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J/53  作者: 池金啓太
二十八話「見るべき背中と希少な家族」

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地形と体調把握

「あ、そう言えば大音量を出すにあたって近隣住民の方に知らせておいた方がいいんじゃないかって先生が言ってましたけど・・・」


「それについては問題ない、すでに民宿の人に近隣の方に向けて連絡してもらっている、明日までには近隣全員に行き渡るだろうさ」


鏡花が先程入浴前に城島が言っていたことを思い出して熊田に伝えるが、どうやら既に手は打ってあるようだった


さすがに自分の能力という事もあって手慣れている、そのあたりはさすがというところだろうか


「で、明日捜索するのは具体的にはどういうところにする?地形をあらかじめ設定すると探しやすいのだが」


「あー・・・そっか、索敵でも卵を見つけられるとは限りませんもんね」


音を反響させて地形を把握するというのが熊田の索敵方法だ、そうなると地形によっては卵を確認できないことがある


実際に卵を見つけた時のような溝やトンネルのような構造になっていた場合、遠くからの索敵では限界がある、そう言う場合は結局自分たちの足で探すことになるのだ


「んじゃ・・・やっぱり溝になってたりだとか、後は奇形種が通った跡が頻繁にみられるような場所とかかな・・・」


「ちょっとした隙間とかも見つけてくれるとありがたいですね、後は私達が実際に調べますよ」


地図に場所さえ記して怪しいところを探せばある程度探すうえでの指標にはなる、もっとも溝があったとしてもそこにあるとは限らない、なにせあるかどうかも分からない卵を探すのだ


現在見つかった八つの卵、それ以外にも卵がある保証はないのだ


「ちなみにどれくらいの距離索敵できますか?キロ単位?」


「最大音量で三キロだ、だが山岳地帯だと実際に測定できる範囲はもっと狭まるだろう、何度かに分けて索敵する必要があるだろうな」


当然ではあるが、音というのは基本的に音源から放射状に広がっていく、音源の種類によってはその広がり方に差異があるだろうが、今回熊田は周囲の索敵という事もあり全方位に向けて音を拡散させるだろう


彼の能力を使えば局部的に大音量を出すことも可能だろうが、広範囲索敵を使うにあたり全方位に音を広げたほうが索敵は容易になる


だがここで問題になるのは地形だ、これも当然ではあるが音というのは反射する、そしてその反射を感じ取って熊田は周囲を索敵している、その為遮蔽物などがあると索敵が非常にやりにくくなるのだ


さらに言えば今回の地形は山岳地帯、そもそもにおいて傾斜の存在する場所では山の向こう側などは索敵が届かないこともあり得る、その為場所を移動して何度か大音量での索敵を繰り返さないといけなくなるだろう


確かにこの方法、目標が生き物であった場合使える手段ではない、何度も何度も大音量をまき散らしていては見つかるものも見つからなくなるのも道理だ


動物は基本大きな音や強い光などにおびえる習性がある、雷などを嫌うのがまさにその典型だ、それだけの脅威が迫っていると感じ、その場から離れたり威嚇行動をとったりする


犬を飼っている鏡花からすればよくわかることだった、彼女の家の飼い犬であるベルはよく雷が鳴っていると怯えながら吠えたり悲鳴をあげたりするのだ


あれを見ていると動物は大きな音におびえるのだなというのがよくわかる


「じゃあ索敵する場所もある程度決めておかないとだめですね、どういう場所だとやりやすいです?」


「やはり少し小高い丘になっていると音を周囲に響かせやすいな、逆に谷のようになっていると遠くまで音が届かないからやる意味がない」


熊田の意見に鏡花と明利はなるほどと呟き等高線の記された地図を確認しながら場所の確認をしていく


こういう時に地図を読み慣れた人間がいるというのは非常に助かる、なにせ地図を見ればどこが索敵に適しているのかというのを読み取れるのだから


「ここと・・・ここ・・・あと・・・ここは鏡花ちゃんの能力で少し押し上げれば十分できると思います」


「ふむ・・・あとはもう少し山頂部分で索敵をしておくべきか・・・と言っても探す時間を含めると二回・・・いや三回使えれば十分といったところか・・・」


明日は実習の最終日という事もあり行動できる時間も限られている、索敵はできて三回が限度になるだろう、見つかるかどうかも分からない卵を探さなくてはいけないのだからモチベーションの維持も難しいが何もしないでだらけているよりはずっと有意義である


山での行動はすでに慣れたもの、とはいえ明日の索敵というのもあり少しだけ楽しみだった


熊田の全力というのは思えば見たことがない、普段索敵に従事しているというのもあって彼の全力を見るという機会はあまりないのだ


そしてそれは三年生たちも同じである


熊田が全力で能力を使ったところを見たことがあるのは二回だけ、一回目は大音量を使ったせいで数分間まともに行動できなかった


二回目は全員が耳栓を用意したものの、やはり防音というには限界があったのか、一分近く三半規管がマヒし足元がふらついたのは言うまでもない


三年生が嫌そうな顔をするのも無理のない話である、普段は冷静で状況を判断できる良い先輩なのだが、局地的な妨害工作という意味ではこの中で一番の実力を有しているのは熊田なのかもしれない





その日の夜はそれぞれ索敵の場所などを決め、とってきた生き物をイーロンに与えながら休むことになった


すでに目標を倒していたために見張りなどを立てる必要もなく、ゆっくりと休むことができたのは言うまでもない


翌日早朝、静希達は準備を整えて事業所前にやってきていた、その場所には城島と三年生の教員もやってきている


「いいか、大音量索敵を使っていいのは八時からだ、それまでは局地索敵のみで対応する事」


「了解しました、これより行動を開始します」


残り時間が少ないために可能ならば即刻大音量による索敵を行いたいところではあるが、近隣住民への迷惑も考え、使用は八時以降と限定されてしまった


当然と言えば当然かもしれない、日曜日の朝早くに大きな音で起こされるなんて迷惑極まりない、少なくとも普通の生活をしている人間なら激昂するところだ


今回静希達が行動しているのはあくまで能力者側の都合だ、無能力者の市民をその都合に付き合わせることはできない、その為まずは最初に静希が完全奇形と遭遇した場所を重点的に捜索することにした


「・・・確か、この辺りだったな」


「うん、ここで襲われたと思うよ、この辺りで索敵が微妙に歪んでる」


静希と明利の案内でやってきた場所は地面も周囲の木々も随分と荒れていた、ところどころの木の幹には静希が付けたであろう傷も見受けられる


派手に移動を続けたために木に配慮できるだけの余裕がなかったのがこの光景からもよくわかる


「で、どっちから目標が襲ってきたの?」


「えっと・・・確か移動先があっちだから・・・」


静希が自分の記憶を頼りにどちらの方向かを思い出そうとするが、あの時は無我夢中だったうえに、メフィの能力での緊急回避が優先されたためにほとんど覚えていないのだ


正確に言えば、認識するよりも早く回避行動をとらされ、どちらからというのはほとんどわからない


『なぁメフィ、襲い掛かってきたのってどっちからだ?』


『えっと・・・向きは・・・あっちよ、シズキから見て十時の方向』


メフィは実際に見ていたために、方向に関しては自信があるのだろう、その方向を指示すると静希も同じ方向に指を向ける


「どうやらあっちみたいです、何かあるとしたらその延長線かと」


「・・・あっちみたいって・・・どういうことだよ」


「五十嵐が言うんだ、そういう事なんだろう、行くぞ」


藤岡の疑問を差し置いて熊田が颯爽と進行方向を変えて行動を開始する


口に出してから気づいたが、藤岡や井谷といった静希の人外事情を知らない人間もいるのに妙なことを口走るべきではなかった


雪奈や熊田といった事情を知っている人間がいるからつい安心していたが、事情を知らない人間がいるという事を失念していた、もう少し話す言葉は考えてからの方がいいだろう


雪奈や熊田、そして二年生全員は静希がトランプ内部の人外たちと話をしたというのを理解しているが、藤岡と井谷は何をどうしているのか全く理解していないのだ


我ながら迂闊だったなと反省し静希は内心熊田に礼を言いながらそのまま移動を開始する


完全奇形が現れた場所からその移動先を特定するのにはそこまで苦労はしなかった、なにせ地面を引きずるように行動していた場所には跡が残っていたのだ


とはいえ静希との戦闘のせいか随分と荒れているせいである程度の場所からどの方向から来ているのかというのが判別しにくくなっていた


なにせ縦横無尽に移動し続けたのだ、当然その痕跡も多くなっておりどちらから来たのか、どちらの方角に向かってるのかが分かりにくくなっている


「あ、あそこにあるの切り落とした下あごじゃない?」


鏡花が指差す先には雪奈が切り落とした下あごが確かに残されていた


大きさのこともあってかかなり大きい、思えば死体を引き渡す際にこれを回収しておくのをすっかり忘れていた


「これがここにあるってことはこっちじゃないね、別の跡をたどろうか」


「そうだな・・・にしてもずいぶんと綺麗に切り落としたものだ・・・」


明利が下あごの近くに寄ると、その首に巻き付いているイーロンがその下あごに顔を寄せる、一体これは何だろうかと警戒しているのだろう、よもやこれが自分の親の下あごだとは夢にも思わないだろう


下あごの回収ついでに別の痕跡をたどると、そこから先は痕跡は一つしか確認できなかった、どうやらこの先からやってきたようでほかに目立った痕跡は見つからない


この先に行けば巣か、あるいは体を休めていた場所にたどり着けるかもしれない


そうなれば卵を発見する可能性が上がる、もっとも本当にまだ卵があるかも怪しいところだが


「今何時?このままいけば結構早めに使うことになるかもだけど」


「今七時になるところだ、あと一時間は我慢だな」


日曜の七時となると子供たちは目を覚ましているだろうが大人はまだ眠っている時間だ、子供向けの番組がやっているからこそではあるが日頃仕事のある大人はまだ寝ていたい時間だろう


そんな時間に能力を発動して大音量を使うというのは忍びない、もう少しは自分たちの足だけで捜索するしかなさそうだった


「うわぁ・・・ここが終点?」


「・・・っぽいな」


ヘビ特有の体を引きずった跡をたどった先には奇妙な空間があった、近くの草木を無理やりこの場所に集めたような、かなり強引に形成された巣のようなものである


近くには山と山の境、丁度谷のような形になっている地形があり、周囲から見えないように、そして外敵から身を隠す役割もあるように見えた


「一応この辺りを調べておくか・・・にしてもすごいな」


「やっぱあれだけの大きさですからね、巣の規模もでかいなぁ・・・」


当たり前のことだが体が大きければその分巣の大きさも大きくなる、静希達が見ている巣のようなものは直径五メートルは軽く超えている、人が住むのにも十分な広さが確保されていた


だが一見するとこの巣の中には卵はない、普通巣に卵を産むものではないのだろうかと静希達は首をかしげるが、この巣はすでに廃棄されたものなのだろうか


巣から別方向に続く痕跡も見つけたのだが、こちらは随分と荒れておりそこから先何処に繋がっているのかを確認することができなかった


恐らくこの辺りの草木を利用して巣を作ったのだろう、ここから先は痕跡頼りの追跡は難しそうだった


「ていうかヘビって・・・あいやトカゲか・・・トカゲって巣を作るもんなんですか?」


「さあな、完全奇形だったし原種と違う行動をとってもおかしくはないだろ・・・とはいえ随分と立派な巣を作ったもんだな」


あの大きさから考えればこれでもまだ小さい方だろう、成長段階の時に作った巣だったのだろうか、それならばこの場に放棄されていても何ら不思議はない


「この辺りは随分と起伏が激しいな・・・少し高いところで索敵をしたい・・・清水、頼めるか?」


「了解です、足場ですね」


鏡花が足で地面を叩くと熊田の足元の地面が隆起していき上空へと上がっていく、木を超えるほどの高さになってようやく周囲の状況を見渡すことができたのか、熊田は能力を発動する


大音量とまではいかなくとも静希達の耳にも届くレベルの音量での索敵を行い、この辺り一帯の索敵を行う


数秒して合図があると鏡花は足場を元に戻し、熊田を自分たちの下へと戻していた


「この辺りは随分と凹凸の激しい場所のようだな、地図で言うと・・・」


「この辺りです、気になる場所はありましたか?」


明利が現在位置を地図にマークすると、熊田は周囲で気になる場所をいくつかチェックしていった


「このチェックした場所は音での索敵が少し困難だった、溝か、あるいは堀のような場所があるのかもしれない、各員捜索してくれると助かる」


「よしよし、これ探してれば八時くらいにはなるでしょ、んじゃさっさと探そっか」


時間的に猶予はないとはいえ八時までの音量の制限がついている以上ある程度は自分たちで探さなくてはいけないというのがなかなかに手間だ


近くを散策していると確かに熊田の言うように溝のようなものがいくつか見受けられる


地盤沈下や洞窟というほどではないものの中に空洞があるように見受けられた


「この中一体何があるんだ?動物とかが掘った穴か?」


「じゃあモグラとかかな?でもこんな大きな穴だよ?」


思えば樹海の実習の時にはモグラの完全奇形が掘った穴があったと聞くが、それと似たようなものだろうか


あの時は人が数人通っても問題ないほどの大きさだったがこれは人が一人入ればいっぱいになってしまうような小さな溝だ、これを動物が掘ったとは考えにくい


近くに木の根があることも考えるとこの場所が何らかの理由でえぐれたと考える方が自然な気がした


「とりあえずこの辺りには卵はないっぽいな、次行くぞ」


「了解、次はえっと・・・あっちだね」


明利のナビを受けながら静希は次々と溝のあるであろう場所を調べていく


山の一角とはいえかなり溝やへこみなど音による索敵の漏れがあるようで足を使って探すのもなかなか苦労していた


辺り一帯を探し終える頃にはもうすぐ八時になろうという頃だった、そろそろ大音量索敵の準備を進めておいてもいいかもしれない


「清水、遮音壁のテストをするぞ、準備を頼む」



「了解です、ちょっと待っててくださいね」


一度巣の近くまで戻った静希達は鏡花の準備を待っていた


この谷状の場所で索敵を行うわけではないがなるべく高いところでの索敵を行う必要がある、その為先程と同じように熊田は鏡花の能力でかなり高い位置に配置し、鏡花たちは遮音壁を使って身を守るのだ


その為のテストを始めるのだがこれがなかなか難航した


なにせ実際に大きな音を出してテストするわけにもいかないのだ、どの程度までの遮音効果があるのかも一切不明、まさに一発勝負という事態に鏡花も少し緊張しているようだった


「よし、じゃあ移動しよう、索敵地点は・・・ここだな」


あらかじめ決めておいた自分の索敵が一番効果を発揮する場所を指定すると全員で移動を開始する


一体どれだけの大音量が響くのか、静希達は聞くことはできないかもしれないが楽しみでもあり不安でもあった


時刻はもうすぐ八時になろうとしていた








「先輩、高さはどうですか?」


『良好だ、この高さなら問題なく周囲を索敵できるだろう』


鏡花の用意した足場の上に乗った熊田は周囲を見渡す、十分すぎる高さを確保したため、視界だけでも十分に辺りを確認できる


もっとも木々が邪魔して何があるのかまでは確認できないが、その為に能力を発動するのだ


無線の向こう側にいる熊田は、鏡花に足場の補強と安全の確保を徹底させた後で集中を始めていた、そしてそれに伴い静希達も鏡花の作ったシェルターの中に入っていた


何重にも吸音材などの物質を重ね、音や衝撃などを限りなく防ぐために作られたシェルター、内部の反響の事も考えて内壁も吸音材を敷き詰めてある、万が一にも自分たちの耳が破壊されることがないようにしたつもりだった


「熊田先輩、こっちは準備オッケーです、いつでもどうぞ」


『了解した、万が一のこともある、一応耳を塞いでおけ』


ここまでしているのだからもう耳を塞ぐ意味はないのではないかと思ったのだが、無線の向こうからの指示に三年生は即座に耳を塞いでいた


この警戒の仕方、単なる索敵に対するそれではない、まるで爆撃を防ぐ時のようだ、シェルターに隠れている時点でかなり大げさなのは十分理解できるがここまで三年が警戒するのも珍しい


むしろ奇形種相手の時よりも警戒しているのではないかと思えるほどである


「そういやさ、俺らはここで待ってりゃいいけど、熊田先輩は大丈夫なのか?耳とか」


「あの人の能力なんだし、ある程度耐性があるんじゃない?あんたの炎と同じよ」


陽太の心配ももっともだが熊田が出す大音量で彼自身が負傷するとも考えにくい、恐らく陽太の熱へのそれのように何らかの耐性はあるのだろう


でなければ自滅に近い形での索敵になってしまう、それでは明らかに不便極まりない


「おいお前ら、さっさと耳塞いでおけ、鼓膜破れても知らねえぞ」


「あ、はいすいません」


藤岡の指摘に全員が即座に耳を塞ぐ、するとその数十秒後に奇妙な音の後に何か衝撃に近い振動が地面から伝わってくる


微細振動のそれに近いが、それが熊田の出した音によるものであると気づくのに時間はかからなかった


完全に遮音していたかと思っていたが、音が聞こえたという事は完全に音を遮断しきれていなかったのだろう、一体どれだけの音を出したのかと鏡花が驚いていると、やがて何も聞こえなくなる


音の伝搬による振動も収まったのか、全員が状況を確認しようとシェルターの外に出ると辺りは断続的に音が響き渡っていた


やまびこと呼ばれる現象だが、それが何回も何回も起こっているのがわかる


「うわぁ・・・なんか砲撃の音みたいだな・・・」


山から響き続ける大音量のやまびこに静希達は耳を押さえて顔をしかめていた


同じ音の大きさとまではいかずとも、減衰しながらも反響し続ける音の大きさだけで耐えがたいものがある、これはさすがにまだシェルターの中にいたほうがいいかもわからない


これは確かに近隣住民からも苦情が来るレベルだ、もし事前に何の連絡もなしにこれをやっていたら騒音などで警察沙汰になっていただろう


近くを確認してみると鳥などが気絶しているのか、痙攣しながら地面に落ちているのがわかる、恐らくこの辺りの木で休んでいたのだろうが、大音量に晒されて気絶してしまったようだった


気の毒としか言いようがない、明利が確認したところ幸い命に別状はないそうだ、ただ吃驚して気絶しただけらしい


『こちら熊田だ、もう外に出たのか?』


「あ・・・先輩、周囲の状況はどうですか?上手いこと索敵できました?」


『問題ない、なので足場を下げてほしい、とりあえず調べてほしい場所は地図に記しておいた、後は全員でこの辺りを調査しよう』


とりあえず熊田の索敵自体は終わったようで鏡花は一度足場を元に戻すべく変換の能力を発動した


とはいえあたりに轟音が鳴り響いている中での作業だ、多少集中を阻害されるのか若干速度が遅い


ゆっくりと足場を元に戻し、熊田が戻ってくるころには音もだいぶ収まっており、静希達も耳を塞ぐのをやめていた


「相変わらずすごい音だな、これあの町以外の場所にも聞こえてるんじゃないのか?」


「かもしれないな・・・まぁ聞こえていても何の音かはわからんだろう」


遠くの砲撃の音なども山を越えた向こう側では聞こえることがあるという、そう考えれば熊田の出した音も山を越えた向こうの街に聞こえていても何ら不思議はない


向こうの方で騒ぎになっていなければいいのだがと若干不安になったが今はそれよりも優先するべきは卵の捜索である


「つか、先輩たちってこの音を一回直に聞いてるんですよね?」


「あぁそうだよ・・・あの時はマジで死ぬと思った・・・耳塞いでても鼓膜がやばかったからな・・・」


これだけの音を耳を塞いでいる状態とは言え聞いているというのは驚嘆するべき事実だ、恐らく熊田としても音源を別の場所にずらしたりしていただろうが反響する音は防ぎようがない、その音は直接三年生各員の耳に襲い掛かったのだ


しかも藤岡の能力を使ってゴーレムの中に隠れようと音は物質を伝搬するものだ、今回のように吸音材などを駆使しない限りは音は防ぎようがない

あれだけ嫌そうな顔をするのも納得である



静希達は熊田が地図上に表記した溝などのある、所謂『卵のありそうな場所』の数を見て愕然としていた


先程巣の周りにありそうだった簡易索敵の十倍近い数と距離すべてに印がつけられていたのだ、単純な索敵距離であれば明利のそれに匹敵するかもしれない


味方への被害も大きい上に断続的な確認はできず、自分の場所を知らせかねないというデメリットはあるものの地形把握という意味では相当優秀であるのがこれだけでわかる


明利の索敵が作戦行動と目標地点の観測に優れているとすれば、熊田の場合地形把握や目標物の発見という項目に優れていると言えるだろう


この二つの索敵があれば大体の状況では問題なく活動できるのではないかと思えてしまう


タイプこそ違えど優秀な索敵手が二人、野外での活動においてはこのチームは総合的に見て学校でもトップクラスに入るだろうことは誰の目にも明らかだ


「うっへぇ・・・こんなにあるの・・・?」


「そう言うな、できることはやっておく必要があるだろうが」


「でもこれだけで午前中終わりそうですね・・・」


地図を確認して現在位置と場所の確認、そして調査、これだけの数となると相当の時間がかかるのは言うまでもない


真上から索敵するのではなくこういう場所で実際に動いて探すというのはそれだけ移動にも調査にも時間がかかるのだ


こういう時に役に立つのは樹蔵のような遠視ができる能力者だ、場所さえ分かればその場所を遠視すればいいのだから調査の時間もだいぶ削減される


だが静希達の中に遠視ができるような人間はいない、井谷が転移の能力を持っているとはいえどこにでも自由に移動できるタイプのそれではないために地味に時間がかかるのだ


「とりあえずいくつかのブロックに分けてそれぞれ担当を決めていくぞ、時間がないんだからな」


熊田の言葉に全員が嫌そうな顔をしながら従っていく、なにせ山を探すと口で言っても結局動き続けるしかないのだ、ただ山を登るよりもずっと疲れるのである


静希達に振り分けられた場所をくまなく捜索していくが、やはりというか山というだけあって移動しにくい、そもそも整備されていない山に入っている時点で当然なのだが足場一つをとっても崩れやすくなっている場所もある


ほとんどは木の根がしっかりと足場を支えているために問題なく動けるのだが地面がいきなり柔らかくなっていたりする部分があったりするのだ


こういう場所に来ると鏡花の補助が本当にありがたく感じる


別れて行動するという時点である程度は覚悟していたがやはり彼女の補助はかなり重要なのだ、行動のしやすさというのもそうだが疲れがわずかながらにでも緩和される


地味な補助だと言われるかもしれないが長時間行動するにあたっては重要なことであるというのがよくわかる


そして一体どれくらい探していただろうか、時間が十時に近づこうという頃無線から連絡が入る、どうやら何かを見つけたようだった


『こちら藤岡、全員集まってくれ、いろいろ見つけたぞ』


いろいろ見つけたという抽象的な報告ではあるものの、とりあえず現場に向かったほうが早そうである、明利はすぐに全員に無線でナビしながら藤岡のいる場所へと誘導を始める


全員が集合できたのは無線の報告があってから十分後だった、その場に集まった全員は皆目を疑っていた


一瞬、またあの完全奇形がいるのではないかと思ったほどだった、そこにあったのは巨大な抜け殻だった


抜け殻をそのまま放置していったのだろう、まさにヘビの抜け殻そのままの様相を呈しているその巨大な抜け殻に全員が驚きを隠せなかった


「すごいっすね・・・これあの完全奇形の抜け殻ですか?」


「サイズ的にそうとしか考えられないな・・・一体どれだけでかいんだか・・・」


大きな地面の裂け目のような場所に放置された抜け殻を確認しても全長十メートルは軽く超えているのがわかる、あの完全奇形の抜け殻でまず間違いないだろう


当然だがこれ程のサイズの抜け殻はさすがに今まで見たことがなかった、そもそもこのサイズの生き物がまだ成長していたという事実が驚きである


「これも一応持って帰ります?」


「あぁ、ていうかこれだけじゃないんだ・・・こっち見てくれ」


藤岡が指差す先には何かがある、暗くてうまく視認できないが静希がトランプの中からライトを、そして熊田が音による索敵を行うとその中にあるものが認識できた


「・・・あれ・・・卵ですか?」


「多分な、三つ確認できる」


まだあったのかと静希達は呆れてしまうが、これで一応目標は達成できたようなものだ


もちろんまだ卵がある可能性もあるために捜索は続けなくてはいけないが、これである種の言い訳が立つ


「この抜け殻を隠れ蓑にしてたんでしょうか、すごい分かりにくい場所にありますけど」


「生まれた子を守るため、そしてこの抜け殻を餌にしようとしたんじゃないか?とにかく回収頼む」


あれだけ奥にあっては人の手で回収はできない、という事で鏡花の能力で近くの地面やら何やらを地形ごと変換し卵を回収することになった


回収できた卵は三つ、これで見つかった卵は全部で十一個に上る


これ程卵が回収できたのは運が良かったとしか言いようがないだろう、なにせ今まで確認することも難しかった完全奇形の卵なのだから


「これで十一個めか・・・だいぶ数多いな」


「この調子だとまだまだありそうね・・・いやになるわ」


自分たちが発見した卵とはいえ後々争いの種になりそうで嫌になる、いっそのことここで潰しておいた方がとも思ったがすでに八つも発見しているのだ、もはや後の祭りである


「・・・そう言えばさ、何の気なしにイーロンって名前にしちゃったけどさ、こいつ十一姉弟の長女ってことだろ?他の姉弟なんて名前にするよ」


生まれた順番に数字を入れて名前を付ければいいじゃないかと言っていたがまさか十一も卵があると思っていなかっただけに少しだけ問題になるのではないかと気づいてしまう


もしこれが有精卵だった場合、さらに姉弟が増えることになるのだ


もはや単に名前に数字を入れるのだけでは可哀想になってくる次第である、生まれた順で最後に生まれた子に関しては十一龍と読みにくいことこの上ない


「そのあたりは研究所の人たちが考えるでしょ・・・さすがに検体番号とはいかないだろうけど」


静希の連れるフィアのようにもともと検体番号で呼ばれていた個体も存在したのはその個体数が研究所内で膨大な量になっていたからこそだ、十一しかない個体であればそれぞれ名前を付けられることだろう、それぞれ良い名前が付けられることを祈るばかりである


「よし・・・一度これ事業所前に運ぶか、さすがにもって移動はできないだろうし」


「了解、んじゃ運びますか」


鏡花は再び台座を作り移動を始めようとした、三つの卵が動かないようにしっかりと固定し運ぼうとする


「まて、運搬は藤岡がやってくれ、清水はこの場にいてくれないと困る、もう一回は索敵をするんだ」


「あ・・・そっか・・・じゃあ藤岡先輩、お願いします」


「マジかよ・・・こういうの俺の分野じゃないんだけどな・・・」


藤岡の得意分野はもっぱら戦闘、揺らさないように衝撃を加えないように移動したり運んだりするのは苦手なようだ、とはいえ鏡花はこの場にいないと熊田の大音量索敵ができなくなってしまう、この人選は妥当だろう


一気に卵を運ぶことができる人間はこの中に何人かいるが、その中でも一番早くこなせそうなのが鏡花、そしてその次に藤岡である


他に一度に運べる人間は陽太と井谷なのだが、陽太は能力を使う事を考えるとゆで卵にしてしまうかもしれない、井谷は転移のゲートを作ることができるが事業所前にマーキングをするのを忘れていたらしい


「あ、じゃあついでにマーキングしておくよ、それなら私がいるところにすぐ来れるっしょ」


「おぉ、頼むわ、さすがにまた山道戻ってくるのはたるいからな」


戦闘の時にもやったように藤岡が作るゴーレムの一角にマーキングを施すことで自分のいるところとゴーレムを繋げられるようにしておく、こうすることで行きに関しては時間はかかるが帰りには時間はほぼ要らなくなる


さらに言えば二度目の運搬、また事業所前に戻るのも瞬時にできることになる


「そう言えば転移系統がいるんでしたね・・・最初から移動の時にそれやってもらえばよかったなぁ・・・」


「ごめんごめん、すっかり忘れてたよ、いろいろあったからさぁ・・・」


本来転移系統は後方支援が担当なのだが、井谷は雪奈たちとの行動が長すぎたせいかその能力を戦闘補助に使うことが多すぎているようだった


転移系統の強みは何よりも移動距離やそれにかかる時間を限りなくゼロにできることにある


井谷の場合限定的ではあるものの、最初にマーキングさえしてしまえば自分のいる場所とそのマーキングした場所に関しては繋げられるのだから


「ちなみにそれって距離の制限とかは無いんですか?」


「いや、今のところなかったかな・・・ただマーキングは私の意識がなくなると消えちゃうから、その度につなげ直す必要があるね」


マーキング、能力者の中で直接触れることで何かしらの痕跡を残す作業のことを示す、これは能力によってその効果時間や制限が変化したりする


例えば明利の能力は、一度マーキングしてしまえば距離制限はほとんどないに等しく、意識を失ってもそのマーキングは持続される、ただ一度自身の意志で解除した場合、再びマーキングしなくてはならない


そして以前戦闘した江本に関しては、マーキングできる人数と距離に限りがあった、井谷の場合距離的な制限はないようだが意識が途切れるとつなぎなおす必要があるという制限があるのだろう


「明利ちゃんみたく一度マーキングしたら常に持続できればいいんだけどね・・・地味に面倒なんだよこの能力」


「でも戦闘面ではかなり楽になるじゃないですか、藤岡先輩との相性もよさそうだし」


静希があの戦闘を見て感じたことは、戦闘におけるフォローの容易さだ


本来接近戦を行っている人間を巻き込まないように火力支援を行わなければいけない中衛にとって、ゴーレムの体の一部を攻撃の始点とできるのはかなりの優位性がある


先の戦闘でも行われたが、ゴーレムの胸部からいきなり雪奈が飛び出すこともできるし、体の一部から射撃系の攻撃をすることもできる


井谷の能力は変換系統などと非常に相性がいいのだ、それこそ鏡花の能力と併用すれば相当な戦闘能力を有するだろう


場合によっては全方位からの射撃攻撃だってできるかもしれない


惜しむらくは雪奈たちの班に射撃系の攻撃ができる人間がいないことだろう

唯一の中距離援護の熊田は音という指向性を持った攻撃ではない特殊なものだ、それこそ方向などは関係なく効果を発揮させることができる


いや、万能に方向を変えてのサポートができる熊田がいるからそう言った連携をする必要がなくなったと言ったほうが正しいだろうか、どちらにせよもったいないというほかない


その後藤岡はゆっくりと卵の運搬を始め、静希達は再び他の卵の捜索を始めることにした


現在見つかった卵は十一、一度にヘビやトカゲがどれだけの卵を産むのかまで知らないが、二か所に卵があったのであれば他の場所に卵があっても不思議はない


十一時ごろ、熊田は二回目の大音量索敵を行った


周囲に轟音が響き渡り、あたりを捜索するも、その後卵が見つかることはなかった


そしてタイムリミットである昼過ぎ、静希達は井谷の能力で事業所前まで移動していた


事業所前には藤岡のゴーレムがそのままの姿で残っていて転移ゲートを維持するために身を屈めていた


「いやぁ、転移って便利だな、山二つくらい移動してたのに一瞬だよ」


「その分制約が多いけどね、作れるゲートの大きさとか、後は私がいる場所からしかゲートを作れないとか」


ゲートを作るのはあくまで井谷自身、帰りは一瞬でここまで来れたが行きに関しては自分の足で動くしかないのだ


意識が途切れるとマーキングが切れるという制約がなければもっと便利だったのだろうが、そのあたりは能力の特性なのだから仕方がないだろう


そして静希達が戻ってくるのを確認すると城島と三年生の教員、そして事業所で待っていたであろう瀧がやってきた、これで今回の実習は終了になるだろうという確信を全員がもっていた、そしてその通りに事は運ぶことになる

後にやってきた委員会の人間に卵を預け、静希達は事後報告を済ませてこの場を去ることになった


完全奇形を打倒したという事実はこの街のほとんどの人間が知るところである、その為静希達が実習のマストオーダーをこなしたという事は依頼主である事業所の人間も承知していた


「それでは我々はこれで失礼します、今後調査団がやってくることもあるかと思いますが、その点どうかご容赦ください」


「わかりました、本当にありがとうございました」


瀧に見送られて帰宅する中、明利の首にいたイーロンはペットなどが入れられる籠に入っていた、これから電車などで移動するのにそのまま出していてはいろいろと騒ぎになってしまうからである


「幹原、できる限り近日中に、可能なら今日の内にそいつをここの獣医に診せに行け、こちらから話は通しておく・・・領収書を貰えば費用は学校側が出してくれるだろう」


「あーそっか、イーロンを見てもらわなきゃいけないのか・・・でも先生、何も今日じゃなくても・・・」


実習で疲れていることを鑑みても別の日にしてもいいのではないかと思えるのだが城島は首を横に振る


「ただでさえ奇形種を飼育した例は少ないんだ、しかも生まれたばかり・・・どんな病気を持っているかも、またどんなものを与えてはいけないかもわからないんだ、早いうちに確認しておくのに越したことはない・・・今日であれば私もついていけるが」


城島の言うように、動物というのは人間と違う点が多すぎる、とくに食べられるものかどうかを判別するのは重要なことだ


人間はネギなどを食べることはできるが、犬がそれを食べると腹を下すのと同じように、人間が食べられるからと言って他の動物が食べられるかどうかはわからないのだ


そう言う検査をするというのもそうだが、生まれたばかりの生き物というのは総じて病気にかかりやすい、もしかしたらすでに何かの病気を潜在的に持ってしまっているかもわからない


そう言うのを調べるためにも一度獣医に診せておいた方がいいのだ


明利では体調などは確認できても食べられるかどうかのチェックまではできない、そういう事を調査できる専門の人間が必要なのだ


「でも先生、そう言うのって時間かかるんじゃ・・・普通に検査するだけでも結構かかりますよね」


「その点は問題ない、ここの獣医は何度か研究用の奇形種の診察もしている、それこそ飼育に必要なもの、与えてはいけないものなどはすぐにわかるらしい、そう言う能力なんだろう」


城島も詳しいことはわからないようだが、所謂取り込んでも害が無いものを調べることができるようだった、ただ同調するだけではなくその生物がもっている内臓器の機能を確認してそこから分解できないもの、害となる物を知ることができるのだという


なんでも動物だけではなく、時には人間も診ることがあるのだとか


人間にも個人によってアレルギーという症状を起こす人がいる、そう言う症状を未然に防ぐ意味でも幼少時にそう言ったことが確認できる能力者になにを与えてはいけないかを調べさせる親や飼い主は多いらしい


静希が一緒にいるフィアは見せなくてもいいのだろうかと一瞬考えたが、思い返せばフィアは死体なのだから見せたところで意味がないなと自分で自分の考えを否定する


こうして考えると生き物を飼うというのは本当に大変だ、なにせ動物はしゃべってくれない、自分の異常などを口にできない、その為にその体調を把握しにくいのだ


明利などの同調能力があればそのくらいは楽にできるのだが、普通にペットとして飼われている動物たちがそんな能力を持ち合わせているはずがない


だからこそ獣医という職業が存在し、同じようにその為とでも言うべき能力者がその職に就くことがあるのだ


「じゃあ帰りにその動物病院に行ってみるか、場所は?」


「あ、私も一緒に行く、明ちゃんと静だけじゃ心配だし」


その心配というのは、一体どういう意味なのだろうか、奇形種を連れる以上自分がついていくのが道理だと思ったのか、動物病院には静希、明利、雪奈、そして城島の四人が向かうことになった








喜吉学園の前に到着し、今回の実習が終了した旨を関係者に報告した後、静希達は荷物を持った状態でそのまま移動を開始した


と言ってもそこまで遠くはなく、駅前にあるペットショップのすぐ横にある小さな動物病院だった


個人でやっているのではと思えるほどの規模だが、その中にはすでに何人か診察を受けに来た飼い主と、そのペットの姿が確認できた


「失礼、喜吉学園の者です・・・例のペットを連れてきました」


「・・・あぁ、お話は伺っています、奥へどうぞ」


城島がついてきてくれていて本当に助かった、こういう時に根回しをしておいてくれるから非常に話が早くて済む


静希達は受付の案内の下奥へ通されると、そこには何匹かのペットとそれを診ている獣医らしき人物が待っていた


「先生、喜吉学園の方がお見えです」


「ん?あぁいらっしゃい、その籠の中のが例の蛇トカゲだね、ちょっと待っててくれるかな、この子の診察だけ終わらせちゃうから」


歳は四十ほどだろうか、顎に無精ひげを蓄えた中年の男性という印象を受けた、体は引き締まっており、デスクワークを主にしているというより、どこか実戦の空気を感じさせる


この人も軍上がりの人間だろうかと静希が勘ぐっていると城島が前に出る


「お久しぶりです先生、その節はお世話になりました」


「君も元気そうで何よりだ、立派な先生になったみたいだね」


城島の言葉に静希達は顔を見合わせる、知り合いだったのだろうかと少し驚いているが、城島はその話を今するつもりはないようだった


「幹原、そいつを出せ」


「は、はい・・・イーロン、おいで」


籠の入り口を開けて明利が覗き込むとイーロンは待ってましたとばかりに明利の首に巻き付いていく


決して明利が苦しくならないように絶妙な力加減で体を巻きつけその体に擦りついていく


「おぉ・・・また随分と懐いているんだな・・・見た目は胴の長いトカゲ・・・いや手足のついたヘビというべきか・・・失礼」


獣医がゆっくりと手を伸ばすとイーロンは別に警戒する様子もなくその手に近づいていく、そして匂いを嗅ぐような仕草をした後でその手を僅かになめた


「警戒心ゼロ・・・か・・・この子は一体どういう境遇で?」


「つい先日生まれたばかりです、そして生まれた瞬間にこの幹原を見て、刷り込みが行われたものと思われます」


城島の報告になるほどと口に手を当てた後その体に一度触れ、マーキングを施したようだった


そして診察台の上にイーロンを乗せると集中しながら何やらカルテらしきものを書き記していく


「・・・あの、先生・・・この獣医さんとお知り合いなんですか?」


「・・・あぁ、昔世話になった・・・私も一応体はエルフだからな」


その言葉に静希達は思い出すと同時に理解した、そう、城島はその体自体はエルフなのだ


すでにその額にあった奇形である角は折れ、人間のそれと全く変わりが無いように見えるが本来の人間のそれとは違う構造をしていることもある、だから幼少時、もしかしたらもっと成長してから彼にいろいろと調べてもらったことがあるのかもしれない


アレルギーなどは摂取してみないとわからないことが多い、それこそ生まれてから一度も食べない食物もあるくらいだ、気づかないままでいても不思議はない


彼女の場合、一度そう言う症状が出た後にしっかりと調べに来たのだろう、かなりこの獣医に恩義を感じているようだった


「ちなみにお世話になったってことは先生もやっぱりアレルギーとか持ってるんですか?」


「ん・・・一応な・・・昔香草の一種を口にしたら症状が出た、それの何が原因だったかまではもう覚えていないが、それ以来その類のものは口にしていない」


香草、所謂三つ葉やセロリといった独特な香りのある草のことをそう言う


料理のアクセントとして使われることが多く意図的に使わない限り一般家庭などではほとんど見ることはないだろうものである


実際静希などは料理をする際に香草など使わない、というよりそもそも買う事すらしない


料理のアクセントとして必要なのは理解できるが、わざわざ使おうとは思わないのだ


「じゃあ先生は料理するときとかは香草は使えないんですか?」


「使えないことはないが、使わないようにしている、それでアレルギーが出るのも嫌だからな」


投入する段階での味見などをしなければ香草を料理に使うことはできても、実際に香草が使われた料理などを食すことはできない


煮た結果出た汁などは飲んでも大丈夫らしく、香草そのものを口にしない限りは問題はないらしい


エルフの体というのは案外不便なことも多いかもしれない、いや普通の人間でもアレルギーなどを抱える可能性を考えればそこまで変わることはないだろう


そう思うと以前出会った完全奇形のエルフ斑鳩などはもっと大変な思いをしているかもしれない


彼の場合全身が奇形化しているのだ、本来の人間とは違う臓器の形などをしていても何ら不思議はないのだ


静希は自分の右手を見ながら思い出す、このまま自分の奇形が進行し、もし全身、あるいは臓器の部分が奇形化した時どうなるのだろうかと


一種の不安を感じながら、今はこのままで大丈夫と言い聞かせながら静希は明利や雪奈と戯れているイーロンを見ながら気を紛らわせることにした


「えっと・・・イーロンちゃん、この子は完全奇形だね、本来の蛇ともトカゲとも体の構造が違う・・・食べ物に関しては動物性のものを与えれば問題ないだろう、植物性のものもある程度なら食べられるみたいだけどパンなどは与えないでくれ、酵母を分解できないみたいだ、今のところ病気なんかは持っていないよ」


イーロンが完全奇形であるという事を知って静希達は複雑な心境になるが、完全奇形の親から生まれたのだ、彼女もそうなる可能性は十分にあった


そして食べ物に関しては大抵のものは問題ないらしい、ある程度雑食性を有しているという事に静希達は多少安堵していた


「あの、ゆで卵とかはあげても大丈夫ですか?」


「問題ないよ、ただあまりカロリーが高すぎると肥満の原因にもなるからそこは注意してくれ、飲み水は塩を少量混ぜたものが好ましいよ、一応資料を作っておいたからこれを徹底してくれれば問題ないと思う」


獣医だけあってその動物に適切な食べ物や生活環境を列挙した紙を渡してくれる、これがあれば飼育には困らないだろうと思うほどにいろいろ記載されているのがわかる


温度や餌の時間、体を清潔に保つための方法など多岐にわたることがこの紙に集約されていた


「あ、ありがとうございます、よかったねイーロン」


診察台から明利の首へと戻ると、イーロンは何が嬉しいのかまでは理解していないようだったが明利が嬉しそうなのを見て上機嫌になっているようだった


やはり賢い子だ、普通の爬虫類のそれとは一線を画するほどである、感情の機微にまで反応できるあたり、もしかしたらこちらの表情や言葉を理解しているのかもわからない


「先生、ありがとうございます、また御厄介になることがあるかもしれませんが」


「あぁ、そのときは連絡してくれれば大丈夫だよ、それじゃあお大事に」


診察が終わったという事で本来の仕事に戻るべく近くにいる動物たちの様子を確認し始める、四六時中動物に囲まれる生活というのもなかなか大変だろう


以前動物園でそう言う状況になった静希と明利にはその状況をほんの少しではあるが理解できた


彼はこれからも動物たちを診察し続けるのだろう、そして時折城島のような人間を診ていく、これからも、今までもそうしてきたように


「これで晴れてイーロンは喜吉学園のペットってことになるんですね、今日もう学校に預けるんですか?」


「そんなに早く受入れの体制が整うわけがないだろう、今週末までには何とかこの条件に合う場所を作る・・・それまでは・・・お前達の中の誰かに面倒を見てもらいたい」


城島の言葉に三人は顔を合わせる、学校側が飼育の環境を整えるのにも時間がかかるだろう、それは仕方のないことではあるが一体どこで面倒を見るか


「うちと雪姉の家は無理だろうな、うちにはこいつらがいるし」


そう言って静希はトランプを数枚取り出して見せる、その中には人外たちがいるのだが、普通の動物は近くにいるだけで圧力を与えてしまう、もし一晩でも一緒にいればストレスで死んでしまうかもしれない


「じゃあ私の家はダメかな?一週間くらいならお父さんたちも大丈夫っていうかもしれないし」


そもそも明利の家で飼えないというのはイーロンが巨大になった時に飼いきれないという危惧を抱えた場合だ、この爬虫類の完全奇形が数日程度でそこまで巨大になるとも思えない、そう考えれば明利の家が一番妥当だろうか


「でも大丈夫か?なんなら手伝いに行くか?久しぶりに泊りで」


「お、明ちゃんの家にお泊りは久しぶりだね、今日行く?」


「いや、今日はさすがに急すぎるだろ、明日以降だな」


いくら明利の家に泊まりに行くのは連絡さえすれば問題ないとはいえ実習で疲れたままの状態で泊まりに行くのはさすがに非常識だ


それにイーロンは明利に懐いている、もし何かあっても問題はないだろうが、さすがに何もしないというのは問題だろう


「一応うちの守り神を渡しておこうか?万が一ってこともあるし」


「ん・・・大丈夫だよ、何かあったらすぐ連絡するね」


明利がこういうのだ、静希がこれ以上何か言うのはお門違いというものだろう


「どうするかは決まったか、幹原が預かるなら今からご挨拶ついでに事情を説明しに行くか」


「え?先生も来るんですか?」


「当然だろう、これから学校のペットになる生物を預けに行くんだ、ある程度事情を説明しないでどうする」


城島の言っているのは間違いなく正論だ、確かに学校側で預かるべきところを明利が預かることになったのだ、そのことについてしっかりと説明するのが筋である


そしてその説明を生徒ではなく教師がするのも何もおかしいことはない、その為に城島が明利の家に足を運ぶのもまた然りである


以前城島は明利の家で菓子作りなどをやったこともあり、明利の親とは面識がある、今回のことも自分が動いた方が事が上手く運ぶと思ったのだろう


「先生、一応ですけど、あんまり過激なことは言わないでくださいね、明利の親は無能力者なんで」


「わかっている・・・お前は私をなんだと思っているんだ」


静希は顔をひきつらせて視線を逸らす、なんだと思っているか、そう聞かれると静希は非常に返答に困る


彼女は優秀な教師だ、静希だって何度も世話になっている、だがその反面危険な思想と性格を持っているのもまた事実、恩義があるだけにそこが厄介なところだった


誤字報告を35件分受けたので4.5回分(旧ルールで九回分)投稿


昔の自分が今の自分を殺しに来ているレベルで誤字がある・・・これはまずいですよ、メンタルレベルアップとか言ってる場合じゃねぇ!


これからもお楽しみいただければ幸いです

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