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J/53  作者: 池金啓太
三十一話「その場所に立つために」

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夏の思惑と行動

静希達は一通りミーティングを終えた後、城島に明日の行動を告げるべく彼女の部屋にやってきていた


今後の方針の確認、そしてそれに関するアドバイスを貰えればと思ったのである


「なるほどな・・・まぁ一見すれば問題はないか」


鏡花の報告に城島は頬杖を突きながら顔をしかめている、問題がないという表情ではない、むしろ問題しか見当たらないという感じだった


「お前達から見て一番の問題は何だと思う?」


静希達はそれぞれ顔を見合わせた後、何度か頷く


「一番の問題は笠間さんたちだと思います、変なことされるのが一番怖いですし」


鏡花の言葉に全員が小さくうなずく、そして城島もその通りだなと返した


城島からしてもあの三人はかなりの問題、というか面倒の種なのだ、能力者の実習についていった大学の人間、これでもし怪我でもしようものなら非難されるのは静希達能力者だ


勝手な行動をして余計な手間をかけられても困るだけである、それならばどうするか


「お前達としてはどうするつもりだ?足手まといがいる状態では上手く行動もできないだろう」


「まぁそうですけど・・・一番手っ取り早いのは乗る船を航行不能にするか、あの人たちそのものを動けなくするかの二択ですよ?どっちをやっても角が立つような気がして・・・」


鏡花の案であれば両方とも実行可能な上に簡単にできる、だが問題は後から文句を言われるという事と、それをどうやって行うかである


船を動かなくさせるのであれば船の周囲を土などで覆ってしまえばいい、そうすれば船は間違いなく動けなくなるだろう


笠間達本人を動けなくするならば部屋に閉じ込めるか、あるいは笠間達を体調不良状態にさせるかの二択だ


さすがに拘束具などで締め上げると面倒につながる、可能なら自分たちが関与していないことを強調したいところである


「なら向こうの都合で活動できないようにするか、目標に近づけさせないようにするのがベストだろうな、何か仕込むか、あるいはそれなりの餌を用意してやればいい」


餌を用意する、その言葉に鏡花たちは少し反応した


笠間達は今回あの湖に住む謎の生物を観測しに来たのだ、それさえすめば用件は終わると言っていいだろう


そして静希は一つだけいい案を思いつく


「なるほど、俺たちであの人たちが食いつくようなダミーを作ればいいんですね」


「そっか、その手があったか!上手く見つけたふりしてそれをいい感じに捕獲してやればいいわけね」


静希と鏡花が盛り上がっている中、陽太と明利は何を思いついたのか、そして何をしようとしているのか理解していないようで首をかしげてしまっていた


「でも先生、いいんですか?少なくとも誰かしらに協力を仰ぐことになりますけど・・・」


鏡花は静希の方を見ながら少しだけばつが悪そうにしていた

だが城島はあまり意に介していないようだった


「問題ないだろう、そもそもお前達が何の手も借りていないとは思っていない、これは勘だが二、三回ほどもう力を借りただろう?」


その言葉に静希と鏡花、そして明利はびくりと体を硬直させる


確かに静希達はすでに人外たちの力を借りた、完全に見抜かれているなと思う反面お咎めがないことには少しだけ驚いていた


「・・・なぁ鏡花、一体何しようとしてるんだ?さっぱりわかんないんだけど」


「あー・・・そうね、説明しておくわ、笠間さんとかはこの湖にいるかもしれない奇形種を生け捕りにしたくてやってきた、ここまではわかるわね?」


陽太が頷くのを確認して鏡花はさらに説明を続ける


「あの人たちが本物の奇形種を見つけて変な行動をとられる前に、私達でその偽物を作ってやろうってことなのよ、あたかも本物のようなものを」


偽物を作る、その言葉に陽太は疑問を感じているようだった、そもそも奇形種の偽物などどうやって作るのか


そう考えていた時、静希は自分の右腕を軽く振って見せる、その瞬間陽太は静希達がやろうとしていることを理解した


つまり静希達は人外の協力を得て人工的に奇形種を生み出そうとしているのだ


奇形種と言っても以前の動物園のように能力を持っていない個体でも構わない、笠間達にとっては奇形種であることが重要なのだ、奇形種の本質部分である能力の有無ははっきり言ってどうでもいいことなのである


「でもさ、そんなに簡単に作れるもんか?普通に死んじゃう奴の方が多いんじゃねえの?」


「そのあたりは明利に治してもらうさ、死なないように少しずつ奇形化させれば何とかなるだろ」


実際に静希も奇形化したからわかるが、ある程度生きるのに問題ない部位であれば奇形したとしても生きていられるものだ


無論かなりの痛みを伴うがそのあたりは仕方のないことである


「後は何を奇形化するかってところだよな、適当にそのあたりで魚でも捕まえるか・・・」


「あんまり小さかったりしょぼかったりすると見向きもされない可能性もあるものね・・・そもそもこの湖って何が住んでるのかしら・・・」


大抵の淡水にすむ魚はいるのかもしれないが、どれほどの種類がいるかよりもどれほどの大きさがいるかの方が重要だ


あまりにも小さな魚を奇形化したところで笠間達の気を引けるとも思えない、ある程度大きく、なおかつ奇形部位もはっきりさせた方がいいだろう、そのあたりを考えなければいけないのが苦しいところである



「話を進めているのはいいが、お前の連れは納得しているのか?それがわからん限りは実行できんぞ」


城島の言葉に全員の視線が静希へと向く


今のところ人外たちは静希に従っているだけだ、静希が直接人外たちに頼まなくてはならないだろう


『というわけだが、どうだ?やってくれるか?』


『えー・・・私はシズキ以外に魔素は注ぎたくないわね、今回はパス』


『ふむ・・・となれば私かウンディーネのどちらかになるか』


静希が引き連れる人外の中で魔素を注ぎ込むことができるのは悪魔であるメフィ、神格の邪薙、精霊のウンディーネだけだ


どうやらメフィは乗り気ではないようで消去法で邪薙かウンディーネのどちらかになるだろう


『私としても問題はありません、役に立てるのなら魔素の注入程度であればこなしましょう』


『そうか・・・となるとどっちに頼むか・・・より細かく魔素のコントロールができることが好ましいけど・・・』


メフィのように大雑把な魔素コントロールではなく、それこそ生き物に対して魔素を注入しても生きた状態を保てるくらいに精密な動作が可能な方に行ってほしいものである


そうなってくるとどちらが良いかは本人同士で話し合ってもらったほうがいいだろうか


『ウンディーネは引き続き明利についてもらうから・・・今回は邪薙の方がいいかな?』


『こちらとしても異論はない・・・とはいえ魔素を操るのは呼び出されたとき以来か、上手くいくかどうか』


確かに邪薙が魔素の注入などをするのは実に久しぶりだろう、実際一年以上前の事なのだ、東雲優花の体の中にいた時の話であって、うまくいくかどうかは邪薙の技量にかかっていると思っていいだろう


「一応邪薙が手伝ってくれるらしいです、仕込み自体はまぁ索敵しながらやりますよ」


「ふん・・・それならいいが・・・あとはどれだけ相手の注意を引けるかだな」


メフィに比べれば邪薙の印象は良いのだろう、邪薙が手伝ってくれるのならば問題ないと城島は感じているようだった


面倒を起こし、なおかつ敵対していたこともあるメフィに比べ邪薙の信頼度が高いのは半ば当然だろう


「後はどうやって魚を捕まえるかな・・・適当に漁業の道具でも借りてくるか・・・?」


「なんなら作ってあげましょうか?簡単な手投げ用の網ならすぐできるだろうし」


「マジでか、それは助かるな、区画整理されてる場所ならすぐに捕まえられそうだし」


すでに南部に関しては区画分けは終わっている、後は索敵をするだけなのだ


その過程で魚を捕まえて奇形化させればいいだけである、あとやるべきは奇形化させる魚が能力を持っていないことを祈るくらいだろうか


「にしても自分たちで奇形種を生み出さなきゃいけなくなるとはなぁ・・・面倒だこと」


「まぁな、無能力者に変に危険なことされてもあれだし・・・仕方ないんじゃないか?」


通常の生き物が生まれる過程で生じた奇形の場合、その奇形種は確実に能力を持っているが後天的な奇形であれば能力を有していないことも十分にあり得るのだ


かつての動物園のように強制的に奇形化させられる個体を作るという意味では少し良心が痛むが、これも仕方のないことである


能力もなく、ただ魔素の許容量だけが増やされるというのも魚からすればいい迷惑だろうが、人間の命を守るためには必要な犠牲だと割り切るしかない


「先生の方からあの人たちに余計なことをするなって言ってくれればもうちょっと話が早いんですけどね・・・そのあたりどうなんすか?」


「言ったところで聞くとも思えんな、別に私はあの連中の上司というわけではないんだ、いくら口で言ってもその危険性は味わってみなければわからんだろうよ」


口で忠告しても無駄、早い話そういう事である


いくら危険だと言っても無能力者はその危険性に関して理解できないのだ


平和な日常を過ごしてきた人間をいきなり危険地帯に配置したところで、何が危険なのかどう危ないのかを理解できないのと同じだ


その危険性を理解している静希達からすれば本当に厄介だ、喜んで地雷原に走っていく人間を守れと言われているようなものなのだから


「いっそのことさ、なんか演出してマジで危ないってわからせたほうが早いんじゃねえの?それこそちょっと力を借りてさ」


「まぁそれもありだがな・・・中には危険な目に遭ってでも目的を達成しようとするバカもいる、確実に除け者にしたいのであれば釣るか、あるいは閉じ込めるくらいしかないだろう」


もしかしたら城島もそう言う経験があるのだろうか、思えば以前護衛した平坂という奇形種の研究家もかなり危なっかしい行動をとっていた


どうして研究者はそこまで無駄にアグレッシブなのかと問いただしたくなるが、そう言うエネルギーがある人間でなければ研究者にはなれないのかもしれない


好きなことを研究するのは大いに結構なのだが、周りに迷惑をかけなければという言葉が先につく、そう言うのが頭にない人間が多い気がしてならなかった


「とにかく細工をするならばれないようにしろ、こっちに飛び火するのだけは避けろ」


「了解しました・・・明日は忙しくなりそうね・・・」


索敵に区画分けに奇形種の作成


もしかしたらそこに奇形種の討伐も入るかもしれないのだ、二日目が最も忙しくなる傾向ではあるとはいえ、明日はなかなかのハードスケジュールになりそうだった











静希達がそんなことを話している中、静希の家では全員がパジャマに着替えのんびりと話をしていた


家の主が面倒事を対処しているとは全く知らず、アイナにレイシャ、そして東雲姉妹はテレビを見ながら談笑している


その近くには監督役である雪奈とカレンの姿もあった


幼子が戯れているのをほほえましく眺めている、こうしてみると本当に保護者の様相である


「そう言えばエドモンドさんは様子を見に来ないの?もう留学始まって半月くらい経ったけど・・・」


「ん・・・あいつなりにいろいろ考えているんだ、自分がいると自主性がなくなるとかでな・・・気になっているようなのだが、随分と我慢しているよ」


普段静希の家に入り浸っている雪奈はカレンが様子を見に来るのはよく見ているのだが、エドがやってきているところは見ていない


アイナとレイシャの保護者は本来エドだ、本当の親ではないにせよ、本当の親と同じかそれ以上にアイナとレイシャと接しているのは雪奈も知っている


自主性とは言うが、やはり親元離れて暮らすというのはつらいのではないかと思えてしまう、子供としても大人としても


「なんならこの休み中にでもどっかに遊びに行かない?あの子たちもつれて」


「・・・それもいいかもしれないな、と言っても能力者が行けるところなどたかが知れていると思うが・・・」


カレンの言う通り能力者が行くことができる娯楽施設というのは案外たかが知れているものである、大人数が集まるような場所へは入場することすらできないのが現状だ


そうなるとできるのは買い物や人のあまりいない場所での遊具の使用くらいのものである


「六人で行けて遊べる場所っていうと・・・どうだろうな・・・カラオケ・・・は歌える歌がないとつまらないし・・・ボウリングは・・・女の子が遊ぶって感じじゃないしなぁ」


雪奈は普段静希達に混じって遊んでいるためにあまり女子での遊びというものを知らないのだ


年頃の女の子としてそれはどうなのかと思えてしまうが、やはりそのあたりは雪奈だからしょうがないというほかない


「日本では子供はどのような遊びをするのだ?そう言うことがわかるとあの子たちにとってもプラスになると思うが」


「子供がする遊びかぁ・・・昔虫取りとかやったなぁ、遭難したけど」


さりげなく自分の失敗談を織り交ぜるとカレンは信じられないといった表情をしていた


虫取りというと網を持って虫を捕まえる比較的安全な遊びのはずである、なのに遭難するとは一体どういうことをすればそんなことになるのか


日本の闇は深いという事だろうかとカレンは納得したが、せっかく夏に日本にいるのだ、何かほかに日本らしい遊びをさせてやりたいところである


「・・・あぁそう言えば、夏祭りとか結構あるけど、それどう?」


「夏・・・祭り?なんの祭りなんだ?」


海外では祭りというと何かしらの意味を持って行われるものなのだが、日本ではそう言った考えが薄れている感がある


花火大会や近所の縁日など、祭りと称されるものはあれどその詳細を知っている人間は案外少ない


そして提案してきた雪奈も近くで行われる祭りがそもそも何の祭りなのかを理解していない人間の一人である


「えっと・・・確か・・・近くにある神社のお祭りだよ」


「ジンジャ・・・神をまつっているところか・・・要するに神への感謝をささげる祭りなのだな」


たぶんねと言いながら雪奈は目を逸らす、実際にどういう祭りなのか、何をもって行われるのかなど雪奈はほとんど知らないのだ


たまに祭りがやっているのを見てふらふらと立ち寄り買い食いして帰る程度、祭りに参加しているとは到底言えないような行動なのだが、日本の文化である祭りに参加するというのは有意義であるはずだ


特に一緒に買い食いしたりいろいろ遊んだりするのは楽しいだろう、エドも誘ってアイナとレイシャで行ってみるといいのではないかとも思えてしまう

せっかくなら静希達とも一緒に行きたいところだが、実習中では仕方がない、また別の機会に行けばいいだけの話である


「だが祭りというとそれなりに時期が決まっているんじゃないか?この辺りでやっているものだろうか?」


「案外やってるものだよ、ちょっと調べてみようか」


雪奈はそう言ってパソコンで軽く調べ始める


最寄りの神社で行われる祭りは少し時期がずれているが、電車で少し移動したところにある街では明日明後日と祭りが行われるようだった


行けるとしたらこの祭りだろう


「うん、ここならいけそうだね、それなりに規模も大きいし楽しめると思うよ」


規模の小さい祭りだとできることも限られる、規模が大きいとその分たくさん人がやってくるが、それだけ多くの出店があるのだ、楽しみもひとしおだろう


「一応エドモンドさんが来れるか確認しておいた方がいいと思うけど・・・明日明後日、どっちに行こうか」


「ん、今聞いてみよう、予定が合うなら少し歩いてみるのもいいかもしれないな」


夏真っ盛りのこの時期の祭り、土日という事もあって人も集まるだろう、今から行くのが楽しみだと思いながら雪奈はアイナたちにそのことを伝えに行った












「・・・やっぱこの時期は夜明けも早いな・・・」


場所は再び静希達のいる湖のほとり、二日目に入ったことで静希達は夜明けと同時に行動開始していた


湖が近くにあるからか湖面にはわずかに靄のようなものがかかっている、霧とまではいかないが視界があまり良くないのは確かである


七月ももう半ばと言ってもやはり夜明けすぐの早朝となれば涼しいものである、湖から僅かに寒気さえも漂っているのではないかと思えるほどだ


「笠間さんたちは?」


「まだ動いてないだろ、あの人たちは多分七時くらいじゃないか?こっちとしちゃ楽だけど」


そもそも活動開始時間などはあえて教えていなかったのだ、こちらで勝手に動いてさっさと作業を終わらせてしまおうと思ったのである


もし静希達を探そうとしたらまず城島に話を聞きに行くはずだ、そうなったら携帯に連絡を入れてもらうようにすでに頼んである


それまでは自由に行動させてもらう、邪魔が入らないうちにさっさと仕事を終わらせてしまいたいところである


「んで静希達は昨日と同じで水上バイクで移動すんだろ?俺たちはどうするよ」


「私達は北側の区画分けをやってくわ、昨日のうちに離島みたいなのを作っておいたからそこまで行くわよ」


さすが鏡花姐さん仕事が早いぜと陽太はのんきに笑っているが、実際この数時間が勝負なのだ、どれだけ作業を進められるか、どのくらい笠間達の知らない行程を挟めるかで今後の行動が随分と変わってくる


「んじゃ着替えるか、さっさと作業しちゃおう、水が冷たいだろうから浸かる時間は短くな」


「うん、気を付けるよ」


まだ夜が明けて数十分も経過していない、すでに周囲は明るくなってきているがまだ気温は低いままだ


恐らく水温も昨日入った時より冷たく感じるだろう、そのあたりは静希が上手くフォローしてやるほかない


着替えを終えあらかじめ預かっておいた水上バイクのキーを取り出して保管してある場所に入ると、先日使っていた水上バイクがすでにスタンバイしてあった


昨日のうちに早朝に使うという事を言っておいたから準備しておいてくれたのかもしれない、根回しは重要だなと再認識した瞬間でもある


「よし、それじゃさっさと南側を終わらせちゃうか、しっかり掴まってろよ」


「うん、大丈夫!」


静希と明利は水上バイクにまたがりゆっくり湖面を移動していく


昨日のうちに鏡花が区画分けをしていたおかげでかなり乗り越えなければいけない部分があるだろうが、そのあたりはうまくやっていくしかない


それぞれの区画の境目がわかりやすいように支柱部分に旗のような目印をつけてくれているので判別には困らなかった


「やっぱ水つめたいな・・・どうする明利?一応体を拭けるものとかは持ってきてるけど・・・」


早朝という事もあってまだ水温はかなり低い、体が冷えることを見越してタオルや服などは持ってきているとはいえそれもどこまで役に立つかわからない


気温が上がり水温が高くなるまであと数時間はかかるだろう、それまで待てば笠間達も動き出してしまう、そうなるといろいろ厄介だ


「大丈夫、このくらいならいけるよ、冷たいのは我慢するから」


直接明利が入って索敵する以外にとれる手段がないために仕方がないともいえるかもしれないが、申し訳なさでいっぱいになってしまっていた


もう少し自分も何かできればと思うのだが、索敵は明利の専門分野、門外漢である静希ができることなどしっかりと安全に明利を運ぶことと明利の体を温めることくらいである


南端側から北へ向けて索敵するため一度南の端まで移動した後、明利は水の中に入る準備をし始めた


パーカーを脱ぎ水着だけの姿になって水に足を付けるとその体がわずかに震える


七月半ばとはいえその水温は十五度前後、周囲の気温の低さも相まってかなり冷たく感じるのだ


明利は覚悟を決めたのか息を吸い込んで水の中に飛び込む、それと同時に静希は水の中にトランプを飛翔させウンディーネを明利に憑依させる


明利の作業を少しでも早く終わらせるためには彼女の力が必要不可欠だ、ただでさえ涼しい早朝の作業なのだ、早く終わらせるに越したことはない


数十秒した後明利は水の中から顔を出した、息をしているのだがその体が震えているのは水の上からでも十分に見て取れた


「明利、一旦あがれ、何回かに分けて索敵しよう」


「だ、大丈夫、あとちょっとやれば終わるから・・・もうちょっと頑張ってくる」


そう言って明利は再び潜って行ってしまう、ウンディーネが忙しなく水流をつくってとにかく徹底的に索敵できるようにしているのだろう、静希の乗る水上バイクが波に揺られているのがわかる


静希は待っている間にとにかく彼女を温められるようにタオルと服の準備を始めた


夏にもかかわらず温めなければならないというのも少々奇妙な感覚だが、こういう事もあるのだ


水というのは身近でありながら非常に恐ろしい、水温が低ければ体温を奪う上に身動きもできなくなる


明利が戻ってくるまでの間、静希はそわそわしながら待ち続けたのであった



「ふぅ・・・あとどれくらいかしら・・・」


一方、湖のほぼ中心にいる鏡花たちは作業を開始していた


昨日作っておいた離島もどきの上に立ち、少しずつ湖を区画分けしていく作業、正直単調でつまらないものなのだがその規模を考えると簡単なものではないのだ


湖の中心地から徐々に徐々に北へと区画を作っていく作業、移動するたびに足場を作り直して再び作業を行う、それの繰り返しだった


移動するときだけ陽太に運んでもらっていたが、ほとんど作業を眺めているだけの陽太からすれば退屈な作業だった


「まだまだ先は長いって感じだな・・・ちょっと休憩するか?」


「休んでる暇はないわよ、今のうちにできる限り作っておかなきゃいけないんだから、あいつらだってたぶん休みなしで索敵し続けてるわよ」


静希のいるであろう方向を向くと、かなり遠くに二人らしき姿を見つけることができる


移動しながら水上バイクの上で何か話しているように見える


「・・・あいつら抱き合ってないか?」


「・・・まぁ体をあっためるために必要なんでしょ」


陽太と鏡花は静希と明利が抱き合っている現場をはっきりと見てしまう、実際は明利の冷えた体を静希が温めているのだが、一見すればただいちゃついているようにしか見えない


いやぁお熱いことでと陽太が茶化していると、何かを思いついたのか手を叩く


「俺らもあれやるか?朝だから結構冷えるし」


「バカなこと言わないの、そんな暇今は無いんだから」


少し顔を赤くしながらそう言う鏡花に陽太は不満げにえー・・・と口をとがらせていた


何故こいつはこうも恥ずかしがるようなことなくこんなことが言えるのだろうかと思いながら、何でこんな奴を好きになってしまったのだろうかと強い疑問を感じていた


「・・・か・・・帰ったらやってあげるから、それまで我慢してなさい・・・」


「へーい」


きっと今顔が真っ赤になっているのだろうなと、自分の顔に血が集まってくるのを感じながら鏡花は作業を続ける


これが惚れた弱みというやつなのだろう、最近陽太に甘くなっているような気がしてならない


これはまずい、徐々に陽太にいいように操られているような、そんな気がするのだ


陽太にそんなつもりがないのはわかっている、だが鏡花は本当に少しずつ確実に陽太に甘くなっている


陽太に出会ったばかりの頃の自分が今の自分を見たらどう思うだろうか、そんなありもしない仮定を前に鏡花は小さくため息をついていた


一体どれだけ作業をつづけただろうか、だいぶ区画分けの作業も進み、これなら昼過ぎごろには湖全域の区画分けが終わるかもしれないなと思っていると、鏡花の持っている携帯が震えだす


「陽太、代わりに出て」


「あいよ、もしもし?」


『・・・あれ?陽太か・・・まぁいいや、一応報告だ』


どうやら相手は静希のようだった、何か報告することがあるのだろうかと思いながら陽太は鏡花に相手が静希であることを教える


とりあえず城島からの連絡でないのはありがたい、まだ笠間達は動き出していないという事だろう


現在時刻はもうすぐ六時半、そろそろ動き出してもおかしくない時間なだけに鏡花たちは少し戦々恐々としていた


「報告ってどんな?目標でも見つけたか?」


『いいや、それに関しては残念だけどまだだ、本命はまだだけどダミーが作れたぞ、なかなかの大きさだ、元気に泳いでるしこれならあの人たちの注意も引けるだろ』


陽太は了解了解と告げた後で一度電話から耳を離し鏡花にそのことを伝える


「ダミーを作り終えたってさ、結構有望なやつができたらしいぞ」


「・・・そう、適当な場所に放しておきなさいって伝えて、マーキングも忘れないようにね」


「あいよ・・・もしもし静希?適当な場所に放流しておけってさ、マーキングも忘れないようにだと」


『了解、そっちはどんな様子だ?』


どんな様子だと言われると陽太は反応に困るが、現在位置と最初に自分たちがいた湖の中心地との位置を見比べてどれくらい進んだのかを確認しようとしていた


実際どれくらい進んだのか、すでに自分たちが立っていた足場がないためにどのあたりまで進んだのか非常にわかりにくい


日が昇り、近くに蔓延していた靄も無くなってはいるものの、現在位置がどのあたりかといわれると非常に困るの一言だ


「鏡花、進行状況って今どれくらいだ?」


「・・・そうね・・・湖全体の約六割ってところかしら、この調子なら昼過ぎには終わるわ」


「六割くらいだってさ、昼過ぎに終わる予定だと」


『へぇ、結構なもんだな、さすが鏡花だ、こっちも頑張らないとな』


鏡花がいくら区画分けをしたところで静希達が索敵をしていかないと意味はない、このままでは索敵よりも区画分けの方が先に終わりかねないと判断したのか、電話の向こう側にいる明利にもそれを告げ、意気込んでいるようだった


抱き着いているのを見ていたのだが、そのことを言うべきか陽太は迷っていた、だが以前鏡花に言わなくてもいいことがあるのだと教えられたのを思い出し、今回は口に出すのはやめることにした



陽太がそんな気遣いをしていたとはつゆ知らず、通話を切って鏡花の手に携帯が戻った後、再び通話を知らせる振動が起こる


今度は誰だと二人して携帯の画面をのぞき込むとそこには城島の名前が浮かび上がっていた


きてしまったかと鏡花はため息をつきながら通話ボタンを押すことにする

「もしもし、清水です」


『その声から察するに用件はすでに分かっているらしいな』


鏡花の嫌そうな声を聴いてすでに何故電話したのか、その意味を理解していて嬉しいのかそれともおかしいのか、城島は妙に上機嫌そうな声を出している


恐らく電話の向こう側には笠間達もいるのだろう、余計なことは言わない方がいいかもしれない


『今どこにいる?なにをしている?』


「現在湖を区画分けしている最中です、静希達は索敵をしまくってます、上手くいけば昼頃には区画分けは終わりますが、索敵はもう少しかかると思います」


その言葉に城島はふむと呟いた後小さく息をつき、電話の向こうにいる笠間達と何か話しているのだろう、急に声が遠くなる


鏡花たちの現状を話しているのか、それとも何か注文でも出しているのか、それはわからないが随分長い間声が遠いままだった


「どうする鏡花、静希達にも伝えておくか?」


「・・・そうね、一応あいつらにも伝えておいて、ダミーの準備もしておくように」


小声でそう話した後、陽太は静希達と連絡を取るべく携帯を取り出して通話を始めた


簡潔に今どういう状況なのかだけを伝え終わるころに、城島の声が鏡花の耳に届いてくる


『清水、今のところ目標と思わしき生物は見つかっているか?』


城島の質問に鏡花はどう答えるべきか迷った、ダミーを作ったことを言うべきか、だがこの会話を笠間達も聞いている可能性がある


ここは何も見つかっていない体で話した方がいいだろう


「今のところそれらしい生き物は見つかっていません、発見したらすぐに知らせるつもりでいます」


『ふむ・・・まぁいいだろう、今から彼らも行動したいそうだ、誰か一人迎えによこせ』


城島の言葉に鏡花は一瞬声を出しかけたが、それを飲み込んで一瞬陽太に視線を向ける


今のところ手が空いているのは陽太だけだ、陽太ならば迎えに行ってそのまま護衛行動をしても支障はないだろう


城島がなぜわざわざ一人というところを強調したのか、恐らく陽太が手が空いているという事を理解しているのだ


作業を遅らせることもなく、なおかつこちらで手を打つだけの時間を稼ぐという意味でも陽太一人に向かわせるつもりなのである


確かに現状、作業を少しでも円滑に進めるためにはそれが一番いい手だ


「わかりました、陽太をそっちに向かわせます、少し待っててください」


『わかった、ホテルのロビーで待たせておく、どういう風に動くのかも伝えておけ』


できる限り時間を稼いで仕事ができるだけの環境を整えろという事だろう、鏡花は通話を切った後で大きくため息をつく


「俺があの人たちを迎えに行けばいいのか?」


「えぇ、できる限りゆっくりとね・・・ただもうかなり区画分けしてるから船での移動は無理ってことを伝えておきなさい、一応湖のいくつかの場所に足場を作っておくから、そのあたりでの活動がメインになるってこともね」


「ん、分かった、んじゃ行ってくるぞ」


鏡花が足場を作っている間に、陽太は思い切り鏡花を抱きしめる


いきなり何をされたのかわかっていないのか、鏡花は一瞬頭が真っ白になった


息ができなくなるのではないかと思えるほど強く抱きしめられ、鏡花は陽太がなぜこんなことをするのかわからなかった


二人の体が離れると、陽太はしてやったりという表情をしている、ちょっとした悪戯のつもりだったのだろうか、それにしては性質が悪い、いや性質の良い悪戯だ


集中を乱されながらも鏡花が不恰好ながら足場を作り終えると、陽太は能力を発動して跳躍していく


完全に不意打ちだった


「・・・ったく・・・帰るまで我慢しなさいって言ったでしょうが・・・」


悪態をつきながらも鏡花の顔はにやけてしまっていた、顔が笑顔になるのが抑えられなかったのである


抱きしめられたくらいでなんだと思われるかもしれない、実際それくらいのことはすでにしているのだ


面と向かって抱き合うくらいなら何でもないし、くっつくくらいのことは日常的に行ってもいる、だがこういう不意打ちを受けると鏡花は途端に処理能力が落ちてしまう


だがどうにも自分は不意打ちに弱いなと思いながら鏡花は不意打ちのせいで不恰好になってしまった足場を直していく


後は陽太が迎えに行っている間にどれだけ作業を進められるかにかかっている


ダミーを使って相手の興味を引くのも一応準備は終わっているが、それだけで仕事が終わるわけではないのだ


静希達ももうすでに南側の索敵をかなり終わらせている、こちらも急がなければ間に合わせることができないだろう


現在時刻は七時になろうとしている頃だ、これからが勝負だなと鏡花は集中を高めていく


どこまで仕事を終わらせられるかなと鏡花はスケジュールを頭の中で組み替えながら次々と湖を区画分けしていった


「陽太君が迎えに行ったみたいだね」


「たぶん鏡花か城島先生の指示だろうな、この中で手が空いてるのって陽太くらいだし」


陽太が炎を纏いながら、いきなり出現した足場を移動していくのを確認して静希と明利は状況を大まかながらに理解していた


陽太をわざわざ一人で向かわせたからにはそれなりに意味があるのだろう、普通なら頭の回る鏡花も一緒に行かせるはず、だがそれをしなかったという事は時間稼ぎが目的である可能性が高い


陽太に最低限の足止めと対応をさせるからその間に準備をしておけ、たぶんそういう事だろう


「明利、さっきのダミーは今どこだ?」


「二つ前の区画で泳いでるよ、まだまだ元気みたい」


先程活きのいい魚を一匹見つけたため捕獲してから邪薙に頼んで魔素を注ぎ込んでもらったのである


慣れないことに苦労していたようだが、何とか生きた状態で魔素の注入は完了し、ほんのわずかではあるが尾とヒレの部分を奇形化させることに成功した


強烈な痛みを覚えていただろうが能力を発動しなかったところを見ると恐らく能力を持っていない魚だったのだろう、最初に奇形化チャレンジして能力持ちではなかっただけ運が良かったと言える


「あの人たちが来るまでは索敵を重点的にやってくぞ、きついだろうけど頼む」


「うん、任せて、静希君があっためてくれてるし、大丈夫だよ」


静希の体に寄り添うようにして冷えた体を温める明利に、静希は苦笑してしまう


温める方法がこれしか思い浮かばなかったとはいえ、見る人が見たらいろいろ誤解しそうである


裸で温め合うのが一番手っ取り早いというのもあるが、明利の体が小さいため良く暖房代わりにしていたからこそこの方法を一番に思い付いたというのもある


もっとも今回は温める係が逆だが


「早く目標が見つかればいいんだけどね・・・どこにいるんだろ・・・」


「今のところ目撃情報以外に手がかりはないからな・・・実際いるかもわからないし・・・もうちょっと情報があれば探しようがあるんだけど・・・」


目撃証言があったと言っても写真もなくどんな形だったのかもわからず、見たことのない生き物を見たという証言しかない、これでは探しようがないのだ


虱潰しという明らかに原始的な探し方ではあるが、今はこれ以外にとれる手段がないのである


「このペースでいけば今日中には湖全域の索敵も終えられそうだな、問題はどのタイミングで奇形種を見つけるかってことだ」


「あの人たちが来てから見つけると厄介だもんね、変なことされて能力発動されたら・・・」


「それだよなぁ・・・変にちょっかい出さないようにさせないと・・・」


もしあれで奇形種の捕獲を目的としていて、単純な麻酔などを用いて捕獲なんてしようものなら何が起こるかわかったものではない


奇形の結果麻酔が効かないかもしれないし、下手に手を出して能力を発動されようものなら面倒事確定である


そうさせないためにダミーまで作ったわけだが、こうなってくると後は祈るほかないのである


幸いにして鏡花は区画分けをし続け、自分たちも索敵を効率よく行えている

徐々にではあるが気温も上がりつつある、あと数時間もすれば気温も水温も高くなっていくことだろう


このまま効率よく索敵していけば今日中にはこの湖の索敵も終わる、その過程で目標を発見すればいいだけだ


後はそのことを相手に知らせず、ダミーに注目させていればいい、問題はその部分なのだが


「でも静希君、もし目標を見つけたらどうやって対処するの?水の中にいるのに」


「んー・・・いくつか考えてはいるけど、やっぱり直接倒すのが一番手っ取り早いかなって思うんだ、何より確実だしな」


水の中にいるという事もあって銃などは当たっても致命傷にならない可能性がある


最低限生きていられるだけの水を確保して閉じ込めたら直接刃物などでとどめを刺すのが一番手っ取り早いだろう


抵抗されるよりも早く攻撃するのが一番なのだが、それだけの技量が静希にあるかといわれると首をかしげてしまう


こういう時に雪奈がいれば非常に手っ取り早いのだが、恐らく彼女は今まだ寝息をついているところだろう


もしかしたら東雲姉妹やアイナとレイシャを交えて雑魚寝しているかもしれない、万が一にもこんなところにやってくるなどという偶然は無い、となれば自分たちで何とかするほかないのである


この中で確実に水中の奇形種を殺せる手段を有しているのは二人、静希と陽太である


静希は言うまでもなく多種多様な武器と危険な道具の数々、これを使えば確実に奇形種は殺せるだろう


陽太の火力があれば奇形種などは一瞬で丸焦げになること間違いなしだ、水中という事もあって多少抵抗されるかもしれないが陽太の耐久力があれば一撃くらいは問題なく耐えることができるだろう


つまりは奇形種を安全に駆除できるような状況を作れさえすればどうにでもなるのだ、当面の問題は笠間達が面倒なことをしないようにさせるだけ


本当に何で自分たちだけの実習ではないのだろうかと静希は辟易していた


今日からちょっと本気出して更新していきます。基本を約一万字(2.5回分投稿)としてプラス誤字を加えていく予定です


今回の場合誤字報告を十件分受けたので3.5回分投稿


何故本気になっているかは活動報告を読んでください。今日からずっとこの調子になりますのであしからず


これからもお楽しみいただければ幸いです

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