表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
J/53  作者: 池金啓太
二十九話「跡形もなく残る痕跡」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

906/1032

演出

周囲の人間の視線を集めるのに必要なのは一種の演出だ


手品師などはあえて大げさな動きをすることで人の視線を誘導し手品の仕掛けがわからないようにしている


その動きには緩急があり、唐突に動くものもあればゆっくりと動くものもある、そう言った動きの変化が人の視線を惹きつけるのだ


現在静希には周囲にいる全員の視線が集まっている、幸か不幸か静希が悪魔の契約者であるという事はこの近くにいる人間にはすでに周知の事実なのだ


ならばそれを利用して、できる限り荘厳な演出をするまで


メフィを出して能力を使わせるだけなら数秒で済んでしまうが、そこまでのプロセスに時間をかけることで周りの視線を自分に釘付けにする


静希はまずメフィに指示してほんのわずかに体を浮かせた、周りには風が起こり、周囲の人間は騒めき始めている


これから悪魔が現れるという事を信じて疑わない様子だ


実際は彼女の能力を微弱に発動させてそれっぽい演出をしているに過ぎない

そして静希は周囲の視線が集中しているのを確認すると懐からトランプを取り出す


風に乗せるようにトランプをばら撒き、操りまるで魔法陣のように形成していく


そんなことをする意味などない、またこれも誘導の一種だ、唐突にトランプを使ったことでこれもまた必要なことであるかのように錯覚させる


実際に静希の能力はトランプを媒介にしている、これを見せるのは多少悩んだが、メフィの姿を露見させるよりはずっといい


思えば以前邪薙を大人しくさせる演技をした時も似たようなことをした、トランプにそんな効果は一切ないのだが、こんな状況だ、少しでも視覚的に意味が込められていると思い込ませればいいのだ


『じゃあメフィ、タイミングは任せるぞ』


『了解よ、あくまでそれっぽく演出すればいいのね?ふふ、腕がなるわ』


メフィもテレビなどで無駄に知識を取り込んでいるために『それっぽい』演出などは見慣れているだろう


長い時を生きている悪魔としてそれはどうなのだろうかと言いたくなるが、今はそれはよしとしよう


周囲のトランプを徐々に回転させ何かが起こる前兆であることを演出し、徐々にその速度を高めていく


広くあたりに展開していたトランプを自らの周囲に収束させ、周りから見えにくいようにしていく


「さぁ、行きましょうか」


いつの間に自分から出たのか、ゆっくりと体を宙に浮かせているメフィはやる気に満ち溢れているように見えた


ゆっくりと宙に浮くメフィの体を覆うようにトランプを展開させ続けそこに何かがいるかのように見せつける


そのトランプの中にはメフィがいる、いつでも能力を発動できるように集中を高めているのが下にいる静希から見ても分かるほどだ


仮に外から何かしらの細工をされたとしても、すぐにトランプの中に避難させることでメフィは守れる、周囲から静希めがけて攻撃が来ても邪薙が守ってくれる


後はメフィの演出とやらに任せるだけである


正直に言えばメフィがやる気を出して『それっぽい』演出をしようとしているのが一番不安なのだ


彼女は良くも悪くも気まぐれだ、その時の気分次第で何をするかわかったものではない


極力派手にとはいったが、一体どれくらいの規模の攻撃をするかわかったものではない


メフィを覆うトランプの周囲に徐々に光弾が発生しつつある、だがその大きさは今までのそれと比較にならないほどだ


十や二十ではない、もっと多く、大きいそれが徐々に集まっていく円を描くようにゆっくりと一つの塊へと


確かにそれっぽい、能力を使うだけならただ目標に撃てばそれで済むだろうにこういった演出をするあたり確かにそれっぽい


事実周囲の人間の視線はトランプと、その周囲にできている光弾に集まっている、彼女の演出が功を奏しているという事でもあるのだ


そして光弾がまるで輪のように形を変えるとその中心に黒い塊のようなものができ始める


あれはたしかダムを破壊したときに使った能力だ、一体どういう能力なのかは知らないがかなり広範囲に破壊をまき散らすという事はわかっている


もしかしたらここにいたら巻き添えを喰らうかもしれないな


そんなことを考えながらも静希はその場から動かなかった、というか動いたらせっかくメフィがそれっぽい演出をしてくれているのに台無しだと思ったのだ


光の輪がまるで黒い球体を誘導する滑走路のようになると周囲の大気が震え始める


それが能力のせいなのか、それともメフィが何かしらの演出をしているのかは不明だ


嫌な予感がする


静希がその嫌な予感を感じ取った瞬間、それは起こった


メフィが作り出していた黒い球体が高速で歪みの方へと直進したのだ


音はなかった、ただ周囲には衝撃波がまき散らされる結果となった


恐らくはメフィの操作で能力がはじける方向をある程度限定したのだろう、静希達のいる方向に被害はなかったが、その分他の場所への衝撃はすさまじいもののようだった


静希の目の前には一応邪薙の障壁が展開されその身を守ったが、周囲に展開していた軍人が作り出した防御壁などはほとんど役になっていないようだった


強すぎる衝撃のせいでテントが破壊されたり吹き飛ばされたりと、木々さえもなぎ倒される中で徐々にそれは収まりつつあった


メフィの能力の余波が収まると、静希はゆっくりとトランプを自らの近くへと移動させていく


メフィもその動きに同調し、ゆっくりと静希の下へと戻ってきた


「どう?それっぽかったでしょ?」


「あぁ、満点に近いな、ありがとうメフィ」


静希は礼を述べ軽くメフィの頬を撫でながら再び自分の体の中へと宿らせる


戻ってきた違和感と同時に、静希はトランプをその手に集め懐にしまい込んだ


そして残ったのは悪魔の能力を使った余波と、眼前にそびえる黒い歪みだった


わかってはいたが、メフィの全力を打ち付けても何も効果がない、そもそも物質的な概念とは程遠いものなのだろう、そんなものを『傷つける』という考え方をする時点で間違っているのかもしれない


攻撃による余波が完全になくなった今も、周囲にいる人間は唖然として静希と、そしてその攻撃を受け切った歪みの方を眺めていた


開いた口が塞がらないという表現が正しいだろうか、軍の防御を担当していたチームが単なる余波も防ぐことができなかったという事実もそうだが、それだけの攻撃を受けてもびくともしない黒い歪みに対して俄然興味がわいたようだった


「少尉、こいつでだめとなると俺にできることは多分もうない、後は周囲の警戒に勤しむことにする、何か注文はあるか?」


すでに静希はやるべきことを終えた、後は静希の知った事実を上の人間に正しく伝えることくらいだが、それは今やるべきことではない


今できることと言えば最低限の見回り位のものだ、先程の能力の使用でどこかしらに影響を与えなかったとも限らない


「あ・・・あぁ、それなら・・・そうだな・・・疲れなどがないのであれば外周部にいる軍と連携して警戒に当たってくれ・・・『これ』の周囲は私の部隊で警戒する」


「了解、んじゃ後は任せる、道案内くらいは用意してくれよ?」


先程の攻撃を見て、静希に研究者たちの護衛をさせるのは不向きだと判断したのだろう、その考えは正しい、元よりメフィの能力は護衛などには不向きなのだ


守る者の近くであれほどの大能力を使おうものなら完全に巻き添えになる、護衛が護衛対象を傷つけたのでは意味がない


静希のような悪魔の契約者は、護衛対象から離れた場所での防衛ラインの形成などに役立てるべきなのだ、そしてあの一撃でカールはそれを理解した


優秀な指揮官だ、そしてそれ故に扱いやすい


これで静希が外周部の警戒に当たれば、仮にこのあと資料が盗まれたとしても静希のアリバイは確実なものになる


隊員の一人がカールに指示されて防衛ラインとなっている場所へと移動するべく、車を一つ借りてやってきてくれた


この黒い歪みのある場所から少し離れた場所が所謂防衛ラインになっているらしい


索敵系の能力者を円状に張り巡らせ、唯一ともいえる車の通れる道に部隊の一部が駐留しているようだった


静希と大野、そして小岩の三人がその駐留地域にたどり着くとそこにはすでに情報が伝わっていたらしく隊員の中の一人が駆け足でこちらにやってくるのが見つけられた


「ミスターイガラシですね、これより同行させていただきますハボック上等兵です、どうぞよろしくお願いします」


敬礼して自分の階級を述べる軍人に静希は目を細めた


ハボックと名乗った軍人の特徴をあげるなら、少し若く見えるくらいだ、恐らくは大野たちと同じか、それより少し年上くらいだろうか


彼がなぜ静希達に同行するか、言ってみれば監視役のようなものだろう


道案内と言っては見たが、こうも露骨に人員を宛がわれるとは思っていなかった


とはいえこの展開は好都合だ


「五十嵐静希です、こっちは護衛の大野と小岩です、これより外周部の警戒に当たります、簡単な説明と道案内の方をよろしくお願いします」


「お任せください、ではまず軽く地図で説明しますのでこちらへどうぞ」


駐留地域にも仮設テントが張られており、まずハボックはそこで説明をするようだった


「いいのかい?言われるがままに行動して」


「えぇ、今この場ではこの扱いの方が楽です・・・後々の行動は自分で決めますよ」


今はアリバイをしっかり固めておいた方がいい時間だ、まだテオドールの部下が仕事を成功させたともわかっていない、今ここで妙な行動をするとかえって怪しまれかねないのだ


ならば少し大人しくしておいた方がいい、その為にこの上等兵にはこのまま一緒にいてもらったほうがいいだろう


「この円が今回の黒い何かで覆われている地域を表しています、そしてこの円が防衛ラインを示しています、ミスターイガラシにはこの円の地域の警戒をお願いします」


「了解・・・ちなみに索敵に穴はあるのか?」


「今のところ報告されていませんが・・・これだけの範囲なのでどこかしらに穴はできてしまっていると思います」


いくら人員を導入したところで広すぎる範囲を索敵で埋めるのにも限界がある


だからこそテオドールの部下が悠々と侵入してこれたのだ、はっきり言って軍の索敵網はあまり当てにしない方がいいだろう


明利が一緒にいればこの周辺にある木々を利用して索敵網を敷けるのだが、今回ばかりは仕方がないというほかない


「索敵手とチームが配置されてる場所を教えてくれ、それぞれ配置が甘いところを重点的に警戒する」


地図の説明だけで現場の判断はできないが、今できることはする、その時間をかければかける程自分のアリバイが確かなものになる


静希は小さく息をつきながら集中を高めていった


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ