合流
「恨むわよ静希・・・あんたが変な事言いださなきゃ・・・」
「いやぁほんとにごめん、ちょっとした冗談のつもりだったんだけど・・・先方が思ったよりも乗り気になっちゃって・・・ほんとごめん」
正直に言えば静希からしてもこの展開は予想外だった
鏡花が断ればそれは残念だとウェパルが諦めるだけだと思っていたのに、存外食いついてきてしまったのだ
別れの前の他愛のない会話のはずだったのにいつの間にか新たな契約者の誕生を目にするかもしれない状況に静希は本当に申し訳なく思っていた
悪魔相手に不用意なことを言うべきではないなと強く反省した瞬間でもある
「あぁもう・・・なんだってこんなことに・・・悪魔の契約者なんてなりたくないわよ・・・」
「まぁそう言うなよ、なってみると案外悪くないぞ?家族が増えると思えばいいんだよ」
「そのために毎回面倒に巻き込まれるならごめんよ、あんたの生活見ててそんな風になりたいだなんて思えないわ」
普段の静希の生活などを見ているために鏡花は悪魔の契約者になりたいとは思えなかったのだ
なにせ強力な力を持てば当然その力によってくる輩もいる、有象無象のために力を使うつもりなどない鏡花からすればそんなものは余計でしかないのだ
過ぎた力は身を亡ぼす、鏡花はそれを身をもって知っている
だからこそ制御できないような悪魔の力を頼ろうとは思ったことはない、ましてや契約者になりたいだなんて思ったことはなかった
だがもう歯車は動き始めてしまった、自分ではもはや止められない
こうなったらベルを少しでも長生きさせる以外に方法はないだろう
これから飼い犬であるベルの体調管理を徹底しなければと思いながら鏡花は小さく意気込んでいた
そんなことをしているとようやく荷物を運び出したのか、フランツたちがやってくる
機材などは城島が能力を使って運んでやっているようでふわふわと機械が浮いているのが見えた
「お前達何をしている、清水この建物を片付けろ、痕跡一つ残すな」
「・・・はい・・・わかってます」
鏡花が地面を足で叩くと先程まであった建物が徐々に地面に戻っていく
周囲の陥没した地面も元通りになっており、城島の言う通り痕跡一つ残っていない
その様子を見てウェパルはふむふむと頷く、さらに鏡花への関心が強まったのか薄く笑っているのが印象的だった
妙なやつに目を付けられたなと鏡花はため息をついてしまう、その様子を見て城島は何かがあったのだなと察し静希の方を睨む
「五十嵐、大まかに何があったのか教えろ」
「えと・・・鏡花の奴がウェパルに気に入られちゃいまして・・・」
ひそひそと小声で話す中城島は気の毒そうに鏡花の方を見る
静希の同類になってしまうのかと少し心配になっていたが、そのあたりは賢しい鏡花のことだ、下手な行動はしないだろうと高をくくっていた
城島は鏡花の評価はかなり高い方だ、能力者としても一人の人間としても、そして生徒としても
静希のようにバカな真似はしないという意味では安心して班を任せられる存在でもある、だが悪魔に気に入られたとなるとなかなか大変だろう
なにせもしこれで鏡花が契約者になろうものなら彼女の能力者としての優秀さも相まってそれこそ引っ張りだこになることは間違いない
鏡花のことだからそう易々と悪魔の契約者になるようなことはしないだろうがと城島は少し心配そうに鏡花を眺めていた
「清水、あまり無理はするなよ?」
「・・・先生・・・私将来が心配です・・・」
「・・・進路相談はまた今度受け付ける、今は目の前の事だけに集中しろ」
城島の教師らしい言葉に静希はつい笑ってしまうが、鏡花からすれば笑いごとではない
世界的に危険性の高い悪魔の契約者になるか、悪魔に気に入られて付け狙われるか
どちらも論外だ、安心できる生活とは言えない
何で自分がこんな目にと鏡花はもう何度したかもわからない後悔をしていた
あの時、転校してきたあの時に静希達に会わなければ、静希達と行動を共にしていなければこんなことにはなっていなかったのだろうか
もう遅い、圧倒的に遅い
あの時の自分に、学校に通おうとしている自分に、朝起きた時の自分にこう忠告したい
小さな女の子がやってきて話しかけてきたら無視しなさいと、その子の幼馴染はとんだ危険人物だと、別のグループに入りなさいと
今まで静希達と一緒に行動してよいことももちろんあった
毎日楽しく過ごせたし、危険な目には遭ったがそれでも今幸せに毎日を享受できているのは静希達と出会ったからに他ならない
だが得られたものに対してのマイナスが大きすぎる気がしたのだ
まだ面倒に巻き込まれるならわかる、だが自分が面倒の中心になりかけるだなんて誰が想像できただろうか
悪魔の契約者なんて良くも悪くも面倒の中心にいるようなものにはなりたくない、だがあのウェパルという悪魔がどこまで自分の言う事を聞いて、なおかつ契約をあきらめてくれるかは未知数である
本当に、静希達の班の班長になるんじゃなかったと、きっともうすぐ二桁に届くだろうと思われる後悔を鏡花は感じていた
「では移動する、何か風を受けることができるものを作ってくれるとありがたい」
「・・・私が作るわ・・・気球とパラシュートの中間みたいな感じでいいでしょ・・・」
ウェパルの申告に鏡花は頭を抱えながら地面を足で叩く
すると全員が乗れるだけの籠と風を受けるための帆のようなものが作り出された
パラグライダーのそれに近いだろう、その構造から風をどこからでも受けられるような形にしている
この程度はもはや仕事の内にも入らないと鏡花は再び頭を抱え始めている、さすがは天才と言われるだけはある、そして静希達はその籠の中に次々と荷物などを積み込んでいく
後はウェパルに任せて風を出してもらうだけだ
「じゃあウェパル、頼む、ここから約三十キロ地点だ」
静希は地図を見せて目的地を軽く説明する
方角なども含めてどのようなルートで行けばいいのかを確認すると、ウェパルはまず帆の部分に風を集めて軽く浮かび上がらせる
帆の部分で風を受け止めて飛ぶというのはまさにパラグライダーのようだ
しかもその風を生み出すのは悪魔なのだ、安定した飛行ができるかはさておき確実に通常のそれよりは速くたどり着けるだろう
「では乗れ、三十キロ程度ならすぐに到着する」
全員が乗り込んだのを確認するとウェパルは能力を発動する
巻き上がるような強い風が一気に静希達の乗る籠を持ち上げ上空へと飛行していく
「しっかり掴まっていろ、人を乗せるなんてことはあまりしていないから乗り心地も保証できない」
ウェパルの言葉通りまるで暴風にそのまま乗っているかのような乗り心地で静希達は空を進んでいた
籠の外側にある景色がどんどんと変わっているのがわかるほどの速度だ、一体どれほどの速度が出ているかもわからないほどである
はるか高くに舞い上がった静希達は風の影響を考えながらも外の景色を眺めていた
「おぉぉ・・・速いなこれ」
「これなら案外早く着きそうだな・・・って言ってもそれでも数十分はかかるだろうけど」
次々と木々が後ろの方に流れていくのを見ながら、静希は籠の中で少しでも体を休めようとしていた
さすがにグロッキーな状態というのは早々には治らないものだ
もちろん明利に体調管理してもらい水を飲んだりして徐々に戻してはいるものの、それでも万全とは言い難い
三十キロという距離は近いようで案外遠いものだ、この気球もどきがどれほどの速度で飛んでいるのかはさておき、人間の体に無理がかからない程度の速度で飛行している
もちろん飛行機よりは遅いだろう
ウェパルが自分で飛んだ方が圧倒的に速いだろうが、そんなことをすれば当然先程の静希と同じように嘔吐するのは間違いない
現場にたどり着く前にグロッキーになっているなど笑い話にもならない、無理な飛行をするよりも今は安定した速度でしっかりと現場にたどり着くことが重要なのである
その時間に少しでも体調を元の状態に戻しておくことが静希の今の仕事である
「いやぁ輸送機落されたときはどうなるかと思ったけど、何とかなるもんだな」
「まぁ陽太がいれば気球は作れたけどね・・・それだとどこに行くかはわかったもんじゃないけど」
鏡花の言う通りウェパルがいなくても気球くらいなら現状でも作れたのだ、なにせ静希の班には陽太がいる
陽太の炎をエンジン代わりにして気球を膨らませることは十分に可能だっただろう、もちろん飛んでいく方向に関しては操作するのは城島に任せることになったかもしれないが
「今度気球作ってみるか?家の近くで飛ばしてみたいんだけど」
「ダメよバカ、そう言うのは飛ばすのも許可が必要なのよ、もしそう言うのが飛行機とぶつかったらどうするのよ」
基本的に空を飛ぶのにはある程度申請と許可が必要なのである、万が一にも事故を起こさないようにあらかじめルートを決定し申請しておくものなのだ
飛んでみたいから飛ばすなどという事は絶対にできないのである
それが凧やパラグライダーといった低空飛行ならば問題はないかもしれないが気球となると話は別である
あれはかなり高くまで上がる、しかも陽太の能力で飛ぶとなればまたいろいろと面倒なことになるだろう
それを考えたらちゃんとした気球に乗せてもらったほうが安全である
「そう言えば少尉、本隊との連絡はできたんですか?」
「一応何度か連絡をしてみたんですが、応答がないんです・・・何かあったのか、ただ単にこちらの連絡が届かなかったのか・・・とにかく今はいくしかないでしょう」
応答がないというのは少々不安だが、もしかしたらこちらが墜落させられたという事も知らない可能性がある
そうなるとこんな手段で現場にたどり着くというのは非常に目立つだろうなと静希は少しだけ苦笑してしまっていた
なにせ輸送機が飛んでくるかと思ったら気球のようなパラグライダーのような物体が飛んでくるのだから
我ながら奇妙なことになったなと静希は小さくため息をつく
今まで現場にはたどり着けるのが当たり前だった、こうしてたどり着く前に妨害を受けるというのは初めての経験である
予測はできていたとはいえ反応が遅れた、もう少し早く行動できていればと思うばかりだが、こればかりはどうしようもないだろう
数十分後、静希達は目的地であるキーロフに近づいていた
魔素の変動によって奇妙な感覚が静希と明利を襲う中、静希達は目的地へと着実に近づいている
空港を封鎖しているだけあって問題なく近づくことができたのだが、その周囲の異様さに静希達は目を惹かれた
いや、目を見開いてしまったというべきだろう
キーロフの空港の南部の部分に軍の部隊が駐留しているというのは聞いていた、だがそのあたりから黒煙が上がっているのだ
一体何事か、それを確認するよりも早く静希は籠から身を乗り出していた
「どうなってんだよ、小競り合いだけじゃなかったんですか!?」
「そのはず・・・まさか無線が通じなかったのは・・・!」
先程無線が通じなかったというのは相手側の無線がすでに破壊されていたから
嫌な予感がした静希は籠を飛び下りる
「ウェパル!しばらくの間空中旋回してろ!俺が確認してくる!」
静希はそれだけ言うとメフィをトランプから出して高速で移動を始める
まさかこんなに早く相手が動くとは思っていなかった、ただの小競り合いだったはずだというのにいつの間にか本格的な潰しあいに発展していたということになる
こちらの準備も万全ではなかったというのにと舌打ちしながら静希は黒煙の上がっている場所を集中的に探索する
燃えているのは主に装備のようだった、武器などを保管してある箱などが燃えているのがわかる、恐らくは火薬や燃料が引火したのだろう
相手がまさか攻勢に出るとは思っていなかったのか、周囲に人の姿は見えない
死体など負傷者などもいないところを見るとすでに撤退したか避難を終えているのだろうか
静希が荒れ果てた陣地内にやってくると、その状況を詳しく把握することができる
土に残っているのは軍靴の跡だけではない、そこにあったのは動物の足跡だった、しかも十や二十ではない、もっとたくさんの動物たちがここに押し寄せたのだ
恐らくはメフィの話していた動物を操る能力だろう、これだけの被害を被ったのも恐らくはそれらの動物のほとんどが奇形種だった可能性が高い
動物を操れるというのがどのレベルまで可能なのかは知らないが、もし能力の部分も操れるのだとしたらかなり厄介だ
人間が動物に勝つことができるのは知恵があるからだ、その知恵を用いて動物を操っているのであれば一種の軍隊と相違ない、本来なら行わないだろう能力の一斉掃射などもできる可能性があるだけにその脅威度は高い
すでにエドたちはこの場にいたという事だったが、今エドたちはどこにいるのだろうか
負傷したなどということはないだろうが今どこにいるのかが気になるところである
それに何よりこれだけの被害を出しておきながら血が一滴も流れていないように思うのだ
破壊された装備などを見ても、近くの地面を見ても血が一滴もたれていない
明らかに異常な光景だ、装備だけが破壊されたとでもいうのだろうか
「メフィ、これってどういうことだと思う?」
「間違いなくブファスの仕業ね、ただここまで血がないっていうのはちょっと変かも・・・大体食い散らかしたりするはずなのに」
要するに動物たちを操って死体などは動物の餌にするという事だろう、なんというかえげつないというか合理的というか
だがその痕跡が一切見当たらないという事は何かしらの意味があるのだ
そうこうしていると静希は近くに悪魔の気配を感じていた
魔素の変動の影響があるのにもかかわらず気配を感じることができるという事はかなり近くまで接近されている
一体どこに
それを理解するよりも早く、静希の右手が握られた
瞬間的に静希は右の方を見るが、そこには誰もいない、いや誰もいないように見えたのだ
そして静希はその手の感触を、いやその手の大きさを覚えている
「・・・アイナか?」
「はい、ミスターイガラシ、御無事で何よりです」
恐らくはヴァラファールかオロバスをその体の中に宿して全身を迷彩で包んでいるのだろう、まったく見えないということに早く気付くべきだったのかもしれない
「状況はどうなってる?なにが起きた?」
「それを説明するのはここでは危険です・・・上空にいるみなさんをここにおろしてください、迷彩を施してから移動します」
何が起こったのかはわからないが、とにかくこの場所は安全ではないという事なのだろう
「メフィ、全員をここに連れて来てくれ、ウェパルにはその気球を一時間くらい旋回し続けるように言ってくれ、それが終わったら自由になっていいと」
「了解よ、ちょっと行ってくるわね」
メフィはすぐに飛んでいき籠に乗っていた全員をこちらに連れてくるべく作業を開始していた
この場所も安全ではない
一体何が起きたのかはわからないがこれだけの被害を被ったのだ、ただならぬ何かがあったのだろう
「アイナ、エドたちはとりあえず無事なんだな?」
「はい、問題ありません、装備などに多少の被害は出ましたが人的被害はゼロです」
これだけの被害を出しながら人的被害がないというのは驚きだ
そう言えばオロバスの予知があったなと思い返しながら静希はこの状況にため息をついていた
まるで戦争のようだ、そう思いながら
鏡花たちを全員籠から降ろすと、アイナはすぐに鏡花に全員分の迷彩を作ってもらいその場から移動を開始した
足音や足跡から判別できないようにメフィの能力で浮きながら案内してもらうと、陣地の端の所に建物があった
そしてその建物の近くにたどり着くとアイナが何やら合言葉のようなものを呟く、すると扉がゆっくりと開き、内部がよくわかるようになる
そこは車庫のようなものだった、そしてその車庫の中には地下に通じる階段のようなものがついている
その下へと向かうとさらに扉があり、その扉の前には一人の男性が立っていた
「ミスターイガラシをお連れしました、エドモンド・パークスの部下、アイナ・バーンズです」
「登録番号を述べろ」
アイナが自分のものと思われる登録番号を述べると男は扉を開け能力を発動する
以前にも同じような仕掛けを見たことがある、扉を媒介にして別の場所につなげることのできる転移系統の能力だ
前にドイツで行動した時も見たことがある仕掛けである、あらかじめ情報を得ていたからこそこのような状態を作っておいたのだろうか、それともただ単に現地への展開を楽にするために用意したのか、そのあたりは不明だが被害を抑えるには十分であることがわかる
静希達も身分証明証を提示し、フランツ達やパイロットも登録番号を述べた後その扉をくぐっていく
扉の向こう側は広く、かなりの大部隊が駐留しているのが確認できた
扉が閉まるのを確認した後アイナは能力を解除して透明化を解く
姿が確認できると同時に静希はあたりを見渡しながら彼女に幾つか確認したいことがあった
「アイナ、今ロシアの連中はここに全部いるのか?」
「現在ロシアの部隊の八割以上がこの場所に駐留しています、主戦力の投入準備ができ次第進攻を開始するとのことです」
「残りの二割弱は?」
「現在索敵や輸送支援中とのことです、連絡を取り合いながら行動しているのですが一部部隊とは連絡が途絶しています・・・なにせこの対応は急ごしらえだったので・・・」
急ごしらえ、という事は最初からこの状態を維持していたというわけではないようだ
恐らく連絡が途絶しているのは輸送部隊など、現場から離れていた部隊の事だろう、事実静希達が一緒に行動していた部隊は本体との連絡が取れなかった
「どうして急にそんなことを?他の部隊への連絡もなしに行うってことはそれだけ鬼気迫ってたってことか?」
「はい、ミスアイギスを含め何人かの予知能力者が本部襲撃を察知しまして、急いで必要な物資や人員などを退避させたのです、準備ができていないような状態で戦うわけにはいかないと」
「なるほど、正しい判断だな」
相手の素性も戦力も明らかになっていない状態で正面衝突をするのは避けたという事だろう、むしろいくつかの物資を犠牲にすることで相手の戦力の一部を把握することに努めたのだ
随分と柔軟な対応だ、良い指揮官がいるだけではなく他にも意見を出す人間がいたのだろう
静希達はアイナの案内の下移動を始めていた、エドやこの部隊の指揮官がいる場所へ連れて行ってくれるらしい
知り合いの少ない現状としてはありがたい話である
「現状としては戦車だとか他の部隊待ちの探り合いってところか・・・索敵がどうなってるかはわかるか?」
「索敵に関しては魔素の変動範囲内ギリギリのところまでは済んでいますが、そこから先に奇形種が多数うろついているのが確認されています、一定以上近づくと能力で応戦してくるほどに凶暴な状態だそうです」
メフィの言っていた能力で間違いなさそうだ、ブファスの能力、動物を操るものだとしたらかなり厄介である
しかも動作だけではなく能力の発動云々まで関われるとなると相当に厄介だ
伊達に悪魔ではないという事だろう、そう考えると頭が痛かった
「ミスターイガラシたちは何故あんな方法でやってきたのですか?輸送機での移動だと聞いていましたが」
「ちょっと面倒があってな、悪魔とその契約者を倒してた・・・輸送経路を潰そうとしてたんだろうけど、早めに気付いてよかったよ」
静希はアイナに事のあらましを伝えると彼女はおぉぉと感嘆しているようだった
やってくる間に敵の悪魔と契約者を一人打倒するという事をやってのけた静希に尊敬のまなざしを向けているように見える
実際はだいぶ危なかったのは言うまでもない
せめてもう一人、エドの協力があればもう少し早く済んだかもしれないが、やはり悪魔と悪魔の一騎打ちでは戦いにおいてもギリギリになってしまう
相手の契約者が暴走状態だったのが不幸中の幸いだったか、それでも相手の能力の手中に入ってしまった静希だ、もしあれが暴走中でなければ負けていたかもしれない
そういうことは言わなくてもいいだろう、あとは報告するだけだ
もっとも本番はまだここからなのだ、というかまだ始まってすらいない
現地に到着するまでにここまで時間がかかるとは思わなかっただけに静希は小さくため息をついてしまう
これから大変そうだと思いながらアイナの後についていくとそこには簡単な建物が用意してあった
建物の中に入るとその中には軍服を着た人間が数人と、私服を着ているエドたちが待っていた
軽く手をあげて挨拶をすると同時にアイナはエドたちの下へと駆け寄る
無事静希達を連れてくることができた彼女をエドはしっかりと褒めていた
部屋の中を見ると奥には大きめの机があり、そこに白髪の男性が座っている
歳の頃は大体五十代後半といったところだろうか、白髪の量からしてもっと高齢かもしれない、相変わらず外国人の年齢は外見ではわかりにくいところが多すぎる
軍服についている勲章の数からかなりの上位の人間であることがわかる、ロシアはそれだけ本気という事だろう
「フランツ・ガリツィン少尉です!ミスターイガラシ、並びに日本からの協力員数名をお連れしました」
「予定より遅れている、何があった?報告しろ」
「は!航行中敵対勢力と思われる悪魔とその契約者の攻撃を受けました、輸送機は大破、その後別途手段によりここまでたどり着きました」
悪魔の攻撃を受けたという言葉に、椅子に座っていた人物はほんのわずかに眉をひそめた
輸送機が狙われたという事はつまりこちらの後方支援を断とうとしてきたという事だ
相手もそれだけ本気になっているのだなという事を理解したのか、この近辺の地図を見ながら確認を進める
「そちらがとっていたルートがこれだったな・・・では別のルートからの航行を予定したほうがよさそうだ」
「いえ、その敵対勢力と思われる悪魔はすでにミスターイガラシが打倒、契約者も捕縛し輸送経路はすでに確保してあります」
フランツの言葉に男性は地図を見るのを止め、その後ろにいる静希達の方に目を向ける
一体誰が悪魔の契約者なのかを確認しようとしているようだった
「そうか・・・少尉ご苦労だった、君はもう下がりなさい・・・ミスターイガラシと話がしたい」
「は!失礼します!」
敬礼をした後フランツは一歩下がってから踵を返し退室しようとする、その際に静希達に軽く目くばせをしていた
自分の役目はここまでだ、あとは頑張ってくれという視線だった
彼はまだまだやることがある、この国にやってくる協力員の統括を行っているのだ、少しでも早く自分の仕事に戻りたいだろう
巻き込んでしまって申し訳ないという気持ちがありながら静希達はフランツを見送った
「では・・・まずはこちらから挨拶させてもらおう、今回の作戦の総指揮を任されている、ラヴロフ・ベロワ少将だ」
少将
今まであってきた中でも一番の大物である、まさか将官に会うことになるとは思っていなかっただけに静希達は少しだけ緊張していた
だがその緊張も悪魔と対峙することを思えばたいしたことはない、彼はあくまで人間なのだから
自己紹介を受けてこの場は静希が最初に対応するべきだろうと一歩前に出る、今回このチームをまとめるのは静希なのだ、悪魔の契約者でありもっとも重要なポジションに立つのだから
「初めましてベロワ少将、日本から今回の事件解決に当たり協力させていただきます『ジョーカー』五十嵐静希です、どうぞよろしく」
ラヴロフは静希が前に出たことで若干驚いたようだった
フランツの言葉や事前の情報からイガラシシズキという人物が男性であることは知っていたが、まさかこんな子供だとは思っていなかったのだろう
だが悪魔の契約者に年齢など関係はない、そのことを理解しているのかそれとも子供のような姿だからこそ油断はできないと思ったのか、ラヴロフはゆっくりと静希の前へと歩み寄る
静希の眼前に立つと素の身長差がよくわかる、静希は百七十後半だが、ラヴロフは百九十はあるだろう、齢六十近いかもしれないというのに筋肉質な体、そしてその高身長からただ立っているだけで人を威圧することができるだろう
だがその程度では静希は怯まない、少なくとも静希と一緒にいるチームメイトも同じである
人間程度では静希を威圧することなどできはしないのだ
「悪魔のような男だと聞いていたのだが、随分と幼いように見えるのは老眼鏡をかけていないからかな?」
「いいえあなたの目はそれで正しい、外見から悪魔の様であるなどと把握されてしまうようでは三流以下です、今はただの学生能力者ですよ」
今はまだねと付け足しながら薄く笑うと、その笑みに何かを感じ取ったのだろうかラヴロフは少しだけ眉を動かしながら同じように薄く笑う
「ミスターパークス、君の言っていたようにこの男はとんだ食わせ者のようだ、外見に騙されれば痛い目を見るだろうな」
「おや、ミスターパークスからすでに何かお話を?どんな話を聞いたのか確認したいところですね」
「なに大したことではない・・・君は敵には容赦がないという話を聞いただけだ」
一体エドからどんな話を聞いたのかはさておき、静希はエドの方を一瞬見る
エドは素知らぬ顔で笑っている、どうやらたいしたことは話していないようだった
ラヴロフが椅子に座って一息つくと、周囲の緊張が高まっていくのを感じた
問題はこれから始まるのだ、伝えなければいけないことも多数ある
「さて・・・まずはミスターイガラシがこの場にやってきてくれたことに感謝しよう、そして日本からの協力員の方々も、協力に感謝する・・・悪魔の襲撃を受けたとのことだったが?」
ラヴロフの言葉にまずはその話をするべきだろうなと、静希は小さく息をつく
あの状況を説明するにあたって必要なことが二つある、まずは敵性勢力と、今鏡花が拘束している契約者である
「敵勢力と思われる悪魔は撃退した、その契約者は今うちの班員が拘束してるそいつ・・・そっちの方である程度尋問をしてもらいたい、ただ同調系統の能力を持っている、触れないように気を付けてほしい」
「ふむ・・・了解した、徹底させよう・・・他に何か情報はあるかな?」
事前に聞いていた静希の情報から、その程度の情報だけで静希が報告を終えるとは思わなかったのか、それともただ単にもっと情報はないのかと聞いただけか、ラヴロフの言葉に静希はもう一つ息をつく
せっかちなのかそれとも早く情報が欲しいのかは知らないが、情報の正しい共有というのは必要なことだ、そこまで気にすることもないだろう
「相手の戦力に関して大まかにだが把握した、まだ完全にでは無いが少しは行動がしやすくなるはずだ」
「ほう、それは素晴らしい、具体的には?」
「相手の総戦力と契約者の能力、そして相手の悪魔の能力だ」
相手の数とその能力についてわかっているのならそれ以上の情報はない、はっきり言って相手の能力がわかってしまえばかなり有利に物事を運ぶことができるのだ
「素晴らしい情報だ、それで相手の戦力と能力は?」
「悪魔三人、契約者三人、確認できている戦力はそれだけだ、少なくとも今回の魔素範囲内にいる悪魔と契約者はそれだけらしい」
もしかしたら他の所でも工作活動をしているかもしれないがと付け足すと、ラヴロフは口元に手を当てて悩み始める
どうやら何かおかしい点があると感じたのだろう
「ミスターイガラシ、その情報は誰から得たものだ?」
「俺が撃退した悪魔から得た、どうやら連中は悪魔に細工をして無理やりいう事を聞かせているらしくてな、情報をくれと言ったら快く教えてくれたよ」
悪魔からの情報、その言葉がラヴロフの不信を深めたのか、静かに首を横に振って見せる
「では君は悪魔の言葉をうのみにしたと?」
「その通りだ、それにこの状況に関してもある程度察しはついている・・・何故あなたがこの言葉を信じないのかという点に関しても理解してるつもりだ」
静希の言葉にラヴロフは眉を顰め静希をわずかににらんでいた
どういう事だろうか、そして何が言いたいのか
自分より二回り以上も年下の子供が何を言うのかと思っているのだろう、だが悪魔のことに関しては静希の方が何枚も上手なのだ
「大方、予知系統の能力者たちがかなりの数の敵が攻めてくるのを予知したんだろう?だからこそ俺の言葉に不信感を持った、違うか?」
「・・・正しい、確かに我々の部隊の人間に加え、そこにいるミスアイギスも同様の予知をしている、かなりの方向から能力による攻撃が行われる光景だ、そして陣地に張ってあった索敵にも同様の反応が見られている、三人ずつでは明らかに足りない数だ」
現在の状況から察するに相手の能力者は多数いると考えるのが自然だ、少なくとも十にも満たないような数ではないのは複数の観点からも明らかである
だが静希が持っている情報があればそれでも不自然は無い、だからこそ静希はしっかりと説明をすることにした
「最後まで聞いてからその判断はしてもらう、相手の能力についてだけど契約者二人、悪魔の二人の能力がすでに判明してる・・・そのうちの一人の悪魔の能力が動物を操る能力なんだ」
動物を操る、その言葉にラヴロフとエドが反応した、どうやら彼らからしても何か思うところがあったのだろう
だからこそ静希は確信を深めるためにエドの方に視線を向ける
「ミスターパークス、貴方たちが陣地に到着してからどのくらい経過した?そしてその間の奇形種を含めた動物の動きはどうだった?」
「キーロフに到着したのはもうかなり前だよ、その間も奇形種は北の森を徘徊し続けていた・・・逃げていないというのは確かに不自然だね」
その言葉に静希は確信をさらに深めていた
悪魔がいた場合奇形種を含めた動物は基本その場から逃げようとする、一部例外はあるがかなりの数の奇形種がそのまま行動を続けているという事であれば間違いなく操られていると思っていいだろう
それにキーロフの北、相手が拠点としていると思われる場所には悪魔が少なくとも三人はいるのだ、その状態でその場から逃げていないというのは明らかに異常である
「・・・つまりその奇形種たちを操って我々の陣地を攻撃したと、そう言う事かね?」
「可能性は高いでしょう・・・なにせ悪魔の能力だ、体だけでなく能力にまで干渉できても不思議はない・・・統制がしっかりとできているなら立派な軍隊もどきの完成ですよ」
能力の特性上あれもこれも操れるようなものはどっちつかずになる可能性が高いのだが、それが悪魔の能力であれば話は別だ
出力からして桁違いな悪魔の能力であればどっちつかずにならずにどれもこれも操れても不思議はない
人間を操らずに奇形種を操っているというところに何かしらの意味があるだろうが、そのあたりは何かあるのだろう
「状況は・・・あまりいいとは言えないな・・・相手は奇形種の軍隊に悪魔の契約者が三人、こちらは部隊に加え悪魔の契約者二人・・・か・・・」
状況から察するに確かにあまり優勢とは言えない、だが十分に勝つだけの情報は整っているのである
「まだ話は終わっていない、相手の能力に関しても伝えておくことがある」
「・・・あぁそうだった、悪魔の能力と、あと契約者二人の能力だったか」
「あぁ、悪魔の一人は炎を発現する能力だ、はっきり言ってかなり強力、広範囲に発現できるうえにある程度の操作もできると来てる、そしてその契約者の能力は肉体強化、あともう一人の能力は変換だってのがわかってる」
相手の能力の三分の二がすでに把握できているという状況は確かにありがたい、ありがたいのだがそれでも決定力に欠ける
なにせこちらとほぼ同等かそれ以上の力を持っていると思っていいのだから
だがラヴロフに比べると静希やエドはそこまで悲観的になっているというわけではないようだった
特にエドは状況はむしろ好転していると感じているらしい
「なるほど、その能力ならそれぞれの攻略さえできれば十分対処は可能だね」
「さすがミスターパークス、もう状況を理解しているようで何よりだ」
悪魔の契約者同士が既に状況の打開策を考え付いているということにラヴロフは眉をひそめていた
悪魔が相手側に三体いるのに対してこちらは契約者が二人しかいないというのに、なぜそうまで楽観視していられるのか、それが不思議でならなかったのだ
「その根拠を教えてくれるか?私にはかなり絶望的であるとしか思えんのだが」
ラヴロフは恐らく悪魔との戦闘経験はないのだろう、ただ単に相手の方が数で上を行かれているというだけで状況が悪いものであると判断しているようだったがそれは違う
悪魔にだって得手不得手がある、メフィが細かい作業が苦手なように、ヴァラファールが防御が苦手なように、オロバスが戦闘が苦手なように、それぞれできることとできないことがあるのだ
それは能力者も同じ、相手の能力がわかっているという事はつまり相手の苦手な状況を作ることができるという事でもある
「俺たちにとって最悪な状況は相手が一塊になって動かないこと、つまりは相手も連携をする場合だ、だけど炎を操る悪魔の能力は良くも悪くも強力、味方を巻き込む可能性があるという事もあって近くに配置できるのは契約者くらいだろう」
アモンという悪魔がそれほどまでに細かい能力操作ができるのであれば、あの時静希がリチャードに接近を許すようなことはなかったはずなのだ、それこそ静希にだけ炎を当てて反撃することだってできたはずである
つまりアモンはメフィと同じく攻撃専門で大雑把なタイプだということがわかる
「次に生き物を操る能力という事は悪魔自身の戦闘能力はほとんどないということになる、悪魔自身が繰り出す肉弾戦にさえ気を付けていれば、あとは奇形種に気を配ればいいだけだ、この悪魔も連携に向いているとは思えない、だからこそ相手が一塊になって連携をするということはあり得ない」
判明しているブファスの能力は生き物を操ること、つまり悪魔の力での攻撃自体は不可能なのだ
奇形種を操ることでしか攻撃ができないからこそ人間を操らずに現時点でも攻撃を行っている、ならば相手の悪魔は戦闘に不向きなタイプであることがわかる
「連携をしてこないのであれば、たぶんそれぞれが勝手に動く可能性が高い、操っているとはいえ相手は悪魔だ、それなりに我が強い奴がそろってると考えていい、たぶんそれぞれが待ち構えるような形で配置されてるはずだ」
自分達が守るべき場所に近づけないように、まるで刺客のようにその場で敵を迎え撃つ
それが強力な悪魔であれば軍などひとたまりもないだろう、対抗できるのは恐らく悪魔の契約者くらいしかいない
だからこそ相手は奇形種を操れる悪魔を味方につけているのだ、契約者が同じように契約者を止めれば、当然軍隊は少しではあるがやってくるだろう、それを防ぐための奇形種の部隊なのだ
逆に言えばその状態さえ崩してしまえばこちらにも勝機はあるのである
これは恐らくリチャードの采配なのだろう、こちらの戦力をある程度把握している
恐らく静希の連れている悪魔と神格に対してのことをわかっているというべきか
エドのことは確認されていない可能性がある、カレンに関してはどうなるかはわからないが、それを含めて悪魔二人神格一人くらいの戦力を想定してこの状況を作っているのだと思われる
更にもう一人の悪魔であるウェパルを使って軍自体の戦闘能力を下げるために後方支援を潰そうとしてきた
つまりこの状況は相手にとってはただの時間稼ぎでしかないのだ、時間をかければかけるほど相手が有利になるような采配をしている
だがそれを静希が易々と許すはずがない
「ではその悪魔たちを打倒しなければ、突破は難しいわけか・・・」
「それに関してもある程度考えてある・・・こっちも一応切り札を用意してきたからな」
切り札
静希にとっての切り札はいくつもある、能力的なものもあればそうではないものまですでに用意してあるのだ
特に今回に限り、今回でしか使えないようなものもある、それが役に立つかどうかはさておき、確実に必要になるのだ
静希の頭の中では既に状況のシミュレーションが始まっている、現状の勝率は六割、これをどのようにして高めていくかが問題である
「とりあえず現状の確認から行こうか、少将、主戦力となる部隊の準備と戦車の到着は何時頃になる?」
「確認を急いでいるが、輸送部隊の一部と連絡がつかない、こちらが急遽移動したせいもあるのだが、予定では明日の夕方頃に到着する、遅くとも明日の夜中には到着するだろう」
ラヴロフの言葉に静希は腕を組んで悩み始める
相手の行動時間などを考えればやはり夜明け、あるいは夜中の急襲が好ましいだろう
航空支援が得られない状況では昼間に攻撃を開始するメリットはほとんどないに等しい
無論後方からの支援砲撃を受けるためにはある程度光源がなければいけないだろうが距離が離れていることを考えれば座標だけ指定させた方がまだ撃ちやすいように思う
目視できるような距離での攻撃をするとは思えないために、超長距離射撃ならばむしろ見つかりにくい夜間に行ったほうがましなのではないかと思える
何より相手が動物を扱って様々な行動をしているという事は、同様に鳥類などを利用して上空から索敵している可能性が高い
鳥類のほとんどは鳥目であるために夜にまともに物を見ることはできない、数を利用しての飛行で確認できるのはヘリや飛行機くらいのものだろう
陸上への注意が向かなければ砲撃はまだやりやすくなるはずである
もちろん継続して同じ場所からの砲撃をすれば場所が悟られやすくなるだろうが、それでもないよりはましだ
超長距離射撃用の戦車、つまりは自走砲だがこの射程はおよそ十五キロから三十キロとされている
それぞれの性能にもよるがものによっては五十キロ近い射程を有しているものもあるほどだ、相手の本陣まで砲弾を届かせることはできないかもしれないがそこまでの露払い程度ならできる
もちろんその分射撃の精度はかなり雑だ、直撃させるよりもむしろ炸裂することによって相手に被害を与えることを目的としてる
対生物に対してはかなり有効に働くだろう
「その部隊は夜間での行動や支援はどのレベルで行える?」
「夜間訓練や砲撃支援は十分に行っている、それなり以上の成果が期待できるだろう、相手が悪魔の契約者という想定は行ってこなかったがね、ただの奇形種相手なら遅れはとらん」
ただの奇形種なら、その言葉に静希は眉をひそめる
そう、これで相手がただの奇形種であるなら何の問題もなかっただろう
ただの奇形種ならそもそも静希やエド、そしてカレンがこの場にいるというだけで基本的に逃げ出すはずなのだ
だがそうではない、今相手側についている奇形種は操られている
自由に能力を使い、こちらへの攻撃を連携して行ってきている、そうなってくると相当厄介だ
ただの動物が軍隊のそれに近しい行動をとる、これほど面倒なものはない
「相手がただの奇形種じゃないことを想定して・・・通常の対人戦闘にも近い立ち回りが必要になるだろうな、ミスターパークス、貴方ならどうする?」
「たとえ悪魔の能力とはいえ操っているのが一人ならば当然限界もあるだろうね、多方向に圧力をかければその分処理が遅れるはずだ、そこを突ければ楽に倒せる可能性はある」
そう、悪魔の能力において最も注意するべきなのは出力の桁が違うという点だ
悪魔も何でもできるわけではない、必ずできることがありできないことがある、当然ながら『個人の限界』というものも存在するのだ
出力に関しては勝ち目はないだろうが、その操作性や制御率、そして精神力などはその悪魔によって異なる
恐らくは同調系統に当たる能力だろうが、その規模がどの程度なのかは正直未知数だ
それこそ明利のように大量に同調しても問題ない能力だってある、かつて戦った江本のように限られた数と範囲でしか同調できないような能力もある
今回の場合は明利と同等、あるいはそれ以上の数と範囲、それに加え動物を操ることができるだけの能力と考えるのが自然だろう
面倒な上に厄介だなと静希は思っていたが、どうやらエドはそこまで悲観しているわけでもなさそうだった
「でもミスターイガラシ、相手も動物の全てを操ることができるというわけではないようだよ?」
「どういうことだ?何か制限でもあるのか?」
エドはラヴロフの方を向いて話しても問題ないかと確認をとる、情報の伝達は必要なことだ、特に今回は互いの立場などを気にしているだけの余裕はないのだろう
「すでに知っていると思うが、部隊の一部が索敵を行っている、その間に小競り合いなどがあった、その時のことだが」
「なんでも、交戦中に相手はこちらの部隊を見失ったらしいんだ、距離にして数十メートルしか離れていないというのに」
その言葉に静希は眉をひそめる、普通の動物であれば数十メートル程度離れたくらいでは見失うようなことはないだろう
聴覚や視覚、さらには嗅覚まで使って相手を追うことができる、そもそも動物の五感は人間のそれとはケタが違うのだ
「ただ単に深追いしなかったって可能性は?」
「それもあり得ない、再び戦闘が開始されるとかなり密着した状態で交戦を継続、見失ったと思われる場所からだいぶ離れた場所まで交戦は続いた」
相手の奇形種が深追いを嫌って見失ったふりをしたのであればまだ説明はつくが、それにしては明らかにおかしい挙動をしている
周囲が森林地帯で視界が悪いとはいえそんなことをする必要があるとも思えない
本気投稿に誤字報告十件分に累計pvが22,000,000突破したので四回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




