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J/53  作者: 池金啓太
二十九話「跡形もなく残る痕跡」

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八千人の犠牲

『メフィ、お前なら何か気づいてるんじゃないか?この黒い何かについて』


トランプの中にいるメフィに意識を飛ばすと、彼女もいろいろと考え事をしているようで唸りながら静希の問いに答えようとしていた


『ここから見てるだけじゃちょっと確実なことは・・・一回外に出してくれない?そうしたらいろいろわかると思うわ』


メフィ達人外はトランプの中にいる時はある程度の景色が見えているらしいのだが、そこはただの映像である以上状況判断にも限界があるのだろう


外に出て調べてみたいという、メフィにしては珍しく積極的にこの件に関わろうとしている姿勢に若干驚きながら静希は再びフィアに能力を発動させる


「大野さん、ちょっとまた上の方まで行ってきます、すぐ戻ってくるのでこの場で待っててください」


「ん・・・護衛としてはまずいんだけど・・・なんか事情があるっぽいかな、わかった、待ってるよ」


こちらの事情を察してくれたのか大野はここに残ってくれるらしい、静希としてはありがたい限りである


周りの目を静希だけではなく大野へも向けることでこちらへの露出を避けられる、メフィはできる限り他人の目には入れたくないのだ


再び黒い何かの天辺付近にやってきた静希は周囲を確認したうえでトランプの中からメフィを取り出す


静希の家以外で外に出たのは実に久しぶりだろうが、そんなことを気にする様子もなくメフィは眼下に存在する黒い何かに視線を向けていた


「・・・あぁなるほど・・・やっぱりか」


「何かわかったか?せめていい知らせであれば嬉しいけど・・・」


静希の言葉にメフィはゆっくりと首を横に振った、どうやら静希の願いむなしく、悪い知らせがあるらしい


「これは・・・なんて答えればいいかしら・・・昔一度見たことがあるのよ・・・あの時はもっと小規模だったけど・・・」


もっと小規模だった、そして過去に一度起き、見たことがあるというこの現象に静希は嫌な予感が止まらなかった


「確認しておきたいんだけど、これは壁か?それともこれはもっと別の何かか?」


もしこれが壁なのであれば、それを撤去、あるいは破壊するだけの手段を考えるところだが、これがもっと別の何かであった場合、静希の最悪の想像が的中している可能性が高い


それはつまり、最低でも八千人の人間がすでに死んでいるという事実である


「・・・残念だけどこれは壁とは違うわ・・・そんな生易しいものでも、簡単なものでもない・・・そうね・・・次元の歪みとでもいえばわかりやすいかしら」


次元の歪み、唐突に出てきた奇妙奇天烈で何やらありがちな言葉に静希は首をかしげる


メフィが一体どういう意図でこの言葉を使ったのかもわからないが、そもそもなぜこれがそうだと感じたのかが疑問なのだ


「・・・その次元の歪み?ってのは、こんな黒い物体なのか?」


「・・・前にシズキには説明したわよね?私達がいる世界について」


静希は以前メフィが説明してくれた悪魔たちが住んでいるという話ついてのことを思い出そうとしていた


メフィ曰く、コインの表と裏、決して交わることのない二つの世界、位相が少しずれている、確かそんなことを以前言っていた気がする


「コインの表と裏・・・だっけか?」


「そう、これは私達の世界とこっちの世界をつなぎ損ねた時にできたことがあるの・・・もっとも昔私が見たのは・・・私たちの世界の方にできて、なおかつもっと小さかったってことくらいかしら」


つなぎ損ねた


精霊や神格を召喚するときと違って、悪魔の召喚陣は少々特殊である


物体や依代に宿っている精霊や神格を、宿っている対象から引きはがし身近に呼び出す召喚と違い、悪魔の召喚は先程言ったコインの裏側にいる存在を引っ張ってこなくてはいけない


所謂異世界と接続して召喚を行うという事だ


そしてこの黒い何かはその失敗作、つまりはそういう事だろうか


「・・・召喚に失敗してこうなった・・・ってことか?」


もし、召喚に失敗しただけでこれほどの大惨事になるのであればこの世界には幾つもこんな黒い物体があってもおかしくはない、だが今までそんなことは聞いたことがないし、何より今まで頻繁に起こっているのであれば研究者や軍人がここまで大げさに騒ぎ立てることなどあり得ないだろう


「ただの失敗じゃないと思う・・・普通に繋いで失敗してもこれはできないの・・・昔私が見たのはもっと別のことをしようとしてたらしいけど・・・詳しくは知らないわ・・・ただ一つ言えるのは、これは悪魔を召喚しようとしたものではないってこと」


ただの召喚の失敗ではこうはならない、では何をどうしたらこんなことになるのか


人間が起こしたことではないと思っていた、だが召喚の失敗という形で次元を歪めた結果がこれだとしたら、これは一応人間の仕業という事になるのだろうか


これほどの規模を、これだけの被害を出した人間がここにいるという事だろうか、それともここにいたと言ったほうが正しいだろうか


「この中にいた人たちは・・・どうなったんだ?」


「・・・わからないわ、私達のいた世界にとばされたか・・・あるいは全員消滅したか・・・」


メフィ自身この黒い何かがどのような効果を持っているのかは正確には知らないようだった


だが一つ分かるのは、明らかに何かを行おうとしてこれが起こったという事だ、そしてそれを起こした人物もこの黒い何かの巻き添えになった可能性が高い



「ちなみにメフィ、前に見た時っていうのは、どうやって対処してたんだ?」


メフィは以前この黒い何かを見たことがあるのだという、ならばこの対処法にも心得があるのではないかと考えたのだ


だが肝心のメフィの表情はあまり良いものとは言えない


「前私が見たのはほんの二メートルくらいのものよ、こんなに巨大じゃなかった・・・悪魔の誰かが消してたのは覚えてる・・・けどどうやって消したのかまでは・・・」


どうやって消したのかは不明だが、消す方法はあるのだろう、とはいえこれだけの規模だ、悪魔でも消せるかどうかは怪しいものである


「その時は一体何をしようとしてたんだ?何かやろうとした結果がこれなんだろ?」


「・・・さっきも言ったけど詳しくは知らないの・・・ただこっちの世界を私たちの世界に持ってくる実験をしてたってことくらいかしら」


静希達のいる世界を、メフィ達の世界に持っていく


明らかに異常な実験だ、世界そのものを転移させるという事に他ならない、だがそんなことが可能なのだろうか


「それって一歩間違えれば世界が滅ぶレベルの話だったんじゃないのか?」


「もちろんかなり小さな規模での話だったわ、どうやったのかとかは知らないけど、確かちょっとの範囲を私たちの世界に持ってくるって話だった・・・はず」


メフィも自分の記憶を探りながら話しているのか若干自信がないようだった

無理もないだろう、何百年も生きてきてピンポイントにその時の話を思い出せというのは無理がある


静希もそのことを理解しているためにそれ以上深くは追及しなかった


「メフィ、この現象は次元の歪みって言ってたよな?もうちょっとわかりやすく例えられないか?」


「えぇと・・・わかりやすく言うなら、コインの裏側の一部を無理やり表に持って行こうとしてる感じかしら、そんな無茶をすればコインには歪みや傷ができるわよね?」


「まぁ・・・コインそのものとして役に立たなくなるかもな」


メフィの説明に静希はようやく今回の事態を理解しつつあった


この世界をメフィの世界とつなごうとしたのか、それとも他の何かの目的があったのかは不明だが、今回の事件を起こした人間は世界を壊しかねない行動をとったのだ


メフィのたとえで言うならば、コインの表にいながら、コインの裏側を持って来ようとしたのだ


力で無理やり捻じ曲げるにしろ、強い負荷がコインにはかかる、そうなればコインそのものは歪に変形してしまう


ここで問題なのはこの世界はコインのように単純ではないという事なのだ

ただのコインであれば叩いて直すこともできただろう、だがこの世界においてその歪みはこの黒い何かという形になって表れた


一体どれほどの規模で行おうとしたのかは不明だが、何より問題なのはこの黒い何かの中の状態を知る術がないことと、これを除去する術がないという事である


コインの裏を無理やりに表へ


これが仮に召喚によって行われたものであれば、この黒い何かの中心に召喚が行われた場所がある可能性が高い


規模が規模なだけに中心点を探るのは難儀しそうだが、それは静希が行わなくても軍や研究者の人間が行っているだろう、今はこの状況をどう打開するかを考えるべきである


物理的に除去できるものではないという事はすでに判明している、という事は他の手段を講じなくてはならないだろう


「メフィ、これって俺のトランプに入れられると思うか?」


「んんんん・・・たぶん無理だと思うわ、私みたいに『存在だけの存在』とかそう言う次元じゃなくて、ここにはそもそも『何も存在しない』の、いくらシズキでも存在しないものを入れることはできないと思うわ・・・」


静希の能力で収納できるのは五百グラム以下のものに限る


つまりは質量がゼロであっても収納自体はできるが、それは静希が認識できるものに限られる


例えば気体のように静希が視認できなくても、化学現象やあらかじめ作成する原理などを正しく理解していれば収納することができる


光のように視認できれば無論収納できるが、それは確かにそこに存在しているものだからこそ収納できるのだ


メフィの言うことが確かなら、この場所には一見すれば黒い『何か』が存在しているように見えるが、実際にはそうではない


何も存在していない


光さえもその効果が失われている、これが次元の歪みというものなのだろう

そもそも存在しない所謂『無』を収納できるとは思えなかった


概念にも近いものを静希が収納できるとは思えない、だが一応試してみる価値はある


静希は邪薙の障壁の上に立ち、トランプを一枚手に取ってゆっくりと近づける


トランプは押し返されるような感触と共に何かに触れているように思える、静希はとりあえず収納の力を発動するのだが眼下に存在する黒い何かは一向に変化を起こさない


一度引き上げて中身を確認しようとしても、静希のトランプの中には何も収納されていなかった


「やっぱ無理か・・・」


「そりゃそうよ、静希がやってるのは地割れの隙間を収納しようとしてるようなものなんだから、空間そのものを収納する事なんてできないでしょ?」


メフィの言葉に静希はなんとなく納得する、静希が収納できるものはあくまで存在しているものに限る、物理的なものだけではなく存在にもそれは適応されるが、空間などの概念に近い存在は適応外、つまりこの黒い何かは静希のトランプでは収納できないという事である



「とはいえ・・・どうするかこの黒いの・・・中の人が無事だといいけど」


メフィは先程悪魔のいる世界に飛んだか消滅したかのどちらかだと言ったが、もしそうなら前者であってほしい、いくら何でも八千人は死に過ぎている


この事実をどのように伝えるべきか、研究者ではなく軍の人間に伝えるべきだろうか、どちらにせよどれだけの範囲にこの黒い何かが行き渡っているのかを把握するのが先決だろう


すでに調査は始まっているかもしれないがまだまだ確認しなくてはならないことがたくさんある


「メフィ、これを調べるにあたってなにか心当たりはないか?魔素の関係だとかこれがどの程度まで残るのかとか」


「んんん・・・たぶん放置しておいてもかなり長いこと残るわよ?少なくとも数百年とか・・・最悪千年超えるかも・・・魔素に関してはなんかこう・・・波というか、特徴的な感覚があったような・・・」


放置しておいても解決はしないというのはあまりいい知らせではないものの、特徴的な魔素の動きをしているというのはある種ありがたい情報だ


その動きがどの程度の時期から反映されるのかは不明だがそれが早ければ事前に事態を把握することにもつながるかもしれない


「ちなみにその魔素の波っていうのは事前に観測できるか?例えば数日前からとか」


「どうかしら・・・私も別に計測してたわけじゃないし・・・魔素が妙に騒めいていたから前の一件に気付けたってだけなの・・・だからもしかしたら事前に観測っていうのは無理ではないかも・・・」


メフィは何百年も前に一度これに似た現象を見ている、その時はあくまで感覚での話だが魔素の妙な動きを知覚した結果発見することができたらしい

メフィが感じ取れるという事は魔素の計測の結果によっては事前の予測も不可能ではないだろう


前途多難ではあるが少しだけ希望が見え始めた、これだけのことを起こす人間がここの人間だけとは限らない、もしほかの場所でも似たようなことが起きるなら絶対に防がなくてはならないだろう


放置するだけで千年近く残るかもしれないような状態をこれ以上発生させるわけにはいかない


「じゃあこれを消す方法に心当たりは?前は他の悪魔が消したんだろ?」


「さっきも言ったけど覚えてないわよ、それに消したって言っても実際はその場から移動させただけかもしれないし・・・正直私はこれを消す方法は知らないわ・・・」


メフィの能力、再現できる力の内に消滅の能力があるが、彼女の消滅の場合それは物質に限られる


分子の密度によって消すのには時間と力と集中力が必要になる


要するに気体であれば消しやすく、固体であれば消しにくい、そう言う能力だ


先程の静希の行動から、この黒い何かは『物質』という概念からも『存在』という概念からもかけ離れているものであることがわかる、そんなものを彼女が消せるとも思えない


仮に消せたとしても一体これだけの範囲のものを消すのに一体どれだけの時間が必要になるか想像すらできない


「じゃあ・・・ここの町の人たちは・・・」


「諦めたほうがいいわね、少なくとも静希に何とかできるような問題じゃないわ」


できることとできないことは明確に分かれている、今回のこれは静希にはどうすることもできない


となると静希にできるのは各方面への報告とアドバイス程度のものだ、全てメフィから聞いたことではあるが伝えられることは伝えなければ


最低でも事前に魔素の動きから観測できるかもしれないという事だけは確認しておかなければならない


八千人


生きているのか死んでいるのかすら定かではないが、あまりにも多すぎる


口にするとこんなにも軽いものだが、実際にその数を目にした時、どれほどの衝撃を伴うのか静希は想像できなかった


今まで人の死にはある程度関わってきた、だが今回のこれは明らかに規模が違いすぎる


「・・・何でこんなことが起きたんだろうな・・・」


「好奇心は猫をも殺す・・・っていうやつじゃないかしら?自分が手を出してるものが一体どういうものなのか知らずに手を伸ばして・・・その結果がこれ、それに巻き込まれた人も哀れね」


黒い何かの内側にいたであろう、これを起こした人間と、それに巻き込まれた人間、前者がどのような気持ちでこれを起こしたのか、そして後者が今どうなっているのか、どちらももはや知りようがない


「お前が人を哀れむとはな、ちょっと意外だ」


「そう?私だって人並みに感傷に浸ることもあるわよ?」


お前悪魔だろうがと静希が軽く突っ込みをした後で静希は小さくため息をつき、目を瞑る


もしここで八千人が死んだのであれば、さすがに死んでも死にきれないだろう


きっと毎日を過ごし、いつものように一日を過ごす人だっていただろう、そんな人たちに向けて静希はほんのわずかな時間目を瞑り、黙祷をささげた


この行為にどれだけの意味があるかは不明だ、これだけの被害を前に、静希は未だその人間の数を実感できずにいる


状況に対して理解が追い付いていない、いくら想像力を働かせようとも、いくら頭をフル回転で動かそうともその規模の大きさのせいで麻痺してしまっているのではないかと思うほどに頭が上手く動かない


文字にすればたった三文字だが、その三文字に込められる意味も言葉も、今まで静希が感じてきた何よりも重くこの場所に存在していた


誤字報告を五件分受けたので1.5回分(旧ルールで三回分)投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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