表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
J/53  作者: 池金啓太
三十二話「世界の変転 前編」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

992/1032

その輸送機の行方

「空からの突破はまず無理・・・と、鏡花、お前ならどうする?」


「・・・そうね、上が無理なら下とか?地下から進むってのもいいんじゃない?変換系統がいればそこまで苦労はしないだろうし・・・ただ相手に気付かれたときがまずいけどね」


「相手の索敵の方法によっては・・・ってことか」


もし相手の索敵が明利のような特定の物にマーキングすることで得られるようなものであればその手も使う価値があるかもしれない


偵察用の無人機などが落されたのがどのような攻撃なのかを観測するのも必要ではあると思うが、問題は相手がどのような形でこちらの様子を確認しているかという事だ


もし一定範囲内に入ってきたものを自動で捉えるような索敵だった場合、地上であろうが地下であろうが関係なく捕捉されかねない


地上や空中と違って地下を移動するとなると身動きがとりにくい、一気に全滅という事だって十分にあり得るのだ


とはいえ地下からというのは面白い意見だ、今まで地上から突破することだけを考えていただけに他の方法というものが考えられるだけ十分価値のある意見である


例えば地下から侵入する場合、侵入経路はどのようにするべきだろうか


それこそ一つの経路が潰されてもいいようにいくつもの道を作っておきたいところである


そして敵を発見し次第急襲、悪くはないのだが途中で敵に発見される気がしてならない


何より以前静希達が侵入した敵のアジトらしき場所は地下に造られていた、あれが相手の能力者の仕業なのであれば相手にも変換能力者がいるということになる


そうなると非常に厄介だ、相手もこちらと同じ考えを持っている可能性があるのだから


上空からの攻略が無理となればとれる手段は限られてくる、一応可能な手段の中には一応地下も含まれるのだが、提案した鏡花自身あまり乗り気ではないようだった


「先生はどうです?こういう場合どうしたらいいかとかありますか?」


「・・・私なら一帯を更地にするな、街などがあるならまだしもそのあたりは森林地帯だ、自然は破壊してしまうかもしれんがこの辺り一帯が消滅することに比べれば被害は少ない」


あまりにも攻撃的な発言に静希達は一瞬引いてしまうが、それでも実に現実的な案である


相手がなぜゲリラ戦法をとれているかというとそれだけ遮蔽物があるからだ

木々が大量に生えているというだけで視界は制限され、不意打ちなどが容易になる


戦いは場所によって有利不利が決定する、今回の場合のような森林地帯は少数での奇襲が可能な分大勢で動くのには向いていないのだ


だが城島の言うように更地に変えてしまえば条件は逆転する、平野においては数が多い方が圧倒的に有利なのだ


地の利を付けるためには確かにあのあたりを一度平地に変えたほうがいいのかもわからない


辺り一帯を平地にすることで得られるメリットとデメリットを考えれば、当然平地にした方が行動はしやすくなるだろう


問題はその場所にある木々をどのようになくすかという事である


焼き尽くすにしても時間がかかる、押しつぶすにしてもどれだけかかるか


「ロシアとしての意見はどうですか?あの辺り一帯を更地に変える件については、個人の見解でも構いませんが」


「それは・・・個人的な意見を言わせていただければ確かに有効な策ではあると思いますが・・・間違いなく許可が下りないでしょう、あのあたり一帯を更地に変えるなんてことができるとは思えません・・・」


それはつまりあの場所にある木々をすべてなぎ倒せと言っているようなものだ、あれだけの規模の自然破壊となると生態系に与える影響も多大なるものになってしまう


この作戦に世界の命運がかかっているとわかっていても、できないことというのはあるのだ


これが失敗したら世界は終わるのだからもっと自由にやらせてくれてもいいのではないかと思えるだろうが、それが社会というものだ


明らかに危険な状態だとわかっていても、それが人道的に反しているとなれば有効な手段であろうとできないこともある


ままならないものである、実際に最適な手段を取ろうとしてもそれができないのだから


「ちなみに鏡花、地面を更地にする場合そこにある木とかはどうする?さすがに全部折るのは無理だろ?」


「そうね・・・私だったら地下にしまっておくわ、少しの間窮屈かもしれないけど一週間くらいじゃ死なないと思うし・・・そのあたりは明利の意見によるけど」


要するに地上に出ている植物をすべて地下に埋めてしまおうという事だ、そうすれば残るのは少し盛り上がった地形だけ、平地に限りなく近い形になるだろう


問題はどのくらいの期間木々は太陽などがない状態で生きていることができるかという事である


「ん・・・さすがに酸素とかがないと木は死んじゃうかも・・・太陽光がなくても生きていられる植物は結構いるけど、それでも限度があるし・・・」


「地下にしまっておける時間は限られてるってことね・・・でも案外いい案かも・・・他にも今までみたいに無理やり広場みたいにするのもありかもね」


今まで鏡花がよくやってきたのは木々などを押しのける形でその場に広場のような場所を形成するのだ


自分達がいる場所にそのような場所を作れば少なくとも奇襲されても多少は対応できる


道を作って木々を保護しながら進んでいくというのもいい案かもしれない、問題は相手がどのように動くかだ


道を作ればその分動きが読まれる、そう言う意味ではあちらの位置をわかりやすくすると同時にこちらの位置も分かりやすくしているようなものである

どういう方法をとるのが一番いいのか、静希達は悩んでしまっていた


戦車の火砲支援を受けるにしても、周囲の木々が邪魔になる可能性もある、それを考えれば木々を除去するというのは非常に良い考えなのだ


問題はロシア側からの文句が激しくなる可能性があるということくらいである


確実な任務の遂行だけではなくその後のことまで気にしなくてはいけないのが国家でのやり取りで必要なことでもある、失敗したら自然破壊もくそもないと声高に主張したいのだがそれが国というものなのだ


どんなに良い結果を引き寄せることができたとしても自らの身を斬りすぎるような手段をとってはならないのだ


国というのは何も土地だけで成り立っているのではない、そこに住む人、その国の外の関係、その場所と周囲にあるもの全てで成り立つものなのだ


その国だけの問題だったのならば大抵の無理はできたのだろう、それこそ昔のように独裁でもしていれば何の問題もなしにいろいろ無茶ができたかもしれない


だが今の社会は複雑になりすぎた、たとえ自国の中だろうと妙なことをすれば他の国から批判される、それがたとえ世界を救うための行動だったとしても間違いなく後ろ指をさされることになるだろう


だからこそ厄介なのだ、本来守られるはずの人間が、守る立場の人間の邪魔をしているのだから


綺麗ごとだけで物事をすべて解決できるほど世の中は甘くない、それは批判する人間も分かっているだろう


だがそれでも、きれいごとを言い続ける人間は必要なのだ、なにせ綺麗ごとは良くも悪くも『正しい』ことなのだ、考えてみればそれが無理なことだとわかっていても、仕方のないことだとわかっていてもそれを言う事で成り立つこともある


それに、仮にその綺麗ごとが『正しい』とわかっていても、それが正義だとわかっていても静希は気にしないのだ


正義や道徳といったものを気にするほど静希は真っ直ぐな性格をしていない、基本ひねくれたその性格は物事を完遂すればそれでいいという理論の下に成り立っている


綺麗ごとを吐き続けて失敗したのでは目も当てられない、多少汚い手を使ってでも、間違った手を使ってでも解決する、そう言う人間は必要なのだ


清濁を併せ持つと言えばまだ聞こえがいいだろうか、併せ持つという割には静希は濁りすぎている気もするが、それもまた静希の特性だ


静希が濁りすぎている分、他の人間が清く正しければいいだけの話である

場合によっては、悪役を静希が引き受けて状況を好転させる必要があるかもしれない


静希はそう考えながら地図を眺めていた


実際ロシアの人間の許可をとっていたらできるものもできなくなる、それなら無許可で勝手にそれを行ったほうがましだ、あとで文句を言われたところで静希は別に気にしない


責任を求められたとしても言いくるめられるだけの理由もある


取れる手段はすべてとる、できることは全部やる、自分に手段を選んでいられるだけの余裕はない


いつも静希が自分に言い聞かせていることだ、自分は弱いからこそ他人の力を借りる、自分に力がないからこそ無様だろうと卑怯だろうとできることをする


今も昔も変わらない、静希は昔から何も変わっていないのだから


能力は弱いまま、ただ周囲にすごい存在が集まってきただけの話だ


静希は何も変わらない、その性格も目指すものも


決して一流になどなれない能力で、決して秀でているとは言えない身体能力で、それでも自分にできることをし続けてきた


これからもすることは変わらない、自分にできることをやっていくだけだ

ただそれは相手も同じだ


静希の行動が突飛なものであるのは、それが健常者側から見てのものであるからだ、犯罪などを頻繁に起こすような異常者側の人間からすればむしろ静希のとる手段は常套のものであると言える


だからこそ、条件はほぼ同じようなものなのだ


全力で臨む、変わりはない、いつも通りに


静希がそう考えながら少しずつ集中を高めているのに近くにいた鏡花たちだけが気付いていた


何かをするつもりなのか、それとも何かを思いつめているのか、やる気を出しているだけなのか、どちらにしろ今の静希が高い集中状態を発揮しようとしている事だけは理解できた


自分達も心する必要があるかもしれない、何が起こるのかはわからないがそれに対して対応できるだけの準備が必要だろう


毎度毎度静希ばかりに任せているわけにはいかないのだ、今回は自分たちも行動できる、悪魔との戦闘には関われないかもわからないが、それでもできることはある


可能な限り静希達を援護するのが自分たちの仕事だ


状況によっては、相手の悪魔を引きつける囮くらいはできるだろう、特に今回陽太がその役目を担うことになる


その場合は自分たちがフォローをしなくては


今どのあたりに来ているだろうか、この輸送機に乗ってから随分と時間が経った


既に目的地はかなり近づいているはずだ、もう見えてもおかしくないかもしれない


「ちなみに少尉、あとどれくらいで到着予定ですか?」


「そうですね・・・あと十分もあれば到着するかと」


あと残り十分、という事はすでにあと数十キロ以内の所に来ていることになる。もうすぐだと静希達が意気込んだ瞬間、唐突に輸送機全体に衝撃が走る


「んあ!?なんだ!?地震!?」


「空の上で地震があるわけないでしょ!」


「おいパイロット!どうした!何かあったのか!?」


輸送機の中が大きく振動し明らかな異常をきたしている中フランツは何か異常があったのではないかとパイロットに確認を始める


だがそんなことを確認するよりも早く静希は輸送機の外部に人外たちの入ったトランプを飛翔させ外部の状態を確認させる


『メフィ、どうだ!?』


『うっわ・・・やばいわよシズキ、超至近距離に竜巻!』


メフィの言葉に静希は小さな窓から外の様子を見ようとするが、外側の世界は黒くなっているだけで何が起きているのかは把握できなかった


竜巻などの発生原因などは静希もよくは知らないが、そんなに突然発生するようなものではないことくらいはわかる


それにこの辺りの気流は問題ないようなことを出発前に言っていた、こんなピンポイントなタイミングで竜巻が発生するとは考えにくい


となれば一体何か、攻撃されているとしか考えられない


人外達の入ったトランプを回収すると静希はすぐに荷物を手に取って確保した、そして鏡花も同じことを考えていたのだろう、荷物をひとまとめにして能力を発動、バラバラにならないように固定して見せた


「少尉、今すぐどこかにつかまったほうがいいです!」


「ま、待ってください、今外に竜巻が発生したと」


「こんなタイミングで自然現象で竜巻が出ると思ってるんですか!?攻撃されてるんですよ!」


静希が叫ぶのと同時にさらに強い衝撃が走り輸送機が大きく傾いていく


静希達からは見えないが、輸送機に同調を仕掛けていた鏡花は今の状態を正しく理解していた


主翼が折れたのだ


小型であるとはいえ輸送機の主翼が折れればどうなるか、そんなものは子供でもわかる、紙飛行機だって翼がなければ飛べないのだ、翼が折れれば後は落ちるだけである


「翼が折れたわ!落ちるわよ!」


「鏡花姐さん何とかできないのかよ!?」


「ちょっと待ちなさい今やってるから!少尉!この辺りの道具使いますよ!先生は姿勢制御してください!」


「まったく・・・移動だけでこの様か・・・!」


鏡花と城島が同時に能力を発動すると先程まで傾いていた飛行機が徐々に水平飛行へと戻っていく、だが先ほどから衝撃がやまない、明らかにただの竜巻ではない、そんなことは静希達はわかりきっていた


鏡花が積まれていた荷物などを変換して折れた翼の代わりの主翼を作り出していく


折れたのが片側だけとはいえ質量があまりにも足りない、そこで鏡花は左右の翼の大きさを同じくらいに調整していく


長時間の飛行はできなくなるが滑空による移動は可能だ、まっさかさまになって落ちるよりは断然ましな対処と言えるだろう


しかも片翼が折れた状態であるためエンジンの出力も足りない、あと十分間飛ぶことができるとは思えなかった


このまま何とか乗り切ることができるかもしれない


大野や小岩をはじめとする普通の能力者たちがそう思い始めている中、静希達だけは警戒を緩めることはなかった


そして次の瞬間、強い衝撃と共に唐突に輸送機の中の空気が勢いよく後方に向けて流れていく


大気圧の差の影響で空気が流れるこの現象、つまり後方に穴が開いたのだ、もしかしたら飛行機の後ろ側が丸々壊れたのかもしれない


「鏡花!どうなってる!?」


「尾翼がごっそり持ってかれたわ!塞ぐからちょっと待って!」


質量がどんどんと削られていく中、出力もはっきり言ってもうないに等しい、そんな中で変換能力で強度を維持し続けるのははっきり言って困難極まる


竜巻はまだ続いている、移動し続けているにもかかわらず未だ被害が出てくるという事はつまりこちらを追ってきているという事だろう


明らかに自分たちを狙っている、面倒だなと思いながら静希はフランツに掴みかかる


「少尉!今の高度に合わせて減圧するようにパイロットに言え!」


「な!?なにをするつもりだ!?」


「攻撃されてるならこちらからも打って出るしかないだろ!鏡花!出入り口頼むぞ!」


「はぁ!?あぁもうどうなっても知らないからね!」


静希が出ることができるように鏡花は真上に入り口を作る、減圧が完了したのを確認して静希はそこから外に出ていく


邪薙に障壁を張ってもらい空気にとばされないようにしながら静希は外の様子を確認することができた


まさに後ろ、移動している真後ろにいくつもの竜巻が存在していた、しかも現在進行形で真下からまるで狙ってきているかのように竜巻が発生し続けている


現在の高度はどれくらいだろうか、雲がないせいでおおよその高度さえもつかめない


だがこの寒さから言って少なくとも数千メートルは上空であることがわかる

ロシアに来てまさかこんな困難が待っているとは思わなかった、だがやるしかない


「行けるな?メフィ!」


「はいはい、お任せよ!」


静希はメフィをトランプの外に出すと周囲を確認するべく飛行機の後方へと移動していく


この飛行機だって相当な速さで移動していたはずだ、なのについてこれているという事は人の所業ではない


さらに言えば竜巻を起こすような能力を人間が使えるとも思えないのだ、となれば人外の所業としか考えられない


これが悪魔か精霊か、あるいは神格かは正直判断できないが、高速で移動するこちらを狙っている以上後方に位置している可能性が高い


既に最初の衝撃があってから一分近く経過しているのだ、行先をあらかじめ理解して待ち伏せていたとしてもすでに後方に位置していると思っていいだろう


そして静希の考えは的中していた


意識を集中して周囲を見渡していると、ほんのわずかに人外の気配が風に混じっていることに気付けたのだ


その気配をたどっていくと竜巻の中にほんの一瞬だが奇妙な影を発見する


トランプの中から双眼鏡を取り出し確認するとその姿を確認することができた


「メフィ!あそこ!でかい竜巻の根元部分!狙い撃て!」


「アイアイサー!」


静希が指さす先に照準を合わせ、メフィは大量の光弾を射出していく


威力の手加減などないまるで機関銃のような数に頼ったばらまきのような攻撃だ、威嚇射撃か弾幕を張っているようにも見える


だがその攻撃が功を奏したのか、周囲の竜巻の数がほんの少し少なくなっていた


恐らくは防御に集中するために攻撃の手を緩めたのだろう、静希の狙いとメフィの攻撃が上手く通じた証拠でもある


「メフィ、あいつはどうだ?対応できそうか?」


「たぶんね、長距離とはいえ能力使ってこんな被害しか出せないなら大した悪魔じゃないわ・・・風を操るってことはフォカロルかパズズか・・・いやあいつらだったらもっと強い風を使えてるでしょうね・・・」


恐らくは知り合いの上級悪魔の事なのだろうが静希からすれば知ったことではない、今はあの場所にいる人外をどうにかするしかないのだ


攻撃の手が弱まっているとはいえこのままでは何時空中分解しても不思議はない、今は鏡花が能力で壊れそうなところをすぐに修理してくれているから何とか飛行機としての形を保っているものの、すでに動力を失って滑空しているだけの状態なのだ


当然このまま目的地になどたどり着けるはずもない


メフィが攻撃を続けてくれているがこのまま済むとも思えない、相手はこちらを追ってきているのだ、エンジンが止まり速度が落ちている今追いつかれる可能性だってある


どうする、どうする


空中で戦おうものなら風を操る相手に有利なのは間違いない、そもそも静希は空中で動く術がほとんどないのだ


邪薙の障壁とフィアの連携で空中でも動くことは可能だが、それはあくまで移動であって飛行ではない、飛行機などの速度にはどうあがいても及ばないのだ


相手は飛行機と同じかそれ以上の速度で移動できている、となればこちらが機動力で劣っているのは間違いない


このままでは追いつかれる、そして確実に落される


滑空状態で落ちていくのと墜落するのでは全く被害が違う、こちらには城島がいるのだ、滑空状態になりさえすればなんとか被害は最小限に抑えることもできる


どうにかして相手を押さえこまなければ、だがどうすればいい


そこまで考えたところで静希は止まったままのエンジンに目が行く、片方のエンジンが主翼ごと落ちたことでもう片方のエンジンを止めているのだ


動かないのならそこにあってもしょうがないのに、そこまで考えて静希はふと思いつく


「メフィ!攻撃を続けててくれ!鏡花!鏡花!聞こえるか!?」


静希はすぐに自分が昇って来た入口まで戻って輸送機内にいる鏡花を探す、彼女は絶え間なく続く竜巻からの攻撃から輸送機の形を守ろうと必死に能力を使い続けていた


「何よ!?今こっちは忙しいの!」


「それはわかってる!この飛行機の燃料を後方に移して切り離してくれ!なんかボックスみたいなものに入れてくれればいい!」


静希の言葉に鏡花だけではなくフランツもはぁ!?と驚いた表情を浮かべていた


飛行機というのは基本主翼部分に燃料を積んでいる、すでに片方の主翼が落ちているために燃料は半分以下になってしまっているのだ


だがそれでもかなりの量の燃料が積んであることに変わりはない


「あんたまさか!」


「どうせもう燃料は使い道がないんだ!ここで決めるぞ!後方に出してくれればあとは俺が何とかする!」


いう事だけ言ってメフィのいる後方へと戻っていく静希に鏡花はあぁもう!と叫びながら作業を開始する


竜巻からの攻撃を受け、修復作業と並行して燃料を隔離、静希達のいる後方へと運ぶ作業を始めていく


もう慣れた、厄介や面倒を押し付けられるのはもう慣れた


だからこそ鏡花は文句も言わずに静希の指示に従った、現状既にエンジンは止まっている、燃料の使い道がない以上確かにそれを別の手段で使うことは間違ってはいないだろう


だが忙しすぎる、自分でも今何の作業を行っているのかわからなくなるほどあちこちで異常が発生しているのだ、少しでも気を抜いたら機体がバラバラになる


鏡花は今までにないほどの集中力を発揮し静希の要望に応えていった


残った主翼部分とタンクに入っていた燃料を一つに集めて隔離、ボックス状にしてから静希達のいる後方へと運んでいく


もちろん機体の維持も並行して行っている、鏡花がいなければこの飛行機はすぐに落ちていただろう、それだけの仕事量を彼女はこなしているのである


「来たな、さすが鏡花だ、いい仕事してる!」


鏡花によって後方に持ってこられた燃料タンクはコンテナのような形をしていた、相当量の燃料が入っていることだろう、その大きさはかなりのものだ


しかも恐らく鏡花自身静希がやろうとしていることを理解していたのだろう、輸送物の中にあった爆発物がいくつかコンテナの外層に取り付けられていた


「メフィ準備はいいか!?」


「いつでもいいわよ!あいつの所に投げればいいわけね!」


相手の能力がどのようなものかはいまだ不明だが、今このように竜巻という攻撃手段をとっているという事は風を操る可能性が高い


となれば火を起こすと言ったことではこの攻撃は防げない、風で追いやろうとメフィの念動力で無理やりに相手の所へ届ければいいだけだ


「頼むぞメフィ!」


「はいはい、そっちは任せたわよ!?」


メフィがタンクの入ったコンテナを光弾と一緒に射出し敵の方向へと飛ばしていく


それを確認した静希はトランプを操作可能範囲限界ぎりぎりまで飛ばし、相手の所にコンテナが近づくタイミングを見計らってトランプの中の弾丸を一気に射出する


一見すれば邪魔になったコンテナを投げて攻撃したようにしか見えなかっただろう


だがそのコンテナが竜巻の中にいる者たちに限りなく近づくと同時に静希の放った弾丸がコンテナに命中していく


次の瞬間、コンテナの外層に取り付けられていた物体が爆発し、燃料に引火して大爆発を起こした


普段静希が使う水素爆発などとは規模が違う、かなり距離が離れていたにもかかわらずその音と衝撃は静希達の下にも届くほどだった


さすがにあれだけの爆発なら倒せたのではないだろうか、悪魔に対して致命傷にならなかったとしても、契約者が近くにいれば間違いなく負傷しているだろう


メフィが攻撃を止めない中、静希も警戒を緩めない、万が一などありはしない、運や偶然などない、悪魔ならばあの程度は防いで当然、それくらいの気構えでいた


だからこそ、警戒していたからこそ、静希は次の瞬間に即座に反応できた


爆発の中心地からまるでこちらを貫く槍のように、竜巻が襲い掛かってきたのだ


狙いは静希ではなく、静希の乗る機体、鏡花が健気にも守り続けているこの機体だった


「メフィは竜巻に攻撃!邪薙は機体を守れ!」


静希が叫ぶと同時に二人の人外は動いていた


邪薙は竜巻の進行方向、鏡花たちのいる機体の中心部分に障壁を展開し、メフィは竜巻めがけて巨大な一撃を放っていた


静希の読みは正しかった、悪魔は平然とその場にいた、そして反撃の一撃を放ってきたのだ


対応も間違ってはいなかった、メフィの攻撃で竜巻を少しでも減衰し邪薙の障壁で防御する


だが唯一の失敗は、いや不運は相手の攻撃が現象系の攻撃だったことだろう、これが物理的な攻撃であればメフィ達が行った対処で十分に機体を守ることができた


だが相手の攻撃は風を操るものだった、メフィの攻撃では竜巻を十分に減衰することができずに勢いは止まらず、邪薙の障壁でも鏡花たちがいる部分を守ることはできてもそれ以外の部分を守ることはできなかった


いくら鏡花の能力が早く広範囲に及ぶと言っても、一瞬で機体を破壊されては修復などできるはずもない


足元が崩れる、機体が分解されていく


しくじった


静希はそう理解すると同時に瞬時に行動を迎撃から退避へと切り替えていた


「静希!無事か!?」


炎を纏った状態で飛び出してきたのは陽太だった、いや飛び出してきたというより投げ出されたと言ったほうが正しいだろうか、機体がバラバラになった瞬間にその外に放り出されたのだろう


バラバラになった機体を足場にして何とか本体の所に戻ろうとしている


邪薙が守った機体中心部分は城島の能力によって徐々にではあるが下降しながらも未だ滑空していた


鏡花もすでに機体の維持という仕事を放棄し、明利達が飛ばされないように固定して近くにある機体の残骸を回収し少しでも滑空できるような形にしようと奮闘していた


静希は邪薙の入ったトランプを鏡花たちの下へと飛翔させると、フィアを取り出して機体の残骸の上を伝って鏡花たちの下へと移動していく


その間にも静希達めがけて竜巻が襲い掛かってくる、このまま落すだけでは物足りないという事だろうか、さすがの城島や鏡花たちでもこの状態では受け切れるかわかったものではない


最悪どこかわからないような場所にとばされかねない、静希はそう判断し自分の近くにいるメフィの腕を掴む


「メフィ、あいつを押さえこむぞ、あいつらから気を逸らせる」


「・・・しょうがないわね、あのままだと流石に危ないし・・・」


「フィア、お前はあいつらの所に行け、みんなを守るんだ、いいな?」


フィアは静希の方を向いた後で小さくうなずいて見せる、いい子だと軽くなでた後で静希はメフィにつかまって宙に浮く


フィアは静希から離れた後陽太を回収して鏡花たちの下へと向かうべく残骸を足場にして颯爽と走って行った、これであっちは大丈夫だろう、あとはこちらが何とかするだけである



風を操るというのは有名なように見えて案外使い手が少ない、少なくとも静希が知っている中でも一人か二人いる程度だ


しかもその効果も半径数十メートルに届くか否かというレベルで、ここまで大規模に風を操る能力というのは見たことがない


しかも竜巻を起こしてなおかつあれだけの破壊力を持っているとなると、それがもし今の状態の鏡花たちに向けられたらひとたまりもないだろう


なにせ彼女たちはもはや飛行機に乗っているという状態ですらないのだ


輸送機の破片を使って何とか滑空できるような状態になっているだけであって、あんな状態で攻撃を受けたらひとたまりもないだろう


だからこそ静希は邪薙とフィアを鏡花たちに持たせたのだ


風という攻撃を防ぐには正直邪薙の障壁だけでは心もとない、だがあの場にいる人間に風を防ぐことができるだけの人員がいないのだ


本来の鏡花の能力であれば風の攻撃程度なら地面を盾にしたりすることで防ぐこともできただろう、だが今鏡花がいるのは空中、周囲に変換できるものが少ない今の状況では彼女の本来の力を発揮できないのだ


空中で移動できる能力を持っているのは城島、そしてメフィの力の恩恵を受けられる静希だけである


ならば静希が前に出てせめてきちんと着地できるまで時間を稼がなくてはならない


一体今自分たちがどれだけの高さにいるのかなどは知らないが、正しく落下できなければ大怪我どころでは済まないだろう


なにせ眼下にある景色はかなり遠い、少なくとも千メートルではきかないレベルの高度にいるのだ、なんとしても無事に着地しなければ命の保証はない


竜巻めがけて自ら突っ込むような形で直進する静希とメフィの姿を確認したのか、再び竜巻がうねりをあげて襲い掛かってくる


今静希が回避すればまず間違いなく竜巻は鏡花たちを乗せた輸送機の破片に激突するだろう、そうなったら彼女たちの安全は保障できない


どうするべきか


竜巻とは本来ただの自然現象だ、地上から雲へと高速で渦を巻いて上昇する気流の事である、つまりはただの上昇気流だ


この能力に関しては上昇するか否かは関係ない、その竜巻の気流の方向を指定して操っている


周囲の気候は非常に安定していることを考えると、恐らく気流を操作しているのではなく風を発生させている発現系統のそれに近いだろう


となればどうすればいいか


この気流そのものを打ち破れるだけの巨大な空気の塊をぶつけるか、あるいはそれと同等の空気の流れを作ればいい


「メフィ、消滅と風香の能力並行して使えるか!?」


「難しいけど、威力は加減しなくていいんでしょ?」


「全力でやっていい、消滅は竜巻の進行方向やや斜め前、風香の能力は全力で正面に!連鎖するような形で!」


「了解よ!念動力切るからしっかり掴まっててよね!」


メフィは両手で構えをとると同時に静希はメフィにおぶさるような形でしっかりと掴まる


振り落とされないように静希がしっかりと掴まったのを確認するとメフィはほぼ同時に能力を発動した


静希の指示通り竜巻の進行方向やや斜め前の空気を大量に消滅させる、するとその場にあったはずの空気が無くなったことで周囲の空気が流れ込み気流を生んだ


膨大な空気が消滅したことによって作り出された気流はほんの少し竜巻の軌道を歪める、そして歪んだ軌道を狙い撃つように、メフィが全力で放った風香の圧縮した空気を作り出す能力がその効果を発揮する


圧縮された空気が歪んだ軌道の正面に叩き付けられ、圧縮が解放されると同時に衝撃にも似た爆風を生み出す、先程僅かに歪んでいた竜巻の軌道はさらに歪んだ


そしてメフィはそれを何度も何度も繰り返す、竜巻の軌道を少しずつ逸らすかのように


何も正面から打ち破る必要はない、自分と鏡花たちに当たりさえしなければいいのだ


相手の攻撃にそれほど命中精度がないのは最初から分かっていた、もし遠距離からの攻撃でも正確に命中させられるのであれば、最初の一撃で輸送機を破壊できていたはずなのだ


だがそれができないという事は、ある程度しか狙いを定められないという事でもある


風を操る能力というのは単純に見えて案外面倒なものなのだ、なにせ風というのはこの世界の空気によってつくられる、つまりこの世界の空気の動きの影響をもろに受けるのである


中には風の動きを遠隔でも操作できる能力もあるが、命中精度が低い時点でその可能性は消えていた


つまりこの竜巻は放ったらその後に操作することはできないのだ、ならば竜巻にかかる外的要因を強めてやれば軌道を変えることくらいはできる


メフィの能力の中で現象系に干渉できる能力は確認できているだけで二つ、その二つだけで十分すぎる程だった


竜巻は本来の軌道から大きく逸れ、あらぬ方向へと飛んでいく、静希の後ろにいる鏡花たちも無事だ、相手の能力も大まかに察することもできた


要するに今回の相手は範囲は大きいが操作性に欠ける射撃系の攻撃ととらえればいいのだ、しかもその威力は低く、相手を死に至らしめる事よりも行動不能にするというのが主な目的と言えるだろう


つまりは後方支援の断絶、輸送機のルートを特定してから待ち伏せたのはそう言う理由なのだ、倒すつもりなどない、妨害できればそれでいい


だがこの状況においてそれは実に厄介だった、戦いにおいて重要なのは相手の嫌がることをすること、そう言う意味ではこの行動は非常に理に適っている


後方支援の重要性を理解しているものの行動であることがわかる、どうやら今回のことをかなり本気で行っているという事だろう


「メフィ!突っ込め!あいつはここで倒す!」


「了解!掴まっててね!」


静希の叫びと共にメフィはすでに視認できている敵めがけて一気に接近していく


相手も近づけさせまいと竜巻をいくつも作り出すが先程と同じ手法で軌道を逸らせていく、テクニックとタイミングが重要なだけにメフィにできるか不安だったが、どうやらコツを掴んだようで容易く竜巻の軌道を逸らせることができているようだった


鏡花たちも順調に離脱していっている、滑空しながら徐々にだが遠くへ、そしてゆっくり下降していっている、静希が囮になるだけの価値はあったということになる


あと目標へはどれくらいの距離だろうか、自分たちがいるのが空中であるために距離がとりにくい、今までやってきた地上での距離の取り方とは次元が違う、なんというか非常に不安定な感覚だった


メフィが竜巻の間を縫って光弾を発射すると相手が高速で動いていく、回避行動をとることができるという事は相手も飛行できているという事だろう


厄介だが少なくとも相手をしっかりと視認することができた


竜巻の中にいたそれを目にした瞬間静希は眉をひそめる


それはまるで魚のようだった


いやようだったというのは正確ではないだろう、尾の部分が魚で、上半身は何か別の生き物なのだ


人魚というとその形を想像しやすいだろうか、だがその外見は人魚のそれとはかけ離れている


下半身が魚類であるのは間違いない、だが上半身は人間のそれではないのだ

筋肉質な肉体にところどころ生えた体毛、顔はネコ科のそれに近い、さらに額には角のようなものが生えている


奇妙な人外だ、少なくとも精霊や神格の類ではないというのがわかるほどまがまがしい外見をしている


自分が初めて遭遇した悪魔がメフィでよかったなぁとつくづく思ってしまう静希だが、そんな感想を持ったのもほんの一瞬だった


相手は標的を完全に静希達に切り替えたのか、移動しながら静希達めがけて竜巻を発生させて来る


その射線からは鏡花たちは完全に外れた、あとは回避するなり軌道を逸らせるなり自由に行動できる


「シズキ、どうする?」


「悪魔が単体で動いてるなら面倒だけど、たぶん契約者がいるはずだ、いなかったら厄介だけどとりあえず鏡花たちが安全に着地できるまでは拮抗状態を維持する」


「了解よ、空中戦っていうのも久しぶりね」


メフィは静希を乗せた状態で光弾を射出し続ける、相手もそれを回避しながら竜巻を放ち続ける


機動力は恐らく相手の方がやや上、攻撃の威力そのものはこちらの方が上


相手もこちらも回避と攻撃を繰り返すためになかなか勝負はつかない、ある意味静希が望んだ拮抗状態を正しく作ることができていると言えるだろう


ある程度の距離をとった状態で、静希は相手の人外を観察し続けていた


下半身が魚なのに空中を自由に動けるというのはどういうことなのだろうかとか考えていたが、それよりも確認したいことをしっかりと確認できた


契約者らしき人間を確認できたのだ


相手の体の後ろ、筋肉質な背中の後ろにはタコの足のようなものが存在していた


えげつない外見だなと思ったのも一瞬、その足が何かに巻き付いているのだ、それが人間であると気づくのに時間はかからなかった


この状況で無意味な人間を引き連れる意味はない、つまりあれは今回の戦いに関係のある存在なのだ


つまりは契約者


何とかしてあの契約者を倒すか、あの人外をトランプの中に入れてしまえばいい


先日関わったフンババと同じであるなら心臓に細工をされている可能性が高い、その細工を解除できさえすればなんとか今の状況だけは打破できる


だが問題はあの人外との距離を限りなくゼロにしなくてはいけないという事だ


静希のトランプは初めて入れるものに関しては直にトランプに触れている状態で能力を発動しなければいけない、そうなると必然的に彼我の距離をゼロに近付ける必要がある


あの契約者を倒すほうがまだ容易な気がしてならない


心臓の細工を受けているのは間違いないだろうが、その細工を誰が行っているかというのは重要だ


フンババのように心臓の細工への操作権限がない人間の可能性だってある、そうなってくるとあの契約者を倒しても意味がない


そうなると強引にでも距離をつめなければならないだろう

となるとどうすればいいだろうか


竜巻の威力がどの程度なのかは知らないが、輸送機をバラバラにできるだけの威力はあるということになる


人間がその中に巻き込まれたら一体どうなってしまうのか考えたくもないが、やらなくてはいけないことは確かだ


幸いにも今のところ相手の能力は回避できている、だが接近してからそれができるかとなると微妙なところだ


なにせ竜巻というだけあって範囲も大きい、ギリギリでよければ巻き込まれるだけの強烈な風が巻き起こっているのだ、当然と言えるだろう


余裕を持って避けることができるかどうか、そこが問題だった


だが静希はふと思う、あれだけ強烈な風を起こしておきながら契約者本人は無事なのだろうかと


あれだけ強い風を起こしていればその起点ともいうべき悪魔の近くは相当危険なのではないかと思えるのだが、何度か目にした状態では契約者らしき人間は特に負傷はしていないようにみえる


そもそも自分の能力でその近くにいるものが危険にさらされるようなことがあるだろうか


そこまで考えてから静希はある行動をとることを決めた


まずはその前に鏡花たちの位置を確認しておく必要がある、静希は移動し続ける中鏡花たちの乗った輸送機の破片の位置を確認しようとした


視界を前後上下左右に動かすと、静希はそれを目撃することができた


かなり遠くに、落下にしては不自然な速度で緩やかに落ちていっているような物体がある、遠すぎて移動しているのかそれとも落ちているのかまでは判別できないが、すでにキロ単位で自分たちから離れているのは間違いなさそうだった


これならばある程度乱暴な行動に出ても問題はないだろうか


そこまで考えて静希は首を横に振る


まだだ、現在の鏡花たちの高度は軽く見積もっても千メートルはある、滑空して徐々に落下して距離を稼いでいるとはいえそれでもまだこの悪魔の行動範囲内にいるのだ


輸送機が飛んでいたにもかかわらずその速度についてきたという事は少なくとも飛行機と同程度の速度を持っていると思っていいだろう、この程度の距離はあってないようなものなのだ


せめて彼女たちがちゃんと着地したのを確認してから行動を起こすべきだろう


「シズキ、いつまでこうして現状維持してればいいの?」


「さっきも言ったけど鏡花たちが着地するまでだ、地面に到着すれば鏡花の能力でちゃんと防御できる、もしできるなら能力で相手を撃ちおとしてもいいぞ?それができたらボーナスだ」


「ふふん、じゃあちょっと頑張っちゃおうかしら」


静希からのボーナスという言葉にメフィはやる気を出したのか、相手に向けて発射する光弾の数を一段と増やして見せた


相手が高速で動くことができ、なおかつ反撃もできるだけの余裕がまだあるというのならその余裕がなくなるほどに弾幕の密度をあげればいい


それこそ回避に集中しなければ避けきれないほどの


相手もこちらが攻撃体制に移行したというのを察知したのか、先程とは比べ物にならないほどの速度で回避行動を開始している


本気を出してきたという事だろう、相手からすれば速度の加減をしていたからこそ反撃の余裕があったのだ、それが今メフィの射撃によって反撃の余裕がなくなりつつある


先程まで何発も放たれていた竜巻は徐々に少なくなってきている、メフィの攻撃のおかげで回避に集中して反撃できるだけの余裕がなくなってきているのだ


メフィが本来得意としているのは中距離からの射撃戦、そう言う意味では今のこの状況はメフィ本来の実力が発揮できる状況と言ってもいいだろう


時間稼ぎなどと静希はいったが、十分に倒せるだけの条件はそろっているようにも思える


悪魔を倒せるかどうかはさておいて、十分に足止めはできているのだ


後はどうやって相手を無力化すればいいのかという点である


静希達が助かったとしても、また輸送経路を狙われたらそれこそ面倒なことになる、あの敵は今のうちに無力化しておかなければ後々面倒なことになる


後方支援などの補給経路を断絶されるというのは地味に厄介だ、特に現場となっているキーロフと最も近い首都モスクワとの輸送経路にあの悪魔が陣取っているというのはあまりいい状態とは言えない


なんとしてもあの悪魔を無力化し、補給経路を確保しなければ


だがどうやって


悪魔の戦いは何度も経験してきたが、悪魔そのものを無力化できた例はないのだ


今までは静希の能力や状況を駆使して運よく切り抜けて来ただけ、静希としてはトランプの中に入れるという行為が失敗した場合どうしようもなくなってしまうのだ


その場にいる契約者を倒す、悪魔などの人外をトランプの中に入れる


この二つが現状静希のとれる手段である


後はメフィが悪魔を倒すことを期待するが、恐らくそれも難しいだろう、ただの能力戦で相手が倒れてくれるとも思えないのだ


かつて実際にメフィと戦闘を行ったからこそ分かることだが、陽太の全力の一撃を受けてもメフィは平然としていた、能力などでは悪魔に勝つことはできない


ここで無力化するためには何か別の手段が必要だ、悪魔自体を無力化するような、それをしなければ間違いなく勝つことはできない


静希が接近してトランプの中に入れる、それと同時に相手の契約者らしき人物を倒す


それが通じなかった場合どうするか


今こうして時間があるうちに考えておく必要がある、鏡花たちが地面に着地するまでは拮抗状態を続けておける、状況が変わる前に少しでも頭を回す必要があるのだ


どうすればいいか、それを考えている中静希は自分が掴まっているメフィの体を見て少し眉をひそめる


人外というのは体がある、今はメフィが触れることができるようにしているだけだが、存在だけの存在とはいえ確かにその場所に体はあるのだ


そして今あの悪魔も契約者を連れるために同じような状況になっていると考えていいだろう、だからこそ能力をわざわざ避けているのだ


今ここにあるメフィ、そしてあそこにいる悪魔


全力同士でどうなるかはわからない、相手の格によってはこちらが負けることもある


ならばどうするか、静希の中で歯車が少しずつ回り始めていた


「シズキ!キョーカたちは!?」


メフィが全力で攻撃を始めてどれほど時間が経っただろうか、静希が目を向けると鏡花たちはすでに地面すれすれのところに来ていた


もうかなりの距離離れており、着地するのは時間の問題というところまで来ていた


これなら行動しても問題ないだろう、あとはうまくいくかどうかである


「もうよさそうだ、そろそろ始めるぞ」


「今回はどうするの?この距離じゃ仕留めるのは難しそうだし・・・」


相手の速度を再認識したのか、メフィはやや弱気だった


自身がもっている能力では現状あれを仕留めるのは無理だと判断したのだろう、そしてその判断は正しい


あれだけの速度で動き回られてはさすがに中距離からの攻撃は当たる気がしないのだ、無論相手の反撃の余裕を削いでいるという意味ではこの状況も間違っているとは言い難い


問題は今静希達があの悪魔を無力化したいという点なのだ、それができない限りはこの場を離れることはできそうにない


「策は今のところ二つある、まずは一つ目を実行して、それがだめなら二つ目だな」


「また無茶するの?まぁあの能力なら大怪我はしないだろうけど・・・」


メフィのような直接的な攻撃力がある能力ではなく、あれはあくまで強烈な風を巻き起こす能力だ、最悪骨折や裂傷を負うかもしれないがその程度であれば問題はない


左腕のおかげで傷は自動的に治る、問題はその後なのだ


自分にできることをする、ただそれだけだ


「とりあえず俺たちだけじゃ厳しそうだから、他にも手伝ってもらおうか」

静希はオルビアとウンディーネを取り出して準備を開始する


これが上手くいけばそれこそ問題は解決すると言っていい、だが無力化できるかどうかは運だ


その運がどのように作用するかは静希も全く分からない


「メフィはとりあえずもう少し距離をつめてくれ、しっかり相手が視認できるように」


「あれ結構早く動いてるんだけど・・・まぁそう言ったってやらせるんでしょ?」


「あぁ、お前ならできるだろ?」


「・・・もう、期待されたら頑張りたくなるじゃない」


メフィは薄く笑いながら集中し始める、相手の速度についていけないことはわかっている、それだけあの悪魔は速いのだ


だが自らの契約者がそれを求めているのだ、悪魔としてはその期待に応えてやりたくなってしまうのである


我ながら面倒な人間と契約したものだとメフィはいまさらながら思ってしまうが、それでも彼女は笑っていた


「マスター、私達は何をすれば?」


「オルビアはこれを持ってろ、使い方はわかるな?要所要所で援護してくれ」


静希はオルビアに拳銃を渡すと自分の腕の中にある大砲に弾を込め始める


そしてウンディーネを体内に憑依させると静かに集中し始め、全員に今回行う事を説明し始めた


「・・・確かにやりやすくはなるでしょうが・・・マスターもその分危険に・・・」


「やるしかないだろ、相手の速度から考えても難しいのは間違いないんだ、メフィ、できるな?」


「任せておきなさいよ、上手くエスコートしてあげるから」


悪魔にエスコートされることになるとはなと静希は笑っているがそれでも危険なことには変わりないのだ


今までと何も変わりない、危険だろうとなんだろうと、そうするしか静希にはないのだ


「メフィ、頼むぞ・・・お前に任せた」


「えぇ、それじゃあ行くわよ!」


メフィは速度を上げ一気に悪魔へと接近していく


光弾による攻撃も続けており、目標は避けながらもメフィとの距離を一定以上にしようと加速し続けている


だがそれを許し続けるメフィではない、進行方向に光弾を射出し、上手く逃げられないように追い込んでいく


相手がいくら速くとも、避けながら、契約者に気を使いながらの飛行では全速力よりは速度が落ちる


しかもただ水平飛行していればよいというものではなく、メフィはありとあらゆる方向から攻撃を仕掛けている


急速な方向転換と回避行動は総じて速度を落とす結果になる、さらにメフィは攻撃を仕掛け相手との距離を詰めていく


メフィが加速する分静希にも負担がかかるが、加速程度であれば問題ない、あとで吐くなり好きにすればいい


幸いここは空中だ、汚すようなものはありはしない


静希はタイミングを計りながら相手との距離を確認し続けていた


現在の距離は約五十メートル程だろうか、相変わらず空中では距離が測りにくいがそれでもかまわない


先程よりは断然距離が縮まっているのだから


「シズキ、タイミングは任せるわ、いつでもいいわよ」


「あぁ、あともう少し近づいてくれ!そうしたらいく!」


「はいはい!人使いが荒いんだから!」


お前人じゃないだろと突っ込みかけたが、今はよしておこう、静希は集中しながらその瞬間を待っていた


「よし、行くぞ!」


相手との距離がかなり近づいたのを確認して、静希はメフィの肩に手をかけて左腕を駆動させ強引に前に飛び出す


丁度悪魔に近づくような形で飛び出した静希に対して、悪魔も問題なく反応していた


こちらを確認し、その後ろにいるメフィを確認し、静希がメフィの契約者であると把握したのか飛んでくる静希を避けるように移動して見せる


だがその程度の動きは静希も予測済みだった


自分を避けるような形で回避しようとした瞬間、静希は大量のトランプを悪魔の周囲に展開する


唐突に現れ周囲を囲んだ大量のトランプに悪魔は一瞬これが攻撃ではないかと思い、ほんの一瞬減速した


その判断は間違いではない、静希のトランプはすでに攻撃態勢に入っている、いつでも狙い撃てるように調整されたトランプは悪魔と、その背にいる契約者へとその絵柄を向けている


そう、攻撃であると判断したことは正しい、だが速度を緩めたのは間違いだった


静希はそのまま落下するはずだった、飛行能力など持ち合わせていないただの人間なら当然のことだ


ただの人間が重力にあらがえるはずもない、それは万人が共通して知っている理である


だが静希はまるで泳ぐかのように体をひねると急上昇して見せた


一体なぜ、悪魔がそんなことを考える間もなくその周囲が霧で満ちていく


一体何が起こっているのかもわからずにとにかく動こうと加速を始めようとするが移動しようとした瞬間に周囲が明るく照らされていく


いや、正確には照らされていくのではない、その体の周りに大量に光弾が展開されているのだ


霧のせいで周囲の状況がよく見えない、悪魔は周囲を警戒しながら能力を発動した


自らの周囲に風が吹き荒れる、先程までの竜巻ではなく自らを中心にして吹き荒れる荒々しい風


霧が吹き飛ばされると同時に、再び周囲に霧が顕現する、いくら風で吹き飛ばされようと発生し続ける霧、そして逃がすまいと徐々に近づいてくる光弾

あの契約者はどこに


悪魔が静希の姿を探そうとするが周囲に存在する膨大な量の光弾と霧が視界を封じている


視界の隅に人の姿が確認できると、とにかくあの契約者を止めなければと悪魔は全力で能力を発動した


攻撃が向けられるとわかった瞬間、その人影は何かをこちらに向ける


次の瞬間炸裂音と共に銃弾が飛んできた、銃弾程度で悪魔を止められるはずがない、そんなことはわかっているはずなのにこんな行動をとったという事は、この行動自体に意味がある


そこまで察した悪魔は光弾の外側に強引に出ていこうとする


ここは危険だ、何かまずいことが起きる


霧を抜け、光弾を体で防御し、それでもなお悪魔は先へと進む


一直線に自由を求めて


霧も光の弾丸も突破して、再び高速で移動しようとした瞬間、頭上から満面の邪笑を浮かべた男がとびかかってくる


その左腕で掴まれた瞬間、悪魔は理解した


この男は危険だと


その右手に持っているトランプが何かを表しているのがその悪魔にもわかった


何かをしている、いや何かをしようとしている


静希の右手がもつトランプがその悪魔に触れようとした瞬間、静希の顔を何かが掴んだ


一体何が


それを判断するには十分な光景が目の前に広がっていた


真っ赤に充血した目を見開き、口からは涎を垂らしながら人の声とも思えないような音をまき散らす


それは悪魔の背中に居続けた、契約者らしき男だった


明らかに異常な状態だ、人間としての理性があるかもわからない状態


静希は昔その状態を見たことがあった


そう、始まりのあの場所で、小さな女の子がこの状態に近かった


暴走状態


人間としての理性もなく、ただ獣のようになる状態、まさに暴走としか言いようがないこの状態に、静希は歯噛みしていた


失念していた訳ではない、だがあれだけの速度で動きながらまったく何の問題もなく動けるだけの胆力があるとは思わなかったのだ


ほんの少し高速で動いただけの静希でさえ今まさに食べたものをすべて吐き出しそうになっているというのに、この男はうなりをあげながら静希の頭を掴んで悪魔から引きはがそうとしている


あともう少しだというのに、そのあともう少しが届かない


この男はそれほどの筋力を有している、これが能力によるものなのかそれともただ単にこの男が本来持っているそれなのかは判断できなかった


何とか静希を引き剥がそうと悪魔も高速で移動し始める、だが悪魔を掴んだ左腕は決して悪魔を離そうとしなかった


それもそのはずである、静希の左手は静希の意のままに動く、静希の意識がある限り決してその意に背くことはないのだ


だが次の瞬間、静希の視界は暗転し、唐突に意識が失われる



本気投稿中+二十件分誤字報告受けたので4.5回分、だったんですけど物語の区切り的にさらにプラスして五回分投稿


気分で一つ追加するくらい・・・いいよね・・・?


これからもお楽しみいただければ幸いです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ