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J/53  作者: 池金啓太
三十二話「世界の変転 前編」

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悪魔の笑み

一体どれだけ意識を失っていたのか、静希はゆっくりと体を起こしていた

眉間にしわを寄せながら周囲の状況を確認しようとする


どうやら自分は地面に横たわっていたようだ、恐らくあの場から落下するときにメフィに助けられたのだろう


近くには静希を心配そうに眺めるオルビアと、静希をかばうようにして能力を発動し続けているメフィがいた


「・・・マスター!気が付かれましたか!」


「・・・オルビア・・・俺はどれくらい眠ってた・・・!?」


「ほんの数分程度です・・・よく御無事で・・・」


ほんの数分


あれだけの時間を体感しながらも数分程度で済んだのはやはりあれが夢だったからか、それともそう言う能力だからか


まさか自分が洗脳、あるいは幻覚に近い能力にかかるとは思っていなかっただけに静希は舌打ちする


なんて様だ、これが他国からも一目置かれる悪魔の契約者だとは笑わせる


相手は能力を発動し続けている、恐らくかなり強く風を巻き起こしているのだろう、周囲にあった木々はなぎ倒され、この空間だけが無風状態を維持していた


「メフィ、悪い、今起きた」


「あらシズキ、今日は随分お寝坊さんじゃない?」


「あぁ、随分いい夢が見れたもんでな」


いい夢


静希はそう評価したが、確かにあれはいい夢だった


能力者のいない世界、能力を持たなかった世界


ただの子供として成長でき、ただ平凡に暮らすことができる、そんな当たり前すぎて自覚できないような幸福があの場にはあった


可能ならばあんな世界で生きたかった、可能ならあのような世界に居続けたかった


だがそれはできない、あそこは自分の居場所ではない、あのような場所に自分のような血なまぐさい人間は似合わない


自分にはこういう場所こそふさわしいのだ


自分の両腕を見てつくづくそう思う


どこの平和な世界に左腕が義手で右腕が奇形化している高校生がいるというのか


これは自分がいた場所の危険さを物語っている、そして自分自身の弱さを物語っている


違和感はない、むしろこの両腕こそが静希がいる世界はここだと証明しているかのようだ


ここが自分のいるべき場所だと、そう言っているようだった


ずっと夢の中にいればよかったかなと自嘲気味に笑いながら静希は立ち上がる


「それでどうするの?防ぐことはできるけどこのままじゃ堂々巡りよ?」


「さっきのが通じなかったからには別の手段を使うしかないな・・・プランBだ」


そう言って静希はトランプの中で一枚だけ異質な雰囲気を纏うカードを取り出す


それはジョーカー、かつて静希がメフィの協力の下作り出した強化型トランプだ


一体何をするのかとメフィが不安そうな表情をする中、静希はメフィの方を見続けている


そしてメフィもその視線の意味を察していた


「なるほどね・・・まぁできなくはないでしょうけど・・・でも本気?」


「あぁ、少なくともお前に害はないと思う、本来の俺のトランプの効果から見ても問題はないだろ」


静希は自分たちをかばうように立っているメフィの近くに歩み寄る


すでに覚悟はできている、あとはメフィ次第だ


「相変わらず危なっかしいことするわね、しかも今度は私まで巻き込んで」


「いやか?」


「・・・いいえ、そう言うのも嫌いじゃないわ」


静希はオルビアをトランプにしまうと、メフィの体につかまる


次の瞬間メフィは空中めがけて飛びあがった


吹き荒れる風のせいで視界が悪い中、唐突に標的が飛翔したことで相手の悪魔はメフィ達を見失ったのか一瞬だけ攻撃の手を止めていた


薙ぎ払われた木々の方向に静希達がいないのを察すると悪魔は瞬時に上空に目をやり静希達を見つけていた


「メフィ、行くぞ」


「えぇ、たまには一緒に危ない目に遭ってあげる」


メフィが静希の右手に手を添えると、スキンの内側にある静希の右手本体が変化を始めていた


そう、魔素が注入され始めているのだ


徐々に侵食する奇形化の痛みに耐えながら、静希は意識を集中し始めた


ただ発動するより多めに注入された魔素のせいで、より一層奇形化が進んだが、これも必要経費というものである


静希はメフィの額にジョーカーのカードを当てて能力を発動する


メフィの姿が消え、ジョーカーの中に問題なくメフィが収納されたのを確認すると、静希はすぐさまジョーカーの中に入れたメフィを取り出す


大目に魔素を入れたのは出し入れするとき用、その分の奇形化は手首から静希の肘めがけて進み、皮膚を突き破った骨が鱗を形成していた


そしてジョーカーの中に入っていたメフィはというと、その体から黒い霧のようなものを噴出させながら笑っていた


静希の能力はトランプの内部に作り出した異空間に物を収納すること


収納できるものは無生物に限られ、その質量的限界は五百グラムまで、だが静希が認識できるものであれば質量がないものでも収納できる


そして収納したものの持つ特性、道具などであればその道具本来の能力を最善まで高めることができる、それと同時にマイナスの効果も打ち消されることから、霊装などを入れると『特定の誰かしか触れられない』という制限が解除され『誰にでも触れられる』状態へと変化する


悪魔の心臓への細工も解除することができることもあって重宝していたが人外に対する効果はそれだけではない


人外などを収納した場合は調子とでもいえばいいだろうか、メフィから言わせるとリフレッシュにも近いらしい


精神的な疲労などが無くなり、爽快感にあふれ、最高のコンディションを発揮できるようになるようだ


そして静希のトランプの中で一つだけ、それを超える効果を持ったカードがある


メフィの協力の下強化したカード、ジョーカー


本来であれば『五百グラム以下のものを収納し最善の状態にする』という効果だった能力を強引に強化することで『五百グラム以下のものを収納し、その特性のランクを一つ上げる』という効果になっている


ナイフであれば本来より切れ味が良くなり、弾丸であれば貫通力が増すなど、収納する物によって発揮される効果は異なるが道具がもつ本来の能力を強化するようなものだと考えていいだろう


いうなれば、収納したものが持つ性能の限界を超えられる能力といったところか


そして今まで静希はジョーカーの中に道具しか入れたことはなかった


人外を入れたらどうなるかわからなかったからである


人外達だって一応生きているのだ、危険な状態でもないのにそんな博打はさせられない、だからこそ今までは使ってこなかった


だが今回の相手は強敵だ、威力こそないものの、近づけば契約者が、遠くからは悪魔がそれぞれ能力を発動してくる


先程急接近したこともあってもう二度と懐には入れてくれないだろう


ならばこちらは遠距離から相手を攻略するしかない


静希の持つ手札の中で相手を確実に倒せるようなものはない、契約者だけなら何とかなるかもしれないが悪魔を無力化できるようなものはない


まだ現場にたどり着いてもいないというのに手札を消費することはできない

ならばどうするか


自らの契約する悪魔、人外の中で最も付き合いの長い静希の主力であるメフィに相手を攻略してもらうほかない


だが現状ではそれが無理というのはわかっている、相手の移動速度に加え能力では互いに勝負がつかない


ならばどうするか


自分の能力でメフィを強化できないかと考えたのだ


自分の能力が人外たちのコンディションを最高にするものであるなら、ジョーカーの中にいれれば最高のさらに上のコンディションにできるという事でもある


それが一体どういうことなのか静希にも判断できない、何が起こるかわからない、だからこそ静希は今まで使用を控えてきたのだ


だがそうも言っていられない、まだ何が起こるかわからないような状態とはいえ相手は悪魔なのだ、手を抜いていられるような余裕は静希にはない


だからこそメフィに頼った、そしてメフィもそれを了承した


どんな状態になるのかはわからない、少なくとも今のメフィの状態は普通ではないことはわかる


「メフィ、どうだ気分は?」


「・・・えぇ・・・最高の気分っていうのはこういうのを言うのかしらね・・・体から力が湧いてくる感じがするわ」


妖艶な笑みをしながらメフィは自分の体を撫でまわす、まるで自分の体ではないような独特の感覚を味わっているのだろう


そして静希の気のせいかもしれないが、メフィから発せられる悪魔の気配が強くなっている気がするのだ


威圧感が増していると言えばいいだろうか、悪魔としての存在が高められているような気がしたのだ


メフィが恍惚とした表情を浮かべている中、静希達の姿を発見した悪魔が再び攻撃を開始してくる


当然と言えば当然だ、相手からすれば何かをメフィに施したのは明白なのだ

なにせ先ほどまで出ていなかった黒い瘴気のようなものがメフィから噴き出しているのだから


「今いい気分なんだから、邪魔しないでくれる?」


竜巻が襲い掛かる中、メフィは大きく腕を振り上げ、勢いよく振り下ろす

メフィが腕を振り下ろした瞬間、巻き起こっていた竜巻がまるで押しつぶされるようにかき消され、その先にある地面が大きく陥没した


当然竜巻の起点にいた悪魔も地面に押し付けられる形で身動きを封じられていた


先程まで防ぐことはできてもかき消すことはできなかった竜巻を一撃でやってのける


間違いなくメフィの能力は強化されている、どれほどのものかは不明だがあとは時間との勝負になりそうだった


「メフィ、時間もない、一気に決めるぞ」


「はいはい、任せておきなさい」


静希のジョーカーの効力は使用してからの時間経過で消滅する


メフィの状態がいつまで続くかは不明だが、恐らくトランプから出した瞬間からすでにタイムリミットは刻々と近づいていると思っていいだろう


効力は限られているのだ、ならばそのうちに相手を仕留めるほかない


周囲に作り出される大量の光弾が一斉に悪魔めがけて襲い掛かる


最初に竜巻ごと押しつぶした念動力の力がまだ効果を発揮しているのか悪魔は避けることもできずに光弾の嵐をその身に受けることになる


「メフィ、悪魔って大概どうやったら倒せるんだ?」


「倒す方法はいろいろあるわよ、心臓を壊したりあとは普通に徹底的にぼっこぼこにしたり」


以前陽太の攻撃を受けてもメフィはびくともしなかったことを考えるともともとの耐久力が人間とは違うのだろう、当然と言えば当然だが逆に言えば悪魔同士の全力の攻撃を当て続ければ行動不能にすることはできるらしい


もっともそれは容易ではないだろうが


今メフィは念動力の能力と光弾の能力を同時に使っている


念動力で相手の行動を阻止し、一方的に光弾で攻撃し続けている状態だ


「能力の感じとしてはどうだ?前よりいいか?」


「えぇ、すごく扱いやすいわ・・・なんて言うか本当に調子がいいの、今ならもっと強くいけるかもしれないわね」


メフィの能力は再現、相手の能力を再現することができるがその分制御率と操作性はオリジナルより劣化する


だからこそ能力によっては意図的に威力を下げなければ暴発するタイプのものもあった、だが今のメフィはジョーカーの効力によってその劣化した操作性なども向上させられている可能性が高い


またはそれをできるだけの状態にメフィがされていると言ったほうがいいだろうか


能力自体は変化していないが、メフィ自身の調子がいいからこそその限界値が底上げされていると言えばいいだろうか


能力というのは身体的な行動と同じように使用者の調子によって大きく変化する


絶好調であれば普段できないような行動も取れたりするし、絶不調であれば普段できるような行動でもできなくなってしまうことがある


メフィの今は絶好調よりもさらに上の状態だ、普段できないようなこともできるレベルで調子が良くなっている


相手の能力は風を操ることだ、つまりは空気を高速で移動させていることになる


本来の風と違うところは自分の好きな場所へ吹かせることができる程度、だがメフィは念動力の力を有している


ただ力の指向性を与えるだけの能力で竜巻をかき消したという事は、それだけ能力の出力に差が出ているということになる


恐らくは能力の威力そのものも高まっているのだ


魔素を取り込む量が増えている、先程の静希が覚えた感覚から察するに、もしかしたらメフィの存在の格が少し上がっているのかもしれない


このまま押し切ることができるかと思っていたが、やはり相手も悪魔、そう簡単にはいかないらしい


念動力と光弾の嵐からなんとか抜け出したのか、高速で移動しながらこちらから距離を取ろうとしていた


もしかしたらそのまま逃げるつもりなのかもしれないが、それをさせるほど静希とメフィは間抜けではない


「メフィ、相手の耐久力がどれくらいかとかわかるか?」


「さぁ、思い切りぼこぼこにしてやればいいとは思うけど・・・とにかくシズキがあいつをしまえるくらいにまでは痛めつけてやるわ」


気分が高揚しているとはいえしっかり思考することができているという事は変わりないらしい


今回の勝利条件をしっかり把握したうえで行動しているのはさすがといったところか


先程の静希の作戦が失敗したのは契約者が行動するとは思わなかったためだ

あの契約者にさえ気を付けていれば後はいつも通りトランプの中に入れておしまいにできるはずである


つまり接近できるくらいにまであの悪魔を痛めつければ問題はないのだ


恐らく相手が気絶するくらいまで攻撃することになるだろうが、それも仕方のないことだろう


静希のトランプに入れれば元通りになるのだ、あの悪魔には悪いが少々痛い目を見てもらうしかない


静希とメフィの目的は相手の悪魔の無力化である、それさえすめばすぐにでも現地に向かいたいところだ


こんな所でいつまでも足止めを喰らっているわけにはいかない


相手が風を起こすのはまだいいが勝てないとわかって逃げられるのはもっと厄介だ、またどこかに避難した後で妨害工作を行われてはたまったものではない


ここで仕留める必要があるのだ


「メフィ、あいつに勝てるか?」


「もちろん、シズキがそう望むなら」


その言葉に静希は笑う、やはりこいつが近くにいるのが当たり前になっているのだなと思ってしまったのだ、随分毒されているなと思いながら静希は意気込む


相手を追い込むのにどうすればいいのか、どうすれば早々に事を終わらせられるのか


メフィにばかり頼っていられないなと静希は思考を加速させ始めていた


「メフィ、俺が能力で牽制するから能力を当て続けろ、できるなら動きを封じてくれ」


「了解よ、サポートよろしくね」


逃げ始める悪魔をメフィも追う、能力が向上しているからか先程よりも数段速く動くことができるようだった


当然静希に加わる負担も大きいものになるがそんなことは言っていられない

後でいくらでも吐けばいいのだ、今はとにかく相手を倒すことを目的にしなければいけないのである


メフィの飛行速度が上がったおかげか、逃げ始めている悪魔にも比較的楽に追いつくことができていた


それもそのはずである、飛ぶのと並行して念動力で相手をこちらに引き寄せているのだ、当然のように追いつくことも可能になるというものである


そして射程距離に近づくと同時に静希は能力を発動し相手をトランプで囲んでいく


先程まではただ囲んで牽制するだけだったが今度は内部にあるものを適度に放出して攻撃を始めていた


弾丸や釘などが襲い掛かる中、トランプの外側からメフィが光弾をぶつけ続けている


上手く静希がトランプを飛翔させて光弾を隠し、なおかつ攻撃で相手を追い込んでいるためにメフィの攻撃だけは的確に命中していく


しかもメフィの攻撃がただ射出するだけではなく相手に向かってホーミングしているのだ、恐らくメフィが操っているのだろう


普段より調子がいいとこういうことになるのだなと思いながら静希は徹底的に相手を追い詰めていく


そして徐々にではあるが相手の悪魔の動きが鈍くなっていくのを静希とメフィは気づいていた


動く速度もそうだが、反応速度と回避行動が鈍ってきているのだ


相手も弱ってきているという事だろう


そしてメフィの強化もいつまで続くかわかったものではない、恐らくはあと一分あるかないかといったところだろうか


「メフィ、このまま決めるぞ」


「任せて、一気に突っ込むわよ!」


静希を乗せた状態でメフィは高速で移動しながら攻撃していく


相手に光弾が次々命中していく中、メフィは限界ぎりぎりまで悪魔に接近しその拳を相手に叩き付けた


そして両腕を掴んで動けなくするとメフィの後ろから静希は手を伸ばし、悪魔の顔にトランプをふれさせる


能力を発動すると悪魔は抵抗なくトランプの中に収納され、その場から消えてしまう


瞬間、先程までその背に乗っていた契約者らしき人物が少しずつ落下していく、すでに意識を喪失したのかピクリとも動こうとしなかった


「メフィ、あいつ頼む」


「えー・・・助けるの?」


「貴重な情報源だ、現場に連れて行って尋問する」


仕方ないわねとメフィがため息をつきながら念動力を発動し、契約者をこちらに引き寄せると静希のトランプの中から先程収納した悪魔が飛び出してくる


最初は静希達を警戒しているようだったが、自分の体の異変に気付いたのか自分の体のあちこちを確認しながら不思議そうな表情をしていた


「そこの人間・・・いったい私に何をした」


静希は一瞬驚いた、悪魔の声が女性のそれだったのである


見た目からして男かと思っていたのだが、まさかの女性の声だったことに静希は不思議そうな顔をしてしまっていたが、相手が説明を求めているのだ、説明してやらなければ話が進まないだろう


「あんたの心臓への細工を取り払ったんだよ、どうせ心臓に細工されてたんだろ?」


「・・・そうか・・・そう言う能力なのか・・・」


契約者に気を遣わず高速で移動し続けるあたり、契約者と正しい契約を結べていないことは理解していた、だからこそ心臓に細工をされていると思ったのだがどうやらその考えは正しかったらしい


「これからどうするかはあんたの自由だ、どこぞにいくなり勝手にしろ・・・俺らの邪魔だけはす・・・」


するなよと言いかけて静希は自分の体の異常に気付ける


いや異常に気付くというよりは異常がやってきたという方が正しいだろうか

腹と口元に手を当てているのを見計らってメフィが服が汚れないように静希の体の向きを調整すると、静希は思い切り嘔吐した


あれだけの速度で移動し続けて吐かない方がおかしい、特に静希のつけるヌァダの片腕は外傷に対しては強いのだが内部への干渉には弱いのだ


外傷はたちどころに治してくれても乗り物酔いだとか急加速急減速を繰り返すような状態では吐いてしまうのを止められない


能力というのは万能ではないとはいえそれも仕方のないことだろうか


そうこうしているとメフィにかかっていた強化状態も終了したのか、その体から吹き出る黒い瘴気も消えていた


「締まらないわね・・・せっかく何とかなったのに」


「し・・・仕方ないだろ・・・こっちはほぼ生身なんだ・・・からさ・・・」


食べたものがすべて出てしまうのではないかと思えるほどに吐き散らす静希を見ながらメフィはため息をつき、目の前にいた悪魔は気の毒そうな表情をしていた


なんというかもう少し恰好よく終わらせられれば良かったのだろうが、そのあたりはただの人間らしいというべきだろうか


「・・・そ・・・それで・・・あんたはもう俺らと敵対するつもりはないんだろ?・・・えっと・・・」


「ウェパル、私の名前はウェパルという」


ウェパルと名乗った悪魔は未だ体調が悪そうな静希を心配そうに眺めているが、今は自分の体調よりも大事なことがある


今後の事と彼女の持つ情報だ


「ウェパル、とりあえず俺らの仲間の所に行くけど問題はないか?いろいろ話が聞きたいんだけど」


「・・・構わない、君には世話になってしまった・・・えと・・・」


「静希だ・・・五十嵐静希・・・でもってこっちはメフィストフェレス」


「よろしくねウェパル」


互いに自己紹介をしたところで、静希はウェパルの近くにいる契約者らしき男を見る


彼女とのリンクが切れたせいで意識が喪失したのだろうか、先程までの暴走状態はすでに解除されているようだった


先程静希が見ていた夢は恐らくこの能力者のせいだろう、何とか静希はその力から逃れることができたとはいえこの能力は危険だ


とにかく動けないように触れられないようにしておくほかない


「ていうか平気か?結構ぼこぼこにしちゃったけど・・・」


「えぇ、すでに治っているらしい・・・君の能力は有用だな」


「有用・・・まぁ人外相手にはそうなのかもしれないな・・・」


静希の能力が有能だと思ったことは数えられる程度しかない


これであと収納限界が一キロも増えればそれなりに応用も利くいい能力だったのかもしれないが、生憎と収納限界が五百グラムでは使い勝手が悪すぎる


もう少しでいいから増えればよかったのにと静希は思うのだが、そんなことは今さらだ、何度も何度も思ってきたことだ、もう自分ではどうしようもないのだからこの能力でどうにかするほかないのである


どうやらあれだけ痛めつけても静希の能力で収納すればそのあたりもリセットされるのだろう、そう言う意味では静希と人外との能力の相性はむしろいいのだと思われる


メフィ達がたとえ傷ついても静希がトランプにいれれば即座にリセットなのだから


そう考えると確かに有用かもしれない


だがせめてもう少し、そんな風に何度も思考をループさせながら静希は周囲を見渡す


とりあえず鏡花たちが心配だ、早く合流して無事を伝えなければならないだろう


あちこち移動しまくったせいで今彼女たちがどこにいるのかさっぱりわからない、鏡花のことだからこちらが戦闘を終了したというのを察して何か目印的なものを作ってくれているとは思うが、それを探すのも一苦労である


「とりあえずあいつらと合流を・・・どっかに目印的なものは・・・」


「・・・あ、シズキ、あれじゃない?あそこで燃えてるの」


メフィが目を向けるとその先には何やら突出した棒のようなものの上で何かが光っているのが見えた


木々よりもさらに高いところで光っているそれが光ではなく炎によるもので、燃えているそれが陽太の炎であると気づくのに時間はかからなかった


上空から見ているうえにかなり遠いために正確な距離はわからないが、恐らく十数キロは離れていそうである、自分たちがどれだけ移動したのかがよくわかる状態だった


恐らくはあの場に落ちたのだろう、鏡花は静希が勝つことを見越してあのように目印を用意してくれているのだ


有難いと言えば有難いのだが、あそこまでいくとなると時間がかかりそうだった


「あんなに遠く・・・どんだけ出力あげてるんだか」


「見つけてもらおうと必死なんでしょ、とにかく行くわよ、吐きながらでもいいから」


「うぅ・・・あんまり速く動かないでくれよ・・・?」


別に静希は乗り物酔いをするというタイプではなかったが、あれだけの速度で上下左右に動き続ければ酔うのも仕方がないというものである


先程から気持ち悪さが抜けない、いつまた吐いてもおかしくない状況である

メフィに抱えられながら移動する中、静希は先程の戦闘痕を眺めていた


かなり強い風が巻き起こっていた場所、そしてメフィの力で陥没させられた跡


はっきり言ってこの辺りの被害は甚大だった


やはり悪魔同士が本気で戦闘をすればこういうことになるのだなと思いながら静希は少しでも体調を戻そうと心掛けていた


グロッキーになっているような状態で戻ったら何を言われるかわかったものではない


口の中にまだ吐いたものが残っているような感覚がある、このままではまずいなと思いながら静希はウンディーネに頼んで軽く水を出してもらい、うがいなどをして口の中をさっぱりさせていた


大精霊の力をこんなことに借りるのは申し訳なく思うが、さすがにこれだけの気持ち悪さは許容しかねる、右腕の奇形化が進行した痛みに加え高速で移動し続けたことによる吐き気、はっきり言って今の静希はかなり憔悴している状態だった


「ほらシズキ、しゃんとしなさい、ダラッとしてると舐められちゃうわよ?」


「わ・・・わかってる・・・もうちょっとゆっくり飛んでくれ・・・向こうに着くまでには何とか体調整えるから・・・」


今にもまた吐きそうなくらい調子が悪い静希を見てメフィはしょうがないわねぇとゆっくり飛行を始める


ウェパルもそれに続き、なおかつ静希に爽やかな風を送って何とか調子を整えてもらおうとしていた


悪魔に運搬や扇風機代わりのことをさせたのは恐らく静希が初めてだろう


「・・・あ、帰ってきた、おーいこっちこっち!」


鏡花によって作られた柱の上でとにかく燃え続けていた陽太は静希の姿を見つけると大きく手を振って合図をしていた


移動中に何とか体調を整えようと努力したものの、さすがの静希もそんなにすぐに体調が元に戻るはずがない


気持ち悪さとけだるさは残っているがとりあえず吐き気だけは取り除けた

顔色に関してはもうどうしようもないだろう


「おぉ陽太・・・鏡花たちは下か?」


「あぁそうだ、とりあえずお前が帰ってくるのを待ってた・・・ていうか酷い顔色だな・・・大丈夫か?」


「二、三回吐いたくらいだ・・・問題はない」


吐くのは問題ではないのだろうかと陽太は少し不思議そうな顔をしていたが、その後に近くにいる明らかに悪魔っぽい人外に目を向ける


「こいつがさっき俺たちに攻撃してきた悪魔か?」


「そうだ、ウェパルっていうらしい・・・とりあえずもう敵意は無いってさ」


「そっか、まぁとりあえずメフィをしまっとけよ、下にはロシアの奴もいるし」


陽太からすれば別に攻撃されたことは根に持っていないようだった


現在位置がどのあたりなのかは知らないがとりあえず空から落ちるという貴重な体験ができたのでそれはそれでと思っているらしい


下にいる鏡花たちがどんな反応をするのかは知らないが、とりあえず陽太の言うようにメフィをしまっておいた方がいいだろう


静希に付き従う人外たちがすべてトランプの中に入ったところで静希と陽太はこの柱の下にいる鏡花たちに合流することにした


柱の下の方に向かうとそこには明らかに急造とは思えない小屋というか建物が存在していた


どうやら陽太が立っていた柱はこの建物の煙突部分だったらしい、静希達が一生懸命戦闘をしている間こんなところで休憩していたのかと思うと少々腹が立つが、あの場にいたところで鏡花たちにできることはなかったのだ、それは仕方のないことだろう


「おーい鏡花、静希が帰ってきたぞ」


「あぁ、やっぱ無事だったのね、よかったわ来てくれて」


「なんだよその反応・・・あんまり心配されてなかったのか?」


鏡花は帰ってきた静希を見てさも当然のような反応をしている、なんというか本当に鏡花らしいというか、もう少し心配してほしいような気がしてならない


実際に無事だったのだからそのあたりは鏡花の状況判断能力を褒めておくべきなのだろうか


「あ、静希君、よかった無事で・・・はいこれ」


「あぁ明利・・・ありがと・・・そっちも無事で何よりだよ」


しっかりと心配されるのはいいものだなと思いながら静希は明利から邪薙の入ったトランプとフィアを受け取る


しっかりと鏡花たちを守ってくれた邪薙とフィアを労いながら静希はフィアを懐に入れるふりをしてトランプに収納して見せた


「で、さっきから後ろで存在感はなってるそれがさっき私達を落した奴?」


「あぁそうだ、ウェパルっていうんだと、もう敵意は無し、一応情報を提供してもらおうと思ってここまで連れて来た」


静希の後ろに控えていたウェパルの姿を見て鏡花はふぅんと呟いてため息をついている


静希のトランプに入っていないという事は別に契約したというわけではないだろうが、静希が人外を引き連れている構図がもはや当然のようになってしまっているあたりが何とも不思議なものである


「あぁそうだ鏡花、こいつを拘束しておいてくれ、妙な能力使うから触れられないようにな」


「あぁ、そっちは契約者なわけね・・・了解よ」


鏡花が地面を足で叩くと床が変形し契約者の男を思い切り拘束していく


全身に作り上げられた拘束具によって完全に動けなくされ、満足に寝返りも打てないような状況になる


これならば問題はないだろう


「それで、少尉たちは?助からなかったのか?」


「なめないで、しっかり助けてあるわよ・・・パイロットの方もちゃんと保護したわ、今は別室で通信ができないか試してるところよ」


恐らくは輸送機についていた通信機を使って現地と通信できないか試しているのだろう


ここからの距離はまだまだあるだろうがそれでも飛行機などを手配してくれるなら楽なものである


最悪城島やメフィの能力で飛んでいけばいいわけだが


「じゃあ城島先生は?今どこ?」


「少尉さんたちを見張ってるわ、変なことしないようにって・・・あんたがいなかったからまともに会話できなかったしね」


あぁそう言えばと静希が思い出したようにつぶやく


静希達が国家間の言語の違いを超えて会話できているのはいうなればオルビアのおかげなのだ、そのオルビアがいなくなったせいで鏡花たちはまともに会話することもできなかっただろう


城島がなんとか英語で話してくれていただろうがそれでもいろいろと苦労があったのがわかる


それで部屋を分けていたのかと静希は納得してしまう、話せもしないのに同じ空間にいても気まずいだけなのである


本気投稿中+誤字報告を五件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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