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J/53  作者: 池金啓太
二十九話「跡形もなく残る痕跡」

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情報の行方

静希が左腕の武器の手入れを終えると、ドアが突然ノックされる


誰かが静希達の部屋にやってきた、それはわかったのだが一体何者だろうか

一応護衛としての立場である大野が扉の前に立ち対応する


「どちら様ですか?」


「私だ、ローウィ少尉だ、ミスターイガラシに話がある」


やってきたのはどうやら現場の指揮を行っていたカールのようだった


一体何の用だろうかと静希は眉をひそめる、そしてそれは近くにいた大野と小岩も同様だ


こちらはすでに眠気が限界だというのにまだ何かあるのだろうか、何より今はすでに現地時間で二十二時を過ぎている、こんな時間に応対を求めるというのは少々配慮に欠けているのではないかと思える


「どうする?すでに眠っていると言って帰らせることもできると思うけれど・・・」


「・・・いいえ、お話しましょう・・・これで単なる世間話に興じようというのならさすがに多少説教すると思いますが」


静希は腰を上げて左腕にスキンを付けた状態で扉を開く


そこには確かにカール・ローウィ少尉が立っていた、どうやらまだ仕事をしていたのか身だしなみも整えられていない、そしてその手には何やら紙の束が握られている


「君が依頼していた一か月以内のこの近辺の魔素の動きだ、見やすいようにグラフ化しているものもあるから目を通しておいてくれ」


どうやら静希が頼んだものを届けに来てくれたようだ、こんなもの部下に頼めばいいだろうに、わざわざ自分の手で運んできたという事は恐らくまだ用件があると思っていいだろう


「ありがとう、仕事が早い人間は好きだ・・・それで、本題は?」


さすがに隠しきれないと理解したのか、カールは小さくため息を吐いた


「情報を諸外国にも正確に伝達するという件だが・・・やはり上は渋っている・・・状況を正しく理解できていないようなのだ」


このデータと今回の情報を正しく諸外国に伝え、今回のような事を未然に防げるようにしたい、それが静希の考えだったのだが、予想通りオーストリアの高官たちはこの情報を提供するのを渋っているようだった


魔素のデータと言えばただそれだけの事なのだから教えてやればいいものをと思うかもしれないが、データを渡すという事はその分自分たちの所有している技術をある程度開示するようなものだ


どの程度のデータがとることができるのか、そして今回のことが起きるにあたりどの場所に測定機などを用意しているか、このデータからだけでも得られる情報は数えきれない


現代において最も重要なのは情報だ、情報をただで渡すなどという事は明らかな愚行でしかない、情報を渡すだけの価値がこの事件にあるのかどうか、オーストリアの上層部はまだ迷っているのだ


なにせ得られたデータは一つだけ、もう一回同じようなことが起きて、この魔素変動のパターンと同じような形が見られるのであれば、明らかな事前変調として確認できるだろう


要するにデータが足りないのだ、この魔素の変動が偶然起きたものなのか、それとも今回の事件の予兆として起こったものなのか、このデータだけでは判断できないのだ


そんな不確定なものを周辺諸国へ渡すというのは信頼性に欠けるという理由からもそうだが、自らの手の内をさらすことにもなりかねないという理由でも渡したくないと考えているのだろう


確かに静希もこのパターンに今回の事件以外の要素が入っていないとは保証できない、偶然他の要素がかみ合ってこのパターンを示しているという事も十分にあり得る


だが静希が渡されたこの魔素の変動は明らかに普通のそれとは違う


魔素濃度の変動を示したグラフなのだが、急上昇急下降を繰り返しそれが一種の周期を作っているのが見て取れる、安定した周期になっているのは事件発生の一週間ほど前から、この辺りになると急下降急上昇などはなく、緩やかな上昇と下降を繰り返すようになっている、まさに波形のような状態を表していると言えるだろう


時折魔素の乱れがありノイズのように突出したり乱れが出ているものの、基本的な動きは波形のそれに近い


そしてそれは事件発生を境に消え、一気に高い魔素濃度を維持するようになっている


これが偶然で作られたとは考えにくい、恐らく今回の事件の発生前にはこのような魔素の流れが出来上がるのだろう


「少尉、貴方の意見を聞かせてほしい、この波形が今回の事件と無関係だと思うか?」


「・・・私は・・・いやこの魔素のことを調べた人間は今回の事件と何らかの関わりがあるとにらんでいる、だが・・・」


「上の人間は一つだけのデータでは信用できない・・・と」


上の人間の言い分も理解できるし、現場の人間の言い分も十分に理解できる

たった一つのデータでは信頼性に欠ける、それは確かにその通りだ


だが明らかにここまで特徴的な傾向が出ているのを完全に無視することもできない


同じようなことを起こすわけにもいかないし、何より同じことが二度起こるという確証も今のところはないのだ


今回だけで終わるかもしれないし、あと何回もこんなことが起きるかもしれない


万が一のことを考えてこのデータを提供するように言ったのだが、どうやら自分たちの保身のことで頭がいっぱいになっているようだ、今の自分のことに目が行き過ぎて周りの国やこれからのことに視線が向いていない


はっきり言って静希は他人事だからこそしっかりと考えることができるのだ、これで自分の身の回りの人間が巻き込まれていたらこう冷静ではいられないだろう


だが冷静でいなければいけないのだ、少なくとも今はそうであるべきなのだ

こんな状況になっておきながらでもまだ正しく状況を理解できていない人間がいる、木を見て森を見ずではないが本来見るべきものが見えていないように思えた


「だが少尉、この情報は貴重だ、周辺諸国で同じようなことが起きないとも限らない、これは絶対に知らせるべきだ」


「それは私も承知している・・・だが・・・」


カールは軍人だ、上の決定には逆らうことはできない、進言することはできても決定権を覆すだけの権力は無いのだろう


だがそんなことも言っていられない、この情報は他の国にも知らせておくべきなのだ、そうしなければ救える命も救えなくなる


「・・・この情報、俺が独断で他国に流すこともできるぞ」


「・・・それはそれで問題になるぞ、少なくとも情報漏洩の罪に問われる」


機密情報漏洩、特定の情報には必ずそれだけの禁止事項が課せられている、情報の漏えいを防ぐためのそれだったり、情報の改竄を防ぐためのものだったりと、その数は多い


中には閲覧するだけで罪になるようなものだってある


今回静希がやろうとしているのはその中でも情報漏洩に繋がることだ


「・・・なら、俺以外の奴がこの情報を盗み出した場合、その罪はどこに行く?」


「・・・管理していた人間・・・と言いたいが、多少のお咎めはあるかもしれんが罪に問われるようなことはないだろう、よほどのことがない限りは盗んだ人間の罪になる」


それだけ聞くと静希はオーケーと呟いて資料を熟読し始める


魔素の濃度における変化が表れているのはあくまである一定の範囲のみだ、それ以外の地域ではその影響を受けることはあれどそこまで過敏な反応は見せていないことがわかる


明らかに局地的な反応だ、これならばもしほかの場所で同じようなことが起こったとしてもすぐに反応できるだろう


基本的に人が住むような場所などには必ず天気と一緒に魔素濃度などを提示する必要があるために計測器が設置されている


場所によっては人が住まないような場所にも用意されているそれをチェックすることができれば今後同じようなことが起こっても事前に察知できるだろう


「大体わかった・・・この資料は誰がもっているべきだ?」


「・・・私が管理しておこう・・・君が何をするつもりかは知らないが、手荒な真似ではないことを祈る」


「安心しろ、俺は平和主義者だからな、自分から面倒を起こすような真似はしないよ」


静希の言葉にカールは少しだけ安堵したのか、資料をもってその場から離れて行った


そして静希は部屋に戻ると同時に電話をかけ始める


『どうしたイガラシ、こんな夜遅くに連絡とは少々躾がなっていないんじゃあないのか?それともピロートークでもしてほしいのか?』


「お、ようやくいつもの軽口が戻ったな、少しは通常運転に戻れたか?」


互いに皮肉を言いながらのこの電話、少しだけ懐かしく思いながらもそんなものは今どうでもいい


電話先にいるのはテオドールだ、いつものような憎まれ口を叩きながらも恐らく別の仕事をしているのだろう、だがその仕事も静希にはどうでもいい


今はもっと重要なことがあるのだ


「件の事件の事なんだが、事前に魔素の動きなんかで察知できるかもしれないってことは前に伝えたよな」


『あぁ、その件でアランに話をさせたんだろうが・・・何か進展があったか?』


「どうやらこの国の・・・オーストリアのお偉いさんはあの情報を流すのを渋ってるらしい、確証のあるデータじゃないとかいろいろと理由をつけてな」


静希はベッドに腰掛けながら少しずつ声音を低くしていく、その声音に近くにいた大野と小岩は極力物音をたてないように心がけ、電話の向こう側にいるテオドールはその声を落ち着いた様子で聞いていた


『・・・データはもう見たのか?』


「あぁ、かなり特徴的だ、あれは自然にできる形じゃない・・・偶然にしては綺麗すぎる形だ、たぶん前兆とみて間違いない・・・あくまで俺の意見だがな」


静希が見たデータは確かに特徴的な波形を描いていた、だがそのデータは恐らく公的には提供されることはないだろう


いろいろと口添えや言い訳を作って提供するのを渋るはずだ


「それでだ、ここからが本題・・・今そのデータを現場管理を行っているカール・ローウィ少尉という人物が所持している、少尉はこのデータを誰かがもちだしたら犯罪になってしまうと言っている、もちろん俺も持ち出すことができない、誰かが盗んだ場合、その盗んだ人間のせいになるが、さてどうしたものか」


静希がわざとらしくそう言うと、テオドールは静希が言いたいことを理解したのだろう、小さくため息をつきながら舌打ちをして見せる


『あぁなるほど、確かにそんな重要な情報が『誰か』に盗み出されたら事だな・・・なるほどそれは大変そうだ・・・情報は喉から手が出るほど欲しい、そんな輩はいくらでもいるだろうからな』


「あぁ、困ったことにな、そしてその盗んだ奴が周辺の国にその情報をばら撒きでもしたらそれも大問題になる、オーストリアの面目丸つぶれだろう」


『だがそれを行った人間の責任になる、もし証拠などが出なければそれこそいろんな意味で大問題だろうな』


静希とテオドールのわざとらしい会話に大野と小岩は首を傾げながら顔を見合わせている


何故明確に発言をしないのかという事を疑問に思っていたのだ


普段の静希とテオドールとのやり取りならもっと直接的な言い方をすると思ったのだが今回はやたらと回りくどい


テオドールの声は聞こえないがなぜ静希がこんなにも回りくどい言い方をしているのかが分からなかったのだ、いつも通り強気に押し通せばいいものを


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