本質と笑顔
陽太の誕生日を終え、二人が結ばれてから数日、静希達が発見した完全奇形の子供イーロンはめでたく完成した学校の飼育施設に入れられることになった
喜吉学園の敷地内、校舎から少し離れた演習場の隅にそこは作られていた、どうやら大きくなっても問題ないようにある程度拡張工事などを行えるようにしているらしい
現在の大きさは一戸建てくらいのもので、今のイーロンの大きさを考えれば少々大きすぎる飼育小屋だった
だがそれも大は小を兼ねるという言葉があるように、彼女が動き回るには苦労しない場所となるだろう
最初こそ明利が様子を見たりして小屋でおとなしくしていられるか不安になったものだが、どうやらイーロンも少しずつ明利離れができているようで、一晩くらいならば問題ないようだった
朝早く、静希とランニングを終えた後、静希と共に学校へ向かい、明利は真っ先にイーロンのいる飼育小屋に向かい彼女を回収する
そしてまたいろんな人と接触させるべく自分の首に巻き付けたり、城島の首に巻き付けたりしている、この生活が始まって一体どれくらいが経過しただろうか、イーロンも明利も、そして他の学生たちもすっかりこの生活に慣れているようだった
時折、明利が帰った後も生徒たちがイーロンの相手をしているのだとか、近々イーロンの飼育担当をするための委員会のようなものが発足されるらしい、あまりの好待遇に明利からすれば嬉しい限りだった
とはいえ、授業中に城島の首に巻き付いているのを見ると流石に笑いがこみあげる、城島自身もうイーロンが巻き付くことを気にしないようにしたのか、何の問題もないとでもいうかのように授業を続けていた
「あの子もずいぶんこの学校に慣れたわよね・・・会ったばかりの時が懐かしいわ」
「まぁな、動物の成長は早いっていうし、前よりちょっと大きくなってるっぽいな」
日常的にその姿を見ているからその変化には気づきにくいが、毎日写真を撮ったり明利が健康状態を調査する傍ら体長と体の太さを記録している、ほんの少しずつではあるもののイーロンは大きくなりつつあるのだ
「最近初等部の子たちも見に来たんでしょ?びっくりしなかったかしら」
「見た目ドラゴンだからな、東雲姉妹曰く結構な人気者だったらしいぞ」
喜吉学園で飼育する奇形種、専門学校ができてから初の試みに学園全体が浮き足立っている、そしてイーロンは教材としての役割をしっかり果たしているようだった
今はただ学校で飼育しているから大事にしましょう程度の案内だったらしいが、これから奇形種という事を学ぶ上でイメージしやすくするというのは重要なことだ
もっとも奇形種について学ぶのは高等部に入った後の話であるが
「育ての親の明利としてはどう?あの子が親離れするっていうのはちょっと寂しかったりするの?」
「うぅん・・・確かにちょっと寂しくもあるけど・・・それでも嬉しいかな、いろんなことや人に目を向けたほうがいいに決まってるもん」
生まれたばかりの頃、一番手の焼ける時期に世話をしていた明利からすれば、少しずつ自分から離れて行こうとしているイーロンに思うところはあるのだろう、子を産んでいないのにいつの間にか親の気持ちになっているというのもなかなか妙な話ではある
だがそこは今まで多くの植物を育ててきた明利だ、育てることの難しさと、その困難が報われたときの達成感も両方とも享受できる
手がかからなくなってきた、それは彼女にとっては自分の苦労が報われているのだという気持ちになるのだ
「ただね、最近イーロンが今誰に巻き付いてるのかわからなくなる時があるんだ」
「あぁ、そう言えば人から人へ常に動いてるからな・・・ちなみに今日は・・・」
「えっと・・・最初は明利で、そこから城島先生・・・そこから他のクラスの人に行って、そこからもうわからなくなっちゃった」
イーロンがいろんな人とのかかわりを持って行くのは明利としてもありがたくうれしいことなのだが、時折その行動範囲がつき抜け過ぎてどこに行っているのかわからなくなってしまうことが多々ある
久しぶりに食堂に行ってみたら明利達とはかかわりのない先輩の首に巻き付いていたり、城島以外の教師の首に巻き付いていたりとイーロンを見る機会は非常に多くなってきた
彼女の安住の地が誰かの首である以上、マフラーのごとく巻き付いているのは仕方のないことなのだが、今やそれが一種のトレンドのようになってしまっているのが不思議なところである
一回の授業の間に最低一回は移動が行われるために、確認しようにもすでに別の人の首に巻き付いていたりと把握のしようがないのだ
こんなくだらないことで明利の能力を使うのもどうかと思い、そして一種の放任主義という事で明利も現在位置の確認までは厳密に行ってはいないものの多少心配になるのも事実だ
「まぁあれだ、帰宅するときには絶対に小屋に戻すことって厳命されてるし、守衛さんにも話は通ってるんだろ」
「うん・・・でもたまに小屋に返すのが面倒なのかな、守衛さんの首に巻き付けて帰る人もいるんだよ・・・守衛さん凄く困った顔してた」
学園の正門や裏門などには守衛室があり、そこには出入りを管理する守衛が存在する、小屋まで向かうのが面倒な生徒は守衛にイーロンを巻き付けてそのまま帰ってしまうのだという、要するにイーロンを外部に持ち出さなければいいという認識なのだろう
もちろんその認識は間違っていないが、守衛としては唐突に奇形種を巻き付けられて困ってしまうのも当然だ、不安そうな表情をしている守衛の顔が目に浮かぶようである
さすがに放任主義すぎるのも問題かもしれないなと思いながら、どうにかするべきかもしれないと静希達も考え始めていた
イーロンが新しい生活に慣れ始め、学園内で度々視界内に入るようになってからというもの、少しずつではあるが生徒たちの中にもイーロンに懐かれる人物が出始めていた
明利をはじめとし、城島、陽太、石動など、そしてクラスの数名と他のクラスや学園の中にそれぞれ何人かの人間が積極的にイーロンに巻き付かれていた
巻き付かれやすい人ほど懐かれているという一種の指標なのだろうが、その中で、かなり最初の方からイーロンを目撃していた静希や鏡花はあまり巻き付かれていなかった
それを自覚させたのはある日の昼食時である
「幹原、しばらくイーロンを預かっていてくれるか?」
四人で固まって食事をしている中、首にイーロンを巻き付けた石動が明利の下へとやってきたのだ、昼食を食堂でとるのにイーロンが邪魔になってしまうらしい
「うん、いいよ、おいでイーロン」
明利が手を差し出すとイーロンは嬉しそうに明利の腕を伝いその首に巻き付いていく、明利の首はやはり落ち着くのか、巻き付いて定位置を見つけるとすぐに体を休めていた
今となってはなかなか見ることが少なくなった明利に巻き付いている姿を見て、鏡花が小さくため息をつく
「それにしてもやっぱりちょっと大きくなったかしら、一回り位太くなってる気がするわ」
「そうかな・・・でもそこまで重さ自体は変わらないと思うけど」
そう言って明利は鏡花の方にイーロンを誘導しようと手を伸ばす、イーロンもその意図を察したのか明利の腕を伝って移動しようとするが、鏡花の首に巻き付こうとする瞬間停止して明利の首の方に戻ってしまったのだ
「え?あれ?イーロン?どうしたの?」
「・・・ひょっとして私嫌われた?」
自分に巻き付いてくれなかったという事実が鏡花に若干のショックを与えたのか、鏡花は僅かに笑みをひきつらせていた
「あー・・・鏡花は犬飼ってるからな、そう言う意味で匂いかなんかがついてるんじゃないのか?」
「・・・あぁ・・・なるほどそう言う・・・ことだと思いたいわね」
イーロンは人を見る目がある、そんな風に鏡花たちは認識していたために嫌われたという風に感じた時は少々傷ついた、これが犬を飼っているせいだと思いたい
「じゃあ俺はどうだ?うちに結構いろんな奴がいるけど」
そう言って静希は手を伸ばす、明利もそれに呼応して手を伸ばすが、こんどは手を伝うまでもなく、静希を一瞥しただけで明利の首からまったく動こうとしなくなってしまった
「・・・おい、これはどう反応するべきだ?」
「これは完璧に嫌われたわね、あんたが危険人物だってわかってるのよ」
鏡花は少し近づいてから逃げたというのに、静希には近づこうともしない、これは明らかに拒絶反応とみるべきだろう
多くの人と接する中で危険な人物とそうでない人物の違いを見分けられるようになったという事だろうか、嬉しいやら悲しいやら、生まれたばかりのころから知っている静希からすれば複雑な心境だった
「まぁしょうがないんじゃね?静希は最初イーロンたちの処分を検討してたしな」
「それ今関係あるのか・・・?地味にショックだなこれ」
別に誰かに嫌われようとバカにされようと気にするようなことはなかったのだが、動物から嫌われるというのはなかなかにショックが大きい
動物は自分にとって安全か危険か、最低限の見極めくらいはできる、大人になるにつれその見極めは鋭くなっていくがこんな幼い時期から危険人物扱いされているというのは非常に複雑な気分だ
「ちょっと待てよ、俺が危険だっていうなら城島先生はどうなんだよ、あの人俺と同じかそれ以上に凶暴だぞ」
「ずいぶん失礼な言い回しね・・・確かにイーロンは城島先生には何の抵抗もなく巻き付いてるわよね」
イーロンが城島に巻き付いている割合は結構高い、明利の次に多いのではないかと思えるほどだ
そして静希の言いたいことも分かる、確かに城島はいろいろと凶暴な面が多い、もともとの気性の荒さという意味では静希と同等かそれ以上のものを秘めている
「でも城島先生っていつもは厳しいけど、私達のことをよく考えてくれてるよ?そう言う面を感じてるんじゃないかな?」
「あぁ確かに、先生ってパッと見厳しいし怖いけど、実際はそうでもないのよね・・・なんて言うか、この子はその人の本質を見てるんじゃないかしら」
人の本質
随分と奇妙なことを言うなと思ったのだが、思えば雪奈もイーロンからは割と好かれている、戦闘時には凶暴な一面を見せる彼女ではあるが、普段の姿を見ればその凶暴性はなりを潜めている
城島も、生徒の前だからこそ厳しく接しているが彼女の婚約者である前原などの前ではとても優しくやわらかな笑みを浮かべているのを静希達は目撃している
あれが彼女の本質だというのであれば、確かにイーロンの目は間違っていないだろう
「・・・てことは何か、俺は本質的に危険人物ってことか」
「否定もできないでしょうよ、あんたこの学校きっての危険人物じゃない」
危険人物、鏡花の言うように確かに静希はこの学校で一、二を争うほどの危険人物だ
悪魔の契約者というのもそうなのだが、どちらかというとその性格的な意味でこの学校の中で随一の凶暴性、いや凶悪性を秘めていると言っていい
かつて船の中でその一端を垣間見ている鏡花からすればこの結果は当然と言ってもいいほどだ、動物が恐れるのもまた仕方のないことである、特にイーロンは生まれたばかりの頃に静希の殺意をほんのわずかではあるものの向けられているのだ、苦手意識があっても仕方のないことである
凶悪性というのは、ただ単に悪事を働く人間に存在しているものではない、場合によっては仕方なしにそれをする者がいるのもまたそうであるように、凶悪性というのはその人物がどのような考えをするのかというのが指標となる
陽太や石動といった戦闘に特化した人間は総じて単純かつ分かりやすい考え方をするタイプが多い、逆に静希や鏡花といった戦闘よりもその補助などに特化した人間は複雑かつ面倒な思考をすることがある
更にそのほかにも明利のような後方支援に特化したタイプには、争いを好まず戦い事態を避けたいと考えるような所謂ハト派の人間が多い
この中で凶悪性を含むことが最も多いのは静希や鏡花といったタイプの人間だ
状況判断に長け、その中で次の手段を考えるうえで非情な手段をとることを視野に入れることで、徐々にその考えは深く暗い場所へと進んでいく傾向があるのだ
特に静希は関わる事件に面倒事が多かったために、その思考は通常の学生では本来たどり着かないであろう所まで進んでいる
生来の性格というのもあるだろうが、静希の潜在的な凶悪性は他と比類しないほどだろう
今はそれは表面的になっていないが、いつかそうなってもおかしくないのだ
それはスイッチとでも言えばいいだろうか、一定の行動や状況によって露見する、それがかつての七月にあった事柄である
自らの危険、そして自らの身内への危険によってそれは露見することが多い
時によっては静希自身がそうであるように演技することもあるが、それが本当に演技なのか、わからなくなる時がある
どちらの静希が本当なのか、言ってしまえば妙な話だが普段こうしてただの学生のように見える静希と、『敵』と相対した時の非情な静希、どちらが本当の静希なのかわからなくなるのだ
「イーロンは賢い子ね、ちゃんと静希が危ないって気づいてる」
「ぐぬぬ・・・俺のような弱小能力者を捕まえて危ないとは・・・」
「どの口が言うんだか、危ないのはその使い方的な意味でよ」
静希は確かに能力の性能だけ見れば弱小の部類に入る、収納系統としては明らかに劣るその許容量では、本来の収納系統の役割すら果たせないだろう
物資の運搬などの後方支援、それこそ本来の収納系統の役割だ、静希は自分の能力が弱すぎるから今の戦い方を確立したに過ぎない、本来であれば物資の輸送などに従事すべき能力者が戦闘に参加する時点でナンセンスなのだ
だが、能力者というのは、いや人間というのは良くも悪くも能力の強弱だけでは優劣は決められない
その個人が持っているすべての技術や知識、能力や特性などすべてを含めてその人物の実力として判断される、静希の場合、能力以外の部分でカバーしているに過ぎない
そして危険性というのは能力や実力ではなく、その人間の本質によって決まる
例えばかつて名医だった有篠晶、彼女の能力は強力だ、正しく使えば救えない命などないほどに
だが彼女は狂った、狂ってしまった、その結果大量の人間が犠牲になった
娘をよみがえらせようとしていた泉田順平もまた優秀な人間だった、その能力を使えば多くの人を生かすことができただろう
だが結果的に、彼はすべてを捨ててでも娘をよみがえらせようとした、その目が狂気に染まっていたのを静希も見ている
要するに使い方次第なのだ、どんな能力だろうと、どんな力を持っていようと、結局のところはそれを使う人間によって善にも悪にもなる
静希の場合、悪に限りなく近い場所での使い方をしているという事だろう
「んなこと言ったら陽太だって結構危ない使い方してるじゃないか、何で俺だけ」
「陽太の場合危ないって自覚しないまま使ってるからまだ救いがあるわ、あんたの場合危ないって自覚したうえで使うでしょ?もう手遅れよそれ」
自覚しないうえで使うというのもまた恐ろしいものだ、だがこちらはその危険性さえ教えてしまえば学習して使用を控えることもできる、鏡花に言わせれば陽太はまだ問題ない部類なのだ
だが危ないと自覚したうえで使う、それは場合によっては最も恐ろしいことでもある
危険性を理解したうえで、その結果を理解したうえでそれを扱うという事は相手にとっても自分にとっても甚大な被害を容易に起こせるという事である
使用法やそれが引き起こす結果の熟知、それをしているか否かで使い方は大きく変わってくる
陽太は自分の持つ能力やその力が何を引き起こすのか、大まかにしか理解しておらずその細かい使用法などは静希や鏡花などの司令塔に一任している
それは陽太自身が自分の能力の根幹を正しく理解していないというのもそうだが、理解することで自分が能力を正しく使えなくなる可能性があることを理解しているからでもある
正しい使い方などを考えるのは自分の仕事ではなく、自分は与えられたものに全力を注ぐ、それが陽太の戦い方であり能力の使い方だ
対して静希は、自らが使う能力やその効果が何を引き起こすのかをほぼ完璧に理解している、理解して危険だとわかっていてなお使う
使った結果相手がどんな結果になるか、わかっていたうえで使う
はっきり言ってこれ程性質が悪いものはないだろう、自分のやっていることを自覚してなおやめるつもりがないのだ
敵にするにしろ、味方にするにしろこれほど厄介な存在は他にいない
「手遅れってことは・・・もうイーロンから好かれるのは絶望的か・・・」
「せめて笑顔の練習でもしてなさい、そうすれば少しはましになるかもしれないわよ」
鏡花は静希の笑みというのをあまり見たことがない、一番印象に残っているのは凶悪な邪笑だ、あんな笑みを浮かべる男が動物に好かれるかと聞かれれば迷わずノーと答えるだろう
「そういや静希が笑う事ってあんまりないよな、時々しか見ない気がする」
「そうか?結構笑ってる気がするんだけど」
静希の言うように、割と静希は笑みを浮かべている、ただそれは苦笑だったり微笑みだったりと本質的な笑みではないことが多い
面白いことや楽しいことがあって笑うというところを久しく見ていないのだ
「静希、ちょっと笑ってみなさい」
唐突な鏡花の指示に静希はとりあえず表情を変えようと顔の筋肉を動かし始める
「・・・こうか?」
「うっわ、嘘くさい笑顔」
指示しておいてこの反応、これは怒ってもいいのではないかと思えるほどだが、どうやら明利や陽太も同意見のようだった
静希が浮かべた笑みは普段の静希からすると想像もできないほど爽やかなものだったのだ、明らかに嘘だなとわかるほどの笑みである
「なんかその顔だとむしろ裏でなんか企んでそうよね、胡散臭い笑みだわ」
「お前人の精いっぱいの笑顔をこの野郎・・・」
鏡花の酷評に対して陽太は腕を組んだ状態で何やら悩み始めていた
「そういや静希が本気で笑ったところってここしばらく見てないような気がするぞ、最後に無邪気に笑ってたのっていつだよ、もうアルバムの中か?」
そう言えばとその場にいた全員が静希の切って貼り付けたような笑みを見てさすがにこれでは静希の笑みを見たことにはならないと判断したのか自分たちの記憶を総動員して静希が笑っているところを思い出そうとしていた
一年以上一緒に過ごした鏡花も、十年以上共に過ごした陽太や明利も静希が何時頃まで純粋な笑みを浮かべていたのかを思い出そうとしていた
「明利はどう?静希が笑ってるところって見たことある?あんた結構な頻度で一緒にいるでしょ?」
「笑ってるところ・・・笑ってるところ・・・普通に笑うところはよく見てるけど・・・そう言えば爆笑とかはあんまりしてないような・・・」
生活にほぼ密着している明利でも、静希が純粋に笑っているところを見たことは少ない
本来笑うというのは楽しかったり面白かったり嬉しかったりするときにするものだ、静希の場合嬉しい時は普通に笑うが、楽しい時や面白かった時など、爆笑するという純粋な笑みを浮かべることが極端に少ない
感情が欠落しているとかそういう事では決してないが、なんというか静希が笑っているところは非常にレアなのだ
「この前入れ替わってる時は比較的笑ってなかったか?明らかにおかしかったけど」
「あれは明利が中に入ってたからでしょ・・・あれもあれで気持ち悪かったけどね」
「人の顔に対して酷い言い方だなお前ら」
静希と明利の中身が入れ替わっていた時、虎杖の能力により入れ替わった二人は確かに異常な状態であったためにあれが静希が笑っているとは言いにくい
しかも明利の体と顔でいつもの静希のような表情をするのだ、これまた何とも恐ろしい限りだったのは記憶に新しい
そして明利が中に入っていた静希の体と顔で穏やかな笑みを浮かべている時に強烈な違和感と不快感を覚えたのもまた同じく脳裏にこびりついている
それほどまでにあの状況は強烈だったのだ
普段の性格というのもあるだろうが、明利が浮かべるような表情は静希には圧倒的に似合わない、そう考えると静希が浮かべる笑みというのは一体何なのだろうかと疑問さえ覚えてくる
「そもそもあんたが普通に笑ってるところって・・・もしかしたら私見たことないかもしれないわよ」
「嘘つけよ、俺絶対どっかで笑ってるって・・・たぶん」
静希自身ここ最近爆笑という類の笑いをした記憶がない、もしかしたらどこかしらであるかもしれないがそれを鏡花たちが見ているかどうかは定かではないのだ
少なくとも高等部に上がってから学校や実習中などに思い切り笑ったような記憶はない、そこまで笑うようなことがなかったというのもそうだが、笑えるような状況になかったというのもある
なにせ高等部に上がってすぐあった実習で静希はかなりの面倒事に直面したのだ、それほどの余裕がなかったというのもあるのかもしれない
「そうか・・・静希の笑ってるところって明利が怒ってるときくらいレアなんだ」
「なんかすごい嫌な言いかただけど・・・そんなに笑ってないか?俺」
鏡花の言うことはなかなか的を射ている、明利が怒っているところも言ってしまえばかなりのレアものだ
そもそもにおいて沸点の高い明利だが、基本的に怒るという事がほとんどない、大抵は静希や陽太が先に怒るというのもあるのだろうが彼女が感情を高ぶらせているところを見ることができるのは本当に僅かだ、年に一回あればいい方だろう
静希の純粋な笑顔というのも、明利のそれと同じくらいレアなものだと判断したのか、鏡花は頷いた後で仕方がないと呟く
「私達だけじゃどうにもならないなら他の人に聞きに行きましょ」
「他の人って、一体誰だよ」
そんなの決まってるでしょうと言った後で鏡花は携帯を操作しだす
一体何を考えているのだろうかと静希達は顔を見合わせるが、鏡花がそういう事を聞き出せそうな人間は限られている
さらに言えば静希のプライベートまで食い込んでいる人間など数えられる程度だ、そうなってくるともはやその人物は決定したようなものである
「静が笑ってるところ?」
放課後、静希達は訓練のついでに昼間の話をするために雪奈を呼んでいた
静希との付き合いが一番長いのは何と言っても雪奈だ、なにせ物心つく前から一緒にいるのである、本当の姉弟と言っても差支えない時間を過ごしているため、静希の笑っているところを見たことがあると踏んだのだ
「はい、ここ最近静希の奴が笑ってるの見たことないんすよ」
「あー・・・確かにそうかもね、昔はよく笑う子だったんだけどなぁ、いつの間にやら笑顔が失われて・・・」
「人を呪われたみたいに言うな、今でも普通に笑えるっての」
笑おうと思えばいつでも笑える、ただ心の底から笑うというところを陽太達が目撃していないのもまた事実である
今回の場合、作り笑顔をするのではなく本心から笑っているところを見る必要があるのだ
「で、雪奈さん、何か心当たりありますか?」
鏡花の言葉に雪奈は腕組みをして悩み始める、記憶の中にある静希が笑っているところを思い浮かべているようだった
「んー・・・家にいる時は比較的笑うことが多い気がするよ、お笑いとかギャグ漫画とかアニメとか見てる時は特に」
「静希、あんたお笑いとか見るんだ」
「なんだよそれ、俺がお笑い見ちゃ悪いってのか」
悪いとは言わないが静希がそう言う番組を見るのが意外だったのか鏡花は信じられないといった表情をしている
静希からすれば酷く心外だ、自分は確かに多少危険人物にカテゴライズされつつあるかもわからないが、一応はただの高校生だ、そう言った番組を見ることくらいはある
「特に静が笑ってるのはあれかな、よく外国人とかのホームビデオが流されるやつ、ほら面白おかしい失敗とかがたくさんあるあれ」
「あぁなるほど、そう言うのが笑いのツボなんだ」
趣味趣向が分かれるように人にとっての笑いのツボというのも必然的に違ってくる、静希の場合の笑いのツボは漫才や漫画などの作られた笑いよりも、一般人が作り出す自然な笑いの方が好みなのだろう
「にしても意外だわ、静希ってニュースとかドキュメンタリーくらいしか見ないと思ってたから」
「いったいどんな想像してたんだ?むしろバラエティーとかも普通に見るぞ・・・まぁあいつの影響っていうのもあるけど」
あいつというのはもちろんメフィのことだ、彼女にとってテレビを見ることが娯楽になっていた時期もあったために静希達もそれにつられて一緒に見ていたのだ
今まで見てこなかった番組も彼女と一緒に見ることで開拓してきたものもある、そう言う意味では視野が広がったというべきなのだろうか
「じゃあ静希は家にいる時は結構笑ってるんですか?」
「そうだね、毎日ってわけじゃないけど・・・週に・・・一回か二回くらいは笑ってるんじゃない?」
週に一、二回笑う
それは果たして頻度が高いのか低いのか、鏡花たちもよくわからない
思えば自分がどのくらいの頻度で笑っているのかというのもよく思い出せないのだ
「んなこと言ったら鏡花だってあんまり笑ってないじゃないか、陽太は結構笑ってるけど」
「私?私は結構笑ってるわよ?・・・たぶん」
自分が普段どれだけ笑っているかなど気にしたことがないために鏡花は若干自信がないようだった
「それ言ったら明利が爆笑してるところとか私見たことないわよ?」
「え?私?・・・そうかな、結構笑ってる気がするけど・・・」
次々と笑いに関しての対象が変更していく中、静希と雪奈は明利の方を見て首をかしげる
「そう言えば明利は普通に笑うことはあっても爆笑とかは無いよな」
「そうだね、呼吸が苦しくなるほどの笑いってみたことないかも」
雪奈の中でも爆笑は笑いすぎて呼吸ができないレベルのものらしいが、確かに明利は普通に朗らかに笑うことはあっても涙をこぼすほどに笑っているところは見たことがない
子供の頃は一緒に遊んでいる時に一緒になって笑った記憶があるが、中学以降からは本気で笑ったことが少ないように思ったのだ
「あぁなんという事だ、静に引き続き明ちゃんまで笑顔を失ってしまったというのか」
「そんなことありませんよ、普通に笑ったりします・・・たぶん」
明利も自分自身のことはあまり自信がないのか、自分の記憶を手繰り寄せるようにしながら悩み始めている
そもそも笑いというのは意識的に行うものではなく自然とこぼれるものだ、意識していないものを思い出すのは非常に難しい
そして静希達は常日頃から一緒にいることが多い、笑っている時は一緒に笑っていることが多いためにさらに記憶に残らないのである
「それに比べて雪奈さんや陽太はよく笑いますよね、やっぱり前衛型って単純なのかな」
「ん?鏡花ちゃんや、ひょっとして今バカにした?」
「いいえ、褒めてますよ」
鏡花のとっさの言い訳にそうかそうか褒めてるかと雪奈は満足そうに笑みを浮かべている
それでいいのかと静希は自分の姉貴分に若干の不安を覚えたのだが、それはもはや今さらだろう
とはいえこの中で頻繁に笑っているのは雪奈と陽太のみ、それ以外の人間は日常的に笑うという事はあまりしていないようだった
累計pv17,000,000、ブックマーク3200件突破、評価者人数340人突破のお祝いで2.5回分(旧ルールで5回分)投稿
ようやくお祝い分の投稿を消費できた・・・愚痴も書いてスッキリしたし心機一転、誤字が少なくなるように努めようと思います
これからもお楽しみいただければ幸いです




