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J/53  作者: 池金啓太
二十九話「跡形もなく残る痕跡」

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悪巧み

「なに?この辺りのエルフ?」


「あぁ、調べられないか?場所だけでもわかれば俺が実際に見に行く」


軍の用意した食料を朝食代わりにし、動けるだけの準備を整えた後で静希はカールの下へとやってきていた


ウンディーネの証言から、この辺りに仮面をつけた人間が最低でも二人いたのは事実だ、ただ単にここに旅行に来ていたという事も考えられるが、今回の件に無関係であるとは言い切れない


最悪でもエルフがここにいたという事実、そしてこの近辺にあるエルフの村を確認しておきたいところだった


「エルフか・・・確かにそれは調べて損はないと思うが・・・」


召喚というカテゴリーに関していえばエルフはむしろ専門家に当たる、今回のことが召喚に属する事件であることはまだカールは気づいていないだろうが、これほどの事態を起こすのはエルフでなければ難しいという判断はできるだろう


多少遠回りではあるがエルフがこの場にいたかどうかくらいの話から進めたほうがいい


「なら頼む、これだけのでかいものができてるんだ、人外にしろ何にしろ、エルフが関わっている可能性がないわけじゃない・・・この国の事ならそっちの方が詳しく調べられるだろう?」


「・・・わかった、部下に調べさせよう・・・と言ってもエルフの村が見つけられるかどうか・・・」


エルフの村は以前行ったことがあるが、石動の村のように山の奥にあり巧妙に隠されている、それを部下の人間が探したところで見つかるかという心配があるのだろう


近場で勤務しているエルフに尋ねて所在を明らかにするのが一番手っ取り早いだろうが、自分たちの村の位置をそう易々と教えるとは思えない


ここは日本ではない、風習的にも文化的にも日本のそれと比べるのはナンセンスかもしれないが比較対象程度にはなるだろう


既にほかの人間は大きく動き出している、研究者もそうだが軍の人間も同じように辺りを思い思いに行動している


静希はその様子を見ながら小さくため息をつく、この状態ではテオドールの部下が情報を拝借するのは難しいだろう


「少尉、先日見せてもらった魔素のデータ、もう一度見せてもらえるか?」


「構わないが、どうして?」


ここからは静希がある程度囮になって事を行わなければいけない、その為にお膳立てくらいは整えてやるべきだ


「あぁ、今日は全力でこの黒いのに攻撃しようと思っててな、魔素が足りるかどうか確認したいんだ」


「全力・・・というと、悪魔の・・・?」


カールの言葉に静希は小さくうなずく


悪魔の攻撃を見ることができるとなればさすがの研究者たちも、そして軍人も静希に注目せざるを得ないだろう、そして攻撃の余波を防ぐためにも軍人の注意はほぼ確実に静希に向くはずだ


その時間は恐らく魔素の情報などは完全に無防備になる、拝借するには絶好の機会を作り出せると思っていいだろう


「全力を出すとなると・・・研究者たちに避難勧告をした方がいいな・・・今すぐに通告はするが・・・恐らく実行できるのは昼頃になるだろう・・・それでもかまわないか?」


「あぁ十分だ、かなり危険だから軍の人間に防御を担当するように伝えておいてくれ、それまでに俺は資料を見てるよ、他にできることもなさそうだしな」


目標物が静希の手元にある場合は恐らくテオドールの部下も手を出しては来ないだろう


動くとしたら静希の手を離れた後、誰かの手に渡り保管するべく移動中、その時に静希が行動を起こせば護衛は手薄になる


そうなるとギリギリまで静希が資料を持っているのが好ましい、可能なら実行に移す直前まで


とは言え、今この場でテオドールの部下が監視しているとも限らない、なにせ話をしたのは昨日の話なのだ、そんな次の日にすぐ部下を差し向けられるとも思えない


ただ今のテオドールの背後にはイギリスの政府がいる、非公式ではあるものの協力関係にある両組織が全力で情報を求めた時、恐らくは多少なりとも偶然を装って協力体制を敷くことになるだろう


準備などの通告が今日の昼までかかるというのはむしろ静希にとっては好都合だ、情報の整理という意味でも、こちらの準備が整うまでの時間稼ぎという意味でも


準備が整えばあとは行動に移すだけ、可能ならテオドールに一報していきたいところである


これで静希が勝手に動いただけではあまりにも無駄だ、せっかくメフィの力をお披露目してまでも隙を作ってやろうとしているというのに独り相撲では意味がない


十一時までに連絡がなかった場合、静希から自主的に連絡をかけることもやむを得ないだろう


「まさか本当に全力で悪魔の力を使うのかい?」


「昨日も使ってもらいましたけどね、今回はプレッシャーをかける意味も込めて派手なのを使ってもらおうかと」


先日のメフィの攻撃はあくまで対人レベルの攻撃だった、普通の能力者が使っていると言われても特に違和感のないレベルの攻撃だ


だが今日は対人レベルなどではない、それこそ対軍や対城レベルの攻撃を行ってもらうつもりだった


他国へのアピールというのもそうだが、自分の方向に目を向けてもらうためには当然の行動と言えるだろう


メフィの力をあまり大仰に見せるのは静希としても迷うところではあるが、今回は事情が事情だ、情報を早く共有するために必要な手段、そしてばれるのはあくまで能力のうちの一つだけ、それならば問題はないと静希は判断したのだ



カールから資料を受け取り近くの仮設テントの中で読み進めていると静希に連絡が入る、相手はテオドールからだった


待っていたと言わんばかりに通話をスタートさせると、向こう側から何度も耳にしたいけ好かない声が聞こえてくる


『やぁジョーカー、これだけのことが起こっているのに読書とはずいぶん優雅なものだな』


「いったい何のことだ?俺はちょっとした資料に目を通しているだけだぞ、優雅とは程遠い・・・それにお前が遠視できるとは知らなかった」


恐らくは部下から現在の静希の状況を報告され、それを踏まえたうえで電話をかけてきたのだろう


これは一種の確認のようなものだ、静希が持っているのが目標のデータなのか、そしてどのように部下を動かせばいいのか、テオドールはそれを確認しようとしているのである


『資料?歴史的文化財でも見ているのか?だとしたら随分と勉強家だな』


「歴史的に価値があるかは微妙だがな・・・これは結構重要な資料でね、悪いがお前にも内容は教えられない、そんなことをしたら俺が犯罪者になりかねないんでな」


『おっとそいつは怖いな、お前がそんな重要な情報を握っているのは珍しい、せいぜい大事に抱えていることだな』


相変わらずわざとらしい言い回しだなと自分でも苦笑しながら静希は周囲の人間をさりげなく確認する


現在近くには軍の人間と研究者が何人か、他の人間はどうやらまだ他の場所で調査を続けているらしい、人が少ないというのはありがたいことだ


「まぁそうなんだけどな、生憎昼頃にちょっと派手な仕事をしなきゃいけなくてな、もともと俺の持ち物じゃないからその後は持ち主に管理してもらうさ」


『あぁそうだな、そんな重要なものをお前みたいなやつに預ける奴の気がしれない、とっとと持ち主に渡した方が『安心』ってなもんだ』


本当にわざとらしい言い回しをするなと静希もテオドールも互いに苦笑してしまう


この笑いが互いに楽しいからではなく、互いに皮肉に思っているからだというのもまた妙な話である


静希がきちんと持ち主であるカールに資料を返したなら、静希に監督責任は無くなる、つまりその先に盗まれても静希の責任は無くなる


同時に、テオドールには昼に静希が派手な何かをするという事を伝えた、つまりは周囲の目が静希に向く可能性が高いという事である


そうなればテオドールとしては仕事がさせやすくなるだろう、なにせ一瞬でも周囲の目が静希に集中するのだから


すでに静希はテオドールの部下に見られている、となれば後は資料の方に注視してくれれば、今後の展開としてはやりやすいだろう


「まったく、さっさと一安心したいよ、こんなもの持ってても冷や汗しか出てこない」


『そうだろうな、まぁ昼に仕事があるならその少し前に返せばいいだけのことだ、それまではせいぜい冷や汗をかいていろ』


やはりこの男は危険だ、自分に似ているからこそそれがわかる


静希もテオドールも、互いにそう思っていた、敵視しても、敵対関係になっても、そしてその関係が続いても、今こうして形だけでも協力しても、その考えは覆らない


可能であるなら早めに始末しておきたい、だが互いの立場とその力関係がそれを許さない


悪い意味で静希とテオドールの力関係は拮抗している


陽太や石動が前衛としての力を競い合うのと似ているかもしれない、あの二人は純粋に自らの力だけで競い合うからこそ、その拮抗は時に美しく見える、傍から見ていて清々しく見える


だが静希とテオドールのそれは美しさや清々しさとは程遠い


どちらも浅黒く、薄汚い、それを互いに自覚しているからこそなお性質が悪い


二人が今こうして互いに手を出せないのは、それぞれの後ろにいる存在が厄介なものであるからに他ならない


静希には人外、そしてその周りにいる人間達、しかも静希を支持する人間は増え続けている


テオドールには犯罪組織、そして非公式ながらイギリス政府


両者ともに手を出せば面倒になるのは間違いないのだ、どちらかが犠牲を厭わずに殲滅しようと思えば可能だろう、だが自分が負う傷も生半可なものではなくなることが予想できてしまう


だからこそ、互いに手が出せない


ならば互いに利用しよう、そう言う流れになっているのだ


この二人の利害は今のところは一致している、互いに排除したい存在でありながら互いに排除できずにいる


もどかしくもあるが、これがこの二人の関係性なのだ


仲間ではない、同僚でもない、先輩後輩でも師弟でもない


れっきとした敵、明確な敵対関係


他の人間がどのように認識しているかは定かではないが、静希とテオドールは互いに互いの存在を敵として認識している


その関係が互いにありがたく感じることもまた確かだ、罪悪感などもなく、敵として利用できるというありがたさ


そして互いが互いに敵として信用している、この二人の間にあるのがこの奇妙な敵対関係であるのを知っているのは本当にごくわずかな人間だけだろう

悪党同士といえば、少しはその関係性が明確になるかもしれない


静希が自らを小悪党と表現するように、テオドールも同じように自らを悪党と称した


育ちも人種も経歴もまるで違う二人がここまで似ているのは、偏にその本質が似ているからに他ならないのかもしれない



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