順調か否か
「なるほどね、確かに逃げないように囲っておいた方がよさそうだけど・・・どうやって仕留めるわけ?」
「ん・・・いくつか考えたけど、これを使うのが一番手っ取り早いんじゃないかと思う」
静希は左腕を叩いて水の底に視線を向ける、鏡花の能力で湖底を水面近くまで押し上げれば十分に威力を保持した状態で使用できるだろう
使用するのはスラッグ弾かライフル弾、散弾では弾が小さくなりすぎる関係で威力が減衰してしまうかもしれないのだ
後はどちらを選ぶかである、無論他にも手はある
例えば太陽光を照射するでもいいし、高速弾を使って跡形もなく吹き飛ばすでもいい、とれる手段はいくつかあるのだ、問題は周囲に及ぼす被害が大きいという点である
「まぁ一応壁は作っておくわ、陽太は今どうしてるの?」
「あいつにはダミーの所に行かせた、笠間さんたちも一緒に行動してるはずだから今頃ダミーに御執心だ、見つけられればの話だけど」
静希達が作った奇形種のダミーはかなり大きな魚だった、種類までは静希も知識がなかったためにわからなかったが七十センチほどの大きさの魚だ
尾ヒレの部分を奇形化させたとはいえ魚であることには変わりはない、自由に動き回る魚を確認できるかどうかは笠間達の行動次第だろう
「それでこっちの大きさは?手ごわそうなの?」
「全長二メートル、亀とワニを足して二で割ったような感じらしい」
「・・・どっかの飼い主が捨てたペットかしらね」
おんなじこと言ってるよと静希と明利は笑っているが、状況からして笑いごとではないのだ、どこから来たのかは知らないがそれだけ大きな生き物をこんな湖の中に放せば生態系に多大な影響を及ぼす
例えこの奇形種が草食だったとしても、この辺りにある藻や水草などは食い尽くされる可能性がある、そうなってくると他の草食の魚たちが全滅しかねないのだ
逆に今回の奇形種が肉食だった場合はさらに手におえない、そのあたりの魚や生き物を徹底的に口に入れていくだろう、直接的に生態系に影響を及ぼすとなると捨て置けない
やはりこの場で始末しておいた方がよさそうだった
「よし、壁はできたわ・・・あとは湖底を押し上げればいいのね?」
「あぁ、相手が普通にしていられるギリギリで頼む」
「また難しいことを・・・体がすっぽり水で覆われてればいいのよね?」
鏡花が能力を発動してゆっくりと湖底の地面を湖面方向へと押し上げていく、余計な水は壁に空けた穴から排水され、少しずつではあるが湖底にある影のようなものが見え始める
そして静希達も視認できるような距離になるとその全貌が明らかになった
明利の言っていることは正しかった、確かに亀とワニの中間のような姿をしている
顔は亀のそれに近い、だが体が妙に細長く背中に甲羅を背負っている、手足や尾もそれと同じくらい長く、妙に太い
「これは・・・亀の奇形種かしら?」
「・・・ワニの奇形種かも知れないぞ?」
日本にワニが住んでいないことはさすがの静希も知っているが、これがペットだった可能性を考えるとあり得ない話ではない
一体どちらの奇形種なのか、どちらにしろ鰓呼吸などはできないはずなのだがと思いながら全身をしっかり観察していく
手足はどちらかといえば亀のそれに近い、妙に細長く、体が大きいことを除けば亀の姿に間違いはないだろう
甲羅が細長いせいで動きにくそうだが、動作そのものは亀のそれに近い
今回の目標はこの亀の奇形種と見て間違いないだろう
「明利、とりあえずこれに触ってマーキングしたほうがいいんじゃない?」
「う・・・うん・・・ちょっとだけ・・・ちょっとだけ触らせてね?」
暴れないでくれるのを祈るばかりだが、明利は邪薙の障壁を伝って奇形種の真上に行くとゆっくりと手を伸ばして甲羅に触れようとする
ほんの一瞬だけ触れてすぐに手を離すと明利は大きく息をついて安堵した
どうやら無事マーキングができたらしい
「これで大丈夫、どこに行っても索敵できるよ」
「よしよし、第一段階クリアね、あとはこいつをどうやって対処するかだけど・・・」
目の前にいる奇形種を見ながら鏡花は静希の方を見る
水面ギリギリのところまで奇形種を持ってきたとはいえ、この大きさの亀を一撃で屠ることができるか、それは静希にかかっているのだ
静希の左腕の大砲なら可能かもしれないが、即死させられるかと聞かれると首をかしげてしまう
とりあえず静希は左腕の大砲にスラッグ弾を装填することにした
甲羅などを有しているのであれば粉砕する形で一撃を与えたほうがダメージが大きいと判断したのである
「どうするかな・・・亀って頭潰せば死ぬのか?」
「全身を一気に吹っ飛ばすことができれば死ぬんじゃない?反撃できない状態にしてこう滅多打ちに」
「なんだか可哀想だけど・・・仕方ない・・・よね・・・」
明利からすると目の前で生き物が死ぬというのはあまり見たくない光景だろうが、これも仕方のないことである
とりあえず奇形種の行動範囲を限りなく限定するために鏡花が徐々に壁の範囲を狭めていく、これなら外してもすぐに逃げるという事はできないだろう
いつでも追撃ができる状態にしておく必要があるため鏡花と明利に一応銃を持たせ、遠くで待機していてもらうことにし、静希はゆっくりと奇形種に近づいていく
いざ攻撃してみようとした瞬間、鏡花の携帯に連絡が入る、電話のようで相手は陽太からだったらしい
ちょっと待ってと鏡花が静希の攻撃を一旦止めると、通話し始める
「もしもし?なによ陽太、今こっちは結構緊迫した状態なんだけど?」
『いやこっちもやばいって、何でかわからんけどそっちに行こうとしてるんだよ、止めようとしてるんだけど言う事聞かなくてさ』
はぁ?と鏡花は声をあげてしまう、そして陽太達のいる方向に目を向けると確かに足場を伝ってこちらにやってこようとしているのが確認できた
ダミーを発見できなかったのか、それとも単にこちらの動向に気付いただけか、どちらにしろ面倒なことには変わりない
「鏡花、足場を落して動けないようにしておけ」
「はいはい・・・ったくなんでこっちが気を遣ってやってるってのにそれをぶち壊そうとするんだか」
鏡花が足場を叩いて自分たちが立っている場所の周囲に続く足場を元に戻すと、笠間達はそこで動けなくなったのか何やら声をあげて抗議している
何か言っているのは聞こえるのだが、何を言いたいのかが分からない、三人同時に声をあげればどういうことになるかわかるだろうに、さすがに三人の行動が残念に思えてならなかった
「おいおいどうするよ・・・あれ見てる前でやれってか?」
「そうするしかないでしょ?変なことされる前に・・・ってあの人たちなにもってるのあれ?」
鏡花が笠間達の方を見ると、三人のうちの一人が何か機械のようなものを持っているのがわかる
一体何をしているのか、機械のようなものを水につけて何かをしようとしているのがわかる
「・・・何やってんだあの人達・・・」
「・・・やば!陽太!その人たちを止めなさい!」
鏡花の叫ぶと同時に、危険であることを察知したのか陽太が機械を取り上げようと、静希がその場から退避しようとするが、数瞬遅かった
水が一瞬震えるとほぼ同時に奇形種のいた場所に変化が起きる
鏡花の作った壁を乗り越えるように水が動き、まるで軟体のようにうねりながら緩やかに移動している
能力を使われた
それを理解した瞬間静希は明利を抱えて鏡花の方に投げる、それと同時に彼女たちの下にフィアを預け能力を発動させる
巨大な獣の姿となったフィアは二人を抱えてすぐにその場から離脱し、静希も水上バイクにまたがってすぐにその場から離れた
緩やかに移動する水の塊、水にのみ働く発現系統の念動力か、あるいは水そのものを発現しているのか、あるいは水に力を与えているのか
どちらにせよ危険なのは間違いない、すでに明利のマーキングはしてあるのだ、一度態勢を立て直す必要がある
鏡花と明利を乗せたフィアが十分距離をとり、静希が陽太を回収しようと笠間達の方に進路を向けると奇形種を取り込んだ状態の水の塊が若干変化していく
何やら表面に水の粒のようなものができているのだ
あれは一体なんだろうか
それを理解するよりも早く、静希は何か嫌な予感がしてアクセルを全開にして笠間達の前に躍り出る
笠間達と組み合っていた陽太もその行動に気付き、すぐに臨戦態勢に入る、だが数瞬遅い
まるで触手のように勢いよく伸びてくる水のムチが一斉に静希達に襲い掛かる、しかもその先端は氷でできた刃で形成されていた
水の形状変換と状態変換、本来流動的であり重力に従って留まるはずの水の形を変え動かす、それがあの奇形種の能力であると気づくのに時間はかからなかった
静希はとっさに笠間達を突き飛ばし距離を作ると、水上バイクのアクセルをふかしてウィリーの要領で船底を強引に盾にした
無数に襲い掛かる水のムチの内の何本かは静希の思惑通り水上バイクの船底に突き刺さるが、他の何本かは前に出ていた静希の体に直撃していた
脚、腹、腕、突き刺さる氷の刃と鞭を睨みながら静希は自分の後ろにいる笠間達の無事を確かめる
問題ない、この程度の負傷なら邪薙の力を借りるまでもない
「陽太!焼き払え!」
「オーライ!」
反応が遅れて盾にはなれなかったが、陽太は自分の役割をすでに理解していた
能力を発動し右腕に槍を作り出すと静希達に襲い掛かっている水の鞭を一つ残らず蒸発させていく
いくら能力で操ろうと水は水、蒸発させてしまえば一旦変換の能力は効かなくなるのだ
「相手は水の変換、火力を維持した状態で防衛、できるな?」
「任せろって、お前は・・・平気みたいだな」
静希が自分に突き刺さった氷の刃を引き抜くとすぐに左腕の効果が発動し傷を癒していく、数秒経てば既に痕も全くなくなっていた
変換の能力を基としているからかそこまで速度も威力もない、いい能力であるのは認めるが水にしか効果を及ぼさないのでは静希達を殺すには不十分だ
相手がただの奇形種という事もあって出力自体もそこまで高くは無いようである、完全奇形や悪魔の戦闘を経験している静希からすればまだ恐れるには値しない
体から流れた血を拭う事もしないで静希は後ろにいる笠間達を睨み、思い切り地面に組み伏せる
「何考えてるんだ、一体何をしたかわかってるのか!?俺らを殺すつもりだったか?」
「ま、待ってくれ!ただ私たちはあの生物を一目見ようと」
「ふざけるなよ、お前達のせいで能力を発動された、面倒なことしやがって、どう落とし前付けるつもりだ?あぁ!?」
静希が殺気すら混ぜながら怒鳴るとその場にフィアに乗った鏡花と明利がやってくる
フィアの姿に笠間達は驚いているようだったが今はそんなことを気にしている余裕はない
「ちょっと静希、あんた何やって」
「鏡花、こいつら全員拘束しておけ、俺の考えが甘かったよ、まさかあれだけ手を打っても邪魔されるとは・・・本当に研究者とかにはバカしかいないのか?」
体にある血の流れた痕、そして静希の激昂ぶりからさすがにこれは従うほかないなとフィアから降りた鏡花は笠間達三人に拘束具を付けていく
抗議の声が聞こえたが静希が一睨みするとその声は小さくなっていった
「とにかくその三人を別の場所に運ぶぞ、陸地に適当にころがしておいてくれ、俺らはあれの対処をする」
「あーあ・・・あんだけ頑張ったのに結局こうなるのか・・・私達だけで行動したほうが楽だったわね」
全くだよと静希が呆れている間に、明利を降ろしたフィアが三人の体を包み込み移動を開始する、三人を安全な場所に運んでいるのだろう、鏡花が作り出した足場を伝って陸地へと走っていくのが見えた
「さて・・・どうするの?」
「相手の能力は水の形状、及び状態変換、水を鞭みたいにして先端部分を凍らせて攻撃してくるってのはわかった・・・鏡花、このバイクちょっと直してくれ、底の部分を盾にしたんだよ」
「はいはい、それでどうする?」
この場に全員がそろっている、今すぐにでも戦闘は開始できるが、多少準備が必要だろう
特に相手の能力はすでに判明しているのだ、その対策も簡単に取れる
「鏡花は相手を中心に壁を作って水をとにかく入らないようにしてくれ、可能な限り相手が使える水を減らしていく、俺が先行して囮役になるから陽太はあいつの水を蒸発させ続けて鏡花が壁を作る時間を稼ぐ、明利は場所のナビゲートだ」
それぞれに指示を出し終えると静希は投擲用の槍を左腕の装甲についているワイヤーに接続し、水上バイクにまたがって亀の下へと接近し始め、陽太はそれに追従した
鏡花は陽太が動くための足場と自分たちの身を守るための壁を、そして奇形種の使える水を限定するために奇形種の周囲に巨大な壁を作り出していく
先行した静希と陽太は奇形種を中心に円を描くように移動し続けていた
捕捉と追尾能力自体はあまりないのか、水の鞭は静希を捕えようとしているがその速度を追い切れていない、明らかに動きが遅れた水を次々と陽太が蒸発させその数を減らしていく
可能ならばとっとと仕留めたいところだが、相手の能力がわかっているのだ、可能な限りその力を削いでいき、何もできない状態になってから仕留めるべきだ、格下相手に一か八かなどする必要はない、確実に勝てる戦いをすればいいのである
そうこうしている間にも亀を中心として大きな壁が作られていく、湖底も同時に変換しているのだろう、水が徐々に排除されていきその総量を減らしている
湖底が水面に近づいていくのと同時に静希の下にフィアが戻ってくる、どうやら三人を無事陸地に届けることができたのだろう
水上バイクを乗り捨てフィアにまたがると静希は再び円運動を続け奇形種を翻弄していく
水が少なくなっていることに気付いたのか、奇形種は水を操って壁を乗り越えようと移動を始める、このままでは逃げられるだろうと察した静希は左腕を駆動させる
「逃がすかぁぁぁ!」
投擲された槍は亀の体に突き刺さり、静希の左腕の装甲と繋がるワイヤーでその動きを阻害していく
まるで一本釣り漁のようだと考える暇もなく、静希は陽太に視線を向ける
その視線の意味を理解し陽太は周囲の水を徹底的に蒸発させていき、とにかく亀が使える水を失くしていく
そしてもう残る水は亀が周囲に纏っているほんのわずかな水を残すのみとなっていた
「そろそろ行ってもいいか?」
「そうだな、決めてこい!」
静希の言葉に陽太はやる気をみなぎらせながら一度奇形種から距離を置いた
逃げようとする奇形種を静希が押さえ、陽太が一気に勝負をかけようと槍に炎を込める
今までで一番大きな槍、どれほどの炎が込められているのかを推し量ることもできないほどの巨大さと熱量、たとえ水を纏っていても、それごと貫くという意志を持つ巨大な槍
「おおおおぉりゃああああああ!」
陽太が絶叫と共に突進すると奇形種もその危険性を察知したのか、水の鞭を陽太めがけて放ってくる、だが陽太が用意したのは右腕の槍だけではなかった
その左腕には盾、相手からの攻撃から身を守るための防具
襲い掛かる水の鞭をすべて左腕の盾で防御しながら、陽太は思い切り槍を振りかぶる
何とか逃げようとするも、静希の槍が刺さっているせいで身動きができない、能力を発動しても残された水の量では全く通じない
そう、完全な詰みの状態になってしまっているのだ
人間に能力戦で勝つには、それなりに頭を使った戦い方をしなくてはならない
ただの獣では、ただ能力を持っただけの獣では能力者に勝てない、それを体現するかのように陽太は槍を水の塊へと突きだした
陽太の槍は奇形種の周囲にあった水を一瞬で蒸発させ、その体を貫いていた
僅かにその槍は小さくなっていたが、一撃で奇形種を葬っていた
突き刺さった槍は奇形種の体を、その細胞の一つに至るまで焼き尽くしていった
奇形種がちゃんと絶命したかどうか確認するために静希と陽太は一度距離をとって明利の方を向く
鏡花が作った壁がゆっくりと湖の底に沈んでいき、その向こうから腕で大きな丸を作っている明利がいる
どうやらしっかりと一撃で始末することはできたようだった、静希と陽太は安心して焼け焦げた奇形種の下へと向かう
「うわぁ・・・自分でやっておいてなんだけど酷い有り様だな」
「まったくだ・・・ちょっと芳ばしい匂いがするのは気のせいか?」
一部炭化しているところがあるものの、腕や尻尾の部分は丁度良い焼き加減になっている気がしてならなかった
これがワニの奇形種なら食べることも検討したのだが、これが亀の奇形種である可能性があるために食べようとする気は微塵も起きなかった
「とりあえず回収するか、このままおいておくとあれだし」
「そうだな、そっちもってくれ・・・っていうか船の上に乗せればいいじゃん」
途中で乗り捨てた水上バイクのことを思い出し、静希もそう言えばとそちらを見る
水が限りなく排除されているせいで完全に陸に乗り上げてしまった船の状態になっているが、鏡花がこの辺りを元の地形に戻せば再び船としての機能を取り戻すだろう
「にしても重いな・・・やっぱりこのでかさだと運ぶのも一苦労だよ」
「まったくだ・・・っていうかこいつってなんの奇形種なんだろうな?ワニ?亀?それとも蜥蜴か?」
「甲羅の感じからして亀っぽいけどな」
完全に絶命したことでその全貌をよくよく確認してみれば、ところどころに確かに亀の面影がある
甲羅や手足は太く、大きな体を支えるのに適しているように見えた
亀にしては尾が長いが、そのあたりも仕様なのだろう、こういう形で生まれてしまったというのはある意味この生物の宿命だったと言えるだろう
たとえ自分が動きにくかったとしても
思えば奇形種の中には本来の動きを阻害するような生き物もかなりいた、以前の無人島で出会ったイノシシがそれにあたる、自分の足よりも長い別の足を持ったかなり不恰好な奇形種、ある意味不気味だったのを今でも覚えている
何とか水上バイクの下まで奇形種の亡骸を運ぶと、静希と陽太は力を合わせて何とか奇形種を持ち上げて水上バイクの上に乗せる
「よいしょっとこら・・・鏡花!いいぞ!水戻してくれ!」
静希の言葉に鏡花は手を上げて応えると、静希の周りに徐々に水が戻ってくる、いや正確に言うなら静希達が立っている地面が少しずつ湖面の方に戻っているのだ
「陽太、俺はこいつを運ぶから、お前は明利と鏡花を頼む、いろいろやることあるだろうから」
「あいよ、任せとけ」
船が十分水に浸かり、問題なく動かせるようになると静希はゆっくりと進み始めた
全く固定していないためにゆっくりと進んで落さないようにする以外に方法がないのである
まさか奇形種の亡骸を運ぶことになるとは思わなかっただけに静希は複雑な顔をしていた
あの時もう少し早く自分が攻撃していれば面倒は起きなかったのだろう、あの時一体笠間達が何をしたのか気になるが、それは後で問い詰めることにして今はこれを運ぶのに専念したほうがいい
そんなことを考えていると静希の携帯が震えだす
誰だろうかと携帯の画面を見るとそこには雪奈の名前が表示されていた
一体このタイミングで何で電話をしてきたのだろうと思うのだが、戦闘中でなくてよかったと思うべきだろう
「もしもし、雪姉か?」
『あ、静、よかった繋がった、今平気?』
「あぁ、ひと段落したところ、狙い澄ましたかのようなタイミングだよ」
本当に今のこの状況を見ているのではないかと思えるほど最高のタイミングだ、奇形種の討伐も終わり、あとは他に奇形種がいないかを確認するだけの作業である
もしいた場合はそれはそれで面倒なのだが、今はよしとしよう
「で?なんか用か?」
『ん・・・一応確認しておこうと思ってね、渡しておいてくれたお金で浴衣を買ってあげようと思うんだよ、いいかな?』
浴衣、その言葉に雪奈が何をしようとしているのかをなんとなく理解する、要するにアイナとレイシャを祭りか何かに連れていこうとしているのだろう、日本の思い出を作るには確かにうってつけのイベントである
「ん・・・まぁそれくらいならいいぞ、ちゃんと似合うのを買ってやれよ?」
『わかってるって、ちゃんとそれぞれにお似合いのを見繕ってあげるさ、それじゃ実習頑張ってね』
まだ実習が終わっていないことを理解しているのだろう、雪奈はあっけらかんと言ってのけて通話を切る
本当に浴衣の件を確認するだけのために電話してきたのだろう、マイペースというかなんというか
もし自分が戦闘中だったらどうするつもりだったのだろうかとほんの少しだけ疑問が残る静希であった
「オッケー、静の了承は取れたよ」
場所は変わって駅前のデパートの中、雪奈達は今朝言っていたように浴衣を買いに来ていた
一応出資者の了承をとるのが常識だという事を諭され、静希に電話したが一応許可は取れた、これで問題なく浴衣を買いに行けるというものである
「で、でもごめんなさい、私達の分まで・・・」
「いいのいいの、静はああ見えて結構稼いでるからね、こういう時には遠慮しないの」
「あ、ありがとうございます」
東雲姉妹にお礼を言われている雪奈は得意げに胸を張っている
そう、結局アイナとレイシャだけではなく、東雲姉妹の分の浴衣も買ってあげることになったのだ
静希は恐らくアイナとレイシャの分だけという認識だっただろうが、そのあたりを明言していなかったため上手く伝わっていない可能性があるのだ
「でも意外だったな、風香ちゃんや優花ちゃんはもう浴衣持ってると思ってたよ」
「一応あるにはあるんですけど・・・」
「もう小さくて着れないんです・・・身長伸びちゃって」
東雲姉妹の言葉になるほどねぇと雪奈は納得する
自分の近くにいた女の子がまったく成長しないタイプだったからすっかり忘れていたが、本来の女の子の身長というのは中学生くらいまでは伸びるのが普通なのだ、小学校の低学年頃に持っていた浴衣や服なども着られなくなっても何ら不思議はないのである
そんな話をしながら浴衣コーナーにやってくると、やはり季節だからなのか、それとも休日だからなのか妙に人がたくさんいた
女性客もさることながら男性客の姿もいる、近くに男性用の浴衣が置いてあるからだろうか、商品を熱心に眺めているようだった
「ミスミヤマ、これ全部ユカタですか?」
「こんなにたくさんあるんですか?」
「そうだよ、この中から君たちに合うものを見繕っていくのだよ」
みんな美人さんだからきっと似合うぞと雪奈はニヤニヤと下卑た笑いを浮かべている
雪姉が暴走した時は止めてくれよと言づけられているカレンは雪奈の動向に注意しながらも店の中を物色し始めていた
カレンも浴衣というものは実際に手を取ってみるのは初めてだ、テレビなどでこのような服があることは知っていたがこういう類のものであるとは思わなかっただけに少し意外そうだった
「ミスアイギスも一緒に選びましょう」
「ミスアイギスならきっと似合いますよ」
「え?私は別に・・・」
さぁさぁこっちですとアイナとレイシャに手をつながれ、カレンは半ば強引に引き連れられてしまう
こういう時に少しでもリフレッシュできればいいというアイナとレイシャの気遣いかと思ったのだが、彼女たちにそのつもりはないようだった、ただ単に一緒に選びたいだけなのである
子供というのは本当にいいものだなと、それを眺めている雪奈は微笑ましくなっていた
だが選んでいる途中で外国人組はあることに気付く
着方がわからないのだ
「あのう・・・ミスシノノメ、これはどうやって着るんですか?」
「ボタンなどの類がないのですが・・・?」
普段和服など着ないためにボタンのない服というものが存在することを知らなかったのか、アイナとレイシャは非常に戸惑っていた
もしかしたら自分たちがいじっている間にボタンをとってしまったのではないかと不安そうにしている二人に、東雲姉妹はそれぞれ着方をレクチャーしていた
「こうやって・・・こうして・・・あとは帯を結べばオッケーです」
「今は服の上からですけど、本来は肌着の上から着るんですよ」
衣服の上から軽く浴衣を着せてもらったアイナとレイシャは和服というものに感動していた
今まで自分が着たことのない衣服、少なくともボタンがないという衣服はかなり新鮮だったようでくるくる回ったりポーズをとってみたりしている
「ですがこれだとはだけやすいのではないでしょうか?なぜこうもぴっちりと・・・」
「結んでいるだけとは・・・日本人は何を思ってこんな服にしたんでしょうか・・・」
不思議ですと二人して和服の構造やその原点に関しての考察をしながらも自分たちが着ている浴衣を見ながら首をかしげている
確かに外国人からすればボタンのない服というのはTシャツくらいのものだろう、前が完全に開いてしまっているのに留めるためのボタンがないというのはかなり不安なのだろうか、あちこち観察しているようだった
「そう言えば浴衣を買うなら履物も買わないとね、脚だけ普通の靴じゃおかしいし」
「何か履くものがあるのですか?」
「ブーツか何かですか?」
和服を着る時に履くものと言えば下駄や雪駄、あとは草履くらいのものだろう、その類のものも全く知らないアイナとレイシャを連れて雪奈はそう言うものが売っているコーナーへと向かっていった
この後もかなり時間をかけてそれぞれの浴衣を選び、さらに付属品まで購入してアイナとレイシャを着飾らせていた
二人を見た静希達がどんな反応をするのか、それを楽しみにしながら雪奈たちは買い物を続けていった
「ほう・・・これが今回の奇形種か・・・」
場所は戻って静希達のいる湖のほとり、奇形種を桟橋近くまで運び終えた静希は先に戻っていた陽太達と協力して奇形種の亡骸を陸の上にあげていた
そして明利が連絡していたのだろうか、桟橋の近くでは城島が腕を組んだ状態で待っていた、そしてその近くには未だ拘束されたままの笠間達の姿もある
状況は終了しかけているというのにこの異様な光景、どう説明したものかと静希は困っていた
そんな気持ちは知らんと言わんばかりに城島は静希が陸にあげた奇形種を観察している
とどめの一撃やどういう状況でそれを使ったのかを亡骸から分析しようとしているようだった
「能力を使われたか、お前達にしては詰めが甘かったか?」
「いえ・・・途中まではなにも問題なかったんですけど・・・あの人たちが・・・」
静希が視線を向けると、城島はなるほどなとある程度何があったのかを察したのか小さくため息を吐いた
「だが一体何をされた?無能力者が攻撃したところで高が知れているだろう」
「あ、それはこれっす、あの時これを水に着けてなんかやってました」
陽太が思い出したかのように地面に置いてあった機械を持ち上げる、どうやら陸に戻る際に笠間達が使っていた機械を回収しておいたのだろう
陽太がもっているそれは機械の部分から何かチューブのようなものが伸びているように見える、一体何をする機械なのか見当もつかない
「なるほど、道具で邪魔されたか・・・音か電気を流して生き物を驚かせる道具・・・といったところか」
「あー・・・そう言えばあれやったらいきなり暴れてたからなぁ・・・」
水中にいる生物は基本的に臆病な個体が多い、特に亀は臆病な性格のものが多いと聞く
自らに危険が迫ると噛みついたり逃げたりと抵抗を始めることがある、今回のもそれだったのかもしれない
いきなり周囲が明るくなり、見える範囲に見たことのない生き物が現れ、あまつさえ触ってきたりしてきたと思ったらいきなり音か電気を流されてびっくりしたのだろう
能力の発動がこんな些細なことで起こるとは思っていなかっただけに静希達は若干呆れていた
「ところで清水はどこだ?報告は班長がするべきだろうが」
「あー・・・鏡花は南側の区画分けしてた網を取り外してます、南側はもう索敵終わったんで北側との分断だけでいいだろうって」
まだ奇形種がいるかもしれないことを考えれば区画分けは完全に外すべきではない、だが今のところ南側には何もいないという事がわかったのだ、南側だけは区画分けを解除しておいてもいいという判断になったのである
ただでさえ時間がないという事で明利達に報告を任せて鏡花は徹底的に区画解除を行っているのだ、今回一番働いているのは間違いなく鏡花だろう、本当に頭が下がるばかりである
「ふむ・・・だが奴がいないと拘束を解除できないのではないか?」
「あ・・・」
そう言えばそうだったと静希達は笠間達の方を見る
彼らは両手両足を完全に拘束されてしまっている、しかも時間がなかったからか岩の塊で両腕両足を固定させられているだけという何とも雑な拘束方法だ
これが手錠などであれば鎖部分を静希の左腕で破壊できたのだが、さすがに岩の塊となると砕くのは難儀だ
破壊するだけなら可能だろうが、笠間達の手足を傷つけずにとなると難易度が高い、変換系の能力でも持っていなければ無理だろう
「どうしようかこれ・・・少しずつ削っていくか?」
「いやさすがにこれは・・・鏡花の奴かなり焦ってたんだな」
人を拘束するという事に関しては鏡花はかなりの技術を持っている、陽太を良く拘束しているからか、関節部なども考慮して人を傷つけないような拘束具を作れるのだ
だが今笠間達を拘束しているのはただの岩、はっきり言って人にやさしいとはお世辞にも言えないようなものだ
これではさすがにずっとこのままというのはかわいそうである
「時に笠間さん、どんな気分ですか?生徒たちの邪魔をしてこんな姿になっている、こういうのを無様というのですね」
「先生、無駄に挑発しないでください、陽太しっかり押さえてろ、動かないように」
「あいよ」
静希は陽太と協力して岩を少しずつ削る作業に移っていた
左手を駆使して少しずつ外側から砕いていく、どこまでが安全かなどは完全に勘だ、はっきり言ってどのあたりまで砕いていいのか見当がつかない
こういう時に変換の能力があればいいのにと静希はため息をつく
「静希君、これ使ってみて」
「ん・・・あぁそうか、試してみるか」
明利が取り出した種と液体を見て静希は彼女がやろうとしていることを理解したのか、小さな穴を作ってそこに種を入れていく
そこに明利が液体を注ぎ込み能力を発動すると、ゆっくりと種から植物が育ち始める
植物の根というのは強い、岩やコンクリートでさえも少しずつ侵食していくことができるのだ
何も外側から割る必要はない、植物の力を借りて少しずつ内側から割ればいいだけの話なのだ
もっとも、それもかなり時間がかかるが
「よし行けるか?」
「引っ張るぞ!せーの!」
静希と陽太が全力で力を込めると笠間を拘束していた最後の岩が真っ二つに割れ、全員を無事に拘束から助け出すことができたのである
「あぁ・・・ようやく外せたよ・・・ほんと鏡花にしては珍しいなこんなに雑なの」
「焦ってたってのもあるけど多少イラついてたんじゃねえの?余計な手間が増えたわけだからな」
「じゃあ普段の生き埋めはイラついてないのか?あれ結構来てると思うぞ?」
「いやいや、あいつの生き埋めは案外快適だよ、むしろ正座の方がきつい」
静希と陽太はそんなまさかなんて話をしながら笑っているが実際に能力を向けられた笠間達からすれば笑いごとではない
生き埋めなんて単語が聞こえた時点で彼らはもしかしたら班の中で一番危険なのは一番まともそうだった鏡花なのではないかと思い始めているのだ
実際この班の中で一番強い能力を持っているのは鏡花だ、その気になればこの湖も跡形もなくできるだろう、なにせ彼女は『天災』の名を冠する人物なのだ
性格的な意味で危険なのは静希、能力の強さ的な意味で危険なのは鏡花、暴走しそうという意味で危険なのは陽太、キレたら何をするのかわからないという意味で危険なのが明利
この班は危険な人間で満ちているのである
「んじゃ陽太、先生、この人達の対応はお任せします、俺と明利はまた索敵に行ってきますんで」
「待て五十嵐」
静希と明利が移動しようとする中、城島は一度静希を呼び止める
なにせ静希が羽織っているパーカーには血が滲んでいるのだ、すでにその傷は無いとはいえ負傷したことには変わりない
「行動するにあたり問題はないか?出血の状況は?」
「え?あぁ問題ありません、明利もこのくらいの出血量なら大丈夫だろうって」
すでに明利のメディカルチェックを終えている静希は問題なく活動できるだろうと感じていた
これ以上の出血はさすがに貧血を起こすかもしれないが、このくらいの出血ならばまだまだ問題はない
「わかった、今日中に索敵を終わらせれば明日は自由にしていいぞ」
「お!マジっすか!静希!明利!さっさと終わらせてくれよ!」
無茶言うなよと言いながら静希と明利は水上バイクにまたがり再び索敵を開始するべく湖の北側へと移動していった
静希と明利の姿が遠くになっていくのを眺めた後で城島はその場に座り込んでしまっている笠間達に目を向けた
「さて、今回の件・・・どのように思われていますか?」
城島の言葉に笠間はばつが悪そうにしている、自分たちが強行した結果、静希達を危険な目に遭わせた、しかも静希は自分たちの盾になって負傷したのだ、あの服に付いた血の痕、そしてその後に見せたあの剣幕、明らかに自分たちが彼らの邪魔をし、しかもかなり危険な状況にさせたのは言うまでもない
だがそれを認めるのは責任を押し付けられかねない、今のところは問題はないが後々になっていろいろ委員会の方や喜吉学園の方に借りを作る結果にもなってしまうのだ
「我々は我々の仕事をした、ただそれだけの事です、彼らがそうしたのと同じようにしただけ、何も問題はありません」
「・・・ふむ、あいつらもあなたたちの邪魔をし、自分たちも同じようなことをしたから問題は何もない・・・そういう事ですか・・・」
確かに笠間の言う通りきっかけにはなったかもしれないが実際に直接奇形種に手を出したわけでも、生徒である静希たちに直接危害を加えたわけでもない
静希達がそうした様に同じようなことをやっただけだ、確かに書類に記す上では問題はないように思える
だがだからこそ城島は舌打ちをした
「これだから無能力者は始末に負えない、自分たちがどのようなことをしたのかもわかっていないのだから」
明らかに敵意さえ向けている城島は笠間に能力を使い宙に浮かせてみせた
一体何をするつもりなのかと怯えている笠間の顔を掴んで自分の眼前まで引き寄せると、その鋭い瞳で笠間の目を睨む
「あなた方は働き者のようだ、危険な状況にもかかわらずためらうことなく進む、素晴らしい考えをお持ちだ、ですがご存知ですか?軍では無能な働き者は殺すしかないと言われているんです」
殺すしかない
その言葉に笠間はまさかと青ざめるが、その反応を見て城島は薄く笑って見せる
「私は殺しはしませんよ、せっかく生徒たちが身を挺して守ったんです、それを邪魔するつもりはない」
そう言って能力を解除すると笠間は地面に落下する、尻から落下したためにそこまでの痛みはないようだが、唐突なことに反応できていないようだった
「これは肝に銘じておいてください、今後能力者に協力を要請するのなら、もう少しだけわきまえたほうがいいです、立場がどうあれ現場ではあなたたちは無能なのですから」
仮に他の能力者があなたたちを守っていた時、もしかしたら殺されてしまうかもしれませんよと付け足して城島は笑う
その笑みは静希のものとはまた別の、鋭く恐ろしい邪笑だった
「・・・先生、何もあそこまで脅しかけなくてもいいんじゃないっすか?」
城島がホテルに戻ろうとする中、陽太は城島を呼び止めて小声で話しかけていた
今回は彼らは協力員という立場でここにいるのだ、そんな人間にあそこまで威圧するのはまずいのではないかと思えてしまうのだ
「バカを言うな、あぁいう輩は一度痛い目を見なければ学習しない、しかも今回無事に済んだという事もあってもしかしたら次はもっと厄介な事をするかもしれんぞ、それならここで軽く脅しをかけておいた方がいい」
人間というのは厄介なもので一度自分自身で失敗を学ばないと本当の意味で理解することができないのだ
仮に口で説明されても、何度も忠告や警告を受けても結局のところ本質的な危機を理解できない
多少大げさではあるにしろ、もし次があるとしたらこんなことになるかもしれないぞと予見しておいた方がいいのだ、限りなく実際に近い脅しという形で
「でも、あれだといろいろと後から文句言われるんじゃ・・・」
「そう言うのはお前達の心配することじゃない、あぁいう輩の後始末は私達の仕事だ、気にする必要はない」
例え現場で対応するのが静希達だったとしても、その後で苦情などを入れられた場合は城島達教師の仕事になる、そうなった時に生徒である静希達が気にするようなことはないのだ
静希達はすでにやるべきことをこなしている、気に病む必要もなければ負い目を感じる必要もない、ただ胸を張っていればいいのだ、なにせ問題など何一つ起こしていないのだから
「なんかそれだと先生たちに押し付けてる感じがするんすけど」
「何を今さら、教師というのは生徒の面倒事を押し付けられているようなものだ、そのくらいわかっていると思っていたがな」
教師というのはある意味かなり面倒な職業だ、生徒、保護者、同僚、上司、あらゆる存在から要望などを寄せられる職業でもある
大体の職業では人間関係が面倒になるのは当然として、教師はさらにその傾向が強い
もともと人間の子供を相手にする職業なのだから、それも当たり前かもしれない
だが彼女はそれを理解したうえで教師になったのだ、苦労を知りつつそれを享受したうえでも後悔はないだろう
「なんか先生ってすごい苦労する職業なんですね」
「それも今さらだな、お前達のような生徒を持ってしまったのが運の尽きというものだ、まぁそれも悪くはないがな」
ため息をつきながら、呆れと嬉しさを混ぜたような表情をしながら城島は薄く微笑む
バカな子ほどかわいいという言葉があるように、教師としても手間のかかる生徒程世話をしてやりたくなるのだろうか
城島が甲斐甲斐しく子供の世話をしているところなど想像できないが、少なくとも毎度毎度世話になっているのは事実である
実は子供好き、いや世話好きなのかもしれない
仮に子供好きだったとしてもこの目つきでは好かれることはないだろう、明らかににらんでるとしか思えないような目つきをしているのだから
「まぁなんにせよお前達が気にするようなことはない、これが私の仕事だ、子供は子供らしくしていろ」
子供は子供らしく
そうは言うが今までの静希達の関わってきた内容からして子供らしくあることができるかどうか、城島自身もそれを理解しているためにあまり真剣には言っていないようだったが、陽太はそれを聞いてつい笑ってしまっていた
「先生ってあれっすね、ツンデレってやつっすね」
「・・・どこをどう判断してそう思ったのかは知らんが・・・非常に不愉快な評価だな、もう少しまともな表現ができるようにしておけ」
何をどう思ってツンデレなどといったのかはわからないが、陽太からすれば割と真面目な発言だったつもりらしい
ひょっとしたら褒めているつもりなのかもしれないが、城島からすれば一種の嫌味ともとれる言葉にため息をついていた
ツンデレという言葉が褒め言葉になるとは思えない、だが城島も陽太がバカだという事を知っているだけにあまり強く叱れないのである
城島自身ツンデレというものに対してそこまで知識があるわけではない
あんたの為じゃないんだからね、とか別に嬉しくなんてないんだから、とかそんな言葉を使っていればいいのだろうか程度の認識しかないのである
そんな言葉を使ったことはなかったために若干疑問符を飛ばしていた
「とにかくお前らはこのまま仕事を続けろ、まだ仕事はあると思え・・・まぁ多少は楽になるとは思うがな」
「うっす、んじゃ行ってきます」
陽太が走っていくのを確認してから城島は再びため息をつく
ツンデレなどという風に言われたのは初めてだったために城島は少しだけ自分の評価を改めていた
そんな風に言われるようなことをしてきただろうかと今までの自分を省みているのだが、そんな評価を受けるようなことはしてきたつもりはない
ただそれも自覚できていないだけなのかもしれないと城島は自分の性格を見直すことにしていた
とりあえず家に帰ったら弟に話を聞いてみようと思いながら城島はホテルに戻ることにした
本気投稿と誤字報告を15件分受けたので四回分投稿
今回は多分一万六千字くらいのはず。この調子なら何とかなりそうですね
これからもお楽しみいただければ幸いです




