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J/53  作者: 池金啓太
三十二話「世界の変転 前編」

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口は災いの元

「とりあえず少尉を呼ぶか、話だけでもしちゃわないとな、鏡花椅子作ってくれ」


「はいはい、ちょっと待ってて・・・陽太、向こうにいる人たち呼んできて、話を進めましょ」


鏡花の指示に陽太はあいよとしたがって扉の向こうへと居なくなっていく

恐らくは別室にいる城島たちを呼びに行ったのだろう


作った椅子に座り込んだ静希を見て、鏡花は薄く笑う


「随分とお疲れみたいね」


「あぁ・・・今回はしんどかった・・・吐いたのは久しぶりだったよ」


静希の言葉に鏡花はへぇと驚いている様子だった


静希が吐くなんてのは鏡花はほとんど見たことがない、何かグロテスクなものを見て吐いたということはないだろう、となれば物理的に気持ち悪くなった可能性が高い


「随分とハードに動いたみたいね、あんたの体の方が悲鳴を上げたわけだ」


「まぁ体自体はただの人間だからな・・・もうちょっと何とかなればいいんだけど」


それこそ強化の能力が体にかかっていれば大抵の無茶は何とかなるものだ


急加速急減速、方向転換などにかかる体への負荷も強化することで問題をなくすことができる


静希の体に強化を施せればよかったのだろうが、生憎それができる人間は今別行動中だ、そんなに容易に誰かの能力を借りるようなことはできないのである


「そっちはどうだったんだ?あの後問題なく着地できたのか?」


「あんたが囮になってくれたおかげでね、バラバラになった機体からとにかく重要なものだけでも回収するっていうのはなかなか大変だったけど」


機体が分解していく中で自分たちの荷物に加え人命救助のために奔走していたのだろう、特に搭乗席にいたパイロットを助けるためにかなり城島と陽太が奮闘したのだとか


あれだけの高さから落ちたらさすがに助からないだろう、何とか命だけでも助けるべくかなり無理をして引きずり出したらしい


静希が奮闘している間にそんなことが起こっていたとは知らなかったため、こっちもこっちで大変だったのだなとある種納得する


「にしても対悪魔戦で単騎戦してほぼ無傷で勝ってくるとはね・・・もうちょっと負傷してると思ったのに」


「まぁ今回は相手がこいつだったからってのもあるかな・・・それに細工されてる悪魔は基本消極的だし」


悪魔の強みというのはその強大な能力だ、使えばそれこそ辺り一帯を更地にするのも難しくない


だがそれは悪魔が本気になればの話である


心臓に細工をされて無理やりいう事を聞かせられている悪魔というのは消極的になる傾向がある


それこそあわよくば契約者を倒してくれまいかという下心があるからだろう

対して静希は清く正しい契約を結んでいる


悪魔との契約に清さと正しさがあるかはさておきメフィは全力で静希の期待に応えてくれている


現在メフィはトランプの中でジョーカーの中に入ったことやその心地よさなどを他の人外たちに自慢している


そして人外たちは羨ましそうにそれを聞いているのだ、これが正しさだろうかと思う中、静希は目の前のことに目を向ける


「ふぅん・・・そう考えると悪魔って結構打算的なのね、もうちょっと傍若無人かと思ってたわ」


「案外そうでもないぞ?悪魔だって人格があるし何より能力の強さだけじゃないしな・・・案外肩身の狭い生活送ってる奴もいるらしいし」


メフィに以前聞いたことがある気の毒な悪魔の話を思い出す


確か宗教的なものに巻き込まれて特に何をしたわけでもないのに目の敵にされている悪魔がいるのだとか


悪魔ならばそう言う人間は普通に粛清すればいいのではとも思ったのだが、存外人間好きなようで苦労しているらしい


「だからもし悪魔の契約者と対峙することがあればそのあたりを突けばお前らでもなんとかなるかもしれないぞ、それなりに人数もいるだろうしな」


「冗談やめてよ、ただの能力者が悪魔と戦うなんてそれこそ絶対無理よ」


「昔はやったじゃんか、一回も二回も変わらないだろ」


「悪魔の存在をあまり知らなかった頃はね・・・でももう無理、今思うと相当無茶してたもんだわよ」


一度悪魔と戦ったというのはメフィとの一件である


あのころは悪魔の存在はよく知らず、どれだけ自分が強大なものに立ち向かっているのかもわかっていなかったが今はもうその危険性を良く知っている


あのころの自分たちは自殺志願にも等しい行動をとっていたのだ、メフィがその気ではなかったとはいえ下手すればあの場所で自分たちの人生が終わっていてもおかしくなかったのである


「例えばあんたあいつらの力を借りずに悪魔と戦える?」


「相手によりけりだな・・・場合によってはやるぞ」


静希の言葉に鏡花は呆れてしまう


相変わらず頭のネジが二、三本吹っ飛んでいる奴だと大きくため息をついていた


だが実際静希の能力であれば多少相手はできるのだ


無論ほぼ完全な不意打ちという形でならという条件が付くが、とにかくトランプの中に入れてさえしまえば心臓への細工は解ける、距離をゼロにできるかが問題だがそれさえやってしまえばできないことではないのだ


「五十嵐、戻ったのか」


「先生、そっちも無事みたいで何よりです」


フランツたちを引き連れた城島が戻ってきたのは陽太が呼びに行ってから数分後の事だった


これでこの場にいる全員がそろったことになる、フランツたちロシア勢はウェパルの姿を見て若干驚いているようだったが、城島は一瞬見ただけで特に気にも留めていないようだった


この辺りは経験の違いという事だろうか、城島はほとんど動じていない


「それで、そこで拘束されているのが契約者で、そっちの妙な姿の奴が先の悪魔か」


「はい、すでに戦闘の意志は無いので自由にさせています」


大まかに何があったのかを説明するよりもまず確認したいことがいくつかあるのだ


特にこれからのことについてである


「少尉、現在位置並びにここから現場であるキーロフへの移動方法は何かありますか?これからの方針についてある程度固めておきたいのですが」


「あ・・・あぁ・・・それなんですが、現在位置はキーロフから南西に約三十キロほど離れた場所です、移動方法ですが・・・本隊との連絡ができず・・・」


なるほどと静希はつぶやく、要するに自分たちの力だけで現地に向かうしかないという事である


三十キロ程度であればフィアに乗れば一時間程度でつけるだろうか、場合によってはもっと早く着くことができるかもしれない


方法はさておき、とりあえずどうにかして現場に向かうしかないようだ


「それで・・・ミスターイガラシ・・・その妙な生き物は・・・」


「あぁ、さっき俺たちの乗っていた輸送機を落した奴だ、とりあえず大人しくさせた・・・今はそのあたりの話もさせたいんだ、いいな?ウェパル」


静希の呼びかけにウェパルは小さくうなずいて見せる


今回彼女がここにやってきたのはそのあたりの話をするためだ、本来ならすぐにでも自由の身になりたいだろうに、ここまでついてきてくれるあたり義理堅い性格をしているようだった


「こっちが確認したいのはお前に言うことを聞かせてた連中の戦力だ、どれくらいいたとか覚えているか?」


「私が覚えている限り、人間はそこにいた奴を含めて四人、悪魔も同じ数だけいた・・・私達を除けばあと三人ということになる」


あと三人


契約者三人に悪魔が三人、はっきり言って嬉しくない数だ、こちらの悪魔の数も三人であるとはいえはっきり言ってそのうちの一人は予知系統、戦闘で役に立てるとは思えないのである


「その中に片足がない奴はいたか?義足の奴でもいい」


「・・・あぁ、確かに足を引きずっている奴はいた・・・確かリチャードと名乗っていたか・・・」


リチャードの片足は静希が遭遇した時に破壊した、太陽光をほぼ全力に近い形で照射しほぼ炭化して崩れ落ちたのを静希も見ている


そして本人がリチャードを名乗っていたのであればもう間違いはない、あとはそいつがいるかどうかの確認だけだ


「そいつらは今どこに?いやわかってる限り何処にいた?」


「キーロフという町の北部を拠点にしていた・・・さすがに細かい場所までは・・・」


「・・・いやありがとう、それだけ聞ければいい」


静希にとって重要なのはリチャードが今回の場所にいるか否かだ、確証はあったとはいえしっかりと証言が得られたというのは大きい


これでやる気も出るというものだ、この事を早くエド達にも教えてやりたいくらいである


「一緒にいた悪魔や契約者の能力とかはわかるか?可能な限りでいい」


「・・・一人の悪魔は炎を使っていた・・・犬のような外見をしている悪魔だ・・・契約者のうちの一人は変換の能力を使っていたな・・・それ以外は・・・」


分かっている能力はそれぞれ一つずつ、あらかじめ予想できていたような内容ばかりだ


だがそれでもあの場に炎を使う悪魔、アモンがいる事は確定的だ


そして以前地下を拠点にしていた時から予想していたように変換系統の能力者がいるのも確実になってきた


こうなってくると本格的にいろいろ作戦を練らなくてはならないだろう


「そいつらは何が目的だ?何か聞かされていないか?」


「私も詳しいことは・・・ただ新しい世界に行くのだと・・・それだけを言っていた・・・かなり大がかりな陣を描いているようだったが・・・」


新しい世界に行く


以前研究ノートに書かれていたことのまま、狭間の世界に行きたいという事だけなのだろうか


だとしたら本当に厄介だ、人間というのは好奇心に勝てない、ただ見たい、行ってみたい、それだけの欲求でこれだけのことをしているのだとしたら危険だ


本来人間には好奇心があったとしてもそれを考え直させるだけの良心がある

これをやったらどうなるか、被害は出るのか


一度被害を出しておいてそれでもなお目的に突き進んでいる、リチャードという男は危険だ


かつて静希はリチャードが自分に似ていると思ったことがある、目的のために手段を選ばず、その被害もいとわない


その考えは当たっていたかもしれない、ここまで来るとその考えが強くなっていた


「鏡花たちから何か聞いておくことはあるか?ないならこいつを自由にしてやりたいんだけど」


いろいろと話を聞いたうえで静希はウェパルを自由にしてやりたいと考えていた


なにせ今まで自由を奪われ人間にいいように使われていたのだ、彼女としても一刻も早く自由の身になりたいだろう


「じゃあ私からは一つだけ聞いておくわ、あいつらは普段どんな奴とどんな奴がペアを組んでたの?」


ペア、それはつまりどのような人間がどの悪魔と契約しているのかという事だ


身内側からすれば特に気にしたこともないだろうが、敵対する側としてはこの情報はかなり貴重なものである


相手がどの悪魔と一緒に行動しているのかわかるというのはかなり大事な情報だ


「先に言った足を引きずっている男と炎を使う悪魔がセットだ、そして変換を使う人間と鹿の頭をした悪魔がセットだ・・・あとは小柄な男と・・・妙なケンタウロスのような外見をした悪魔がセットになっている」


妙なケンタウロス


その言葉に静希達は首を傾げた


ケンタウロスというと人間の上半身に馬の下半身を持つという空想上の生き物のことだ


だが妙という事は少なくとも普通のケンタウロスのそれではないという事だろう、一体どんな外見なのか


「その妙なケンタウロス?の細かい外見を教えてくれないかしら?」


「頭がネコっぽくて上半身は人間、下半身から先は熊のような四肢をしている、非常に不恰好な形だったのを覚えている」


静希達はそれぞれその悪魔を想像しようとするのだが、確かに妙だ


馬のようにすらりと長い四肢をもっているのであれば様になるケンタウロスも、クマのような短く太い四肢だと非常に間抜けに見えてしまう


一体どんな悪魔なのだろうか


そんなことを考えているとメフィがもしかしてと呟く


『それってブファスじゃないかしら?あんな外見してるのあいつくらいだし』


『知ってるのか?』


『えぇ、ちょっとした知り合いよ、もう何百年もあってないけどね』


まさかこんな所から情報が出るとは思わなかっただけに静希は思わず笑みをこぼしてしまう


外見的特徴から悪魔を割り出すのは難しいらしいが、どうやらそのブファスという悪魔は非常に特徴的な外見をしているらしい


それこそ他の悪魔にそんな外見のものがいないくらいに


『能力とかわかるか?』


『えぇ、あいつの能力は生き物に対しての同調と操作よ、まぁ操れるのは意思のない動物くらいだけど、広範囲にわたって操れるわ、それを使って昔は戦争とかしてたくらいだもの』


生き物を操る


言葉にするとそれほどたいしたものではないかもしれないが今回の状況に関していえばかなり面倒なことになる


なにせ今回の現場の近くには以前静希達が行ったことのある樹海と同じ魔素の過密地帯があるのだ


もしその場にいる奇形種たちを操っていたとしたら、相当面倒なことになる


「静希、ひょっとして情報あった?」


「あぁ、とりあえずその似非ケンタウロスが俺の悪魔の知り合いだったみたいだ、能力も判明した」


外見を聞いただけで悪魔の名前と能力が判別する、かなり有用な情報だっただけに鏡花たちは安堵の息をつく


これで相手の悪魔三人のうち二人の能力が判別したことになる


そして契約者の能力も三人のうち二人が判明している


この情報は貴重だ、あとはこれを本隊の方に伝えてすぐにこちらも行動開始しなくては


「先生たちや少尉たちは何かありますか?なければもう彼女は解放してやりたいんですが」


静希がそう言う中、城島は特に聞くことはないのか首を横に振っている


話がないのであれば彼女はもう自由にしてやっていいだろう、だがその中でフランツが手をあげる


「その悪魔・・・確かウェパルといったか・・・我々に協力してはくれないでしょうか?」


その言葉に静希をはじめとする三班の人間が眉をひそめた


こういう交渉が来ると思っていた、悪魔の力を目の前にして手にいれたくない人間はいない、特に今回のような緊急事態、しかも自分たちはこの悪魔に貸しがある状態だ


言う事を聞かせられるかもしれない、そう思っているのだ


「我々は今少しでも戦力が欲しい状態です、可能ならこの作戦が終わるまででも構わない、力を貸してはくれませんか?」


確かにフランツの言うように、相手の悪魔が三人もいるような状態なら戦力はいくらあっても足りないくらいだ


特に主戦力ともなる悪魔の存在は多いほどいい、後詰でありサポートである軍としても悪魔の存在があればこれほど心強いものはないだろう


本音を言えば、静希もウェパルの協力が欲しいところだ


彼女の能力は強大だ、あの風の力があれば能力者がその場にいたとしても竜巻で吹き飛ばせる


その分木々にダメージを与えることになるだろうが問題解決の為であれば些細なことである


フランツの言葉にウェパルは静希の方に視線を向ける


実際に自分を解放してくれたのは静希だ、ならば静希の頼みならば聞くだけの準備はあった


自由にしてくれるのはありがたい、可能なら今すぐにでも自由になりたい、だが人間に対して恩を忘れられるような性格ではなかった


だからこそ静希がどう考えているのかを確認しようとしていたのだ


そしてその視線の意味を理解したのか、静希は小さく息をついた後で口を開く


「お前の好きなようにしろ、手を貸すのも自由になるのも、お前の決定に異を唱える奴はいない」


正確に言うならば、異を唱えることができるものがいないというべきだろう


悪魔が本気になればそれこそこの場の全員が一瞬で皆殺しにされる、それほどの力を持っていると全員が認めているのだ


静希は悪魔に対しては誠実だ、誠実でなければ自らの身を亡ぼすという事をわかっているのだ


一年以上悪魔と共同生活を送ってきたのは伊達ではないのである


静希の言葉にウェパルは数秒間考え、そして結論を出した


「・・・命令であったとはいえあなた方に迷惑をかけたのは事実、せめて向かおうとしていた場所までは送ろう・・・私はそこまでとさせてもらう」


その言葉にフランツは落胆しているようだったが、静希達はそこまで肩を落としてはいなかった


当然だ、無理矢理いう事を聞かせられている状態だったのだ、人間が嫌いになってもおかしくないというのにそれでも多少は協力しようとしてくれている


これ以上を望むのは傲慢というものである


とりあえず現場に向かうための足を確保できたというだけで御の字というものである


「少尉、そう言う事です、ウェパルに力を借りるというのは諦めたほうがいいですね」


「・・・致し方ありませんね・・・ですがそれなら今すぐにでも現地に向かわなくては・・・予定よりずいぶん遅れてしまっています」


一度戦闘を挟んだというのもあるが、本来であるならとっくに現場についているはずなのにこんな場所にいるというのはかなりの痛手である


それでもそれに見合った情報は得られた、いや遅刻しただけと考えるならそれ以上の成果が得られたというべきだろう


相手の能力の三分の二が判明したのである、戦闘においてこれほど優位なことはない


悪魔の頭数を抜けばこちらの方が数で勝っているのだ、数の利を使って徹底的に交戦を続ければなんとかなるところまでは来ている


「貴方方の準備が整い次第、目的の場所へと向かうことにしよう、私は外で待っている」


「そうと決まればすぐに出発する準備を整えよう、荷物をまとめておかないと」


フランツたちが部屋の奥にある機材などを運び出ししようとしている中、ウェパルは建物の外に出ていった


そして静希もその後に続くように表で待つことにした


「よかったのか?君が頼めば私は首を縦に振ったかもしれないというのに」


ウェパルは静希が何故自分に助力を乞わなかったのかを不思議に思っているようだった


状況から考えればフランツの言っていることが正しい、戦力はいくらあっても足りないくらいだ


どんな経緯があったとはいえ少しでも力を借りることができるのであればそうするべきではないかと思えてしまうのだ


「悪魔に対して打算的になると、それこそいろいろ面倒なことになる、それに俺はお前を助けようと思ってあぁしたわけじゃない、お前が恩を感じる必要はないんだ」


静希がウェパルをトランプの中に入れたのは彼女の無力化が目的だった


心臓への細工をされていると思ったから無力化するためにそうしただけであってそれ以外に手があったのであれば静希はそうしていた


それこそウェパルを殺す手段があったのであればその手段を迷わず実行していただろう


「お前達があの場所で暴れ続けられるとそれだけで厄介だったんだ、後方支援も無くなるし交通手段も途絶する、だから撃退した、その過程でお前の細工が解けただけのことだ」


「だがそれも君の力だろう?事実私は君の力に救われた」


「それはそうだけどな、さっきも言ったけど助けようと思って助けたわけじゃない、仮にお前に感謝されても、俺には皮肉にしか聞こえないよ」


助けようとしていないのに助けた


結果的にそうなっただけのことだ、目的達成のための過程でそうせざるを得なかっただけの事なのだ


それこそ今までのそれと同じように


「だから俺は頼み事とかはしない、それは俺の悪魔限定だ、契約している奴だけに頼むことだ、契約もしていない奴にそんなこと怖くてできるか」


悪魔とは契約を重んじる、正しい契約を結んだものにはそれ相応の態度をもって接する、それは今までの悪魔を見てきてそう思ったことだ


契約したのであれば、静希は悪魔に対して全力で応じる、誠意をもって正しい対応をするつもりだ


だが契約をしていない野良悪魔に図々しく何かを頼むということはできない

もし怒りを買ったらそれこそ大惨事になるからである


メフィはもう性格を知り尽くしているし、何より信頼できる悪魔だ、多少飽きっぽい性格ではあるが頼りになる


そんな中ウェパルが小さな声でこう聞いてきた


「では、私が君と契約したいと言ったら、君はどうする」


その言葉を向けるウェパルは真剣そのものだった、真っ直ぐと静希の方を見てその視線は逸らさない


それが本心なのかどうかは静希も分からなかったが、少しの間悩んで答えを出した


「そうだな・・・今は断る」


「・・・今は?」


静希の言葉の真意がつかめなかったのか、ウェパルは首を傾げた


現状ならば少しでも戦力が欲しいだろう、そんな中で今は断るという言葉の意味が理解できなかったのだ


「なぜ今はダメなんだ?また後日ならいいというのか?」


「お前にその気があるならな、少なくとも今回の事件が終わるまではお前のお誘いは断らせてもらう」


女性の誘いを断るのは心苦しいけどなと言って静希は笑う


悪魔との契約


それは人によれば喉から手が出るほど欲しいもののはずだ、戦力が少しでも欲しい今この場でもそれは変わらない、いやむしろ平時よりもさらに強くその傾向が強くなる


だが静希はそれを断った、今だからこそ断ったのだ


「理由を聞いてもいいか?なぜ今はダメなんだ?」


「理由は単純、お前が信用できないからだ」


信用できない


それは悪魔の力がどうこう以前の問題だった、だがそれは協力するうえで、そして契約するうえで最も重要なものと言っていい


「俺は一緒にいる奴は信用してる、それこそ命を預けてもいいくらいには、でもお前に命を預ける気にはなれない」


「・・・私がまだ連中の手先である可能性を捨てていないという事か?」


「それもあるけどそれだけじゃない、俺はお前のことをほとんど何も知らないからな、知らない奴を信用しろって言われても無理ってなもんだろ?」


静希のいっていることは当然のことだった、当たり前のことだった


知らない者を信用などできるはずがない、静希はウェパルのことを名前と能力くらいしか知らないのだ、それでどうやって信用しろというのか


信用というのは積み重ねて初めてその重さを得る、日々の生活から、事件から、困難に立ち向かって初めて少しずつ信用を得ることができるのだ


「君と、メフィストフェレスも同様だったというのか?最初は契約しなかったと?」


「いいや、俺とあいつはかなり無理矢理な契約だったな・・・最初は警戒しまくりだったけど、途中からはそれも必要がないってわかってやめた、そうやって時間をかけていくしかないんだよ」


臆病者で悪いなと静希は苦笑しながら詫びると、ウェパルは小さく息をついていた


静希とメフィの契約は特にいきなりのものだった


事件が解決したと思ったら唐突に唇を奪われ契約するという形だっただけに、それこそ無理矢理に近い形と言えるだろう


本人の望む望まないにかかわらずメフィはそれができる状態だった、だからそうした


なんとも自分勝手で我儘な契約である、メフィらしいと言えばらしいのだが


「それに今回は結構危ない現場だからな、自分の後ろにまで気を配ってる暇はないんだ、自分の身の周りは信頼できる奴だけで固めたい」


「・・・なるほど、確かに君に信頼されるだけの時間は残されていないだろうな・・・なら私は別の形で君への恩を返すとしよう」


「恩なんて返す必要ないってのに・・・まぁお前がそう決めたっていうなら好きにしろ、俺にどうこう言う権利はないからな」


悪魔がそう決めたのであれば静希はどうすることもできない、静希は今までもそうしてきた


悪魔に対して必要なのは力ではなく対話なのだ、悪魔は力を持っているだけで感情や意志に関しては普通の人間と何ら変わらない


それぞれ特徴的ではあるとはいえそれぞれが人と同じようなものなのだ


力で押さえつけようとすれば反発する、利用しようとすれば利用される


だからこそ対等であるべきだと思ったのだ、相手がたとえ強い力を持っていたとしても、その力を羨んではいけないのだ


それは悪魔の力に魅せられているだけであって、悪魔自身に魅せられているわけではない


静希が契約したのは悪魔だ、悪魔の力ではない


力が欲しいから悪魔と契約するなんてことはまっぴらごめんだった


「ではまた後日、君の下を訪れる、その時を楽しみにしておくといい」


「できるなら勘弁してほしいけどな・・・これ以上同居人が増えるのはさすがに・・・」


「なんだ、そんなに家族がいるのか?安心しろ、多少姿を変えるくらいならできる」


そう言う事じゃないんだけどなと静希は苦笑しながら頬を掻く


仮にウェパルが静希と契約した場合、静希の家の人外密度がさらに上がることになる


家の場所もすでにスペースがなくなりつつあるのだ


ソファはメフィの、フローリング床は邪薙の、窓際にはフィアとウンディーネの居場所がそれぞれある


家事はオルビアが担当しているという事もあってすでに家に人外を置くような余裕はほとんどないのである


そう考えると契約するのは勘弁してほしいなと思う反面、ウェパルのような常識人ポジションが増えるのはありがたいような気がするのだ


今のところ常識人ポジションが増えているのはいいのだがもう一人くらい欲しいのである


とはいえ今の状態だけでも悪魔に神格、霊装に使い魔、さらには最近精霊まで加わっているのだ、そこにさらに悪魔が入るようなら静希の危険度はさらに上がることになるだろう


そもそも他の悪魔と契約するなんて言ったらメフィがどんな顔をするかわかったものではないのである


「ていうかお前としては契約とか本気だったのか?人間に迷惑かけられてたくせに」


「まぁそれはそうなんだが・・・まぁそう言う事もあるさ、気長に待っていてくれ」


気長に


悪魔の言う気長というのが数百年単位のような気がしてならない


というか気長に待っていてもたぶん無理かもしれないのだ、なにせトランプの中からメフィが再三にわたりブーイングを飛ばしている


どうやら自分以外の悪魔と契約するのは気に食わないようだ、彼女のオーケーが出ない限りは静希はウェパルと契約するのは難しいだろう


そんなことを話していると建物の中から鏡花たちがやってくる、どうやら自分たちの荷物はすでに確保してあるようだった


フランツたちはまだ荷物の運搬を行っているようでまだ中にいるらしい、少しは手伝ってやればいいのにと静希は思ってしまうのだが、機材などには触らせてくれなかったのかもしれない


「なんかそうしてると妙に様になるのは何でかしらね・・・やっぱりあんたは契約者って事かしら」


「なんだよそれ、ひょっとして褒めてるのか?」


一応ねと鏡花が告げる中、静希は苦笑してしまっていた


悪魔の契約者として箔がついてきたという事なのだろうが、それを喜んでいいかは正直微妙なところである


契約者としての自覚なんてあってないようなものだ、ただメフィに見初められたからこそこうして契約者として一年以上過ごしているが、実際のところは面倒に巻き込まれるばかりで自由に行動できた例がない


これならもう少し大人しくしているんだったなと思い返しながらも、今この場所が嫌いではなかった


あの契約者に見せられた違和感しかない平和より、こういう殺伐とした場所の方が落ち着ける


平和が嫌いというわけではない、平穏な日常が静希は大好きだ


何もない休日にダラダラと過ごすのだって、適当に買い物に行くのだって、友人たちと遊ぶのだって大好きだ


だがこうして、危険なものに囲まれて、扱いに困るような人外を隣に侍らせるというのも嫌いではなかった


それが静希の日常なのだ、それがすでに普通になってしまっているのだ、嫌いになれるはずがない


「なんだったらウェパル、この鏡花と契約したらどうだ?能力も性格も折り紙付きだ、しっかりとした契約者になるのは保証するぞ?」


「ふむ・・・確かに悪くないかもしれないな」


冗談でそう言ったつもりなのだが、ウェパルは案外まんざらでもないのか、鏡花を見ながら思案している


だが鏡花は心底嫌なようでものすごく嫌そうな顔をしている


「あんたね、うちで犬飼ってるって知ってるでしょ?前にも言ったけど悪魔と契約したらうちの子が怖がるから駄目よ、だから悪いけど契約はお断り」


鏡花の言葉にウェパルは目を丸くしていた


今まで望んで契約するようなものはいたのかもしれない、その力を求めるものはいたのかもしれない、だがこうして契約を嫌がるものは少なかったのだ


いやもしかしたら鏡花が初めてなのかもしれない、ウェパルもそれなりに長く生き、人間達と契約したこともそれなりにあるだろう


その中で契約を拒んだ人間というのがどれほどいただろうか、しかもペットの犬を飼っているからという理由で断られたのは初めてだった


「ふ・・・ふふふふ・・・!よもや犬と比べられて契約を断られるとは・・・!面白い!少女よ、君の名前は何という?」


「・・・清水鏡花よ」


「そうかキョーカ、よければ私と契約を交わさないか?私は君が気に入った」


ウェパルの言葉に鏡花は本当に嫌そうな顔をする、話を聞いていたのかこの悪魔はと眉間にしわを寄せてしまっている


まさかの展開に静希も少し驚いていた、鏡花は少し前あたりから悪魔の契約者になれるだけの胆力を身に着けていた


性格的にも能力的にも契約者になるのにふさわしいとメフィからも太鼓判を押されるほどである


だがこんなところでまさか本格的に、正式に契約の申し出があるとは思っていなかったのである


言ってみるものだなと静希がうんうんとうなずいていると鏡花が思い切り睨んでくる


あんたが変なこと言うからその気になってしまったじゃないのと言っているのがわかる視線である、目は口程に物を言うというのは本当だなと思いながら、静希は苦笑してしまう


「えっと・・・ウェパル、さっきも言ったけど私にはペットの犬がいるの、大事な家族がいるの、その子はあんたがいたら怖がるわ、だから貴女と契約はできない」


「ならばそのペットが天命を迎えるまで待とう、君に迷惑をかけるつもりはない、どうだ?」


その提案に鏡花は言葉を失ってしまう


一体自分のどこにそんなに惹かれたのかは知らない、何でそんなことを思ったのかも知らない、何でこんなことになっているのかそれだけはわかる


あんたのせいで


鏡花がそう思いながら静希を強く睨むと、静希はさすがに申し訳なく思ったのか口笛を吹きながらそっぽを向いていた


まさかこんなところで悪魔に気に入られるようなことになるとは思っていなかっただけに静希の不用意な一言が引き起こしたこの状況を恨んでいた


「おいおい人魚悪魔、勝手に鏡花を勧誘してんじゃねえよ、鏡花は俺のだ」


鏡花が困っているのを見てさすがの陽太も見ているだけではいけないと思ったのか、鏡花とウェパルの間に入って自己主張を始める


鏡花としてもかばってくれたのは嬉しいのだが話をややこしくしそうなだけに複雑な心境だった


「キョーカとの契約は私と彼女の問題だ、君は関係ないと思うが?」


「いいやあるね、鏡花は俺のだ、その鏡花と契約したいっていうなら俺を通せ」


悪魔の契約というのは悪魔と契約者本人の問題だ、他者からどうこう言われる筋合いはない、それは今までの静希とメフィの関係からも明らかだった、それを見ている陽太も鏡花もそのことを理解している


だがそんな理屈が通るほど陽太は物分かりが良くないのだ


まるでマネージャーのようだなと思いながら静希と明利はとりあえず事の顛末を眺めていようと一歩引いてこの奇妙な三角関係を眺めていることにした


鏡花を取り合って陽太と悪魔が言い争う、これはこれで面白い光景だ、写真に残しておくに値する


見た目に反して常識人な悪魔と、理屈が通用しない感情論だけの陽太


はっきり言ってどちらが優勢なのか全く分からないが非常に奇妙な光景だった


悪魔と陽太が言い争うのを鏡花はもはや見ていることしかできない


「ペットが問題だというのならペットが召されれば問題ないだろう、私は何時までも待つぞ」


悪魔らしくウェパルが時間に空かせた言葉を言えば陽太がこう返して見せる


「その後に俺がペット飼いたくなるだろうが、そうなったらまた待つのかよ」


陽太の反論にその場にいた全員が呆れてしまう


陽太からすればもう鏡花と一緒に暮らすことはほぼ確定的なのだろうか、思わぬところから出てきたプロポーズもどきの言葉に鏡花は顔を赤くしているが、今はそんなことを言っている場合ではないだろう


なんというかどちらが正しいのかもわからない論議である


ペットが天寿を全うするまで待つというのはウェパルなりの筋の通し方なのか、また妙なやつに気に入られたものだなと静希は鏡花に同情していた


自分がきっかけであるのだけれどと少しだけ反省しながら静希は鏡花に内心詫びる


まさかこんなことになるとは思ってもみなかったのだ、


「大体、お前案外たいしたことないんじゃないのか?悪魔の癖に飛行機を落すのも手こずってたじゃないか」


「それは仕方がないだろう、私の本領は水の上でこそ発揮される、それにやる気のない仕事などあんなものだ」


本領は水の上で、その言葉に静希達はなるほどと納得していた


人間の能力者がそうであるように、悪魔も多少はフィールドの条件によって能力に強弱が出てくるのだろう


ウェパルの場合は水の上のフィールドこそが最高のパフォーマンスを発揮できる場所であるらしい、そう言う意味では陸続きのここはむしろ彼女にとっては苦手なフィールドなのかもしれない


こうして陸続きのフィールドで戦えたというのはむしろ幸運だったのかもしれない、そう言う意味では運がいいのだろうがこの状態が幸運とはとても言えなかった


「やる気がないとか言って実際は大したことないんだろ?そんな奴を鏡花と契約はさせられないね」


「ほほう、なら力を示せばいいとそう言う事か」


なんだか嫌な話の流れになっている気がすると鏡花と静希は思ったのだが、どうやらその予感は間違っていなかったようだ


陽太とウェパルの間で何やら約束事が取り付けられつつある、しかも本人である鏡花のあずかり知らぬ形で


「よし鏡花、決着ついたぞ!」


「何がどう決着ついたのよ、少なくとも私全然話を聞いてないんだけど?」


陽太とウェパルがまくし立てるように話をし続けていたせいで鏡花は完全に置いてけぼりを喰らっていた


一体自分の契約の話がどうなったのか鏡花は全く分かっていないのである


自分の事の話なのに自分が理解できていないという状況に鏡花は非常に不安を感じていた


しかも自分の代わりに話をしていたのが陽太なのだ、不安に思うのも仕方のないというものである


「とりあえずベルが寿命を迎えるまでこの話は一旦休止、んでもってそのあたりを見計らってまた鏡花に会いに来るってことになった、それまで保留」


「・・・案外まともな条件ね・・・一応聞いておくけど他に条件とかは?」


「後はこのヨータを納得させることだ、君がヨータのものであるという事らしいからな、彼を納得させなければ君とは契約させないと」


まるで娘の結婚を許さない親のような言葉だと思いながらも、陽太にしてはまともな意見であるというところだろう


「その条件に私も納得することを付け加えなさい、私は契約することをまだ納得してないんだからね」


「了解した、いつか君たち二人を説き伏せるとしよう、その日が楽しみだ」


ウェパルとしてはこれからの楽しみが増えたのだろう、楽しそうに笑っていた


なんというか本当に悪いことをしたなと静希は複雑な表情をしていた


鏡花の飼っている犬、ベルが今何歳なのかは知らないが少なくとも数年から十数年後には正式な契約を結びにやってくるかもしれないのだ


そう考えると本当に申し訳ない気分でいっぱいだった、将来鏡花が悪魔の契約者に本当になるかもしれないのだから


本気投稿中プラス誤字報告を十件分受けたので3.5回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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