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J/53  作者: 池金啓太
三十話「その仮面の奥底で」

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その看板の向こう側

「アイナちゃんの能力は私や静希と相性がよさそうね、物質を透明化させられるってことは投擲系にも使えるでしょうし」


「レイシャの能力は前衛型として優秀だな、しかも自分だけじゃなくて周りの人間も強化できるってのはかなりいい能力だ」


鏡花と静希に褒められることで、二人はかなり照れてしまっているのか、顔を赤くして恥ずかしそうにしている、今までここまで褒められたことがなかったのか、随分と戸惑っている様子だった


静希も鏡花も嘘を言ったつもりはない、むしろ静希の場合どちらかの能力が欲しいくらいだった、アイナの場合はサポートに、レイシャの場合はあらゆる場面で有効的に作用するのだ、強化系統という能力は基本自分しか強化できないタイプが多いが、他人も強化できるとなるとその恩恵は計り知れない

純粋にいい能力だ、それは静希や鏡花だけではなく明利や雪奈も思っていることだった


「イガラシ、なんだか私とその子たちに対する態度随分違くない?」


ずっと近くにいたセラは、アイナやレイシャと自分の対応が随分違っていることに気付いたのか、何やら不満そうにしている


自分の扱いはぞんざいなのに対してアイナやレイシャの対応は非常に丁寧で優しい気がするのだ、そしてそれは気のせいではないだろう


「何を今さら、我儘な小娘と勤勉な優等生、どっちを優遇するかなんてわかりきってることだろ?」


思い切り作り笑顔だとわかるような爽やかな笑みを浮かべてそう言い切られると、セラとしても反論できないのか悔しそうにしていた


自分がわがままを言っているのも自覚しているし、この二人が勤勉であるというのも昨夜話してよくわかった、だがこうも露骨に態度を変えられると少々不満は残る


自分を特別扱いしていないという点ではありがたくもあるのだが、思い通りにならないというのもまたストレスになる


「なによ・・・私だって真面目なときくらいあるのに」


「ほほう・・・真面目な時ねぇ・・・では鏡花姐さん、真面目とは何なのか、この世間知らずのお姫様にご教授お願いします」


鏡花が前に出たことでトラウマを刺激されたのか、セラは雪奈の後ろに逃げようとするが、能力を発動され一瞬で確保されてしまう


逃げることなどできない、鏡花がその気になればこの演習場のどこにいても捕まえることができるだろう


あまりの一瞬の能力発動に、その高度な技術を見抜いたエドたちは拍手を送っているが、実際につかまっているセラからすれば恐怖でしかない


その恐怖を直に味わったことのある静希達からすれば苦笑いするしかない状況ではあるが、分からず屋の説得には鏡花を当てるのが一番なのである


「あのねセラ、真面目な人っていうのは、自分のやるべきことをやり、自分のやろうとしていることがどういう結果を生むのか、そういう事を真剣に考えられる人のことを言うのよ、時々真面目な時があるなんてのは普通以下なの」


普通以下、存外厳しい言葉にセラは若干ショックだったようだが、それでもまだ認めるわけにはいかないのか目を合わせないように小声で反論しようと口を開いていた


「で・・・でも私は・・・姫だし・・・いろいろ大変だから息抜きとかだって・・・」


「それはどんな人でも同じ、どんな境遇の人でも大なり小なり抱えてる物はあるわ、もちろんお姫さまって立場は重くて貴女にはまだ辛いものかもしれないけど、貴女はまだ恵まれているわ、期待してくれてる人も、叱ってくれる人もいるんだもの」


叱ってくれる人、それは鏡花を含めて彼女の近くにいる大人たちだ


期待してくれている人、それはセラの親や静希の事である


子供の内から大きなものを背負わせるわけにはいかない、だが彼女は幸か不幸か立場のある人間だ、そう言った期待はきっとこれから一生向けられていく


彼女自身、そう言ったものとの付き合い方を覚えていくしかないのだ


「息抜きをしたいというなら、その時には思い切りわがままを言うと良い、けどその分、普段は絶対にわがままを言わないようにしなさい、学校もサボらず、文句も言わずにね、それでようやく真面目って言えるのよ」


「・・・そんなのつまらないわ・・・周りの人はみんな私を特別視するし・・・私じゃなくて、ただお姫様だからって機嫌とろうとするし」


国の姫というだけで特別視される、立場がある人間であるが故の苦悩だ


だからこそセラは自分を特別扱いしない静希やテオドールのことを気に入っているのだ、テオドールはセラをただの友人の子供として扱い、静希はセラをただの子供として扱う


セラが本当に欲しい反応はそれなのだ、誰もが自分を特別扱いし、自分を自分としてみていない、自分を見てほしいと願っているのに


「それは貴女がまだ『ただのお姫様』だからよ、貴女の前にあるお姫様って看板しか見えてないの」


「・・・看板?」


「そう、名札って言い換えてもいいわね」


鏡花がセラの前に一枚の板を作り出す、そこには立派なお姫様の絵が描かれていた


「今あなたはこのお姫様の看板に負けてるのよ、だからあなたをただのお姫様として特別扱いする、そうされたくないなら、貴女自身がこの看板を取り払うか、この看板を超えるしかないわ」


お姫様という看板を超える、言葉にすれば簡単なことではあるがそれこそ重要なことである、血筋という逃れられない特殊な評価を延々と受け続ける特殊な環境、そんな環境下で自分を見てもらうには突出した何かがなくてはいけないのだ


それはマイナス面よりも、プラス面の方がよほど高評価を受けるだろう、彼女が姫であろうとするなら、いや姫であろうとしなくても必ず必要になってくる、自らの存在定義の話になってくる


無論子供であるセラはそんなことは理解できないようだったが、鏡花の言っていることが大事であるという事は、何とはなしに理解しているようだった


「・・・じゃあもっと悪逆の限りを尽くせばいいの?」


「それも一つの手ね、それこそ世界的に有名なほどの大犯罪者になればあなたを姫扱いする人は一人もいなくなるわ、それと同時に誰もあなたを助けようとしなくなるでしょうけど」


鏡花はセラの明らかに無謀な言葉を肯定したうえで、その結果どうなるかを淡々と述べていく


今セラがわがままを通していられるのはその分助けてくれる人物がいるからだ、その人たちがいなくなった時、セラはきっとどことも知らぬところで野垂れ死ぬだろう


彼女はどうすれば多くの人たちが自分を見てくれるのか、それを知りたがっているようだった


子供にこれを教えるのはなかなか骨だなと思いながら、鏡花は一瞬静希を見る


その視線に気づいたのか、静希は眉をひそめるが、どうやらその視線に込めた意味までは気づいていないようだった


「セラ、貴女がお姫さまっていう看板を持っているように、他の人も必ず何かしらの看板を背負ってるのよ、そこにいる静希だったら『悪魔の契約者』とか」


静希もまたセラ程ではないにしろ周りの人間から贔屓のような視線を向けられることがある、それは静希に向けられたものではなく、静希と契約する悪魔へと向けられた、所謂利己的で下卑た視線だ


正直に言えば、静希の境遇とセラのそれを同一化するのはあまり正しくないかもしれないが、説明するうえで身近に例えがいたほうが楽なのだ


「そのせいで静希はいろんな人から変な目で見られるわ、その力を利用しようとしたり、下手に出て協力させようとしたりね」


「・・・知ってる、強い力を持っていると利用されるってことでしょ」


強い力を持っていると利用される、まさにその通りだ


静希の場合軍事的に強力な力を持っている、存在するだけで他国にプレッシャーを与えかねない悪魔の契約者


セラの場合は政治的に強力な力を持っている、父親は第三皇子、そして自らはその娘、将来的に国を背負って立つことになるかもしれない王の素質を持つ幼子


この両者は、多くのものが利用できないものかと画策しているという意味で共通しているのだ


「でも静希は貴女のようにわがままを通すことはない、思い切り横暴を働くことはあるけどね、それでもいろんな人を味方にしてるわ」


「・・・どうやって?私と何が違うの?」


自分のしている我儘と、静希の通している横暴と何が違うのだろうか、セラにはその違いが判らなかった


静希が他の人間に対して、というよりテオドールに対して横暴に振る舞っているところはセラも見たことがある、あれと自分の我儘と何が違うのか、それを理解できないのだ


「静希は自分がやるべきことと、やらなきゃいけないことを理解してるの、そしてやっても問題ないことも分かってる、自分の周りだとか、そう言うものをすべて理解したうえでいろいろ無茶をやってる、貴女はなにも理解せず、ただ喚いてるだけよ」


子供に対して随分とはっきり言うのだなと、近くで話を聞いていた大人たちは顔をひきつらせている、もう少しオブラートに包んでもいいのではないかと思えるのだが、これが鏡花なのだ


思ったことをはっきりと伝える、相手がそれを知りたがっているのであればなおの事だ


セラは知りたがっている、ならば鏡花は自分の使える言葉の全てを使って、針にも似た鋭さで言葉を相手に突きつける、それが相手を傷つけるかもしれないとわかっていてなお、鏡花はそれを口にできる


「セラ、貴女は良くも悪くもお姫様よ、他の子供とは圧倒的に見えているものが違うはず、だから自分が特別だとか思うかもしれない、でもそれは半分正しくて半分間違っているわ」


「・・・半分はあってるの?」


「えぇ、実際貴女は血縁という意味では特別よ、ただそれ以外は何も特別でもないただの子供、つまり今の貴女は王族の娘っていう価値しかないの」


それ以外の価値がないなら、それ以外の見方をしてもらえるはずがないわねと突きつけると、セラは服の裾を掴んでうつむいてしまう


明らかに言い過ぎではないかとエドたちがオロオロしている中、静希と陽太、明利と雪奈は黙って鏡花の言葉を聞いていた


鏡花の言葉は正しい、正しいからこそその先にあるのだ、セラが本当に聞かなければいけない言葉が


鏡花はうつむいたセラの顔を前を向きなさいと言いながら両手で掴んで無理やり自分と視線を合わせる


「セラ、貴女は今お姫様という価値しかない、ならそのお姫様という立場を利用しなさい」


「・・・利用?」


「そうよ、お姫さまって価値しかないなら、他は何もない、つまり空っぽに等しいわ、今あなたはなんにでもなれるのよ、貴女の努力次第で、どんな姿にも、どんな未来でも実現できる」


姫という立場を利用すれば、なんにでもなれる、どんな未来でも実現できる

鏡花の言葉は、本当に現実的な言葉だ、その言葉の意味を静希は理解していた


「貴女がやるべきこと、やらなきゃいけないこと、山ほどある中から少しずつ探していきなさい、そしてその中から本当にやってみたいことを見つけて、そしてわがままを言いなさい、これをやってみたいと」


それは子供であるが故に通る我儘だ、スポーツでも音楽でも、習い事でも趣味でも、あらゆることで親へとねだる、子供だけに許される探求心


そしてセラは幸か不幸か、わがままを許される立場にある、だからこそ最高の環境でそれらを行える場所に立っているのだ


「セラ、貴女が一番やりたいことは何?将来実現したい夢は?」


鏡花の言葉に、セラは一瞬静希の方を見る


静希との約束、それがセラがやりたいことの一つだ


子供であるが故にまだその壮大さも、その言葉の意味も正しく理解できていないだろう


だからこそ、理解していないからこそセラはそれを口にした


「私は・・・イギリスの女王様になりたい・・・それでイギリスを支配したい」


子供ならではの征服論、それがどんなことを示すのかセラは理解していない、他の大人なら一笑に付すような内容だっただろうか、鏡花は笑わなかった


もっともっとバカなことを言う人間と自分は一緒にいるのだ、この程度の内容では鏡花は苦笑すらしない


「そう、ならそのために何が必要なのか、まずは知りなさい、貴方の夢への実現はそこから始まるわ、何が必要か、何をすればいいか、それを知るのが第一歩よ」


「・・・どうやって?誰に聞けばいいの?」


わからないことがあった時、一番早いのは誰かに聞くことだ、それは子供の親であり、師であり、身近な大人がその対象となる


だが鏡花はあえて首を横に振った


「聞いたところでまともな答えは返ってこないでしょうね、貴女がやろうとしているのはそれこそ、時代をさかのぼるようなものだもの、現代の考えや立場しか知らない人たちに聞いても答えが返ってくるとは思えない」


「・・・じゃあどうすればいいのよ、聞いてもダメじゃわかるわけ・・・」


ない、そう言いかけるセラの口を鏡花は指を押し付けることで止める


否定の言葉は言わせない、子供にできないと思わせてはダメなのだ


探求心や挑戦とは『できるかもしれない』という根底的な考えから生まれる、だからそれを自ら否定させてはいけない、それは子供自ら自分の可能性を否定させるからでもある


何より、セラはまだ子供なのだ、自らできないという考えを染みつかせてはいけない、国を一つ支配しようとしているような人間が、やる前から『できない』などという事を考えさせてはいけないのだ


「セラ、貴女がやりたいことは前例がないわけじゃないのよ?でも今の時代には適応していないというだけ、なら調べればいいのよ、前例と、その今の違いや、その適応法を」


かつてイギリスという国は王制を敷いてた、無論それはイギリスの中の小国単位もあれば大国の中でも存在した制度だ


現在に移るにつれ王政の時代は終わりつつある、現在でも王制を敷いている国はあるがそれも少数だ


だがセラのいう夢が不可能というわけではないのだ、だからこそ鏡花はセラにできないなどとは言わせない


「いろんなことを調べなさい、可能性がありそうなことはすべてよ・・・知って、やってみて、間違えて、修正して、そうやって少しずつ近づいていくのよ、誰かに相談するのもいい、でも最終的には貴女が挑戦しなきゃ、決してそれは手に入らないわ」


「・・・絶対に手に入るの?」


「それはわからないわ、でもこれだけは言える、前に進んだ人しか目的の場所へは着けない、蛇行しても、寄り道しても、進んだ距離は正直よ、あとはどれだけそれを続けられるか」


鏡花はそう言ってセラの頭を撫でる、先程の真剣な表情から一変し、慈しむように微笑みながら頭を撫でるその姿は母親を彷彿とさせる


小学生の女の子に真面目に国を支配するためにはどうしたらいいかを本気で指導する高校生というのも正直どうかと思うが、セラはまじめに、本気で鏡花の言葉を聞いている


「たとえその夢半ばでも、きっとあなたの努力を見た人が、姫としてではない、看板の向こうにいるあなたをしっかり見てくれるはずよ、そうして少しずつ味方を増やしていきなさい、一人でできる事なんてたかが知れてるんだから」


一人でできることはたかが知れている


それは鏡花が静希達と出会った一年で学んだことだった


いくら天才が一人いたところで、どうにもならないこともある


何人もの人がいて、ようやくできることがある


世界は一パーセントの天才ではなく、九十九パーセントの凡人が支えているのだ


そのことをセラはまだ理解できないだろう、彼女が理解するにはまだ世界は彼女の目に収まりきらない


「しっかり前を向いて目の前にいる人を見なさい、貴女の近くにはたくさんの人がいるわ、せっかく恵まれた環境にいるんだから、それを利用しない手はないわよ?」


不敵な笑みを浮かべて鏡花はセラから視線を離す


鏡花は正しいことしか言わない、それは時に針のような鋭さで突き刺さる


だが針のような鋭さだからこそ、しっかりと届くのだ、何をすればいいか、どうすればいいか、糸を通すかのような繊細さで、少しずつ奥へ奥へと


鏡花の能力の拘束を解かれ、自由になったセラは自分の手を見つめた後で鏡花の後姿を見ていた


「どうだったかねお姫様?鏡花ちゃんのお説教は」


雪奈に背後から抱き着かれ、セラは一瞬驚いた様子だったが、視線は相変わらず鏡花の背中へと向けられている


「さすが鏡花姐さん、心に響くお説教でした、午後茶どうぞ」


「鏡花姐さんマジぱねえっす、マジリスペクトっす、あ、肩お揉みします」


「はいはい、もうお説教は慣れたものよ・・・」


三下演技をしている静希と陽太を嗜めながら堂々としている鏡花を見てセラは納得していた、あれが静希達のボスなのだと


ただの力ではない、権力でもない、人を従わせることができる、そう言う人間


自分が目標にするべき人、セラは鏡花の評価をそう改めていた


誤字報告を五件分受けたので1.5回分(旧ルールで三回分)投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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[良い点] 三下いつも午後茶しか渡してねぇww
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