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J/53  作者: 池金啓太
三十話「その仮面の奥底で」

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情報と未来

静希達の下に正式な実習の資料が届いたのはその翌日だった


他の学生たちにとっては何でもない平日の放課後、静希達の三班だけが呼び出され城島から実習の資料を渡されていた


「これが今回の実習の資料だ・・・まぁあってないようなものだが、一応目を通しておけ」


「先生の言葉とは思えませんね・・・せめてもう少しこう・・・オブラートに包むというか・・・」


「実際目を通したところでお前達が行く場所と目的くらいしか確認しておくべきことはなかったぞ、いちいち言葉を濁すのも面倒でな」


教師らしからぬぶっちゃけっぷりだが、恐らく城島もこの資料に目を通してかなり呆れているのだろう


情報が少なすぎるというのもあるだろうが、何より今回は目的がはっきりしている、やることがわかっている以上余計なことを書くことはないという事だろう


さらに言えばその失敗イコール大惨事という方程式が成り立っている、余計な情報を与えるよりは一つのことに集中させようとしているのだろうか、どちらにしろ静希がただの学生ではない以上情報などよそからいくらでも持ってこれるのだが、そのあたりは言わない方がいいだろう


「あの、出発は何時頃に?」


「一応明後日の予定だ、専門家の話では猶予はまだあるとのことらしいが・・・それも正直当てにならん・・・まぁ予知の能力を駆使して上手く立ち回れ」


恐らくその専門家は以前オーストリアから得られたデータを基に予測しているのだろう、ついでに予知能力者の協力も得てデッドラインもある程度は決めていると思えるのだが、そのあたりの記載は一切ない


魔素の動きがあったのが三日前、以前のデータでは一週間の猶予があった、後四日が予想されるデッドラインと見るべきだろう


出発の日時と目的を記載してあるものの、詳しい期間に関してはほとんど記載がなかった


これは意図的なのか、それともただ単にわからなかったのか、それが一つ問題である


「出発に向けて準備を進めておけ、ほぼ確実に戦闘があると思えよ、気を引き締めるように」


「了解です」


明後日というと週末からの行動になる、ある意味有難いのだが性急すぎる気がしないでもない、なにせ海外に行くとなるとそれなりに準備が必要なのだから


とりあえず静希達は資料をもってブリーフィングをするべく静希の家へと向かうことにした


人外たちが蔓延る中、いつものようにテーブルに資料を広げて軽く飲み物などを用意し、全員が話をする体勢に入る


「えっと・・・今回行く場所は・・・オラニエンブルク・・・えっと・・・ベルリンのちょっと北辺りにある街ね・・・静希、調べてくれる?」


「はいよ・・・えっと・・・人口約四万二千、ベルリンとの距離は三十五キロ・・・これなら都市部の被害はなさそうだな」


三十五キロというとかなり距離がありそうだが、自動車で一時間もかからない距離にあることになる


完全に被害が無くなるという保証はないが、少なくとも数百万規模の被害は起きなさそうだった


「えっと・・・この辺りに召喚陣があると思われ・・・地域住民には少しずつ避難を開始してもらってるところだそうよ・・・現在捜索中、今のところそれらしきものは発見できず」


「なぁ、これってどうやって場所割り出してるんだ?」


「前に教えただろ、魔素の変動から大まかに割り出してるんだよ、後は人海戦術だな」


歪みを発生させるための召喚陣はどういうわけか魔素による変動が起きる、通常の召喚陣とはそもそもにおいて何か構造が違うのかもしれないが、そのあたりは静希達にはわかりようもない


問題はどの場所に召喚陣がセットされているかという事である


街の中心かそれとも隅の方か、それによっても被害の大きさは変わってくるだろう


四万二千人が住む街だ、人的被害は最小限に抑えるとしても土地や建物の被害は計り知れない


「魔素の変動の大きさから大まかな規模とか計算できないのかしら、これだけデータが出てるのに」


鏡花は付属してあった魔素のデータを見ながらぼやいているが、現段階ではそれは難しい


「まだ無理だろ、なにせ計算するにしてもデータが一つしかないんだ、最低でももう一つ歪みが発生しない限り大きさの予測はできないだろうよ」


あらゆることに言えることだが、検証するにしても立証するにしても、データが多数なければ信用に足るものとは言えない


あらゆる状況において、そしてあらゆる条件においてのデータがそろって初めて正確な予測や証明ができるのである


まだ一件しか起きていない事件で、事象で予測を立てるというのは非常に難しい、というか無理の一言である


そもそも二度と歪みを発生させないために魔素のデータを公表させたのだ、これで二つ目ができようものなら何のためにデータを公開させたのかわかったものではない


魔素の変動値は確かに以前起きた歪みのそれと似通ってはいるものの、細部は異なる


この波形の大きさなどを見れば確かにその規模などはある程度の予測が立てられるかもしれない


だがその予測ができる程に歪みを発生させてはいけないのだ、もう二度と歪みを出してはいけない、そう言う気構えで居なければ到底歪みの発生を阻止することはできないだろう


「私歪みって実物は見てないんだけどさ・・・そんなにすごいの?写真だと壁にしか見えなかったけど」


「あー・・・まぁなんていえばいいんだろうな・・・なんか異様な気配を出してた」


異様な気配という言葉に鏡花は首をかしげる


静希は長いこと人外たちと一緒に過ごしたことで、所謂人外の気配を感じ取れるようになっている、特殊な存在の気配と言えばいいのだろうか、それを察知できる彼が『異様』と表現するという事に少々違和感を覚えていたのだ


「異様って・・・どういうこと?強いとか弱いじゃないの?」


「ん・・・まぁなんていえばいいんだろうな・・・大きいって感じかな・・・あれがあると人外の気配を感じ取れなくなるんだよ・・・ウンディーネと接触した時もほぼゼロ距離じゃないと気づけなかったしな」


歪みの発する独特な気配は静希が感じ取れる人外など気配をかき消してしまう、いや強すぎる気配によってその感覚がマヒすると言ったほうが正確だろうか


近くに悪魔が潜伏していたとしても、恐らく歪みが発生してしまえばほとんど感知することは難しくなるだろう


もともと静希が有している人外に対する感知能力はそこまで高くない、遠くまで察知するには集中力を高めていないといけないし、周囲が喧騒に包まれているような状態だと感知できる範囲はかなり狭まる


だが人外の気配を感じ取れるものにとって、その感覚はかなり有用なのだ


「それってさ、歪みが発生した状態の話でしょ?歪みが発生する前なら平気なんじゃない?」


「だといいけどな・・・歪みが発生する前からそう言う気配がしてた場合俺とか明利がもってる気配察知はほとんど役に立たないと思ってくれ」


人外に対する察知能力は何も静希だけが有しているというわけではない


人外達と常日頃から一緒にいる事で、契約者、あるいは悪魔と近しい存在もその能力を得つつある


契約者以外では明利を始めアイナやレイシャもその能力を有している、それらの知覚機能はあくまで近くにいればわかる程度のものだ、そこまで万能なものではない


「他にはなんかないの?歪みの特徴っていうか、なんかこう・・・特性みたいなのは」


「そうだな・・・とりあえずメフィの全力攻撃はほとんど意味をなさなかったな、傷一つはいらなかった」


話を振られたと思ったのか、メフィはこちらを一瞬見るが、どうやら話しかけていたのではないと理解したのか再びゲームに没頭していく


その様子を見て静希と鏡花は若干呆れるが、いつもの光景なので気にする方が負けというものだ


「メフィの攻撃でびくともしないってことは、物理的なものじゃないってことよね?」


「あぁ、メフィに言わせると・・・なんて言うか概念的なもの?らしいぞ」


物を二つに割いたときにできる空間、その空間を攻撃したところで空間そのものに傷がつくはずがない


歪みを定義するにあたりもっとも適切な表現がこれだった


厳密に言えば全く別物なのだろうが、考え方としてはこれが一番近いだろう


世界に負荷がかかり、その負荷によって生まれた歪み、物理的なものではなく概念的なものが世界の表層に出てきてしまっている、それがあの黒い部分なのだ


「でもそんな概念的なもの?ならどうやって取り除くのよ、転移とか?」


「いや、どうやらあれを取り除くことは現状ではほぼ無理だ、メフィが前に遭遇した時はもっと小さかったらしいし、その場にいた悪魔が消してたらしいんだけど・・・本当に消したのかどっかに飛ばしたのかは不明」


悪魔たちが興味本位で行った実験も結局は歪みを発生させる結果になった、そしてその歪みはその場にいた悪魔が消し去ったらしいが、それが根本的な消滅につながったのか、それとも単純に歪みを別の所に転移させたのかは不明である


つまり人間の住むこの世界で歪みが発生しても消す手段が今のところないのだ


「でも歪みってことはさ、いつか消えるわけでしょ?歪みが正常になればいいわけだし」


「あー・・・うん、一応そうらしいんだけど・・・最悪千年くらい時間がかかるらしいぞ」


千年


言葉にするととても短いがその年月は途方もない長さであることが鏡花にも理解できる


千年もあれば人間どころか国が滅んでも不思議ではない年月だ、事実この地球上では千年の間にいくつもの国が亡び、同時にいくつもの国ができていた


今から千年後一体どのような世界になっているのかは鏡花も全く想像できない


「千年もそのままってこと?それはさすがに防がないと・・・」


「まぁ今のところ解決策がないってだけで、これから生まれるかもしれないけどな、今も歪みの調査とかしてるって言ってたし・・・」


現代の科学でどうしようもないことでも、未来の科学では何とかなる可能性はある


あるいは将来生まれる能力者がそのような形に特化した能力を有しているかもわからない


千年間残り続けるかもしれないというだけで、実際に歪みが無くなるまで千年かかるというわけではないのだ


そのあたりは今後に期待するほかない、何より現地の土地そのものを食いつぶしているのだ、長期間あの土地を無駄にすることになりかねない


歪みが発生してしまったオーストリアとしては一刻も早くあの土地をどうにかしたいと思っているだろう、国そのものが解決に乗り出しているのだ、時間はかかるだろうがあの歪みを消す手段をいつの日か見つけることもできるはず


他力本願な考えで情けない限りだが、静希はその道の専門家ではないのだ、あくまで静希は学生、後始末などは専門の人間に任せるのが一番である


「じゃあ歪みが発生した時点で私達の負けっていうか・・・そもそも私達も死ぬ可能性があるわけよね?」


「まぁ・・・そうだな、歪みがどういう形で広がっていくかわからないけど、発生中にその範囲内にいたらたぶん消し飛ぶ」


歪みがどのような形で発生するか、その瞬間を目撃していない静希からすれば発生範囲内にいたものがどのような形で取り込まれていくのかは全く分からない状態にある


ゆっくり広がっていき、徐々に飲み込まれていくのか、それとも瞬間的に発生するのか


前者だった場合はまだ緊急脱出ができるかもしれないが、後者だった場合逃げようがない、それを防ぐためにも予知の力でデッドラインを決めているのだ


「でもさ、なんだっけ・・・あの馬の悪魔の予知では俺らが行くところには歪みの発生は無くなったんだろ?」


馬の悪魔というのは恐らくオロバスのことだろう、名前を憶えていないあたり陽太らしいが、それにしても馬の悪魔というのは少々ひどいような気がした


確かに外見は馬に似ているが、根本的に馬と同一視するのもどうかと思う


「いや、無くなるわけじゃなくて、俺らが行くことで歪みの発生を阻止できるってことなんだと思うぞ?まぁまだ百%とは言えないから安心はできないけどな」


オロバスが今のところ歪みの発生がないと言ったのは、確認した未来の中で一回も歪みが発生しなかったことに起因する


一回だけ見たならその信頼性は微々たるものだが、何回にもわたって見た未来で静希達が向かう場所では歪みが発生しないという事だ


もしかしたらオロバスが見ていない未来では歪みが発生しているかもしれない、そう言う意味では油断はできないのである


「にしても予知能力って楽よね、行ってない場所でも情報が得られるんだから」


「まぁ本人に言わせると結構使えない部分とかもあるらしいけどな、あくまで可能性の一部を見ることができるだけらしいし」


以前静希達が入った霊装の部屋を管理している古賀にも同じようなことを言われたことがある


未来とは確定的なものではない、行動や選択によって未来は無限に近しく分岐する


あの時出会った未来の静希は、あくまで未来の一つの姿に過ぎない、その為今回のことで静希が死ぬ未来だってあり得るのだ


「・・・ねぇ静希君、オロバスさんって結構遠くの未来も見えるんだよね?」


「ん・・・まぁ一応悪魔だしな・・・遠すぎる未来はその分信憑性が薄くなるらしいけど」


時間的に遠い未来はその分そこに至るまでに選択肢なども多くなるために確定的な未来は少なくなる、たとえ悪魔の力をもってしても確定した未来だけを選択してみるという事はできないのだろう


人間の選択や行動すべてをコントロールできるならまだしも、オロバスの持っている能力はあくまで未来を見るところまでだ、そこまで万能なものではない


「私の未来とか見てもらえるのかな?その・・・身長が高くなってるような未来とか」


「あー・・・どう・・・だろうな・・・頼んでみればいいんじゃないか?」


明利の身長が高くなっている未来


近くにいる鏡花や陽太、そして人外たちも一瞬で目を逸らすほどのタブーだ

明利はすでに十六歳、今年で十七歳になろうとしている、今この瞬間から急成長を遂げたとして一体どれほど身長が伸びるだろうか


そしてその可能性が残されているのだろうか


未来とはつまり可能性の集大成だ、見ることができる未来が膨大であるのなら、その中に一つくらい明利の体が成長しているものがあってもいいように思える


だが長年一緒にいた幼馴染である静希達からしても、明利が今の状態から成長している姿というのは想像できなかった


以前鏡花に明利の理想の姿として像を作ってもらったことはあるが、あれはもはや別人の域だ、未来のそれというよりかは妄想のそれというべきものである


「確定した未来じゃないなら見つかりにくいかもしれないけど・・・一応頼んでみるか?」


「うん!可能性が少しでもあるなら!」


可能性が少しでもあるなら


本当に欠片でもあるなら明利が努力をするだけの価値がある未来になるだろう


だがもし可能性がゼロだったら


それこそ物理法則を捻じ曲げない限り無理ではないかと思えてならない


手段がないわけではないのだ、有篠晶のような生体変換を使える能力者に頼み込んで無理やりに背を伸ばすという事だってできる


だがその成功率はどうなるか、わかったものではない


明利も今までの努力を無駄にしたくはないだろう、所謂ずるをしたくないという気持ちくらいはあるかもしれない


以前静希や雪奈と入れ替わってから高い身長により一層憧れるようになった明利、静希達としてもこれから明利の身長が伸びるのであればそれは喜ばしいことだ


だがここ数年全く伸びなかった身長がここにきて急成長を遂げる可能性があるかといわれると、正直首をかしげてしまう


というか黙って首を横に振ってしまうレベルなのだ


そんな無慈悲な事実を突き付けられるほど静希や鏡花たちは鬼畜ではない


夢見る少女に絶望を突き付けられるほど残酷にはなれないのだ


女性の身長は十五歳半ばで完全に成長が止まると言われている、無論例外はあるだろうがその例外に明利が含まれるとは思えない


背が伸びるといいなという夢を抱える明利からすれば、その現実はあまりにも厳しいものだろう


オロバスには悪いことをしてしまうかもしれないと思いながら、静希はそっと目を逸らした


誤字報告を五件分受けたので1.5回分(旧ルールで三回分)投稿


今年も始まりました、ちょっと風邪ひいたせいで年始のスケジュールが全部キャンセルという最先の悪いスタートになりましたが、負けずに頑張っていこうと思います


これからもお楽しみいただければ幸いです

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