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J/53  作者: 池金啓太
二十九話「跡形もなく残る痕跡」

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水の精霊

「ていうかちょい待ってくれ、何でウンディーネを最善の状態にできなかったんだ?俺の能力ならできそうなものなのに」


静希のトランプに入れられたのにもかかわらずウンディーネは小さいままだ、不安定な状態こそ治ったものの、本来のそれとは明らかに大きさが違うらしい


彼女がメフィと同じように存在だけの存在であるのであれば、収納すれば最善の状態になるのではないかと思ったのだ


だが実際にはウンディーネは小さいまま、力の八割を失った状態になってしまっている


「・・・えーっとそうね・・・どう例えればいいかしら・・・シズキは取っ手だけになったコップを収納してコップを最善の状態にできる?」


「・・・それは・・・無理だな」


静希の能力は収納したものがあまりにも欠損が多すぎた場合は最善の状態にはできない


例えば道具が本来持っている能力などを失っていた場合などがこれに当てはまる、ナイフの刃こぼれ程度の微小な欠損であれば問題はないだろうが、先にメフィが例えたように明らかに大きすぎる破損を有していた場合、その部分だけが最善の状態になる


先のコップのたとえで言うのなら、取っ手部分だけが最善になるといった具合だ


多少の誤差であれば修復に近い形で最善の状態にできただろう、だが欠損が多すぎる場合はそうはいかない


「つまり、ウンディーネの場合、欠損が多すぎるってことか」


「そういう事よ・・・静希の能力を強引にパワーアップしても多分結果は同じだと思うわ」


強引にパワーアップというのは、以前メフィに頼んで作ったジョーカーなどのことだ


あれは所謂道具の持つ効果や能力を最善以上にする特性を持っている、要するに入れたものの能力をワンランク上昇させるようなものだ、元の能力特性自体は変わっていない以上欠損が激しすぎるウンディーネを元に戻すことはできないという事なのだろう


「て事は、今のところウンディーネを元に戻すことはできないってことか」


「そうなるわね、まぁ今の姿も可愛いからいいんじゃないの?」


「よくはありません、使える力も微々たるものですし、何より不便です」


彼女からすればこの姿はあまりいい状態ではないようだった、確かに八割以上が欠損している状態というのはどう考えてもいい状態とは言えない


人間で言うなら四肢と胴体のほとんどが欠損している状態に近い、普通なら生きることもできないレベルの重傷だ、そんな状態で生きているあたり、やはり人外なのだなと静希は半ば感心してしまう、同じような状態になりたいなどとは欠片ほども思わないが


「で、ウンディーネ、貴女これからどうするの?そんななりじゃ遠くまではいけないでしょ」


「・・・ですが近くに水がないと結局のところ力を浪費するばかりです・・・幸いにシズキの能力のおかげで今は安定していますが、いつまた不安定になるか・・・」


どうやら今は静希の能力のおかげで一時的に安定な状態を維持できているらしいが、時間経過とともに不安定になる可能性もまだ残っているようだった

さすがに人間一人の能力で人外の状態を完全に元に戻せるような都合のよいことはないようだった


「ウンディーネ、一つ聞きたいんだけど、あの黒い何かが出てきたのって四日前くらいだよな?その時、またはそれより少し前に何か気になったことはなかったか?」


あの歪みに巻き込まれたという事は、ウンディーネは少なくともあの場所に最も近い場所にいたのだ、どのような状況でどんなことがあったのかを知る、唯一の生存者と言っても過言ではない


「何があったと言われても・・・本当に唐突だったんです、日が沈んで今日も一日が終わるなと考えてたらいきなり町の方からあの黒いのが一気にやってきて、周りのものを飲み込んでいって・・・私が今こうしていられるのも本当にギリギリだったんです」


自分自身の身を守るのに精いっぱいになりすぎて他の事に気を向けていられるほどの状態ではなかったのだろう、情報が得られないのは残念ではあるが仕方のないこととしか言いようがない


「そうか・・・じゃあこの辺りになんかいかにも怪しそうなやつとかいたか?もう直感とかでいいんだけど」


町の中に不審人物がいたというのであれば、それはかなり重要な証言になる

この近くの湖に宿って長いのであれば、それなりに人の往来なども見ていたとしても不思議はない、何とかして少しでもいいから情報を得たいところである


「怪しい・・・普段見かけない人物であれば時折湖に近づいてきましたが、恐らくは観光客でしょうし・・・」


この辺りは良くも悪くも美しい湖を見るための観光地として栄えている場所でもある、普段見かけない人間がいたところで不思議はないのだ


そうなってくると不審者の発見も難しいだろうかと静希が諦めかけていたところ、そう言えばとウンディーネが一つ思い出したように指を立てる


「恐らくエルフだと思いますが、仮面をつけた男が二人、湖の近くで何やら雑談をしていました、内容までは聞こえませんでしたが」


「エルフが二人か・・・この辺りに住んでるのかな・・・ちょっとそのあたりも少尉に確認しておかなきゃな・・・もしかしたらそいつらがこれをやったのかもしれないし」


召喚に携わる、あるいはそれを応用することとなると本来はエルフなどが所有していた技法のひとつだ


今は研究が進み単なる召喚だけであれば専門の人間であれば時間をかければ可能になっているが、今回のような特殊な応用となると犯人がエルフである可能性が高くなる


とはいえエルフが話をしていただけというのは何とも頼りない情報だ、参考程度にとどめることしかできないが、少しできることは増えたと喜ぶべきだろうか


「申し訳ありません、窮地を救っていただきながら何の恩も返せず」


「いやいや、気にしないでくれ、お前はどっちかっていうと被害者の立場なんだから」


静希の言う通り、ウンディーネは完全に巻き込まれた立場だ、彼女が情報を持っていなかったからと言って責める理由はないのだ


「ていうか、さっきもメフィが言ってたけどこれからどうする?近くの水辺って言ったってこの辺りだと川くらいしかないけど」


「できるなら穏やかな水の方がありがたいです、美しい湖であれば最高なのですが・・・ここレベルの湖となると・・・」


この辺りの湖は比較的美しいところが多く、ウンディーネからすれば最高の住処となっていたようなのだが、良くも悪くも美しいままで保たれた自然というのは数が限られている


世界的に見ればその数はそれなりにあるのだろうが、この場所から移動するとなると相当に時間がかかるだろう


その間ウンディーネが安定した状態を保っていられるかも定かではない


「ねぇシズキ、私の昔の好ってことで匿ってあげられないかしら?さすがにこのまま見て見ぬふりはできないわ」


「・・・へぇ・・・お前がそんなことを言い出すとは意外だな・・・」


「まぁね、昔この子にはちょっと借りを作ったことがあるのよ」


メフィに借りを作るあたり、ウンディーネの過去の力がとてつもなく強いか、あるいは偶然そう言う状況に遭遇したかの二択なのだが、メフィにここまで言わせるというのは珍しい


今まで静希がお願いしてメフィに代価を払うという事が多かったが、まさかメフィにお願いをされることになるとは


「ウンディーネはどう?静希のトランプに入ってれば安定した状態は維持できるでしょうから問題はないと思うけど」


「私は構いませんが・・・シズキ、貴方はよいのですか?私のような得体のしれない存在を身近に置くのは抵抗があるのでは」


ウンディーネの言葉はもっともだ、確かに本来の人間であるなら精霊やら悪魔やらを身近に置いておくのは強い抵抗感があったかもしれない


だがその言葉は約一年ほど遅い


「・・・うん、一年前の俺だったら気にしたかもな・・・でもいいよ、新しい住処が見つかるまででよければうちにいれば」


今いる人外は悪魔、神格、霊装、使い魔、その中に精霊が加わるというだけの話である


本来の力を失っているという事もありかなり弱体化しているとはいえ四大精霊の一角だ、それなりに知識も豊富だろうし何よりこの事件の重要な参考人である


そう考えれば身近に置いておいて損はないだろう


「よかったじゃない、私が直々にお願いした甲斐があるわ」


「じゃあメフィ、お前のお願いの代価はどうする?今回の手伝いでチャラか?」


静希の言葉にメフィはそのままなかったことにするつもりだったのか、それとも本気で忘れていたのか冷や汗を流しながら苦笑いしている


「あー・・・今回の手伝いは・・・その・・・」


「新しい同居人を増やすんだ、あんなちょっとした手伝いだけで済ませる訳じゃあないよな?お前悪魔だもんな、契約にはうるさいだろ?」


対等契約を結んでいる以上、互いに理解ある会話と対応を行わなければいけない、お互いに納得していないのでは取引は成り立たないのだ


静希の家に人外を一人住まわせるというのだから、一回こっきりの手伝い程度では割に合わないというのはメフィも十分理解できる、だからこそ困っていたのだ


「えーっと・・・お・・・お風呂掃除とか・・・やればいいかしら?」


「そう言うのは全部オルビアがやってるからな、お前の出番はないぞ?」


「じゃ・・・じゃあ・・・こ、今度ご飯作ってあげるわよ?」


「お前が作った料理なんて食べたことないしそもそもできるのか?俺の舌を呻らせるまで何度でも作らせるぞ?」


自分が静希に対してできることは面倒事が起きた時に対応するくらいなのだ、日常生活においてメフィが静希にできることなどたかが知れている


そして彼女でもできそうなことはほとんどがオルビアや明利などがやっているためにメフィが出る幕などないのだ


「あの、メフィストフェレス、もしや私を匿う事で貴女に何か迷惑を・・・?」


「いや、迷惑とかじゃなくて、この子とは対等契約を結んでるからお願いをするならその代価を支払わなきゃいけないのよ・・・今まで何度もそう言うやり取りをしてきたから今さらこれだけ例外とかは・・・」


「するつもりはないぞ?さぁメフィ、お前は俺にいったい何をしてくれるんだ?」


今まで静希が願い事をしてきた度に静希はメフィの願いを叶えてきた、要するに互いが納得する形で互いに何かを与えればいいのだ


現代において金銭などを犠牲にすることでものを与えることができる静希に対して、メフィは個人的に金銭などを所有していない


その為に彼女が静希にしてやれることと言えば自らの体を資本にしたことだけなのである


「じゃあ今度抱き枕になってあげるから!」


「俺に誰かを抱いて寝るような趣味は無いし、そう言うのは間に合ってる、他に何か条件を提示しろ」


「な、なら私のこの豊満な肉体を好きにして」


「俺は浮気をするつもりはない、他ので」


すでに二人に手を出しておきながら何を言うのかと言われるかもしれないが、静希は明利と雪奈以外の人間に手を出すつもりはなかった、たとえそれがどんな絶世の美女であろうと、あの二人を裏切るような事だけは静希はしたくなかった



「あの・・・シズキ、可能ならばその代価を私が肩代わりすることはできないでしょうか?」


「ん?どうして?」


見るに見かねたのか、ウンディーネが助け舟を出すとメフィは迷える子羊のような瞳で彼女を見つめていた


悪魔としてその反応はどうなのだろうかと思えるのだが、こういうところはメフィらしい


「私のせいで何か彼女が不都合があるのであれば、私がそれをするのが一番いいと思うのです、何より私からお願いする立場、そうするのが一番筋が通っている」


「・・・そうは言うがな、これは俺とメフィの間の契約だ、こればっかりは他の奴が入る余地はないぞ?なぁメフィ」


「え!?あ・・・ま・・・まぁそうなんだけど・・・」


悪魔として契約者との契約に他者が入り込むというのは沽券に関わるのだろうが、この場だけは入り込んでほしいのかメフィは体を小さくしながら指をいじり口をとがらせている


メフィが自分のせいで困っているという事もあり手助けをしたいのだろうが、こればかりは静希とメフィの問題だ、静希の言うように他人が入り込む余地はない


メフィも助けてほしいという気持ちと二人の契約の間に入ってほしくないという二つの感情が入り混じっているのだろう、どうしたらいいのかと非常に悩んでいるようだった


「ですが・・・メフィストフェレスが困惑しているのは私が原因です・・・なのに私が蚊帳の外というのは・・・」


ウンディーネの言いたいことも十分理に適っている、いくらメフィが頼み込んだからと言って結局のところウンディーネに関わることなのだ、当の本人を差し置いて頼んだメフィだけが代価を支払うというのは確かに筋が通っていないように思える


「まぁ、確かにウンディーネの言う事ももっともだけどな・・・どうするメフィ?俺はお前とウンディーネの『分割払い』でも構わないぞ?」


分割払いなどという珍妙な言い回しをすることになるとは思わなかったが、メフィとしては悩みどころらしい


なにせ今まで培ってきた悪魔としてのプライドがかかっているのだ


何百年、もしかしたら何千年と育んできた悪魔としての契約に対するプライド、生半可なものではないだろう、今まで見せたことのない体勢で頭を抱えている


体を捻り、ブリッジのように思い切り体を逸らせ、体が攣りそうな体勢にもかかわらず頭を抱えながら唸っている


「・・・結論を出すのは時間がかかりそうだな・・・とりあえず全員トランプの中に・・・いやその前に紹介だけしちゃうか」


そう言って静希は残る人外であるオルビアとフィアをトランプの中から取り出す


オルビアは剣から出て軽く会釈をし、フィアは静希の頭の上に乗るとウンディーネの方を注視していた


「こいつらが今俺と一緒にいる人外達だ、悪魔のメフィ、神格の邪薙、霊装のオルビア、使い魔のフィア、一緒に暮らしてるから仲良くしてやってくれ」


「・・・こうしてみると壮観ですね・・・わかりました、どうかよろしくお願いします」


ウンディーネが頭を下げると全員が彼女を認識したのか、よろしくと声をかける


悪魔、神格、霊装、使い魔、そしてその中に精霊が新たに加わることになる

まさかこんなところで新しい人外を引き入れることになるとは思っていなかっただけに驚きというか呆れが含まれる


なんというか『またか』という気分だ


今さら一人や二人増えたところで気にすることはない、なにせすでにこれだけの数の人外と共にいるのだ


それにウンディーネが新しい住処を見つけるまでの限定的な時間だけだ、生涯ずっと一緒にいるというわけでもないだろう


「一応トランプの中に入れるけど、何か希望はあるか?今は3と8、ジャックとクイーン、が埋まってるけど、どっか入りたい数字はあるか?」


静希が今のところ空席になっているスペードのトランプを飛翔させる、中には気体が入っていたりもするが、人外が入ることを考えるとまた一つ空席を作っておく必要があるだろう


3には邪薙、8にはフィア、ジャックにはオルビア、クイーンにはメフィがそれぞれ居座っている


「・・・では・・・6でお願いします」


スペードの6、今のところ中に入っているのは以前チャレンジした水素版の水圧カッターだ、もっとも鏡花の補充を終えたばかりのものだが、今入れ替えが必要になるかもしれない


「わかったちょっと待っててくれ、別の中身に入れ替えるから」


「・・・でしたらそれまでは静希に宿っていましょうか?そうすれば問題はないのでは・・・」


先程の動作から静希の能力が収納系統であると認識したのだろう、恐らくは気遣っているのだろうがそれと同時に人外に、特にメフィと邪薙に電撃が走る


今までトランプの中に入ることはあっても、静希の中に入るようなことはこの二人は行ってこなかったのだ


霊装であるオルビアはともかく、メフィや邪薙はその体に宿ることができる、かつて東雲姉妹にしたように


魔素さえ送り込まなければ安全に体に宿ってはいられるが、それを今までずっと行ってこなかった、それはただ単に静希のトランプの中の居心地が良かったというのと、人間の体の中は窮屈というのもあったのだが、だからと言って今まで不可侵だった静希の体の中に易々と新参者を入れるというのは、二人としても、特にメフィとしては許し難いことのようだった



誤字報告を五件分受けたので1.5回分(旧ルールで三回分)投稿


誤字報告が来ると安心してしまう不思議、二年前に比べて随分とメンタルがおかしいことになってる気がする


これからもお楽しみいただければ幸いです

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