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J/53  作者: 池金啓太
二十九話「跡形もなく残る痕跡」

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説明会とその前後

「いやぁ、ミスターイガラシがいると娘の教育が楽になるなぁ・・・どうだい?高校を卒業したらすぐにうちに来ないかい?」


「せっかくのお誘いですが、俺はまだ日本で暮らしていたいのでまたの機会にさせていただきます、しっかりとした躾はそちらにお任せしますよ」


朝食を終えた後、レストランで出会ったアランは娘であるセラが好き嫌いせずに朝食を終えたという事に驚きを隠せないようだった


普段は本当に嫌いなものは食べなくても怒られないのだろうか、彼女が嫌いなものを食べきったという事実は案外レアだったのだろう


「うぅ・・・ひどいわよイガラシ・・・口の中にまだ匂いが残ってる気がする・・・」


「好き嫌いがあるのは勝手だけど、それを残すのは容認できないな、全部食うのは作ってくれた人への礼儀だ、その所忘れるな」


静希は明利が作ってくれた料理を残したことなどは無い、無論静希にだって嫌いなものの一つや二つはある、だがそれを残すという事は絶対にしない


残せば明利を悲しませることにもなるのだ、そんなことは静希にはできなかった


「テオドールが手を焼くのも分かる気がします、こんなお子様の相手は疲れるでしょうよ」


「む、私はレディよ?お子様じゃないわ」


「そう言う言葉は嫌いなものを我慢して食べられるようになってから言え、それができたら少しは認めてやる」


静希の遠慮のひとかけらもない言葉にセラは反骨心を刺激されたのか半ばムキになっているように思えた


子供はこれだから扱いやすいと静希は出された紅茶を口に含む、これで少しは彼女が好き嫌いをなくせるのであれば重畳だ


「ところで今日の予定は?確か今日会議が行われるとか」


「そうだよ、今日の午後からだね、それまでは自由にしてくれていて構わない」


自由にしていていいと言われても、自分の場合セラの面倒を見ることになってしまうのだろう、どうせならこの辺りで買い物の一つでもしたいところである


とはいえ今日の会議で話す内容をある程度考えておかなければならないというのもある、やるべきことはまだ残っているのだ


ほとんどできることは終えたとはいえ、静希にもまだできることはある


とりあえずわかりやすいようにプレゼンの準備でもしておいた方がいいかもしれない


「今日イガラシ暇なのね!?なら買い物行くわよ!付き合いなさい!」


予想はしていたが、当然こうなるだろう、先程の恨みを今かえさんと言わんばかりにセラは静希の袖を引っ張っている


半ば強引にでも買い物に連れて行こうとする勢いである


「おいセラ、俺は今日の会議に向けて資料を作っておかなきゃいけないんだ、お前の買い物に付き合ってる暇はない」


「何よそんなの、後で作ればいいじゃない、今は買い物よ」


買い物の後に作れるような資料であればいいのだが、そもそもこんな朝早くに店が開いているかも疑問だ、ならば資料を作ってからの方がまだ買い物の時間としては適切ではないかと思える


「ミスター、貴女の娘さんはもう少しお淑やかになったほうがいいと思うのですが、その点はどうお思いですか?」


「そうだねぇ、まぁ久しぶりだからテンションが上がってしまっているんじゃないかな、そのくらいは大目に見てやってくれるとありがたい」


大目に見ろと言われてもとりあえず資料は作れるだけ作っておいた方がいいだろう


とはいえこの我儘お姫様を放置できないのも事実だ


毎度毎度フィアに相手をさせるのも気が引ける、さてどうしたものか


「とりあえず部屋に戻る、大野さんパソコン持ってきてましたよね?お借りしてもいいですか?」


「あぁいいけど・・・資料づくりくらいなら俺たちがやっておこうか?」


「理解してる人間が作ったほうがいいでしょう、それにお二人にはこいつの相手をお願いします、ゲームでも何でもやっててください」


セラの首根っこを掴んで大野と小岩の前に引っ張り出すと、静希はさっさと部屋へと戻るべく歩を進め始めた


「ちょっとイガラシ!私をないがしろにするってどういう事よ」


「あのな、こっちはまだ仕事があるんだ、それが片付いたら買い物にも付き合ってやるから少し待ってろ」


さすがに静希がこの状態になっては自分では説得できないと判断したのか、セラは不満そうにしながらも従うことにした


彼女は我儘ではあるかもしれないがバカではない、仕事があるのでは仕方がないという事も理解できるし、何より今回起こっていることで父であるアランが頭を痛めているというのも見ているのだ


その件に静希が関わっているというのも理解している、だからこそあまり強く自分の我儘に付き合わせることはできないという事を知っているのだ


「なら仕事を見てるわ、サボらないようにしっかり監視してあげる」


「サボるも何もないと思うけど・・・まぁ好きにしろ」


セラとしては遊ぶよりも静希と一緒にいる方がいいのだろう


どうせだからまたフィアに遊び相手になっていてもらおうと、内心詫びながら静希はトランプからフィアを取り出し頭の上に乗せる


女子供には小動物の相手をさせるのが一番だ、フィアにはもう一仕事してもらおう


部屋に戻りながら静希は小さくため息をつく、子供の相手は疲れるなと心底思いながら







資料を作成するうえで最も問題になるのは言語だった、当然ながら日本語で書いたところで理解されないのは目に見えている


そのため説明に必要な部分のほとんどは口頭で説明することにしたのだ


キーワードとなる部分だけ英語で表記し、それ以外の部分はほとんど絵などで構成することにしたのだが、ここで静希の絵心などが求められることになる


今までプレゼンなどは行ったことがないために限りなくわかりやすいように努めたつもりではあるがどのような反応をされるかは全く不明だ


大野や小岩にも手伝ってもらいながら何とか完成させたのは昼前、まさかこれほどまでに時間がかかると思っていなかっただけに誰かに説明するという事の難しさを知った一瞬だった


時折セラもこうしたらいいんじゃないかと積極的に意見を出してくれたのが印象的だった、英才教育を受けているだけあって最低限のプレゼンの技術もあり、静希が一番不安だった英語などの部分もてきぱきとこなす、さすがはお姫様と褒めてやったところ自慢げに胸を張っていた


「あぁ・・・こういうのは俺の仕事じゃない気がするんだよなぁ・・・」


「まぁまぁ、今のところ君しか現状を理解していないんだから仕方ないんじゃないか?ここまでやればわかるでしょ」


明らかに初歩の初歩の部分からの説明もあるために、はっきり言って学校の授業のようになってしまった


それもそのはず、なにせ官僚などの職に就いている人物の大概は無能力者、能力のことなど欠片も理解していないようなものが多いのだ


今回の事柄に関しては少なからず能力の予備知識がある人間が集められるだろうが、それもどの程度あるかははっきり言って当てにならない


能力のことを都合のいい魔法ととらえているようなものもいるのだ、何でもできるようなものだと勘違いしている人間がいる以上懇切丁寧に教え込むしか方法はないのである


「無能力者向けの説明だとこんなものじゃないかしら、お姫様でも理解できるような内容にしたし」


丁度その場にいたという事でセラに予行演習としてプレゼンの内容を見てもらったのだ


基本的に絵を多用した内容であるために幼い彼女でも理解できたのだろう、これが大の大人に理解できるかと聞かれれば首をかしげるほかない


柔軟で理解の早い子供に比べ、大人というのは頭が固いこともある、この内容で理解してくれるかどうかは全くの未知数だ


この場に都合よく今回の件に関係のある無能力者がいればよいのだが、そう簡単にはいかないものだ


「とりあえず完成でいいか・・・資料はどうしましょうか、英語で書くのは面倒くさいですし」


資料というのはプロジェクターなどで投影するだけではなく、手元にあってその理解を深めることができる、プレゼンなどでは必ず投影用の資料と、手元で閲覧する用の資料の二種類を最低用意しておきたいのだ


「最低限の情報を書き込んだもので十分じゃないかな、後は説明と質問をそれぞれさせれば最低限の理解はしてもらえるでしょ」


「英語がもうちょっと達者だったらなぁ・・・もうちょっと勉強しなきゃだな・・・」


静希は英語の点数が悪いというわけではないが、それはあくまで日本の学業的な意味での英語だ、日常会話や文章などに使える程の知識はない


セラにそのまま書いてもらおうとも思ったのだが、彼女の場合幼いというのもあるせいで知っている単語量に不安があるのだ


とはいえ彼女の父親であるアランにそんなことをさせるわけにもいかない、近くにいる護衛の人間も今回の件に関わっているとも限らないためにむやみやたらに情報を流すわけにもいかない


静希の所有する霊装オルビアはもともとイギリスに住んでいた人間ではあるが、彼女は数百年は昔の人間だ、言語というのは百年経つだけで全く別物になる


特にここ百年で新しく生まれた言葉も多々存在する、彼女がそれらをすべて扱うようになるにはまた時間がかかるだろう


今回の件で英語の再習得の必要があると感じたのだろうオルビアは英単語などを覚えなおすそうだ、もともと母国語というのもあり覚えるのは日本語以上に早く済むだろう


話すだけの言語であればオルビアがその場にいれば問題ない、だが書き記された言語に関してはそれぞれの知識量によってその理解が違う、こればかりは本格的に勉強しなくてはいけないなと静希は項垂れてしまう


一年以上前の自分は、日本で暮らしていれば英語など使うことはないだろうとばかり思っていた、世界の共通語が日本語になればいいなどと思っていた時期もわずかながらある


こんな所で英語の重要性を知ることになるとは思っていなかっただけに、静希は自分の英語力のなさに呆れてしまっていた


「さぁイガラシ!仕事は終わったでしょ、買い物に付き合いなさい」


「買い物って・・・もう昼前じゃないか・・・飯食って・・・それからすぐ会議か・・・買い物はそれが終わった後になりそうだな・・・」


静希の言葉にセラは「えぇぇぇ・・・」と明らかに不満そうな声を出していたが、さすがに彼女も会議の邪魔をするつもりはないのか、自分がわがままを言っていることは自覚しているのか頬を膨らませながらもそれ以上文句を言うことはなかった


まさか学生の内から仕事が忙しくて娘に構ってやれない父親の気持ちを味わうことになるとは思っていなかっただけに静希は苦笑してしまう


だが今回の会議は重要だ、各国の人間に事の危険性を把握させるためにもより正確な説明が求められる、今までこんなことをしたことがなかったために静希としては非常に困惑してしまう


この場に城島がいてくれたらなとこれほど思ったことはこれが初めてだった


「それじゃあミスターイガラシ、あと少しで会議があるわけだけれど・・・どうしたんだい?」


昼食をかねてアランと今後のことについて話し合っていたのだが、とりあえず現段階での問題点をあげるよりも早く彼は自らの娘の変化に気付いた


何やら不機嫌そうなのだ、彼はこの表情を見たことがある、図らずも約束を破ってしまったときに娘がしていた表情だ


「・・・ひょっとして買い物には行けなかったのかい?」


「えぇ、資料作りに手間取りまして・・・ついさっき完成したんです、そのせいで買い物に行けるだけの余裕は・・・」


静希としても資料を作るのにここまで時間がかかるとは思っていなかった、完全に予想外だったとはいえ彼女との約束を破るというのもまた心苦しくあった


会える機会が限られているうえにこういう状態にさせないためのお守りであったはずだ、テオドールにまた面倒を押し付ける羽目になる


内心詫びながら静希は昼食を口に含んでいく、自分が口に出さないとはいえテオドールに詫びることになるとはと驚きながらも今後どうしたものかと悩んでしまう


とりあえずこのお姫様の機嫌を回復させた方がいいだろう、そうでなければしわ寄せが自分の所にやってきかねない


「ちなみに今日の会議は何時から何時を予定しているんですか?大まかでいいので教えていただけると・・・」


「えっと・・・今日の十四時から十六時まで、移動や準備を含めると・・・食事を終えて準備したらすぐに現場に向かいたいところだね」


という事は食事の後に買い物をするだけの余裕はないという事になる


当然だ、集まってくるのは各国の要人、無駄な時間などかけられない、テンポよく、かつ分かりやすい説明と今後の話が必要になってくる


あらかじめセラで説明の予行演習をしておいてよかったと静希は多少気が楽になるが、同時にこのお姫様の相手を何時するかという問題がある


静希がここにやってきているのはあくまで任務だからだ、先日までの歪みの調査の依頼はすでに上書きされた状態になっているだろう、現在の依頼は今回の会議における説明とその対応になっているはずだ、つまりそれが終わればお役御免、日本に帰国することになるだろう


「大野さん、依頼状況の確認ってできますか?」


「あぁ、一応できるけど」


「空き時間があるかどうかだけ確認してください、今の俺の依頼のマストオーダーと今後の予定を合わせてお願いします」


依頼内容が変わっている以上静希は新しい依頼の内容を大まかにで良いから把握しておく必要がある、特に時間を作るとなればそれは絶対に必要だ


どんな理由があるにせよ、約束を破ったのは静希だ、非が自分にある以上ある程度こちらでカバーしてやらねばならないだろう


時間をどうやって作るか、セラの都合に合わせるのが筋というものだが


そこまで考えた時に静希は一つ思い出す、彼女は今学校はどうしているのだろうか


「セラ、お前学校はどうしたんだ?今日とか平日だろ」


「・・・お仕事に一緒に行くってことでサボったわ、いい口実でしょ」


学校を公然と休む姫様というのもどうなのだろうかと思えてしまうが、どうやら父親の仕事を手伝うという名目で一緒についてきているのだろう


小学生にそんなことをさせている時点でおかしいのだが、イギリスの国政がどのようなものかを静希は把握していないが、恐らく社会勉強的な意味合いで特別に許可を貰ったのだろう


我儘お姫様の面目躍如といったところだろうか、父親が甘いという印象を静希は持っているために多少の無理は通せるのだろう


どうしたものかと静希は悩んでしまう


「さて、そろそろ移動しないと、ミスターイガラシも準備を整えてくれるかい?そろそろ移動したい」


「了解です、大野さん、スケジュールの件はお任せします、セラ、お前は待ってろ、買い物の時間は何とかするから」


「・・・わかった」


不承不承ながら彼女は頷く、自分がわがままを言ったところでどうしようもないという事を理解しているのだ


その様子を見てから静希は大急ぎで準備を整えアランと共に会議が行われる場所へと移動する


やはりというか当然というべきか、各国の要人が集まるというだけで建物に配備されている護衛の数が半端ではない


静希が侵入するのにもまた一苦労しそうだが、今回は依頼を受けてこの場にいる、アランと一緒にやってきたことでボディチェックも最低限なもので済んでいた


左腕を警戒されないあたり、やはり内蔵武器は楽だなと思い、静希は今回の件の対策会議が行われる会議室へとやってきた


そこにはすでに事情を説明するために研究者や軍の人間もいた、その中にはカール・ローウィ少尉の姿も見受けられた


目くばせをした後で全員がそろったことを確認すると会議が始まる


それぞれの研究機関の現状の説明ははっきり言って『何もわかりません』と言っているようなものだ、周囲の魔素の動きなどはわかっても物質的ではなく概念的なあの黒い歪みに対して現状はアプローチをかけられていないようだった


「ではこの後の説明に・・・日本から派遣された能力者・・・『ジョーカー』ミスターイガラシに説明をしてもらおうと思います・・・どうぞ」


その場に似つかわしくない学生の姿に、状況を把握していない人間は何の冗談だと思っただろう、だが静希のことを知っている人間も何人かいたのか、僅かに驚いている者もいた


「ご紹介にあずかりました五十嵐静希です、今回の事件についての概要を大まかではありますが説明させていただきます、不慣れであるために稚拙ではありますが、どうかご清聴の程をよろしくお願いします」


静希はそう前置きをしてから、準備していた資料などを用いて説明を始める、わかりやすく、基本から、何も知らない相手を想定してする説明、何とももどかしいがその点を注意しながら順序良く説明していった














「以上が今回の事件の大まかな説明になります、何かご質問があれば挙手をお願いします」


静希が説明を終えると、周囲の人間は一気に騒めていた、なにせまだ事件が起こって数日しか経っていないとはいえ、研究者が寄ってたかっても理解できなかったことを学生である静希が説明していたのだ


無論証拠などがあるわけではない、だが静希が話した内容を聞いてその危機感をあおられたのか、各国の官僚たちは近くにいる秘書らしき人物と話し合っている


「一ついいかね?それは君の推測か?それとも事実か?」


「一部・・・今回の事件を起こした人物がこの歪みの中にいるだろうという事は自分の推測です、もしかしたらまだどこかに潜伏しているかもしれない・・・ですがそれ以外は事実です」


今回の事件を起こしたと思われる仮面の人物、二人のうちの一人はリチャード・ロゥであることは間違いない、ただもう一人は今のところ確認できていない、その為静希が歪みの中にいるだろうという推測を出した


これはあくまで状況から判断した静希の勘だ、百%正しいとは決して言えないようなものである


「それらを確証づけるデータは?先程から見ると概要的な説明だけのように見受けられたが」


「これらのデータはこちらの世界ではとられていません、先程紹介した過去起こったケースというのは、悪魔のいる世界での話、まぁぶっちゃけると、情報源は俺が契約している悪魔です」


悪魔からの情報、その事実に周囲の人間は騒めく


悪魔などいるはずがないという反応もあれば、そんなものを信用できるのかというものもある、中には悪魔の情報ならばと信憑性が増した人種もいるようだった


この辺りはあらかじめ用意しておいた予備知識の差が出ていると思っていいだろう


「その悪魔の情報とやらは信用できるのか?なにより、君が悪魔の契約者であるという証拠は?」


「・・・俺の悪魔は俺には嘘はつきません・・・証拠・・・ではこの場に悪魔を呼び出しましょうか?どうなるかは自己責任でお願いしますが」


静希が自分の胸元に手を当ててゆっくりと目を閉じる、これから悪魔を呼び出そうかという動作に入った時に横からある人物が手をあげる


「ミスターイガラシが悪魔の契約者であるというのは私が保証します、私も、私の部下も彼の悪魔を目撃している・・・そしてその戦闘の様子も見ています」


割って入ったのはあの歪みの現場にいたカールだった


おおよそ人間には起こせない規模の能力の発動、それらは確かに人間離れしていた、悪魔の契約者であると確証づけるには十分すぎるほどのパフォーマンスだったと言えるだろう


メフィと共同でそれらしい作業をした甲斐があるというものだ


現場でそれを見ていた軍人が言うのであれば、これ以上何を言ったところで同じことを返されるだろうと口を噤むが、今度は別の人物が挙手をする


「ミスターイガラシ、君の説明では、今後の対策において周囲の魔素計測による予知が可能だと言っていたな、それはどういうことだ?」


「はい、詳しくはそこにいるカール・ローウィ少尉が所持している魔素計測の結果を見ていただくとわかるのですが、明らかに自然のものとは違う波形を示しています、しかも事件発生のかなり前から・・・少尉、例のデータは今ありますか?」


自分から拝借させるようにしておきながらいけしゃあしゃあとそのようなことを言う静希に対し、カールは首を横に振る


「先日、ミスターイガラシから情報の記された資料を返却された後、何者かに奪取された・・・犯人はまだ見つかっていない」


「・・・なんですって?そんなこと俺は聞いていませんよ」


確かに自分は返したぞと言いたげな表情をしたうえで静希は小さく額に手を当ててため息をつく


この情報があるかないかで説明は随分と変わる、その責任をカールに押し付けたのは申し訳なく思うが、これもまた仕方のないことだ


「でしたら少尉、あの資料の元のデータがあるはずです、それを全員に開示していただけますか?」


「・・・それは・・・まだ上の許可が下りていない・・・」


上の許可が下りていないという発言の後、その場にいた全員の視線がオーストリアの官僚に集中する


そして批難の嵐が巻き起こった、何故情報を公開しないのか、これがまた起きないとも限らないんだぞ、一体何を考えている等々、罵詈雑言の嵐だ


当然だ、事前に防げる情報を所有していながらそれを開示しようとしていないのだから


「ですがミスターイガラシ、この情報はまだ信頼性に欠ける、なにせ一件しかサンプルがないのだぞ、下手に開示するわけにはいかない」


「そうですか、まぁ確かに下手に情報を公開して混乱を招くよりはいいでしょう・・・ではこちらはもう一つ情報を提示しましょう、この映像をご覧ください」


そう言って静希はトランプの中からオルビアに撮影させた映像を流し始める

そこには炎に包まれた状態で素顔を晒したリチャード・ロゥの姿があった


「これは今回の事件を起こしたと思われる人物です、こちらの未熟さと準備不足、人員不足もあり取り逃がしてしまいました・・・また今回のような事は起こると思われます、今度はもしかしたら、どこかの首都で同じことが起きてしまうかもしれませんね」


犯人を取り逃がしている、そしてまた同じことが起こるかもしれない、しかもここではないどこかの国で


今回は被害者は八千人で済んだ、だが次は何万、何十万という被害が出るかもしれない


そのことを静希の言葉から読み取ったのか、その場にいた人間はオーストリアの官僚に強く情報の開示を求めていく


この事件はもはや対岸の火事などではないのだ、そのことを理解した官僚たちは一斉にオーストリアの人間に食って掛かった


「ミスターイガラシ、先程の男の映像はこちらにも開示してくれるのか?」


「えぇ、むしろこの男は全世界的に指名手配されるべきです・・・別件なのですが他にも多くの事件を起こしています、主に召喚、そして奇形関係においての容疑者です」


元より静希はこの映像を各警察機関や政府関係者に開示するつもりだった


リチャード・ロゥを追い詰めるためであれば静希はなんだってやる、個人情報を突き止め、相手の行動できる範囲を極端にまで限定しなければいけないのだ


世界は広い、手段を選ばなければどこにだって行ける、それを阻止するためには巨大な力で抑え込むしかない、もちろん押さえこんだところでその隙間を縫っていくような人間は多々いる


だがそれではだめなのだ


すでに被害者は八千人以上、これ以上の被害者を出さないためには多少の無茶は承知の上だ


だがそれでもなお、オーストリアの官僚たちは情報を開示するのを渋っているようだった


信頼性や信憑性に欠ける、それを言い訳にして情報を限りなく流そうとしない腹積もりのようだ、無論その理屈は理解できる、不確定な情報に踊らされるというのは怖い


だがそれはつまり他の国でまた同じことを起こしてデータを豊かにしようと言っているようなものだ


「オーストリアの方たちが情報を開示したくないというお気持ちも理解します、確かにほかの国でまた同じようなことが起きれば、データも充実し信頼できる情報になるでしょう、それを待つのもいいかもしれませんね」


「・・・私はそうはいっていない・・・研究者たちに検証させて・・・」


「一体どれほどかかりますか?一ヶ月?二か月?それとも一年ですか?今回の容疑者は確認できているだけで一年に三回召喚事件を、奇形関係の事件は二回ほど起こしています・・・悠長に待っているだけの余裕はありませんよ」


リチャード・ロゥが起こした事件、静希が関わっただけで五回の事件を一年の間に起こしている


東雲姉妹が巻き込まれ、静希が人外と関わるきっかけになったメフィと邪薙の召喚


カレンが巻き込まれ、家族を殺されたオロバスの召喚


エドが巻き込まれ、研究者二十名近くが殺害されたヴァラファールの召喚


世界各国の奇形関係の研究者の誘拐


そして誘拐した研究者に作らせたと思われる薬を用いて起こされた動物たちの大量奇形化事件


一年の間にこれほどまでの事件を起こし、また今回の歪みを起こした人間が研究を進めておくだけの間何もしないとは考えられなかった


「・・・だがまた起きるという確証もないのだろう?」


「えぇ、今回のことが最終目的である可能性もあります・・・ですがその逆も然り、また起きる可能性もある・・・この際はっきり言ったらどうですか?情報開示が惜しいから他の国の人間に犠牲になってもらおう・・・と」


まぁまたオーストリアで同じことが起こっても情報がありますから防ぐことはできるでしょうしねと付け足すと、周囲の人間の視線は強くなる


ここはオーストリアのはずなのに、オーストリアの官僚たちが最もアウェーになっているのは言うまでもない


保身のためと言えば聞こえはいいが、静希の言うように他国を犠牲にして情報開示を渋っているのだ、相変わらず静希の言い方は攻撃的で露骨だなと小岩は冷や汗を流してしまう


「ミスターイガラシ、一つ提案、というか質問があるのだが」


「なんでしょう」


「君は今回の事象をまた起こすことはできないのか?サンプルがあれば情報も多くなる、君がそれをできるのならぜひ協力してもらいたい」


このようなアプローチがあるのはある程度予想済みだ、能力者、しかも悪魔の契約者なら大抵のことはできるだろうという先入観があるのだ、こちらとしては面倒極まりない


「申し訳ありませんが俺も、俺が契約している悪魔もそう言ったデリケートな内容は不得手なのです、派手に破壊するという事は得意なのですが」


これはあらかじめメフィに聞いておいたことだ、メフィは次元の歪みを自ら発生させることはできない


元よりメフィは召喚術さえも使えないらしい、あのような技術はエルフの専売特許、悪魔の中にはそれを学んだ者もいるらしいがメフィはからきしなのだとか


「質問は以上でしょうか?でしたらこちらからの説明は以上とさせていただきますが」


静希はあたりを見渡す、すでに官僚たちの目的はオーストリアからどうやって情報を開示させるかという方向に向いている


静希に矛先が向かないのはありがたいことだ、無論そのように静希が差し向けたというのもあるが


今のところ質問はないようだった、こうなってしまえば静希はもはや用無しだ、さっさと片付けをするべく小岩にアイコンタクトをする


「ではこれでこちらからの説明は以上とさせていただきます、ご清聴ありがとうございました」


静希は頭を下げた後、早々にその場から抜け出すべくさっさと片付けをした後会議室を出ていく


外には何人かマスコミの人間もいたが、近くにいたガードマンに侵入を拒まれているようだった


カメラに映らないように外に出るのは難しいだろうと静希は辟易する


会議が終わるのを待って、外に官僚たちが出ていく隙に出ていくしかなさそうだった


時間にするとあとどれくらいかかるだろうか、静希がそんなことを考えながら待つこと二時間ほど、会議は終了したのか次々と官僚たちが出ていく、その中で数人の官僚が静希の下に足を運んでいた



「ミスターイガラシ、少しいいだろうか」


「・・・何か御用ですか?」


先程から話をしていた官僚たちが一体何の用だろうかと目を細める、自分の役割はすでに終わったのだからこちらとしてはさっさとホテルに戻りたいのだがと僅かに嫌気がさす中、官僚たちは静希に肉薄していく


「君は確か学生だったと記憶している、卒業後は我が国に来ないか?」


その言葉に静希は見られないように眉間にしわを寄せる、まさかこんなところで勧誘を受けるとは思ってもいなかった


周りの官僚もどうやら同じことを言うつもりだったのだろうか、静希の方に視線を向けている


所在がはっきりしている悪魔の契約者、しかも学生、これほど扱いやすいものはいないと判断したのだろう、こちらとしてはいい迷惑だ


そして何より、自分のことを悪魔のおまけ程度にしか思っていないというところが腹立たしい


「君のような優秀な人間なら、こちらとしても最高の待遇を用意しよう、どうだろうか」


「まて、ミスターイガラシ、それなら是非我が国に、わが国には君のような人間が必要だ」


いやうちに、我が国に、どこよりもいい待遇で迎えよう


そんな言葉を聞くうちに静希は苛立ちを募らせていた


どいつもこいつも静希を見ていない、静希の顔を見ているのにもかかわらず、その目的は静希が契約している悪魔の方を向いている


外見の問題もあるのだが、日本人は基本幼く見られやすい、恐らくは扱いやすい子供だと思っているのだろうが、生憎と静希はそんな言葉に惑わされるほどバカではない


「失礼、今は学業に精一杯でその後の進路のことはまだ考えられません、急いでいるのでこれで」


「あ・・・ではこの後食事でもどうか?」


「すいません、先約がありますので」


静希はアランを見つけるとさっさとその方に歩いていく、意識を静希から別の方向に向けなくては出るものも出られなくなってしまう、ここはアランに隠れ蓑になってもらうしかないだろう


「人気者だったじゃないか、いいことだ」


「勘弁してください、こちとらどの国にも忠誠を誓うつもりはないんですから・・・それより、会議の結果はどうでした?情報はうまく引き出せそうでしたか?」


今回一番の問題になるのはあの魔素のデータだ、あれがあるかないかで今後の活動は大きく変わる


幸いすでにテオドールが情報を確保してあるから周辺諸外国に秘密裏に情報を流すことはできるが、あくまでそれは最終手段、できるなら公式で情報を開示してもらったほうがいいのだ


「魔素のデータは公開するという事だった、ただもちろん各国の魔素を管理している部署にだけ公開するようにとの条件だったよ、他のデータは渡したくないらしい」


「当然でしょうね、わざわざ手の内をさらすような真似をするとも思えない・・・まぁ取り越し苦労といったところですか」


これで少なくともヨーロッパ近郊の国には情報が行き渡ることになる、後はそれ以外の国だ、アジアやアフリカ、アメリカにオーストラリアなどの各大陸、今のところ被害に遭っているのは日本とヨーロッパ周辺だが、そちらの方に行かないとも限らないのだ


特に日本に近いアジア近郊には情報を流しておきたいところである


とはいえアジアや中東、アフリカなどには魔素観測をしていない、というかできていないところもある


所謂後進国と呼ばれる場所などではそもそもデータをとっていない地域があるのだ、もしそんな場所で事を起こされようものなら止めようがない


「他の諸外国にも一応注意喚起と情報規制の呼びかけをお願いしていいですか?」


「もちろん、そのあたりは任せておいてくれ、時間はかかるかもしれないがしっかり伝えておくよ」


こういう時に政治的に立場を持った人間というのはありがたい、話がとんとん拍子に進む


アランというイギリスの王室の人間とコネがあってよかったと静希は心から安堵していた


アランと話している様子を他の国の人間は面白くないような顔をして眺めているが、先約というのがアランとのことだと思っているのだろう、ここは引き下がるようだった


もっとも、今回の静希の先約は彼の娘なのだが、そのことまで説明する義理は無いだろう


「ところでこの後は?どうするつもりだい?」


「今大野さんにスケジュールを確認してもらっています、とりあえずはセラの所に行って買い物ですかね、多少は無理してでもスケジュールをつめますよ」


約束を破ってしまったからにはある程度はカバーしなくてはならない、大人が平気で約束を破るなどと子供に思わせてはいけないのだ


幸いにして、今のところ認識している目標は日本に帰るだけなのだからちょっとした買い物くらいの余裕はあって然るべきである


さらに言えば今の依頼主が誰なのかにもよる、恐らくはイギリス関係の人間になっているはずだ、目の前にイギリスの王族がいるのだから多少の融通は利かせてもらいたいところである


「娘のためにわざわざすまないね」


「構いませんよ、子供との約束を破るのはこちらとしても心苦しいですから・・・それにこれも条件の一つですし」


セラのお守りを任されたのだ、静希としてはそれを完遂しなければならない、それに静希としてもせっかくオーストリアまで来たのだ、何も買わずに帰るというのはもったいないとおもったのだ


「ミスターイガラシ、少しいいだろうか」


また誰かが話しかけてきた、辟易しながら振り返るとそこには先程の会議で助け舟を出してくれたカール・ローウィ少尉が立っていた


「先程の情報、非常に重要性の高いものだった、感謝する」


「気にしないでください少尉、こちらも助かりました、貴方のおかげでこいつを外に出さずに済んだ」


自分の体を指さし苦笑しながらそう答えると、カールはそうかと言いながら薄く笑って見せた


あの時カールの助言がなければメフィをその場に出していただろう、そうなると厄介なことになるのは目に見えていた


メフィへの直接的なアプローチも考えられた、それを阻止できたという意味では彼が出した助け舟は静希からすると非常にありがたいものだったのだ


「それと少尉、あれからあの歪みの近くに不審者は?」


「今のところは確認できない、部下にも徹底させて周囲の警戒をさせている、増援もやってきたおかげで少なくとも人員は十分に足りているよ」


それならよかったよと静希は安堵の息をつく


これでまたあの悪魔を連れたリチャードが戻ってこようものなら被害は計り知れないものになるだろう、なにせあの炎だ、全員かかっても止められないかもしれない


自分があの場にいたという事で十分に警戒をさせることができた、恐らくまたアプローチをかける程リチャードもバカではないだろう


すでに事は終わっているのだ、その後もずっとその場にいる事自体、恐らくはリチャードの癖のようなものなのだろう


あの時も、東雲姉妹の時もそうだった、一週間以上も経過していたというのにリチャードはエルフの村に居続けた


事後観察というものなのだろう、自らが起こした実験の結果どのような効果が得られるか、そしてその後にどんな効果を及ぼすか


だがそれも危険を伴うのであれば続けるほどの価値はない、かつて特殊部隊が来ると同時に引きあげたのと同じように、今回も静希が来ることによってその危険性を察知させた、恐らくもうあの場には戻ってこないだろう


「それにしても、君は随分とお偉方に囲まれていたな」


「あぁ、熱烈なアプローチを受けたよ、こちらとしてはいい迷惑だ」


アプローチを受けたところでそれが静希に対してではなく静希の連れる悪魔に対してのものなのだから静希からしたら嬉しくもなんともない


むしろあれだけの人間がいて誰も自分に目を向けていないという事実に苛立ちさえ覚える始末である


「求められるというのはそれだけ君の実力を買っているという事だろう、うらやましい限りだ」


「なんなら代わるか?それともお偉いさんみたいに勧誘でもするか?」


静希の提案にカールは僅かに口元に手を当てた後首を横に振る、少し残念そうな表情が静希には印象的だった


「いいや、やめておこう、恐らく私では君を御しきれない、それに君は誰かの下につくようなタイプの人間ではないように思える」


カールのその言葉に静希は僅かにではあるが驚いた、ほんの少しの時間しか行動を共にしていないというのに、彼は静希の後ろにいる人外ではなく、静希をしっかりと見ている


そしてそれを見てなお、静希は自分の下にいる人間ではないと判断したのだ

なるほど、どうやら人望があるだけではなく、人を見る目も備わっているようだ、部下たちが信頼するのも頷ける話である


「さて、あまり長話をしても迷惑だろう、私も仕事がある、これで失礼させてもらうよ」


「あぁ、気を付けて、まだあそこが安全とも言い切れないからな」


カールはそのまま軽く敬礼をした後静希に背を向け歩き出す、恐らく彼はまた現場に行くことになるのだろう、研究者の何人かの護衛も引き受けていたためか、近くにいた研究者とこれからの行動を決めているようだった


「彼が現場を指揮していた人間かい?」


「えぇ、カール・ローウィ少尉、なかなかの人物ですよ、良い指揮官です」


静希が珍しく褒めちぎっていることにアランは驚いているのか、少しだけ目を丸くしていた


静希が人を褒めるというところをそもそも見たことがないというのもそうだが、悪魔の契約者である人物にそこまで言わせる彼に少々興味が出たようだった


「ふむ・・・君よりも彼の引き抜きを考えるべきかもね」


「ふふ、そのあたりは好きにしてください、少なくとも俺の引き抜きは厳しいと思いますよ」


静希は今のところどの国にも属するつもりはない、唯一将来静希を雇うという約束をしているのはセラただ一人だ


そう考えると、彼女の一種のカリスマ性がうかがい知れるというものである、どこか放っておけないというか、従いたくなるような不思議な感覚があるのだ


エドのそれとはまた別、そして自覚はしていないが静希が持っているそれともまた別なものである


「ハハハ、君の引き抜きは娘に一任している、あの子に任せておけば問題はない」


「そうですね、こちらとしても楽しみにさせてもらいますよ」


子供の成長が楽しみだなんて、エドの父性が移ったかもしれないなと自嘲気味に笑いながら静希はセラの成長を心待ちにしていた、いつか彼女に首を垂れる日が来るかもわからない、そんな未来が少しだけ楽しみだった


アランや他の議員が外に出るのに紛れて何とか会場から脱出した後、静希は宿泊しているホテルへと向かっていた


その途中、同行していた小岩に連絡が入る、どうやら大野からの連絡のようだった


「大野さんですか?」


「えぇ、今日のスケジュールの確認ができたみたい、明日の昼の便で日本に帰ることになりそうよ・・・」


オーストリアから日本に帰る場合、時差の八時間に加えて飛行時間の約十二時間を換算しなければならない、おおよそ二十時間後の日本に到着することになる


例えば十三時の飛行機に乗った場合、日本に到着するのは日本時間で朝八時になる計算である


向こうに到着するのが八時、手続きをして空港から学校に移動するのに一時間か二時間かかるとして城島に報告できるのは十時以降になりそうだった


その日の時間割はどんな感じだっただろうかと思い出しながらも、静希はとりあえず安堵する


これならば今日一日と明日の午前中は買い物に回せるだろう、帰りの飛行機が遅くなったのは大野の計らいだろうか


「それなら買い物くらいはできそうですね、お二人も好きなように買い物をしても問題なさそうです」


「それは嬉しいわね、いろいろ見てみたいところあるのよ」


小岩としてもせっかくオーストリアまで来たのだ、見てみたいところもあるのだろう、かなり楽しみにしているようだった


静希も買い物ができるというより土産を買わなければならないという意味では買い物はある意味マストオーダーだ、せっかくこんなところまで来たのだから買い物くらい自由にしたいものである


もっともその買い物にはお姫様という護衛対象がいる事になるが


「とりあえずはセラの所に行ってちょっと遅めの買い物をしましょうか、ついでにどこかで夕食も」


「そうね、結構遅くなっちゃったし、会議っていっつも予定より延びるものなのよ」


大人になると会議をすることも多くなるだろう、そう言う意味では小岩は会議が延びることなど慣れっこらしい


静希もきっとこれから同じことを味わうようになるのだろう、まだ学生だからこそ必要な時にしか呼ばれることはないが、今後は必要でない時にも同席を求められることになる


そう言う意味では正直鬱陶しくもあるが、それが社会というものだ、役に立てるかどうかではなく体裁というものも気にしなければならない


特に軍にはいる事になれば上下関係は明らかに重要なものになるだろう、全く面倒なものだと思いながらも静希はため息を抑えられなかった


ホテルに移動し、セラのいる部屋へと向かうと、彼女はベッドの上で不貞腐れていた


あぁやっぱりという感じが否めないが、子供としては一人待たされるのは暇なのだ


近くにいた護衛の人間が若干やつれたように見えるのは、恐らく彼女の遊びに付き合わされたのだろう、申し訳ない気持ちが湧き出てくるが、ここからは自分の仕事だ


「セラ、仕事は終わったぞ」


「・・・あらイガラシ、本当に終わったの?もう仕事はないの?」


どうやら仕事という言葉を免罪符にして自分から逃げているのではないかと思い始めていたのか、それともまた仕事があると言って逃げられるのではと疑っているのか、彼女の目には若干の猜疑心が見られた


子供らしいというかなんというか、これはこれで彼女らしいというべきなのだろうか


「あぁ、俺のやるべきことは全部終わった、後は明日の昼に帰るだけだ、それまでは暇だよ」


その言葉にセラは一瞬反応するが、どうやらまだ嘘ではないかと疑っているようだった


随分と疑り深くなってしまっているなと思いながら静希は彼女の下へと向かう


「今から店が閉まるまで、後明日の朝から昼まではお前の買い物に付き合うよ、だから機嫌直せ」


静希の言葉にようやく嘘ではないという事を理解したのか、セラは体を起こしすぐに動き出した


どうやら時間が限られているという事を察知したのだろう、現在時刻は十七時、主要な店が閉まるのが二十時だとすると、夕食を含めればそんなに時間は無い


「イガラシ、すまないね、娘の我儘に付き合わせて」


「構いませんよ、ようやく俺も気が抜ける、夕食は適当にそのあたりの店でとろうと思っていますが、貴方もどうですか?」


「いや遠慮させてもらうよ、私がいると君が余計な気を遣ってしまうだろうからね」


静希がアランに多少気を遣っているという事をわかっているようだった、それにせっかく娘が楽しそうなのだ、その邪魔をするのも忍びないと思ったのだろう


王族でありながらいい父親だなと思いながら静希はセラの方を見る

本当に楽しそうにしている、子供ならではの元気っぷりだ


「護衛の方はどうしようか?あまりうろうろしていると邪魔だろう?」


「俺の方にもついてはいますが・・・数人遠巻きに配置しておいてください、万が一がないとも限りませんので」


一応静希が周囲を警戒するとはいえ、彼女は一国のお姫様だ、万が一があっては困るのだ


仮に狙撃されても恐らく邪薙が気付いて防御してくれるだろうが、そんなことをさせないためにも護衛は必要だ


せっかくあんなに楽しみにしてくれているのだ、無粋な真似はさせたくないと静希はそう思う、少しずつ子供が大人になっていくように、少しずつ静希も大人になってきているのだ










静希は自分の行動を深く後悔していた、こんなことならすぐに日本に帰ればよかったと


今までの不満が爆発するかのようにセラは静希を引き連れて買い物やら遊びやらであちこち連れまわした


子供のエネルギーと体力は恐ろしい、大人のそれと違い自分の中の燃料が空っぽになるまで動き続けられるのだ、そもそも自分の体力の底というものを認識していないというのもあるだろうが、それにしても恐ろしいまでの行動能力である


静希の体を引っ張って買い物をし続ける様に、さすがの静希もまいってしまっていた


そして静希の後ろから護衛し、荷物持ち代わりになっていた大野と小岩も、遠巻きに護衛している人間達も若干の疲れが見える、ようやく休めたのは彼女との買い物を一旦終わらせ夕食をとっている時だった


「んん・・・今日はこのくらいかしら、明日は別の場所を回りましょ」


「お前あれだけ買ってまだ買うつもりかよ・・・一体何をそんなに買ってるんだか・・・」


浪費癖というわけではないだろうが、彼女は自分が欲しいと思ったものは迷うことなく購入していく、その度に静希にどうだろうかと意見を求めてくるのだ


静希も別に嘘を吐くつもりもおだてるつもりもないために正直な意見を言うのだが、彼女からするとそれが嬉しいのだろう、たまに似合ってないとはっきり言うと残念そうな表情をするが、それもまた彼女にとっては楽しみになっているようだった


「いいじゃない、せっかくイガラシと買い物できるんだから、今まで待たされた分しっかり買い物するの」


「・・・はぁ・・・俺にはこの辺りの価値はよくわからん、日本のものに慣れ過ぎたかな・・・」


静希もいくつかの食品や物品を購入したが、静希にはどれもあまり良いものとは思えなかったのだ


なにせ日本の商品に慣れ過ぎたために、こういったものは物珍しさしか覚えないのである


無論物珍しいからこそ買うというのもあるのだが、それが正しいのかは甚だ疑問である


「日本のものってそんなにいいものが多いの?」


「いいものかどうかはわかんないな、俺がそれに慣れてるってだけだし、買い物とかしててもどれがどういうものか、必要かそうじゃないかとかすぐにわかるしな」


こっちのはよくわからんと言いながらセラが買った物品の一つを手に取って眺め始める


置物のような人形のようなよくわからないものだ、彼女がなぜこれを欲しがったのかは全く不明である


「そう言えば私日本っていったことないわ、どんなところなの?」


「どんなところって・・・んんん・・・どう説明すればいいんだか・・・まぁ土地が少ないから都心に行くと高い建物が多いな、後は電車の遅れがほとんどない、それに漫画とかがすごくよく売ってる」


「コミック!私も日本のは時々読むわ、でも有名なのしか売ってないのよね」


国外でも売っている漫画というと本当に有名なものに限られる、それだけ翻訳などに手間がかかるのだから仕方がないと言えるだろう


日本で販売している漫画の数はそれこそ星の数ほどある、出版社でさえ静希も把握しきれないほどにあるのだ


大手のものであれば静希も知っているが、それ以上のことは全く分からないの一言である


「中には漫画だけで店が一つ埋まるところとか、漫画を読むためだけの店もあるからな、そう言う意味じゃ日本はそう言う創作物にあふれてるよ」


「漫画を読むためだけの店・・・ちょっと想像できないわ、それ儲かるの?」


「多分な、一度本を買えばあとはそれを商品にして図書館みたいに読ませて、後はその時間で金をとる、なんていうか日本らしい商売だと思うよ」


漫画喫茶などが他の国にもあるかは疑問だが、あれは一度本を購入してしまえばあとは土地と飲み物、建物などの必要経費、そして人件費以外にかかるものがない、そう考えると楽な商売と思われるかもしれないが、いろいろと面倒はどこにでも起こるものなのだ


「あ、そうだ、あと何だっけ・・・メイドカフェ?にもいってみたいわ!本物のメイドさんがいるんでしょ?」


「お前お姫様だろ?メイドの一人くらい雇ってないのかよ」


「あぁいうお手伝いさんとは別でしょ?あれはあくまでお手伝いさんなんだから」


どうやらセラの中ではメイドとお手伝いさんとは全く別のものらしい、本来はセラのような高貴な人間の身の回りのことをするのがメイドであって、日本の喫茶店などで働くあのメイドは一種のパチモンなのだが、恐らくその違いは彼女にはわからないのだろう


「そう言えば俺もあぁいう店には行ったことがないな・・・なんか敷居が高いような気がするんだよ」


「へぇ、やっぱりそれなりに高級なお店なのね」


「いや・・・それはどうだろう・・・」


あの類の店のメイドは忠誠心などは欠片もない人種がそろっているような気がしてならない


何より静希は自分の剣がメイド以上に優秀なのだ、そもそもそう言う店に行く意義が感じられないのである


「一度でいいから日本に行ってみたいわ、ロボットとかいるの?」


「いやそれはさすがにどうだろう・・・ていうかお前が言えば多少の無茶は通るんだろ?まぁ護衛とかがつくだろうけど」


そうなんだけどとセラはつぶやくが、やはりいろいろと柵が多いようだった、なにせ彼女は王族の人間だ、静希のように呼べば来られるような一学生とは違うのだ


「まぁお前がやろうとしたら止められる人間の方が少ないだろうよ、他に大人もいる、体よく利用するってのも手かもな」


「ふむふむ・・・参考にしておくわ」


あくまで子供の行動の限界というものもある、静希からすれば冗談の一つでしかないが、セラからすれば大冒険の第一歩になるかもしれない


そう考えるとこの言葉を言ったのは早計だったかもしれないなと、静希は若干後悔していた


誤字報告を35件分受けたので4.5回分(旧ルールで九回分)投稿


大魔王からは逃げられない、やはりこうなったか


これからもお楽しみいただければ幸いです


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