あるものないもの
「は?お泊り?」
「はい、ミスターイガラシたちが実習に行っている間にミスシノノメたちを招きたいのですが、よろしいでしょうか?」
放課後、家に帰ったアイナは静希に実習中の事を相談していた、もちろんすでにレイシャにも話を通してある、後は静希の許可をとるだけである
「あー・・・まぁ泊まって遊ぶくらいなら・・・食事とかはカレンに任せるか・・・監督役に雪姉を付ければ・・・まぁ問題はないか・・・?」
小学生たちだけで寝泊まりするとなると問題はあるだろうが、保護者がいれば話は別だ、その保護者の約一名に問題ありだが、家を預けるという意味では雪奈程信頼できるものもそういないだろう
とりあえず静希はカレンに確認をするべく彼女の携帯に連絡を入れ始めていた
「もしもしカレンか?静希だ・・・うんちょっとな、今度の実習の時にうちに来て留守番しててくれないか?なんかアイナたちがお泊り会やりたいんだと・・・うん・・・そうそう飯の準備とか頼む・・・そうか、分かった、頼む」
通話を終えたようで静希は携帯をしまいながらアイナとレイシャの方を見る
「一応カレンも予定を合わせてくれるらしい、いろいろ条件を付けるけど、お泊り会くらいならやっていいぞ」
静希の言葉にアイナとレイシャはハイタッチする
同級生と遊ぶなどという事は慣れていないというのもあるが、彼女たち自身誰かと遊びたいという欲求もあったのだろう、雪奈に加えて東雲姉妹が一緒なら楽しい時間を過ごすことくらいはできる
これは一応エドに報告しておいた方がいいだろうなと、静希は再び携帯を取り出す
「二人とも、とりあえず戸締りと火の元、後は掃除をちゃんとするんだぞ、それ以外は特に文句は言わないから」
静希の指摘にアイナとレイシャは了解しましたと敬礼して見せる
普段から手伝いをしているアイナとレイシャからすれば掃除や片付けなどはお手の物だ、あとは物を壊したりさえしなければいいだけである
『やぁシズキ、どうしたんだい?』
「あぁ、お前の所のお転婆二人の事でな、カレンから何か聞いてるか?」
『あぁ、さっき聞いたところだよ、どうやら学校にはなじめているらしいね、安心したよ』
エドとしてもアイナとレイシャがクラスになじめるかどうかが気がかりだったのだろう、定期的に報告をすることになっているとはいえ保護者としては気が気でないようだった
静希の知り合いのいるクラスになったのは本当に運が良かったと言えるだろう、話をするきっかけがすでにできている状態で留学できたのは彼女たちにとっては僥倖だった
「お前の所に行かせようと思ってたけど、そういう事だからカレンをうちによこしてくれればよさそうだ」
『うん、こっちもそう言う風に調整しておくよ、カレン以外にも誰か呼べるかな?』
「一応雪姉をお守りにするつもりだけど・・・まぁあんまり期待しないでくれ、あの人は保護者には向いてないから」
雪奈はアイナやレイシャ、そして東雲姉妹とも仲がいいが保護者と言われると首をかしげてしまうような人格をしている
監督したり見守るというタイプではなく、自分も一緒に楽しもうとするタイプだ、やりすぎないようにストップをかける役が必要である
そのあたりをカレンに頼むことができれば、アイナたちも安心だろう、その場にエドが行くことも考えたのだが、女性だらけの中にエドのような大人の男性が来ると警戒されかねない
『時にシズキ、今回は外国に行くような実習じゃないのかい?今のところ何も聞いていないけど』
「まだ実習内容は発表されてないから何とも言えないな・・・海外の内容じゃないといいけど」
今まで静希の関わってきた実習や面倒事の中で多くの事件が海外で起こっている、また面倒事が押し寄せないとも限らないが、こればかりはあともう少し待つしかないだろう
特にあの事件以来、リチャードの動きは確認できていない、これから動くつもりなのかそれとも今は準備期間なのかは不明だが、関係各所からの連絡が全くない状態では待つ以外にとれる手段はないのだ
『平和が一番とはいえ不気味だね・・・せめて七月中は何も起こらないでほしいけど』
「本当にな、あいつらの為にも何も起こらないといいけど・・・何か新しい予知とかはあったか?」
『今のところは何も、・・・ただこの夏にかけての未来が随分とぶれているってことを言っていたな、毎回見える光景が違うらしい』
未来がぶれている
それはつまり不確定要素が多すぎるという事である、現段階で何かが起きているという事は間違いないのだ
毎回見える光景が違うとなると正直場所や時間の特定も難しい、未来の情報を得るのはまだまだ先の話になりそうだった
「そうか・・・引き続き未来は見続けるように伝えてくれ、もしかしたら手がかりを得られるかもしれないしな」
『了解したよ、その件も合わせてカレンにはしっかり伝えておこう、アイナとレイシャを頼んだよ』
「はいはい、そっちは仕事がんばってな」
相手は社会人なのだ、いろいろと忙しい中工面して頑張っているのだろう、こちらもできる限りのことはしなければならない
差し当たっては二人の訓練に全力を注ぐことにした
「と、いうことで・・・お泊り決定です!」
アイナとレイシャは東雲姉妹を連れて再び静希の家へと向かっていた、無論静希の許可はとってある、実際に泊まるのであれば何があって何がないのかをリサーチしておく必要があるという事で家の中を探索することになったのだ
「とは言ったものの、何を確認するんですか?そこまで必要なものがあるとは思えませんが・・・」
「そうです、五十嵐さんの家なら大抵のものはあるのでは・・・?」
東雲姉妹の言葉にアイナとレイシャはチッチッチと指を振る、人が生活している以上、生活するうえで必要なものがそろっているのは当然なのだが、そこにはある問題が一つある
その問題は明らかに、そして決定的な違いでもあるのだ
「確かにこの家には大抵の日用品がそろっています、日用品以外にもいろんなものが存在しています」
「ですが決定的に足りないものがあります、それは女性にとって必要なものばかり!なにせミスターイガラシは男性ですから」
その言葉に東雲姉妹は首をかしげる、なにせ彼女たちは男性と一緒に暮らした経験などないのだ
自らの父親と過ごしたこともあるのだが、それもかなりわずかな間、そこまで気にするようなこともなかったし何より覚えていないのだ
「ではまず浴場から見てみましょう・・・まずシャンプーから、これも一般的なシャンプーを使っていますが、逆に言えばそれ以外はありません」
「・・・あ、本当ですね・・・コンディショナーなどは五十嵐さんは使わないのでしょうか・・・?」
普段静希は普通にシャンプーを使って頭を洗うものの、そこまで髪の質にこだわっていないためにケア用品などはほとんどないのだ
化粧水も洗顔用の石鹸もない、女性が気にしている髪や肌に対してほとんど気を遣っていないのである
時折雪奈や明利が泊まりに来る時はそれぞれが持ってくるために静希の家にはそもそもそのようなものは存在しないのである
「待ってください、そうなるとアイナちゃんやレイシャちゃんもリンスの類は使っていないのですか?」
「はい、基本的にシャンプーだけですが・・・」
「それって何か問題があるんですか?」
今まで基本的に外見に気を遣うという事をしてこなかったアイナとレイシャ、そこまで髪の綺麗さというものを意識したことがなかったのだろう、その必要性を理解できないようだった
今のままでも十分綺麗な髪をしているが、それでも幼いころから手入れをしていればまた髪も変わっていく、そう言う意味では今のこの状況はあまり容認できないものだった
「・・・今度私たちが使ってるのを持ってきますから、使ってください!」
「しっかり手入れをしないとダメです、女の子なんですから」
「そ・・・そうなんですか?」
「女の子は大変なんですね・・・」
そう言えば以前雪奈と一緒に風呂に入った時に妙なものを付けられたことがあるなとアイナとレイシャは思い出すが、特にこれと言って変化はなかったように思うのだ
そこまで劇的な変化があるようなものではないために、特に気にも留めていなかったのだが、あれはそういう事だったのかと今さらながらに理解する
「あとは・・・これです、体を洗うタオルです」
「これ・・・かなりざらざらしてる奴ですよね・・・?痛そうです」
「ミスターイガラシはこれがいいらしいです、私達はソフトなやつを使わせていただいてますが」
風呂場にあったのは体を洗うためのタオルなのだが、表面がやすりのようにざらざらしている、体を洗うためのタオルなのだが軽くさするだけでその抵抗感が肌に伝わってくる
これで思い切りこすったら柔肌では傷がついてしまうかもしれない
「なので体を洗うためのタオルを何か持ってきた方がいいでしょう、そして体を洗った後の洗顔系の物もないです、ミスミヤマに言えば貸してもらえるとは思いますが・・・」
「ご自分の肌に合ったものを使ったほうがいいでしょうから持ってきた方がいいです」
男性の中には肌や髪のケアに無頓着な人間がいるというのは知っていたが、まさか静希がそう言うタイプの人間だったとは思わなかっただけに東雲姉妹は少しだけがっかりしていた
当然そのような理想を押し付けるようなつもりはないが、せめて髪くらいはしっかりとケアしておいた方がいいのではないかと思える
もっとも、静希自身がそのようなケアをしなくても明利が体調管理の一環でいろいろと手を打っているのだが、そのことは静希も知らないような事である
「それにしても、お風呂場だけでもこれだけ必要なものがあるとは・・・」
「一人暮らしの男性の家はなかなかに魔境なのですね」
自分が泊まりに来る上で必要なものをリストアップしメモしている二人はメモに記された物品を見て愕然とする
案外自分たちが当たり前に使っているものがないという事実に多少なりとも驚いているようだった、自分の当り前が他人にとっては当たり前ではないと気づいた瞬間でもある
この調子で家を探していくと、そのうちメモに書ききれなくなるのではないかという不安が一瞬だけ脳裏をよぎるが、さすがにそんなことはあり得ないかと東雲姉妹は首を振る
だがその不安は案外バカにできたものでもなかった
探索していけばしていくほど、本来自分たちが日用的に使うものがないという事に気付かされる、そして男子の一人暮らしはこんなものなのだなと少しだけ理解を深めた東雲姉妹だった




