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J/53  作者: 池金啓太
二十九話「跡形もなく残る痕跡」

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できることとできないこと

アランは今度の会議の際に先にあげた二つの件を徹底して主張することを約束してくれた


実際にそれを行うかどうかはさておき、状況を理解させたことで多少事態は好転してくれると思いたい


そんなことを考えていると、オーストリアの日本大使館などと連絡を取っていた小岩が戻ってきた


この辺りに日本の旅行者が来ているかどうかを確認してもらっていたのである


大使館だけでは最低限の確認しかできなかったため、旅行会社や通訳を派遣するような会社に連絡をし続けようやく確認が取れたのだろう、その顔色からあまりいいニュースではないように思えた


「お疲れ様です小岩さん・・・どうでした?」


「・・・五十代の夫妻が一組、当日この町に宿泊中だったらしいわ・・・名前は確認できたけど・・・今連絡は取れない状況にある・・・」


その報告に静希と大野は眉をひそめた


何だってこのタイミングにこんなところに来てしまったのか、運が悪いと言えばそこまでだろう、だがそれだけでは済まない、済ませられないようなことが起きてしまった


そして日本人にも被害者が出たという事は、他の国の旅行者などもいると考えるべきだろう、また一つ確認しなくてはいけないことが増えてしまったようだ


「少尉、この町に来ていた旅行者などを徹底的にリストアップさせてください、事件発覚の前日からこの町に訪れていた人間全員を」


「わかっている、すでに部下が調べている・・・だがどうにも確認が難しい、行先を告げずに行く人間もいるし、単身で移動する人間もいる・・・ホテルの帳簿でもあれば調べられるが・・・」


カールの視線の先には黒い何かが存在している、町そのものに入ることができない以上、確認できるものもできなくなってしまっているのである


行方不明者と言えばそれだけなのだが、もう見つかることがないかもしれないという事になると面倒だ


オーストリアの旅行者がその日を境に連絡が取れなくなる、こんなもの何かがあったと公言しているようなものだ


「こっちは・・・あんまりいい状況じゃないみたいね」


「えぇ、考えうる限り最悪・・・ではないですが、少なくともいい状況じゃないです・・・具体的な解決策が今のところないんです、今後の対応はすでにしていますけど・・・今この場の解決は・・・」


この場の解決は静希にはできない、それを小岩も理解したのだろう、目の前の黒い何かを見つめながら歯噛みしている


「少尉!正確な発生地域とその中心地の特定が完了しました!」


その報告が耳に入ると同時に静希は仮設テントの中に入っていく


机の上に広げられた地図にはこの周辺の地形も全て、もちろん町の内部の構造まで全て記載されているものだった


そこに記された黒い円とチェックマークが付けられた一つの建物、恐らくこの建物がこの黒い何かの中心点なのだろう


「地下五十メートル程か・・・地下は思ったより深くないな」


歪みが発生している部分は地下五十メートルまで、確かに地上部分に比べれば随分と浅い地点までしか至っていないように思える


「この建物は・・・?」


「教会だな、しかも・・・資料ではだいぶ古い・・・確か新しい教会をたてなおした関係で今度取り壊しが行われる予定だったとか・・・」


カールが手元の資料と見比べながら静希に教えるようにそう告げると、静希は頭をフル回転させていた


教会が中心点という事は、まず間違いなく原因はそこにあるだろう、取り壊されるという事はかなり老朽化していたという事になる、となれば人の出入りは最低限になっていた可能性が高い


しかも教会という事はそれなりの広さが確保されていたと考えるべきだろう、仕掛けをするには絶好の場所だと言える


これが召喚を応用した事件や事故だとするなら、その場に召喚陣がある可能性があったが、今となっては調べようがない


「ここの管理者の名前はわかるか?あるいは取り壊しを行う予定だった業者でもいい」


「それは少し時間がかかるぞ、資料を探させよう」


部下にさらに指示を出すとカールは忙しそうに他の部下に指示を出しに行っていた


そんな軍の人間の苦労はさておいて周囲の研究者たちは次々と実験を行っている


いい気なものだと静希は呆れてしまう、状況が読めていないのは何もお気楽な人間だけではなく、あのような研究者たちも同じなのだ


「なんだか、今まで関わった中で一番壮絶な事件だね」


「全くです・・・これどうしたもんかなぁ・・・」


「・・・解決は・・・無理なのよね?」


無理ですときっぱり言い切ることである種諦めがついたのか、小岩は意識を切り替えて目を瞑る


恐らく黙祷しているのだろう、まだ死んでいると決まったわけではないが、八千人以上がこの事件に巻き込まれた


そんな事件の中心が古びた教会だったというのも何とも皮肉めいている


神格とは違う、全知全能の神と呼ばれる存在が本当にいるのであれば、こんなことは起きなかったのかと、信心深くない静希でも思ってしまう


そしてやはりこう思ってしまうのだ、神なんて碌なものではないなと











あらゆる調査と関係各所への通達などで、その日は終わりを告げようとしていた


特に日本から移動してからずっと動き続けていた静希達の限界はかなり早く訪れていた


なにせその日普通に授業を受けた後にやってきて、八時間の時差の中行動し続けたのだ、さすがに行動中眠気と疲れでギリギリの状態だった


途中軍の携帯食料を分けてもらったりして空腹だけは紛らわせることができたものの、さすがに寝ずに活動し続けるには限界がある


ただでさえ黒い何かから放たれる奇妙な気配が気になって集中力を阻害されるというのに、これ以上の行動は明日以降に支障を及ぼすだろう


「結局、わかったことはごくわずかだったな」


「仕方ないでしょ、こんなこと前例がないんだから」


仮設された宿泊施設に戻り、静希達はそれぞれ体を休めていた


静希は自分の左腕の装備を手入れしながら今日あったことを頭の中で整理していた


何者かが召喚の技術を応用して向こう側とこちら側を繋げ『何か』を行おうとした、その失敗かあるいは故意による動作不良の反動によってこちらの世界に『歪み』が生じてしまった


強引に向こうのものをこちらに持って来ようとしたのか、はたまた逆かはわからないが大規模な歪みによってあの町にいた人間は生死不明、メフィ曰く悪魔の世界にとばされたか、全員消滅したかのどちらか


そのどちらにしても、もうあの黒い何かの内側には誰もいないことになる


黒い何かが発生している地点はすでに把握されている、その中心点にあったという古い教会、取り壊される予定だったというがその関係者を今捜索中


情報規制とここ一か月の周囲の魔素の動きを調査させるために近隣国であるイギリスからそのように申請をするように取り合った


今のところ静希にできることはすべて行った


黒い何か、歪みが放つ妙な気配のせいで人外の気配はほとんどわからない、あの時歪みの頂上でメフィを出した時もその気配をほんのわずかにしか感じることができなくなってしまっていた


そして今、こうして体を休めている状態でも、あの歪みから放たれる気配は感じ取れる


「そう言えば彼女たちは出さないのかい?せっかく休めるというのに」


「仮設だけあって防音とかもできてないでしょうし、何よりあいつ自身出ない方がいいと思ってるみたいです・・・何か訳があるんでしょう」


先程、せっかく個室にやってきたのだから出ても問題ないのではと静希の方から言い出したというのにメフィをはじめとする人外たちは出ない方がいいだろうと言い出したのだ


その理由はすでに静希は聞いている


何でも、あの歪みから放たれる奇妙な気配のせいで静希以外の人間の人外に関する気配察知能力が高められている可能性があるというのだ


そのことは、大野と小岩には伝えない方がいいとも言づけられた


この二人は良くも悪くも静希と関わりすぎた、悪魔の気配というものにほんの少しながらにでも気づくことができる可能性があるのだ


この場にいるすべての人間の中で悪魔などの人外に最も関わってきた人間はこの二人だ、今はまだ歪みの気配も感じ取れていないようだが、ここから数日この場にいる中でその気配を感じることができるようになっても不思議はない


もっともそれは一時的なもので、永遠にというわけではないらしいが


とにかく静希以外の人間が悪魔の気配を感じることができる可能性が欠片でもある以上、外に出るのはまずいと判断したのだ


静希もその意見には賛成だ、わざわざ面倒ながら手順を踏んでメフィを隠してきたのに今他の誰かに見られるというのはあまりいい気がしない


「・・・ていうか、その状態は・・・その・・・あんまり見ていたいものじゃないね・・・」


「ん・・・あぁそうか、そう言えばお二人にあまりこれは見せたことがありませんでしたっけ」


静希が左腕を外しているところ、以前実習で見せたことがあるような気がしたが、二人は複雑そうな表情をしている、この反応を見る限り静希の左腕が義手であるという事を意識していなかったのだろう


実際静希の左腕は普通の左腕よりも良く動くようになってきている


左腕を失くしてこの義手になってから随分と時間が経過している、日常生活から戦闘訓練に至るまでこの左腕はよく動いてくれている


だからこそ、この腕が義手であるというのは肌のスキンを外さない限りほとんどの人間は気づけないのだ


腕の太さが若干違うというのも注意深く観察しなければわからない、そんなものをいちいち確認するほど周囲の人間は静希に注目しないのだ


もし注視するとしてもほんの一瞬、その表情や立ち振る舞いなどでしか判断しないだろう


静希の左腕が義手であると見破ったのはほんのわずかな人間だけだ、かつての名医、狂った医者有篠晶


そしてその腕の太さに気付けたのは静希の周りでは石動くらいのものである


その程度の人間しか気づけないほどに静希の左腕が義手だという事に気付いた人間は少なく、仮に義手だったところでそこまで静希の立場は変わらないのだ


ただの能力者であるなら多少変わったかもしれないが、生憎静希はこの状況においてはただの能力者ではない


悪魔の契約者


そんな桁外れの存在が左腕が義手だったからと言ってそれほどの変化はない、厄介さのレベルが多少上下するかもしれないが、戦車に拳銃が標準装備で装着されるか否か程度のものなのだ


はっきり言ってあってもなくても同じ、そう言う認識なのである


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