二人にとって初めての
七月、気温が上がり夏が近づいてきていると実感できるとある月曜日、とうとう念願の時がやってきた
もっとも、その念願というのは静希達にとってのものではない、では誰にとって念願のものであるのか
「いやぁ・・・似合ってるよ二人とも、とてもかわいい、非常によく似合っている!」
エドがそう言いながら写真を収めているのはランドセルを背負ったアイナとレイシャだ
そう、アイナとレイシャの留学の許可が下り、七月から留学することができるようになったのだ
期間は約一ヶ月、ちょうど終業式の日まで、その間はアイナとレイシャは喜吉学園に通うことになるのだ
現在時刻は七月一日の朝七時、前日から泊まってすでに準備は万端といった様子だった
そしてその保護者であるエドとカレンもまた準備万端のようだった
彼らは今日だけ学校への挨拶へ向かい、それ以降は基本アイナとレイシャのみの生活になる
もっともカレンは時折静希の家に泊まりに来るらしい、一応保護者として監視をしに来るというのと、エドの計らいによるカレン自身のリフレッシュのためだ
あの研究ノートの件以来、カレンはさらに思いつめるようになる傾向が強いらしい、アイナとレイシャのことで少しでも気が紛れればという考えのようだ
「長かった・・・長かったよここまで来るのに・・・随分かかった」
「お疲れ、こいつらの世話はまぁ任せてくれ」
実際に暮らすことになるのは静希の家だ、もっとも雪奈と一緒に生活しているようなものであるためにそのあたりは適当になるが、厳密に言えば静希の所にホームステイという形をとることになる
「学年は五年生だったっけか?俺の知り合いがいるクラスになればいいけどな」
五年生というと東雲姉妹と同じ学年だ、彼女たちがいるクラスになれればそれを始まりに他の子たちとも仲良くなれる可能性はある
言語もほとんど問題はない、後はどれだけ日本語の読み書きができるかなのだ
「うん・・・実際はもうちょっと上でもいいらしいんだけど・・・日本語の読み書きがまだ完璧じゃないからね、一応ちょっと余裕を見た学年にするらしいよ」
本来であればアイナとレイシャの学力は小学生のレベルを超えているらしいのだが、それはあくまで数学、いや算数や理科などの日本語を介さない学問に限られる
社会、国語などといった日本語の習得が大前提の科目は年相応のものか、それ以下の物しか持ち合わせていないのだ
もっともその能力に関していえば、すでに彼女たちは小学生どころか中学生のそれに匹敵すると言っていいだろう
能力を含めた総合戦闘において、教員からの評価も高い、そう言う意味ではもっと高い学年でもよいかと思われたが、今回の留学はあくまでアイナとレイシャが学校に興味を持つか否か、それを決めるためのものだ、別に留学することで学力や能力を高める事自体が目的ではない
後はこの二人がどれだけ学校になじむことができるか、それにかかっているだろう
「シズキ、君には今日、彼女たちの送迎も頼みたいんだけど・・・構わないかな?」
「徹底的に俺に子守をさせる気か・・・まぁいいけど・・・早めに出たほうがいいんだろ?」
手続きはすべて終了している、後は職員室などに行って担任の先生などへの挨拶もしなければいけない
本来はエドたちがするべきことなのだろうが、自主性を育てるためにあえてそうしないのだとか、エドたちはアイナたちが授業を始めてから先生方に挨拶に行くらしい
なんとも徹底しているものだと思いながらも、静希はランドセルを背負った二人を眺めていた
あのランドセルは雪奈と明利のおさがりだ、サイズ的には何の問題もないためにそのまま流用したのである
「二人とも、初めての学校になるけど、緊張してないか?」
「き、緊張などしていません!万事抜かりなしです!」
「そ、それに学校には前にもいきました、同じようなものです!」
前に行ったのはあくまで学力と能力のチェックのために行ったのであって、その本質とは少しかけ離れているとは思うが、やはり緊張はしてしまっているようだった
初めての学校、今まで眺めていただけの場所に自分たちも行くのだという事を理解しているからか、二人は妙にそわそわしている
緊張を和らげることができればいいのだが、そんなことを考えている中ふと思いつく
「そう言えば二人とも、勉強とかの準備は大丈夫か?ちょっと中見せてみろ」
静希が二人のランドセルの中をチェックしていくと、あらかじめ伝達されていた教科書類や筆記用具などは問題なく入っているようだった
そのあたりはぬかりないなと思っていると、静希は何やら黒い物体を手にする
それは静希も何度か目にしたことがある、小型のスタンガンだった
「・・・エド・・・これは一体どういうことだ?」
「いやぁ、最近日本だって物騒らしいし、一応自己防衛くらいできたほうがいいかと思って」
「はい没収な、小学校に行くのにこんなものはいらん」
この様子だと他にもあるなと思いながら静希は二人のランドセルから不要なものを徹底的に排除していく
二人のことが心配なのはわかるが過剰すぎると親バカと言われても仕方がない
そもそも能力者を襲うような真似をするようなものはこの町にはそういないだろう
能力者、特殊な力を持つもの、そしてそんな子供たちが大勢いる喜吉学園、そんな学校があるこの場所で子供に対する犯罪を行おうとする者は自殺志願者かバカだけである
「さてアイナ、レイシャ、これから君たちは終業式の日までシズキの指揮下に入るんだ、彼から学べることは多い、一回りも二回りも成長してくれることを祈ってるよ」
彼女たちのボスであるエドからの言葉を受けてアイナとレイシャは姿勢を正し、美しい敬礼をして見せた
「じゃあ次は、今から君たちの指揮官になるシズキから、何か言葉を貰おうか」
「あ?何で俺が」
「こういうのも必要なのさ、まぁ頼むよ」
エドのそう言われ、静希はアイナとレイシャの前に立つ
一体何を話せというのか、一体何を言えばいいのか
初めての学校に浮き足立っている二人を前に、静希は大昔のことを思い出していた
それこそ、自分が初めてあの学校に通った日のことだ、能力者であることがわかり、初めてこの学校に通うことになって、あの時の自分は一体どんなことを考えていただろうか
もう思い出すことも難しい、だがあの時、自分は少しだけ楽しみだったのではないだろうか
「そうだな・・・二人はこれから未知の世界に入っていこうとしてる、今まで経験した事の無いものがそこにはあるだろう、エドの言うようにたくさん学べることもあるだろう、だけどそれよりも前に、まずは学校生活を楽しむといい、学ぶってことは、本来楽しいものなんだ、新しい物事を知ることができる、それを楽しめ、まだまだお前達の知らない世界が山ほどあるんだからな」
そう言ってアイナとレイシャの頭に手を置くと、軽くなでてやる
子供は知らないことが多い、今まで自分がそうだったように、今もそうであるように知らないことが山ほどある、だからこそそれを知ることができる事こそ喜びにできればいいのだ
「うちの細かいルールについてはおいおい説明する・・・本日十七時までに帰還せよ、時間厳守だ、いいな!?」
「「イエッサー!」」
静希の言葉に二人は再び敬礼をする
そして二人の名を呼ぼうとしたときに静希はふと思い出す
「そう言えばエド、二人のファミリーネームをあげたほうがいいんじゃないか?自己紹介の時名前だけじゃ・・・なんかあれだろ」
「あー・・・そう言えばシズキには言ってなかったね・・・よし、これもいい機会だ、二人とも、シズキに自己紹介だ」
日本人に苗字があるように外国人にはファミリーネームがある、それぞれ家族のことを示すくくりでもあるがアイナとレイシャには孤児であったためにそれがない
だからこそ、エドはそれを与えたのだ、いろいろ手続きも面倒だっただろうが、今回の留学を機に与えたのだという
「アイナ・バーンズです、よろしくお願いします」
「レイシャ・ウェールズです、よろしくお願いします」
アイナ・バーンズにレイシャ・ウェールズ
一体どうやってその名前にしたのかは知らないが、二人はその名前を気に入っているようだった
もしかしたら二人が自分で決めた名前なのかもしれない、普通の名前でよかったと思うばかりだ
「なるほど、バーンズにウェールズ・・・了解した、それじゃあ二人とも、そろそろ出発するぞ、初登校だ」
まだ本来の登校時間には随分と早いが、挨拶などを含めるとこれくらいの時間が丁度いいだろう
そして扉を開けるとそこには明利と雪奈が待ってくれていた
「お、きたきた、本日の主役のご登場だ」
「おはよう二人とも、ランドセルにあってるよ」
二人にあえて少し緊張がほぐれたのか、アイナとレイシャは二人に抱き着き抱き着かれながら癒されているようだった
何とも微笑ましい光景である
「シズキ、二人を頼むよ」
「あぁ、気に掛けるくらいはしてやるよ、そこから先はあの子たち次第だ」
いくら静希が気遣ってやるとはいっても、小学校の授業風景などを観察できるわけではないのだ
子供の問題は子供が何とかするほかない、つまりはそういう事なのである
「ではボス、行ってまいります!」
「吉報をお待ちください!」
「うん、行ってらっしゃい、車に気を付けるんだよ?」
まさに親の台詞だなと思いながら、静希達は家を出て学校へと向かうことにする
一体何度通っただろうかという道を、いつも通りにとおり、何度くぐったかわからない校門をくぐり、静希達が喜吉学園へとやってきた
二人にとっては初めての登校だ、留学生ではあるとはいえ生徒としての登校だ
先程明利と雪奈にほぐしてもらった緊張が再び戻ってきたのか、若干表情が硬い
「初々しいねぇ・・・昔私もあんな時があったなぁ」
「嘘吐け、雪姉は特に気にせず走り回ってたじゃないか」
「でもあぁいうのって懐かしいなぁ、子供の頃を思い出すよ」
明利や雪奈からしてもあの緊張はどこか懐かしさを覚えるのか、アイナとレイシャを見ながら微笑ましそうにしていた
別に親というわけではないのだが、何かこう胸が温かくなる気持ちがするのだ
「二人とも、とりあえず初等部に行くぞ、職員室まではついて行ってやるから」
「は、はい・・・お願いします!」
「ついて行かせてもらいます!」
恐らくまだ校内の構造は完全には把握していないのだろう、二人はあたりをきょろきょろ見渡しながら静希達の後についてくる
「あ、五十嵐さん!おはようございます!」
静希達が上履き代わりのスリッパをはき、中に入っていくと聞き覚えのある声が聞こえてくる
声の方を向くとそこには仮面をつけた少女の姿があった、その模様からして東雲風香であることを理解した静希は若干驚いた様子で彼女に挨拶を返す
「おぉ風香、随分と早いじゃないか、まだ始業時間には随分あるぞ」
「はい、今日は日直のお仕事があるので早めに来たんです・・・ところでそっちの女の子は・・・」
静希が明利や雪奈と一緒にいるのは別段珍しくない光景だが、小さな女の子を連れているとなると話は別である
特に明らかに日本人ではない外見をしているアイナとレイシャだ、どうしても目立ってしまうのは仕方がないだろう
そしてこのタイミングで風香と会うことができたのは運が良かったかもしれない、もしかしたら一緒のクラスになるかもしれないのだ、紹介しておいて損はない
「風香、この二人は今日からうちの学校に留学することになってるんだ、こっちがアイナ・バーンズ、こっちがレイシャ・ウェールズ、どっちも俺の知り合いでな」
静希の紹介に二人は同時に頭を下げる、同世代の女の子との遭遇にどうしたらいいのか戸惑ってしまっているようだった
「二人とも、こいつは東雲風香、見ての通りエルフでここの五年生だ、もしかしたら同じクラスになるかもしれない」
エルフという言葉を聞いてアイナとレイシャは風香が仮面をつけていることに納得する
最初はカレンも半分になっているとはいえ仮面をつけていたのだ、仮面をつけた人間イコールエルフではないが、日本ではエルフが仮面をつける風習が根強く残っている、こういう地域ごとの文化の違いを吸収するのもまた留学の一つの楽しみだ
「留学生・・・ですか・・・短期の留学なんですか?」
「あぁ、七月いっぱいまでの予定、今から職員室に案内するところだったんだ」
それとと付け足して静希は風香の耳元まで顔を近づける
「この二人のこと気にかけてやってくれるか?俺たちだとどうしても干渉しにくいからさ」
「は・・・はい、わかりました」
風香は静希とこの二人が一体どのような関係なのか気になっているようだったが、とりあえず静希からの頼みでは断れないのか、何度も頷いていた
ひとまず風香と別れを告げ、アイナとレイシャを職員室前まで連れてくる、初等部の職員室にやってきたのはいったい何時振りだろうか、そんなことを考えながら静希はノックする
反応があってから中に入るとそこでは丁度教師たちが朝のミーティングなどを行っている最中だった
「高等部の五十嵐です、今日から入る留学生を案内してきました」
「おぉ、すまないね、中に入ってくれ」
教師の中にはかつて静希の担任をしていた者もいる、知っているからこそそこまで警戒することはないと理解しているのだろう、ミーティング中でもあっさり中に入れてもらえた
「五十嵐君、たしか君の所にホームステイしてるんだったよね」
二人を案内してきた静希に教師の一人が話しかけてくる、なぜ静希が、その理由も静希の家にホームステイすることになっているからというのが大きいのを理解しているのだ
「はい、なので送り迎えはやろうと思ってますが・・・保護者の方からなるべく自主的な行動を促すようにと言われていますので」
「男の子の所に女の子が二人だと大変じゃないか?そのあたりは平気かな」
「えぇ、今も姉と二人暮らしみたいなものですから、そのあたりはそっちに頼んでます」
昔から静希と雪奈はセットのようなものだったのだ、学年こそ違えど実際の姉弟のように育ったことには変わりはない
そのあたりも大体知っているのか、教師はそれなら大丈夫かなと何度か頷いていた
「うん、わかった、後は任せてくれていいよ」
わかりましたと告げた後で静希は二人に視線を合わせる
「二人とも、ここからは二人だけで大丈夫か?」
「は、はい、頑張ってみます」
「ありがとうございます、頑張ります」
アイナもレイシャも強く意気込んでいる、頑張ろうという気持ちは伝わってくるのだが、それが空回りしないことを祈るばかりである
「帰りはどうする?待っててくれれば一緒に帰れると思うけど」
「いえ、いろいろ探検してみようと思います」
「まずは構造を理解しなければいけません」
建物の構造を理解する、確かにそれは必要な事だろう、だがアイナとレイシャがなぜそれをしようとしているのか、いやな予感しかしない
恐らく屋内戦を想定しているのだろうが、学校内で戦闘が行われるようなことはほぼないのだ
予想的中と言えばいいだろうか、妙に空回りしている節がある
こういった無駄な空回りも経験の一つだろう、あえて何も言わずに流れに任せておくのが一番かもしれない
「わかった、じゃあ朝言ったこと覚えてるな、復唱せよ」
「本日十七時までに帰還せよ!」
「時間厳守である!」
きちんと覚えているようだと静希は頷いて二人の頭を撫でる
その場にいた教師にそれじゃあ後はお願いしますと告げて静希は職員室を出ていった
「いやぁ初等部とか懐かしすぎてびっくりするなぁ・・・何もかもが小さく見えるよ」
「そうですね、あのころはみんな小さかったですもんね」
明利の身長は全く変わってないはずなんだけどなという突っ込みを心の中でしながら静希は職員室の外で待っていた二人の元へと戻っていく
「とりあえず後は二人次第だな、クラスがどうなるかとかもわからないけど」
「いやぁ楽しみだね、でもちょっと不安かな、日本語ほぼ達者とはいえ外国人さんだし・・・」
何人だっけと雪奈は首をかしげているが、実際のところ静希もあの二人が何人で今何歳なのかなど、詳しいことは知らないのだ
もしかしたらあの二人の保護者であるエドも知らないかもしれない
いや知らないというより分からないと言ったほうが正しいだろう、彼女たちの境遇を考えれば出自どころか人種が不明でも不思議はない
「あの二人も早く学校に慣れることができればいいけど・・・大丈夫かな?」
「ん・・・まぁ留学生ってことでいろいろ質問されるんじゃないか?あとは授業・・・あとは昼休みとかにどうするかだよな・・・」
二人が同時に同じクラスになることはまずないだろう、姉弟などがいた場合クラスを別々にするように、同時期に留学する人間がいるのであればクラスは分けるはずだ
どちらかだけでも東雲姉妹のどちらかのクラスになればいいと思うのだが、そればかりは運としか言いようがない
城島が何かしら気を利かせてくれていればまだ違うかもしれないが、さすがにそこまでする義理は無いだろう、城島はあくまで一教師、しかも高等部の担当なのだから
ひとまず明利がイーロンを回収し自分たちの教室に向かうと流石にまだ誰も登校していないようだった
朝も早いこの時間に来る人間が少ないのはわかっていたことだ、誰もいない教室というのはなかなか奇妙な光景である
時間が経つにつれ徐々に徐々にクラスメートが集まる中、静希達の班長でもある鏡花と一緒に陽太が欠伸交じりに教室の中に入ってきた
「あれ、静希達随分早いわね」
「おはよう、今日はちょっとお子様たちを送迎しててな」
お子様たち
鏡花の知っている人物で静希がお子様と表現するような人間は限られている、その中で最も可能性の高いものを考えた時、鏡花はあぁなるほどと呟いて頷いた
「あの子たちの留学って今日からだったんだ、案外早かったわね」
「さすが鏡花姐さん、言わずとも理解するその知力流石っす、説明する手間が省けたわ」
今まであれだけ留学のためにいろいろやってりゃ察しもつくわよと鏡花は半分呆れながら初等部のある方向に視線を向ける
今月から留学が始まったのかと鏡花は納得しながら静希と明利の方を見る
「確かあんたの家に住むんでしょ?大丈夫なわけ?」
「ん、まぁ雪姉とかいるしそのあたりは」
「いや、女の子がどうとかそう言う話じゃなくて食生活的な意味で」
その言葉に静希はゆっくりと視線を逸らす、なにせ静希の作る料理はあくまで『自分が食べることができればいい』という考えに基づいた所謂男料理なのだ
決して下手というわけではないが、誰かに作ることや栄養価などは全く考えられていないものであるためにそんな環境下で約一ヶ月、育ち盛りの小学生の女の子たちを生活させるというのは少々心配だった
「い、いざという時はうちのお母さん的存在の明利がいるから、ちゃんとご飯作ってくれるから」
お母さん的な存在と言われて明利は少し恥ずかしそうに、そして嬉しそうに笑みを浮かべているが、あの家の人間の中で最も小さい明利がお母さん的存在というのもどうなのだろうかと鏡花は思ってしまう
だがそれを口にすることはしなかった、もし口にしたらきっと面倒なことになるだろうと理解していたからである
「でも明利だって毎日ご飯作りに行くわけにもいかないでしょ?そのあたりはどうするのよ」
「一応カレンも頻繁にこっちに泊まりに来る予定だけど・・・そんなに栄養素的に心配か?」
当たり前でしょと鏡花はため息交じりに言ってのける
鏡花が心配しているのは味や栄養素的なものだけではなく、その体質的な問題もあるのだ
元々海外での生活に慣れていたアイナとレイシャが日本の食事に慣れるまで恐らくかなり時間がかかるだろう
無論そこは各国を転々としてきた二人のことだ、順応もそれなりに早いだろうがその変わり目ともいうべき時期にしっかりと適切な食事が出ない場合、体調を崩すことも大いにあり得る
ただでさえ期間が限られている留学なのだ、風邪などで休むことは特に避けたいだろう
二人に合った食事をしっかりとした栄養価で提供する、これはかなり重要なことだ
昼は初等部で給食が出るからまだいいが、朝と夜に関してはしっかりと食べさせた方がいい
朝は明利が静希と一緒にランニングをする関係で任せてもいいだろうが、問題は夜だ、夕食にどのような食事をさせるかでこの一ヶ月どのように過ごすかが変わってくると言っても過言ではないだろう
「ちなみに静希、あんた料理のレパートリーどれくらいある?」
「え?えっと・・・炒飯に生姜焼き、照り焼き、ハンバーグ、野菜炒め、豚の角煮、カレー、シチュー、肉巻き・・・あとは・・・パスタがいくつか・・・」
自分が作れる料理をあげていくのだが、やはり基本的に男子高校生が作る料理だ、肉が多めになってしまう
野菜類などが圧倒的に足りない、明利がいればそのあたりはしっかりと考えたメニューが出てくるのだろうが、やはり静希に任せるのは不安が残る
「明利、最初の一週間だけでいいわ、毎日静希の家にご飯を作りに行ってあげなさい、手が足りないなら私も手伝うから」
「え?そ、それはうん・・・大丈夫だけど・・・鏡花ちゃんなんだか妙に心配性だね」
「そりゃこんなのの家にいたいけな少女を寝泊まりさせるって時点で心配よ」
こんなの呼ばわりされている静希としては反応に困ってしまうが反論できないのが悔しいところである
なにせ静希は食事に関しては無頓着とは言わないまでも適当に済ませるきらいがあるのだ
食べられればいい程度のものを用意するしかしないため、育ち盛りの女の子たちと一緒に暮らすには明らかに家事のスキルが足りない
最近は特にその傾向が強くなっている
掃除系の家事はすべてオルビアやウンディーネに任せ、食事は明利に任せることが多くなっている、これでは明らかにその質が下がるのも無理のない話である
「でも鏡花、そう言うのを含めて留学なんじゃないのか?俺だって飯くらいはちゃんと作るぞ、普段は一人だから作る気が起きないだけで」
「まぁ一人のために作るのが面倒だっていうのも分かるけどね、あんたの場合レパートリーが少ないのと栄養バランスが適当なのが問題なのよ、その点明利なら安心でしょ」
「・・・随分あの二人のこと気にかけてるみたいだな」
まぁねと鏡花はすまし顔を浮かべているが、どうやら結構あの二人のことが心配なようだった
前回一緒に行動することが多かったためか、あの二人のことを気に入り始めているらしい
いい傾向だと思うのだが、それに対する小言などが静希の方にやってくるのは間違いないだろう
「あいつらってたしか七月いっぱいいるんだろ?実習の時とかどうするんだよ」
「あー・・・そう言えば・・・七月半ばだったっけか・・・次の実習」
前回の実習は多少スケジュールがずれたとはいえ次の実習はすでに迫っているのだ
その間あの二人をどうするか考えなければならないだろう
「次の実習は私達だけでしょ?なら雪奈さんの所にいてもらえば?あの二人雪奈さんに懐いてたし」
静希達の実習は基本自分たちだけのものが多くなる、前にイーロンと遭遇した時の実習はあくまで雪奈たちの補助という形で参加したが、二年生のメインは難易度の高い単独実習となる
雪奈達と静希達のスケジュールには当然ずれがある、それを利用すれば問題なく日々を過ごせるだろう
「まぁそれがいいんだろうけど・・・あの人に数日間任せるっていうのはリスクが高いような気がするんだよな・・・」
「いやそれは・・・だいじょう・・・ぶ・・・?・・・でしょ・・・?」
鏡花も自分で提案しておきながら確信がないのか、その目は泳ぎまくっている
雪奈は基本『いい人』と認識できる人間である、子供を相手にすることは得意で表裏がないためか子供によく好かれる
面倒見もいいし、ある程度家事の腕も持っている、料理に関しては切るのだけは最高の腕を持っていると言っていいだろう
だがその過剰すぎるスキンシップは確かに危険だ
時折明利も性的な意味で食べられそうになることがあるほどである、明利とほぼ同じような身長であるアイナとレイシャが雪奈の毒牙にかからないという保証はない
「ゆ、雪奈さんなら大丈夫だよ、変なことはしないよ!たぶん」
「・・・でも明利、この前セラが来たときとか妙なことしてなかったか?」
この前セラが静希の家に突撃してきたとき、黄色い悲鳴が聞こえてきたのは確かだ
一体何をしたのかは静希も把握していないが、恐らく人外たちは確認していただろう
そしてその時のことを思い出したのか、明利はゆっくりと目を逸らす
長年一緒にいてここまで信頼がない姉貴分というのも珍しい、雪奈は特に明利などのような小さな女の子が大好きだ、抱き着いたり撫でまわしたり弄ったり、とにかく肉体的接触を好む
時折静希もその被害にあうことがあるため、彼女は徹底した年下趣味なのだろう
そう言う意味ではアイナとレイシャを雪奈の家に泊めるのは多少リスクが大きい
「じゃあカレンさんを一緒に泊まらせるとか、さすがにあの人が一緒にいれば雪奈さんもおいそれと手は出せないでしょ」
「なるほど・・・実習中だけ一緒に生活してもらう感じか・・・悪くないな、あいつならいい感じにストッパーになってくれそうだし」
カレンは基本常識人だ、仮に雪奈が暴走しかけた時でもしっかりと止めてくれるかもしれない
逆に言えばストッパーがないと雪奈は危険であるという事に他ならないが、そのあたりは今は置いておこう
後で直接話してこのことを頼んでおかなければいけないかもしれないなと思いながら静希は初等部にいるアイナとレイシャを少しだけ心配していた
上手くやれていればいいがと思うのだが、そのあたりはなにせ初めてのことばかりだろう、上手く順応できることを祈るしかない
運がいいというべきか、アイナとレイシャはそれぞれ東雲姉妹のいるクラスへと配属していた
アイナは風香と、レイシャは優花と同じクラスになっている
朝のHRで自己紹介をし、それぞれのクラスでとりあえずは質問攻めにあい、ようやく昼食時になってクラスも落ち着いてきたのだった
質問攻めにあったおかげか、それともそれに丁寧に答えたおかげか、アイナもレイシャも比較的クラスの人間と打ち解けることができそうだった
「そう言えば、五十嵐さんとはどういう関係なんですか?今朝一緒に登校してましたけど」
机を一塊にして給食を食べている時、何気なく聞いてきた風香の言葉にアイナはきょとんとしてしまっていた
どういう関係
そう聞かれても正直困ってしまっていた、恩人の恩人というのでは遠すぎる、時折指導してくれているし、今回のことでも世話になっている、だが自分たちとどういう関係かと聞かれると反応に困ってしまうのだ
「ねぇふーちゃん、五十嵐さんってだれ?」
「えっと、高等部の人です、私のお姉さんの同級生の方で・・・その・・・前にお世話になったことがあって」
他のクラスメイトからの質問に風香がそう答えているのを見てアイナは瞬時に理解した
静希に世話になったという事は、恐らくエドやカレンと同じような境遇だったのではないかと
アイナのその考えはおおよそ間違っていない、確かに風香は以前召喚事件に巻き込まれた際に静希の所属する班に助けられたことがある、それから東雲姉妹は静希に懐いているのだが、そのことまではアイナは知らされていないのだ
「そ、それでその・・・五十嵐さんとはどういう・・・」
「・・・ミスターイガラシは私の保護者ととても仲が良いのです、その関係でとてもお世話になりました」
「保護者の人と・・・なるほど五十嵐さんは大人の方と結構つながりがあるらしいですし・・・」
「あと、今はミスターイガラシの家で御厄介になっています」
「え!?」
アイナの言葉に驚愕を隠せなかったのか、風香は手に持っていたパンを落してしまっていた
静希の家で厄介になっている
その言葉の意味を正しく理解しようと頭をフル回転させているようだったが、どうにも理解が追い付いていないようだった
「そ、それはその・・・一緒に住むとか・・・そ、そう言う話・・・で?」
「はい、先日から暮らしています、前々からそう言う風になっていたらしく、本当にありがたい話です」
風香は開いた口が塞がらないという言葉が似合う状態で、口を開けたまま何かを言おうとしているのだが、言葉が出てこないようだった
「へぇ、アイナちゃんってそのお兄さんと一緒に住んでるんだ」
「留学中だけですけど、近くにミスターイガラシのお姉さんも住んでいて遊ぶ約束もしているんです」
お姉さんというのはもちろん雪奈のことだ、アイナもレイシャも雪奈のことは気に入っているために一緒に遊んでもらうのが非常に楽しみなのである
「あ・・・あの・・・こ・・・今度・・・その・・・五十嵐さんと・・・その」
風香が何かを言いたそうにしているのを見てアイナは首をかしげる
そして直感的に理解した、風香は静希と遊びたがっているのだと、自分たちが雪奈と遊びたがっているように、きっと風香もそうなのだと思ったのだ
間違ってはいない、決して間違ってはいない、だが根本的なところでずれが生じていることはアイナは気づいていなかった
「もしよかったらミスシノノメも遊びに来ませんか?ミスターイガラシならきっと許してくれます」
「本当ですか!?是非!」
予想以上の風香の食いつきにアイナもクラスメートたちも若干驚いていたが、話をするきっかけや仲良くなるのに必要なことの一つだ、きっと静希も理解してくれるだろうとアイナは確信していた
「あ・・・でしたらお願いがあります、今日この学校を案内してくれませんか?」
「案内・・・?あぁそうか、まだ慣れてないんですね」
自然な形で静希の家に行くためならばその程度のことは何の問題でもないと思っているのだろう、風香は自分の胸を叩いて任せてくださいと言ってのける
これでこの学校のしっかりとした構造を理解できるとアイナは安心していた
頼りになるクラスメートもそうだが、共通の話題ができたというのも一つ課題をクリアしたと思っていいだろう
後はこれからの授業などを通してどのように活動できるかというのが今後の課題になっていくと思っていい
今のこの空気がアイナは嫌いではなかった、同世代の人間と他愛のない話をするのは非常に新鮮だ、これが学校なのかと少しだけ拍子抜けしながらもどこか安心してしまう
エドや静希達が自分たちを学校に通わせたかったのはこういう事なんだなと、アイナは理解していた
そして優花と同じクラスになったレイシャも、ほぼ同じ会話をしていると知ったのは放課後になってからだった
さすがは東雲姉妹、まったく反応が同じだったという事である
「なるほど、そのようなことが・・・やはりミスターイガラシの関係ですか」
「えぇ、どうやらミスシノノメはミスターイガラシにただならぬ恩義を感じているようです」
放課後、東雲姉妹に学校内を案内してもらった後でアイナとレイシャは静希の家に帰るべく下校していた
もう夕方であるため、そして静希自身に許可をとるために静希の家に東雲姉妹を招くことはまた後日という事にしたのである
さすがに家に招くのに家主の許可を取らないわけにはいかないのだ、特に静希はただの高校生ではない、悪魔の契約者なのだ、東雲姉妹が静希の事情をどこまで知っているのかなども確認しておかなければ静希に迷惑をかけてしまう
ただの学生生活を送ればいいというものではない、静希に迷惑をかけないように、なおかつ自分たちも楽しんでこの留学生活を送らなければならない
「それにしても、ミスシノノメは随分とミスターイガラシに御執心のようですが、何かあったのでしょうか?」
「どうやらミスシノノメの姉の方・・・フーカがミスターイガラシに救われているのだとか・・・詳しいことはユーカも知らないようでしたが」
東雲風香が静希に救われたというのはあながち間違いではない、どちらかというなら静希達が救ったという方が正しいだろうが、風香から見れば目を覚まして最初に自分を看病してくれていた静希の印象が強くなるのは仕方がないだろう
実際には風香の首を絞めて気絶させた張本人なのだが、そのあたりは言わぬが花というものである
「ふむむ・・・助けられた恩を感じているという事でしょうか・・・それにしては随分と食いつきがよかったように思いますが・・・」
「よもや恋しているという事は考えられませんか?ミスシノノメがミスターイガラシに」
レイシャの言葉にアイナはまさかそんなと笑って見せる
いくら何でも歳の差がありすぎるように思えたのだ、東雲姉妹は十一歳、静希は今年で十七歳になる
五つもの差があるとなると流石に恋愛対象にはならないだろうと思ったのだ
「逆に考えてみてください、私たちの歳より五つも下の男の子に恋などしますか?」
「それは・・・まぁそうかもしれませんが・・・」
アイナとレイシャの考えは一般的に見れば間違ったものではないだろう、確かに小学五年生が小学一年生に恋をするかといわれると、正直首をかしげる
だがその逆はどうだろうか、この二人はそこまで考えが及んでいないのだ
「ですがアイナ、貴女も感じたのではないですか?あの二人の意気込みを」
「ふむ・・・確かに異様に気合が入っていたようには思いますが」
今日学校内を案内してもらったときに、後日静希の家に招待できるように取り計らうと約束した時、東雲姉妹は仮面があるのにもかかわらず満面の笑みを浮かべているであろうことがわかるほどに喜んでいたのだ
ただの恩人の家に行くだけでここまで喜ぶだろうか、そう言う意味ではレイシャの指摘は正しい
「もしかしたら話に聞いたこと以外に、何かただならぬものがあるのかもしれません」
「それは・・・一体どんな・・・?」
話を振っておいて特にこれと言って何も考えていなかったのか、アイナは目を逸らしながら困ってしまっていた
一体どんなことがあるのか、アイナとレイシャの想像力では何かがあるのではと考えるのが限界だったのだ
実際には特に何もなく、最初に彼女たちが予想した淡い恋心で間違いないのだが、そのことには彼女たちは気づいていないだろう
「まぁそれはともかく、まずはミスターイガラシに確認をしなければなりませんね、場合によっては準備も必要でしょうし」
「そうですね、ミスターはボスと同じくいろいろな方々を連れているようですし、特に招待するのがエルフとあっては」
アイナもレイシャも、彼女たちがエルフであることは知っている、仮面を見れば一目瞭然だ、そして彼女たちを静希の家に上げることの危険性も理解している
自分たちが人外の気配を感じ取れるようになっているように、東雲姉妹もまた同じような感覚を感じ取れるかもしれないのだ
静希がどれだけ情報を隠しているのかもわからないのだから確認するのは道理である
「それはそうと、今日の晩御飯は何でしょう・・・先日はみんなで外食でしたが・・・」
「今日から本格的に留学なのです、可能な限りお手伝いしなければならないでしょう・・・えっと・・・働かないもの食べちゃダメです」
働かざるもの食うべからずということわざを砕けた形で覚えていたのだろうか、レイシャの言葉にアイナも頷く
可能な限り家事などは分担して行い、静希の負担を減らすつもりであった
実際負担が減るのはオルビアやウンディーネなのだが、そのあたりの詳しい事情は二人は知らないために、この後猛烈な肩透かしを受けることは言うまでもない
そして静希のマンションにたどり着き、あらかじめ預けられていた鍵で中に入るとアイナとレイシャはふと思う
家に帰るというのはこういう気持ちなのかと
普段はエドのいる場所が自分たちの帰る場所だ、だが今はこのマンションの、静希の家こそが自分たちの帰る場所になっている
普通の子供たちが普通に感じることを、アイナとレイシャは初めて実感するのだ
そしてあらかじめ教えられた言葉を、扉を開けると同時に口にする
「「ただいま戻りました」」
それは彼女たちが初めて口にしたかもしれない、日本では誰もが口にする挨拶の一つだった
「なに?東雲姉妹を?」
帰宅した後、アイナとレイシャは今日あったことを報告する際に先程の案件を静希に伝えていた
東雲姉妹を静希の家に招いていいかという事である
「はい、ミスターイガラシの家に来てみたいようでした」
「ミスターイガラシに対してただならぬ恩を感じているようでした」
二人の言葉に静希は思い当たる節があるのか、額に手を当てている、静希だってあの姉妹が自分に懐いてくれる理由くらいは理解できる
自分が風香を助けたことは単なるきっかけだっただろう、その後石動から恐らくいろいろな話を聞いていたのが原因の一つだ
石動と東雲姉妹は何かと仲がいい、その関係で訓練を一緒にやったりいろいろと関わって世話を焼いたのが裏目に出たという事でもある
以前石動に忠告を受けていたのにこの様だ
「あー・・・連れてくる分には構わないぞ、ただあいつらは俺の連れに関しては何も知らないから、その点に注意だな」
リビングのそこかしこに存在する人外たちに視線を向けながら静希はため息をつく
悪魔、神格、霊装、使い魔、精霊、すでに静希の連れる人外の数は片手で数えられる数の限界に達しようとしている
これ以上増えようものならさすがの静希も顔をゆがめざるを得なくなるだろう
「ミスターイガラシ、ミスシノノメと一体何があったのですか?」
「非常に気になります、教えていただけませんか?」
「・・・そうたいした話じゃない、お前達も知っての通り、俺はもともとただの能力者で、召喚事件に巻き込まれたことで契約者になった、その時の召喚事件でメフィを宿していたのが風香で、邪薙を宿していたのが優花なんだ」
二人の人外の召喚が行われ、静希は幸か不幸かそれに巻き込まれた、静希にとって全ての始まりと言ってもいいそれは何とも劇的で、何ともあっけなく始まったものなのだ
「なるほど・・・あの二人が・・・その事件で被害者は・・・?」
「一応出なかった、あるとすれば野菜が少し犠牲になったくらいか」
「なんと・・・悪魔が召喚されて被害がその程度とは・・・さすがですね」
アイナとレイシャからしたら悪魔が召喚された時点で戦闘は避けられず、死傷者が出るのが当たり前レベルのことだったためにほとんど被害がないという事実に驚いているようだった
静希がそれだけ貢献したのだと思われているだろうが、実際はメフィも全くやる気がなく、静希達は手加減をされた形での戦闘だった、はっきり言ってまともな悪魔との接触ではなかったのだ
そう言う意味では召喚されたのがメフィでよかったと思うばかりである、もしこれで怒りっぽい悪魔だったら恐らく静希達は今生きていないだろう
「その時に助けたっていうのもあって、風香はよく慕ってくれてる・・・優花は多分その後いろいろ風香から聞いたりしたんだろ」
「ふむ・・・ですがそれくらいであれほど慕うでしょうか?」
「もう少し何かがありそうなものですが」
静希の説明にアイナとレイシャは納得がいっていなかったのだろう、普段の東雲姉妹の様子を知らないために静希は何とも言い難かったが、この反応を見る限りかなり自分のことを慕ってくれているようだった
これが悪い方向に行かなければいいがと思うばかりである
「たぶんあいつの姉貴分が原因の一端だな、あることないこと適当に教えてるんだろ」
姉貴分、その言葉に近くにいた雪奈が反応するが東雲姉妹にとっての姉貴分とは石動のことだ
思えば石動との付き合いは風香を助けた時からだった、風香を助けに来た石動、そしてエルフの村のことに、神格である邪薙の事柄に関与することになったのも石動がきっかけだ
彼女はどういうわけか静希に一目置いているようだ、ただの同級生のはずなのにその評価は周りの生徒より一段階高いように思えてならない
それがなぜなのか、静希は理解できていなかった
自分は弱い、メフィ達がいなければ普通の能力者以下の実力しか持ち合わせていない
卑怯と言われるような手を使ってようやく普通の能力者と対等に立てるような人間だ、そんな人間に対して高い評価を下す石動のことがよくわからなかった
「姉貴分・・・彼女たちにもそのような方がいるのですね」
「あぁ、その姉貴分といろいろとあってな・・・訓練したり試合したり・・・」
「なるほど、そう言う関係もあったのですね」
ただ助けられただけではなく、姉貴分を通じて交流があり、その際にいろいろと思うところがあったのだろうとアイナとレイシャは納得する
一度だけの出会いで人を慕うようにはならない、継続してその人と会い、その人のことを良く知ることでさらに親交を深めていくようになるのだ
東雲姉妹は幸か不幸かそう言う機会が多くあったのだ、だからこそ静希にあこがれのようなものを抱いている
ただの能力者のはずなのに、ただの能力者ではない、自分を、家族を助けてくれた、エルフに勝ったことのある年上の男性
幼いながらに恋心を抱くには十分な材料はそろっている、アイナもレイシャもそのあたりを何とはなしに理解していた
だからこそまずいと思ったのだ、アイナもレイシャも、静希が明利や雪奈という恋人がいるという事を知っている、つまり叶う事のない恋なのだ
さすがにこのまま長く続けさせるのは良くないように思えてならないのである
誤字報告を三十件分受けたので四回分投稿
今回から三十一話が始まります、なお静希が作れる料理のレパートリーは自分が作れるものと同等です
これからもお楽しみいただければ幸いです




