彼の願う姿、彼女たちの願う何か
「成績表?そんなものがあるのですか?」
「成績表?それは一体なんですか?」
七月ももうすぐ終わり、そろそろアイナとレイシャの留学が終わろうとしている頃、静希は二人を座らせてとある話をしていた
そう、成績表である
頭がいい生徒にとっては自分の努力を垣間見れる最高の紙であり、頭が良くない生徒にとっては怒られる理由にもなりかねない悪魔の紙である
「アイナ、レイシャ、お前達はこの一ヶ月間学校に通い続けたな?」
「は、はい、毎日遅刻しないで通いました」
「きちんと宿題も提出しました」
アイナとレイシャの留学態度は非常に良いものだった、時折初等部の教師に評判を聞いたりしていたのだが、とても良い生徒だったという
まだ漢字の読み書きに関しては未熟なところはあるようだが、クラスのみんなとも馴染めているようだったし何より本人たちもとても楽しそうにしていると聞いていた
そこで静希はある提案をエドから受けたのである
「成績表とはお前達のこの一ヶ月の授業態度や文字通り成績を紙に視覚化できるようにしたものだ、この一ヶ月の集大成と言ってもいいだろう」
自分たちの頑張りが数値として出てくる、そう言われれば彼女たちとしても楽しみなのだろうかどれくらいの評価を受けているのだろうかとそわそわしていた
だが現実はそんなに甘くない
子供にとっての成績表とは恐怖の対象なのだ、そのあたりもしっかり覚えさせなければ意味がないのである
「そこで、今度渡される成績表をお前達のこの夏の給料(お小遣い)に反映させることになった」
「・・・え?」
「・・・反映?」
実際にそれがどういうことなのか理解できなかったのか、アイナとレイシャは首をかしげてしまっていた
アイナとレイシャはエドからしっかり給料をもらっている、無論あまりたくさんのお金を渡すのはよくないという事で余剰分は貯金されているのだが、彼女たちはそのことを知らない
コツコツためて大事なものを買うためにやりくりしたりと、この歳にしたらかなりしっかりしているところを垣間見ている静希としてはこの宣告をするのは少々心苦しかった
「つまりだ、具体的に言ってしまえば、今度のお前達の成績があまりよろしくないようであれば・・・給料(お小遣い)が何割かカットされることになる」
給料がカットされる
その言葉に成績表が返されることへのプレッシャーが高まったようだが、自分たちの品行方正っぷりは自信があるのか、アイナとレイシャは冷や汗を流しながらも平静を保とうとしていた
「も、問題ありませんよミスターイガラシ、私達はまじめな良い子です」
「そ、その通りです、私達は無遅刻無欠席、宿題だって出し忘れたことはありません!」
自分達の良い行いを必死に挙げようとしているのだが、静希はそれを見て鼻で笑う
「いいかアイナ、レイシャ・・・お前達はそれがまるで良いことであるかのように言っているが・・・実際それは『当たり前の事』なんだよ」
静希の言葉に二人は雷で打たれたかのような衝撃を全身に走らせた
あれだけのことを毎日続けて、それが当たり前
その事実にアイナとレイシャはひどく驚いているようだった
当然と言えば当然だ、無能力者能力者全てを含めた日本に数千万存在する子供たちは普通にこなしているような事ばかりだ
そんなことをこなしているからいい子であるというはずがない、それはただの普通の子である
逆に言えばサボったり宿題を忘れれば悪い子の方向に傾くことになる、日本の教育においてこの差は地味に大きいのである
「で、ですが私たちが通ったのは一ヶ月程度、正しい評価が下るとはとても・・・」
「その通り、だから教師の方からは少し甘い裁定をしようかと、お前達のボスに向けて打診があった」
「そ・・・そうでしたか・・・」
教師の粋な計らいにアイナとレイシャは安堵していたようだったが、そこで静希は話を終わらせない
「だが、お前達のボスはそれを断った、しっかり厳しい審査をするように逆に頼んでいたよ」
「「んな・・・!?」」
静希の言葉にアイナとレイシャは絶句してしまっていた
まさか自分たちを守ってくれると思っていたエドが敵側に回るとは思ってもみなかったのである
そして思いつく、いくら自分たちのボスとはいえ金は貴重だ、自分たちに回すくらいなら体よくカットする口実があるうちにと思ったのかもしれない
何て大人は汚いんだと現実を学んでいるのか、アイナとレイシャは悔しそうにしていた
実際はエドからすれば厳しく審査したところでアイナとレイシャが優秀であることはわかりきっているために、彼女たちを手放しでほめる理由が欲しかったのだろうが、彼女たちはそのことを理解していないだろう
なんというか不憫なすれ違いである
夏真っ盛りを迎えようとしている学校の教室で、静希達はある紙とにらめっこしていた
そう、成績表である
アイナとレイシャの留学が終わる日、つまりは終業式の日、静希達は当然ながら成績を返却されていたのである
その評価自体はあまり変わっていない、以前と同じようなことが書かれているだけだ
だがそれぞれの評価内容の中でいくつか文章がつけたされることになっていた
特に静希の評価分に関してはかなり酷評が目立つ
「・・・なんかあんたの内容今回酷いわね」
「ん・・・まぁいろいろやらかしたしな・・・」
静希の成績表に書かれた文章の内容を大まかにまとめると『無茶しすぎ』というものだ
前に出すぎて負傷することが増えたためか、自分の役割をもう少し自覚するようにという意見があるのだ
確かに二年生になってから静希が負傷する確率はだいぶ増えた
いや、もともと静希は負傷しやすいタイプではあったが、完全奇形の戦闘に先日の奇形種との戦闘、確かに静希は両方とも負傷している
左腕の効果もあってそこまで大ごとにはなっていないが負傷回数が増えているのは事実かもしれない
「それに比べると鏡花の評価はなんだか格段に上がってるよな、名実ともに班でトップ、安心して任せられる存在になりつつあるってさ」
「そりゃあれだけ頑張って評価が変わらなかったらむしろがっかりするわよ、こちとら無茶苦茶に巻き込まれてるんだからさ」
静希達がこの四月から巻き込まれた事件は数えられる程度、その中でも鏡花はかなりいい位置につけていたと言えるだろう
自分が怪我をせず、なおかつ確実に味方をフォローできるような場所に位置しながら能力で静希達を援護し続けた
鏡花は自らの能力で決定的な状況に変えるというよりもそこに至るまでの状況を作るための行動の方が多い
確実に負けない戦い方をする、さらに言えば自分が傷つくことなく確実に相手に嫌がらせをすることができる、鏡花はそう言う能力者だ
度重なる苦行とも思えるような困難が彼女をここまでの能力者に成長させたと言ってもいいだろう
危険に対する察知能力が高まり、彼女自身の判断能力も上がってきているのだ
さすがは天才と言わざるを得ないような功績を多々残している
いやさすがは『天災』というべきなのだろうか
「まぁ静希は文章評価は結構ひどいこと書かれてるけど、評価自体は高いのよね・・・もっと安全性高めたほうがいいんじゃないの?」
「いやそうだけどさ、どうせ俺の体って怪我してもすぐ治るし・・・」
「そう言う慢心がこの評価に繋がってるって話よ、左腕失くす前まではもっと慎重だったわ、少しわきまえなさい」
鏡花の言う通り、静希は左腕を失ってから負傷する確率が上がっているのだ
今までは怪我をしたら終わりくらいの慎重さで事に当たっていたのに対し、今は怪我をする程度で解決するのならそれでいいとでもいうかのような無茶な行動をするようになっている
どちらも解決するのであればいいと思っているのかもしれないが鏡花からすればそれはかなりの違いである、無傷のパーフェクトゲームと怪我をした後で治したでは意味合い的に異なるのだ
完封試合と通常の勝利と同じくらいの違いがあるのである
「でもさ、逆に考えようぜ?俺一人が負傷して勝てるなら、お前だってそうするだろ?」
「そうね、それしか手がないならそうするわ、でも他に手があるんだからそれ以外の手だって取れるでしょ?あんたは急ぎ過ぎなのよ、時間制限があるっていうのも理解できるけどね」
戦いにおいて必要な犠牲というのはえてして存在する物だ
例えば将棋やチェスに置き換えれば捨て駒と呼ばれるような、所謂囮だってある
いざという時に自陣の手駒を失うことを恐れて勝利を逃すようではいけないのだ
そう言う意味では静希は指揮官として必要なものを有していると言える
ただ鏡花の言うように、最近静希は急ぎ過ぎているような気もするのだ
実習などには時間制限があって当然、だからこそ早めに行動することに間違いはない
だが急いては事を仕損じるという言葉もある
実際に静希は今まで行ってきた実習のほとんどを成功に導いている、そう言う意味ではそのギリギリのラインを見極めていると言ってもいいだろう
だが成績表に書かれた文のように負傷が多くなってきているのも事実
指揮官は前に出ないものだ、だが静希は指揮官と兵士両方になろうとしている節がある
人数が限られているからこそ仕方ないかもしれないが静希は本来中距離支援型、前に出るようなことは不向きなのだ
「静希、現実は将棋やチェスじゃないのよ?あんたが戦闘をどういう風にとらえてるか知らないけど、自分を駒の一つみたいにカウントするのはやめなさい、じゃないといつか本当に死ぬわよ」
「わかってるよ、もう一度死にかけてるんだから、少しは自重するって」
静希は一度死にかけている、自分の安全のボーダーラインの見極めを誤ったのだ
その結果左腕を失った、失った腕は元には戻らず、その代わりに新しい腕を手に入れたわけだが、これはこれで便利だからまぁいいかとか思っているのは内緒だ
そんなことを言ったらきっと鏡花にどやされるであろうことは目に見えているからである
「えー・・・全員に成績表が行き渡ったところで発表する、今回の優秀班は五班だ」
五班は石動達のいる班だ、やはりエルフがいると違うなとクラスメイトは仕方がないなと思っているようだが、鏡花は半ば納得がいっていないようだった
「ちぇ・・・石動さんにとられちゃったか・・・結構頑張ったと思ったんだけどな・・・」
「俺らの場合事情が事情だから仕方ないだろ?」
そうかもしれないけどさと鏡花は唇を尖らせているがこれも仕方がないというものだろう
静希がやってきた実習というのは良くも悪くも、というか悪い意味しかないように思えるが基本的に学生がやるものとはレベルが違うものばかりなのだ
そして石動達がやっているのもまた同じようなものだ、そう言う意味ではこの二つの班は非常に拮抗していると言っていいのかもしれない
「これで夏休みかぁ・・・どうする?いつも通り打ち上げする?」
「いや、今日はよるところがあるからな、打ち上げはまた後日だ」
そこまで言うと鏡花も察したのかなるほどねと頷いて見せる
そう、今日はアイナとレイシャの留学が終わる日なのだ、これからささやかながら祝ってやらねばならないだろう
「そう言えば前に成績表のことで二人に何か話してたけど、あれどうなったの?」
ちょくちょく食事を作りに来ていた明利は、あの二人に成績表の話をしていた時に丁度その場に居合わせていたために知っているのだが、少し不安な表情をしていた
成績表の話?と鏡花と陽太は首をかしげているが、静希はからからと笑いながらいやぁ大丈夫だろうと特に気にした様子もないようだった
「なに?あの二人にも成績表配られるの?」
「あぁ、なんか初等部の先生が残してあげたいんだと、その話が出た時に俺丁度居合わせてさ・・・」
静希がその話を聞いたのは丁度、留学も後半に入りこれからの日程をエドが確認するために喜吉学園を訪れた時のことである
初等部への案内を兼ねてエドを迎えに行き、職員室で待つついでにその会話を立ち聞きしていたのだ
あの二人は本当に優秀だから成績表として結果を残してあげれば喜ぶのではないだろうか、せっかく留学したのだから何か思い出として形を残してあげるのもいいかもしれないというのが教師からの提案だった
エドもその提案に随分とノリノリで、形として成績を残してくれるのであれば彼女たちの日常も確認しやすくなるだろうとぜひお願いしていたのである
一ヶ月だけだから優し目に付けようかという提案にエドが反対していたのが印象的だが、エドらしいというかなんというか
そして話が終わった後その成績表の話をしていた時に、もし悪かった時にどんな風に叱るかという話になったのである
あの二人に限ってそんなことはないだろうと笑いながら話している間に、静希達が昔やられた手を思い出したのだ
実際にやられたのは静希と雪奈の二人だ、二人の両親が結託して成績が悪かったらお小遣いカットという慈悲も何もあったものではないようなルールを設定したのである
その時の話をした際にエドがそれいいねと乗ってしまったのが運の尽きである
結局話がとんとん拍子に進んでしまい、最終的に二人の成績が悪かったら給料(お小遣い)カットという事になってしまったのだ
「なるほどねぇ・・・でもそれってかわいそうじゃない?だってもう努力のしようがないじゃない、留学が始まる前にそう言うのがわかるならまだしもさぁ」
「まぁそうなんだけどさ・・・実際あの二人あの学年にしては優秀すぎるんだよ・・・東雲姉妹と同格だぞ?エルフと同格って時点でいろいろおかしいって」
確かにそれはそうかもしれないけどさぁと鏡花はあの二人の生活を思い返しているようだった
留学している間何度か鏡花もあの二人の訓練に付き合ったことがある
アイナもレイシャも自らの能力を上手く使い、日々鍛錬しているところをよく見ている
以前実習で一緒に行動したという事もありあの二人には多少なりとも情が移っている、こんなやり方は少々卑怯なのではと思ってしまうのだ
やるならば留学をやる前から申告しておいてしっかりとした留学をさせるべきだったのではと思ってしまう
「あの二人はもうそのことは知ってるのよね?」
「もちろん、この前話したぞ、今頃あの子たちも成績表を返されてるだろ、実際どうなるかは知らんけど」
あの二人は優秀だ、それこそ留学時の試験の段階で用意していた試験が役に立たなくなる程度には優秀なのだ
頭一つ抜けているというレベルではない、それほどまでに優秀な人間なのだ、成績表で悪い評価がつくとも思えないのである
「逆にエドはそれを理由に褒めてやりたいらしいぞ?絶対あの二人ならいい成績持って帰るだろうからって」
「あー・・・なるほどね・・・でもそんなにうまく行くかしら・・・?あの子たち結構やんちゃよ?」
実際にその姿を見ている鏡花からすればあの二人が優秀なだけではないのはよくわかっている、優秀ではあるのだがあの子たちはまだまだ子供なのだ
遊びたい盛りの子供にとって優秀であることがどれだけ危険を呼ぶのか、彼女はよくわかっているのである
そのあたりもちゃんと考えてあるだろと静希はそこまで気にした様子もなかったが、鏡花と明利は少しだけ不安そうにしていた
帰りのHRが終わった後、静希達は初等部の方に足を運んでいた
終業式が終われば後は帰るだけというのは初等部も高等部も同じ、珍しく同じ時間なのだから二人の様子を見に行こうと思ったのである
最初に顔を見ればどんな内容であったかはすぐにわかるだろう、よかったか悪かったか
彼女たちのことだ、成績的には偏っているかもしれないがさすがにどの科目も最低評価という事はまずないだろう
静希達が初等部の方へと向かっているとちょうど帰ろうとしているアイナとレイシャ、そして東雲姉妹と遭遇した
「ミスターイガラシ!やりました!」
「やはり日々の努力は確かなものです!やってやりました!」
静希の姿を見かけるとアイナとレイシャは成績表を静希に向けてくる
そこには軒並み高評価がされている、大体どの教科も高い評価を受けているようだった
さすがに国語などは平均的なものになってしまっているが、それでもわからないなりに努力していたという教師からのコメントもついている
厳しく評価したという割には高い評価に、アイナとレイシャは全身全霊のドヤ顔をしていた
「これはもう言い逃れはできません!私たちは高い評価を得たのです!」
「先の話はなかったことにしていただきたいです!私たちは頑張ったのです!」
アイナとレイシャから成績表を受け取って鏡花たちと一緒に見ると、全員おぉと感嘆の声を漏らしていた
「これはなかなかね・・・国語と社会がちょっとあれだけど・・・まぁこの辺りは仕方ないわね・・・算数とか理科とかはすごくいいじゃない」
「うわマジだ・・・俺小学校の時とかこんな評価受けたことないぞ・・・」
昔から頭が弱かった陽太はあまり良い評価というのは受けたことがないのだ、幼い二人の能力者がこのような評価を受けているという事に若干嫉妬しているのか悔しそうにしていた
「ちなみに東雲姉妹はどうだった?」
「「えと・・・こんな感じです・・・」」
東雲姉妹の成績を見てみると、やはり高評価が目立つが、音楽の方はあまり良くないようだった、こういう作業は苦手なのだろうか音楽が・・・と呟くと二人ともそっと視線を逸らしていた
こういうところは本当に双子だなぁと思いながらもそれぞれの能力の成績を見ようとしていた
能力に関していえば操作性や制御に関してはアイナとレイシャの方が上のようだった
やはり実践を含め、そう言うイメージができる状態で鍛錬を積んでいるというのもあるのか、能力に関していえばアイナとレイシャの方がほんの少し前に進んでいるようだった
出力自体はエルフである東雲姉妹の方が強いのだろうが、能力というのは強ければいいというものではない、細かいコントロールなどもできて一人前なのだ
だがそれを踏まえても静希が子供の頃よりずっと成績がいいなと思い、ほんの少しだけ涙が出そうになったのは内緒である
「後はこれをお前達のボスに見せるだけだな・・・さてエドがなんていうか」
アイナとレイシャの成績表を見ながらそう言うと、二人は一瞬笑顔をひきつらせた
二人からすればそれはもう高評価だというのはわかる、事実静希達から見ても十分いい成績であるのは言うまでもない
だがそれはエドから見てどうだろうか
もっと高い評価を受けることができた科目もあるのではないかと言及されそうである
アイナとレイシャも自分たちがエドの期待に応えることができたのかどうか、本当は不安な部分があるのだ
もう少し頑張れたのではないかとか、期待を裏切ってしまったのではないかとか
給料(お小遣い)カットを抜きにしてもエドをがっかりさせるようなことはできないだけに非常に不安に思っているのである
「あ、あのうミスターイガラシ、もしよろしければ今日まで泊めていただけませんか?」
「か、可能ならミスターイガラシのおうちで成績表を渡してあげたいのですが・・・」
せめて自分の味方が少しでも欲しいのか、アイナとレイシャは静希と明利の服の裾を掴んで懇願している
あの家に普段いる人間を理解しているからこその対応だ、変なところが賢しいあたりさすがというほかない
アイナとレイシャは一か月住んでいたこともあって静希の人外達ともかなり仲良くなっていた
メフィなどは二人を可愛がり、邪薙は時折話し相手になってやり、オルビアは彼女たちにいろいろな物事を教え、フィアは二人と戯れ、ウンディーネは彼女たちの相談相手になっていた
こんな小さいころから人外たちを手玉に取るあたりさすがというほかないのだが、やはり彼女たちを拾ったエドが悪魔の契約者だったからだろうか、人外たちに対して全く怯え等の類を持っていないのが恐ろしいところである
特にメフィに対しても邪薙に対しても全く物おじすることなく意見するのだ、さすがは悪魔の契約者二人に囲まれて生活しているだけはある
もし人外たちがいたらアイナとレイシャの味方をするかもしれない
そう考えると確かに静希の家でエドを待つ方がいいような気もする
何より一か月住んでいたのだ、簡単なお別れパーティーでもやってやりたいところである
別に会おうと思えば会うことくらいはできるのだが
「わかった、じゃあ今日エドを家に呼ぼう、そこで渡すといい」
静希の許可が取れたところでアイナとレイシャはハイタッチする
少しでも味方がいれば万が一エドに怒られるようなことになってもかばってもらえるかもしれない、特に仲良くなった人外達なら自分たちを守ってくれるだろうと思っていたのである
エドが怒るようなところは正直想像できないのだが、だからこそ彼女たちもそれなりに不安に思っているのだろう
なんというか父親というのは大変なものなのだなと嘆息してしまう、実際エドは彼女たちの父親ではないのだが
「ミスミキハラもどうか同席してください!」
「え?私も?」
「お願いします!一緒にいてください!」
いきなり救いを求められて明利は困ってしまうのだが、この一ヶ月ほぼ毎日のように静希の家に食事を作りに来てくれていたのはほかならぬ明利だ
朝ランニングをするついでに朝食を作り、栄養バランスを考えなおかつおいしい食事を提供し続けたその姿はまさに母のそれである
五十嵐家にほぼ組み込まれていると言っていい明利に助けを求めるのは至極自然な流れのように思えるのだ
この小ささで母親らしさを持っているあたりどうなのかと思えてしまうが、これはもうどうしようもないだろう、身長的な意味で
「ハッハッハ、まぁいいじゃないか母さん、娘たちのお願いくらい聞いてあげなさい」
「・・・もう静希君?そう言う事言うのはダメだよ?甘やかすと癖になっちゃうんだから」
注意しながらも明利の顔はにやけてしまっている、静希との子供ができた時の予行演習のつもりなのだろうか、仕方ないなぁもうと言いながらアイナとレイシャの手を握っている
そうしている様子はただの仲良しの友達のようだ、なにせすでに二人に身長で抜かれてしまっているのだから、到底娘には見えないだろう
頑張って背伸びしてお姉さんっぽく振る舞おうとしているのだが、客観的に見てお姉さんには見えないよなぁと静希達全員理解していたことだが、皆口にしようとはしなかった
言わぬが花というものである
「でも成績表を見せる時って、確かに緊張するかもね・・・なんて言うかいろいろとね」
「お前の成績で何を不安に思うっていうんだよ、ほぼオール五のくせして」
「ん・・・まぁそうなんだけどさ、子供の頃はそうでもなかったのよ?」
鏡花の意外な言葉にその場の全員がへぇと驚いていた
鏡花は昔から頭がいいと思っていたのだ、だが実はそうでもなかったのかもしれない
ただ強い能力を持っていただけで、今の天才っぷりを手に入れたのは彼女の努力の賜物か、あるいは後天的に才能が開花したのか、そのどちらかだろう
「まぁとにかく、二人は胸を張って報告しなさい、この成績なら大丈夫よ」
「そうでしょうか・・・」
「せめてもう少し国語が高ければ・・・」
それぞれ思うところがあるのだろうが、今さらどうこう言ったところで変わるものでもない、ここは覚悟を決めておくしかないのである
「一応今日仕事が終わったら俺の家に来てもらうようにするから、それまでは家でのんびりしてようぜ、せっかくこの学期が終わったんだ」
不安なのも分かるけど、留学も終わったんだしなと静希が言うとアイナとレイシャはようやく実感がわいてきたのか今まで通っていた校舎を見てため息をつく
留学が終わったんだと
エドたちが頑張って用意してくれた留学が、今終わったのだ
一ヶ月、思えば早かったなと二人は放心していた
「どうだった?一か月間の留学は?楽しかったか?」
静希の言葉に、アイナとレイシャは小さくうなずく
今まで見たことのない場所で、アイナとレイシャはいくつものことを学んだ
自分以外の同年代の能力者たち、同学年の子供たち、彼らがどのように育ち学び日々を過ごしているのか
そこまで輝かしいものがあったかといわれるとそうではない、地味な日もあったし特に記すような事でもないような日もあった
だがそれでも、それが日常だったのだなと二人はしっかりと認識していた
「留学できてよかったです」
「いろんなものを学べました」
それは子供が大人になるうえで必要不可欠なものだ、それが一体なんなのか彼女たちは理解していないだろう、だがなんとなく、本当になんとなくだが彼女たちはその欠片のようなものを掴んだ気がした
「家に帰るまでが留学だからな、とりあえず帰るぞ、今日はごちそうにするか!」
「ふふ・・・美味しいもの作ってあげるね」
明利が薄く笑う中、鏡花はふと思いついてにやりと笑い静希を引き寄せた
「後でいいもの持って行ってあげるから、家で待ってなさい」
そう言うと鏡花は陽太を引きずってどこかに行ってしまった
一体なんだろうかと静希が首をかしげる中、アイナとレイシャは東雲姉妹と別れを告げていた
日本でできた初めての友人、そして初めてのライバルともいうべき存在
彼女たちにとってこの出会いが一体どういうものになるのかは、まだわからないがきっといいものであるということは静希も分かっていた
自分達の次の世代ともいうべき幼い能力者たち、彼女たちが将来どんな能力者になるのか、静希達は楽しみだった
静希の家に帰り、いつも通りのんびりと過ごしている中、アイナとレイシャは妙にそわそわしていた
何故そわそわしているのか、それは言うまでもないだろう、エドがこちらに向かってきているからである
自分達の成績表を見せなければいけないという初めての状況に困惑しているのだろう、期待や不安などが入り混じった複雑な表情をしている
「いやぁ懐かしいなぁ・・・俺も昔はあんなふうだったよ」
「ふふ・・・最近は成績表見せてもあんまり反応しないもんね」
「ていうか親が基本家にいないから見せる相手がいないっていう」
明利の場合はそこまで悪い点数を取ることがないために緊張などしないだろうが、静希の場合は見せる相手がそもそも海外から帰ってこないという状況にある
我が家が人外パラダイスな今の状況から考えればそれはむしろありがたいことなのだが、子供としてはあまりにも放任され過ぎるのも考え物である
もう少し心配してくれてもいいのではないかと思えてしまうのだが静希は知らない、静希の父親である和仁が人外たちの存在を知っていることを
知っているからこそあまり帰ってこないし、そこまで心配もしていないのだ
実際は左腕を失うレベルでの大怪我をしているわけだがそのあたりは別問題である
いつエドがやってくるのかなどは伝えていない、静希も仕事が終わり次第来るという事しか聞いていないためにそもそも知らないのだ
「そんなに成績如き気にすること?そもそも能力者って能力を上手く使う方が大事じゃないの?」
「お前そんな身もふたもないことを・・・まぁ軍に入るような連中だってただ暴れてればいいってタイプもいるにはいるけど・・・実際は結構頭いい人の方が多いぞ?」
確かに能力者という人種は日本では軍などに入るのが一般的だ、能力の適材適所もあるがおおよそは能力さえうまく使えていれば生きていける
後は対人に対するコミュニケーション能力さえあればたいていが何とかなるのだ
だがそれでも学生の内はやはり学業が本分、何故かといえば学生時にはどのような職業になるのかわからないからである
自分が何に向いているのか、そして何をしたいのか、そのあたりが曖昧かつ不明瞭だからこそ多くの物事を学ぶのだ
それこそどの分野に進んでも問題がないようにしているのだ
静希のように使える手段や内容を増やすために技術や資格を手にしているのとは別に、自分の可能性を広げるという意味でも勉強をしておいて損はないのだ
小中高の勉強はこの世界に生きていくうえであらゆることの基礎になる、基礎を学び自らのものとすることで新しい分野や行動を起こせるようになるのだ
自らの能力だけでできることはたかが知れている、能力だけではなく自分自身の性能を高めることによって、より高度な状況にも対応できるような人材になるのである
もっともそんなことを言ったところで悪魔には関係ないだろうが
「でもヨータとかは?今日の成績だって結構ひどかったじゃない?前よりはましになってるみたいだけど」
「いやまぁあいつはなぁ・・・能力が明らかに戦闘特化だし、あいつ自身軍に行く気満々だしなぁ・・・」
実際陽太は戦っていた方が楽という感じがする、鏡花の指導により少しずつ頭が良くなってきている、というか本来のそれに近づきつつあるのかもしれない
なにせ陽太はあの実月の弟なのだ、実際に姉としてあれだけ頭の良い存在がいるにもかかわらず弟の陽太がただのバカに甘んじていたのは正しい指導者がいなかったからに他ならない
鏡花という指導者を見出した今、徐々にではあるが陽太は頭が良くなりつつあるのだ
相変わらず戦闘時などは考えることをしないという癖がついているが、そのあたりは鏡花はむしろ伸ばすべきだと考えているようだった
「それにテストとかで判断してたって結局はただの知識と知恵でしょ?それならとにかく徹底的に実戦で使える技を教えたほうがいいと思うんだけどなぁ・・・」
「そう言うのは個々人でやれってことだろ?学校はあくまで最低限を教えるところだ、そこから先は大学とか、自分の独学で学べってことだよ、ただ単に教えられるより自分で身に着けたほうが役に立つしな」
人間というのはおかしなもので、教えられたことよりも自分で学んだことの方が良く記憶に残る
自らの体験と記憶、そして技術を同時に体と頭に叩き込むからである
他人から受けた注意や指摘は忘れても、自らの失敗や積み重ねの方が頭に残るのである
だからこそ、学校では教えるという行動を繰り返し行う、何度も何度も繰り返して少しずつ少しずつ頭に刻み込んでいくのだ
そうすることで教えられたことでも覚えられるようにする
だが個々人に実戦でも使うことができるノウハウを教えるのでは圧倒的に時間が足りないのだ
人によって使いたい技術も違うだろうし、場所によっては役に立たないものもあるだろう
だからこそ教えないのだ
必要ならば自分で覚えさせる、その為の土台までは作り上げる
それが能力者の専門学校の指導法なのである
この指導法が正しいかどうかははっきり言って不明である、だが今のところ能力者たちは育ち、社会に出て行っている
能力者を守るための法や制度があるからこそ成り立っているようなものではあるが、今のところ能力者たちに良いように作用しているのだ
無論、その中で例外的な存在が生まれることも多々あるが
そうこうしていると静希の家のインターフォンが鳴り響く、数瞬前から感じている悪魔の気配から察するにエドかカレンのどちらかだろう
オルビアが対応し、やってきたのはカレンだった
エドではなくカレンが現れたことにアイナとレイシャは大きくため息をついていた
「あれ?エドは?」
「あれはまだ時間がかかる・・・だから私だけ先に来たのだが・・・あの二人はどうしたんだ?」
私は来ない方がよかったのか?と来ていきなりため息をつかれたカレンは少しだけ悲しそうにしていた
別にカレンが来たことにため息を吐いたのではなく、来たのがエドではなかったことに対してため息を吐いたのだが、そのあたりはカレンにはわからなかったのだろう
「気にするな、嫌われてるわけじゃないから」
「エドモンドさんに成績表を渡すんだけどそれで緊張してるみたいなの」
静希と明利のフォローにそうなのか?とカレンは疑いながらも安心しているようだった
なんというかタイミングが悪い、アイナとレイシャがこんな状態でなければ普通にカレンがやってきたのはむしろ喜ぶべきところだっただろう
だが今はあの二人にとってエドがやってくるという事はなかなかに緊急性の高いものとなっているのだ
「ところで、ユキナの姿が見えないが?彼女はどうした?」
「ん・・・雪姉はまだ来てないな、たぶんおばさんに成績表を見せてると思うぞ、どんな反応されてるかは知らないけど」
雪奈の家の母親は時々家にいる、彼女の母親は看護師として働いているのだが、これまた夜勤などが多く毎日忙しそうに働いている
だがたまにだが家にいる、そしてそのたまにの日が成績表が返還されるこの日と良くも悪くも重なったのだ
恐らくは怒られているのか、それとも何か小言を言われているのか
雪奈の両親はそこまで勉強に対してうるさい方ではないが、さすがに三年生の夏を前にして何かまずい点数を取ったのかもしれない
雪奈の成績事情に関してはあまり言及しなかったためにこればかりは想像するしかない
「ミ、ミスミヤマも怒られているのでしょうか・・・?」
「ミ、ミスミヤマは今日はこれないのですか・・・?」
恐らく雪奈も自分たちの味方になってもらえるのではないかと高をくくっていたのか、雪奈が来られないという状況に少し不安が増してきているのか、アイナとレイシャは情けない顔をしている
そんな時カレンがどれ見せてみろと二人の成績表を手に取ってまじまじと見てみる
明利が成績の表記の仕方を教えてやるとふむふむと呟いた後で小さく息をつく
「そこまで不安に思う事もないと思うのだが・・・日本語になれていない割にはなかなか高い評価を得ているようじゃないか」
「そ、そうでしょうか・・・」
「だ、大丈夫でしょうか・・・」
カレンがそう評価してもまだ不安が拭えないのか、アイナとレイシャは落ち着きなくあたりをごろごろしている
すっかり静希の家が落ち着ける空間になっているのか、それぞれ思うがままにごろごろしている
毎日オルビアが埃ひとつないほどに掃除をしているから汚いということはないだろうが、さすがに床を転がるのは女の子としてどうなのだろうか
その様子を見てカレンは額に手を当ててしまう
「すまないなシズキ、この子たちが何か迷惑をかけたんじゃないのか?」
「いやそうでもないぞ?我が家のように思ってくれて嬉しい限りだ・・・まぁちょっと慣れ過ぎたかなって気はするけど」
こういった行動も隣の家の残念な姉から学んでしまったものでもある、そう言う意味ではこちらが申し訳なくなってしまう
なにせ雪奈が家にいる時は三人一緒になって寝転がっているような光景が度々目撃されていたのだ
年上としての威厳を見せるどころか一緒になって寝転がっていた雪奈を叱るべきか迷っていたのだが、きっとそれは雪奈の母親がやってくれているだろう
「もし変な習慣がついてたらごめん、そのあたりは保護者役に任せるよ」
「ん・・・任されてもな・・・私は人の親になったことなどないし・・・」
「ほら二人とも、転がってると踏んじゃうよ、起きて起きて」
静希とカレンをよそに明利がしっかりと二人を注意しているのを見て、あれが母親の姿なのだろうかと思ってしまう
自分よりもずっと小さな明利が自分達よりずっとしっかりしているという事実に、二人は少しだけ自信を失っていた
いや、明利は昔から優秀だ
その外見のせいで子供っぽく見えてしまっているかもしれないが実際の精神年齢的には静希達の中でも一二を争う大人さを持っていると言っていいだろう
料理の腕や生活環境、どれをとっても一人前の大人と言える
体に関しては全く大人に見えないのは仕方がないというほかない
「ミスミキハラ、不安です・・・」
「ミスミキハラ、どうすればいいですか・・・」
「もう・・・わかったからちゃんと立って、抱き着かれても持ち上げられないよ・・・」
明利の体に抱き着いて何とか立ち上がろうとしているのだが、そのあたりは非力な明利だ
自分より大きいアイナとレイシャを持ち上げることなどできるはずがない、結局近くにいたメフィと邪薙が二人を抱き起す結果になった、人外たちも慣れ過ぎではないかと思えてしまう一瞬である
カレンが来てから一時間ほどして、静希の家のインターフォンが鳴り響く
先程と同じく悪魔の気配がするのを察するに恐らくエドがやってきたのだろう
アイナとレイシャもそれを察知したのか姿勢を正してエドがやってくるのを待っているようだった
オルビアが迎えると予想を裏切ることなくやってきたエド、そしてアイナとレイシャはより一層緊張を高めていた
「やぁシズキ、一か月間ありがとうね」
「気にすんなって、それよりも子供たちがお待ちかねだぞ」
姿勢を正した状態で待っているアイナとレイシャはエドの下に駆け寄るとそれぞれ成績表を差し出した
あえて何か言うようなことはなく、ただ無言で成績表をエドに渡すとゆっくりと後退しながら近くにいた明利の陰に隠れようとしていた
もっとも明利が小さすぎて全く隠れられていないのだが
二人の成績表を眺めながらエドは小さくふむふむと呟いている、近くにいたカレンがその見方を教えてやると何度も頷きながら成績表を隅から隅まで凝視しつくしていた
どんな反応をするのだろうか
その場にいた全員がエドの表情などに注目する中、エドは二人の成績帳を閉じ小さく息をついた
「アイナ、レイシャ、おいで」
「や・・・ヤー!」
「い、イエッサー!」
アイナとレイシャは明利の後ろに隠れながら明利を前に押すようにしてエドに近づいていく
間に挟まれた明利が不憫だが、彼女としては頼られてまんざらでもないようだった
だがあの状況では邪魔でしかないなと、静希はメフィに目くばせする
その視線の意味を理解したのか、メフィは小さくうなずいた後明利の頭上へと飛んでいく
「はいメーリはあっち行ってましょうね」
「え?あれ?!」
メフィは明利を抱えてふわふわと飛んで行ってしまう、せっかくエドとアイナとレイシャが話しているのに明利が間に入っていては締まるものも締まらない
隠れ蓑だった明利を失ったからか、アイナとレイシャは途端にそわそわしてしまっていた
「アイナ、レイシャ、まずは留学が終わってどうだった?」
エドの言葉に、二人は約一か月の留学のことを思い返しているのか、少しうつむいて考えているようだった
実際この一ヶ月この二人はいろんなことをしてきた
単なる授業でも、訓練でも、水泳でも、あらゆることを初めて経験してきたのだ、いろいろと思うところはあるだろう
「とても、とても有意義でした」
「たくさん、いろんなことを学べました」
二人としてもいろいろなことを学べた今回の留学はとても充実したものだったのだろう、二人の言葉は嘘偽りのないもののようだった
その言葉を聞いて満足だったのか、エドは二人にそれぞれの成績表を返した後で、二人の頭をやさしくなでてやる
「二人ともよく頑張ったね、こんなに優秀な部下がいて僕は嬉しいよ」
その言葉を聞いて今までの緊張が解けたのか、アイナとレイシャは大きく安堵の息をついていた
怒られることもなく、失望させることもなかったのだと安心できたからである
「これだけ頑張ってくれたんだ、何かご褒美をあげなきゃね、給料(お小遣い)アップしてあげようか」
「「本当ですか!?」」
「もちろん、頑張った子にはしっかりご褒美をあげないとね」
思わぬご褒美にアイナとレイシャはその場で飛び跳ねていた、子供とはいえ給料(お小遣い)アップというのは嬉しいのだろう
恐らくエドは最初からこうするつもりだったのではないかとも思えるが、それはエドにしかわからないことである
万が一アイナとレイシャがあまり良くない成績をとってきたらどうするつもりだったのか、今となっては謎のままである
「よかったのか?給料(お小遣い)アップなんてして」
「いいさ、頑張った子にはご褒美を、正当報酬ってやつだよ」
エドはそんなことを言いながら笑っている、恐らくは何かしら意味があっての事だろう
エドは基本的に合理主義だ、無駄なことはしない
この行為にも何か意味があるのだろう、子育ての上でほめることが重要であることは彼も分かっているだろうからそのあたりの微調整なのだろうか
まだ結婚もしていないのに子育てを味わうあたり難儀なものだなと思えてしまうが
「それで二人とも、ここからが大事な話だけど、これからも学校に通いたいかい?」
その言葉に静希とカレンは息をのんだ
そう、エドがこの二人を留学させた本当の理由はこの二人を学校に通わせたかったからだ
この二人が学校に通いたいと言ったらエドは恐らく何とかして二人を学校に通わせようとするだろう
二人の気持ちがエドへの恩返しから離れようと、それは仕方のないものだと思っているのだ、アイナとレイシャの人生は彼女自身のものなのだから
エドの目的のための第一歩ともいえるアイナとレイシャ、彼女たちの選択がこれからのエドの人生に左右してくると言ってもいいだろう
「それは・・・またいつか留学できるという事ですか?」
「今度はどの学校でしょう?」
アイナとレイシャは自分たちが正式に学校に通っているというところを想像できなかったのか、首をかしげている
実際にまた留学するというのも一つの手だろう、だが彼女たちが付き従うエドの仕事の関係上一つの場所に留まるというのは難しい
今回はエドが事前に時間をかけて日本中心の仕事を選択していたからこそ成り立った留学なのだ
「いいやそうじゃない、君たちがちゃんとどこかの学校に通うんだ、その学校のちゃんとした生徒として」
「「・・・それは・・・」」
アイナとレイシャもその難しさを理解している、学校に通うという事は一つの場所に留まるという事だ
だがそれはつまりエドと離れることになるだろう
アイナとレイシャもそれをわかっている、だからこそ一瞬互いに視線を合わせた後で小さくうなずく
「ボスのご命令とあらば、学校にも通って見せます」
「ですが、私達はボスと一緒にいたいです、ボスの役に立ちたいです」
エドに命じられれば学校だって通う、だが彼女たちが本当にしたいのは学校に行くことではなくエドの役に立つことなのだ
自分達を拾い育て指導してくれているエドに少しでも恩を返したいと思っているからこそ彼女たちは日々努力しているのだ
だからこそ、期間限定でエドから離れるこの留学は承諾したが、長期間エドと離ればなれになるのは彼女たちとしても本意ではないようだった
近くにいなければエドの力にはなれない、自分たちの成長を見せるためにも、エドの力になるためにも、彼女たちはそこまでして学校に通おうとは思わなかった
結局、学校というものに興味を持たせることはできた、だが彼女たちに学校に通いたいと思わせることはできなかったのである
当初のエドとしては、学校に少しの間でも通わせることで普通の子供のように学校に通いたいと思ってくれればと願っていたが、良くも悪くもそれは適わなかったことになる
それはエドにとって良いことなのか、それとも悪いことなのか
そしてアイナとレイシャにとって良いことなのか、それとも悪いことなのか、今は判断できなかった
「そうか・・・わかった、それじゃこれからもよろしく頼むよ二人とも」
「「了解ですボス」」
彼女たちにとっての居場所はエドの近くであり、エドのいる場所こそが彼女たちの居場所なのだ
一つの場所とは違うかもしれないが、これも一つの居場所という形である
「それじゃあ僕たちは明後日には日本から出発するよ、今のうちに準備しなさい」
「「イエッサー!」」
アイナとレイシャは自分たちがいた痕跡を徹底的に片付けに向かっていった
使ったものや寝泊まりしていた場所、そして自分たちの物品などをまとめ始めていた
すでに留学は終わった、エドたちがこの場所に留まる理由も無くなったのである
「よかったなエド、あの子たちはお前を選んだ」
「ん・・・これが良かったのかどうかは正直微妙なところだけどね・・・まぁ嬉しくはあるけど」
彼女たちは学校や普通の生活よりもエドと一緒にいる事を選んだのだ、普通の子供として得られるものと秤にかけてそれでもエドと一緒にいる事を選択した
それはエドにとっては嬉しいことなのだが、彼女たちのことを思うと素直に喜んでいいのかはわからない、何とも複雑な心境だった
「これからが大変だな、あの子たちをしっかり育てないといけない、責任が重くなったわけだ、なぁボス?」
「カレン、君も手伝ってくれるんだろう?僕だけであのお転婆たちを育てるのは少々骨だよ、もちろんヴァルたちも手伝ってくれないと」
一緒にあの二人を育て指導し続けているカレンとしても、あの二人がエドを選んだことは嬉しいのか、僅かにほおを緩めていた
努力に対してしっかりと報いてくれるというのは嬉しいものだなとカレンは小さく息をついている
教師という職に就くのも悪くはなかったかもしれないなと、そんなありもしない想像をするほどに
「何はともあれ、シズキ・・・一か月間あの子たちの面倒を見てくれてありがとう、結構大変だっただろう?」
「なに、うちには相手をしてくれる奴らがたくさんいたからな、そこまで苦労はしなかったよ」
リビングにいるそれぞれの人外たちが微笑みながら静希の言葉に応えている
静希一人だったらきっと苦労したのかもしれないが、幸か不幸かこの家にいるのは静希だけではなかった
人間だけではなく人外までいるこの家に、二人の子供がやってきたところで特に何の苦労もないのである
「また留学させたくなったら言え、その時はまた宿を提供するよ」
「そうだね・・・うん、お願いしようかな」
静希とエドは笑いながら互いに握手を交わす、助けになると誓ってもうどれくらいだろうか、静希とエドはその誓いを守って友好的な関係を築き続けている
これがいつまでも続けばいいものだなと二人は心の底から思っていた
アイナとレイシャが片づけを進めている中、静希の家のインターフォンが鳴り響く
今度は一体誰だろうかとオルビアが対応すると、そこには荷物を持った陽太と陽太を引き連れている鏡花がいた
「あれ鏡花、どうしたんだ?」
「どうしたって、あんたさっき伝えておいたでしょうが、アイナとレイシャに餞別を渡しに来たのよ」
鏡花が陽太に言って荷物を降ろさせると、それらは金属音を若干鳴らしながらリビングに広げられていく
一体なんだろうかと静希達が覗いていると、鏡花たちが来たことに気付いたのかアイナとレイシャもリビングにやってきた
「あ、ミスシミズ、ミスターヒビキ、こんばんは」
「どうしたんですか?何かあるんですか?」
みんなで囲んで何かを見ている状況が気になったのか、二人は覗き込もうと必死にジャンプしている、だが悲しいかなこの身長差ではさすがに覗くことはできそうになかった
「あんたたちにプレゼントよ、留学も終わったし、これもいい機会だったからね」
プレゼントという言葉にアイナとレイシャは一層興味を惹かれたのか、何とかしてそれを見ようと上からではなく下から潜り込む形で鏡花の持ってきたそれの下にたどり着いた
「「こ・・・これは・・・!」」
「あんたたち二人の装備よ、片方はアイナの、片方はレイシャの専用装備、んでもって二人に付けられる服を一つずつね」
鏡花が用意したのは上下が一体になり、なおかつ顔部分に仮面が取り付けられている戦闘服のようなものとそれぞれの装備だった
アイナの能力を一度に発動できるように服をすべて一体化させたアイナ用の迷彩服、これは二人とも着られるように二着用意していた
そしてそれぞれの装備とはそれとは別にある
「アイナ、あんたの能力はブービートラップとかに使えるわ、特注のグローブと腰、肩、腕に取り付けられるワイヤーとナイフのセットよ、よく考えて使うように」
「わぁ・・・!ありがとうございます!」
アイナの能力は透明化、と言っても実際には透明になるような光景を物質に張り付けると言ったほうが正しい
その為に大きなものであろうと小さなものであろうと透明化することができる、これはトラップにとってかなりの利点だ
見えない罠というのはそれだけで恐ろしいのである
ワイヤーを取り付けられるナイフのセット、全身に装着する形でなるそれはまるで静希と雪奈、そして熊田の装備を併せ持っているかのようだった
「レイシャ、あんたの能力は強化系統、打撃力とかを強化するために外装をいくつか作ったわ・・・成長することも考えて作ったから問題はないと思うけど・・・主に蹴りを中心にした装備よ」
「わぁ・・・!ありがとうございます!」
レイシャの能力は身体能力強化、他人にも渡せるという利点を除けば一般的な強化と何ら変わりない
拳を痛めることも考慮して鏡花はレイシャに蹴り重視の戦いをさせるつもりだった
彼女自身も殴るよりは蹴りを入れる方が向いていると思っているのだろう
脛、足の裏、つま先
他にもいくつかの部分に装甲のようなものを取り付けられるようになっている
成長してもつけることができるように少し可変できるだけのゆとりが設けられており、その分若干強度は落ちるが彼女たちが成長しきるまでの装備としては十分すぎるほどの物品である
それぞれの装備があまり重すぎないようにできる限り軽く、なおかつ装甲としても役に立つように工夫された逸品である
鏡花はこういった作業が本当に得意になったなぁとその場にいた三班の人間はしみじみと感心してしまっていた
「すまないねキョーカ、この子たちのためにこんなものを・・・」
「気にしなくていいですよ、前々から頼まれてたことですしね・・・それに静希の為だけに装備を作るのはちょっと不公平ですし」
以前静希に作った装甲を見てアイナとレイシャがうらやましそうにしていたというのを鏡花は聞いていたのである
これを機にいろいろと装備を作ってあげるのもいいかもしれないなといくつか試しに作っていたりもしたのだが、それは内緒である
「ミスシミズ!似合っていますか?」
「どうですか?決まってますか?」
「えぇ、とっても格好いいわよ、この辺りもうちょっと微調整しましょうか」
早速戦闘服とそれぞれの装備を身に着けたアイナとレイシャは見せびらかして自慢しようとしていた
全身を纏うタイプの装備であるために顔も全て隠れてしまう、アイナの能力を活かすために必要なものであるというのはわかるがどっちがどっちだか装備を見ないとわからなくなってしまうのは少し欠点だったかもしれない
だがこれで一発で全身透明になることができるのだ、そう言う意味では非常に有用な能力だろう
それぞれ身に着ける装備の微調整をしながら鏡花は小さく笑う
この装備で戦う姿を想像したのか、それともこの装備が使われないことを祈っているのか、それは誰にも分らなかった
本気投稿に加え誤字報告二十五件分で五回分投稿
長かったので前編後篇に分けます。ご容赦ください
これからもお楽しみいただければ幸いです




