行先
とはいえ先も言ったとおり、決定するにはオロバスの予知を待つしかない
これでもしドイツではなくチェコの方にリチャードがいるのであれば、静希は迷いなくその場を選択することになるだろう
首都が近いという事もあってドイツもかなり本気で部隊を派遣するはずだ、それこそ戦争をするのではないかと疑われるレベルで
仮に静希達がドイツに行くことがなかったとしても最低限の被害にとどめることはできるはず
無論歪みが発生してしまえばその周囲の土地はほぼ使い物にならなくなるだろう、それを防ぐ意味でもかなり本気になって行動するはず
それはドイツもチェコも同じだろう、静希がいようといまいと、全力を尽くすことに変わりはないのだ
「どっちに行くかはオロバスの予知次第だ、それまでは決定できない」
「首都が近いってのに?さすがにこの数はちょっとシャレにならないわよ?」
「だからこそだよ、その分ドイツも本気になるだろ?ぶっちゃけ俺らがいようといまいと変わりはないと思ってるくらいだ」
数の利というのは恐ろしいもので、たとえ優秀な駒が一つあったとしても、他の駒で押しつぶすような形で叩くことができるのである、いや押しつぶし叩き潰すことができると言ったほうが正確かもしれない
例え悪魔の契約者がその場にいても、軍が総力を挙げて攻撃すればさすがに動きは止められる、上手くいけば撃退することだってできるだろう
問題はその場にいるかもしれない悪魔の契約者と召喚陣の対応を同時並行で行わなければいけない点だ
いってしまえば敵の殲滅と拠点攻略を同時に行うようなものだ、戦力の分散は相手の実力を考えれば、一つ間違えば全滅もあり得る程危険な手である
それを防ぐために静希達は一塊になって行動しようとしているのだ
無論現地の軍人だってただの案山子の状態でやられることもないだろう、少なくとも契約者をその場にとどめることくらいはできるはずである
「軍人の中に召喚陣に対応できるような人がいればいいけどね」
「まぁ八割方いないだろうな、いるとしてもそいつはエルフ、悪魔戦に引っ張り出されることだってあり得る・・・研究者を連れてくるとしても護衛が必要・・・かなりの大規模な部隊を編成する必要があるな」
「しかも召喚陣がある場所も見つけなきゃいけないんだよね?なんだか大変そう・・・」
これから自分たちもその大変そうなことをやろうとしているのだが、明利としては若干他人事のような感じなようだ
いや、大ごとになりすぎていて現実感を持てていないのかもしれない、無理もないだろう、唐突に被害の規模が何百万人レベルに跳ね上がったのだ、すでに自分たちが出てくるような事件ではなくなっているのは間違いない
周囲の住民の安全確保と避難、召喚陣の捜索、悪魔の契約者への対応、召喚陣を見つけた後の解除とその護衛
静希のいうように大部隊の編成になるのは間違いない、その中のどちらかに自分たちも組み込まれることになるのだ、考えることは多いがやるしかないのだ
もし失敗すれば、最悪数百万人が死ぬことになる
いつの間にか大ごとになってきたなと静希は小さくため息をつく
面倒事の始まりはあの野菜の美味しい村だったなと思い返しながら、いつの間にやらこんな大事に巻き込まれている自分を嘆いていた
「静希、もう一度言うけど・・・やっぱドイツに行っておいた方がいいわよ、これは本当にシャレにならないって」
「だからオロバスの予知を聞いてから判断するって、ドイツの方がやばいのは重々承知してるよ、でも被害の大きさだけで行先を決めるわけにはいかないだろ」
まだ起きてもいない事件の被害の大小を比較する時点でナンセンスかもしれないが、被害が大きくなりそうな方を守ろうとする鏡花の気持ちも分からないでもない
チェコの方は国境沿いで人もいたとしても一万程度、ドイツには近くに首都があり、最悪その規模は数百万、どちらを守るべきか、一見すれば明らかだ
だが国の人間を守るのは国の軍に任せておけばいいだけの話だ、静希達には別に目的がある、それを達成するために必要なことはすべてするつもりだった
鏡花にとっては静希の目的というのは正直どうでもいい、被害を抑える事こそもっとも行うべきことであると思うのだ
自分にとって関係のない人間であっても、数百万もの人間を見殺しにしていいはずがない
このあたりが正常な思考を持つ鏡花と、異常な思考を持つ静希の違いと言えるだろう
目的のために何を犠牲にするか、あるいはどのように行動するか、その基準が静希と鏡花は根本的に異なっているのだ
「あぁもう・・・班長権限で強引にドイツに行き先を決定してやりたいくらいだわ」
「まぁお前が決定しても依頼を持ってこさせるのは俺だからな、結果的にあんまり意味はないわな」
鏡花は静希達の班長をになってはいるが、実際に静希の行動をすべて指示できるというわけではない
コネや行動力に関していえば静希のそれははっきり言って学生のレベルをはるかに凌駕している、鏡花では静希は止められないのだ
それを鏡花自身理解しているからこそ歯がゆいのだ、静希が間違っているとわかっていてもそれを止められないのだから
「私は何度でも言うわよ、あんたが考えを変えてくれるまで」
「まだ決定してないんだからそこまで意固地になるなって・・・まぁ考えてはおくよ」
考えておく、それは結果的にどうなるかわからないという事である、考えた結果、鏡花の意にそぐわぬ形になるかもしれないのだから
オロバスの予知の結果が出たのは、翌日の早朝のことだった
すでに鏡花たちは家に帰り、静希の家にいるのは家主である静希と人外たちだけである
恐らくかなり長い間予知をしていてもらったのか、オロバスが若干やつれているように見えたが、きっと気のせいだろう
画面に映っているのはエドと人外たちだけだ、カレンやアイナ、レイシャたちは休んでいるのかもしれない
「で・・・予知はどんな感じになった?」
『今のところ確定している未来は二種類、僕らは全員そろってどこかに行き召喚を防ごうと行動しているってこと、そして僕たちが向かった場所には歪みが発生しないという事だ』
エドの言葉に静希は眉をひそめる、自分たちが行く場所には歪みは発生しない、それはつまり自分たちは歪みの発生を防ぐことができたという事になる
これからどう行動するにあたってもその二つが確定的になるというのは正直有難いことだ、それだけ戦術的に楽になる
「それで、俺らがどちらに行くべきか、その手がかりはあったか?」
『これは確定的ではないらしいんだけど・・・いくつかの未来で書物を読んでいるシーンが見えたそうだ・・・内容まではわからないけどみんなかなり真剣に読んでいたみたいだよ、場所は屋内、少し暗い印象を受けたそうだ』
書物、一体何の本なのか、少なくとも今回の件と無関係ではないだろう、一体どこでそれを読んだのか気になるところである
「その時の光景とかに何か手がかりは?読んでる書物の内容とか」
『残念だけど光景からは何も手がかりは得られなかったらしい・・・でも本を手に取って読んでいるのはカレンだったようだ、その本を囲むように僕たちが近くに立っている、全員かなり険しい顔をしていたらしい』
エドではなく、静希でもなくカレンがその本を手に取って読んでいたというそのこと自体に意味があるはずだ
静希は頭を働かせてその光景がどんな意味を持っているかを考える
「俺が本を手に取ってなかったのは多分純粋に読めなかったんだろうな・・・エド、お前読むだけなら何か国語いける?」
『読むだけでいいなら結構いけるよ、五か国くらいかな?でもカレンが手に取って読んでたってことは』
「・・・ドイツ語で書かれてる可能性が高いわけか」
書物の内容までは理解できなくとも、悪魔の契約者でもある三人の中でカレンがその書物を手に取っていたという光景からある程度の推察はできる
ドイツ語で書かれた書物を、ドイツ出身のカレンが読んでいるというのであれば何も不思議はない
「その本は一冊だけだったか?それとも他にもあったか?」
『結構な数があったみたいだ、少なくとも数冊・・・もしかしたらもっとだね・・・全部カレンが手に取っていたようだよ』
「となると全部ドイツ語か・・・その本の内容まで見ることができれば話が早かったんだけどな・・・」
さすがのオロバスの未来予知も不確定な未来に関してはノイズが激しくなるのか、そこまで精密な映像は見ることはできなかったのだという
その光景を確認できただけで十分だと静希は思いながら悩み始める
「エド、俺としては今回の行き先はドイツでも問題ないように思えるけど・・・お前の意見としてはどうだ?」
『んん・・・確かにドイツには何かしらの手がかりがあるかもしれない・・・けどチェコの方にドイツ語で書かれた書物がある可能性も否定はし切れないんじゃないかな?まぁそんなことを言ったらきりがないかもしれないけど・・・』
エドの言うように、ただ単にチェコの方にドイツ語で書かれた書物があったというだけかもしれないのだ、何もドイツ語で書かれている本があったからと言ってそこがドイツであると確定しているわけではない
「・・・戦闘とかの光景は浮かんできたか?街の様子とかがわかるならありがたいけど」
『それは残念ながら見えなかったそうだ、今回はそのあたり随分と不確定要素が多いみたいだね・・・』
戦闘においては不確定要素が多い、恐らくは参加している人間の多さが起因しているのだろう、人が多くなればその分不確定要素が多くなる、静希達が戦闘をせず、軍だけで契約者を撃退することもあり得る、または契約者そのものが現れない未来もあり得るのかもしれない
可能性を考え出せばきりがない、少なくとも今は確定事項だけを確認するべきだ
「カレンはなんて言ってる?この予知に関してあいつの意見も聞いておきたいな」
『カレンも僕たちとほぼ同意見さ、自分が読んでいるのであればドイツ語の書物を読んではいるものの、そこがドイツかは確証が持てない・・・しかも映っている光景に関しては彼女も見覚えがないそうだ』
いくらドイツが彼女の出身であるとはいえ、国に自分の見覚えのない場所なんてものはいくらでもある、静希だって日本の中で見覚えのない場所はたくさんあるのだ
はっきり言ってドイツにするかチェコにするか、有力な情報は得られていない
唯一得られたのはドイツ語で書かれたと思わしき書物を読んでいる光景
契約者である三人がそれをまじまじと見ているという事は恐らく三人にとって重要なことなのだろうことがわかる
慎重に行先を決めたい、可能ならもう少し予知をしてみてもらいたいところだが、そう簡単に新しい手がかりが得られるとも思えない
時間も限られていることを考えると、今日中、学校に行っている間にはもう結論を出した方がいいだろう
どちらに行くか、今後の静希達の行動に大きく関わってくるだけに随分と悩んでしまっていた




