女の子の話
「そう言う時はあれだよ、誰かのために作ってあげるのが一番だよ、そうすると自然と美味しく作ってあげたいって気になるし」
恐らくは明利の実体験からのアドバイスなのだろう、確かに自分一人の為だと料理は正直手抜きになるが、誰かのためを思って作れば多少は気合を入れる気にもなる
明利の場合は静希に美味しい食事を作ってあげたいという気持ちが料理の上達の原動力になっているのだ
鏡花の場合もともと料理は得意だったというのもあるのだろうが、陽太のためにとさらに腕に磨きをかけているようだった、確かに誰かのために作るというのは上達するうえでは必要なことかもしれない
「そう言われてもな・・・私のような女を好きになるようなもの好きなどいないだろう・・・それに今のところよさそうな男はいないしなぁ・・・」
「それなら今からでも探せばいいよ、先輩とか後輩とか・・・同級生は・・・どうだろ・・・」
石動が今まで関わってきた男子生徒というのはあまり多くない、班員二名、静希や陽太、そして先輩が何人かいる程度
その中の何人かはすでに彼女がいたり結婚していたりする、出会いが少ないというのもあるが、彼女がつけている仮面がネックというのもある
「先輩か・・・年上に対しての憧れというのは正直あまりない・・・同級生だと・・・五十嵐、響、樹蔵、上村になるが・・・五十嵐と響、上村はすでに相手がいる・・・樹蔵は論外だ」
最初から選択肢に入れる事さえもなかった樹蔵に少々同情してしまうが、あの性格と彼がやったことを考えればそれも仕方のないことかもしれない
石動の性格というのもあって誠実な男性を好む傾向にある、覗きをするような人間は完全にアウト判定だろう
「じゃあ下級生?でも石動さんって一年生の指導とかはしてないよね?」
「そうなんだ、だから下級生の出会いはほぼないに等しい・・・私の次の世代のエルフがあの二人だからな・・・」
石動の次の代のエルフ、それが東雲姉妹だ、現在の高校二年から小学校五年生までの間の学年にはエルフが一人もいないことになる
他の学校に行けばまだ違うかもしれないが、少なくとも身近に年下の異性がいないのは間違いない
「年下の相手ねぇ・・・お前が年下趣味だとは知らなかったけど・・・まぁエルフだと敷居が高いっていうのはあるかもな」
「いや別に年下趣味というわけではないぞ?年上以外であればいいというだけで・・・」
「でも同級生でいい人はいないっぽいんでしょ?」
明利の言葉に石動はゆっくりとうなずく
実際今まで過ごしてきて同級生で惹かれるような存在はあまりいないのだ
他の生徒に比べればまだ接点のある静希でも、いい人、あるいは好敵手的な立ち位置だ、はっきり言って恋愛対象とは程遠い
もっとこう別のベクトルの感情を向けるような人間でなくてはいけないのだ
「ちなみに石動、お前これまでに『あ、この人良いな』とか思ったことあるのか?そもそもお前が恋愛感情もってるとか俺想像できないんだけど」
「失礼な奴だな、私だって人並みにそう言う感情を持つことはあるぞ・・・まぁかなり昔にだが・・・」
静希が石動のそう言うところを想像できないのも無理はない、なにせ静希の石動に対する認識は大体が戦闘のことで埋め尽くされているのだ
日常的な石動の姿を知らないために、どうしても攻撃的な印象がある、戦闘狂とまではいわないが戦いに全てを注いでいるように見えてしまうのだ
実際は自分と同い年の女の子なわけだが、どうしてもそう言う認識が薄れてしまう
「へぇ、ちなみにどんな相手だったの?昔ってことは・・・まだエルフの村にいたころ?」
「あぁ・・・あれは何時だったか・・・私が一度外の街に買い物に行った時だったな・・・その時迷子になってしまって、一緒に遊んでくれた子がいてな、思えばあれが私の初恋だったのかもしれない」
エルフの村で過ごしていた頃という事は小学生の時の話だろうか、彼女の村から近い町にいた子供、となるとある程度特定はできそうだが、今その人物を探すのは難しいだろう
とはいえ石動にそんなエピソードがあるとは思わなかっただけに静希達は少しだけ意外そうにしていた
「へぇ、なんか意外だな・・・ちなみにどんな顔とか覚えてるのか」
「いや全く、もうかなり前のことだからな、その子のことが好きだったということくらいしか覚えていない」
せっかくの思い出話が台無しになるような言葉に静希と明利は肩を落としてしまう
なんというか、彼女が誰かを好きになるというのはかなり難儀な気がしてならない
鏡花の能力で顔だけはわかっているが、あれだけ美人なら顔を見せればそれこそ選り取り見取りだろうに、彼女がエルフというのは非常に惜しい
「ていうかお前人並みにとか言ってるけどそこまで恋人とか欲しいのか?」
「何を言うんだ、私だって花も恥じらう女子高生だぞ、そう言ったものにあこがれるものだ」
動物たちを切り刻み、血の鎧をまとって戦うエルフが花も恥じらう女子高生
これは笑うところだろうかと静希は一瞬考えたが、ここで笑ったらきっと鉄拳が飛んでくるだろうことを予測してその笑みを押し殺す
彼女が一体どんな恋愛をするのかは知らないが、バイオレンスではないものであることを祈るばかりである
東雲姉妹を連れて石動が帰宅してしばらくしてから静希の家には人外たちが飛び出してくる
エルフとしての人外察知能力を考慮して少し時間を空けてから取り出すことにしたのだ
「いやー・・・やっぱり誰かが来るってなると緊張するわね、ばれないかドキドキするわ」
トランプの中から出てきたメフィは笑いながら宙に浮いている、こちらからすればばれるのではないかとひやひやしている面もあるのだ
毎日のように過ごしているこの場所に悪魔の気配が染みついていないかと戦々恐々である
静希達のように人外の気配を察知できると考えていいだけに、万が一にもばれないとも限らないのだ、少しだけ緊張を強いられたのは言うまでもない
「それで?うちで必要なものとかあったのか?足りないものとかあれば前もって買っておくけど」
「・・・あー・・・たぶんミスターイガラシではわからないものもあるかと」
「女の子の必需品ですので、ミスミキハラに手伝っていただけるとありがたいです」
唐突に話を振られて驚いたのか、明利はきょとんとした顔でアイナとレイシャの方を見ていた
「必需品って・・・生理用品とかか?」
「・・・静希君、そう言うのじゃないと思うよ?化粧品とか洗顔とかそう言うの?」
「はい、やはりミスミキハラは頼りになります」
「是非今度一緒にお買い物をお願いします」
お前は役立たずだと遠回しに言われているような気がした静希は、よろよろとソファの隅で体育座りをしてしまう、珍しく落ち込んでいる静希をメフィが慰めているのが印象的だった
「そう言えば静希君の家にはあんまりそう言うの無いもんね・・・雪奈さんとかに借りれればいいんだけど・・・」
雪奈はガサツに見えてそのあたりのケアはそれなりにやっている、というか明利がそれを義務付けているのだ
さすがの雪奈も明利の頼みとあれば断れないのかコツコツと日々のケアを続けているようだ、その為借りようと思えばその類のものを借りることもできるだろう
「ミスミヤマの家も突撃訪問するべきでしょうか」
「レッツ家探しするべきでしょうか」
「ん・・・でもこれを機に自分のを買ったほうがいいと思うよ?明日一緒に買いに行こうか」
明利の提案にアイナとレイシャは嬉しいのか上機嫌になっていた、ああいった女子特有の話になると静希はついていけなくなってしまう、若干の疎外感を味わいながら静希は人外たちに慰められていた
変装などで使う化粧関係の技術はあるつもりなのだが、別段普段からそう言う類のものを使うわけではないので知識としてはあくまである程度のものになってしまうのだ
「二人とも肌綺麗だし、敏感かどうかはわからないけど、今のうちに必要なものを集めておいた方がいいかもね」
「はい、明日が楽しみです」
「いろいろと買いたいものがあります」
二人が買い物にやる気になっていることでそれだけ自分の家に足りないものがあったのかと静希は改めて自分の身の回りのものをチェックし始めるのだが、そこまで必要なものがあるとは思えなかった
これが男子と女子の違いなのかと静希は頭を抱えてしまう
「やっぱあれか・・・男じゃ基本女の子の役には立てないんだな」
「そうへこまないの、シズキはよくやってるわよ」
自分の契約者がこんな形で自信を無くしているのは複雑なのか、メフィは苦笑しながら静希の頭を撫でていた
実際静希の家のものは最低限の物しかない、確かに女子が住まうにはものが少ないかもしれない
とはいってもなければいけないというものではないのだ、あったらうれしい程度のものである
「でしたらミスミヤマやミスシミズも一緒に行きたいです」
「みんなで買い物したほうがきっと楽しいです」
「ん・・・雪奈さんは大丈夫だと思うけど、鏡花ちゃんはどうだろうなぁ・・・陽太君の訓練をやってるだろうし・・・」
雪奈の生活環境やスケジュールなどはほとんど把握しているために悩むような事すらしないのだが、鏡花に関してはいろいろと予定があるかもしれないのだ
なにせ陽太の訓練は今かなり忙しいというかつきっきりで行っている節がある、何やら次の段階に入るためにいろいろと苦労しているのだとか
だがアイナとレイシャは鏡花とも一緒に買い物に行きたいようだった、というか一緒に買い物に行くことが重要なのだろう
「一応聞いてみるけど・・・あんまり期待しないでね」
「お願いします」
「ぜひお願いします」
明利は鏡花にメールを送って明日の予定などを確認しているが、本格的に静希が蚊帳の外になってしまっている
女の子の話の中では男の入る余地などないという事だろう、こういう時は男だと肩身が狭い思いをしてしまうというものだ
明日は陽太の訓練でも眺めて居ようかと静希は少しだけ寂しい思いをしながら頭をひねっていた




