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J/53  作者: 池金啓太
二十八話「見るべき背中と希少な家族」

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陽太と鏡花の

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、私自体はただの学生よ、まだまだ未熟者のね」


「んなこと言ったら俺だってそうだよ、静希はただ単に運が良かった・・・あー、いや運が悪かっただけだろ」


運が悪かった、それは自分達にも言えることだろうが、静希最大の不運は彼が悪魔を収納でき、なおかつ気に入られてしまうだけの能力を有していたことに起因する


これがもう少し違う、それこそ平凡な収納系統だったなら話は変わっていただろう


きっと普通に巻き込まれて、何とか生き残って、悪魔とのかかわりなどなく暮らしていくこともできたかもしれない


静希の性格というのもあるだろうが、こればかりはそう言う風になってしまったためにもはや何を言っても後の祭りである


「運が悪かった・・・か・・・でも私は結構運がいい方だと思うけどね」


「そうか?面倒事に巻き込まれていつも嫌そうな顔してたじゃんか」


「まぁそりゃそうだけどさ、今の毎日は嫌いじゃないわよ」


そう、毎回面倒事に巻き込まれるとはいえ、鏡花は今の日常が嫌いではなかった


面倒事というのは言ってみれば刺激のようなものだ、時折訪れては日常の平穏を堪能するための一種のスパイスのようなもの、これが毎日同じことの繰り返しではそのありがたみも薄れるのだ


さすがに毎日毎晩常日頃、雨あられのように面倒事が降り注ぐのであれば鏡花もさすがに難色を示しただろうが、一ヶ月に一度二度ある程度なら、まだ許容範囲内である


それに静希自身可能な限り自分たちを危険な目に遭わせないように配慮してくれている


そう言う意味では鏡花はむしろ恵まれている立場にあると思っていた、学生時代に本来ならできないような経験をいくつも積めているのだから


「そう言うもんかね、面倒事なんてない方がいいじゃんか」


「それはそうね、確かにあんたの言う通りよ、でも理屈通りに行かないこともあるってこと」


理屈で言えば、確かに面倒事などないに越したことはないのだ、平穏であれば何より、それが普通なのだ


だがその普通ではない事態があったからこそ、鏡花は今こうしていられる、静希と出会ってから普通ではないことの連続だった、いきなりナイフで刺されたり、動物だと思ったらエルフだったり、唐突に悪魔と戦うことになったり、神格と会ったり無人島に流されたり


奇妙な事ばかりだった、面倒事が好んで静希の下へとやってきているのではないかと思えるほどに面倒の目白押しだった


だがその結果、鏡花は今こうしてこの場にいる


面倒をすべてなかったことにしたら、こうはならなかっただろう、こういってしまうのは少々楽観的過ぎるかもしれないが、困難があるからこそ人は成長する


そして成長によって人は変化する、鏡花にとってこの変化は好ましいものだった


「じゃあこれからも面倒事ばっかでいいのか?」


「それは嫌ね、これ以上面倒事は極力起こさないでほしいわ」


若干矛盾しているような言葉に陽太はなんだよそれと苦笑する、理屈ではこれ以上面倒なんて起きてほしくない、だがそれを乗り越えた後、きっと鏡花はさっきと同じことを言うだろう、理屈では面倒事は無い方がいい、だが面倒事があるからこそ成長できる


故に、あの面倒事は、今まで経験した面倒事の数々は『あってよかった』のだと


「それに、これから面倒事があっても、あんたが守ってくれるでしょ?」


「お?なんだ?ひょっとして期待されてる?」


鏡花の言葉が少し嬉しかったのか、陽太は胸を張りながらにやけている、子供じみた態度に鏡花はつい笑みを浮かべてしまう


「そうよ、あんたには期待してるの、しっかり私を守ってよね?」


「ふふん、期待されてはそれに応えざるを得んな・・・いいぜ、ばっちり守ってやる」


本当に単純だ、だからこそ惹かれる、まるで引き寄せられるようにその表情から目が離せない


こうしていると本当に自覚する、自分は陽太のことが好きなのだなと


思えばそのきっかけも、先程話題に上がっていた面倒事の一つだった


あの時、杯の中で捕らわれていた時に自分を助けに来てくれた陽太


ただ助けに来るのであれば、きっと静希にもできただろう、だがあの時、陽太は体だけではない、鏡花の心も一緒に救い出したのだ


静希では決して届かなかっただろう、バカだからこそ、何も考えていないからこそ実直に響くあの声を聞いたからこそ、鏡花は陽太に惚れたのだ


「お待たせしました、ドリンクと前菜になります」


「ありがとうございます」


「お、来たな・・・んじゃまずは優雅に乾杯でもするか?」


運ばれてきた料理とグラスに入ったオレンジジュースを前に陽太は笑みを浮かべながらグラスを片手に持つ


「あんたが優雅に乾杯?そう言うタイプだったっけ?」


「いいじゃねえか、こういう場所なんだし、たまには違う行動だっていいもんだろ」


グラスを片手にそう笑う陽太に、鏡花も薄く笑う


たまにはこういうのもいいもの、確かにその通りかもしれない


いつものようにグラスをぶつけるように乾杯するのではなく、グラス同士を触れ合わせるような、陽太曰く、優雅な乾杯


それがマナー的に正しいかどうかはさておき、鏡花と陽太はゆっくりグラスを触れ合わせる


「誕生日おめでとう、陽太、生まれて来てくれてありがとう」


それは去年の五月、陽太の姉である実月が言った言葉だった、今この場で、鏡花はその言葉を言いたかったのだ、そして陽太もその言葉の意味を理解したのか苦笑していた


甲高い音がほんのわずかに聞こえる中、陽太と鏡花の夕食会が始まる









「鏡花ちゃんたち、大丈夫かな」


「今頃晩御飯食べてるんじゃない?むしろ勝負はこれからだよ」


鏡花と陽太がホテルで夕食を食べている頃、明利と雪奈は静希と共に夕食を食べにやってきていた、と言っても場所は静希の家ではなく近くのファミレスだ


明利の首に巻き付いていたイーロンは鏡花特製のペット用の籠の中に入っており、今は大人しく眠っている


イーロンがいなければ静希の家でもよかったのだが、さすがに人外蔓延る静希の家に生まれたばかりの完全奇形を置いておくのは多少リスキーだ、そういう事もあって久々に外食することにしたのだ


「でも鏡花ちゃんヘタレだからさ、もしかしたらお泊りだって言い出せないかもよ?」


「それは安心しろ、こっちで手を打ってある、有無を言わさずにしっかりとご案内するように言い含めてあるから」


「静希君準備良いね、なんか手馴れてる感じ」


静希はあらかじめ予約する際に、鏡花と響の食事が終わり、席を立ったら出口まで案内するように見せかけて部屋に案内するように言い含めておいたのだ


そしてエレベータを出た際に部屋の鍵を渡すようにとも


鏡花ならばエレベータに乗って移動を始めた時点で何かしらの意図を感じるだろう、いや、もしかしたら案内人がつく時点で気づくかもしれない


鏡花がヘタレなどという事はすでに周知の事実である、万が一陽太に言い出せなかったときのこともすでに重々承知、だからこその事前準備なのだ


多少多めに金額を渡すことでその程度のサービスは問題なく受けられるように説得してある、店側としては多少迷惑だったかもしれないが、あの二人の為だ、これも仕方のないことだろう


「鏡花ちゃん平気かな?さすがに初めてだと結構痛いし」


「鏡花ちゃんもある程度は痛みに慣れてるでしょうよ・・・まぁある程度だけど」


鏡花も実戦を幾度となく潜り抜けている、多少の痛みは経験があるだろうが破瓜の痛みはそう言うものとはまた別種のものだ、耐える耐えないにかかわらず、痛いものは痛いのである


「静の方からなんか陽にアドバイスとかしたの?さっきなんか話してたけど」


「いいや、特にこれと言って、まぁ鏡花に恥かかせるなよとは言っておいた、意味を理解してるかどうかは知らん」


静希は今回の件に関して、いやあの二人のことに関しては部外者に当たる、どんなにアドバイスをしたところで条件を整えたとはいえ結局のところ自分にできるのはそこまでなのだ


後は本人たち次第、それ以上のことを口に出すつもりもないし、何よりそう言った失敗なども貴重な経験になる、自分も通った道なのだから陽太も同じようにとおるべきだと静希は感じていた


「どうせならあぁやれこうやれってアドバイスすればよかったのに、ちょっとはましになったかもよ?」


「あの場でアドバイスしても陽太の頭じゃ覚えきれないって、下手に予備知識与えるより陽太の好きにやらせた方がいいだろ、やるかどうかは知らんけど」


問題は知識よりもどれだけ相手を思いやれるかだ、陽太は静希同様、身近な女性である実月からそのように教え込まれてきているからそこまで心配はしていないのだが、問題は鏡花である


いくら以前に互いの裸を見せているとはいえ、本番になって気圧されないか若干心配な部分はあった


「そう言うそっちは?なんか鏡花にアドバイスとかしたのか?」


「アドバイスっていうか・・・」


「初めては痛いよって話をしたよ、後は下準備が大事だってこと」


ほとんどアドバイスにすらなっていないような気がするが、その二つは気構えとしては大事なことだろう、知っているかどうかは結構重要である


「痛い・・・か、やっぱ二人とも最初は痛かっただろ?」


「そりゃもう、だって薄いとはいえ肉が引きちぎられるわけだからね」


「でも気がついたらあんまり痛く無くなってたよ、個人差もあると思うけど・・・」


二人とも破瓜の経験はしているが、その時のことは今でも思い出せるらしい、正確に言えばその時の痛みを思い出せると言ったほうがいいだろうか


女性にとって初めてというのは強い痛みと共に記憶に刻み込まれる、この二人の場合その相手が静希だったからというのも大きいのだろう


「そう言えばさ、明ちゃんの能力で膜の再生ってできるの?」


「え?あ・・・んと・・・どうなんでしょう・・・やったことないので・・・」


「食事中にする話じゃないぞ・・・いやまぁさっきからずっとそうなんだけどさ」


雪奈の言うように、明利の能力によって再生できるかどうかは少し興味はあるが、あったところでもはや試すことはできないだろう


人間は傷ができた時には基本的に自ら治そうとする、明利はあくまでその自己治癒能力を強化することで治療を施す


だから一度経験し姦通されたものを元のままにできるかといわれると、正直微妙なところである、ふさがった傷を元の状態にできるかは明利も試したことがないのだ


とはいえ確かに食事中にする話でもないなと雪奈も明利も自粛し始めていた


「まぁ、後は鏡花ちゃんと陽太君次第だね、明日・・・ううん、明後日くらいにまた集まりましょう」


「お、ガールズトークだね、こりゃ楽しみになってきた」


話の肴扱いされている鏡花が若干哀れでならないが、静希としては、そして鏡花としてもその話の内容が一つの結果に集約されることを望んでいる、そう言う意味では誰も損をしていないからいいことなのかもしれない











そして、レストランでの夕食を終えた鏡花と陽太は、ある部屋の前に案内されていた


鏡花の手の内にはこの部屋の鍵、そして既にエレベータは下の階層まで一直線に戻って行ってしまっている


静希が事前に手配した通りに、係員が二人をここまで誘導し、有無を言わさずに鍵を握らせたのだ


鏡花がそれに気づいたのは、案内されたエレベータが上の階に向かった時だった


これは静希の計らいだなと


係員に余計な発言もさせず、陽太にそれを気づかせることの無いように取り計らっている、なんというか静希らしい気づかいだ


「えっと・・・これは・・・どうすりゃいいんだ?」


「・・・たぶん静希が要らない気を回したんでしょ・・・なんというか・・・あぁもう・・・」


要らない気を回したなどと心にもないことを言っているのは少しでも自分の精神状態を正常に保とうとした結果だ、だが結局鏡花の心臓はうるさいくらいに脈打っている


夕食の時は会話をしていたこともあり徐々にではあるが緊張がほぐれていたというのに、いざ部屋を目の前にするとどうだろう、先程まで緩和されていた緊張がぶり返したかのように、いやさらに高められているかのように体が自分の言う事を聞かない


顔が赤くなっているのが自分でもわかる、次の言葉を早く言わないと明らかに不自然だ、静希への悪態でもこの状況の把握でも何でも口にしなければいけないのに、鏡花の口からは声が出ない


喉が渇いてしょうがない、数日水を飲まなかったかのように喉の奥が渇いているのがわかる、口の中から唾液が出ないせいでうまく声が出ない、極度の緊張を味わうとこうなるのかと鏡花のまだ冷静な部分は感心したが、今はそんな分析をしている時ではない


「・・・ん・・・まぁとりあえず入るか」


「・・・え・・・あ・・・うん」


まさか陽太からこの言葉を言われるとは思っていなかった、陽太は鏡花がもっていた鍵を手に取ると部屋を開けて中に入る


その中はかなり広い部屋が存在していた、そしてダブルベッドとそれぞれの家具、そして窓の向こうから見える夜景が広がっていた


この部屋をチョイスしたという静希の意地の悪さがうかがえる、こちらに選択肢を与えておきながらその二択の自由選択権を強制的に奪われた


いや、正確には奪ってなどいない、この部屋の家具を見る限り、強引な手を取ればまだ選択肢は二つのままだ、だがそうなると鏡花は絶好の機会をみすみす逃すことになる


どうする、どうする、どうする、どうする


鏡花の中でその四文字が延々と反響していく中、陽太は窓の外から見える夜景を眺めて騒いでいる


「うわ・・・たっけーな・・・見ろよ鏡花、車がすごいちっさいぞ」


「・・・あんたはいつも通りね・・・てかこれ何階にいるのかしら」


今の状況を理解しているのかいないのか、陽太は普段の様子と何も変わらない、そんな様子に毒気を抜かれてしまったのか、鏡花は呆れ半分にため息を吐いた


陽太が声を出すと自然に自分も声が出せる、不思議だ、先程まで思うように出なかった声が陽太に反応するときは軽やかに出てくる


「いやぁ、静希もなかなかに粋な計らいをしてくれるじゃないの」


「・・・あんたねぇ、今の状況分かってるわけ?」


「わかってるよ、要するにそろそろやることやっとけってことだろ」


陽太の言葉に鏡花は目を見開き、そして顔を真っ赤にする


状況を理解しているどころか、静希が鏡花にやらせたいであろうことまですでに把握している、なんというか、相変わらず変なところで鋭い


「・・・じゃあ、なんでそんなに平然としてられんのよ・・・こっちは心臓バクバク言ってるってのに」


「アハハ・・・そう見えるか?んじゃほれ」


陽太は鏡花の手を自分の胸板まで運ぶ、鏡花の手が筋肉に覆われた陽太の胸板に触れた瞬間、それが理解できた


鏡花と同じか、もしかしたらそれ以上に脈打つ心臓の鼓動、それを手で感じ取った時、陽太もまた鏡花と同じくらいに緊張しているのだという事がわかる


「あんた・・・」


「まぁ、あれだ、俺も男だからな、そういう事に興味もあるしやりたいって気持ちもあるし・・・その・・・なんだ・・・」


陽太が何かを言おうとしている、だから鏡花は余計な口を挟まずにただ耳を傾けていた、きっと陽太が言う言葉は、自分にとって大事なものになるだろうから


「・・・鏡花、俺はお前を抱きたい」


その言葉の意味を理解した瞬間、鏡花は顔を真っ赤にする、すでに体調が悪くなりそうなほどに顔に血が集まっているのがわかる、どうしてこうも陽太は実直なのか


「あんたは・・・ストレートすぎんのよ・・・バカ」


「だって仕方ねえじゃん、それ以外になんて言えってんだよ」


陽太が気まずそうにしているのを感じ、鏡花は胸板に触れていた手をひっこめ、そこに自分の額をくっつける



額から伝わる体温と、鼓動が生み出す独特の振動が鏡花の頭の中に響く、これが陽太の心臓の音だと実感すると、自然と頭の中がクリアになっていく


「・・・良いわ、私もあんたに抱かれたい・・・あんたに私の初めて、全部あげる・・・だから、大事にしなさいよね」


「あぁ、頑張る、痛くても文句言うなよ?」


そこは何とかしなさいよと軽口を言いながら鏡花と陽太はまず最初に唇を合わせる


ここまで長いようで短かったなと思いながら、鏡花は陽太の体温を感じていた











後日、日曜日、陽太と最後の一線を越えた鏡花は明利の家に呼ばれていた


「で、やったの?」


「・・・雪奈さん、露骨すぎます」


その場にいるのは当然というべきか明利、雪奈、鏡花の三人、そして明利の首にはイーロンが巻き付いている


先日言っていた通り、この三人と一匹は女子会と称して鏡花の経験をさっさと暴露させようとこうしてガールズトークに花を咲かせようとしていた


「まぁまぁ明ちゃん、これは重要なことだよ?鏡花ちゃんが陽に女にされちゃったんであれば・・・ねぇ」


「・・・雪奈さんってやっぱり静希のお姉さんですよね、下卑た顔とかそっくりですよ」


血のつながりはなくとも表情が似るというのはどうなのだろうかと思えるのだが、時折静希が浮かべる下衆な表情に、今の雪奈の顔は酷似していた


なんと言うか本当に楽しそうに笑っている、こちらとしては赤面するほかないような内容なのだが


「でも鏡花ちゃん、実際どうだったの?陽太君はちゃんとしてくれた?」


「ん・・・まぁその・・・ちゃんとって言えるかはわからないけど・・・優しくはしてくれたと思うわ・・・」


「うぉっほう・・・陽の事だから獣のごとく襲い掛かるかと思ったけど、存外紳士だったようだね・・・」


身近な人間の『そう言う話』を聞くのは楽しいのか、雪奈は嬉々として鏡花の方に意識を向けている


何でこの人がこんなにテンションが上がっているのかと鏡花は不思議でならなかった


だがその意見には明利もおおむね同意だったようだ、元より前衛型というのもあってその性格はどちらかというと動物性を多く含んだものだと思っていたために、陽太のこの対応は少々意外だったのだ


「でもそれだけ鏡花ちゃんが大事だったんだね、きちんと優しくできたんなら、よかったね鏡花ちゃん」


「あー・・・まぁ、そうなんだけど・・・」


明利が嬉しそうに笑っている反面、鏡花は若干複雑な表情を浮かべている、素直に喜べないという気持ちなのか、それとも何か問題があったのだろうかと明利と雪奈は顔を見合わせる


「ひょっとして、陽が途中で萎えちゃったとかそう言う話?」


「だから露骨すぎます・・・そう言うことはなかったんですけど・・・その・・・」


言いにくそうにしている鏡花を見て何か事情があるのだろうかと明利と雪奈は耳を傾ける


鏡花がこういう風な表情をしているのは実にめずらしい、陽太関連でしかこういう表情は見かけないために明利も雪奈も鏡花に注視していた


「陽太が、えっと・・・女性に対する知識がちょっと少なかったから・・・レクチャーしたというか・・・指導したというか・・・」


「指導・・・ってあぁそうか、そういう事か」


「え?え?どういうことですか?」


鏡花の言葉に雪奈は手を叩いて納得する、対して明利はわかっていないようで鏡花と雪奈に助け舟を求めようとしていた


「いいかい明ちゃん、男の子というのはね基本女性の体を知るためにはいろいろな情報源というものがあるのだよ、漫画やらビデオやら小説やら、そう言うのがあるからこそ予備知識をためられるのさ」


何でそんなことを雪奈さんは知ってるんですかと明利は聞きたくなったが、ここは何か重要なところであると感じあえて黙っていることにした


「でもさ、思い返してみなよ、陽の部屋ってテレビとか本棚とかほとんどないでしょ?つまりは陽はそう言う類のものをほとんど持っていないんだよ、あったとしてもコンビニで立ち読みするグラビア雑誌くらいじゃない?」


「・・・あぁ、そういう事ですか」


そこまで言うことで明利もようやく鏡花がやったことが理解できた、つまり陽太は女性の体の大まかな構造などは性教育などで知っているが、実際どうするのか、どのようなものがあるのかというのをほとんど知らなかったのだ


身近に雪奈や明利、実月といった女性はいたものの、性行為に対する予備知識を蓄えられるはずもなく、何より静希が半ばサプライズのような形で持ってきた案件だっただけに、陽太は極度の緊張を強いられただろう


そこで鏡花は陽太にとりあえず知識を蓄えさせるために、自分の体を使ってレクチャーしたのだ


どこに何があるのか、それはどういうものなのか、もはや一種のプレイなのではないかと思えるほどの内容に鏡花が赤面したのは言うまでもない


「まぁ・・・あれだ、鏡花ちゃん・・・よく頑張った、よく頑張ったよ君は、コングラチュレーション・・・!コングラチュレーション・・・!」


「大変だったんだね・・・一応最後まではできたんでしょ・・・?」


「・・・うん、そりゃできたけど・・・あんな恥ずかしい思いをしたのは生まれて初めてよ・・・朝起きた時陽太の顔見れなかったわ・・・!」


過去鏡花は風呂で自分の裸体を陽太に晒しているが、今回はさらに深いところまで陽太に全てさらけ出したのだ


全裸などとは格が違うほどの、所謂恥部をさらけ出したことで鏡花の許容量はすでに限界を超えてしまっているようだった


気の毒に思えてしまうのだが、それでも結ばれてよかったなぁと明利と雪奈は笑みを浮かべながら鏡花を眺める、感動的かどうかは知らないが印象に残る初体験だったのは言うまでもないだろう



「で、ちなみにさ、次の日・・・っていうか昨日か、昨日はどうしてたの?やって朝起きて・・・それで?」


相変わらず露骨な言い回しに辟易するが、もはや何も言うまいと決めたのか鏡花は小さくため息を吐いた後で目を細める


「いやその・・・お互いちょっと恥ずかしかったですけど・・・とりあえずシャワー浴びて・・・朝食食べて・・・ちょっと二人で買い物したりして・・・そのまま帰りました」


なんだ二回戦はやらなかったんだと雪奈が口に出すと明利は申し訳なさそうな顔をする


「雪奈さん、初めての後は痛いんですから・・・そう連続でやるのは・・・」


「え・・・あぁ・・・まぁそうよね・・・うん」


明利の言葉に対する鏡花の台詞に、何か違和感を感じ取ったのか雪奈は鏡花に飛び切りの笑みを向けて口を開いた


「その反応・・・これは聞かざるを得ないね・・・ちなみに鏡花ちゃんよ、陽とは最終的に何回やったんだい?お姉さんに教えておくれ?」


「え・・・その・・・えっと・・・よ・・・四回・・・くらい・・・かな・・・」


その返答はさすがに雪奈も予想外だったのか「お・・・おぉふ」と若干引いてしまっていた


「くらいって・・・数えられなかったの?」


「・・・うん・・・途中から頭がぼーっとして・・・何も考えられなくなってたのは覚えてる・・・その後気付いたら朝だった・・・数えられたのは四回まで」


その言葉に、先程まで陽太が紳士的な対応をしたんだなという認識を明利と雪奈は撤回することにした


明らかに自分の欲望のままに鏡花をむさぼったのであるというのがわかる反応である


そこに至るまでのプロセス自体は紳士的だったのかもわからないが、鏡花が意識を失うまでやり続けたという事は明らかに鏡花の考えを無視して自らの欲望を叩き付けたという事でもある


ただ単に鏡花が意識を飛ばしていただけという事も考えられるが、どちらにしろ体力と性欲旺盛な人間らしいというべきだろうか


「数えられて四回ってことは・・・もっとやってるね・・・鏡花ちゃん私があげた薬はちゃんと飲んだ?」


「飲んだわよ・・・さすがにこの歳で子供作るわけにはいかないからね・・・」


一応明利が鏡花に同調し、問題なく避妊できているという事は確認したが、まさかそこまで陽太が鏡花を求めるとは思っていなかったのか、雪奈も明利も若干驚いていた


「にしてもあれだね、鏡花ちゃんにとっては忘れられない初体験になったね、たぶん一生の思い出になるんじゃない?」


「いい意味でも悪い意味でもそうですよ・・・まぁ・・・あいつにちゃんとあげられたっていうのは・・・よかったのかもしれませんけど」


鏡花にとって、きちんと、好きな人に自分の初めてをささげられたというのは、良いことだったのは確かだ、人として、女として、それは得難い経験で、たった一回しか経験できない幸せの一つだ


そして雪奈の、鏡花自身の言うように恐らくいい意味でも悪い意味でも一生忘れられない記憶になるだろう


それほどまでに、今回の一件は鏡花の脳髄に深く深く刻み込まれたのだ


「まぁでもさ、鏡花ちゃん・・・よかったね」


よかったね


何て単純で、稚拙で、わかりやすい感想だろうか、物事は単純なほうがわかりやすく、単純であるが故に多くの意味を内包する


たった数文字の言葉に、雪奈は一体どれだけの意味を込めたのだろうか


鏡花の今までのことを雪奈は知らない、知っているのは陽太だけだ、その陽太でさえ、その言葉に込められた意味を理解することはできないだろう


もしかしたら、雪奈自身、その数文字に込めた意味を理解していないかもしれない、だが鏡花にはこの数文字が、とても尊く、そしてとてもうれしいものであるように感じられた


祝福、それだけではない、自らもその喜びを享受しているような、そんな感情を雪奈から感じられた


そしてそれは傍らにいる明利からも感じられる、だからこそ鏡花は気づく、いや思い知らされる、この二人だからこそ、静希と一緒にいられるのだ


互いの幸せを心の底から祝福し、誰かの喜びを自分も味わうことができるこの二人だからこそ、三人で一緒にいるという、本来あり得ない、あり得てはならない状況のままでいられるのだろう


絆というには少しだけ意味合いが違う、何とも不思議な関係を少しだけ、本当に少しだけうらやましいと思った


「・・・そう、ですね・・・よかったです」


そのよかったという言葉に、鏡花はいろんな意味を込めたつもりだった


陽太に会えてよかった、静希に会えてよかった、明利に会えてよかった、雪奈に会えてよかった、陽太を好きになってよかった、陽太と結ばれてよかった、ここにいられてよかった


中学の頃から比べると、自分は随分と変わった、もちろんいい意味で


数々の意味を内包し、感情を込めてでた数文字に、明利も雪奈も満足そうに笑っている


自分たちはそれぞれ好きな人と結ばれた、一見すれば奇妙で、危うい状況になっているのかもしれないが、今はそれで満足だった


「じゃあこれからいろいろあるだろうから、その度に相談してね、たぶんタガが外れることもあるだろうから」


「・・・そう、ですね・・・その時はお願いします」


幼馴染とその恋人、鏡花はまた少し、彼女たちに近づけた気がした、それはきっと気のせいではないだろう









「なんだ、結局やったのか」


ところ変わって同時刻、静希の家に明利達の話に出ていた陽太はやってきていた


来た理由は静希にもすぐにわかった、恐らく報告なのだろう、少し照れくさそうにしながら陽太の表情を見て、彼が何か言いだす前にそう言った静希は自分の行為が無駄ではなかったのだなと内心安堵していた


「いやまぁそうなんだけどさ・・・いきなりすぎだって、もうちょっとアドバイスとかさ・・・いらない恥かいたぞ」


「一応それっぽくアドバイスはしただろ、恥はかかせるなって」


そんなので気付けるかよと陽太は憤慨しているが、恐らく陽太も部屋を用意されているという時点で静希の言葉の意味を理解したのだろう、直前まで何の兆候もなかったために気付くのが遅れたが、その場ですぐに前に進むことができるのはやはり前衛故の胆力だろうか、そう言う意味では鏡花は陽太に救われた形になる


「まぁ、結果的にちゃんとできたなら良かったんじゃねえの?鏡花はどんな感じだった?」


「え?・・・あぁ・・・その・・・まぁなんだ・・・途中から何の反応も無くなったけど・・・」


反応がなくなった、その言葉に一瞬鏡花が不感症だったのかと疑ってしまうが、陽太の話を聞いていくとどうやらそうではなく、ただ単に気絶してしまっただけのようだった


どちらかというと体力が尽きたというのと精神的に摩耗したというのが大きいようだ、回数をこなしすぎたというのもあるのだろうが、鏡花が若干不憫に思えてきたが、これもいい経験になるだろうなと思いこの場はスルーしておくことにした


「なんにせよ、俺のペースってもんがあるんだからさ、いきなりだとビビるじゃねえかよ」


「お前らのペースだといつまでたっても次に進もうとしないだろうから後押ししただけだよ、それに結局やったのはお前の判断だろ?俺は選択肢を与えただけだ」


そう、静希はあくまで二人に部屋を用意しただけの事、別に情事を行わずとも二人一緒に寝るだけでもよかったのだ、だが二人はそれを選択しなかった

結局のところ、それがすべてである


陽太は陽太でいろいろと自分なりの考えがあったのだろう、結局それは実現することなく、静希の計らいによって事を成すことになったわけだが


「ちなみに、避妊はしっかりしたか?そのあたり結構重要だぞ」


「あぁ・・・なんか鏡花は薬飲むから大丈夫とか言ってたけど・・・それで平気か?」


静希はなるほどなと呟き、その後に大丈夫なんじゃないかと告げる


薬というのは明利が渡した避妊薬のことだ、恐らく今頃明利の所に行って検査をしているだろう、明利がいればまず間違って妊娠という事は無いだろうからとりあえずは安心といったところか


「でも次からはお前がちゃんと用意しろよ、そう言うのは男が気を配ってやるべきだ」


「やっぱ彼女が二人もいる奴は頼りになるな、いろいろテクニックとか教えてくれよ」


「アホか、んなもんお前と鏡花で手さぐりで探して行け、何で俺が教えてやらなきゃいけないんだ」


人の特徴がそれぞれ違うように、人の性感帯はそれぞれ違う、静希がよく行う行動を陽太に教えたところで役に立たないかもしれないのだ


結局のところ陽太は自分で、鏡花がどこが感じるのか、どこを触れるとうれしいのかを知っていかなければいけない、それは互いの相互理解があってこそ成り立つものだ、決して独りよがりになってはいけないものである


「まぁなんだ、とりあえず童貞卒業おめでとう、尻に敷かれないように気を付けろよ」


「もうそれ手遅れな気がするけどな・・・とりあえずありがとよ」


すでに陽太は鏡花の尻に敷かれている、陽太の言うようにもはや手遅れなような気がしないでもないが、それは静希の知ったことではない


二人が仲良くこれからもやっていけるのであればそれが何よりである


「ところでさ、避妊用具とかって何処で買えばいいんだ?薬局とかか?」


「俺の場合はネットとかで仕入れてるな、まぁ薬局とかにも置いてるけど、買うのはたぶん恥ずかしいぞ?その恥ずかしさに打ち勝てるならいいかもな」


この辺りに住んでいる人間が働いている可能性のある店でそのようなものを買えば噂になる可能性もある、そうなるとこの辺りで買うのは少々リスキーだろう


「まぁ、明利がいるから薬を処方してもらうってのもいいかもしれないな、その方が確実とは言えないけどお前は楽だろ?」


「そうだけどさ、なんか薬飲んだ後鏡花の奴ちょっと具合悪そうにしてたからさ、あんまり薬は頼りたくないんだよ、俺が気を付けられるならそのほうがいいだろ?」


陽太の言葉に静希は目を丸くしていた


気遣い、陽太がまさかそんなものを鏡花に向けるとは思っていなかったのだ

今まで誰かを守るために周囲に目を見張るようなことはあったが、他人の体調にまで目を配るようになっていたとは驚きである


それだけ鏡花を大事にしているという事なのだろう、静希からすれば幼馴染のこの変化を喜ぶべきなのだろうか


二人が一緒にいる上で、幸せそうなのであればそれが一番だなと思いながら、とりあえず静希は陽太に軽くアドバイスをすることにした


する上での注意点や避妊の方法など、学生身分で子を作るわけにはいかない以上、そうした気遣いもできるようにならなければいけない


今の状態では鏡花に任せっきりになってしまう、それは陽太としても望むことではないようだ、なら自分にできるのはアドバイスするくらいのものである


五月、去年に比べれば多少荒っぽいことの多かった日ではあるが、静希も、そして鏡花や陽太も学ぶことの多い月となった


この経験がいつか将来につながることになるだろうことは、静希達全員が理解していた


誤字報告を二十件受けたので三回分(旧ルールで六回分)投稿


これで二十八話完結です、20万字近くあった内容がまさか二週間経たずに終わるとは・・・あれだけ書いたのに・・・ちょっと愚痴りたくなってきた・・・



これからもお楽しみいただければ幸いです

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