彼女の切望
そんなことを話していると、部屋のドアがノックされる
扉を開けるとそこにはカレンが立っていた
「・・・シズキ、少しいいだろうか?」
「どうした?何かあったか?」
何やら思いつめたような様子のカレンを見て静希は何かがあったのだと理解する
その表情と視線を静希とその後ろにいる鏡花たちの方に移しているという事から、鏡花たちには話すべきではないことであるという事を理解したのか、静希は小さくうなずく
「鏡花、ちょっと二人で話したいんだけど、また屋上までの道を作ってくれるか?」
「え?まぁいいけど・・・はい」
鏡花が地面を足で叩くと屋上へと続く道が作られていく。静希とカレンは鏡花に感謝しながら屋上への道をあがっていく
一体なんの話だろうかと鏡花たちは首をかしげていた
静希はカレンと共に屋上にたどり着くと、適当に腰かけて彼女が話をするのを待っていた
一体なんの話だろうか
今回リチャードがいるという事もあってかなり思いつめている様子のカレン、その彼女が二人だけで話したいというのは、きっとただ事ではないのだろう
カレンは非常に言いにくそうにしている、どうやって静希に伝えたらいいのか迷っているのか、それとも伝えるべきか否かを迷っているのだろうか
「・・・ひょっとして、予知でなにか見えたか?」
静希の言葉にカレンは歯噛みしながら小さくうなずいた
予知というのは難しいもので、予知の結果を教える事自体が未来を変えてしまうこともあり得る
現段階で確定している未来も、そのことを当事者に教えることで変わってしまう可能性もあるのだ
今こうしてカレンが話そうとしている事自体が未来を変えかねないことなのである
未来を知ったものが当事者へ接触を図る、この事自体が未来を変えかねないのだ
そして予知のことでカレンが言い淀んでいるという事実から、静希はその理由を察した
恐らくはリチャードに関してのことだ
カレンがここまで躊躇するというのは異常だ、それだけ入れ込んでいる事柄でもあり、何より彼女自身が失敗してほしくないと強く思っているのだろう
だからこそ、静希は結論を急がなかった
静希に予知のことを話すか否かはカレンが決めることだ、カレン自身が決めることだ、静希がとやかく言う事ではない
「伝えるべきか否かを迷ってる、それだけ重要な未来が見えたってことだね」
「・・・そうだ・・・このままだと私が言わなくともお前が察してしまいそうだな・・・」
カレンは困ったように笑っている、この状況から静希はある程度察しがついてしまうのだ、頭の回転が良すぎるというのも考え物である
カレンの表情やその背景からおおよその予想はできる、さらに言えばここにカレン一人でやってきているという事がその予想を確信に近づけている
だがこれだけは確認しておかなければならなかった、カレンが一人で来た理由、そしてカレンが言い淀んでいるのにもかかわらずここに来た理由を
「その予知の事・・・エドは知ってるのか?」
「・・・あぁ、すでに話した・・・エドはシズキにも伝えるべきだと・・・そう言っていたのだが・・・」
伝えるべき
エドはそう判断したのだ、恐らく自分にも何かしらのかかわりがあることなのだろう
だがカレンは迷っているのだ、関わっているからこそ迷っている
エドに諭されここまで来たのはいいものの、最後の一歩で戸惑っているのだ
伝えるべきか否か
「・・・まぁあいつが伝えるべきって言ってもそれを決めるのは結局お前だしな・・・俺はお前の意見を尊重するよ・・・どっちにしろ俺がやることは変わらないだろうしな」
静希はすでに作戦を立ててある、その作戦に沿って、あるいは相手の行動によって作戦に沿うように行動するつもりでいる
結局のところ未来がどうあったとしてもその選択自体は変わらないし、変えたところで何がどうなるというわけでもないのだ
行動を変えた結果最悪の未来を引き寄せる可能性もある、なら最初から行動を変えない方がいい
聞いた後も前も、聞くという選択肢を失くした後でも行動を変えなければ未来は変わらない
知識としてそれを得ることで何かが変わるかと言われても静希はぴんと来ないのだ
今まで自分がそうしてきたことが決まっていたことだとか、そう言う風に言われてもそうだとは思えない
自分が全力で行動して、仲間が全力で手繰り寄せた結果なのだ、仮にその未来を聞いたところでその未来が確定していたなどと信じたくもない
静希は所謂運命というものを信じていない
物事は確率で成り立っているわけではなく、人々の営みによって少しずつ変わっていく
小さな物事だろうとそれは少しずつでも未来を動かす原動力となって常に未来を変え続けている
だからこそ確定した未来などないし、決まった運命など存在しないと思っていた
故に、自分たちが直接かかわっている未来であるなら、自分たちが導くことも、そして同時に変えることもできると思っていた
だから聞く必要はない、自分はこれから勝つのだ、勝ちに行くのだ
勝ち負けを聞いたところで安心できる状況でも焦るような状況でもない、できることをするのが静希の信条なのだから
「どんな結果が見えたのかは知らないけど、あんまり気負いすぎるなよ?それこそ変に気負ってまったく逆のことになることもあり得るんだからな」
「・・・あぁ・・・それはわかっている・・・わかっているつもりだ」
頭の中では理解しているのだろうが、それを理解していてもどうしようもないということはあるのだ
特にカレンの場合はその傾向が強い、なにせ彼女は家族を殺されているのだ
今回のことに、いやリチャードの件に関しては誰よりも強い因縁があると言っても過言ではない、そんな彼女に気負うなといったところで無理なのは静希も理解している
だからこそ、それ以上の言葉を言うつもりはなかった
言うつもりなどなかったのだ、だがつい、ふと口から言葉が出てしまったのである
「まぁあれだ、きつかったら誰かを頼れよ、俺でもエドでも誰でもいい、できる事なら何とかしてやるから」
どうしてそんなことを言う気になったのか、どうしてそんなことを言ってしまったのか、静希自身わからなかった
今まで自分が誰かに助けられてきたからこそ、そう思ったのかもしれない
誰かを助けたいなどと思ったことなどほとんどない、誰かのためになりたいなど数える程度しかない
そんな善人とは程遠い静希が、何とかしてやるからなどと、らしくない言葉を言ってしまった
どうかしているとしか思えない、だがその言葉に、カレンは思うところがあったのか強く拳を握りしめていた
「そう・・・だな・・・その通りだ」
ほんの少しの間閉じていた瞳を開くと、カレンは静希に肉薄する
小さく息を整えた後、カレンはすがるような目をして静希の服の裾を掴んできた
「・・・シズキ・・・私はお前の未来を見た・・・どこかはわからない・・・だがその場所にはリチャードがいた」
やはりそう言う話かと静希は一瞬眉をひそめたが、カレンの独白は続く、まるで懺悔するかのように服を掴んだ状態でうつむいてしまい、感情をむき出しにしながら泣き叫ぶように静希に未来の予知を話し続けた
「・・・お前とあいつだけがあの場にいた・・・お前だけがあいつの下にたどり着いたんだ・・・何度見ても・・・何度別の未来を見ても・・・お前だけがあいつの下にたどり着く・・・!」
自分がその場に行けないことが、カレンにとっては非常に悔やまれるのだろう
自分の家族の敵を討つことができない、自分の悔しさを直接晴らすことができない
だからこそ、静希に縋り付いている
「私では・・・私ではだめなんだ・・・届かない・・・あいつを殺すこともできやしない・・・ずっと望んできたのに・・・私では・・・!」
本当ならカレンが一番リチャードとの対峙を望んだのだろう、可能ならば直接あの男を殺してやりたい、自分の手で、自分の力で
だがそれは叶わない、何度見ても何度見ても、未来はリチャードに対峙するカレンの姿を映さなかった
リチャードの下にいるのは、いつだって静希だった
悪魔のような笑みを浮かべ、剣を持ちリチャードの下にゆっくりと歩み寄る静希の姿、毎回毎回映るのはその光景だった
自分はそこにはいられない、自分はリチャードと戦えない
「だから・・・頼む・・・シズキ・・・私の代わりに・・・あいつを・・・」
そこまで言ってカレンは言葉を止めた
自分が何を言おうとしているのか、ぐちゃぐちゃになった感情の中でも理解したのだ
それを言ってはいけない、それを言う事だけはしてはいけない
自分と違い、静希はリチャードに対してうらみこそあるものの、自分ほど強くはないのだ
だからこそ、自分の願いを押し付けてはいけない
ぐちゃぐちゃになった感情の中で、ほんの少しだけ残った理性的な部分がカレンの言葉をギリギリで止めていた
ただの学生に、ただの子供にこんなことを背負わせてはいけない
悪魔の契約者となっても、数々の者たちから畏怖されようと、静希はただの子供なのだ
大人が子供にそんなものを背負わせてはいけないと、カレンはわかっていた、分かっていたからこそ言葉を止めた
言ってはいけないと、歯を食いしばって、言葉を飲み込もうとしていた
「カレン」
言葉を止めたカレンを見て、静希はその頭を小さくなでる
今のカレンが非常に幼く見えたからでもある、まるで子供のように見えたのだ
あの時自分に謝りに来たアイナや風香と同じように、申し訳なさを含めたその声を出す彼女が不憫に見えてしまったのだ
「言ってみろ、結局決めるのは俺だ、お前の願いくらいじゃ俺は自分の行動は変えないよ」
それはお前の願いなんて聞く義理は無いと言っているようなものだ、だがその言葉は、何よりもカレンにとってありがたかった
自分は重しにはなっていないのだと、静希に背負わせてはいないのだと、そう思えたからこそ、カレンは歯を食いしばるのをやめていた
今までせき止めていた言葉が、感情と一緒に溢れ出すかのように、涙と一緒に、嗚咽と一緒に彼女の口からこぼれ出た
「あいつを・・・!あいつを殺してくれ・・・!私の代わりに・・・!私ではそれはできない・・・!だから・・・!あいつを・・・!」
もし静希がリチャードを捕まえれば、軍に拘束されカレンの復讐の機会は永遠に失われるだろう、正しい司法裁判の結果などどうでもいい、カレンは自らの手でリチャードに復讐を行いたかったのだ
この事件が、最後の機会だったのだ
混戦状態で仕方がなく殺した、それは事件などでもよくある話だ
抵抗したから殺したという事が多くの国でよくある話であるように、合法的にリチャードを殺す機会があるとしたら、リチャードが事を起こし、それを解決するために自分たちが現場に向かうこの時しかなかったのだ
誰かが捕まえれば、その復讐の刃は決して届かない状況になってしまう
正しくなくてもいい、自らの手でその復讐を終わらせたかった
だがそれができない、叶わないのであれば、誰かに託すしかないのだ
どこの誰とも知らない第三者に任せるなど、カレンにはできなかった、信用できない人間に任せるなど彼女にはできなかった
だから彼女は、静希に託すことにした
静希が彼女の願いをかなえてくれるかどうかはわからない、静希だってむやみやたらに人を殺したいとは思わないはずだ
人殺しはしたくない、それは静希の心の底からの想いでもあるからである
敵を倒すのと殺すのでは天と地ほどの違いがある
何より相手を痛めつけることに関して定評のある静希だ、簡単に誰かを殺すという行為を容認するはずがない
簡単に殺すくらいなら生き地獄を
それは今までの静希の行動からも明らかだ
だからこそ、カレンの願いを静希が聞き届けるかどうかは完全に未知数なのだ
予知でもあの場所に静希がやってくるという事は確定しても、そこから先の光景は見えなかった、何が起こるかわからないからこそ託すほかなかった
できる事なら、静希が自分の願いを叶えてほしいと思いながらも、静希には人を殺してほしくないという二つの矛盾した感情を抱えながら、カレンは悔しさからか涙を流し続けていた
子供にこんなことを託す自分の無力さか、それとも自分で復讐を果たせないことへの悔しさか、カレンは泣き続けた
「あーもう・・・どうしてエルフって輩はこうどいつもこいつも抱え込むような奴ばっかりなのかね・・・」
泣き続けているカレンの頭を撫でながら静希はため息をつく
同級生であり妙に縁のあるエルフの石動も似たようなところがある、なんというか妙に気負うというか責任感が強すぎるというか
カレンと石動はどこか似ているところがあるとは思っていた、外見的なことではなく内面的な、どちらかといえば性格的なところなのだが
もっと気楽に生きることができればいいのにと思ってしまうのだが、これがエルフというやつなのだろうかと呆れてしまう
だれも責任など求めようとはしていないのだ、カレンがそう願ったところで別に静希は気負うことなどしない
リチャードに復讐したいと思っているのはあくまでカレン本人なのだ、その気持ちに何も思わないわけではないが、その願いに奮い立たされるということなどあり得ない
別に静希はリチャードを殺したいとは思ったことはないのだ
一発殴った後で生き地獄を味わわせればそれでいいと思っている、殺すなんて生易しいことをするつもりなど毛頭ないのだ
彼女が殺すことを望んでいるとして、それを遂行するつもりもあまりない
そんな静希の性格を彼女だって少しは理解しているだろうに、それを口にすることすら憚られるというのは少し気にしすぎなような気がするのだ
「ほれカレン、泣き止めって、そんな顔してるとアイナとレイシャに心配されるぞ?」
「わ・・・わかっ・・・て・・・いる・・・!わかって・・・!」
分かっていると言いつつも、一度せきを切った感情と涙は止まらないのか、カレンは泣き続けていた
自分で復讐を果たすこともできなくて悔しくて泣く、年下の男の子に復讐の代わりを押し付けるようなことをする自分が不甲斐なくて泣く、年下に泣きつくなんて無様を晒しているこの状況が情けなくて泣く
今まで自分が抱えていたもの、感情やら家族の事やら弟の事やらリチャードの事やら静希やエドたちの事やら、いろいろと思うところがあったのだろう
今まで我慢していたものが噴出して止まらなくなってしまったのだ
大人というのは何とも大変なんだなと、その片鱗を静希はカレンの嗚咽から感じ取っていた
誰かの前で泣くことは許されない、カレンの場合ずっと気を張って生きてきたのだ
天涯孤独の身となっていながら静希やエドに救われ、気丈に振る舞い続けてきた
復讐のために生き、それだけが生きる道ではないと諭され、日常の中にほんの少しの安らぎと生きる価値を見出しながらも復讐を忘れられず、今こうして復讐を誰かの手に託そうとしている
託してはいけない相手に、託すべきではない相手に託してしまった
恩人でもある静希にそんなことを押し付ける自分に腹が立つ、嫌気がする
だが静希はそれを受け入れたうえで自分で決めると言ってくれた、気にすることはないのだと
素直ではない年下の恩人の気持ちが嬉しくてさらに泣いた、静希の気遣いが申し訳なく感じて泣いた
結局、カレンはそれから数分間泣き続けた、ぐちゃぐちゃの感情が収まるまで泣き続けた
「あーあ・・・随分と泣いたな」
「・・・すまない・・・少しばかり取り乱した・・・」
少しというには随分と泣き続けていたように見える、服を掴まれていたせいで静希の服の一部も濡れてしまっていた
とりあえず静希はハンカチとちり紙を用意してカレンに差し出す、涙の痕ができているうえに鼻水まで垂れてしまっているのだ
おおよそ人に見せられる顔をしていない
静希からハンカチとちり紙を受け取りながらカレンはばつが悪そうな表情をしていた
どんな顔をしていいのかわからないといった感じである、あれだけ情けないところを見せてしまったのだ、恥ずかしさや後悔などもあるだろう、だからこそ、顔を拭きながらカレンは口を開いた
「さっきは・・・その・・・すまない・・・私が言ったことは忘れてくれ・・・その方がお前のためだ」
「それを決めるのは俺だって言ったろ・・・お前が気に病む必要はない・・・むしろ言ってくれてよかったよ、珍しいものも見れたしな」
静希が笑っているとカレンは少しだけ不機嫌になってしまう
あれだけ泣き顔を見られたのは初めてだっただろう、それを物珍しい程度で済まされたことが不服だったのかもしれない
「お前という男は・・・もう少し女心を学んだらどうだ?こういう時にはもっと別の言い回しがあるだろう」
「ハハ、そりゃ失礼・・・じゃあいろんな意味でやる気が出たとでもいえばいいか?」
静希の切り替えしにそれは・・・とカレンは言い淀んでしまう
静希のいうやる気が出たというのがどのような意味かは知らないが、静希が殺人を犯すようなことがあればそれこそ静希の友人たちに合わせる顔がない
自分がそれを頼んでしまった、自分がそれを誘導してしまった
静希は気にするなと言ってくれている、自分の願いくらいでは行動は変えないと言ってくれている、だが一種の行動選択の基準になるのは言うまでもないだろう
カレンが頼んだことによって、静希の頭の中にリチャードを殺すという選択肢が生まれたことは確かなのだ
そう言う意味では責任を感じてしまう
やはり話すべきではなかったと思ってしまうほどに
だがそんな様子のカレンを見て静希はため息をつく
「本当にエルフって輩は無駄に責任感ばっかり強いな・・・もう少し気楽に生きればいいのに・・・絶対損してるぞ」
「・・・損している・・・と言われてもな・・・こればかりは仕方がない」
それが性分なのだと静希も理解している、それを急に変えることができないことだってわかっている
それでもいちいち気にし過ぎなのだ
ほんの少しでいいから気楽に生きられればどれだけ楽だろうか、無論静希だって自分がどれだけ無責任なことを言っているかくらいわかっている
人間の性分というのはそう簡単には変えられない、何よりカレンは誰かのためを思ってこれだけ悩んでいるのだ
自分のために延々と悩んでいるのではなく誰かのために悩んでいるのだ、それはむしろ長所といえるだろう、もちろん短所ともいえるが
こればかりは一朝一夕で変わるものではない、家族や仲間のために真剣に悩めるのがカレンという人間なのだ
そう言う意味ではその堅苦しさや性分はそのままでいたほうがいいのかもしれない、無論本人がそれを望むかどうかはさておいて
「まぁそう言うのは全部終わってからゆっくり変えていけばいい、まだまだ時間は山ほどあるんだ」
「・・・そう・・・だな」
山ほどある、それはこの事件が解決すればという前提条件が付く
この事件の解決を失敗すれば、この辺り一帯は間違いなく消滅する、無論この場にいる静希達も、この辺り一帯にいるすべての人間や土地が消える
どうなるかはわからない、もしかしたら別の時空にとばされるだけかもしれない、生きていることはできるかもしれない
だがそれでも人格を変える余裕があるとは言い難い
つまり静希は失敗するつもりなどさらさらないのだ、成功するつもりしかなく、それだけの覚悟と準備をしてきたと思っている
開き直っていると言ったほうがいいだろうか、静希の言葉には一種の清々しさのようなものが感じられた
「思いっきり泣いてちょっとはスッキリしただろ?作戦行動中はしっかり集中してくれよ?」
「あ・・・あぁ、それは問題ない・・・任せてくれ」
そりゃ何よりだと言いながら静希は屋上から降りる前にカレンの方を振り返る
「まぁあれだ、泣き顔を見れたってのはなかなかよかったぞ、話した甲斐があったってもんだ、エドたちに話したらどんな反応が返ってくるか」
「な・・・!エドやあの子たちには話すなよ!?私が取り乱したことは内密だ!」
さぁどうしようかなと静希はとぼけたふりをしながら笑っている
カレンはまるで弱みを握られているかのような状態になってしまった、静希に泣き顔を見せるなどという失態を犯した今、彼女は恥ずかしい秘密を一つ確保されたようなものである
屋上から部屋に戻る最中も絶対に話すなよと釘を刺されながら静希は笑っている、静希が誰かにカレンの様子を話すかどうかは、今のところ未知数である
「随分と長く話してたみたいね」
「ん・・・まぁな」
カレンが自分たちの部屋に戻った後、鏡花は静かに静希に視線を向けていた
一体何を話していたのか、それを問いただすほど鏡花は野暮ではない
わざわざ自分たちのいないところに移動してまで二人で話したのだ、鏡花たちに教えることができない、あるいは教えない方がいい内容であるという事は彼女も理解している
理解はしているが気になるのも確かだ
なにせあのカレンが目を赤くしていたのだから、何かしら感情的になったのは言うまでもない、一体何のことを話したのか気になるところではある
「まぁ作戦行動に支障がなければそれでいいわ、あんたもそのあたりはわかってるでしょうけど」
「安心しろって、そのあたりは気を配ったよ、あとはあいつ次第だ」
あいつ次第
結局のところ静希ができるのは言葉をかけることくらいだったのだ、カレンの気持ちになって同情しようにも、静希ではカレンの気持ちは理解できない
百分の一、いやもしかしたら千分の一も理解できないかもしれないのだ
そんな人間が何を言ったところで、その同情や同意の言葉は意味をなさない
自分の言葉の軽さを理解しているから、静希は同情や同意などはせずに自分の考えを貫くことにした
たとえ誰かに頼まれたとしてもそれを決めるのは自分、最終的な決定権が自分にある以上決めるのは自分なのだ、他の誰かではない
あの言葉がどれだけカレンの状態をまともにしたかはわからない、せめて危険がない程度に自己防衛できるレベルまで戻ってくれればいいのだが
そう考えていると鏡花がため息をつく
「結局あんたは何もしてないに等しいわけね、懺悔でも聞いてたの?」
「懺悔って・・・まぁ似たようなもんか・・・いっそのこと卒業したら神父にでもなるか?」
「あんたみたいな神父に仕えられたら神様が可哀想だわ」
どこの世界に悪魔と契約している神父がいるというのか、いやそれだけならまだいい、他の神を引き連れ精霊をかくまっている神父などあり得るだろうか
あり得るのであればその宗教や教会はどれほど懐深いのだろうかと思えてしまう
そして何より静希のような危なっかしい人間が神父であるなどと想像できない
如何にも嘘っぽい無害そうな爽やかな笑顔を浮かべて、その裏では悪魔のような思考をしていそうである
鏡花が信徒であるなら絶対にこの神父には頼らないだろうなと思える存在になりそうだ、そのうち神の名をかたって自分の敵を打倒しに行きそうなイメージすらある
まず間違いなく静希に神父は無理だ
「でも・・・カレンさん大丈夫かな・・・?目が赤かったけど・・・」
「ん・・・まぁあいつなら大丈夫だろ、エドたちもいるし・・・自分で何とか折り合いをつけるさ」
正直、カレンのことはカレン自身が何とかするしかないのだ
なにせカレンが抱えているものは他人がどうこうできる問題ではないのである
彼女の家族が殺され、彼女はその復讐に燃えていた、そしてそれが自分では果たすことができないということを知り、悔やんだ
今はまだその状態だ、これからどうなるかわからないし、カレンがどういう道を行くのかは恐らく彼女自身わかっていないだろう
となれば、彼女は暗闇の中自分のゆく道を見つけなければいけないのだ
もしこの後、復讐を終えたらどうするのかを
「あんたってそう言うところあるわよね・・・結局最後は自分で決めさせるっていうか、なんていうか」
「だってそうしないとダメだろ?自分のことは自分で決めないと結局自分のためにならないからな」
自分のことは自分で
確かにそれはそうだ、当たり前のことだ
誰だって自分のことは結局自分で決めなければならないのだ
誰かのいう事を聞いてただ従っているだけでは何も成長しない、何も得ることはできない
だからこそ人は自分で選択しなければいけない、自分で決めたことだからこそ得られるものというのはあるのだ
それを他人が強要することなどはできない
無論、誰かに引っ張られるというのもある意味必要なことではある
鏡花はそうやって陽太に救われた
強引に引っ張られ、無茶苦茶な理屈で鏡花を救いだした陽太、そう言う強引で無茶苦茶で相手のことなど全く考えていないような人間も必要なのも事実だ
だが静希はそれをしない、いつだって誰か自身に選択を迫る
静希が提示するのはあくまで選択肢だ、それを決めるのは当人であり、静希はその選択肢を巧妙に誘導して見せるだけなのだ
なんというか狡猾というよりひねくれているというべきか
静希は素直に誰かを助けるという事をしない、静希自身がそう言う性格なのかもしれないがどうしてこうもひねくれているのだろうか
自身の幼馴染に対しては何の抵抗もなしに助けるというのに
「なんていうか、あんたらしいというかなんというか」
「なんだよそれ、ひょっとして褒めてるのか?」
さあねと鏡花はとぼけてみせる、実際その言葉が褒めているのかどうか、鏡花自身わかっていなかったのだ
「つーか先生としてはどう思います?静希が神父になるの」
さっきの話を引っ張っていたのか、陽太が不意にそんなことを言うと城島は口元に手を当てて悩み始める
実際の所神父というのがそもそも職業なのかどうかも定かではない、というか城島はそれで食っていけるのかという心配があるのだ
「似合うかどうかはさておき向いているとは思えんな、こいつが聖歌を歌うところなど想像できん、何より神の教えなど説くような輩でもないだろう」
「それはひょっとしなくても褒めてませんよね?」
静希としては基本平和主義を貫いていきたいのだが、静希の立場からしてそれは難しいのだ
教会などに所属したらきっと宗教戦争などに駆り出されることになるだろう、そう言う意味では軍に入るよりもずっと厄介なことになることは間違いない
「もちろん本人がそれを切望するなら考えなくもないが、別に神父になりたいと思ったわけでもないのだろう?」
「そうですね・・・神様に仕えるとかは想像できないし、何よりそう言うのはもうお腹いっぱいですから」
静希としても人外たちと行動を共にするのはすでに日常となっている、仕事にまでそんな人外たちに関わるようなことはあまりしたくないと考えていた
何が悲しくて神なんかに仕えなくてはいけないのか、神父という職業を否定するつもりはないが神の教えなどはその場しのぎでしかないのだ
言ってしまえば気を紛らわせる程度の効果しかないのだ、考え方そのものを変えてプラスの方向を見えるようにしただけのもの、そんなものを広めるつもりなど毛頭ない
「まぁ正直、この中で一番就職関係で不安なのは五十嵐なんだがな・・・」
「え?そうなんですか?」
城島の言葉に静希だけではなくその場にいた全員が意外そうな顔をする
悪魔の契約者として実績を積んでいる静希が一番就職先などには困らないのではないかと思えるのだ
そもそもすでに稼いでいるのだからそのまま仕事についても何も問題はないように思えてしまう
「清水はその気になれば大学に行けるだろうし、響は軍に行く以外の選択肢がない、幹原はすでに医師免許を持っているから他にいろいろ進路はある、だが五十嵐は基本的にどれも難しい」
「・・・あー・・・確かに静希の成績と素行じゃ大学は難しいかも・・・」
静希ももちろん成績が悪いというわけではないが、成績が悪くないだけでは大学には行けないのである
能力者は高い成績と生活態度などが良いものでなければ大学に入学することはできない
そう考えると静希は成績よりもむしろ素行の問題から大学にはいる事が難しいのだ
「でもそれなら俺と一緒に軍に行くってのもありなんじゃないんすか?もう軍に知り合いは何人もいるし」
「確かにそれも手ではある、だが逆に言えばそれだけイガラシの事情を知っている人間がいるという事だ、組織内に悪魔の契約者が存在するというのはかなり面倒なことになるぞ」
なるほどと静希達は納得してしまう
今回のことで町崎の部隊のほぼ全員が静希が悪魔の契約者であるということを認識したのだ
組織内において上下関係は絶対だ、だが静希の立場上上の人間のいう事だけを聞いていられるような立ち位置にいないのである
それこそ悪魔の力を自由自在に行使されかねないのだ、静希からすればそう言う都合のいいような利用法は避けたいところである
「いっそのことフリーランスで行動しちゃだめですか?静希ならそれなりに稼げると思いますけど?」
「それも一つの手ではある、だが組織の庇護がないというのはいろいろ不便だぞ、社会で生活する以上どこかしらの組織に所属しておいて損はない」
どこかしらの組織と言われてもパッと思いつくものがないのも事実である
能力者を雇うような組織はいくつかあるが、そのほとんどが国家公務員的なものばかりだ
軍、警察、能力管制委員会など、かなり限られる、そのどれかに所属するかと考えるとかなり迷うところである
「いっそのこと先生にでもなったら?」
「俺が先生に向いてると思うか?」
「・・・うんごめん、なかったことにして」
提案しておいて数秒も経たずに否定されるというのもなかなか傷つくが、静希自身自分が教師に向いているとは思えない
明らかに攻撃的過ぎる性格に加え、やることなすこと容赦がない
そう言う意味では城島とどこか通じるところがあるだろうが彼女は彼女でちゃんと教師としてやることをやっている
静希の場合悪魔の契約者という立場から教師という役割を放棄しかねないのだ
そう考えると静希を教師にするのはやめたほうがいいだろう
「形だけ軍とかに所属して都合のいい時だけ働くってのはダメなんすか?」
「五十嵐の立場ならそれも可能かもしれないが・・・間違いなくいい顔はされないだろうな・・・何より力に頼った立場にふんぞり返るというのは五十嵐も望まんだろう」
城島の言う通り、悪魔の力に頼って生きていくなど静希はまっぴらごめんだ、自分の力で生きてこその人生である
何よりそんなにメフィの力にばかり頼っていては金がいくらあっても足りない
悪魔の力はここぞという時に頼ってこそなのである
「静希はこれから少しでも稼がないといけないんだから、それ考えると定職は持っていた方がいいでしょうけど・・・」
「組織に入ると面倒そうだな、いっそのこと民間軍事会社でも立ち上げたらどうだ?」
「それはもうエドがやってるよ・・・一応俺の進路っていうか就職先は軍か警察にしようと思ってたんだけど・・・」
難しいでしょうかと城島に目を向けると、彼女は複雑そうな表情をしていた
無理ではないだろう、だがその先が問題なのだ
「軍なら町崎か鳥海の部隊に、警察なら国岳の部下になるのが一番だろうが、どちらも基本は縦社会だ、あいつらよりも上の人間に何か言われでもしたら面倒だろうな」
「いっそのこと独立した部隊を作って命令の拒否権でも与えてもらおうかな・・・その方が楽な気がしてきた」
静希の言葉に鏡花たちは戦慄してしまう、要するに静希は軍相手に交渉しようとしているのだ
軍に所属してやるがお前達のいう事を聞くつもりはない、だから命令の拒否権と部隊の新設を要求するという事だ
相変わらずこの男はやることが極端だ、だが実際に現実的でもある
静希ははっきり言って世界中から注目されている人間だ、それこそ日本という国から出ていくことだって容易にできる、それだけの申請はすでに受けているのだから
イギリスだけではなく今まで活動した各国から引き抜きの話などもすでに受けている、日本に所属し最低限の命令権があるという条件であるなら上も納得する可能性が高い
それほど静希の連れる悪魔の力というのは魅力的なのだ
「なるほど、確かにそれなら話は通るかもしれんな、上手くいけば委員会からも圧力をかけられるだろう、悪い手じゃない」
日本の能力者を管理している委員会からすれば、静希を日本に留めるためであれば軍に圧力をかけることくらいはして見せるだろう
日本に定住し、依頼をしやすい形にしておくというのはかなり重要な意味を持つ
存在自体が希少な悪魔の契約者、それが日本にいてしかも軍に所属しているというだけで十分他国に圧力を加えることができるだろう
他国が協力を要請するにも日本という国を経由する必要がある、つまり日本という国自体に借りを作らせることになるのだ
少々回りくどいかもしれないが静希が自らの意志で行動するためには必要な工程かもしれない
何より命令への拒否権という事はつまり悪魔の契約者としてではなく、ただの能力者としての命令に関しては素直に従う可能性もあるのだ
そのあたりのさじ加減次第では静希を上手くコントロールできるかもしれないという軍の下心という意味でもこの提案は受理される可能性が高い
自分の立場、組織の思惑、そしてその中の各個人が抱く下心まで考えたうえで実に現実的な案だ、前準備と静希の話術などを駆使すれば十分に実現できる範囲の内容であることがわかる
そんな内容をパッと思いつくあたり、静希がどれだけ面倒な大人たちと対峙してきたかというのがよくわかる
今まで悪魔の契約者として面倒に巻き込まれてきたのは伊達ではないという事だろう
「とはいえ最初から部隊を任されるのはまずないだろうな、周りとの面子との兼ね合いもある、まずは町崎か鳥海の部隊に入って社会を学べ、経験をしっかり積んでからの方が周りとの摩擦も少なくて済む」
「確かにそれもそうですね・・・序盤はあくまで俺個人の拒否権にして、おいおい部隊を任されたら部隊そのものへの命令の拒否権とかにしていけばいいか・・・」
最初から多くを望めばその分足元を見られかねない
ならば最初は相手に恩を売るような形で軽い条件を提示し、あとから徐々にその条件を重くしていけばいいだけの話である
詐欺の常套手段というと聞こえは悪いかもしれないが、最初に良い思いをさせて最後は自分が勝つという事をするだけのことだ
若いころの苦労は買ってでもしろという言葉があるように、シズキにも下積み時代というのが必要だという事だろう
何よりメフィのにらみがきいている状態では軍の上層部も静希に向かって大した命令はできないだろう
命令は任務の偽りがあったのならそのあたりの事実を突き付けて相手を失脚させればいいだけの話である
「静希、悪い顔してるわよ」
「おっと・・・すまんすまん」
将来の展望を考えるうえで黒い内容が具体的になりすぎたのか、静希はいつの間にか邪な笑みを浮かべてしまっていた
まだ可能性の一つでしかないのだ、今こんなに考える必要はない、まだまだ時間はたっぷりあるのだから
「まぁ将来のことに関して考えることは悪いことではない、しっかり考えておけ、五十嵐だけではなくお前達もだ」
城島の教師らしい言葉に全員がはーいと間延びした返事をする
実際この中で何をするのか具体的に決まっているのは陽太くらいだ、それ以外の三人は選択肢がありすぎて迷っているだけである
明利に関しては専業主婦が希望らしいが、それはもったいないような気もしてしまうのだ、なにせせっかく医師免許を取ったのだから、それを活かさないのは本当にもったいない
医者になれとまではいわないが、何か別の職業でもいいからできることを探した方がいいように思えるのである
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記念すべきぞろ目回、明日はとうとう千回ですよ、長かったなぁ・・・
これからもお楽しみいただければ幸いです




