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J/53  作者: 池金啓太
三十話「その仮面の奥底で」

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それぞれが望むもの

「なぁ、その狭間に行きたい?ってのは理解したけどさ、それじゃ何で悪魔なんて召喚してたんだ?そもそも最近始まった歪みができる実験だけでよかったんじゃないのか?」


その言葉にはそれを聞いていた鏡花たちも同意だった


別の世界に行きたいというのであれば、なぜ最初からそうしなかったのか、なぜ悪魔を召喚するような事ばかりをしていたのか


確認できているだけでリチャードが起こした召喚事件は三件、しかもそのうちの一件は神格まで呼び出している


目的があるような人間が何故そんな回りくどいことをしたのかが気になるのだ


よもやただの戦力の為だけに悪魔を召喚したとも考えにくい、となれば何か別の理由があると考えるのが自然である


「基本的に召喚陣とは幾何学的な模様に見えるが、あの中にいろんな情報が入っている、式・・・いやプログラムと言えばいいか、たとえそこまで行きたくても、そこに道を開きたくても、そこまで道を開くプログラムを知らなければ作ることはできないんだ」


カレンの言いたいことはわかる、普通の道などでもそうだ、例えばとある遊園地に行きたいと言っても、その遊園地までどのように進めばいいか知らなくてはそこにたどり着くことはできない


道順を知り、移動手段を考え、実際に移動して初めて目的地までたどり着けるのだ


「じゃあそのプログラムを一から考える・・・いやそれじゃめんどうか・・・なら誰かに教えてもらうとか?」


「そう・・・それが一番手っ取り早い、だからリチャードはそれを知っているものを呼び出すことにしたんだ、召喚を使って」


召喚を使って呼び出す、そこまで聞いてようやく静希達は理解した


以前静希は一連の召喚事件のことを考察した際に、召喚の精度が上がっているように思ったことがある


静希達が関わった召喚では悪魔と神格が呼び出された、次に行われたオロバスの召喚では恐らく特定の悪魔の召喚自体はできなかったのか、心臓への細工は失敗した


そしてエドの関わったヴァラファールの召喚では、特定の悪魔の召喚に成功し、心臓の細工もあと一歩というところまで迫っていた


「そうか・・・それを知ってる奴を呼び出すために何度も召喚をやってたのか、召喚の精度を上げて確実に呼び出せるようにするために」


「そうだ・・・その計画について一昨年の記述がいくつか載っている・・・悪魔の召喚は危険が伴う、だからこそ第三者にやらせることも・・・エルフや研究者を利用することも・・・」


感情が抑えられなくなってきたのか、カレンは額に手を当てて大きく深呼吸を始めていた


自分たちの関わったものが目的の初期段階でしかなく、何よりも自分の家族が殺された理由が、実験の一端に過ぎなかったという事実がカレンの怒りを呼び起こしているようだった


エドも同じだ、友人が死んだ理由が、自分が殺人鬼にされかけた理由が、実験の一部だったなどと聞かされて何も思わないはずがない


先程まで二人が怒りと苛立ちを抱えていた理由を理解し、静希は居た堪れなくなっていた


「歪みが発生し始めたってことは・・・それを知ってる悪魔を呼び出したってことか・・・今はその新しい召喚陣の実験段階・・・そういう事か」


「たぶんそういう事だろうね・・・この本に召喚に適している場所とかもかなりリストアップされてたよ・・・イギリスも・・・そして日本も含まれてる」


召喚に適した場所、つまりは龍脈、大地の力と接続しやすい場所という事だろう、どれだけリストアップされているのかは知らないが、ざっと見てみるだけで百個近く名前があるように思われる


「よくもまぁこれだけ調べたもんだな・・・」


「・・・言ってみればこれは十七年かけた実験みたいなものだよ、理論の組み立て、下調べから実行に至るまで・・・明らかに計画されたものだ」


十七年かけた計画


十七年も生きていない静希からするとそんな途方もないことを言われても困るの一言だ、想像すらできない、だがそれだけ心血を注いでこの事柄に打ち込んできたのだという事はわかる


静希が本を手にしてみると、そこにはインクだけではない、何か別の汚れなども目立つ、恐らく机にかじりついているだけではなく、フィールドワークなどもこなしながら調べていったのだろう、手間のかかりようが半端ではない


リチャードの実験はいくつかの段階に分かれて行われたのだ


まず召喚と自分の考えている事柄を理論的に構築する、そして各地の龍脈を調べ召喚に適した場所などをリストアップする


そこからリストアップした場所にいるエルフ、あるいは研究者に召喚の話を持ち掛け、特定の悪魔を呼び出せるようになるまで召喚を繰り返す


そして召喚の精度が上がったら今度は自分が思い描いているような召喚のことについて知っている悪魔を呼び出す


この際どうやってどの悪魔を特定したのかが気になるところではある、もしかしたらリチャードの仲間が何かしらの情報を提供したのかもしれない


そしてその悪魔を呼び出し、召喚陣を教えてもらったら後は自らの力でアレンジしていきそれを再度試させる


試す際には悪魔の力を出汁にして寄って来た有象無象の能力者やエルフなどを使ったのだろう


今回のあの男がそうだったように、恐らくこれからもそうするつもりだ


自分が狭間の世界に行くために、自分以外の人間はすべて犠牲にするつもりで


正気の沙汰ではない、狂っているとしか言いようがない、さすがの静希もこれほどまでのことは予想できなかった


「これだけ聞いてると明らかに頭がおかしいんじゃないかと思えるな・・・そもそも狭間の世界なんて存在するのか?」


人間の世界と悪魔の世界の間、狭間の世界、リチャードが見たというその光

実際に行ったことのない、見たこともないような世界に行きたがり、その為に何人もを犠牲にしている、明らかに異常としか言いようがない


狂っているという言葉でさえ生ぬるい考えに、静希は僅かに苛立ちを感じていた


こんなことに自分は巻き込まれたのかと


静希が抱えている苛立ちはエドとカレンも抱えているものだった


こんなことのために友人は死んだのか、こんなことのために家族は死んだのか


静希のそれよりも圧倒的に強い苛立ちと怒り、これほど強い怒りを感じることなどもう二度とないのではないかと思えるほどの感情を二人は抱えていた


この場にアイナとレイシャがいなくてよかったと心の底から思う、あの二人には今のエドとカレンは見せられない


「実際に存在するかどうかはさておき、リチャードは存在してると思っているんだろうね・・・だからこそこんなことになってる」


「まったく迷惑な話だ・・・こんなことに・・・こんな・・・こんなことのために・・・」


この三人の中でもっとも強い憤りを感じているのはカレンだ、なにせ彼女は家族を殺されている、この中で最も強くリチャードを恨んでいるのは彼女だろう


リチャードの目的がはっきりしたことは良かった、新しい情報を得たことでそれなりに新しく考えもできる


だがその分実際の被害者となっているエドとカレンに関して一体なんと声をかけていいものか、静希はわからなかった


道楽に等しい内容で友人を、そして家族を殺された


これを起こしている本人からすれば真剣なのかもしれないが、赤の他人からすればこんなものははっきり言って事故以下だ、偶然起きた不幸な事故でもなく、殺すことを目的とした殺人でもない


まるで『もののついで』で殺されたかのような、そんなやるせなさ


悲痛な表情をしているカレンに、静希達は何と声をかければいいのか、何を言えばいいのかわからなくなってしまっていた


「・・・すまない・・・しばらく一人にしてくれないか・・・?」


「・・・あぁ、分かった」


カレンのその様子を見て静希達は一時的にその場から退室する


変な気を起こさなければいいが、いや今の彼女にはそんなことをする精神的余裕はないだろう


時折嗚咽のようなものが聞こえてくる、恐らく泣いているのだろう、こんな状況に対してどうすればいいのか、あまりにも子供過ぎる静希達はどうしたらいいのか、考えてしまっていた


すると外から悲鳴が聞こえてくる、声は女の子、恐らく表で訓練している三人だろう


一体何事だろうかと様子を見に行くと城島に徹底的にしごかれているのか、ぼろぼろになって横たわっている三人の姿があった


「・・・またえらいことになってるね・・・」


「ぼ・・・ボス・・・もう・・・ダメです・・・!」


「もう・・・これ以上・・・は・・・」


アイナとレイシャは限界に達したのか、その場で完全に脱力してしまう、恐らく体力の限界まで使い切ったのだろう、子供らしいと言えば子供らしい


「おーい明利、大丈夫か?」


「あ・・・ぅ・・・静希君・・・やっぱり私には・・・接近戦は無理だよ・・・」


そう言いながら明利も力尽きる、一体どれだけ体を動かしたのか、明利の体力はそこまで高くはないが、ここまで疲れている明利を見るのも久しぶりである


「・・・まずはこの程度か・・・留学することになったら毎日鍛えてやろう」


「せんせー・・・これって一種のパワハラじゃないんすか?または生徒虐待?」


「何を言うか、これは愛のムチだ、お前もいつも清水にされているだろう」


愛のムチというと何やら美談のように聞こえるかもしれないが、徹底的に訓練しまくった結果がこれである


一体どれほど血肉にできたのかは知らないが、かなり厳しい訓練だったことには違いないだろう


「・・・なんて言うか・・・こういう場を見るとやっぱり僕はダメだって思うね・・・」


「・・・なんで?なにがダメなんだよ」


「だって、こうやって抱き上げてあげる事しかできないんだよ?それ以外ほとんど力になってあげられない・・・」


アイナとレイシャを抱き上げてエドは苦笑している、自分の無力さを実感しているのだろうか、それとも自分にできることが少なすぎることを悲観しているのか、力尽きたアイナとレイシャを見ながら目を細めていた


「いいだろそれで・・・しっかりと抱えとけ、自分の両手で誰かを抱え上げることができる、最高じゃんか、それ以上何を望むってんだよ」


すでに左腕を失い、右手も徐々に奇形化しつつある静希にとって、自分の手で抱え上げることができるというのは、ある種うらやましい


そして何より、抱え上げる人がいるのだ、エドもその大切さは理解しているのだろう、小さく息をつきながら二人を自分たちの部屋に運ぶべく移動し始めた


そして静希もまた、力尽きた明利を抱き上げる、カレンがいるために部屋に寝かせるわけにもいかず、静希は目が覚めるまで明利を抱え続けた、すでに自分の本来のそれとは違ってしまっている両腕で


















翌日、静希達は召喚陣の消滅を確認すると同時に日本へと帰国した


途中街の警戒をしながらの買い物、そして召喚陣が消えるまでの確認、それらを済ませ、ラルフたち軍人と別れを告げ、空港でエド達と別れ日本に帰る飛行機に乗り、ドイツを去ることになった


フンババと契約していた男はその後軍に正式に捕縛され、尋問を受けることになるらしい


何時フンババが牙をむくのかはわからない、だがあの男の命はそう長くはないだろう


長いようで短かった、思えば三日しかいなかったことになる


いつもの実習のスケジュールと変わらない日数になったことを喜びつつも、静希達はその疲れを癒すべく日本に帰国した後はゆっくり休んでいた


そして問題はその後だった


「はぁ!?消滅!?なんで!?」


「なんでもなにもない・・・恐らく失敗したんだろう・・・私たちがドイツから帰国、飛行機の中にいる間に、チェコの一部が消滅した」


静希達は城島に報告書の提出にやってきていた、その時に城島からもう片方の魔素の検出のあったチェコの東部の結果を聞いたときの反応がこれである


資料によると、以前発生した規模には劣るものの小規模な歪みが発生、そしてそのすぐ後に歪みはその中心地に収束するかのように消えていったのだとか


ただの歪みではない、恐らくは今まで接触してきたものとは別の何かだ、そしてそれは恐らく成功した結果なのではないかと静希は予想した


「あの・・・被害者は・・・?」


「幸いにしてほぼゼロだそうだ・・・事前の観測ができたおかげで市民の避難が優先されていたからな・・・現地の軍の報告によると仮面をつけた契約者に妨害を受けたそうだ」


やはりチェコの方にも契約者がいたかと静希達は歯噛みする


人的被害が抑えられたとはいえ、結果的に阻止できなかったのはかなり痛い

だが一つ気になるのは歪みが発生しておきながらその歪みごと消滅したという点だ


ただの歪みではない、もしこれがリチャードの望んでいた結果であるなら、狭間の世界にあの土地そのものを持って行ったという事になるのだろうか


「これがその写真だ、見ておけ」


静希達に渡された資料には、隕石でも降ってきたのだろうかと思えるほど大きなクレーターが存在した


ただ通常のクレーターのように地面が吹き飛ばされているのではなく、完全に抉られている、そこにあった地面や建物すべてが『消滅』している


この結果がどのような意味をもたらすのか、そしてこれからリチャードが一体どう動くのか、いやな予感が止まらなかった


「五十嵐、今回得た情報を基に報告書を委員会の方に提出しろ、それを各国に報告することになっている、現在わかっていること全てだ、いいな」


「・・・了解です・・・すぐに準備します」


今回のことだけではない、今後のことに関しても話し合わなければいけないだろう


以前の歪みではなく、今度は改良が加えられたとみて間違いない、静希達が阻止したのがどのような改良が加わっていたのかは知らないが、恐らく静希達は運よく、いや運悪くはずれの方を引いたのだ


そして当たりの方が実行されてしまった


情報を得られたのはよかったが、その分相手の段階を一つ先へと進める結果になった


「・・・また面倒なことになりそうね」


「まったくだ・・・あぁもう考えること多すぎて知恵熱でそうだ・・・」


頭を高速回転させている静希を不憫そうに眺めながら鏡花はため息をつく


今回自分たちは確かに実習を成功させた、さらに言えばもう片方も人的被害はゼロに抑えられたのだ、むしろ今回は自分たちの勝利と言っても過言ではないはず


だが言い知れぬ敗北感がそれぞれの中にあった


相手の方が先を進んでいる、そんな感じがしてならないのだ


「静希、気合入れなさい、あんたがしっかりしてないでどうすんのよ」


鏡花が強めに背中を叩くと、静希は気合を入れられたのか、それとも吹っ切れたのか、若干投げやりな気分になっていた


今回ばかりは仕方がない、静希達は情報の方を求めたのだから


次、一体どうなるかはわからない、だが相手が次のフェーズに進んだのであれば、こちらもそれに対応しなければならないだろう


「ほら、いつまでも暗い表情してるんじゃないの、やることあるんでしょ」


「うぅ・・・鏡花姐さんがお母さんみたいになってるよ・・・」


「鏡花って大体こんな感じだぞ、いいじゃんか俺らも一緒なんだし」


「うん、私達も手伝うよ」


悪魔の契約者として委員会に提出する用の報告書となるとかなり重要書類扱いされるだろう、半端なものは作れない


陽太ははっきり言って戦力外だが鏡花と明利が手伝ってくれるのであればこれほど心強い味方はいない


差し当たっての問題は、リチャードが次にどこで動くのかわからないという点だろうか


あの本に書かれていた内容、今カレンが隅から隅まで把握するべく読み込み、エドがその背後関係を洗っている頃だろう


自分も負けてはいられない、エドたちとは別のコネが静希にはあるのだ、それらを駆使して徹底的にリチャードを追い詰める、それが今静希にできる事だろう


その始まりとして、まずは委員会に提出する用の資料の作成をすることにした、これが完成するのに約一週間ほどかかったのはまた別の話である


特に意味はないんですが1.5回分投稿


これで三十話は終了です・・・ぶっちゃけると物語をスッキリ終わらせるためにこのタイミングで追加投稿しましたごめんなさい


これからもお楽しみいただければ幸いです

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