外した意味
「さて、そろそろ昼か・・・じゃあ学食にでも行くか」
セラの説教の後、各演習場を紹介していると時間もだいぶ経過し、静希達の腹は空腹を訴えだしていた
学食という言葉に反応していたのは約数名、電話でもそうだが気になっていたであろうエドの反応は最も大きかった
「みんなで揃って学食行くのって久しぶりだね、いつ以来かな?」
「そうねぇ・・・最近は弁当の方が増えたしね・・・去年の何時頃からかしら・・・」
鏡花が陽太の弁当を作るようになってからは学食に行く回数も減り、時折利用する程度の頻度になってしまったが、他の学生はまだまだ利用者は多い
まだ授業中の時間だからそれほどでもないが、もう少しすればいつものような混雑が舞い込んでくるだろう、初めて日本の学食というものを訪れたエドたちは興味深そうにあたりを観察していた
「エドたちはなに頼む?大概のものはあると思うけど・・・」
「そうだね・・・このショーケースに飾られているようなものもあるのかい?」
エドが指差す先には展示された食品サンプルが入っていた、食堂の中にあるメニューの一部でしかないが、選ぶ中での参考にはなるだろうと置かれているものである
「一応あるけど、そう言うのとはちょっと違ったりするぞ?」
「まぁまぁこういうのは総じてそう言うものさ・・・さてじゃあ何を選ぼうか・・・」
エドが悩んでいるとアイナとレイシャが静希の裾を引っ張ってくる
「ミスターイガラシ、あれは何と読むのですか?」
「あれは麻婆茄子だ、茄子を辛く炒めたようなものだな」
「ミスター、あちらのは何と」
「あれはキムチ炒飯だ、キムチを使ってちょっと辛くした炒飯だな」
蕎麦などの表記はほとんどがひらがなで書かれているのに対して、何故か炒飯などの中華系は漢字で書かれているものも多く、アイナとレイシャはまだ読めないようだった
読み書きを教えればすぐに覚えるとは思うが、こういうところはやはり先が長いなと静希は苦笑してしまう
「静、この後はどこ紹介するの?」
「ん・・・そうだな、後はプールを見て、その後はもう学校内は見るところはないか・・・」
「じゃあ例の刃物屋さんに行くの?」
「本当かい!?いやぁ楽しみだ!」
どうやら鏡花も源蔵の営む刃物店には興味があるようだった、なにせ雪奈の所有する刃物の全てを作り出した人間がいるのだ、興味がわかないと言えば嘘になる
そして静希の装着している仕込み刃を取り扱っている店に行けるという事でエドもテンションをあげていた、もうアイナとレイシャの学校案内よりもそっちの方が気になってしまっている始末である
「まったく・・・本来の目的を忘れているの?」
こんなことを言っているカレンも若干浮ついている、どうやら刃物店に行くのが少し楽しみなようだった
案外わかりやすい奴だなと思いながら静希達はそれぞれ食券を買って席の一角を陣取って昼食をとることにした
「これが日本の食堂かぁ・・・安価だけどなかなかじゃないか」
「・・・確かにこの価格にしては美味なほうか」
エドとカレンは価格との兼ね合いを考えたうえではそれなりに高評価のようだった
アイナとレイシャはそれぞれ口にしながら味を確認している、途中で調味料を足すこともできるために何度か追加していたのが印象的だった
「まぁ安い分そこまで強烈においしいとは言えないけどな、あくまでそれなりの味だよ」
そもそも学校にある食堂というのは安価で食べられる食事というのを目的としていることが多い、その為にどうしても味は平凡なものになるのだ
そもそも学食にそこまでのレベルを求めるのが間違いなのだが、そのあたりは今言ったところで意味がないだろう
そんなことを話しているとちょうど授業が終わったのか、多くの学生たちが一斉に食堂へと押し寄せてきた
先程までの静けさとは一変、あたりは一斉に騒がしくなる
「なんだかすごいね・・・あれ全部ここの利用者かい?」
「そうだよ、ここは毎日こんな感じ、まぁ学食の定めだな」
基本弁当や購買ではなく学食を利用する生徒は必ず一定数は存在するのだ
無論生徒も毎日毎日利用しているわけではないだろうからある程度波もあるのだが、それでも席が八割方埋まるほどには毎日生徒たちが押し寄せる
「これが日本の渋滞というものか・・・電車の中では常にこんな感じだとか聞いたことがあるけど」
「まぁ間違ってはいないな、朝の通勤時間は大体こんな感じだ、俺の家からは学校まで歩いてこれるから関係ないけどな」
日本で最も利用されていると思われる交通機関、電車
その分事故も多少はあるが、比較的安定した移動効率と安全性を誇るのが特徴でもある
その為に朝出勤する社会人たちにはよく利用されるのだ、その為電車内は大体満員状態になる
もちろん場所や地方にもよるが、静希達のいる地域は電車は大概満員になる、その為一駅二駅程度であれば歩くか自転車でやってくる生徒も少なくない
学食内の混雑を満員電車のそれと比べるのもどうかと思ったが、こういうことに慣れていないエド達からすれば同じようなものなのだろう、一時的にとはいえ日本に住むのだ、こういう事にも慣れておいた方がいい
「ん・・・五十嵐達じゃないか」
「ん?なんだ石動か、今日は学食なんだな」
静希が振り返るとそこにはトレーに丼を乗せた石動が立っていた、どうやら昼食をとりにやって来たようだった
「昨日今日と休んでいるようだが、これから授業に出るのか?」
「生憎、まだやることがあってな、この後もいろいろと案内しなきゃいけないんだ」
案内という言葉に、石動は静希の近くにいる外国人数名に目を向ける
何かしら事情があるのだろうと察したのか石動はそれ以上言及することはなかった
「お前も苦労するな」
「そうでもないよ、まぁ疲れるけどな」
静希達の近くの席に座った石動は仮面の下部分を外し食事をとり始める、それから少しすると石動はチラチラとカレンの方に視線を向けていた
何か気になることがあるのだろうか、妙にカレンの方を気にしている様子だった
「こいつがどうかしたのか?」
「あ・・・いや失礼・・・その・・・彼女と、そこの小さな男の子はひょっとしてエルフなのか?」
その言葉に静希は純粋に驚いた、なにせカレンは今仮面など付けていない、奇形部位も衣服で隠している、悪魔も静希のトランプの中に収納しているためにエルフであると気づくだけの理由はないはずなのだ
なのに石動はそのことに気付いた、これは何か理由があるのだろうかと、近くで聞いていた鏡花たちも若干驚きを隠せずにいた
「大正解だ、この二人はエルフだけど・・・何で気づいたんだ?」
二人という言葉にカレンは若干眉をひそめる、カレンは正真正銘エルフだ、だがリットはエルフの体を流用した使い魔だ
生きたエルフであるかと聞かれれば首を横に振るしかない、彼女としては若干気が重くなる内容だっただろう
「いや・・・明確な理由があるわけではないのだが・・・なんというか・・・同族の匂いがしてな」
「・・・お前らってそんな変なにおいするか?」
匂いと言われてカレンやリット、そして石動の匂いを近くにいた雪奈が嗅ごうとしているのを明利が引き止め、静希とエドは怪訝な顔をしていた
静希はエルフという人種とかなりかかわりがあるが、特徴的なにおいなどは感じ取ったことはない、少なくとも目の前の石動からも、カレンやリットからも特別臭うというわけでもない
「物理的なにおいがするというわけではないのだ・・・なんというか・・・雰囲気と言えばいいのか・・・」
「雰囲気ねぇ・・・そんなのするか?」
静希は自分の持っている感覚を研ぎ澄ましてカレンや石動の方を探るが、どうにも違いがあるようには思えなかった
特にこれと言って何か感覚的な違いがあるとも思えない、静希からするとただの人間の感覚だ
「シズキ、わからないのも無理はない、こういうのは一種の馴れだ、同族というのは意図せず理解できるものなのだ、エルフと共に生活していた同族は特にな」
「そう言うものなのか・・・」
エルフと共に生活、という事は石動は城島がエルフであるという事は認識できていなかったのだろうか
共に過ごすことで『エルフ臭さ』というのが染みつくのだろうか、そのあたりはエルフではない静希からすればわかりようがない
静希とカレンが話しているのを見て言葉が違うのにもかかわらず話すことができるという事実に石動は安心したのか、カレンの方を見て僅かに口を開く
「失礼ですが・・・あなたは何故仮面を外しているのです?掟は・・・?」
「掟はすでに破ってしまった、だから私はもう仮面をつけるつもりはない」
カレンは静希の仲間になると誓ったあの日以来仮面をつけていない、一種の決意の表明なのか、それとも彼女の中で明確に意味があったのかは静希にも分からない
「・・・私は仮面を何時かははずそうと思っているのですが・・・どのような時にはずせばいいのか迷っていまして」
石動の言葉に鏡花たちはそう言えばそんなことを話していたなと思い出す、いつか仮面を外したい、だがそれがいつになるのか
石動からすれば重要な問題だ、ずっと仮面をつけて過ごすなど彼女には考えられなかったのだろう
「外す理由は人それぞれだ、少なくとも私はあまりいい理由ではない・・・君が外したいと心の底から思ったときにはずせばそれでいいのではないか?」
カレンは仮面というものにそれほど興味はなかったようだ、最初にあった時も半分だけの仮面をつけていたが、あの仮面にももしかしたら意味があったのかもしれない
仮面というものに、顔を隠すという以外の意味を持たせている節があった、その意味がなくなったからこそ、彼女は仮面を外したのかもしれない
石動は仮面は顔を隠すもの以外の意味を見出していない、だからこそ顔を隠すという掟に縛られている、いつか村から離れ、掟から解放され、自分の素顔を見せてもいいと思える人に出会えた時、その時はと彼女は以前言っていた
「一つ言えるのは、私はもうエルフであろうとしていない、エルフであることを捨てた女だ、仮面をつける必要も、その理由も無くなった」
それは目的を果たすまでは一人の人で居続けるという決意表明のようなものだ
その目的を知っているだけに静希とエドは若干眉をひそめていた




