早朝の一仕事
着替えようかと思って客間に戻ってみれば、陽太の周りに全員が集まって何やら静かに笑っている
「なにやってんだ?」
「あ、静希、見なさいよこれ」
陽太が起きないように小声で話しながらその顔を覗くと、静希が描いた時よりさらに落書きが酷く、そして多くなっていた
「これ静がやったのか?」
「いや、俺は眼鏡と髭と額に肉だけ、他は・・・鏡花か?」
「正解、だって明利が起こすから何かと思ったらすごいんだもん、笑っちゃった」
どうやら静希が部屋の外に出た際明利も目が覚め、様子を見ようとしたら寝転がっている陽太を見てしまい笑いをこらえながら鏡花を起こしたところ静かに大爆笑
そして雪奈や熊田も起こして落書き大会の開催という事の運びらしい
すでに陽太の顔には瞼の上に眼球、頬にはアホっぽい渦巻、鼻の穴が大きく見えるようにマジックでわざわざなぞるのに加えいくつか傷を演出するようなばってんなども付けられていた
哀れという他ない
「いや、これはなかなかのアートになったぞ、撮影して後世に残しておかなくては」
「ああもう、デジカメ持ってくればよかったわね、携帯じゃ解像度が・・・」
「ねえ静希、あんた前カメラ持ってたわよね?今持ってないの?」
「持ってるけどそんな下らねえことに使いたくねえよ」
こんな状態を高解像度で残された日には陽太末代までの恥になるだろう
それはそれで面白そうだが、この場はさすがに自重しておくことにする
そう思いながらも静希も携帯であらゆる角度から陽太の顔面自由帳を撮影し続けていた
これはいい交渉材料になるだろうと満面の笑みを浮かべながらさっさと自分の荷物のところまで移動する
「ん・・・なんだ?」
どうやら陽太がまどろみから抜け出したようで眉をこすりながら身体を起こす
その落書きがなければただの朝の寝ぼけ顔なのだが、今は笑いを狙ったピエロのように見えてしまう
「よ、陽太おはよう、寝ざましついでに顔洗ってきなさい・・・!」
「あぁ・・・そうだな・・・」
笑いを必死にこらえながら鏡花が洗面所へと陽太を誘導する
まだ頭の完全覚醒していない陽太をひきつれて数分後、陽太の絶叫が聞こえてくる
どうやら自分の顔の惨状に気がついたようで猛烈な速さで客間に走ってくる
「この顔ぉ!誰がやりやがったぁ!?」
全員に向けて怒号を浴びせるが、全員顔をそむけている
奇妙な一体感が生まれている中、陽太だけ犯人を捜し出そうと躍起になっている
「陽太、まだ早朝だ静かにしろ」
「うっせえ!なんだよこの顔!悪ふざけにもほどがあるぞ!?」
さすがにあれはやり過ぎだ、陽太の元の顔がすでに分からなくなってしまっている
というか直視できなくなってしまっている、直視すると笑ってしまう
「まぁ落ちつけよ、三割は俺、七割は雪姉と鏡花が犯人だ」
「ちょっと静希、ネタばらし早すぎよ」
「そうだぜ静、もう少し楽しんでからでも」
これ以上陽太に騒がれては家主にも迷惑がかかる、一学生としてそれは遠慮したいところ
なおかつこの顔で真剣に怒られるとどんな顔していいのかわからない
笑えばいいのか?この状況なら笑うのが正解なのか?
「なんだと!?何の恨みがあってこんなことを!?」
「てめえが俺の布団かっぱらって呑気に寝てやがるから腹が立って落書きした」
「落書きされたの見て面白くてつい」
「ついこうね」
静希の理由は筋が通っているかもしれないが後の二人の理由が酷い
「ちっくしょおぉ、何でこんな目に・・・」
「いいから顔洗って来い、そのままの顔だと笑える」
「そうね、笑える」
「うっせえよ!後で覚えてやがれ!?」
陽太は渋々洗面所まで戻っていく
あの顔はしっかりと熊田が撮影済みだ、これはいいネタを手に入れたと明利以外の全員がほくそ笑む
なお明利は笑ってはいけないと必死にこらえてはいるものの、涙を流しながら肩を震わしていた
「そういえば先生がいないけど、あの人どこ行ったの?」
「さあな、やることがあるんだろ?先生は一応仕事なんだから」
そう、城島はやることがあるだろう
今現状において最も注視されているのは引率の城島ではなく神格の抑制をしている静希だ
恐らくは監視下に置かれているのも静希だと考えるのが妥当
いつ頃から城島がいないのかは不明だがすでに動き出している
だからこそ自分たちもサポートを忘れないようにしなくては
「俺ちょっと出てくるわ、飯になったら呼んでくれ」
「うんわかった、電話するよ」
制服に着替えた静希は東雲家を出て村長の家の前までくる
案の定、村長の家の前には見張りらしきエルフが二人立っていた
あれが犯人側かそれともただの村人なのかは判断が難しいがどちらにせよ何か口実が必要であることは確かだ
「すいません」
「ん、なんだ?」
「先日こちらの長に依頼をされた喜吉学園のものです、目標の定期診断をしたいので長へ取り次いでいただきたいのですが」
あたりさわりなく、何の情報も出さずに言葉を綴ればこんな感じだろう
ここからどう反応するか
「お前、今何時だと思っている?迷惑を考えないのか人間は」
「迷惑とわかっていながらも言っています、それほど急を要することだとご理解ください、内容に関しては長に『喜吉学園の者が地下の検診をするから通してほしい』と伝えればわかるはずです」
そういうと二人のうちの一人が中に入っていく
神格の名は出さず、あくまで任務の延長という形で侵入したい
そして地下にあるものの存在をちらつかせれば余計な人員は割かないだろう
逆に、静希をここで追い払うのであれば是非もない、それを理由に神格が逃げたという口実にさせてもらう
どちらに転んでも静希には痛手はない
一人が中に入り少ししてから何やらどたばたと急いで外に戻ってきた
「おい、長が入っていいと」
どうやら神格に対しては長も慎重に行動したいようだ
「先に長に挨拶してからというのが条件らしい、お前一体何をしにきた?」
「申し訳ありませんが言うことはできません」
静希は靴を脱いで長の家を一人歩く
そして開いている襖を覗くと布団から上半身だけを起こした長の姿がある
先ほどまで誰かと話していたのだろうか、下座に座布団が敷いてあり、誰かが座った痕跡もある
「こんな朝早くからなんのようだ?あれの封殺は終わっているのではないのか?」
「まずはこのような早朝にお邪魔したことをお許しください、ですが先日も言った通り、あれは力を少しずつ削り取るようなもの、いつ何が起こるかわかりません、定期的に確認と包囲の強化を行いたいのです」
まったくの嘘であるが、その表情を悟られないように正座の状態で土下座のように深々と頭を下げごまかした
「そうか、では好きにするといい、場所はわかるな?」
「はい、問題ありません」
はっきりと返事をして静希は立ちあがり、退出しようとする
だが襖を越える前に静希はわずかに振り返る
「どうやらあれは貴方達エルフに対し強い怒りを覚えているようです、力を奪っているためあの包囲を破るということはないでしょうが、万が一ということもあります、くれぐれも接触しようなどとなさらないでいただきたい」
「・・・わかった、肝に銘じておこう」
釘は刺した
静希はそう確信しながら地下へと向かう




