水との相性
「・・・あれだな、じゃあ索敵の段階を分けよう」
「段階って、具体的には?」
「まずは小魚とかを入れてみる、それででかい影が見えなければ明利に詳細に索敵してもらう、そうやって少しずつ索敵していくしかないだろ」
静希の提案に鏡花は眉間にしわを寄せて悩み始める、実際陽太の案と明利の案、どちらも実用的だがどちらも時間がかかりそうだ
陽太の案ならそこに明利がいなくても索敵を広げられる、だが設置した場所以外の索敵はできない
明利の案なら索敵するためにはその場に明利がいなければならないが、自動的に索敵網が広がることも考えられる
どちらをとるべきか、欲を言えばどちらもやりたいところだが
「なぁ鏡花、いつもみたいに二手に分かれて行動とかできないのか?それなら二つできるんじゃね?」
「今回のる船が一つだけなのよね・・・だから二手に分かれる場合どっちかは現地にある簡易ボートになるわ・・・その場合荷物とかを考えると陽太の案を私と陽太がその大きい方の船に、静希と明利が小さい方になると思うけど・・・」
簡易ボートというのはそれこそ手漕ぎや足こぎ、あるいは水上バイクのようなものだ、観光地なだけあってその類のものは用意してある、後は乗る技術さえあればいいのだ
「でも戦力の分散はなぁ・・・一応その船の防御も任されてるんだろ?」
「そうね、まぁ損傷したところで私がすぐに直せるからいいんだけどさ・・・さすがに転覆とかしたら厄介だし・・・」
正直に言えば戦力の分散はしたくない、だが少しでも索敵の効率を考えるのなら二手に分かれるのが一番だ
奇形種がいるかもしれない、というか確実にいるであろう場所で、しかも船を守らなくてはいけないような状況で戦力の分散、あまり良い手とは言えない
だが今回の場所の広大さが一番のネックとなっている、これが視界に入る程度の広さだったならゆっくり時間をかけて索敵をできたのだろうが、今回の現場は関東最大の湖だ、悠長に索敵していたらそれこそ時間切れになる
「静希、あんたって水上バイクの運転とかできる?」
「一応できるけど免許は持ってないぞ?軍の訓練の時に何回かやらされただけで・・・」
「そう・・・まぁ運転さえできればいいわ、最悪メフィに何とかしてもらいなさい」
水上バイク、モータボートなどに乗るには当然ながら免許が必要だ、静希は訓練の際数回そう言った類の乗り物に乗せられたことはあるが免許までは取得していないのである
まさかこんなところで使うことになるとは思っていなかったのである
「失敗したな・・・これなら車とか以外にもいろいろとっておくんだった」
「そうね、今年の夏はいろいろ免許をとりましょう、水の方にも強くなれるように、スキューバとかとるのもいいかもね」
「おー、スキューバか、俺も取ってみたいな、水に潜れるやつだろ?」
陽太の認識は明らかに適当過ぎるが、あながち間違っているというわけでもない、実際に装備を使って長時間潜るための資格がスキューバダイビングの資格だ
全員でとることができれば今年の夏にでも海に遊びに行くのもありかもしれない
「結局のところ、班を二つに分けるのか?俺はあまり気が進まないけど・・・」
「今回ばっかりは仕方ないわ、あんたがしっかり明利を守りなさい、時間がなさすぎるんだもの・・・あれだけの範囲を三日以内よ?実質時間は二日あるかないか、戦力がどうのこうの言ってる余裕はないわ」
確かに鏡花のいう事ももっともだ、明利が心配なのは十分に理解しているが、これだけの広さのある湖を三日以内で索敵しようと思ったら物理的に時間が足りない
熊田がいれば一日か二日あれば索敵もできたのだろうが、残念ながら今回は一緒ではないのだ、自分たちで何とかするほかないのである
「まぁ確かに、一般人の目撃証言が出てるのに今のところ被害はなしだからな・・・下手に刺激しなきゃ大丈夫か」
「そう言う事、今回はとにかく相手を刺激しないように徹底的に静かに索敵するのが一番のポイントよ、発見したら静かに捕獲、あるいは攻撃開始、いいわね?」
鏡花の言葉に全員がゆっくりとうなずく
今回の実習はいろいろと面倒なものになりそうだなと思いながら四人はそろってため息をつく
行楽地に行けるというのはある種嬉しくもあり悲しくもある、面倒なことが多いのだ
休日という事もあって人も多いかもしれない、遊覧船など遊ぶことのできる施設を休業したところで誰もいなくなるわけではない、そう言うところではかなり面倒なことが起きるのだ
そのことを静希も鏡花もすでに予測できている
時間は無い、やることは山積み、しかも自分たちの苦手なフィールド
明らかに不安要素が多すぎる
少なくとも今回の実習、一筋縄ではいかないのは確かである、負傷するかどうかはさておき面倒なのは間違いない
「どうせこういう観光地に行くならもっと別の内容が良かったわ、きっとジョーズみたいなのがいるわよ」
「ジョーズで済めばいいけどね、それこそ恐竜みたいなのがいても不思議はないぞ」
静希と鏡花は互いに笑いながらそんなことを話しているが、今までの自分たちの経験から言ってただの奇形種なわけがないのだ、もはや見るまでもなく危険な存在であることを理解している
伊達に一年以上面倒事に巻き込まれてきたわけではないのだ
「ねぇ、もし湖に行くならさ、ウンディーネの住処になるんじゃないの?」
話がひと段落したところで告げられたメフィの言葉に、静希はあぁそう言えばとウンディーネの方を見る
彼女は住処を失い、新しい住処が見つかるまでの間ここに住んでいるだけなのだ、新しい住処さえ見つかればいついなくなってもおかしくないのである
「あー・・・そう言えば実際どうなんだ?関東で一番大きい湖らしいけど」
もしこの湖がウンディーネの住処になるのであればそれなり以上に有名な名所になるかもしれない、いや現段階でもすでにそれなり以上に有名なのだが
もっともウンディーネが住処にしたところでそれを一般人に知らせることはまず無理だろう
「正直大きさよりも美しさの方が重要なポイントです、汚れていたり淀んでいたりするのは正直あまり好みではありません」
「それだとちょっとあれかもね、人が多いってことはそれだけ汚れるってことでもあるし」
人が多い場所というのは良くも悪くもゴミが出る、観光地になっているだけあってあからさまにごみを捨てるような人間もいるのだ
もちろんそんな人間ばかりではないのは理解しているが、そう言う人間がいるのもまた確かである
「それに私自身まだシズキに対して恩が返せたとも思えません、シズキさえ迷惑でなければもう少しの間力になりたいと考えています」
「だってさ、随分と好かれたもんね」
「いやまぁいてくれる分には心強いけどな、一人や二人いたところで変わりはないし」
ウンディーネがいる事によって静希にマイナスになるようなことはない、基本静希の家は人外の魔境とかしているのだ、常識人ポジションが一人でも多いのは心強い限りである
そんなことを思っていると鏡花がふと気づく
「・・・そう言えばさ、ウンディーネとかは湖とかそう言うものに宿ることができるのよね?その場合湖全体の索敵とかできないの?」
鏡花の言葉にそう言えばと全員がウンディーネの方を見る
かつてメフィが静希の体に宿った時にその精神の機微を読み取ったように、湖に宿れば湖そのものの調査ができるのではないか
実際その可能性は十分ある、全員の視線を受けてウンディーネは口元に手を当てて悩み始めた
「正直難しいと思います・・・あなたたちの感覚で言うところの自分の体の中のことを詳しく調べろと言われているようなものですから、大まかに何があるのか、どんな形をしているのか程度はわかってもあくまで感覚でしかありません・・・詳細なことはさすがに・・・」
ウンディーネの言葉に全員ががっくりと肩を落とす
もし彼女が湖の中全体を確認することができればどれだけ話が早かっただろうか、索敵などする必要もなく、すぐに目標を探すことができただろうに
だが実際考えてみれば無理な話だ、静希達が自らの体の中を調べるなんてことは容易にはできない
それこそ現代ではその科学技術によって体内の様子を知ることもできるが、それはあくまで機械の力だ、自らの力で体内の様子を知るには感覚しかない、異物感があったとしても確証はないのだ
「ですが湖という場であればシズキ達の力になれると思います、私の力は水の力、多少なりとも協力はできるでしょう」
八割以上の力を削がれているとはいえそのあたりは水の大精霊だ、自らの最高のパフォーマンスを発揮できるフィールドであれば人間以上の力を使うことくらいはできるだろう
今回行く現場では彼女の住処にはふさわしくないだろうが、それでも水は水、彼女にとっては力の発揮しやすいフィールドであることに違いはない
「そっか、ウンディーネの力を借りることができれば確かに少しは楽になるかもね・・・でも静希としてはそれってどうなのよ?あんまりこいつらの力って借りたくないんでしょ?」
いくら力強い味方がいるとしても、人外たちはあくまで静希の味方をしているだけだ、鏡花たちの一存で人外たちの行動を決めるわけにはいかない
特に静希は実習中は極力人外の力に頼らないようにして来ているのだ
本当に危ない時以外はほとんど人外に頼らないで今までやってきた、それを今さら覆すわけにはいかない
「ん・・・まぁ俺としても極力自分たちの力でやりたいとは思ってるけど、まぁどうしようもなくなった時に関しては仕方ないんじゃないか?失敗するよりはましだし」
静希としても今まで何度も人外たちに世話になっていることもあって、人外たちの力に頼ることに対しての抵抗はそこまであるわけではない
何より自分たちが死ぬような目に遭うよりはずっとましなのだ
「んじゃ最悪ウンディーネに頑張ってもらうってことでいいのね?まぁそこまで期待はしないでいるけど・・・」
そもそも鏡花もウンディーネが力のほとんどを失っているという事を知っているのだ、そこまで大したことができるとは思っていない
せいぜい水の流れを少し操ることができれば程度の認識なのだ
自分たちの力だけで行うのが実習の本質であり、必要なことなのだ、それ以外の力に頼るのは本当に危険になった時だけである
「なんかウンディーネばっかり頼られてると私達としては凄く複雑よね、ねぇ邪薙」
「ふむ・・・まぁ我々はシズキの行動次第で動くという事でいいだろう、元より我らは動かない方がいいのだから」
静希との付き合いがかなり長い悪魔と神格としては新米の精霊が妙に頼りにされていることに若干不満を抱いているようだった
反応としては正しいのかどうかは知らないが、張り合う事もないだろうにと静希は苦笑していた
「お前達の場合使う力が桁違いだからなぁ・・・それこそ頼りになるけど・・・頼りになりすぎるというか・・・」
「そうだよね、私達何もしなくても実習終わりそうだもんね」
静希と明利の言葉にメフィと邪薙は気を良くしたのかふふんと鼻を鳴らしている
実際メフィと邪薙の力はかなり強い
最近本気での悪魔戦があったため判明したことだが、メフィは地面その物を持ち上げられるだけの力を使える、それこそ湖の水を持ち上げて叩き付けることくらいは容易にできるだろう
能力によっては湖を干ばつさせることくらいはできるかもしれない
邪薙に関しては物理攻撃はほぼ無効と言ってもいい、障壁で阻むことができる程度の攻撃であれば、少なくとも現代兵器では彼の障壁を破ることはできないだろう
攻撃に、そして防御に、この二人の人外が高い貢献をしているのは間違いない
「ところでウンディーネは湖ならどれくらいの力を使える?前は霧を出してもらったけど・・・」
実際にウンディーネを体の中に入れて協力した鏡花としては彼女がどれほどの力を使えるのか興味があった
場所の特性というのも左右されるだろうし、何よりウンディーネは水の精霊だ、事水関係で言えばスペシャリストと言ってもいい
力の大半を失ったとはいえ水の大精霊だ、湖というフィールドでどれほどの力を使えるのかは興味がある
「そうですね・・・その場にすでにたくさんの水があるのなら・・・軽く渦潮くらいは作れると思います、全力を出せば・・・そうですね、水竜巻くらいはできるかと」
その言葉に全員がおぉと声を漏らす
渦潮は巨大な水の流れを作って文字通り渦のような形の潮の流れを作ることだ、今回の場合は海ではないために潮と表現していいかは不明だが、そう言う現象を起こせるのは間違ない
水竜巻は海上などで見られる竜巻の事である、急激な上昇気流によって発生する竜巻で海水が巻き上げられて起きるものであり、実際にはただの竜巻の事である
だがウンディーネがやろうとしているのは恐らく風の流れを操るのではなく、純粋に水の流れを操って竜巻のような状態を作るという事だろう
水の流れを操れる能力者はそれなりにいるが、湖の水を大量に操作できるかといわれると微妙なところだ、そのあたりは本当に精霊の特化分野と言えるだろう
「ふんだ、私だってその気になれば湖の水を操ることくらいお茶の子さいさいよ」
「お前の場合水を操った後が大変なことになりそうだけどな」
メフィの念動力の力を使えばそれこそ水を操るなんてことは簡単だろう、地面ごと持ち上げることだってできるのだ、流体の水もまた然りである
だが精密な動きはまずできないと考えていい、なにせメフィはかなり操作がおおざっぱなのだ
それこそ掴んで投げるとかただ持ち上げるとか、大規模な能力行使はできてもそれらを細かく調整したりすることは不得手なのである
「とにかくウンディーネの能力は最後の手段だ、もしかしたら逃げられないような状況になるかもしれないしな、そう言う時には頼んだぞ」
「わかりました、有事の際はお任せください」
ウンディーネに静希がそう言うと、他の人外たちは自分たちには何かないのだろうかとそわそわしている
頼まれたいのだろうか、その様子を察して静希はそれぞれに目を向ける
「メフィはいつも通り俺と一緒だ、俺から絶対離れるな」
「はいはい、しょうがないわね」
口ではそっけなくしていながらメフィは嬉しそうだ、なんというか悪魔としてそれでいいのかと問いたくなるが今はそれでいいだろう
「邪薙は場合によっては明利か鏡花の守りを頼むと思う、臨機応変に頼むぞ」
「任されよう、とはいえ離れた場所までは守れん、どちらかという事になるだろうな」
もし明利と鏡花が別行動をするのであればどちらかを守らせることになるだろう、その場合はどちらを邪薙に守ってもらうかを選ばなければならない
そう言う意味でも考えておかなければいけないなと静希はため息をつく
「オルビアはいつも通り、今回はしっかり装備して戦うからな、頼むぞ」
「かしこまりました、存分に使い潰し下さい」
深々と頭を下げながらオルビアは満面の笑みを浮かべている
分かりやすい奴だと思いながらも静希は軽く状況を整理していた
奇形種相手となるとオルビアと一緒に戦う事もあるだろう、常に装備した状態でいたほうがいいと思われる
しかも場所は水上、水着を用意したほうがいいだろう
ダイビング用のウェットスーツを用意することも考えたがこの辺りでそんな物を売っているかどうかも定かではない、変に買うよりは現地で探した方がいいような気がするのだ
「なんていうか、あんたもずいぶん慣れたわね」
「ハハハ・・・一年以上一緒に暮らしてりゃな・・・さっさと水着出しておくか・・・」
自宅にいるのだから早めに準備しておこうと思ったとき静希はふと思う
実習で初めての水上行動なのだと
静希の班には炎を纏う陽太がいる、はっきり言って水との相性はあまり良くない、ではどうするか
「・・・鏡花、ちょっといいか?」
「ん?なによ」
「いや、いろいろ準備しておいてもらおうと思って」
あらかじめ準備しておいて損はない、行動に置いて何よりも重要なのは準備なのだ、それがなければ満足に活動できるとも思えないのである
誤字報告を五件分受けたので1.5回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




