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J/53  作者: 池金啓太
三十二話「世界の変転 前編」

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説得と移動

「なら静希の同居人たちの中で遠距離攻撃できる人っていないの?まぁ約一名なんだけどさ」


遠距離攻撃できそうな人外というと、今のところメフィしかいないだろう、彼女の能力は主に射撃系にまとまっている、上手く使えば狙撃のように使えるかもしれないが微妙なところである


なにせメフィは精密動作がことごとく苦手だ、狙撃というのは簡単に見えてミリ単位での精度が求められる


彼女の能力なら多少外れても至近弾という形でダメージを与えられるかもしれないが、相手も悪魔なのだ、直撃以外で確実なダメージを与えることができるかと聞かれると首をかしげてしまう


『という事だけど、どうなんだメフィ?』


『んー・・・あんまり遠くだと当てる自信ないわね・・・目に見える範囲であれば当ててあげるけど』


目に見える範囲


彼女の視界がどの程度までなのかは知らないが、遠くても数百メートルあるかないか程度だろう、キロ単位での狙撃は望まない方がいいかもしれない


『でも思いっきりぶっとばしていいなら当たるかもしれないわよ?まぁそれだけ派手になるからたぶん防がれると思うけど』


『あー・・・まぁそうだよな、相手に悪魔がいりゃそりゃ防ぐよな』


こちら側から悪魔の攻撃ができたとしても相手にも悪魔がいるのだ、当然防がれることを念頭に入れておいた方がいいだろう


となると静希達ができるのは一点突破からの強襲戦だ、部隊を分割しているだけの余裕はない、静希達とエド達、悪魔を連れている人材は一塊になって一気に突破するのが一番確実だろうか


「あいつ曰く遠くからの攻撃は難しいってさ、まず間違いなく防がれるんだそうだ」


「ん・・・まぁそんなことだと思ってたけどね・・・だとすると厄介ね・・・他の部隊を囮にしてあんたたちだけ送り込む?」


「まぁそれもありだけどな・・・それもできるとは思えないんだよなぁ・・・」


相手に悪魔がいる以上、そして他の部隊も大勢参加していることが予想される以上静希達を本命として他の部隊を囮に使うことも視野に入れておきたい


だがそんなことを他の部隊が許すはずがない、チェスや将棋ではないのだ、自分たちが捨て駒にされるとわかっていてその命令に従えるほど人間は勇敢ではない


部隊の中に長距離転移が行える人間がいればいいのだが、そんな人材が軍に残っているとも考えにくい


長距離の転移ができる人間は稀なのだ、そう言う人間はたいてい航空会社などに勤めているのが普通である


軍に勤めている転移系統となるとキロ単位での移動は難しいだろう

となればやはり一点突破が一番楽だろうか


「先生、こういう時ってどういう風に攻めるのが正解なんすか?」


「こういうものに正解というものはない、基本はケースバイケースだ・・・まぁ一番守りにくいのは多方向からの同時攻略だな、陸海空、三百六十度全方位からの一斉攻略・・・まぁ相手に悪魔がいないのであればこれが一番楽だっただろう」


相手に悪魔がいないのであれば


城島も悪魔の存在において戦力を分散することの危険さを理解しているようだ


確かに守備側にとって多方向からの攻撃が一番厄介である、それだけ自分の戦力も分散しなければいけないのだから


だが相手にもし自分たちと性能の違いすぎる戦力がいた場合、この方法は使えなくなる


例えるならこちらは小火器を持った歩兵しかいないのに、相手には主力戦車がいくつもいるようなものだ、そんな相手に対して包囲戦を行ったらすぐに自軍に被害が及ぶ


幸いなのはこちらにも主力戦車級の存在がいるという事だろう


さらに言えば相手の実力もこちらの実力も、主力戦車などとは比べ物にならない


それこそ周囲を取り囲むように部隊を配置したところで一気に焼き尽くされかねないのだ


子供と大人レベルなどという悠長な差ではない、人間と羽虫レベルで戦力の差があるのである


守りやすさ、そして攻めやすさという意味でも一点からの突破の方が楽だ、その方が現地で展開している部隊との摩擦も少ない


なにせ悪魔に対して特攻できるような人材がいるとは限らないのだ、自分たちを犠牲にして静希達を先に進ませてくれるような勇猛果敢な人物がいるとは思えない


恐らくは悪魔を前にしたら自分たちを守ってくれというような人間がほとんどだろう


余計な手間を掛けさせられるくらいなら、静希達が最初から突破することだけを目的としていた方がまだましというものである


「五十嵐はどう考えている?相手がどう動くのか、そしてこちらがどう動くのか」


「・・・相手はまず索敵網を敷いているでしょうね、こちらがその範囲内に入ると同時に遠距離からの攻撃を仕掛けてくると思っていいでしょう、そして本隊の確認と同時に戦力の導入・・・あとは総力戦ですか」


静希がイメージしているものと城島が考えているものはほぼ一緒だった


今まで海外で軍と一緒に行動してきて分かったのは、軍という組織はそこまで頼りになる存在ではないという事だ


いや正確に言えば思っていたよりも役には立たないと思ったほうがいいだろうか、通常の能力戦などでは遺憾なくその力を発揮するのだろうが、悪魔戦となるとはっきり言って囮か足止め程度にしかならないのである


それだけ悪魔同士の戦闘が苛烈なものであるという事だが、その程度の仕事をしてくれれば静希は十分だと思っていた



「とにかく明日出発だ、時間ないけどしっかり準備しておいた方がいいだろうな」


「いきなりよねホント・・・お母さんたちになんて説明すればいいのか・・・」


「・・・そう言えばそうだね・・・どうしよう・・・」


明日からいきなりロシアに行ってきますなんて、どんな顔をしていえばいいのか、鏡花は少し困っているのかため息をついてしまっていた


いくら鏡花の両親が鏡花を信頼しているとはいえ、いきなり明日から海外に行くなどという話になったらさすがの両親も疑うだろう


何か娘が面倒なことに巻き込まれているのではないかと


明利の場合も同じだ、静希達が一緒であるとはいえ今日明日でいきなり海外に行くなんてことを教えたらどんな反応をするか


「鏡花の家は両親ともに能力者だろ?ならそのあたりから攻めていけばいいんじゃないか?実習というか依頼が入ったとか・・・お前優秀だし海外から声がかかっても不思議はないだろ」


「そんな嘘で誤魔化せるかな・・・」


「嘘ではないと思うぞ?実際依頼は来ているんだ・・・心配なら私からも話を通しておこう」


鏡花の家は両者ともに能力者だからいいが、問題は明利の家だ


彼女の家は両親ともに無能力者、普段どのような会話をしているかは知らないがこの中で比較的一般家庭に近い環境である


庭に多葉樹があることと娘が能力者であることを除けば本当にただの一般家庭だ、いきなり海外に行くなんて言ったところで許可されるとは思えない


以前は実習という形で向かったためにまだ了承も取りやすかったが、その分両親を心配させていたのは事実だ


いくら静希達の信頼が厚いとはいえどのように説得するのか、少々難易度が高い


「ちなみに明利、前はなんて言ってたんだ?海外いくとき」


「普通に学校の実習で出かけるってだけ・・・海外に行くとは言ってないよ・・・」


そのあたりは何というかさすがというか、言うべきこととそうでないことをしっかり分けている


このキャラの濃い空間で過ごしてきた年月は伊達ではないという事だろうか


「何も悪いことをしているというわけではないんだ、正直に言えばいい・・・まぁ今回の場合海外に行くということは言っておいた方がいいだろうな」


最悪命の危険があるわけだからなと城島がつけたすと、静希達は顔を見合わせてしまう


実際にどうやって説明すればいいのか、海外に行くことになって明利も一緒に行くことになったのはまだいい、だがそれをどのように説明するのか


依頼などと言われても危険であることがわかれば断るように言われるかもしれない


そのあたりはやはり説明しない方がいいのではないかと思えてしまう


今回の場合向こうに行く期間がどれほどになるのかわからないのがなかなかの鬼門だ


「清水の方は私から説明しておくが・・・幹原の方はどうする?必要なら私が話をしておくが・・・」


「・・・どうしよう静希君、お母さんたちなんていうかな・・・」


「んんんん・・・さすがに危ない場所に明利を連れていくっていうのは嫌がられるかな・・・でも明利はいたほうがいいだろうし・・・」


索敵において明利がいるかいないかだけで随分と話が変わってくる


なにせ明利の索敵はマーキングした生き物さえそこにいればいいのだ、それこそ種を飛ばして大まかにでも配置できればかなりの広範囲でも索敵が可能になる


広い範囲で魔素の反応が確認できている中でこのアドバンテージはかなり大きい


半面戦闘ではほとんど役に立てないだろうが、そのあたりは明利も了承済みだ、静希達の敵を探し出すのが明利の仕事でありやるべきことなのである


「とりあえず今日明利の家に行くか・・・一応説得はしてみるけど・・・」


どうだろうなぁと静希は困ったように頭を掻いている、実際にあの二人には昔から世話になっているから頭が上がらない


それこそ明利を家から出さないと言われたらそこまでだ、今まで築いてきた信頼まで崩しかねない


「大丈夫?なんなら私も一緒に行こうか?」


「ん・・・正直来てほしいんだけど・・・たぶん人数集まったっておんなじだと思うぞ?結局いうことは同じだし」


静希の言葉に近くで話を聞いていた陽太もうんうんとうなずいている


静希や陽太の家ははっきり言って両親に話すことすらないようなものだ、説得はそこまで苦労しないというかそもそも説得しない、いやたぶん話すらしない


「ん・・・まぁあれね、嫁さんのことは旦那がしっかりしておきなさいってことだわ、頑張りなさい」


「きょ、鏡花ちゃん、まだ気が早いよ」


「何言ってんのほぼ事実婚状態のくせして」


鏡花の言う通り静希と明利の関係はかなり深くなっている


もっともそれは雪奈も同様なのだが少なくとも彼女の言うように静希が結婚できる歳になれば恐らくすぐに籍を入れるレベルの関係になっているのは間違いない


学生結婚はさすがにやめておいた方がいいと思うのだが、この二人に関しては他人がとやかく言う事でもないだろうと鏡花は最初から口出しするのをやめていた


「とにかく明利の件はあんたが何とかしなさい、うちは先生に何とかしてもらうから」


「お前も結構他人任せなところあるよな・・・まぁいいけどさ・・・」


実際にこうするのは自分の仕事であるとわかっていたからこそ静希はそれ以上何も言えなかったが、まさかこんなことになるとは思っていなかっただけにため息が止まらなかった



とりあえず明日の準備もあるという事でその場で解散した静希達はそれぞれ目的地へと向かっていた


城島は仕事を片付けそのまま鏡花と一緒に彼女の家へ、陽太は普通に帰宅し静希は明利と一緒に幹原家へとやってきていた


明利の家には何回か来たことがあるのだが、こんなに緊張するのは初めてである


「・・・どうやって説得しよう・・・」


「し、静希君、頑張って!」


最初から静希に説得してもらうことを期待している明利も明利だが、この場は静希がしっかりと説明しなければいけないだろう


なにせ今回は完全に静希が明利を巻き込んでいる立場になるのだから


とりあえず明利の方から彼女の両親に大事な話があるという事は電話で伝えてある、あとはどんな話をするかだ


とりあえず明利を先頭にして家の中に入ろうとすると、奥の方から彼女の母、幹原雫が現れる


あらかじめ伝えてあったからか、何やら複雑そうな表情で二人を迎えていた


「おかえり明利、静希君もいらっしゃい、あの人もリビングで待ってるわ」


あの人というのは明利の父親の事である、名前は俊樹、厳格というほどではないがしっかりとした考えを持っている男性である


なんだか緊張してきたなと静希は大きく息を吸いながらリビングへと足を進めることにした


「こんばんは、お邪魔します」


「・・・やぁ静希君、いらっしゃい・・・まぁかけなさい」


実際に会うのは正月以来だろうか、以前にもまして真面目な表情、そして声音に静希は少しだけ気圧されていた


これがどこぞの軍人だったらいくらでも威嚇仕返せるのだが、相手は明利の父親だ、下手なことをして機嫌を損ねるわけにはいかない


「話は家内から聞いているよ・・・正直いつかこんな日が来るとは思っていたけどね」


「え?そうなんですか?」


「あぁ・・・娘も君に会って随分長いからね・・・なんとなくそんな気がしていた」


父である俊樹の言葉に明利はそうだったのかと不思議そうにし、静希は一体いつごろからそんなことを予想していたのだろうかと驚きながらどう説明したものかと悩んでいた


実際この二人にどう説明すればいいのかを迷っていたのだが、この話ぶりから察するに恐らくすでに事情を把握しているのだろう


明利が電話でどんな風に伝えたのかは静希も知らないが、恐らくかなりしっかりと話をしたのだろう


「それで、いつから娘を連れていくつもりなのかな?」


「えと・・・明日からの予定です・・・可能な限り早い方がいいので」


明日か・・・と俊樹はつぶやきながら額に手を当てている


その様子を妻の雫も心配そうに眺めていた、父である俊樹が一体どんな決断を下すのか気になるのだろう、あえて何かを言うことはなく、その言葉を待ち続けていた


「君のことは信頼している・・・明らかな無茶をすることはないだろうが・・・娘も君もまだ未成年だ・・・そのあたりはわかっているね?」


「はい、それはもう・・・明利はしっかり守るつもりです、傷一つ付けないとお約束します」


静希の方を見ながら俊樹は複雑な表情をしていた


迷っているのだ、断るべきか、それとも了承するべきなのか


父親としてなら止めるべきなのだろうか、娘と静希の表情を見てなお迷っているようだった


だがやがて結論を出したのか大きくため息をつく


「わかった・・・好きにしなさい・・・だが明利、たまには顔を見せに帰ってきなさい、いいね?」


「え?あ・・・うん・・・?」


俊樹の言葉に明利と静希は疑問符を飛ばした、何か会話が繋がっていないような気がしたのだ、少なくとも今自分たちは何かすれ違っているような気がする


「それにしても明利と静希君が同棲だなんてね・・・若いわねぇ・・・」


「え?」


「え?」


静希と明利が同時にきょとんとしたことで、明利の両親は首を大きく傾げて疑問符を飛ばしていた


話が大きく食い違っている、それを確信した瞬間だった


「あれ?明利と同棲したいから挨拶に来たんじゃないの?」


「な・・・なななな何言ってるのお母さん!明日から海外に行くってだけだよ!何でそんな話になってるの!?」


「え?同棲の話じゃないのか!?なんだよぉ・・・!びっくりしたじゃないか!」


「だ、だって明利さっき電話で『静希君とずっと一緒にいたいから私行くの』って言ってたじゃない!」


「だ、だからそれは依頼があって海外に一緒に行くって話だって言ったでしょ!何でそんな部分的なところだけ伝えるの!」


幹原家のなんというか間の抜けた会話に静希は大きく脱力してしまっていた

娘と同棲するなんてそんな話をされそうになればこの緊張の度合いも納得である


というかなんでそんなことになっているんだと静希はため息をついてしまう


今度から話はちゃんと静希の方からしないとダメだなと思いながら、とりあえず静希は今回の話を切り出すことにした













明利の両親の説得は思いのほかうまくいった


自分達は能力者としてよく依頼を受けていて、今回はその場所が海外であること、そしてそれに明利を同行させたいという事、それが明日からであるという事


それぞれを告げた後の明利の両親の反応としては以下のとおりである


『なんだそう言う事だったのか・・・静希君だけじゃなくて陽太君や鏡花ちゃんも、それに先生も一緒なら安心だな』


『静希君、いつでも明利を持っていっていいからね、頑張りなさい』


どちらがどちらとは言わないが、片方に至ってはもう依頼の話を全く聞いていないというか、そもそも気にしていない節がある


昔明利を普通の学校に入れるかどうかでもめていた夫婦とは思えない、随分おおらかになったものだと思いながら静希はそのまま明利の家で夕食をごちそうになり、家に帰ってからすぐに準備をして次の日に備えて眠ることにした


「あははははははは!何その間違い!あはははははははははは!」


「そ、そんなに笑わなくたっていいじゃない!鏡花ちゃんのいじわる!」


翌日、いつもの実習と同じくらいの時刻に学校前に集まった静希達が昨日の顛末を鏡花に話すと彼女は腹を抱えて大爆笑していた


明利の家のことを少なからず知っている鏡花からすれば抱腹絶倒するレベルの珍事だったのである


「そ、それで娘さんを僕に下さいもどきの会話をしてきたってわけだ・・・あーおかしい!もういいじゃない、帰ったらそのまま同棲しちゃえば?」


「だ、だからまだ早いよ!いやじゃないけど・・・そういうのはまだ」


「そうだぞ鏡花、卒業するまでは実家にいたほうがいいって決めてるんだよ」


一体どんな決め事なのかと鏡花は笑いながら何とか呼吸を整えようと必死になっている


まさかそんな勘違いな会話が繰り広げられているとは思わなかったのだ、明利の両親も案外天然なところがあるのかもしれない


「と、ところで鏡花ちゃんの方はどうだったの?ご両親に話はしたんでしょ?」


「え?ま、まぁしたけど・・・」


強引に話を逸らそうとしている明利を見て再び笑い出しながらも、鏡花はとりあえずその話に乗ってやることにした


このまま笑い続けるのはさすがに不憫だと思ったのだろう、こういうあたりは鏡花らしい


「うちは比較的話が早くて済んだわね、先生も一緒にいたし、何よりうちの親も学生時代に時々依頼とかを受けてたことがあるらしくて」


「あー・・・確かにお前の家の両親って優秀そうだもんな・・・」


思えば鏡花の両親なのだ、優秀なのは当たり前かもしれない


しかも能力者だ、学生時代から引っ張りだこだった可能性がある、今の静希達よりはまともな高校時代を送っていたと思うが


「両親からなんか言われなかったのか?気を付けろとか危ないことはするなよとか」


「ん・・・とりあえず自分にできることをしなさいって言われたわ」


鏡花の両親らしい的確なアドバイスである、そのあたりは血だろうか、言い方も信頼の仕方も鏡花の両親らしい


能力者だけあってそのあたりはしっかりしている、自分にできないことをしろとは言わずできることをしろというあたりやはり能力者だ


依頼という事で無理をするなという事を言わないあたり自分だけ安全に過ごすというのが無理であるというのも察しているのだろう、さすがとしか言いようがない


「そう言えば静希、明利の家の説得はいいけど雪奈さんに説明はしてきたの?」


「ん・・・あぁ一応してきたぞ、依頼でロシア行ってくるって、ぶーたれてたけどな」


家に帰ってから準備をする間に雪奈にある程度説明はしておいたが妙に不満を垂れていたのを思い出す


印象的だったのは『ロシアって何がお土産かわからないじゃん』とのことだった


最初から土産のことを考えるあたりが雪奈らしい


依頼という形で行くなら雪奈もつれていくべきだったかなと思ったのだが、さすがに雪奈が一緒というのは無理があるかと思い止めたのだ


なにせ悪魔相手に雪奈の能力は危険すぎるのだ


陽太のように耐久力が上がるならまだいいのだが、雪奈の場合身体能力は上昇しても耐久力が上がるわけではない


万が一避けられない攻撃が来た場合彼女では身を守る術がないのだ


「まぁあの人を連れてくわけにはいかないしね・・・とりあえず全員パスポートは持った?」


鏡花の言葉に全員がパスポートを提示すると鏡花は安心したようにうなずく

一番心配していた陽太がしっかり持っていたのだ、これで第一段階は越えたと思っていいだろう


「ところで結局今回の実習は誰が一緒に来ることになってるの?また大野さんたち?」


「多分な、あの人たちもこういうことに関わって長いからな・・・今回も頑張ってもらおう」


大野と小岩はエドの一件から静希達に関わっているある意味古株的な存在だ、今回も恐らく召集されていることだろう


というか日本からも部隊が出るという事だったが実際どのくらいの規模の部隊が出るのかは不明だ


そのあたりしっかり確認しておけばよかったなと思いながら今回もきっと巻き込まれるであろう大野と小岩に少し詫びていた


なにせ事が事だ、まさか彼らも世界の危機にまで駆り出されるとは夢にも思っていなかっただろう


公にされることはないだろうがそんな場所にまで連れていかれることになって申し訳ないと思うばかりである









「お前達集まっているな?準備はいいか?」


静希達が話をしながら待っていると荷物を持った城島がやってきた


彼女もしっかり準備をしてきたようで普段より少し荷物が多いように見えた


「先生随分と荷物多そうですね・・・どうしたんですか?」


「どうしたもこうしたもあるか・・・今回は私も戦力にならなければならないのだろう?昔の装備一式引っ張り出してきたんだ・・・もう必要ないと思っていたんだがな・・・」


装備


その言葉を聞いて静希達は荷物に目を向ける


一見するとその装備は見ることはできない、実際どんなものがあるのかも知らないし見たこともない


かつて静希は城島の同級生でありかつてのチームメイトである村端からどんな戦い方をするのかを聞いているが、実際にその戦い方をしている姿は見たことがないのだ


そしてその当時は巨大な鈍器を扱っていたと聞く、パッと見荷物にそれらしいものがないことから恐らくは学生時代ではなく特殊部隊時代の装備を持ってきたのだろう


装備、一体何が入っているのだろかと静希は気になっていたが今はそんなことを気にしているような場合でもない


とりあえず空港に向かうべく移動を始めた


「そうだお前達、全員目を通しておけ、今回の資料だ」


恐らくは学校を経由して城島の元に届けられたのだろう、今回の資料を渡され静希と鏡花は食い入るようにそれを眺めていた


陽太と明利は自分たちの出番はまだないなと高をくくって城島の装備のことについて興味津々の様子である


頭脳労働を必要としない人間は楽なものだと思いながらも二人は資料を片端から読みつくしていく


資料に書かれていたことをまとめると以下のことがわかった


まず今回魔素の変動が起こった地域はロシアの首都であるモスクワから北東に位置する場所と推測される


本来ならば街などもないような場所なのだがそのあたりは魔素の濃い場所があるとのことで魔素計測機をいくつも配置してあった場所らしい


運がいいのか悪いのかはわからないが、その周辺で魔素の変動があったことでロシアとその周辺諸国は異変に気付けたのだ


キーロフという町を含んでいる北の一帯で魔素の変動が見つかっているものの、その範囲が大きすぎて正確な位置は特定できていないらしい


キーロフの北には森林や平野が広がっており、その周辺の一角には魔素が特に濃い地域もあるのだという


現地のチームはすでに捜索を開始しているらしいが、魔素の濃さも相まって奇形種の存在も確認されているため捜索は難航しているらしい


そして問題となっている魔素の変動なのだが、以前静希が見たことのある歪みの時よりもかなり大きな変動値が確認できているらしい


歪みの件と消滅の件、二つの魔素の変動値からおおよその被害予想を立てた被害予想図があるのだが、ひどいものだった


およそロシアの半分とドイツのほとんど、その他の周辺諸国も全て巻き込んだものとなっている


ヨーロッパ圏などとテオドールは言っていたが、中東のあたりも完全に危険範囲内に入っている


地球の何分の一くらいが範囲に入っているのだろうかと思えるほどの大規模な被害が予想される事態に、静希と鏡花は頭を抱えてしまっていた


これだけの大事態が予想されるのだ、そりゃ大部隊が編成されるのも無理のない話である


「ねぇ静希、これだけの被害が出るってことはさ・・・もしかしたら」


「あぁ・・・いるだろうな、あいつも」


もしこれだけの被害を出そうものなら、まず間違いなくこの場にリチャードがいるだろう


なにせこれが成功したらこの近くにある町どころか国そのものが無くなってしまうのだ、恐らくリチャードにとってこれが最後の実験、あるいは目的を達成するための手段なのだ


決着をつけるいい機会なのかもしれないと思いながら静希はため息をつく


これだけの人を巻き込んで、一体何がしたいのか、これだけの被害を出そうとして何がしたいのか


あの本に書かれていた隙間に行くことが目的だとしたら、静希はもう呆れを通り越して怒りさえ覚えることだろう


陽太を連れてきて正解だったと思いながら静希は再び視線を資料に戻す


現地で行動を開始しているチームはロシアの部隊に加え周辺諸国から徐々に集まってくる予定なのだとか


場合によっては空爆などもあり得るらしいのだが、どうなるかは今のところ不明となっている


自分達が行く必要がないのではないかと思えるほどの大部隊だ、だがここで行かなければ自分たちが口を挟める機会は一生無くなるだろう


「ロシアのチームはとりあえず部隊を結集してるらしいけど・・・どうなるかな?」


「戦車とか持ってきてたらちょっと邪魔かもしれないけどね・・・でも必要ではあると思うわよ?壁役くらいにはなるだろうし」


現代の能力戦において、特に悪魔がいるような戦場では戦車などは身を守る盾程度の意味しか持たない


なにせ戦車よりも高機動な能力者たちが戦車以上の威力を持って突っ込んでくるのだ、旋回も走行速度も威力も劣る戦車にできることと言えば攻撃から身を守るための盾になることくらいである



「そうとも言えんぞ、戦車は場合によってはいい戦力になる」


今のところ戦車での実戦をしているのは城島だけなのだろう、彼女としては戦車がやってくることに関して好意的にとらえているようだった


「でも先生、戦車くらいだったら陽太だって倒せますよ?相手がやばそうな相手なのに役に立つんですか?」


「ただの能力戦に参加しようとしたら壁役くらいにしかならないだろうな、だが幸いにして戦車の主砲の射程はかなり長い、それが人間相手であるならなおさらだ」


「要するに、長距離からの砲撃支援に徹するってことですか?」


そう言う事だと城島は言いながら戦車についての運用法などを説明してくれる


戦車の放つ砲撃というのはそれこそ静希の左腕にこもっている砲弾よりも何倍も大きい


静希が所有する砲弾の威力はあくまでショットガンより少し上くらいだが、戦車の放つ砲弾はそれとは比較にならないほどに強いものだ


弾の種類にもよるだろうが、もし人体にあたりでもすれば掠っただけでも確実にその命を絶つだろう


そしてその射程距離も通常の銃などとは比べ物にならないほどに長い、戦車によっては数キロ、あるいは数十キロ離れた敵にも着弾させられるほどである


もちろん距離が離れれば離れる程射撃精度は落ちるが、それでも十分すぎる支援になる


直接火砲支援と呼ばれる種類の支援方法は味方に被害を及ぼす可能性もあるが、相手に与える損害もかなり大きいものになる


今回現場になりそうな場所に町はほとんどなく森などの木々で覆われている

遮蔽物がないような場所では射線が通る、そう言う場所ではかなり遠くからの火砲支援も可能になるだろう


もちろん火砲支援を受けるためにはしっかりと相手の場所を報告しなければいけないし、砲撃の指定座標を送る必要がある、今回空爆という手が使えないという事もあって長距離からの支援は戦車のような長距離砲撃が主になる可能性が高いのだ


「能力者が戦っている戦場においては戦車は壁役かただの置物にしかならんが、重要なのはその位置取りと火砲の威力だ、基本的にその初速は銃と同じかそれ以上、普通の人間に反応できる速度ではない、何より前衛の能力者にも致命的な一撃を与えられる威力を持っている」


能力者戦においてあまり活躍しない機械という部類も要は使いようという事である


真正面から戦おうとすればその機動力や能力によって役に立たなくなってしまうかもしれないが、能力者と協力し、なおかつ連携することでその威力をいかんなく発揮することができるのだ


例えば鏡花のような能力は戦車との相性はいい


相手に狙われている時に無理矢理射線をふさぐこともできるし、足場が悪い時は整地したり相手を不利な状態にしてしまうこともできる


明利の能力と併用することで相手の状況を正しく索敵だってできる、能力者と現代の兵器が手を組んだ場合、その性能の限界まで引き上げることができるかもしれないのである


「何より遠くから強力な一撃を加えることができるような能力者は案外少ないからな、そう言う意味では戦車の協力というのはありがたいぞ」


誤射さえなければなと城島がため息をつくのを静希達は見逃さなかった


そう、銃などもそうだが基本味方への誤射があり得るのだ


相手への強力な一撃というのは逆に言えば味方への大きな被害にもつながりかねない


長距離からの支援という事はそれだけ誤射も起きるかもしれない、特に混戦状態においてはそれが十分にあり得るのだ


さすがに入り混じって戦っているような状態で火砲支援を行うとは思えないが、状況から考えると無理にでも相手を仕留めようとしても不思議はない


城島の反応から察するにもしかしたら昔誤射でもされたのだろうかと思いながら静希達は戦車の運用法について考えていた


実際に戦車がいた場合、まず魔素の変動範囲内にはいる際、もっとも後方に位置してもらう必要があるだろう


偵察機や能力者が先行して索敵、敵を発見し次第砲撃開始


その際に砲撃がしやすいように射線が通るように変換能力者に足場を作ってもらう必要がある


そう考えると鏡花も後方に位置しておいた方がいいだろうか


元より今回確実に相手に悪魔がいるという事もあり鏡花と明利は後方に位置させるつもりではいた、だが戦車がいた場合そこまで下げるというのはどうなのかと思えてしまう


鏡花の能力は強力だ、それこそ状況を一気にひっくり返すことだってできる程に


戦車の火砲支援のサポートをさせるためだけに後方に配置するというのは少々もったいないような気がしたのだ


そのあたりは現地にいる軍との話し合いにもなるだろうが、恐らく軍の中にも戦車支援専用の軍人などがいるはずだ


戦車の道を確保したり射線を開けたり、あるいは索敵のための目になったりと能力者ができることは幅広い、それぞれが専門職という形になるだろうが役割を持って行動すれば静希達が現場に到着する前にすでに相手がやられているという事だって十分にあり得るだろう


「そう言えば今まで現場に戦車がいる事ってなかったよな、銃を持った人は結構いたけど」


「それもそうだな・・・まぁ市街地とかばっかりだったしな・・・今回は市街地からは外れてるみたいだし・・・」


そう、今回は市街地から外れた場所に魔素の反応が確認できているのだ


今までのような市街地戦ではなく、静希達が比較的得意としている森林がフィールドである、そう言う意味では助かったと言えるのだが、何か引っかかるのだ


何故そんな場所を選んだのか、何かあるのかもしれないと思いながら静希は資料に目を通し続けていた






静希達が空港にたどり着くとそこにはすでに見知った顔が何やら立ち話をしていた


町崎と大野と小岩の三人だ、静希からすれば何度も世話になった面々である


「・・・お、来たな」


「お前が来ているってことは・・・他の連中はどうした?」


「もうすでに移動開始してるよ、俺たちはお前達を待ってたんだ、今後の流れについて軽く説明する」


これから現地に向かうにあたって、恐らく町崎の部隊と一緒に行動することになるのだろう、すでに部下たちは先に行かせ自分たちは静希達への説明のために残っていてくれたのだろう


「町崎さん、今回一緒に行動してくれる部隊っていうのは」


「俺の部隊だ、まぁ足手まといにならない程度に援護させてもらう、君には大野と小岩を付ける、好きに使ってやってくれ」


よろしく頼むよと大野と小岩が静希の下にやってくる、どうやら静希の事情を細かく知っている二人が選別されたようで、また危険の中心地に宛がわれることになる


この二人は何か不運なものを持っていそうだが、今はありがたかった


「部隊の人達はすでに現地に向かってるって言ってましたけど、どれくらいに到着するんですか?」


「人数が人数だからな、輸送用の航空機で向かっているから時間がかかる、君たちは転移能力で今すぐ移動だ、二つに分けての移動になるけどね」


転移能力者というのは一度に転移できる質量と距離に限定がかけられているものが多い


より多くのものを転移すればその分負担が増え、より遠くに転移しようと思えばまた負担が増える


その為こういった国をまたいだ転移の使用においての限界は数人なのである


静希達は今合計で八人、一度に一緒に移動するというのは無理なのだろう


それこそ以前のような人間などの生き物も収納できるような能力者がいれば、一人運ぶだけで済むのだろうが、そう上手くはいかないものである


「現地に到着したら、行動はどうしますか?一緒ですか?」


「そのあたりは君たちに任せる、こっちの仕事は君たちの露払いだと思ってくれ、よりベストな状況にできるように努力するつもりだ」


以前軍と一緒に行動したことはあったが、その時は静希達が露払いの役割だった


だが今回は静希達がメインとなって軍の人間が露払いをしてくれる、心強い、周りを気にすることなく戦えるのだから


だが鏡花からすると非常に複雑な気分だった


なにせ悪魔の契約者である静希はそう言う対応になれているかもしれないが、鏡花は基本ただの能力者、大人が自分たちのために何かをしてくれるというのは少し申し訳ない気分なのだ


「あの・・・町崎さん、さすがに静希の指示に従うとかそう言う事では・・・」


「もちろん正式な指揮は俺がとるさ、君たちの要望によってその行動を変えるつもりでいる、部下たちもそのあたりは納得済みだよ」


実際にこいつらからいろんな話をさせておいたからねと言って大野と小岩の方を指さす


一体どんな話をさせたのか気になるところではあるが、とりあえず部下の方々が納得してくれているのであればよかったと思う限りである


静希の行動ははっきり言って危険なものが多い、それに巻き込まれないようにしてくれさえすれば文句はないのである


「それにしても、まさか城島が現場復帰とはな、鳥海が聞いたら驚くぞ」


「そうだな・・・こういう荒事はもうやらないつもりでいたんだが・・・なんというか何が起こるかわからないものだ」


城島としてはもう現場復帰は無いと思っていたのだろう、せいぜい訓練で軽く戦う程度で本気で戦闘するようなことは二度としないつもりでいたらしい

だからこそこういう状況になったのは本人も少し驚いているようだった


驚いているというよりは少し困っていると言ったほうがいいだろうか、困惑しているという方がより正確かもしれない


自分の中では区切りを付けて現場から離れたというのにいつの間にか同じ場所に立とうとしている


生徒から頼まれたというのもあるのだろうが、やはりこっちのほうが性に合っているのだろうかと思えて仕方がない


「お前がいるとなると下手なことはできないな、本気でやらないと思い切りけられそうだ」


「安心しろ、下手な指揮をしようものならお前ごと叩き潰してやる」


蹴られるどころか叩き潰すという物騒な発言が聞こえたのは聞き流すべきなのだろうか、それとも彼女なりのジョークなのだろうか


あまりにも普段の態度からして本気でやりそうで怖いのである


最悪身内同士での戦いになりかねない、いや城島が圧倒している光景しか想像できないのだ


普段の城島の態度からしてかなり高圧的に接する場面しか思い浮かばないために町崎が手玉に取られている状況しかイメージできないというのもある


大丈夫かなと全員が不安そうな顔をしていると、城島が小さくため息をつく


「安心しろ、少なくとも無茶をするような真似はしない・・・一応は五十嵐の指示に従ってやる・・・そのあたりは信頼してくれていい」


「そ、そうですか?それなら・・・まぁ有難いんですけど・・・」


軍の動きだけではなく城島の行動の指示までしなくてはいけないとなると静希への負担がかなり重くなる


これはちゃんとフォローしてやらねばと鏡花も軽く意気込んでいた


本気投稿及び誤字報告十件分受けたので3.5回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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