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J/53  作者: 池金啓太
三十話「その仮面の奥底で」

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姫様クッキング

「三日間、お前をうちで預かることにした、その間に買い物やらには付き合ってやる、それが終わったら帰れ」


ゲームをいったん中断させた後、とりあえずセラにそう告げると、彼女は不満そうにしながらも納得していた


自分がわがままを言っているという自覚はあるのだろう、本来なら強制帰国もあり得るような状況で三日間の猶予を与えられているだけまだいい方だと理解しているのだ


「静、三日間セラちゃんはどこに住むの?まさかここ?」


「そうなる・・・正直俺だけでこいつの世話したくないから明利と雪姉もいてくれると助かる」


「三日・・・まぁそれくらいなら・・・」


時折泊まりに来ている明利と雪奈だ、三日くらいなら一緒に生活しても問題はないだろう


今抱えている問題としてはこの家のセキュリティの状況と、明利と雪奈の中に入れっぱなしになっている人外達だ、そろそろ機を見計らって回収しなければならないだろう


「でも静希君、明日からも学校あるけど、セラちゃんも学校に連れて行くの?」


「いや、それなら平気だ、向こうから依頼って形で案件を持ってこさせる、三日間は公欠取れるはずだ」


「・・・あれ?それって私たちも?」


疑問符を飛ばす雪奈に静希は頷いて応える、公的にサボれるというのは嬉しいのだろうが、依頼という形になってくると話は別だ、彼女を守るのが仕事かそれとも遊ぶのが仕事かはわからないが、どちらにしろ少々準備が必要なのは言うまでもない


「ちなみにさ、陽や鏡花ちゃんも手伝ってもらう感じ?」


「あぁ、あいつらには悪いが巻き込む、こいつの相手は一人だときつい」


「なんだか申し訳ないね・・・ノート誰かにとっておいてもらわなきゃ・・・」


三日間公的に休みを取れるとはいえ普通に授業などは進んでいく、その遅れを取り戻すという意味でも誰かにノートなどはとっておいてもらわなければいけないだろう


陽太はともかく鏡花を巻き込むのは素直に申し訳ない、毎度毎度面倒に巻き込むことになってしまっているだけにその想いはどんどん積み重なっていく


特に今回はVIP中のVIPだ、一国のお姫様の護衛とお守りをさせようとしているのだから彼女の胃に穴が開くことも覚悟した方がいいかもしれない


「で、イガラシ、私は今日どこで寝ればいいの?」


「あ?そうだな、今布団用意するから待ってろ」


布団という言葉に反応したのか、セラは何やらそわそわし始める


外国には布団というものは存在しないために若干気になっているのだろう、あまり期待しすぎてもしょうがないと思うのだが、何事も初めて見るものは興味を引くのだろう


「ほい、これで寝るんだ、場所は・・・まぁリビングでいいだろ」


「これは・・・床で寝るの・・・?」


「日本では結構ある寝具だね、ふかふかだよ?」


元々エドたちが来ることを見越してあらかじめ洗濯したり干したりしていたのだが、まさかこんなところでそれが役立つとは思っていなかった


ふかふかで干したての香りのする布団にセラが潜り込むと、その感触が新鮮なのかゴロゴロと転がり始めている


「ほほう・・・これは・・・なかなか・・・!」


どうやら気に入ったのか、セラは満足げに枕を抱きしめて布団の上を転がっている


普段寝ているベッドとはまた別の感触だろう、新鮮さというのは何もかも良いものに見れるのもまた子供の特徴だ


「静、私達はどこで寝ればいい?いつもみたいに一緒に寝る?」


「ん・・・こいつを一人にしておくのはちょっとな・・・今日はみんなリビングで寝るか・・・」


今回静希の家にセラが泊まっているのはあくまで防犯能力が高いという理由だ、セラを一人で眠らせるというのはいろいろな意味で危険である


普段静希は自室で寝ているが、たまにはリビングで寝るのもいいだろう


「じゃああとでテーブルとか片づけなきゃね、その前に晩御飯だ」


「食事・・・どこかのレストランにでも行くの?」


「あぁん?手作りだよ、毎食外食なんてしてられるかバカタレ」


手作りという言葉にセラは若干不安を覚えているようだった、静希達は料理人でないのにそんなものを食べて大丈夫なのだろうかという疑いの目も含まれている


「そっか、セラちゃんはお姫様だから料理とか作ったことないんだっけ」


「えぇ・・・そう言うのはコックがやってくれるし」


その反応に雪奈はふふふと笑みを浮かべセラの体を小脇に抱える


最初静希も何をしようとしているのかわからなかったが、雪奈がキッチンに向かうのを見て何をさせようとしているのかを察する


「じゃあ今日はセラちゃんに料理を手伝ってもらおうか、せっかく来たんだし?」


「え?え!?私料理なんてやったこと・・・」


「何事も挑戦、みんな初めてはあるもんだよ、やってみなければその苦労はわからない!経験とは何物にも勝るのだ」


キッチンをあさり、包丁を一本セラに渡すと雪奈は手始めに野菜をいくつか冷蔵庫の中から取り出していた


本当に料理をさせるつもりなのかと、静希は若干不安になり明利に視線を向ける


彼女も静希と同じ気持ちだったのかキッチンへ向かい二人の補助をするべく動き出した


「イ、イガラシ!何とかしてよ!無茶苦茶だわ!」


「セラ、三日間とはいえうちに住む以上、うちのルールに従ってもらう、働かざるもの食うべからずだ」


日本のことわざなど英国人のセラに言ったところで正確に伝わるかはわからなかったが、何かしら仕事をしなければ食事にはありつけないという事は理解したのかセラはものすごく嫌そうな顔をしながら雪奈と明利に挟まれ、持っている包丁を恐る恐る使い始めた



「ほらセラちゃん、包丁はこうやってもつんだよ、んでスライドさせながら・・・」


「こ・・・こう・・・?」


どうやら刃物自体握ることが少ないのか、セラはかなり緊張した様子で包丁を使っている


食事時に使うナイフ以上の大きさの刃物を握ることは彼女にとっては初めての経験だったのだろう、その額には汗が滲んでいる


どれだけ緊張しているのだろうかと思ったが、近くに刃物のスペシャリストの雪奈と、料理担当の明利がいるのだから問題はないだろう


万が一怪我をしても明利が治せる、静希はこの家にいる間は、セラを姫ではなくただの少女として扱うつもりだった


ちやほやする事だけが教育ではない、時には厳しく、立場というものをわからせなければならない


イギリスなどではセラはお姫様だったかもしれないが、静希の家ではセラはただの少女に過ぎないという事をしっかりわからせる必要がある


そうでもしなければ彼女はずっと我儘なままだ


少なくとも静希はセラを甘やかせるつもりは毛ほどもない、この日本にいる間、少なくとも静希の家にいる間は厳しく接するつもりだった


「静、晩御飯何がいい?なんかリクエストあればありがたいけど」


「何作るか決めずに食材切り始めてたのかよ・・・そうだな・・・生姜焼きとかそんなんでいいんじゃないか?」


生姜焼きのように食材を切って炒めて味付けすればできるような簡単な料理であればセラが手伝っている状況でも作ることはできるだろう


とことん凝るとそれはそれでめんどくさいが、明利もいるために最低限な家庭料理にとどめるはずだ


「生姜焼きか・・・ふむふむ・・・んじゃ次はピーマンに玉ねぎに・・・薄切り肉を切っていこうか、それが終わったら生姜をすりおろす」


「ま、待って!そんなに!?ようやくこの緑の切り終わったのに!」


「まだまだ切るよ、どんどん切るよ、君は今日だけで相当数の食材を切ってもらう、私の指揮に入った以上切らずに料理を終えられると思うなかれ!」


緑のというとキュウリだろう、まな板の上には不恰好ながらもなんとか切りそろえようとした形跡のあるキュウリが見受けられる


恐らくこれはサラダにでも使うのだろうか、明利が横でてきぱきとドレッシングや他の野菜の用意をしているのが非常に印象的だ、雪奈とセラがいないほうが早くできるのではないかと思えるほどである


刃物の扱いだけは自信がある雪奈だ、恐らくこういう場所でしか教える場がないと思っているのだろう、静希の家に無駄に用意されているそれぞれの包丁を手に取ってセラにどんどんと技術指導を施していった


雪奈の能力は刃物を扱うための技術と身体能力を得ることだ、その刃物の特性によって得られる技術は全く違うものになる


当然ながら包丁にもそれぞれ違う用途が存在する、そして雪奈の能力はその用途によって違う技術を得られるのだ


野菜を切るための包丁もあれば肉を切るための包丁もある、特化型の技術を得られるようなものもあれば万能包丁のようなあらゆるものを切るために作られたものもある


だが彼女が得られるのはあくまで切る技術だけだ、味付けやら盛り付けなどの技術は得られないためにはっきり言って料理が得意とは言い難い、少なくとも明利の方がずっと得意だ


だが今はそれでいいのだ、刃物も握ったことのないようなお嬢さんには雪奈の指導は非常に適切である


体の力が変な方向に行かないように上手く力を誘導できている


見ていて若干危なっかしいところもあるが、斬るという動作において雪奈の右に出るものはいない


「うぇぇ!ぶよぶよしてる!気持ち悪い!」


「生肉なんだからそりゃぶよぶよしてるさ、私達の肉と同じだよ、それを切るのだ!切って初めて君は料理というものを実感できる!」


どうやら野菜を切り終え、一度包丁やまな板を洗った後生肉に突入したらしい、肉を切るのは雪奈はお手の物だ、使う刃物が違うだけで彼女は多くの肉を切り裂いてきたのだから


こうしてみると雪奈はひどく危険人物なのではないかと思えるのだが、それはいまさらというものだろうか


セラはそもそも調理済みの肉しか見たことはないだろう、見たことがあるとしても店で売っている切り分けられた肉だけだろう


実際に生肉を触るという経験は今までなかったようで、非常に体を震わせながら何とか肉を切り分けていく


だがなかなかうまく切り分けられないようだった、包丁を握るのも初めてだった初心者にいきなり生肉というのは少々ハードルが高いように思える


「ヘイヘイお嬢さん、肉ってのはもともと生き物なんだから、そんな風に扱ったら行かんぜよ、ここをこうして・・・力を込めて・・・」


「お・・・おぉぉぉぉ」


初めて切ることができた肉に感動しているのか、セラは妙な声を上げている、海外では調理実習などの授業は無いのだろうかと不思議に思うのだが、この我儘なお姫様のことだ、頻繁に授業をさぼっていた可能性もある


何故他国のお姫様の調理実習もどきが我が家で行われているのかはさておき、雪奈たちがいるおかげで静希の負担がかなり減っているのは確かだ


手伝いを頼んで正解だったなと静希はつくづく自分の選択が正しかったことを感じていた


「・・・おぉぉ・・・いつの間にかできてた」


「よしよし、初めてにしては上出来だ、さぁご飯にしようか」


セラと雪奈はほとんど食材を切っていただけで、他の調理はすべて明利が行っていたのだが、セラにとっては食材を切っていたらいつの間にか料理ができていたという不思議現象に驚いているようだった


用意されたのは白米に豆腐の味噌汁に生姜焼き、そしてサラダ、そして冷蔵庫の中に入っていた煮物、一般的な日本の夕食である


「あ、そう言えばセラちゃんってお箸使えない?」


「あー・・・そっか、じゃあナイフとフォーク・・・あとスプーンだな、ほれ」


それぞれの食器を出してテーブルを囲むと静希達は号令をしてから夕食を食べ始める


「ふむふむ・・・やっぱ明ちゃんの料理はいいなぁ、うまうま」


「明利がいるとうちの食事が一層豪華になるからな、俺だと飯と味噌汁とおかずだけだし」


「野菜もちゃんととらないとだめだよ、食物繊維が足りないと大変なんだから」


三人が箸を使って食事をとっている中、セラはフォークを使って生姜焼きを口の中に放り込んでいた


自分が作った、というか手伝った料理が出てくるというのは新鮮だったのか、一口食べると小さく感動しているようだった


自分が切っていた食材がこのように形を変えるというのが想像できなかったのだろう、本当に料理の類をしてこなかったのだなという事がうかがえる


日本食もほとんど食べたことがなかったのか、それぞれの味を堪能しているようだった


「・・・この茶色のスープは・・・」


「味噌汁だよ、英語とかで言う味噌スープだね、今日はお出汁をしっかりとって作ったから美味しいと思うよ」


明利の言葉にセラはゆっくりとスプーンで味噌汁を掬い、口に含む


味噌独特の風味と、その中にしっかりと存在する出汁の香りが鼻孔を刺激する、恐らくイギリスでは食べたことのないタイプのスープだろう


日本食に合わせた汁物であるために、イギリスなどで飲むことはほとんどない、新鮮さという意味では日本のありとあらゆるものがそれに該当するだろう


「これはさっき私が切った白い奴ね」


「豆腐だね、なかなか良く切れてるよ」


手のひらに豆腐を乗せて切るという、初心者にとっては恐ろしい構図かもしれないが雪奈の指導のおかげかセラは何とかこなしていた


料理に必要な食材の全てを彼女が切ったという事になる、初めての料理であればこのくらいだろう、さすがにまだ味付けなどをさせるわけにはいかない、まず間違いなく阿鼻叫喚の地獄絵図になる


雪奈がほめ上手というのもあるのだろう、セラは料理、というか食材を切るという工程をなかなか気に入ったのか、それとも自信がついたのか妙に得意げにしている


「このパプリカみたいなの・・・ちょっと苦・・・しょっぱい・・・?」


「向こうではピーマン食べないのか?おいこら残すな、ちゃんと食え」


以前のように静希はセラの頭を固定してその口の中にピーマンを放り込んでいく


何度か抵抗していたが、しっかりと明利が作ってくれたものなのだ、残すことは静希も雪奈も許さないだろう


「確かピーマンって日本でしか通じなかったと思うよ?英語だと・・・なんて言ったっけ?」


「そもそもピーマンって日本食用に改良された奴なんじゃないの?形はパプリカそっくりだし」


雪奈の言う事はあながち間違っていない、パプリカやピーマンはもともとトウガラシなどの栽培品種に分類されている、要するにトウガラシの一種なのだ


ピーマンの語源はフランス語、あるいはスペイン語からきているとされている、イギリスに住んでいるセラが知らないのも無理はない


「トマトはさすがに向こうでも食べるっしょ?これは平気なの?」


「トマトは甘いもの、苦いのはちょっと苦手よ・・・」


外見はそれなりに大人に見えるのに味覚は子供のままなのだなと思いながら静希は生姜焼きと米を口の中に放り込む


好き嫌いが多い子供は結構いるが、何とも贅沢な話だと静希は呆れてしまう


「好き嫌いか・・・そう言えば俺らは一時期から好き嫌いなくなったよな」


「あー・・・遭難してからじゃない?いろいろなもの食べたからね、他の食事が美味しく感じちゃって」


静希と雪奈、そして陽太は幼少時に山で遭難している、数日間自分たちで食料を確保していたために大抵のものは口にしてきた


そのせいもあってか、食用に用意された食材はたいてい美味しく食べられるようになったのである、その経験が良いものかどうかはさておき、好き嫌いがないというのは良いことである


「ミキハラとミヤマはコックじゃないのに料理得意なのね、日本ではこれが普通なの?」


雪奈が料理が得意というのは少々首をかしげるところではあるが、確かに一般的な日本人はたいてい料理をする


教育の中に家庭科などで調理実習などがあるために大抵の子供は包丁などに触れる機会が一度はある


無論料理が苦手な人間も存在するだろうが、一人暮らしをしていれば自然と料理はできるようになる、いや、ならざるを得ないと言ったほうが正しいだろうか


「ふふん、まぁそれなりに料理してきてるからね、ある程度の実力はあるさ、学校とかでも教えてくれるしね」


料理が得意と言われて雪奈は胸を張っているが、雪奈の料理の実力は静希とほぼ同じ程度だ、そこまで得意というわけではないが、問題なく食べられる程度の実力である、明利のように美味しい料理を作れるというわけではないのだ


誤字報告五件分受けたので1.5回分(旧ルールで三回分)投稿


静希の作れる料理のレパートリーは大体自分と同じです、ほぼ男料理


これからもお楽しみいただければ幸いです

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