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J/53  作者: 池金啓太
二十九話「跡形もなく残る痕跡」

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嫌われる原因

「なに?笑う事?」


自分たちがあまりにも笑う事が少ないという事に気付いてしまった静希達は訓練があらかた終わった後、職員室にいる城島にも意見を聞きにやってきていた


普段からして鋭い視線と不機嫌そうな表情から彼女が笑っているところというのは数少ない


静希達が覚えているのは前原と一緒にいる時の笑顔だけだ、城島が爆笑しているところというのは想像できないのである


「はい、先生が笑ってるところって想像できないなって思って」


「失礼な奴だ、私も人並みに笑うことくらいあるぞ」


城島が笑うところを見たことくらいはあるのだが、彼女が何かを見て爆笑しているところは見たことがない


前原と一緒にいる時の優しげな笑顔も貴重と言えば貴重なのだが、静希達が今確認したいのは思い切り笑っている時の笑顔だ


「ちなみに先生はどんなものを見て笑いますか?お笑いとかテレビとかですか?」


「・・・あぁなるほど、お前たちが言っている笑いはそう言う類のものか・・・」


どうやら普通の笑みではなく、面白いものなどを見た時などに浮かべる際の笑みであると気づいたのか城島は口元に手を当てて何やら悩み始める


彼女も恐らくではあるが自分の記憶から笑っている時のことを思い出そうとしているのだろう、やはり自分のこととなると微妙に曖昧な記憶になるというのが人間の特徴のようだった


「笑うか・・・一般放送などのお笑いを見ても面白いとはあまり感じないが・・・有料放送などではなかなか面白い番組があるな、そう言うものでよく笑った記憶がある」


「有料放送かぁ・・・そっちはまだ手が出ないな・・・」


通常テレビなどで放映されているものはテレビと電波を受信できる環境さえあればだれでも見ることができる一般放送と、契約を結び金を払うことで見ることのできる有料放送がある


一般放送の方はスポンサーについた企業などのCMを流すことで契約金という形で金を得て、局を成り立たせている、ただその為万人受けする番組作りが多く、その質もある程度のものでしかない


対して有料放送はまさに見たい人だけが見ると言った専門のチャンネルなどが多い、例えばアニメのみ、時代劇のみ、ドラマのみなど、それぞれのジャンルなどに分かれたチャンネルのみを受信することもできたりする


その為にコアな内容でも十分に視聴率が確保でき、個人の契約金によって成り立っているためにCMがないところも多い


専門的というか、特殊な内容の番組が多いものの、それを愛好する人間は多い


無論スポンサーなどを付けて放送しているところもあるが、専門的な内容だけにそのスポンサーもまた専門的なものが多いのも特徴の一つである


ただ継続的に受信するとなるとその分金もかかる、収入が不安定な学生の内はなかなか契約することができないのだ


「たとえばどんなものを見てるんですか?」


「そうだな・・・私は外国のドキュメンタリーか、あるいはバラエティーをよく見るぞ、向こうの人間はなぜか無駄なことに全力を注ぐからな、あぁいうのは見ていて飽きない」


日本のバラエティーなどとは違い、外国のそれは大まかに言えば『スケールが違う』ものが多い


例えば車に乗って大陸を横断しようとしたり、科学実験などでしか行わないような爆破試験をやってみたり、大御所を呼んで無駄に豪華な寸劇をやらせたりと、やることなすことが無駄に豪華なのだ


そこにかかっている費用などを考えたくもなくなるほどのそれらは、城島にとって面白いと感じられるほどのものなのだろう


とはいえ彼女が思い切り笑っているところを想像できないのは今も変わらない


城島が心底楽しそうに笑っているのを見たのは数えられる程度のことだ


一回は前原と一緒にいる時、あの時の表情は本当に幸せそうな笑みを浮かべていた、あれほどの笑顔はやはり前原と一緒にいないと見ることはできないだろう


そしてそれ以外は、たいていが誰かを傷つけている時だ、特に静希や陽太はその表情をよく覚えている、かつて船の中である哀れな男を尋問した時の話である


本当に楽しそうな表情をしていた、あれが演技であるのであれば城島は何時だって誰だってその表情によって誰かをだますことができるだろう、それほどの笑みだった


「そういや先生って戦ってるときとか結構笑ってますけど、やっぱりそういう事が楽しいんすか?」


「お前は私に喧嘩を売っているのか?生憎そう言う趣味は無い」


彼女自身は戦うこと自体は好きではないのか、陽太のデリカシーの欠片もない発言を完全に否定して見せる


訓練の時などで城島とは比較的相手をすることが多いが、特に攻撃をする時などは城島は笑っているように思える


そして今の城島の発言から察するに、恐らく完全に無意識に笑っているのだ

本質的には好んでいてもそれを自覚していないという事である、ある意味一番恐ろしい部類と言えるだろう


「ただまぁ・・・そうだな・・・生意気な奴が頭を垂れている瞬間は見ていて愉快だ」


静希達は瞬間的に寒気を覚える、その時浮かべている城島の笑みを見て、背筋が凍り付いた


ヘビのような、悪魔にも似た独特の笑みを浮かべる、人を傷つけることではなく、人を屈服させることに喜びを感じているようにも思える


人の心を折るのが好きとでも言えばいいか、どちらにしろあまりいい趣味とは言えない、自覚しているかどうかは定かではないが


この城島が好かれて自分が好かれないというのは、さすがにイーロンの人を見る目を疑うほかないと静希は思っていた



「にしてもやっぱさ、笑顔とかは関係ないと思うよ、先生のあの笑みで好かれる要素あるか?」


城島の笑みを見た後で静希達は帰宅するべく、イーロンを飼育小屋に戻すためにやってきていた


やはりというかなんというか、イーロンは静希には近づこうとしない、なぜ静希だけがこうも極端に嫌われているのか全員が疑問に思っていた


「・・・ひょっとしてだけどさ、静希が嫌われてるのって静希が原因じゃないんじゃない?」


鏡花の言葉にその場にいた全員が首をかしげる、静希が嫌われている原因が静希に無いというのはどういう事だろうかと全員が不思議に思っているのだ


他の全員はほぼ懐いているのに、静希だけがここまで決定的に嫌われているのは静希の性格がそこまで良く無いものだからだとほぼ全員が思っていたのだが、そうではないのだろうか


「どういうことだよ、俺が原因じゃないって」


「私だってちょっと警戒されたでしょ、たぶん体とかにベルの匂いとかがうつってるんだと思うけど・・・あんたの場合同居人がいるじゃない、その気配とか匂いがうつってるとかじゃないの?」


同居人、その言葉に全員がはっとなる


確かに鏡花も先程巻き付かれずにそのままだった、彼女の場合ベルという犬を飼っているからそれを警戒したという推測が生まれていたが、今回静希の場合はメフィ達の気配やにおいを感じ取ったのではないかという事だ


「でもさ、それだと私も嫌われてなきゃおかしくない?私結構な頻度で静の家にいるよ?」


雪奈の言葉にそう言えばそうだと静希が頷く、明利同様静希の家に入り浸ることが増えた雪奈、鏡花の理論で言えば雪奈にも人外の気配やにおいがうつっていても不思議ではないが、彼女は特に問題なくイーロンに巻き付かれている


「ん・・・雪奈さんってあいつらに抱き着かれたりとかしてます?あいつらっていうかもう約一名ですけど」


約一名、この場ではメフィの事だろう、静希と共に生活している人外で誰かに抱き着くことをしているのはメフィだけだ


それも最近ではメフィは静希にしか抱き付こうとしない、本当に時折明利を抱き枕にしている位のものである


「・・・なるほど、あいつらの気配がほんの少しでも染みついてるなら、警戒されても不思議はないな」


警戒される最大の理由、それはメフィの持つ強大な悪魔の気配なのではないかというのが鏡花の推測だった


確かに四六時中一緒にいるのだ、匂いとは言わなくともそれなりの何かが静希に染みついていても何ら不思議はない


今まで静希が動物そのものに関わってこなかったためにそう言ったことに気付くことはなかったが、もしかしたら長期間一緒にいることによって何かしら変化が出ているのかもしれなかった


静希を始め、メフィなどの人外たちに慣れている鏡花たちはすでに一度上級悪魔らしき存在と対峙したところで問題なく行動できるだけの胆力を身に着けた


それが単なる慣れなのか、それとも別の何かなのか、静希達にはわかりようもないが説明できないような何かがあっても不思議はない


「よかった、俺の性格が悪いから嫌われてるとかそう言う理由じゃないんだな」


「いやまぁあんたの性格面が原因で嫌われているって可能性もないわけじゃないんだけどね」


ぬか喜びもつかの間、鏡花からまだ性格が原因であるという可能性があると指摘され静希は若干項垂れる


鏡花は頭がいい、相手の事柄に対して指摘することはかなり得意としている、その鏡花が『お前は性格が悪い』といったのだ、恐らくそれは事実なのだろう


元より歯に衣着せぬ物言いをしていた鏡花ではあったが、ここまでストレートだと流石にくるものがある


無論静希だって自分の性格くらいは把握している、少なくとも性格がいいなどとはお世辞にも言えないようなものであることくらいは理解しているつもりである


とはいえ他人の口からはっきり言われると、それはそれで傷つくものである


「つかそれだと静希はもうペットとか飼うのは絶望的じゃね?いろんな意味で」


「・・・そうだな・・・そう言えばそうだ、あいつらがいる時点でペットは飼えないか」


思えば将来的には犬でも飼えればいいかなとか楽観的なことを考えていた静希ではあるが、自分のトランプの中にいる人外たちのことを考えると生き物を飼うというそれ自体が難しいという事に今さらながら気づかされる


なにせ定期的にトランプの中から出ることになるのだ、その度に強烈なストレスを与えていてはまず間違いなくペットは体を壊すだろう


逃げ出すことができるような野生の動物ならまだいいが、そもそもにおいて逃げ出すことが難しいペットではその威圧感を徹底的に浴びせることになってしまう


脱毛症などのストレスの典型的な症状であればまだいいかもしれないが、ストレスで病気になったりすることも不思議ではない、そんな可哀想な真似はさすがにできない


人外と出会ってからいろいろと人生設計に制限が課せられているような気がしないでもないが、その分いろいろな経験をしているのだからましだろうかという気もしなくもない


「そういう事だ明利、雪姉、将来的にペットは諦めてくれ」


「う・・・うん、全然平気だけど」


「なんか静の方ががっかりしてる気がするよ」


明利は動物好きだし雪奈も生き物は好きだ、だが静希は犬を飼うという事にちょっとした憧れでも抱いていたのか、結構ショックを受けているようだった


人外を身近に置いているというのも、なかなか苦労が多いのだなと鏡花は少しだけ同情した









「という事で、お前達から何か悪影響を受けているか否か、調べてみようと思う」


その日帰宅した後、静希は人外たちを集め緊急会議を催していた


今まで特に気にしてこなかったのだが、人外たちと一緒にいることによって何かしらの変化が静希の体に起こっていないかというのを調べるためである


思えば動物たちが危険を察知し我先にと逃げ出すような存在が身近にいながらまったくその影響を受けないと思っている時点でそもそも考えが足りなかったのだ


「私達っていうか、主に私からの影響よね」


「そうだな、まず間違いなくメフィからの影響は多いと思う、人外の中で一番お前が強いしな」


一番強いと言われてメフィは少し誇らしげに胸を張っているが、この場でそれはスルーするべき内容だ、今重要なことは何かしらの影響があるかどうかという点である


特に静希はこれからもずっとメフィ達と一緒にいるのだ、そう考えるとたった一年で何か影響があるようなら、恐らくこれから十年二十年と一緒にいた時、どうなるのかわかったものではない


「今まで契約してきた人間に何かしらの変化が出た奴らっていないのか?お前結構な数の人間と契約してきたんだろ?」


「そうねぇ・・・生活に変化があった人は何人もいたけど、本人に変化があったっていうのはほとんどいなかったわよ?シズキみたいに体そのものが変化するとか言うのも結構レアなケースだし」


体そのものが変化する、それはつまり静希の両腕のことを指しているのだ

静希がメフィと契約してからその体は大きく変化した、左腕は義手に、右手は奇形化、原形をとどめているとは口が裂けても言えないだろう


メフィとしても自分の契約者がここまでの状態になるというのは珍しいのだろう、少し申し訳なさそうにしていた


「そう言う外見的なものじゃなくてさ、なんていうかこう・・・お前で言うところの魂の色?みたいなものに変化はないのか?」


メフィ達悪魔は過去魂のやり取りをしていたというだけあって魂の色を見ることができるらしい


今ではほとんど使われない技能となりもはやただの暇つぶしにしかならないようなものらしいが、メフィ自身まさかこんなところで使用することになるとは思わなかったようだった


「えっと・・・静希の色は昔と変わらないわ、とっても綺麗なままよ」


メフィの言葉に静希は悩みこむ、実際一番影響を受けそうだったのが魂なのだが、そう易々と変わるものではないのだろうか、それはそれで嬉しい誤算なのだがどこに変化が生まれているのかわからないという意味では悪い知らせに他ならない


「じゃあ魂には影響なしか・・・じゃあどこだ?オルビア、俺の気配とか匂いとかって昔と何か変わったか?」


「そう申されましても・・・匂いはマスターのもの、そして気配も昔のままです、殺気や立ち振る舞いなどは日々の訓練のおかげかかなり洗練されたものになっておりますが・・・」


日々の努力のおかげといえば聞こえはいいが、その中にいったいどれくらいメフィの影響が含まれているのかはまた謎である


「邪薙はどうだ?昔に比べて俺は何か変わったか?」


邪薙は静希の全身を眺めながら唸り始める


昔との違いを見つけようとしているのだろうが、少々難儀しているようだった


「むぅ・・・昔からの違いなどはわからん・・・多少背が伸びて筋肉がついたくらいか・・・毎日見ているとこういう変化は正直わかりにくくてな・・・」


邪薙の言う事ももっともだった、当然ではあるが静希達は毎日顔を合わせている、毎日見ているものはその変化がわかりにくい、生き物の変化は特にわかりにくいのだ


一ヶ月二ヶ月会っていなければその変化もよくわかるかもしれない、あるいは写真などに記録することでその変化に気付けるかもしれない


だが生憎と静希が知りたいのは外見的なものではなく内面的なもの、あるいはそれに近しい何かである


もし一年の間に動物が恐れるメフィの、悪魔の気配に近い何かがうつってしまっているのであればそれはゆゆしき問題だ


現在はまだ近づきたくない程度のものであっても、将来的に動物全体が逃げ出すほどのものになってしまった場合、隠密行動などできるはずもない


むしろ鏡花の言っていた『性格が悪いから嫌われている』という方がよほどましというものである


「気配とか、人外のそれに近づいてるってわけじゃなさそうだし・・・何がいけないんだろうな」


「じゃあ一週間かそこら私が自主的に静希に抱き着くのをやめて、それでイーロンに嫌われたままなら、私が原因じゃないってことになるんじゃない?それこそ単に静希が危険だと思われてるってことだし」


「ん・・・まあそうであればいいんだけど」


これから人外たちと一緒に過ごす中で自分に何らかの変化が起きているのであればそれは可能な限り阻止したいものだ


そう言う意味ではメフィに多少協力を求めるのも必要な事だろう


「じゃあ一週間試験的にお前達との直接接触を断ってみよう、それで変わらなきゃ俺の性格が問題だってことで」


「性格が問題で動物に嫌われるというのも妙な話だがな」


「それを言ったらおしまいですよ邪薙」


人外達の中で新しい試みが始まる中、静希は生まれて初めて自分の性格が悪いと思われていればいいなと思ったのは別の話である


誤字報告を五件分受けたので1.5回分(旧ルールで三回分)投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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