トラウマ確定
「まったくもう・・・何で他の国のお姫様の説教なんてしなきゃいけないんだか」
「鏡花姐さんお疲れ様です、午後茶どうぞ」
「鏡花姐さんお疲れ様です、タオルどうぞ」
正座から解放された静希と陽太の三下演技に若干呆れを含みながら鏡花は大きくため息をつく
子供を説教するのは本来大人の役目だ、まだまだ未熟である自分がなぜこんな役目をしなくてはいけないのかと思ってしまうが、これも一種の縁だろうか
静希という面倒の中心人物を班員にしてしまったのが運の尽きというものか、鏡花は本日何度目になるかわからないため息をつきながら雪奈に抱き着いたまま泣いているセラの方を見る
少し強く言い過ぎたかなと、若干反省しながら頬を掻く中、鏡花は紅茶を飲み干す、そして近くにいる静希を軽く睨んだ
「で?今日私たちは何をすればいいわけ?この子の護衛っていうのは理解したけど、まさか家に引きこもってろとかそう言う話なの?」
「いや、日本でいろいろと買い物とかしたいらしくてな、それに付き合うことになる」
「ほっほーう、守ってもらう立場で随分と悠長なことを言うのね、街中なんて狙い放題じゃないの」
鏡花が若干怒気を含んだ声を出すと、セラはすでにその恐怖が染みついてしまっているのか雪奈の背後に回り込んで動こうとしなかった
盾にされている雪奈としては複雑な心境ではあったが、この反応も分かってしまうだけにどうしたものかと困ってしまっている
「きょ、鏡花ちゃん、もうそのくらいにしてあげたほうが・・・セラちゃんも怖がっちゃってるし・・・」
「そうは言うけどね明利、こういうのはきちんと教えてあげないとだめなのよ、いいことをしたら褒める、悪いことをしたら叱る、当たり前のことなのよ?」
鏡花の言う事は至極正しい、正論しか言っていないのだから当然ではある
だが正しすぎるが故に、追い詰め方が半端ではないのだ、感情的にならない分性質が悪い
陽太のように強いメンタルを保持している相手ならまだしもセラはまだ小学生、いつもの調子で説教をすればこうなるのは半ば必然と言えるだろう
「あれだね、鏡花ちゃんはいいお母さんになるよ、お姉さんが保証してあげよう」
「雪奈さんみたいに甘やかしてるだけじゃダメなんです、そもそも雪奈さんが怒ってるところって見たことないんですけど・・・」
鏡花は雪奈と知り合ってまだ一年と少ししか経っていないが、雪奈が怒っているところは見たことがない
元々彼女の沸点は高いのか、それともただ単に怒るツボが違うのか、雪奈が怒鳴っていたり不機嫌になっているところをあまり見たことがないのだ
拗ねたり文句を言っているところは度々見かけるが、怒りを覚えているところなどは明利並にレアなのではないかと思えてしまう
「そうかな?私結構怒りっぽいと思うけど?」
「ん・・・雪奈さんは普段はほとんど怒りませんよ?怒るときって大概戦ってるときじゃないですか?」
その言葉になるほどと鏡花は納得する、戦ってる時という事は、誰かが傷つけられたときなどに雪奈は怒るのだろう
かつて静希がそうだったように、恐らく雪奈のキレるスイッチも誰かが傷つくことで作動するのだ
鏡花は見ていないが、静希が傷つけられた際に雪奈は指示を無視するほどに激昂し単身目標を追ったことがある
普段の姿からはあまりにも想像できないために、雪奈が怒っているところは鏡花にはイメージしにくかった
「てかそれはまた今度にしようぜ、今はどこに買い物に行くかだよ」
「それもそうね・・・どこがいいかしら、そもそも何を買いたいのよ?」
鏡花は雪奈の後ろにいるセラの方を見ると、彼女は何とかして鏡花の視線から逃れようとしているのか、雪奈の体を盾にしている
随分嫌われたものだなと思いながらも、答えが返ってこないのでは選択のしようがない
鏡花が指を鳴らすと陽太が即座に雪奈とセラの背後に回り込み、セラを背後から羽交い絞めにすることで雪奈から引きはがした
阿吽の呼吸というにはいささか上下関係が見え隠れするこの連携に幼馴染たちは顔を引きつらせるしかなかった
「さぁセラ、貴女は日本で何を買いたいの?お姉さんに教えてくれるかしら?」
顔を近づけるだけで涙目になりかける中、セラは何が買いたいかを頭の中で考え始めていた
もうこれは完全にトラウマを植え付けたレベルだなと思いながら、静希は若干悪いことをしたかなと鏡花たちを誘ったことを後悔していた
誘ったというか巻き込んだという方が正しいだろうか
「に・・・日本っぽいもの・・・日本でしか買えないものとか・・・そういうのが・・・いい」
「日本っぽいもの・・・随分と漠然としてるわね・・・」
何が欲しいという明確なものではなく、日本っぽいという何とも抽象的な欲求に鏡花は首をかしげる
日本っぽいというのは恐らく静希達がもっているような日本の認識ではなく、外人からみた日本っぽさだろう、そうなるとどこが一番手っ取り早いかと考えた時、セラを羽交い絞めにしていた陽太があることを思いついた
静希達はセラを連れて、ある街に来ていた
日本人がクレイジーなどといわれる元凶と言ってもいいかもしれない、多岐にわたる趣味の巣窟ともいえる街、秋葉原
以前交流会を行った時に日本の印象というのがどういうものかは大まかに把握している
本来の日本が誇れるものと言えば着物や食文化、そして治安のよさだろう
だが外国人からの日本のイメージで一番印象深いものは、漫画やアニメといったエンターテインメントだ
ここでようやく回想は終わり、時間は冒頭のそれと一致する
「日本で紹介するべきものが町並みでも寺でもなくアニメや漫画とはな・・・本当に大丈夫かねこの国」
「まぁいいんじゃないの?本人は楽しそうにしてるわけだし」
セラは町の一角で店の呼び込みをしているメイド姿の店員を見てテンションをあげている
彼女曰く家事手伝いではない、本当のメイドという印象があるために、その感動もひとしおのようだった
「イガラシ!私メイドさんの店に行ってみたいわ!連れて行って!」
「買い物よりメイドかよ・・・確か結構高くつくんだよな・・・」
「いいじゃん静、これも経験だよ、一度行ってみたかったんだよねメイド喫茶!メイドさんにセクハラしてもいいのかな?」
「雪奈さん、それは多分訴えられますよ」
いつもの調子で明利達にするように体に触れて居たら間違いなく手が後ろに回ることになるだろう、セラの行動よりも雪奈の行動を止めなくてはいけないだろうなと静希は若干情けなくなっていた
「じゃああれだ、昼飯をメイド喫茶で食おうぜ、それまでは適当にそのあたりで買い物、それでいいだろ?」
「えー・・・でも・・・」
セラが文句を言おうとした瞬間、静希は鏡花の方に一瞬視線を向ける
そしてその意図を察したのか、セラは硬直し、すぐさま静希の後ろに隠れる
「・・・何よ、別に何も言ってないじゃない」
「いや、なんとなくな、ほら鏡花姐さんが買い物したいってさ、今は買い物してようぜ」
「そ・・・そうね、お昼にはまだ時間があるし」
すっかり鏡花にトラウマを植え付けられてしまったようで、セラは鏡花に極力近づかないようにしていた
もっとも鏡花が本気になったらそんな抵抗は完全に無意味なものになるのだが
「じゃあ買い物はいいけど・・・どこに行きましょうか・・・本買っても日本語じゃ読めないだろうし・・・」
「ならグッズを売ってるところにするか?それなら日本語関係ないだろうし」
せっかく日本まで来ているのに買わせるものがこういったアニメグッズというのも何とも情けない話だが、本人もそれでいいのだろう、あちこちにある看板や広告を見て目を光らせている
街全体がこういう色に染まっているのも珍しいのだろう、あちこちに目を向けているのがわかる、下手に目を離せばふらふらとどこかに行ってしまいそうなほどだ
そして静希達はとりあえず漫画だけではなくアニメグッズの類も販売している量販店にやってきた、さすがに平日の午前中という事もあって、人は少なめではあるが、それでも店内は多少込み合っていた
平日なのにこの人達は何故こんな所にいるのだろうかという疑問が浮かぶが、今は自分たちも同じことだ、あまり考えない方がいいだろう
「イガラシ!この人形買って!」
「人形?あぁフィギュアか・・・こんなんがいいのか?」
セラが選んだのは店頭に並んでいる何かの作品のうちの一つ、女の子がポーズをとっているのだが、それが何の作品なのか静希は知らないためにその良さを理解することができなかった
その値段を見ると結構高いことがわかる、こんなものにこんな値を付けているあたりあこぎな商売だなと思ってしまうのだが、お姫様が欲しいというのであれば是非もない
なにせ静希が何を払ったところでテオドールに請求が行くのだ
「どうせなら俺たちもなんか買ってくか、どうせテオドールに支払わせるし」
「いいんじゃない?そういう見返りがあっても罰は当たらないと思うわよ?」
静希達は正式に依頼としてセラの護衛を引き受けているため、しっかりと報酬は支払われるのだが、何桁にも及ぶ金の数字を見せられるよりはこういった小さな役得の方が彼女としては嬉しいのだろう
どんな女性でも買い物は好きだという事だろうか、その買うものが今回の場合若干特殊であるのは言うまでもないが
「どうせならコスプレ用の服とか買っちゃう?結構高いんでしょあれ」
「誰が着るのかはさておき、確かに高いって聞くな・・・買ったところでどこに置いておくんだよ・・・」
「いやそこは静の家に・・・」
自分の家を勝手に物置代わりにされてはたまらない、それに静希にコスプレ趣味などは無い、明利に鏡花、そして雪奈のスタイルなら大抵何を着ても似合うだろうが、わざわざ買ったところで使うかどうかは微妙なところである
せっかくこういう場所に来ているのだからそれっぽいものを買ったほうがいいような空気はあるが、何も必要ないものまでは買う必要はないのではないかと思える
もっとも、近くにいるお姫様は必要かどうかではなく欲しいか否かで買うものを決めている感はあるが




