入したようなおかしなテンションになってきていた。

「~っじゃ俺たちは同じような夢を見て、しかもその夢の中で『入れ替わってた』と感じていた時間の認識が一緒で、お互い部屋にも入ったことねぇはずなのに夢の中で見た間取りが完璧に正確で、オレが入れ替わって唯になって動かしちまったって言った部屋のもんも、偶然同じように現実世界で動いたって?」

「そんなもの偶然に偶然が重なっただけよ!そう、つまりはミラクルね!」

「だからミラクルでオレ達の魂が入れ替わっちゃったっていうー」

「なんであたしとあんたなのよっ!?」

噛みつかんばかりに丸山が吠える。

「まぁ、それはアレじゃね?運命っつーか、前世からの因縁っつーか。だからもう、このまま付き合ったらいいじゃ~ん」

「何で行き着く先がそこなんだよ」と祐はつっこむ。当人達には全く聞こえていないようだが。

「ひぃぃぃぃぃぃぃ!そんなこと言い出すから嫌なのよっ!」

丸山は部屋の隅へと戦き戦き後ずさる。

「・・・結局なんなんだ、おまえらは?妙な妄想というか幻覚を見たと言うなら、それはそれで話を聞いてやるから」

今堀が呆れたように呟いた。

「そんな必要ないわよ、今堀!赤城とあたしの魂が入れ替わった何て事実ありませんから!初瀬と入れ替わるならまだしも赤城となんて認めませんから!断固拒否!絶対拒否!シャットアウト!」

変態がキモいこといってくるよ~、と泣きながら丸山は初瀬にがばりと飛びつく。初瀬は「はいはい、どーどー」と、じゃれつく犬をなだめるみたいに丸山の背中を撫でていた。

「え?結局認めてくれないのってオレだから・・・?」

がくーん、と方を落とした赤城に、祐はドンマイと声をかけてやる。事情はよく飲み込めないが、赤城の憐れさ加減は祐にも伝わった。

とにかくそうやって赤城と丸山は「昨日魂が入れ替わった」「入れ替わってない」の押し問答を続ける、続ける、続ける、続ける・・・。

それを、祐と初瀬が「なんか変なものでも食べたんじゃないのか」などと適当に言い合いつつ静観していると、ついに今堀がキレた。

「とりあえず頭冷やしてこいっっっっ!今日はこれで解散っっっっ!」

そんな副部長の一言で、定例部会は明日に持ち越されることとなった。

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