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J/53  作者: 池金啓太
三十一話「その場所に立つために」

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対応と批判と落差

索敵をし続けて数十分、湖のほとりに陽太の姿が見え、何やら手を振って合図をしている


こっちに来てくれという事なのだろうか、とりあえず静希も手を振って返すと陽太の近くに数人誰かがいるのがわかる


目を凝らしてよく見てみるとそれが笠間達であることがわかる、一体何が言いたいのか、わざわざ電話を使ってこないことに何か意味でもあるのか


どちらにしろ今は明利が索敵中で水の中に潜っているために身動きができない状態にある、呼ばれたところで向かうことはできないのである


そうこうしていると明利が水の中から戻ってくる、手を取って水上バイクの上に引きあげると静希はすぐにその体をタオルで拭いていく


「あれ?陽太君じゃない?なんか手を振ってるみたいだけど」


「あぁ、なんか用があるんだろうけど・・・どうするかな・・・このまま索敵してもいいけど・・・」


あのように陽太がわざわざわかりにくい動作でこちらに呼びかけているという事は、恐らく陽太なりに時間稼ぎの一環のつもりなのだろう


あのようにやって呼びかけてはいるがわかりにくい手段をとることで無駄に時間をかけるようにしているのだ、恐らくあれは笠間達が焦れて少し強引になるまで続けられるだろう


「明利、今は手を振ってこたえておけ、もう少ししたらたぶん反応が変わるはずだからそれまで待とう」


「う、うん・・・けどいいのかな?」


静希に言われた通り明利も手を振って陽太に応えるが、彼女としては今すぐに陽太の下に向かったほうがいいのではないかと思えてしまう


何かあったのではないかと思えてならないのだ


「大丈夫だ、もしなんかあったらそれこそ携帯とかで知らせるだろ、それをしないってことはそれだけの理由があるんだ、焦ってるのにわざわざわかりにくい手段で物を伝える必要はないからな」


あれはあれで考えた結果なんだよと静希が言うと、明利は少し感心していた


「陽太君もしっかり考えるようになったんだね・・・静希君がそう考えるのを読んだうえでそうしてるんだったら凄いよ」


「そうだな・・・前の陽太だったら考えられんな・・・本当に成長したもんだ」


昔の陽太を知っている静希と明利からしたらつい涙がこぼれてしまうような陽太の成長具合だ


鏡花の指導を受けて一年弱、あのバカだった幼馴染がしっかり物事を考えて行動するようになっている


考えることをしないというのは陽太にとって短所であり長所だった、だが最近は考えるべき時と考えないでいるべき時をしっかりと判別しているように思える


いつの間にかあんなに賢くなって、とまるで小さな子供を持った親のような心境だが、実際それくらい長く一緒にいたのだ、この反応も無理はないだろう


陽太が必死に手を振っているのを視界に収めながら静希達が二区画分の索敵を終わらせると、陽太のアクションが大きく変わり始める


能力を発動し、思い切り炎を燃え盛らせ自分はここにいるという事をむしろアピールしているようだった


「・・・あれは・・・さすがに止めたほうがいいんじゃないかな・・・?」


「そうだな、そろそろ限界か・・・明利、鏡花にメールで伝えておいてくれ、今から陽太の所に行くって」


「わかった」


明利は静希のポケットから携帯を取り出して鏡花にメールを打っていく


陽太にどのような思惑があろうと、あの炎はさすがに鏡花の目にも入っているはずだ、自分たちが行くという事を知らないとあの場所に班全員が集まることになってしまいかねない


ただでさえ鏡花の区画分けは時間がかかるのだ、それなら自分たちが動いた方が幾分かましというものである


本当なら明利をここにおいて索敵だけをさせておくのもいいかもと思ったが、さすがにそれはできない、非戦闘員の明利を一人にさせておく選択肢は今のところ静希にはなかった


「とりあえず陽太の所に行くぞ、またジャンプするからしっかり掴まってろよ」


「あ、安全運転でお願いね!」


明利がメールを打ち終わり、しっかり掴まるのを確認して静希は水上バイクを操っていく


鏡花の作った区画分け用の網を壊さないように邪薙にジャンプ台を作っていってもらうと、静希は颯爽と湖の上を走っていく


もはや連続ジャンプも慣れたものである、何度やったかもわからないほどにこの水上バイクでジャンプし続けているのだ、運転技術も向上するというものである


「でも一体何の用だろうね?船を出せないことへの抗議かな?」


「そんなくだらない理由で呼び出したんだったら思い切り舌打ちしてやるよ、さすがに他の理由があるだろ」


索敵をして目標を発見する、今静希達がしようとしているのは笠間達にとっても有用に働くことだ


それなのに船が出せずに少しの間行動不能になる程度で呼び出されるのでは溜まったものではない、水の中の生き物の調査であれば別に湖のど真ん中でなくてもできるのだ、そのあたりの浅瀬でやってくれというものである


何度目かのジャンプを終え、ようやくほとりまでやってくることができると、静希は大きくカーブさせてしぶきをあげた後に停止する


笠間達に水がかからないようにしながらも桟橋の近くに水上バイクを止めると近くに陽太達がやってくる、それを確認した後でため息をつきながら桟橋に登り、少しだけ不満そうな顔をして見せた


「で?さっきからなんだよ、こちとら作業中だったってのに」


「悪い悪い、『わかりにくくて悪かったよ』・・・あの人たちが話があるらしくてな」


陽太にしては含みのある言い方に静希の考えが正しかったことを実感し若干感動していた


静希が陽太の動きに不信感を抱き、あの行動自体に意味があると気づかせる、今までの陽太ならできない所業だっただろう


本当に成長したなと内心その成長を称えながら静希は陽太が視線を向ける人物を見る


そこには笠間達がいる、年長者である笠間はそこまで表情に出していないが、他の二人は若干不満そうな態度を隠せていない


自分達が蚊帳の外にされたという事がそこまで気に食わないのだろうか、それともただ単に生態調査ができないことに対して不満を持っているのか


どちらにせよ静希達にとっては好都合だ


「何か御用ですか?大した用でないなら作業に戻りたいんですけど」


「いやたいしたことじゃないよ、何故船を出せないのか、そのことを聞きたくてね」


笠間の言葉に静希はつい舌打ちをしそうになってしまう、恐らくは陽太が上手く説明できなかったからこそ静希を呼んだのだろう


どういう状況かがわかっていなかったからこそその説明を求めた、そう言う意味ではまだ舌打ちをするほどではない、当然の疑問なのだから


「理由は二つです、一つは現時点で湖の南側をほぼ完全に区画分けしている状態です、湖面のすぐ近くまで網を張って生き物の出入りができないようにしてありますからそもそも船が航行することができません」


「何故そんなことを?捕まえるにしてももっと効率よくすればいいのに」


「これは捕まえることが目的ではなく、あくまで見つけるのが目的です、南側から少しずつ索敵していって、件の生き物を見つけることができたら、その時は解除する予定です」


笠間達からすれば何故そんな回りくどいことをしているのかと言いたくなるだろうが、能力者だって万能ではないのだ、できることとできないことがある、静希達は今自分たちにできる最善をしているつもりだ


もちろんそんなことを言ったところで笠間達が納得しないのはわかりきっていることだ


「船を出せない理由はわかった、けど私たちは一体何をしていればいいのかな?こちらも一応仕事で来ているんだ、船を出せないのではまともな調査もできない、せめて船が出せるようにしてもらえないかな?」


笠間の意見を聞いたところで静希は静かに舌打ちをする


その舌打ちと同時に静希は態度を豹変させた、先程までの比較的友好的な態度から一転して、明らかに敵意さえ向けるようなそんな態度に


「何でこんなことをしているのかもわからないんですか?あんたたちが船を出せるようにすることは確かにできる、だがその分こっちの仕事が遅れる、あんたたちに仕事があるように、こっちにだって仕事があるんだ、あんたたちを守りながら目標を討伐するって仕事が」


僅かに威圧しながら肉薄する静希に笠間はほんの少しだけ気圧されていた、それもそのはずだ、能力者の軍人でさえたじろぐほどの圧力を一般人に向ければどうなるか、そんなものは火を見るよりも明らかである


「鏡花はあんたたちの意見を尊重するようにって言ってるけどな、さすがに限度ってものがある、あんたたちが奇形種を捕獲したいんだか何だか知らないけど、余計なことされて仕事を増やされるのはまっぴらごめんなんだ」


少なくとも鏡花は笠間達を守ろうとしている、そしてそういう事を静希達にも告げている


あくまで悪役は静希一人、そういう配役で行く方がいいだろう、今までもそうしてきたようにその方がわかりやすい


そして静希は笠間の眼前に二本指を立てて見せる


「二つ目の理由、船を出せないのは・・・船を出さないようにしてるのはあんたたちが邪魔だからです、余計なことをしないようにここにとどめておくため、船は出さない」


自分達の仕事を完遂するために、お前達の仕事を邪魔する、静希が言っているのはそういう事だ


だが実際にそうしたほうが早い、静希達は笠間達の身の安全まで任されてしまっているのだ、何もさせないでいたほうがずっと安全で楽なのである


だがそれを笠間達が納得するはずがない


「こちらも仕事で来ていると言ったはずだよ、何とかできないわけじゃないんだ、それを何とかするのが君たちの仕事なのでは?」


「いいえ間違ってます、俺らの仕事はここにいる目標の討伐、そしてあなたたちの身の安全の確保です、あなたたちの仕事の手伝いをすることじゃない」


目的が同じように見えて静希達と笠間達の目的は全く異なっている、この湖に住む謎の生物の発見という意味では同じかもしれないが、立場も考え方も全く異なっているのだ


静希達は一刻も早い目標の処分を、笠間達は目標の捕獲を


この考えの違いだけでもかなりの差が出てくるが、それ以上に両者の溝を深くしているのは今の状況を正しく理解できているか否かという点である


要するに笠間達は奇形種の危険性を理解できていないのだ、下手に手を出して危険な目に遭うのが自分達であるという自覚がないのだ


それを言ったところで理解できるはずがない、今までが大丈夫だったから今回も大丈夫だろうという経験からくる訳の分からない持論をまくし立てられるだけである


「鏡花に言って安全なところまでの足場は用意させます、あと陽太に機材の運搬などもさせます、それで今は我慢してください」


これ以上は譲歩できませんと静希が睨むと、笠間達は全員眉をひそめていた

納得できていないし反論もしたいのだろうが、奇形種に対しては静希達の方が経験豊富、しかも口で言ったところで静希達が言う事を聞くとも思えなかったのだろう


これ以上静希に何か文句を言うという事はしないようだった









「どういう事ですか、船を出さないなどと、それにあの態度、明らかに我々を敵視しているとしか思えませんが?」


静希達に邪険に扱われた笠間達は一度ホテルまで戻り、城島に抗議していた


ホテルの一室で書類仕事をしていた城島は、笠間達の言葉を聞きながらも書類を書く手を止めようとはしなかった


最初から聞くつもりがないとさえ思える対応に笠間達の憤りはさらに高まっていくばかりである


「どういう事も何も、そういう事でしょう、あいつらが目的を達成するためにあなたたちは邪魔と判断された、それだけの事です」


「確かに我々が足手まといなのは認めますが、何もあそこまで強引な手に出なくても、貴女方は能力者なのだから少しくらい協力してくれたっていいでしょう」


能力者なのだから


無能力者がよく使う言葉だ、能力を持っていないが故に、必然的に弱者の立場で接することになる、それと同時に能力者を魔法使いか何かのように見ている節がある


できることとできないことがあるという当たり前の事すら無視して万能性を求める、何とも厄介なものである


「あいつらは十分に協力していると思いますが?確かに船を出すことはできない状況にしたようですが、最低限生態調査を行えるだけの場所は用意している、しかもあなた方の安全も保障されている、一体何が不満だというのです?」


城島の言葉に笠間達は返す言葉がないのか、返答に困ってしまっていた


なにせ城島の言う通り、条件が悪くなったとはいえ生態調査を行える最低限の条件は確保してあるのだ、しかも静希達がしっかりと安全確認をした状態の場所で行える


一見すれば静希達が邪魔をしているように見えて、表向きの目的に対してはしっかりと対処しているのだ


だが笠間達からすれば生態調査はあくまで表向きの理由であって、それとは別に奇形種を捕獲したいという目的がある、本来の目的はそちらなのだ


あまり大きな声で言うことができないだけにそれを理由に文句をつけるわけにもいかない


そう、静希達は体よく厄介払いをしておきながらその実、自分たちがやるべきことはしっかりとやっているのだ


相手の都合を理解しているからこそ、それを逆手にとって行動している、実習や任務という形であらゆる状況を乗り越えてきた静希達だ、この程度のことは楽に行えるというものである


「それとも、あいつらに何か暴言でも吐かれましたか?それなら私の教育不行き届きです、謝罪しましょう・・・ですがそれもまた事実だったのでは?」


「私達は彼らに高い成果を求めているだけの事、彼らにはそれができるのでしょう?奇形種の対処に関しては問題ないと」


「それはあくまで陸上での話、水上では勝手が異なります・・・そのことをすでに清水から聞いているのではないのですか?」


城島は一度書類を書く手を止め、ゆっくりと笠間達の方を振り返る


笠間達を見るその目は鋭い、睨んでいるわけではないが彼女の目つきの悪さが妙な威圧感を与えてしまっているのは言うまでもない


「勘違いしないでいただきたいのは、我々は何もあなた方の敵ではないという事です、一応あいつらにはあなた方の護衛のようなものも実習の一環として命じてあります、守ってもらってあれもこれもというのは、さすがに傲慢なのではないですか?」


確かに笠間達は静希達に守ってもらっているという事はわかっている、だが今のところそれほど問題はないのだ


奇形種が暴れているわけでも嵐が起きているわけでもない、平穏なままなのである、そんな状態で自分たちの行動を制限されるというのは少し気に入らなかった


「そもそも、無能力者を守るのは能力者の務めの一つ、敵対するだけの理由もないのです、邪魔だと言われたのなら、本当にただ邪魔だっただけなんでしょう、大人しくしておいた方が身のためですよ」


無能力者と能力者では敵対関係にはなりえない、そもそも敵対する価値もない


城島の言葉にはそう言う意味が込められているように思えてならなかった


強者が弱者を守るという形を保っているからこそ今の関係は成り立っている、能力者は無能力者に協力し、その身を守り危険に身をさらすからこそ社会的な地位を確立しているのである


能力者に対しての天敵は無能力者であるという言葉は、実力的なものではなく体制的なものなのだ


いくら能力者が強い力を持っていたとしても数では圧倒的に無能力者の方が上、力で圧政を強いるようなことがあろうと、結局は数の力の前には無力なのだ


だからこそ能力者は厳しい訓練を重ねたうえで自らを危険にさらす、そうしないと今の世界では生きられないのだ


「・・・一体いつまで船は出せない状態が続きますか?それくらいは確認していただきたい」


「そのあたりはあいつらに聞いたほうが早いでしょうが・・・予定では今日中には索敵を終わらせたいという事を言っていました、早ければ今日の夕方頃には船を出せる状態になるでしょう」


夕方頃、それも早くてとのことだ、それまでは地道な生態調査以外にできることはないだろう


幸いにも陽太が手伝ってくれると言っているのだ、人手が増えているだけありがたいと思うべきだろう


「わかりました、この件についてはまたお話しさせていただきます」


「えぇどうぞご自由に」


城島としては自分たちはできることをしているのだ、何も恥じることはないと思っているのだろう、内心静希達を褒めているのだがそれを顔に出すようなことはない


素直に褒めないあたり不器用だというべきだろうか











「というわけで笠間さんたちは適当に生態調査をしてもらうことになったから、そのあたりよろしく」


『ばっかじゃないの?あんた人ががんばっていろいろ我慢してたってのに・・・』


索敵をしながら先程のことを静希が報告すると、鏡花は携帯越しでもわかるほどに大きなため息をついていた


悪いことをしたなと思いつつ静希は自分の行動が間違っているとは思わなかった


「まぁまぁ、とりあえずあの人たちを押さえこむことはできたし、俺が悪い奴でお前が良い奴を演じればいいだけのことだよ」


『あのね、それって結局私に面倒を押し付けてるってことでしょ?先生から小言言われそうだわ・・・』


城島から注意をされる未来が見えるようである


鏡花も最近はこの班を上手くコントロールできてきている自覚はあるのだが、やはり静希の行動ばかりは完全に読み切ることはできない


鏡花からしてみれば仕事が少なくなるのはありがたいのだが、その後に面倒が押し寄せるとわかっているのであればため息が出てしまうのも仕方の無いものである


「とりあえずだ、湖の安全地帯まで簡単な足場を作っておいてくれるか?南側はほとんど安全だから大丈夫だと思うんだよ」


『あぁそう、索敵は順調なわけね・・・陽太は?今何してるのよ』


「あいつは笠間さんたちの手伝いをするために残ったぞ、いろいろ機材とかを運ばせる予定だ、まぁどうせ暇してたし大丈夫だろ?」


そりゃ別にいいけどさと鏡花はため息交じりに言っているが、彼女としても静希がやったことがこの状況において良いものであることは理解しているのだ


相手の思惑と表向きの依頼内容を理解したうえでとった方法としてはむしろ最適と言えるかもしれない、人間関係の悪化を引き起こすという意味ではあまり良い方法ではないが


「とりあえず、俺らは引き続き索敵を続けるよ、そっちもあまり気にしないでくれていいぞ、こっちはこっちで何とかするから」


『はいはい・・・あんまり勝手に動かないでよね?あとでしわ寄せが来るのは私なんだから』


「アイマム、仰せの通りに」


さすがに鏡花ばかりに負担を強いるのは静希としても本意ではない、これ以上の行動はさすがの鏡花でも許容量を超えてしまうかもしれないのだ


状況を変えるのは静希の役目、その状況に対して後始末をするのが鏡花の役目


既に状況は変わったのだ、これ以上の行動は静希はする必要はない、あとはさっさと目標を見つけ、その間にダミーを笠間達にプレゼントするだけである


先程よりは比較的楽な状況になったのだ、もし何かあれば陽太が何かしらのアクションを起こすだろう、その為に陽太を笠間達に付けたのだ


仮に笠間達が何か要求を出そうとして陽太を人質にしようとしたところで、陽太がただの無能力者に負けるようなことは万が一にも、いや億が一にもあり得ない


無能力者の大学教授にそこまでの度胸があるとも思えないが


『でさ、あんたたちの方ではまだ発見できないわけ?南側ははずれだったのかしら』


「ん・・・あと数カ所で南側は終わるけど・・・今のところ見つからないな・・・北側にいるのかもしれないぞ?気を付けろよ?」


『はいはい・・・まぁ今さら奇形種くらいに慌てることもないけどさ・・・それに私だって一応自分の装備くらい作ってあるのよ?』


自分の装備、その言葉に静希は少し興味を引かれていた


今回水上での行動が多くなるという事もあってか鏡花は自分用の装備を前もって用意していたのだろう


一見するとそんなもの着けていないように見えるのだが、もしかしたら服の下に隠し持っているのかもしれない


「それって大丈夫なのか?お前接近戦とか苦手だろ?」


『ふふん・・・私がいつまで経っても接近戦が苦手だと思ったら大間違いよ、仮にも陽太と訓練してるのよ?多少は訓練もしてるっての』


鏡花は能力の性質上、どうしても接近戦が苦手な節があった、雪奈に指導を受けていたこともあったがやはり肌に合わなかったのか今はやめてしまっている


そんな鏡花が接近戦に対して強くなっているというのは少し想像しにくかった


「ちなみに陽太相手にどれくらい戦える?」


『ん・・・まぁあいつ相手だと数秒もてばいいくらいかな・・・あいつの攻撃って力技じゃないと止められないんだもの』


確かに鏡花の言う通り陽太の攻撃は基本小手先で何とかなる物ではない


ただの打撃などであればそれこそ受け流したり腕を掴んで投げたりできるのだろうが、高熱の炎を纏っているためにその手段も使えない


陽太の攻撃を止めるにはその攻撃よりも強い力をぶつけるか、あるいは攻撃そのものをできない状態にするほかないのだ


だがそれでも今まで接近戦が苦手だった鏡花が陽太相手に数秒もたせることができるというのは格段に成長している証拠である


仮に明利が陽太と戦った場合恐らく一秒も持たずに殴られておしまいだろう


『そんなに疑うなら今度あんたと戦ってあげましょうか?あんたくらいなら一分は持たせられるかもしれないわね』


「ほっほう、これでも雪姉に毎日しごかれてるんだぞ?一分どころか数十秒で終わらせてやるっての、楽しみにしてろ」


『そうね、まぁそれも今回の件が終わったらってことで、さっさと作業に戻るわよ』


「アイマム、そっちも気を付けろよ」


静希と鏡花は同時に通話を終了しそれぞれ作業に戻ることにした、作業が終わるまであとどれくらいかかるだろうか、そんなことを考えつつも自分たちにできることをし続けた















静希達がそんなことをしているとは知らない雪奈たち、静希の家でお泊り会二日目を行うことになっているのだがここで雪奈がこんなことを言い出した


「浴衣を買いに行こう!」


朝食を食べていたアイナとレイシャ、そして東雲姉妹もきょとんとしてしまっていた


なにせ先日カレンと夏祭りに行く話をしていたのだが、そもそも浴衣というものを知らないアイナとレイシャ、そしてなぜ浴衣なのかという事に疑問を持っている東雲姉妹


いきなり言われたところで寝耳に水というものなのである


「ミスミヤマ、ユカタとは一体何ですか?」


「食べ物か何かですか?」


「ふふふ、浴衣っていうのはね、こういうのさ」


雪奈は丁度テレビでやっている夏祭りのニュースを指さし、画面に映っている女性に注目させる


夏らしく涼しいデザインの浴衣を着た女性が映っているのを見てアイナとレイシャはおぉと感嘆していた


「今日明日と近くでお祭りあるからさ、みんなで浴衣着て遊びに行こうよ、きっと楽しいよ?」


「お祭り・・・フェスティバルですか」


「なんの祭りなんです?」


アイナとレイシャの疑問に雪奈は愛想笑いで答えながらそれはさておきと話を強引にすり替えた


場所と時間帯は突き止めたが、そんなものを調べる程雪奈は祭りの本質に興味はないのだ、騒いで遊べればそれでよし、その程度の認識しかないのである


「日本のお祭りはいいよ?その日しか食べられないようなレアな食べ物やお店がたくさんあるからね、綿あめとかいか焼きとか、りんご飴とか」


「綿あめ・・・それは一体・・・」


「ふわふわのお菓子だよ、とっても甘いんだ」


「ふわふわ・・・!甘い・・・!」


アイナとレイシャは雲のような白くてふわふわの謎の物体が非常に甘いのであるというイメージを持つのだが、それが一体どういうものなのか全く理解できなかった


外見的なイメージは大体合っているのだが、どうやって作り出すかまでは想像が至らなかったのだろう


「そんなものをどうやって作り出しているのでしょう・・・まるで話に聞いたカスミをハム仙人のようです」


「さすが日本人、食に関してはジンチさえも超える手段をとるのですね」


「・・・うん・・・二人がそんな日本語知ってたことにお姉さん吃驚だけど・・・とにかく浴衣を買ってみんなで遊びに行こうよ」


発音が若干おかしかった気がするが、そのあたりは言っても仕方のないこと、今重要なのは夏祭りをどのように過ごすかという事である


「でも深山さん、浴衣って高いですよ?お金はどうするんです?」


「私達のお小遣いではそんなものは買えないですよ?」


東雲姉妹の指摘ももっともである、浴衣に限らず服というのは案外高いもので子供の小遣いからはなかなか手が出ないのだ


そんなことはわかっているよと雪奈はふっふっふと笑いをこみ上げる


「安心したまえ、こんなこともあろうかと・・・たらりらったらー!げんきん~(ダミ声)」


雪奈は懐から札束の入った封筒を取り出す、何の不思議もないただの現金である


中にはそれなりの額が入っており、浴衣であれば何着でも買えるだけの余裕があるようだった


「・・・深山さん・・・これ一体・・・」


「まさかいけないことをして手に入れたんですか・・・?」


「失礼な、こういう事もあろうかと静が前もって持たせてくれたのさ、まぁ使える条件とかも書いた紙が同封されてたけどね」


もし何か遊びたい時、あるいは何かを買いたいとき用に静希があらかじめ雪奈に持たせておいたのである


使用した金額、そして何に使ったのかを明確にすることを条件にし、さらには後日東雲姉妹及びアイナとレイシャにしっかり確認をするという事で雪奈が勝手に使用できないようにしておくという徹底ぶり


こうなることを予想していたのだろうか、それともただ単にお金に困ることがないように用意しておいたのだろうか、どちらにしろ用意周到なことである


「これさえあれば浴衣くらいなら買ってあげられるよ、みんなで買って祭りに行こうぜ」


「ですがよいのでしょうか・・・ミスターイガラシにご迷惑なのでは・・・」


「さすがにこれほどの額を使ってしまうのは・・・」


アイナとレイシャとしては静希の金で買い物をするというのは多少憚られるのだろう、いい子だなと思いながらも雪奈は大丈夫だよと二人の頭を撫でる


あまり子供のころから金の心配をするようではまずいのだ、もちろん金銭感覚を鍛えるためにもある程度金の管理などができたほうがいいが、あまり気を遣う子供になっては大人になってからが困るのである


「悩むよりもとりあえずお店に行ってみよう、この時期だから結構浴衣もあるだろうしさ」


アイナとレイシャはカレンの方を見てどうしようかと意見を聞きたそうにしていたが、カレンはあえて自分から何かを言うつもりはないのだろうか沈黙を貫いていた


こういう時に自分で考えて行動しなくてはならない、厚意を無碍にするのか、それともありがたく頂戴するのか


自主性を育てるのであればここはとやかく言う場面ではない、カレンはそれをわかっていた


「で・・・では・・・」


「お願いします・・・」


「よっしゃ決まり!んじゃ昼前くらいになったら出かけよっか!」


雪奈は笑いながらどの店に買いに行くのかを選び始めた、申し訳なくなりながらもアイナやレイシャ、そして東雲姉妹も一緒になっていたのは言うまでもない













場所は再び静希達のいる湖の上


もうどれくらい作業をつづけただろうか、日ももうすでにかなり高くなり、時刻はすでに昼を過ぎた、静希達が北側の索敵をしている時、明利がそれを発見した


「し!ししし静希君!いた!いたよ見つけた!」


急いで水上バイクに戻ろうと慌てている明利を引き上げ、静希はすぐに明利の体を拭いてやりながら水の中を確認しようとする


だが残念ながらその姿を見ることはできない、水が濁っていて水中の状態を上手く確認できないのだ


「姿形は?今どうしてる?」


「み、見た目は亀とワニの中間みたいな感じ・・・?亀をそのまま縦に引き延ばした感じっていえばいいかな?今は湖底でおとなしくしてるよ」


明利の説明に静希は頭の中でイメージを作り出す、少なくとも湖底にいるようなタイプの生き物ではないように思えるのだ


なにせ亀などは主に浅瀬に住む個体が多い、もしかしたら奇形の関係で鰓呼吸でもできるようになったのだろうか


亀とワニを足して二で割ったような外見、それでいて鰓呼吸もできるのであれば奇形部位はかなり多いかもしれない、完全奇形とまではいかないかもしれないがかなり警戒したほうがいいだろう


万が一にも能力を発動させるようなことはしてはならない、これは慎重な対応が必要になるなと静希は一気に気を引き締めていた


「とにかく鏡花に連絡を入れよう、明利、今陽太達がどのあたりにいるかわかるか?」


「えっと・・・南の真ん中あたりにいるよ、何してるかまではわからないけど」


湖の南側に施した明利の索敵はまだ十分に効力を発揮している、水の流れで微生物たちがいなくなるよりも早く事を終わらせた方がいいだろう


とはいえここで派手に動こうとすれば相手にも気づかせてしまいかねない、ここはダミーの出番かもわからない


静希はそんなことを考えながら鏡花に連絡をする、目標を発見できたのかもしれないのだ、もっと強固な壁を作ってもらわなければいけないだろう


『もしもし?何かあった?』


「あぁ、今すぐこっちに来てくれ、目標を発見した」


電話の向こうで鏡花が息をのんだのが聞こえる、さすがに鏡花も目標発見というのは少しだけ緊張するのだろう


『わかったわ、陽太はどうするの?』


「陽太は今笠間さんたちの相手をしてるからな・・・呼ぶとかえって気づかれかねない、だからダミーを使おうと思ってる」


『なるほどね・・・明利に代わってくれる?そっちに行くまでナビしてもらうわ』


静希は明利に電話を渡して水中にいるであろう奇形種の方を見ようとした


相変わらず水の中は濁ってしまっていて視認することはできない、この中にいるとわかっていてもどうにかして明利のマーキングを直接しておきたいところである


とはいえ傷つければ能力を発動されかねない、直接明利が触れば話は早いのだろうがそれはさすがに危険な気がしてならない


必要ならば自分が潜って種を埋め込むくらいはしてもいいのだが、相手がどれくらいの大きさなのかもわかっていない


これで本当に小さな亀程度のものだったらさすがにどうやって種を埋め込むかである


静希は亀の体には詳しくないが、甲羅の部分には神経などが通じていないと思いたい、もし甲羅に痛覚がないのであればナイフで少し傷をつけてそこに種を埋め込めば済む話だが、実際がどうかは試してみないとわからないのである


「静希君、鏡花ちゃんの誘導は大丈夫だと思うけど、どうやって対処するの?」


「・・・まずはこの周りに頑丈な壁を作ってもらう、その後湖底を上に押し上げて視認できるところまで目標を持ってくる、あとは大きさによりけりだな、どれくらいの大きさなんだ?」


明利は静かに集中を始め、水の中にいる目標の大きさなどを確認しようとする


目を閉じた状態で祈るようなポーズをとり、静かに呼吸した後で目を開き困ったような声をだしていた


「えっと、本体は一メートルくらい・・・顔とか尻尾を合わせると二メートルくらいあるかも」


「・・・案外でかいな・・・どっかのバカ飼い主が捨てたペットかなんかか?」


こういう湖には良くも悪くも多くの生物が住み着いている


それこそ静希が言ったような飼いきれなくなったペットを捨てた結果野生化したものも住んでいる可能性があるのだ


そう言った生物が自然繁殖し、運悪く奇形種が生まれてしまう、可能性としては十分あり得る


元の生物、つまりは原形の姿がわからない限り完全奇形か否かは判別できないが油断できない相手であることは間違いない


全長二メートルとなるとかなり大きい、それこそ体重は百キロを超えているだろう、それを支える手足、そして口の力もかなり強い可能性がある


油断せずに一撃で仕留める、それが一番手っ取り早いだろう


鏡花の姿がしっかり視認できたことを確認してから明利に携帯を返してもらい、静希は陽太に電話をかけていた


これからどう動くのかを教えておく必要もあるが、何より笠間達を近づけないようにしなくてはならないのだ


ダミーのある場所を教えておいて警戒態勢を取らせそちらに注意を向けさせる方がいいだろう


本気投稿プラス誤字報告五件分受けたので三回分投稿


一回分が大体四千文字と考えるとカウントが楽になるかもしれない。今回なら大体一万二千字くらいかな?


これからもお楽しみいただければ幸いです

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