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J/53  作者: 池金啓太
三十話「その仮面の奥底で」

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哀れな末路

「ていうか鏡花、さっき思い切り殴っただろ・・・かなり痛かったぞ」


「もちろん、あんた相手に手加減する理由はないし、何よりレイシャの能力を試すいい機会だったもの」


「・・・あぁなるほど、確かに強力だったよ・・・」


レイシャの身体能力強化がどの程度使えるのかある程度把握しておく必要がある、機動力に関してはその力は証明されたが攻撃にどの程度の効果を及ぼすのか


少なくとも鏡花の細腕でも静希を悶絶させることができる程度の力はつくようだ、これで静希や陽太がその力を受ければ恐らくそれなり以上の攻撃力を得ることができるだろう


「エ・・・ミスターパークス、うちのバカがすいません、気分を悪くさせてしまったようで」


一瞬エドモンドさんと呼びかけたのか、鏡花はすぐに普段の態度とは少し違う距離を置いた対応をする


その意味をエドも理解したのだろう、首を小さく横に振っていた


「気にすることはない、前々からミスターイガラシのことは聞いていたからね、前評判に違わず恐ろしい男だ」


恐らくは皮肉もこもっているのだろう、エドは苦笑しながら静希の方を見ていた


一体どんなことをやったのか恐らくエドは近くで見ていたのだろうが良く吐かずに堪えて居られたものだと正直感心していた


軍人、それも衛生兵も吐くほどの状況を見せられて顔色が悪くなっている程度で済んでいるあたり、エドもなかなかの胆力を持っていると言っていいだろう


やはり悪魔の契約者になるような人間はそれ相応に何か違いのようなものがあるのだろうかと鏡花は考えてしまう


「そうだ静希、召喚陣の方は一応無力化できたわ、後はあの召喚陣が完全に消滅するまで待つのと、他に召喚陣がないかを確認するだけね」


「了解だ、ようやく一安心だな、んじゃもう一回小屋作ってくれ、まだ聞き出すことあるから」


静希は満面の笑みで言っているのだろう、仮面越しでもわかる、明らかに機嫌がよさそうである


人を傷つけることに喜びを感じているというよりは、自分に対して舐めた態度をとったあの契約者を痛めつけることを楽しんでいるというべきだろうか


少なくとも静希はあの契約者に何度か殴られている、自分たちが危険な目に遭ったというのもあるのだろうがあの一連の行動が静希を苛立たせていたと考えていいだろう


「一応言っておくけど、最低限の加減はしなさいよ?越えちゃいけない一線ってものがあるんだからね」


「わかってるって、人殺しはごめんだからな、しっかりと生き延びてもらうさ」


それが相手にとって良いことなのか、それとも悪いことなのか、正直鏡花は判断できなかった


生きてさえいれば何とかなる、だが静希の場合生かさず殺さず、最悪生きていると言えないような状況に追い込むこともあり得るのだ


「ミスターパークス、引き続きあの子たちは私に同行させます、よろしいでしょうか?」


「あぁ構わない、可能ならカレンの・・・召喚陣の所で待っていてくれ、これが終わり次第我々もそちらに向かおう」


鏡花が防音機能も備えた小屋を作り出し、その中に再び先ほどの男を配置すると静希達は小屋の中に入っていった


そして追加要員として派遣されたと思われる軍人、恐らく衛生兵が二人中へと入っていった


一体中でどんな話をするのかはさておき、鏡花はこれからどうしたものかと悩んでいた


そしてとりあえずこの辺り一帯を片付けることにした


どんな理由があるにせよ街一つ作るというのはあまりいい行為ではない、何かしらの責任問題を問われる前にさっさと片付けてしまうに限る


鏡花が足で地面を叩くと周囲にあった建物はゆっくりと地面に沈んでいく、正確に言えば変換の力を用いて別の場所から持ってきた質量を元に戻しているのだ


その様子をアイナとレイシャは目を輝かせながら見ていた、建物が次々と地面に沈んでいくような光景、なかなか見ることはできないだろう


それもこれも鏡花の能力あってのことだ、これだけの質量を扱うのはかなり消費が激しいが、それもまた仕方のないことだ


市民を危険にさらさないようにするためとはいえ、街一つ作り出して偽装することになるとは思わなかった


ゆっくりと沈んでいく建物の中にある人形を見ながら鏡花はため息をつく、もう少し手を抜いてもよかったかもと思ったのだ


建物一つ一つの中に配置された人形、これらはそれぞれかなり精巧な作りをしている


それこそ少し距離が離れているのであれば本物の人間と見間違うくらいの出来栄えと言えるほどのものである


いくら視覚的に騙すためとはいえ、ここまで精巧なものは必要なかったかもなと今さらながら少し拘りすぎたかなと後悔していた


そして鏡花はここで静希にウンディーネを返すの忘れていたことを思い出し、項垂れながら自分の中にいるウンディーネに詫びていた


彼女の能力で霧を発生させてもらったはいいものの、あまり長時間静希から離すのは得策とは言えないのだ


力を失った大精霊、長時間放置しておくと不安定になってしまうからである


次に出てくるのがどれくらいになるかわからないが、とりあえず鏡花は作った街をとにかく片づけ続けていた


話し相手には困らなかったのがこの状況では少し幸いだっただろうか


鏡花が街の片づけを終え、カレンの待つ召喚陣のあった倉庫に戻りしばらくした後、再び無線から静希の声が聞こえ報告があった


今からこちらに来るという事だ


一体あの男がどんな状態になっているのだろうか少し気になるが、その答えは静希が来ると同時に明らかになった


「悪い悪い、待たせたな」


「二人とも、いい子にしていたかい?」


静希とエドは何ら変わったところがないように振る舞っている、その近くには軍人が何人かおり、彼らも静希達に付き添ってきたことがわかる


そんな事よりも鏡花たちが目を引いたのは、静希が足を掴んで誰かを引きずっているという事だ


その人物が先程まで静希達と相対していた仮面の男であることに気付くのに時間はかからなかった


口から涎を、鼻から鼻水を、目から涙を垂れ流しながら起きているのか、いや生きているのかも定かではないほどに弱っている


時折痙攣しているところを見る限り生きてはいるようなのだが、もはや一生モノのトラウマを抱えたと言っていいだろう


仮面を外し、ところどころ青あざも作っている、恐らくかなり強めに尋問した様だった


「あんたそいつを軍に引き渡さなくていいわけ?一応今回の主犯でしょ?」


「まだ確認することがあるからな、それまでは一緒に連れてく、こいつの相手をできるなら渡すぞって言ったら軍も納得してくれたよ」


こいつというのは多分この男が連れていた悪魔のことだろう、今はどこにいるのかわかったものではない、恐らく静希のトランプの中か、あるいはこの男の中にいるのだろう


まだこの男は契約者のままなのだ、一緒にいた悪魔がどのような制裁を加えるかはさておき、このまま黙ってまっていられるような状態ではないのだろう


そしてそんな切迫した中に首を突っ込むほど軍もバカではないという事だ


「で?とりあえず何かわかったことは?こんだけ長く話してたんだから少しはいい情報は手に入ったの?」


そう言いながら男を拘束していく鏡花に静希は満足そうにうなずいてみせた

なんというかたまったストレスをすべて解消した時のような爽快感を見せている、ここまで機嫌がいい静希を見たのは何時振りだろうか


「とりあえず結論から言おう、こいつはリチャードの仲間だった、この仕事が終わったら正式に悪魔を与えられ、自由気ままに遊ぶつもりだったらしい」


その言葉に鏡花は男の方を見る、何とはなしに予想はしていたが、やはりかという思いが拭えない


繋がっている、この件も、そしてこれまでの件も


「正式にってことは、こいつとちゃんと契約してたわけじゃないの?」


「あぁ、どうやら召喚した時に細工をしたのは別の奴だったらしい、この件が終わったらその細工の操作権限を譲ってもらえるとかなんとか」


その言葉に鏡花は眉をひそめる


心臓への細工、それは鏡花も事前に聞かされていた、悪魔の核ともいうべき重要な器官、それに対して細工を行うのはまだわかる、だがその操作の権限を譲渡などできるのだろうか


「権限の譲渡なんて、そんなことできるとは思えないけど?」


「俺もその意見には同意だ、俺の連れも、そしてこいつの連れもそう言ってる、たぶん使い捨て要員だろうな」


静希やメフィ、そしてヴァラファールも心臓への細工の操作権限の譲渡などできないと考えているようだった


静希だけならまだしも、悪魔二人がそう言うという事は間違いないとみていいだろう


悪魔の力を自由に使えるという甘言に対し対抗できる人間は少ない、そして餌というのはあまりに大きすぎる、釣れる人間も多かっただろう


悪魔の行動さえ掌握してしまえば人間のコントロールなど容易い、それが能力者であればなおさらだ


「使い捨てね・・・それにしては随分厄介よ、悪魔が一人いるだけで面倒さのレベルが違うもの」


「全く同意だよ、しかもこいつは今回のことのほとんどを知らされてなかったらしい、これもただの召喚実験だと言ってた・・・まぁ実際のところどうなのかは俺も分からないけど」


実際のところこの召喚陣が歪みを発生させるものなのかはカレンにもわからないそうだが、少なくとも悪魔を召喚するためのものではないのは確かだ


精霊や神格もまた然り、明らかに別の何かを呼び出そうとしていた可能性がある


そしてほとんど何も知らされていないという事が、さらにこの男が使い捨て同然になっていたという事を確信づけていく、死んでも構わない程度の認識だったのだろう、こうなってくると本当に哀れだ


「で?まさか得られた情報はそれだけ?その為だけに吐くような事させたわけじゃないわよね?」


「まさか、他にも結構あるぞ、役に立つかどうかは知らないけどアジトっぽい場所の特定もした、今からちょっと行こうと思ってるんだよ」


アジト、その言葉に鏡花だけではなくその場にいた全員が眉をひそめた


アジトというと本拠地というイメージがあるが、まさか今から攻勢をかけるつもりなのだろうか


まだこの街の安全も確保できていない、召喚陣がまだあるかもしれないこの状況でそんなことをするのはさすがに急ぎ過ぎではないだろうか



「待ちなさい静希、まだここが安全って確証が得られたわけじゃないのよ?」


「わかってるって、カレン、その召喚陣は止められたんだよな?魔素の動き含め」


静希がカレンに向けて叫ぶと彼女は大きくうなずいて見せる


すでに召喚陣としての機能は失われている、後は召喚陣が消えるまで待つだけだ、その間に誰かが細工をしない限りはほぼ安全だろう


「ひとまずはこの辺りを徹底的に調査、んでもって魔素の動きがどうなってるかも確認、安全だと判断されたらこの場所に行こうと思ってる、何か異論はあるか?」


この近くにまだこの召喚陣と同型のものがあるとすれば魔素の動きはまだ継続して行われている可能性がある


その為周囲の調査と魔素の動きを測定してから行動するのが一番安全であるだろう


静希の提案にひとまずだれも異論を出すことはなかった


「でもそれって軍の人間が容認するわけ?あんたかなり好き勝手やってるけどさ・・・」


鏡花の言葉ももっともだ、今回は協力関係であり、互いに上下などは無いとはいえ静希は今回かなり勝手な動きをしていた


軍の人間に対して攻撃こそしなかったものの、その指示を無視することもあったはず、それだけ勝手なことをしておいて未だに勝手が許されるとは思えない


特にこの男から得られた情報を未だに隠している節もある、さすがにこれはラルフたちもお冠なのではないかと思えてならないのだ


「そのあたりも一度中佐と話し合わなきゃな、本部に戻るのもありか・・・でもまだ契約者がいる可能性もあるんだ、俺はここから動けないし・・・中佐がここに来てくれれば話が早いんだけどな」


契約者がいる可能性をまだ考慮しているために静希とエドはこの街から離れられない、本部に繋がる転移のゲートを通ればすぐに戻れるとはいえその間この街が無防備になるのは避けられないのだ


せめて安全を確保してから報告に戻りたいところである


すでに静希は言い訳は考えてある、後はそれをラルフに伝えるだけだ、それこそ今回の情報だって正確に伝達するつもりではいるのだ


静希はあくまで協力体制を敷いている、敵対しているわけではないのだからそこまで危険視する必要はない


もっとも相手がどう思っているかは定かではないが


「ひとまず今できるのはこの場で召喚陣を守ることってわけね・・・他に何かわかったことはあるの?」


「ん・・・まぁいろいろとな、と言ってもこっちは正直確証がない、世間話程度の内容をこいつが覚えてたってだけだしな」


恐らくはリチャードか、その仲間との会話内容を覚えていたのだろう、その内容がリチャードの目的に関することなのか、それともまた別の何かなのか、それははっきりしないが捨て駒扱いしていた人間にそう易々と情報を教えるとも思えない


静希もそのことを理解しているのだろう、アジトの情報以外はあまり信用していないようだった


そのアジトとやらも恐らくすでに破棄されているだろう、どれほどの情報が残っているかもわかったものではない


「ところでさ・・・そいつどうするの?もう意識も朦朧としてるみたいだけど・・・」


「ん・・・まぁアジトまでは連れてく、んでもってそれが正しいかどうかも見極めて・・・あとはまぁお好きなようにって感じだな、こいつに恨みがある奴もいるし」


恨みがある奴、それがこの男に付き従っていた悪魔であると理解するのに時間は必要なかった


あの場で戦闘がすぐに終わったのも、悪魔が矛を収めたからに他ならない、そしてその理由、静希が悪魔の枷を、つまりは心臓の細工を外したのが原因だ


無理矢理に言う事を聞かされていたのでは、悪魔としてもフラストレーションが溜まっていただろう、つまりこの男の未来はすでに確定しているのだ


軍に確保、いや保護され社会的に死ぬか、それとも悪魔に徹底的に弄られ死ぬか


これだけの事件を起こしたのだ、もはや逃げられるような状況ではない、哀れみこそすれ同情の気持ちはわかなかった


「こいつが若干スマートになってるのも、ひょっとしてあんたがやったわけ?」


「ん、気づいたか、ちょっと肥満が過ぎてたからな、ダイエットに協力しただけだよ」


ダイエット、そんな言葉で済ませることができる程単純なものではなかっただろう


これはあくまで鏡花の予想だが、静希は恐らくこの男の脂肪を物理的に取り除いたのだ


腹や腕、足にある肉を取り除く、間違いなく麻酔抜きで


そしてすぐに傷を塞ぎ治していく、死ぬこともできずに肉をはぎ取られる苦痛、軍人がその光景を見て吐くのも納得できるというものである


「もうちょっとスマートにできなかったわけ?」


「え?もっと肉落した方がよかったか?」


「そっちじゃないわよ、痛みを伴わない方法で情報を引き出すことはできなかったのかってこと」


男の方をスマートにするのではなく、もっとスマートな方法で情報を聞き出せないかと鏡花は聞いたのだが、若干話が食い違う


これでは自分が静希以上の残虐さを持っているかのようではないかと鏡花は額に手を当てて呆れてしまう


「いやぁこいつ舐め腐ってたしさ、それならいっそと思って」


「・・・本音は?」


「殴られたのがムカついたから」


静希の清々しささえ覚える言葉に鏡花はため息が尽きない、何でこいつのボスなんてやらなければいけないんだと鏡花は本格的に後悔していた


この後悔ももう何度目かわからないが













それから数時間、軍による徹底的な調査と捜索によってこの街には召喚陣がもうないという事が判明した


魔素による測定結果が出るのは早くても明日、それまで静希達にできることは今のところはない


それこそ街の警護くらいのものだ、召喚陣がないことがわかったところで契約者がいないとわかったわけではない、魔素の動きが一体どうなっているか、ずっとその中にいた静希達は感覚があいまいになりすぎて感じ取れなくなっていた


一度本部の方に戻れば感じ取れるかもしれないが、戻るわけにもいかず、日が暮れるまで街の中、具体的には召喚陣が残っている場所を警護し続けた


今召喚陣の周りには研究者が何人もそろって調べを進めている


カレン曰くもうすでに召喚陣として必要な機能を停止させたために物理的な破壊も問題がないようなのだが、やってきた研究者が破壊する前に調べさせてほしいと進言してきたのである


その為、結局護衛役が必要になり静希達がこうしてお守りをしていたというわけである


そして今静希達は本部の、ラルフの目の前に立っていた


そこには全身に拘束具を付けられている男の姿もあった、先程の契約者である


「中佐、俺たちも今回は仕方なくあぁしたが、研究者のお守りなんて仕事を押し付けるのはどうかと思うぞ、こっちにも面子ってもんがあるんだ」


「それはすまなかった、だがこちらのいう事を無視したのだ、少し位頼みを聞いてくれてもいいと思うがね」


「俺がいない間にこいつの相手ができるっていうならそれでもよかったんだがね・・・もう少し考えて物を言え」


静希の言葉にラルフはエドの方を見る、どうやら助け舟が欲しいのだろうがエドは首を横に振ってこたえる


「残念だが中佐、僕もミスターイガラシと同意見だ、あの場で本部に戻るような命令はあり得ない、考えが足りないとしか言いようがない」


エドの言葉にラルフは鼻を鳴らしながら椅子に思いきり腰を落とす、そして書類を手にしながら全員を見渡していた


「それで?ミスターイガラシ、ミスターパークス、報告を聞こうか・・・そこの哀れな男から一体何を聞き出した?ひとつ残らず教えていただきたい」


来ると思っていた言葉に静希は内心ほくそ笑む


状況はすでに終了した、後は魔素の結果次第では静希達はすぐにお役御免になるだろう


だがそれより前にやるべきことがある、やらなくてはいけないことがある


「その前に中佐、一つ『頼み』がある、明日あなたの部隊を一つ貸していただきたい」


「・・・なんだと?それはどういう理由なのか、教えていただけるか?」


「こいつらのアジトが判明した、明日ちょっと行ってこようと思ってるんだ」


その言葉にラルフは目を見開く


近くにいる拘束された男がそこまではいた、これは有力な情報だ、可能ならば手柄を自らのものにしたいと思うはず


「・・・敵のアジト・・・本拠地というべきか、それならば我々の仕事だな、君たちの手を煩わせるわけには」


「その場に悪魔の契約者がいるとしても?」


静希の言葉にラルフは眉をひそめた、悪魔の契約者のアジト、確かに契約者がいても不思議はないかもしれないが、中佐は今回の件が単独犯ではないという事は知っていても他に契約者がいるとは聞かされていないのだ


「・・・ミスターイガラシ、もう少しわかりやすく教えていただきたい」


「いいでしょう・・・簡単に言えばこいつは下っ端のようなものでね、正式な契約者ではなかった・・・どっかのバカが悪魔を召喚して適当なやつに分け与えているんですよ」


召喚者は他にいる、そして契約者もまだ他にいる


事実だとするなら厄介だ、軍の人間だけで構成すればまず間違いなく被害が出る、それも全滅しかねないほどの規模で


アジトの攻略には静希とエドが必須、いやもしかしたら他にも戦力が必要かもしれない


「そこでだ中佐、俺は複数の契約者を相手にするのは避けたい、とはいえせっかく見つけたアジトだ、確実に攻略したい、だから部隊を貸してくれと言ってるんだ、俺らが欲しいのは情報だけ、後は好きにするといい」


所謂協力体制をとろうと言っているのだ、正式な手柄に関しては軍に与える代わりに、静希達は情報のみが欲しい


悪くない提案だと思いながらラルフはエドの方を見る


「・・・ミスターパークス、貴方はどうするおつもりか」


「僕も彼に同意見だ・・・だけど今回は何人か人数を絞って連れていくべきだと思う、僕の陣営からは彼女を推薦する、ミスターイガラシ、君の所も非戦闘員はここに待機してもらうべきだ」


カレンを前に立たせた上でエドは肩に手を置く


悪魔がいるとしてもカレンならば十分に対応できる、そういう事を自信をもって表明していた、逆に言えばアイナとレイシャ、そしてリットは対応できないという事だろう


エドとはあらかじめ話がついていたために話を合わせるのはそこまで難しくはない


確かに今回は非戦闘員はここに待機させた方がいいだろう、特に明利やアイナ、レイシャなどは屋内での強襲戦などは危険すぎる


理に適っているからこそ静希としても断る理由はない、むしろ上手いこと戦力を分けることができて好都合だ


ラルフとしてもこの提案は悪くないものなのだろう、足手まといが来るよりも本当の精鋭だけで動くことができたほうが幾分か楽である


「ミスターパークス、こちらとしてもそれに関しては異論はない、だけど少し時間をくれないか、こっちでもメンバーを選別しておく必要がある、中佐、そちらもつれていく精鋭を選んでおいて欲しいんだが」


静希は鏡花たちの方を見ながらそう言うと、エドやラルフたちも納得しているようだった


今日一日動き続けたという事もあり疲労も蓄積されている、何より少しは休憩が必要だ


ラルフたちの準備だってあるだろう、今日は一度ここでお開きにした方がいいように思える


「確かに、こちらも準備は必要だろう・・・行動開始はどうする?相手の行動範囲外の時間に突入したいところだが・・・」


「なら明け方はどうかな、アジトの場所を考えれば明日の夜明けに行動なら十分間に合いそうだし・・・」


エドの提案に静希は頷く、こちらとしても異論はない、後はラルフがどうするかである


わざわざ相手が動くような時間に行動する必要はない、相手が休んでいるような時間にこそ急襲をかけるべきだ


とはいえ静希は正直この男から得られた情報に関してはあまり当てにしていなかった


恐らく男の言っていた場所に拠点としていた場所があるのは確かだろう、だがそこにいつまでも敵がいるとは思えないのだ


恐らくは今回のことを起こすまでの仮拠点といったところだろう、そこに情報があるかと言われれば、正直微妙なところである


「了解した、ではこちらも部隊を再編して待っておく、場所は?君たちでは土地勘がないだろう」


「そうだな、一応ここなんだけど」


静希が紙に書いておいた住所を読み上げると、ラルフは眉間にしわを寄せて地図を眺め始める


「なるほど・・・ここからそう遠く離れていないな・・・考えることは同じだったらしい、この辺りに建物は無いはずだが・・・いやこの場合地下か・・・」


恐らく軍の人間がここを拠点としたように、今回事を起こした連中もあの街に拠点を置くような真似はしなかったようだ


そして建物を一つ借りたりするより自らの能力で作ったほうが楽だと思ったのだろう


そうなると相手には少なくとも変換系統の能力者がいる事になる、適当な能力者を雇って作らせた可能性も消えてはいないが、一応考慮しておくべきだろう


「この場所なら一時間もかからずに移動できるだろう、こちらは準備を進めておく、行動開始は明日午前四時だ、それまでは自由にしていてくれて構わない・・・だが一ついいか?その男、どこで監視するつもりだ?」


「俺たちのところで監視していようと思ったが、不満か?」


「いや不満というわけではないが・・・君たちは平気なのか?こんな奴がいて」


自分たちの方に向けられた心配の視線を受け取ったのか、鏡花たちは小さく息をつく


拘束しているとはいえ悪魔の契約者を自分たちの部屋に置いておくなど正気の沙汰ではない、それがただの学生ならなおさらである


良くも悪くも、鏡花たちはただの学生ではないわけだが


「問題ありません、絶対に逃げられないように捕縛しておくだけですから、必要なら寝ずの番くらいつけますよ」


鏡花の言葉に陽太と明利が同時に頷く


すでに鏡花たちはこの状況を許容している、どんなことになっても大概は受け入れられるのだ


「それなら・・・こちらとしても助かる・・・今回の件が終わったら、その男の身柄はこちらで預かろう、それで構わないな?」


「了解した、それじゃこっちも準備を進めておくよ」


「では中佐、また後ほど」


身柄を預かる、悪魔がどのような反応をするかわかったものではないが、そこから先は静希の領分ではない


あらかじめフンババにどうするかを決めてもらったほうが良いだろう、場合によっては人の目につかないような場所に逃がしてやるのも手だ


静希達はそれぞれの部屋に戻るべく中佐のいる司令室から出ると、同時に大きくため息を吐いた


「いや全く面倒で仕方ないね・・・わかってたことだけど」


「それは言わない約束ってもんだよ、だが精鋭のみってのはいい判断だ、こっちも明利とかは置いておきたいしな」


静希とエドは簡易翻訳を切った状態で日本語で話していた


周囲に部隊の人間がほとんどいないこともあってまったく聞かれていないというのはありがたいことである


静希達が宛がわれた建物の前には警備のためか部隊の人間が二人ほど立っている、緊急連絡要員というやつだろう


その二人にそれぞれ身分証を見せた後、全員がそれぞれ部屋に入っていくと静希達の前には城島が待っていた


「ずいぶんかかったようだな・・・なんだそのふざけた奴は」


陽太が足を引きずって連れて来た拘束された男を見て城島は眉をひそめていた


この状況だけ見れば生徒が身元不明の男性を引きずってきたという事になるのだろうが、今回の事件の背景を鑑みるにただの男性という事は無いことは理解していた


「まぁ、いろいろありまして・・・とりあえず報告をしたいと思います」


「・・・ふん、まぁいいだろう、始めろ」


城島に説明するのはいろいろと大変そうだと思いながら静希はとりあえず今回起こったことをすべて話すことにした、これから静希達が何を行うのかも含めて












「・・・なるほど、状況は理解した・・・それにしても随分とお粗末だなこいつは、子供の罠にまんまと引っかかるとは・・・」


罠というのは鏡花が街一つ作り出しておびき寄せたことである


悪魔の契約者という存在を今まで三人しか見たことのない城島からすると、こんな頭の弱い人間が務まるのだろうかと少々疑問を抱いているようだった


「まぁこいつはどちらかというとただの捨て駒みたいなものでしょうし、扱いやすい奴を選んだんじゃないですか?」


「ふん・・・今までのそれと似ているが、扱いが天と地ほど違うな・・・利用するのは変わっていないが使い捨てか・・・」


今まで召喚に利用していた者たちはエルフや研究者たちで、あくまで協力するような形で利用してきた


だが今回は明らかに毛色が違う、最初から使い捨てることを前提として事を起こしていたように思える


あの召喚陣が歪みの原因だとするならば、あれを守るように、そしてあの召喚陣を起動させるのがこの男の使命だったのだろう


それを果たすことができれば正式に悪魔を与える、まるで試験か何かのようだ


その結果が死に直結するとも知らず踊らされていたのだ、哀れというほかない


「とはいえ、アジトか・・・場所から言ってそこまで重要な拠点でもないだろう・・・」


「それに関しては同意見です、ここと近いってことは今回の件を起こすためだけに作ったものでしょうし・・・正直まだ仲間がいるかと言われると自信はありません」


これから事を起こそうとしていた人間が、わざわざ危険と思われるような場所に居続けるとも思えない


静希が今回の事件を起こすのであれば歪みが発生する時刻まではかなり遠くまで離れ、歪みの発生を確認したら近くにやってきて観測する


万が一にも巻き込まれないようにするためにはそれが最良だろう、その規模がどれほどのものなのかわかっていない以上、むやみに近づくような真似はしないのが基本だ


観測地点としては最悪だが通い詰めるにはよい場所、そう考えればまだいいが今回のことを裏で操っている人間が今もそこにいるとは思えなかった


しかも今回は二か所同時なのだ、一カ所にとどまっているとは考えにくい


「こいつからリチャードの連絡先などは聞き出せなかったのか?」


「残念ながら、連絡はそのアジトとやらで口頭でのみ伝達していたらしいです・・・」


口頭でのみの伝達、とは言ったが非通知で連絡自体は取れるらしい


だがその連絡も今すぐアジトにこいとかそう言うレベルのものばかり、重要なことはすべて口頭で伝えていたようだ


自分の連絡手段などは徹底して教えないようにしている、もうすでに個人の特定ができているとはいえそのあたりはさすがというべきか


「以前戦闘があったリチャードの外見には一致していたのか?こいつは実際あっているのだろう?」


「えぇ、足を僅かに引きずっていたという点から、恐らく義足にしたんでしょう、恐らくですが本人に間違いはないかと」


以前静希はリチャードと戦闘しその片足を使い物にならなくした、片腕に関しては恐らくまだ動くだろうが、膝から先は完全に吹き飛ばしたのだ、生体変換を用いて他者、あるいはほかの生き物から生きた部分を持ってこない限り再生は難しい


しかもそのレベルの生体変換を行える能力者など限られている、脚の再生は恐らく無理だったのだろう


この男がリチャードと会っていたのは間違いない、そしてリチャードから悪魔を与えられたのもまた間違いないだろう


今考えるべきは一体どれだけの情報が件のアジトとやらにあるかという事である


仮拠点にしていたとはいえ、せめて最低限リチャードと協力している人間の数くらいはわかってほしいものである


もっともリチャードが徒党を組んでいるかどうかは正直今でも首をかしげるが


「静希、前に言ってた本の情報はなんかなかったの?」


「ん・・・一応それらしいのがあったぞ・・・まだ残ってるかはわからないけどな」


この男に情報を聞く段階で、静希はオロバスの予知にあった本のことに関しても聞いていた


ドイツ語、あるいはカレンの読めるような言語で書かれた本について


そしてその情報もしっかりと得ることができた


「内容に関してはこいつも確認してないみたいだけど、アジトには何冊かそれらしい本があるらしい、全部処分するように言われてたみたいだけど、こいつそれを売ろうとしてたみたいだ」


処分するように言われていた本を売ろうとする、何とも狡い考えだが、今はその考えをしたこの男を称賛するべきだろう


普通本を処分するなら焼いてしまうのが一番だ、何を書いているかもわからなくなるし、何よりすべて灰になれば元に戻すこともできなくなるだろう


まだアジトの方に残っていればいいのだが、こればかりは行ってみなければわからない


「ぶっつけ本番かぁ・・・そう言うのあまり好きじゃないんだけどなぁ・・・」


「まぁ室内戦となれば五十嵐と清水の独壇場だろう、敵がいれば苦戦はするだろうが、本の確保を最優先に動けばまだ何とかなる」


今回求められるのは確固たる情報だ、そこになにがあるのか、誰がいるのかはさておき確実に情報を得るためにはある程度他を無視することも必要だろう


なにせ今回はエド達だけではなく軍も一緒に動くのだ、鏡花は本の確保に専念し、他の人間でそれ以外の対処をすればいいだけの話である



「てかさ、なんか鏡花はもう行くみたいな流れになってるけど、俺らの中では結局誰が行くんだ?」


陽太の言葉に全員の視線が静希の方に向く


まず静希が行くことは確定だろう、悪魔の契約者であり、静希の能力は屋内のような障害物のある地形で効果を最大限に発揮する


「静希はともかく、後は私でしょうね、もし地下だった時のことを考えれば変換系統は必要不可欠だし」


アジトがどのような形をしているかわからないとはいえ、強大な変換を行うことができる鏡花はいても損はない


急襲という項目に関していうなら無音で壁を破壊することもできる貴重な存在だ


屋内戦において、重要なアシスタントになるのは間違いない


「鏡花が行くのはいいけど、俺は?いたほうがいいか?」


「・・・どうするかな・・・そこが悩みどころなんだよ・・・」


陽太の能力は確かに強力だ、だが屋内戦で役に立つかどうかといわれると疑問が残る


なにせ陽太の能力は良くも悪くもその近くにダメージを与えることになる、常に炎を纏っているような状態であるために敷地の限られた屋内戦はあまり向いていないのだ


しかも今回はそれなりの数の人間が動く、狭くはならないようにある程度人員を限るだろうがその中に陽太を入れるかといわれると微妙だった


「鏡花としてはどうだ?陽太がついていくことに関して」


「ん・・・正直屋内戦ではむしろ邪魔になると思うわ、こいつの能力近づけないし・・・でも屋外で待機して後詰に使うっていうくらいならいいかも、夜明けの暗い中では明かり代わりになるし」


鏡花のいう事も一理ある、確かに陽太は屋内戦では役には立たないだろうが屋外での追跡などではその機動力と明るさを利用し功績を残せるだろう


特に今回のような他にも追跡を行うような人間がいるならなおさらだ


問題は陽太が愚直すぎて追跡という行動に向いていないという事だが


「じゃあ陽太は後詰扱いだな・・・外で待機する感じで」


「一応聞いておくけど、明利は?」


「論外だ、戦闘要員じゃない人間を連れていくことはできない、という事でお留守番だ」


「うん、さすがに危ないところにはちょっと行きたくないしね・・・でもみんな気を付けてね」


一人だけこの場に残るという事で少し不安もあるだろうが、こればかりはどうしようもない


悪魔がいるような場所に連れていける程明利は強くないのだ、鏡花のように才能があるわけでも、陽太のように強い体を持っているわけでもない、明利はあくまで後衛の人間なのだ


「先生、明利のことは頼みます」


「ん・・・まぁそれくらいなら引き受けてやろう、せいぜい気を付けることだ」


城島がため息をつくと同時に鏡花が思い出したように静希の右手を掴む


一体何をしているのかと思いきや、静希の中に少し違和感がやってくる


「ようやく返せたわ、ちゃんとフォローしてくれたからありがたかったけど」


「あぁ、すまんすまん、すっかり忘れてた」


『忘れていたとはずいぶんですね、これでも頑張ったのですが』


静希が鏡花から返されたのはウンディーネだった、あの時に渡しておいたのをすっかり忘れていたのだ


鏡花のフォローを頼んでおいたためしっかり働いてくれていたのだろう、これは褒美を何か用意しなければいけないなと思いながら静希はトランプの中にウンディーネをしまうことにした


『今回はお前達大活躍だからな、帰ったらなんかお返ししないと』


『・・・ですがマスター・・・私はその・・・あまりお役に立てていないような気がするのですが・・・』


その言葉に他の人外たちはそう言えばと思い出す


オルビアは剣だ、接近戦などを行うのであれば非常に役に立つのだが生憎と今回は射撃戦になってしまった、その為ほとんど出番がなかったのである


ずっと翻訳を続けていたくらいで実戦では役に立てなかった、そのことを少し悔やんでいるのかオルビアの声音は少し弱弱しい


『何言ってんだ、お前が言葉を何とかしてくれてるからこれだけ動けてるんだぞ、それに室内戦ならお前の出番も来るかもしれないし、まだ終わったわけじゃないんだ、気を引き締めろよ』


『・・・はい、申し訳ありませんでしたマスター』


静希の言葉に気を持ち直したのか、オルビアは気丈に振る舞って見せる


オルビアが落ち込んでいるところは微妙にレアかもしれないなと思いながら静希はうんうんとうなずく


「どうしたの?なんか言ってた?」


「あぁいや、ちょっとオルビアが落ち込んでただけだ、役に立てなかったからって」


「あー・・・なるほど・・・ちょっと見てみたいかも」


鏡花も、そして明利も陽太も落ち込んでいるオルビアというのは見たことがなかったからか興味津々のようだった


さすがにここでオルビアを出してやるほど静希は鬼ではない


例えその身を霊装にしてしまったとしても、オルビアは人間なのだ、落ち込むこともあるだろう


そう考えるとメフィや邪薙が落ち込んでいるところなどは見たことがないなと思いつき、今度観察してやろうと静希は画策していた


誤字報告を25件分受けたので3.5回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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