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J/53  作者: 池金啓太
二十八話「見るべき背中と希少な家族」

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それぞれの事情

「でもさ先生、サポートっつっても別に俺らがやってもよかったんすよね?」


「・・・それはお前達がメインで戦ってもよかった・・・という意味か?」


城島が聞き返すと陽太がそうっすと頷く


今回静希達はサポートという立場もあり少し消極的な戦闘を余儀なくされた、それは静希だけではなく陽太も鏡花も同じだ


明利に関しては索敵という能力を発揮するためにほぼ全力で動いていたが、戦闘に関わる人間はかなり行動を制限されていたと思っていいだろう


だからこそ陽太は疑問に思っていたのだ


「全員が全力で行動してればそれこそもっと楽に終わったと思うんす、だって静希が本気出せばそれこそこいつが接触した時点で目標を倒すことだってできてたわけでしょ?」


陽太の言葉に城島は何と返答したものか迷ってしまっていた


確かに陽太の言うように全員がそれぞれ全力での行動を許されていればもっと楽に行動できたのは間違いない、実習ももしかしたら初日で終わっていた可能性だってある


サポートだからメインを立てなければいけないという制限さえなければ、もっと楽に行動できていたのは言うまでもないだろう


「・・・これは学生に言うべきことではないかもしれんが、一応今回のお前達のサポートという立場に立ってもらったのにも理由はある、まぁこれは一種の大人の事情なんだが」


大人の事情という言葉に静希達は一瞬嫌そうな顔をする、総じて大人の事情というのは子供には理解できないものなのだ


面倒なものや複雑なものを大人の事情という言葉で濁したり、表立って公表できないようなものをそのように表現したりすることもある、あまり聞いていて楽しい話ではないだろう


「社会に出て、軍に入ると大概こういう状況に出くわすことになる、所謂『ある特定のチームを活躍させるために行動しなくてはいけない』という状況だ」


「要するに、今回の俺たちみたいな状況ってことですか」


静希の言葉に城島はそういう事だと言ってさらに言葉を続ける


「組織というのは面倒なものでな、現場だけでは成り立たない、上下関係があり、同じ階級の人間でもそれぞれ事情が違ったりする、そして組織内だけでも成り立たない、そうなると必ず目立たせなくてはいけない存在というのが出てくる」


「・・・所謂マスコットってやつですか?」


鏡花の言葉に城島は頷く


マスコット、よく遊園地などで見られる団体や施設などを象徴する存在のことだ


それさえ見ればどこの何を表しているのかが明確になるほどに有名なものもあれば、それを見ても何を表しているのか全く分からないものまでさまざま存在する


「それは組織の中での事情もあれば、組織の外側に向ける事情でもある、例えばマスコミ用に目立たせるマスコットチームというのが軍の中には存在しているのも事実だ」


マスコミ用のマスコットチーム、言い方は悪いがそう言う存在も組織には必要なのも事実だ


軍という戦力を有している存在である以上ある程度危険なイメージを持たれていてもしょうがない、そう言うイメージを払拭し、いいイメージを与えるためにそう言うチームが必要になってくる


無論、だからと言ってまったく活躍していないのでは意味がない、その為に他のチームがマスコットチームを活躍させるために行動することがあるのだ


「あとはまぁ、上の都合で特定のチームを活躍させるように指示されることがある、どんな事情があるかは・・・まぁお察しだがな」


先の例えは組織外に対する事情があった場合の話だ、今城島が言った上の指示というのは組織内における事情という事になる


お察しと城島は言葉を濁したが、それはつまり上司の意見というまさに個人的な都合の場合だ


人の上に立つ存在とはいえ必ず好き嫌いというものが存在する、何より上官だって人間だ、個人的に配慮したい存在がいても不思議はない


そう言う感情を持っている人間に対して気づかれないように、または露骨に他のチームに『彼を活躍させてくれ』という申請を出すことも少なくない


他のチームからしたら迷惑極まりないのだが、上官の指示とあれば断るわけにはいかないのが組織の中での常識だ


非効率かつ不平等だが、組織という存在が人間という生き物で成り立っているのだからそう言うことがあっても何ら不思議はないのだ


「軍の中でそう言うことが許されるんですか?個人で優遇するなんて」


「正式な指令を出すことは難しいだろうが個人間で頼みをするのは問題ない、誰だって上司には好かれたいだろう?そう言う頼みを聞いておいた方が後々優位に立てる、だからそう言う事が起きるんだ・・・まぁこればかりは仕方がないだろう」


どんな人間だって、他人から嫌われたいような人はいない、そしてそれが自分の上司であるならなおさらである


今後の出世などにもかかわってくるだろうし、何より組織内での自分の立場も関わってくるだろう、一見すれば汚い交渉のように見えるかもしれないが無碍にできないというのが現実なのだ


「まぁそう言う事だ、今回お前たちがやったのはその予行演習だと思え、今後お前たちがどんな人間の下で働くかは知らん、だが組織に加わる以上、そう言う不条理は必ずあるものだ、今のうちにそう言う状況に慣れておいて損はない」


それはつまり、自分の行動を制限されたり、ある程度のご機嫌伺いをするような立場に慣れておけという事だ


それは子供から大人になるうえで必要なことなのかもしれない、それが正しいかどうかはさておき、この社会にはそう言うことが多く存在するのが事実なのだから


「なんかそれだけ聞くと、すっごく大人が汚く見えますね・・・」


陽太の言葉に城島は苦笑してしまう、恐らく彼女も似たような立場に立ったことがあるのだろう


その指示を受けるのは部隊の隊長だとしても振り回されるのは隊員だ、正直言って迷惑極まりない、彼女自身そう言った感情を抱いたことがあるのだろう、若干遠い目をしていた


「まぁでもある程度は仕方がない気もしますね、今までみたいにフォローしてくれる人ばっかりってわけでもないでしょうし」


「そういう事だ、お前達が大人になれば誰かをフォローすることも増えてくるだろう、自分たちの感情を殺してでもチームや誰かに貢献する、そう言う経験はあったほうがいい」


そう考えるとこの実習はかなり実りの多いものだったように思える、自分たちだけで行うだけでもなく、誰かのフォローをすることが重要になるのだ


二年生になってから実習に一年、あるいは三年生をサポートする実習が組み込まれるというのはただ単に実力的な問題だけではなくそう言う意図も含まれているのだろう


一年の頃はまだ実戦に慣れていないからそう言う意味でのサポートとして二年生が付き添い、三年生では難易度の高い実習において三年生のチームを活躍させるための本当の意味でのサポートをするために行動を共にする


その両方とも状況に違いはあれど特定のチームを活躍させるという目的に違いはない


思えば去年の雪奈たちもこういう感情を味わってきたのだろうなと少し感慨深くなる


学年が変わると立場も変わり、考えることも得られるものも変わってくる、こういう実習は本当にありがたいと思うばかりである


「さて、苦戦の原因はこんなものでいいだろう、明日はどう動くつもりだ?また卵を捜索してもらうことになるが」


せっかく時間があるのだから何もしないというのは時間の無駄、という事で明日も昼過ぎまでは山に入り卵の捜索をすることになる、もっともその卵が存在しているかどうかも怪しいものだが


「一応明日も捜索はしますけど、熊田先輩が全力索敵をするらしくて」


全力索敵、言葉にすれば何のことはないのだが、その手法が少々厄介なのである


なにせ人間の鼓膜が破れてもおかしくないだけの大音量を出すのだ、その対策はあらかじめしておくべきだろう


「・・・なるほど、大音量を使った索敵か・・・」


ある程度事情を話すと城島は納得した様で何度か頷きながら了承してくれた


「一応私が近くの建物から吸音材とかの素材をチェックして防音壁を作ろうと思ってます・・・ただ周りの家屋には大きな音が聞こえることになると思いますけど・・・」


「なるほど、それならあらかじめ根回しをしておくべきだろうな、明日の午前中は山の方から巨大な音がするから注意・・・まぁ民宿の人に頼んで連絡を回してもらおう」


連絡網ではないが、町や地区には必ず連絡を取り合えるような手段があるものだ、回覧板だけではなく電話などでも伝えられるようなものが存在する


あらかじめ事情を知らせておかないともしかしたら警察沙汰になってしまうかもしれないためにこういう根回しは必要だろう


「でも私たちが帰った後に正式な調査団が来るんですよね?なら探した地域をある程度マッピングしておいた方がいいでしょうか?」


「まぁそれもしておいて損はないだろうな・・・調査団の連中は多分お前達が探した探さないにかかわらず辺り一帯を調べつくすだろうが・・・」


大人の仕事が子供の行動によって左右されることはほとんどないという事だろうか、それとも子供の調査は信用ならないという事だろうか、どんな結果であろうとあの周辺からこの近くの山一帯はすべて調べつくすことになるだろうと城島は睨んでいた


見落としというべきではないかもしれないが明利の索敵は万全ではない、ある程度の事しかわからないために何かが隠されていた場合はそう言ったものを発見するのには不向きなのだ


その為索敵下においた場所の中に卵が隠されていても何ら不思議はない、だからこそ熊田が大音量での索敵を提案したのだ


「明日の行動は昼過ぎ位をリミットにしようと思ってます、それで問題ないですか?」


「そうだな、周囲への報告、帰宅も含めそのくらいでいいだろう、後は三年生たちと話し合ってそれぞれ行動を決めておくこと、私からは以上だ」


城島主催の反省会を終えたことで静希達の肩の荷が下りたのか、全員が大きく息を吐く


今回は失態も犯したためにそれなりに重苦しい内容があった気がしてならない、特に今回大きくミスをした静希は大きくため息を吐いていた


「食事はもう少ししたら出るそうだ、風呂の準備ももうできているらしい、それぞれこれからどうするのかは話し合え」


風呂に入る前に話し合うか、それとも風呂に入ってから話し合うか


正直思い切り動いた後なので今すぐにでも風呂に入ってさっぱりしたいところである、とはいえ三年生たちも恐らく反省会の最中だろう、自分たちだけが勝手に動くわけにもいかない


ここは三年生たちの反省会が終わるまで待つのが定石だろう


「にしても、今回は反省点多いわね、特に静希」


「わかってるよ・・・久しぶりに痛い目見て十分反省した、もうあんなのこりごりだ」


痛い目などと言葉を濁してはいるものの静希の場合は手足を骨折しているのだ、あまりの痛みに吐き気すら催したほどである


自分から進んであんな痛みを受けたいとは絶対に思えないため、静希はもうあんな行動をとるつもりはなかった


何より自分の行動のせいでチーム全体に迷惑をかけたのだ、二度とこんな行動をとるべきではないのは自分自身深く理解し反省していた



静希達の反省会が終わって数分後、三年生たちも反省会が終わったのか部屋からぞろぞろと出てくる、それぞれ反省もあったのかあまり良い表情とは言えない


特に雪奈は若干気落ちしているようだった、今回雪奈は若干独断専行が多かったこともあり反省点が多かったのだろう


静希という雪奈にとって大事な家族が傷ついたこともあり冷静さを保てなかったのが一番の原因でもあるが、冷静さを保てないという理由で勝手な行動をしたのは事実、恐らく担当教師からも叱られたことだろう


「雪姉、どうだった?」


「あ・・・静・・・いやぁこってり叱られたよ」


雪奈を気遣って静希が話しかけるが、彼女は苦笑しながら笑うばかりだった


静希の前で弱ったところは見せられないと思っているのか、実習中はこの反応を貫くつもりなのか気丈に振る舞っていた


「お前達、今日はどうする?俺たちは早めに風呂に入りたいんだが」


「そうですね、じゃあ明日の準備とかは後回しにしましょうか、ここって男女は・・・」


「別々だからそれぞれ入れるらしい、さっさと汗を流そう・・・」


熊田もさすがにこの二日間は堪えたのか、表情から疲れが滲み出ている、それは他の三年も同じだ、完全奇形との戦闘はそれだけ消耗するのである


「おっしゃ、んじゃさっさと入ろうぜ、体べたべたするよ・・・」


まだ梅雨にもなっていないとはいえ動き続ければ当然汗もかく、山の中は日の光があまり入ってこなかったがそれでも汗をかくには十分な運動量だったのだ


それぞれが入浴の準備をし、脱衣所で服を脱いでいる時、藤岡は静希の左腕に注視していた


「・・・なぁ五十嵐、お前のそれ義手か・・・?」


「え?あぁ、そう言えば先輩は見るの初めてでしたね、義手ですよ」


熊田も見るのは初めてではあるが雪奈からある程度の事情は聞いていたためにそこまで驚きはしなかった、だが全く聞いていなかった藤岡の衝撃はかなり大きかったようだ


スキンを外し銀色の装甲が見えていることで明らかにそれが人の腕ではないことに気付いてしまった、そして静希がさも当然のように左腕を外すのを見てさらにショックを受けたのは言うまでもない


「・・・えっと・・・まさか深山に切り落とされたとかそう言う話か?」


「まさか、去年の実習でちょっとやらかしちゃいまして、それ以来これを付けてるんです、案外便利ですよ、風呂の時はちょっと工夫しないとだめですけど」


工夫と静希は言ったが、どちらかというと作業に近い、義手内部に取り付けられている武装を取り外すのだ


もし水にぬれると錆の原因になる、普段からメンテナンスは怠ってないためにそこまで気にするようなことはないかもしれないが常日頃からの整備が道具の性能を高めるのだ


「・・・あぁ、今日飲み込まれたときに使ったのはこいつなのか・・・」


「そうですよ、三十ミリの砲弾です、まぁ能力には劣るかもですけど」


今日戦闘していた時に静希が完全奇形に呑み込まれ、脱出する際にいったいどんな手段を使ったのか藤岡はよく見ていないのだ


自分の能力でゴーレムの内部にいたために最低限の視界しか確保できていなかった、静希が飲まれていつの間にか出てきたことは確認できたのだがその現場が見えていなかったのである


とはいえまさか左腕が丸々義手とは思っていなかった


「・・・なんつーか・・・その・・・ドンマイだな」


「まぁ今さらですけどね、去年の後半はほとんどこの状態でしたし」


静希が左腕を失ったのは樹海での実習の時だ、あれより前はこんなことになるとは思ってもいなかったが、無くなってみると何とかなるものである、特に静希の場合すぐに代替物が見つかったのが運が良かった、そう言う意味ではこの腕を提供してくれた村端には感謝してもし足りない


そして静希が続いて右手のスキンを外すと今度は熊田も驚いた視線を向けた


その右手はかつては普通の手だったはずだったが、今は鱗のようなものが手の甲に存在し、肌は黒く変色し人間のそれとは違う形状をしているのがわかる


「・・・五十嵐・・・お前はエルフじゃなかったように思うんだが・・・」


「え?あぁ・・・ちょっと実習で無茶しまして、右手がちょっと奇形化しちゃったんですよ、これもたいしたことないんで気にしないでください」


気にしないでくださいなどと軽く言われたところで気にしないなんてできるはずもない


半年近く目を離したすきに後輩が左腕を失くし、右手が奇形化していたなんてどう想像しても異常事態だ


そもそも後天的な奇形自体三年生の二人は見たことがないというのに、まさかこんなところでお目にかかるとは思っても見なかった


「・・・おい熊田、こいつやばいんじゃないのか?俺がおかしいのか?それとも深山の弟がおかしいのか?」


「・・・確証はないが・・・少なくともお前はおかしくない・・・そして五十嵐もおかしくはない・・・たぶん」


熊田としても静希をフォローしたいという気持ちはあるのだろうが、左腕に続き右手まで異常をきたしているとなると確証を得ることができていないようだった


酷い言われ様だなと思うかもしれないが、今の自分を一年前の自分に見せれば確かにおかしいと思われても仕方がないなと思えてしまう


思えば体を酷使し続けているせいか去年から随分と様変わりしてしまっている、背が伸びたというのもあるが筋肉が結構ついている、陽太にはまだ劣るもののなかなかしっかりとした体になってきているのは確かなようだった


静希達が入浴している間、もちろん女子たちも入浴するべく脱衣所を経由して風呂場へやってきていた


民宿という事もありそこまで広い浴場ではなかったが、四人が入るには十分すぎる広さは確保されていた


「おぉ、なかなか風情があるね」


「雪奈さん、一応前隠してくださいよ・・・はしたないですよ」


タオルを肩にかけて前を隠すつもりなどさらさらない雪奈は堂々と闊歩している、その男らしさは一体どこで役に立つのかと問いただしたいところではあるが雪奈は特に気にした様子はなかった


「まぁまぁいいじゃない、女同士なんだしさ・・・っていうか明ちゃん、イーロンは?見かけないけど」


「先生が預かっててくれてます、さすがにお風呂に入れるわけにはいかないので」


爬虫類は基本的に変温動物が多く、外部の温度によって体温が変わることが多い、イーロンは奇形種であるために変温動物であるかどうかも不明ではあるが、一応風呂に入れることはできないと判断した


明利に懐いているという事もあり、もし明利と一緒に風呂に入ろうとする可能性を考慮し城島が預かっているのだ


「さすがにヘビを風呂に入れるわけにはいかないか・・・いやトカゲだっけ?」


「どっちでもいいでしょ、さっさと体洗ってお風呂入ろ」


井谷の言葉に従って全員が並んで体を洗い始めるのだが、その中で井谷の視線が明利の体に突き刺さる


そしてそれに気づいたのか、明利は井谷の視線をたどり、その先に自分の胸があることに気が付いた


「・・・な・・・なんですか?」


「いやぁ・・・なんて言うか、雪奈から聞いてたけど本当に小さいなって思って」


その言葉に明利の体が硬直する、そしてゆっくりと雪奈の方を向くのだが雪奈は目を逸らしながら口笛を吹いていた


「雪奈さん・・・?」


「え?な、なんだい明ちゃん?今日もとってもキュートだよ?とってもかわいいよ?」


必死にお世辞を並べて話を逸らそうとしているのだが、明利は徐々に雪奈に近づきじっとりとした目を向け続けている


さすがに耐えかねたのか雪奈は背を向けた状態になり即行で体を洗うべくタオルを高速で動かしていた


「・・・もう・・・小さいのは気にしてるのに・・・」


「ハハハ、でもすごい肌綺麗じゃない?髪もつやつやだし」


井谷が明利の肌に触れるとくすぐったかったのか、明利は甲高い悲鳴を上げる


「・・・おぉう・・・これはいじめ甲斐がありそうな反応を・・・」


「こら!明ちゃんは私のだ!勝手にいじるのは許さんぞ!」


井谷に触られそうになっているのを確認した瞬間、雪奈は明利に抱き着いてその体を守ろうとする


泡まみれの状態で抱き着いているためか滑りが良くなり明利は非常に恥ずかしいのか顔を真っ赤にさせていた


「先輩方、明利がのぼせちゃいますよ、ほどほどにしてください」


その様子を横から見ていた鏡花は明利を救うべく助け舟を出す、明利もようやく止めに入ってくれたのだなと子羊のようなまなざしを向けているが、三年生二人の視線が同時に鏡花に向くことで嫌な予感が加速していた


「・・・そう言えば鏡花ちゃんもなかなかの肌艶をしているよね・・・胸も結構大きいし」


「・・・髪もすごいきれい・・・ちょっとだけ・・・ちょっとだけ触っていい?」


三年生二人にロックオンされたことを悟り、鏡花は嫌そうな顔をしているが風呂場であるために自由に動けない、こんなくだらないことで能力を使うのも憚られる、どうにかして逃げられないかと周囲を見渡すが、雪奈に抱かれたままの明利くらいしか目に入らない


スケープゴートには明利は丁度いいかもしれない


そんな悪魔のささやきが聞こえる中、先程まで正面にいた井谷がいつの間にか鏡花の背後に回り込んでいた


近くの壁に転移のトンネルが作られているのを見て鏡花は愕然とする


「ちょ!こんなことで能力使わないでくださいよ!」


「うへへ、能力にはこういう使い方もあるのよ!やっば!肌すべすべ!」


「こらこら、鏡花ちゃんは陽のなんだからあんまり弄っちゃだめだぞ」


雪奈の制止にへぇそうなんだとさして気にした様子もなくそのまま鏡花の体を満喫していると、ついに鏡花が耐えられなくなったのか地面に足を叩き付けて能力を発動した


井谷の体の自由を奪うように拘束具を作り出すと、鏡花は井谷の手から逃れて凶悪な笑みを浮かべている


「ふふふ・・・能力にはこういう使い方もあるんですよ・・・さぁ先輩、覚悟はいいですか?」


井谷の能力はある程度面積がなければ発動できないのはすでに雪奈から聞いている、拘束具という最低限の面積しか持たないものならば能力を使って逃げることもできはしない


「ま、待て!落ち着きなさい!私に手を出したらどうなるか!」


「ふふふ、先輩、やっていいのはやられる覚悟のある人だけですよ?さぁお祈りは済みましたか?」


まるで両手をタコの足のように駆動させながら鏡花は井谷の体めがけて襲い掛かる


その後井谷の悲鳴が風呂場中にこだましたのは言うまでもない


そしてその声が男風呂の方にまで響いていたのも、また言うまでもないことである









「えー・・・では、明日の行動について話し合おうと思うが・・・何かあるか?」


三年生を交えた話し合いをするなか、熊田はやりにくさを感じていた


なにせその場には耳まで真っ赤にした状態で突っ伏している井谷と、満足げな鏡花、雪奈、そしてイーロンの世話をしている明利がいる


更に近くには左腕を外して武装のメンテナンスをしている静希がいるのだ、普段と全く違う光景という事もあり、やりにくさを感じるのは半ば仕方がないだろう


「とりあえず清水、吸音材の状況はどうだ?」


「はい・・・一応それらしいのを見つけたので今作ってみましょうか」


鏡花は何時の間に調べていたのか、近くにあったテーブルの表面を変換し、独特な材質の物体に作り替えていく


見た目はスポンジのように見えるが、その触感はスポンジとはかけ離れている、なんといえばいいか、少し棘のような感覚があるのがわかる


「ふむ・・・確認するか」


そう言って熊田が能力を発動し、笛のような音を出すと、静希達にもその違和感が感じ取れた


何かと聞かれると答えにくいのだが、普段聞く音と何か違うような気がするのだ、イヤホンの片方だけの音が出ていないような、そんなもどかしさを感じる


「なるほど、確かに音の反射が減衰されているな・・・清水、形を箱型に変えてくれるか、上部に穴をあけてくれると助かる」


熊田の指示通り、吸音材の部分を箱型に変え、穴の開いてる部分から音を出すと先程感じた違和感はさらに強くなる


箱の中に音が入っているはずなのに音が反響していないのだ、これが吸音材、音を反射せずに吸収してしまう特殊素材というわけである


「これで本当に音を吸収できてんのか?なんか信じらんねえな・・・」


藤岡の言葉にその場にいた陽太も同意見のようで不審な表情をしている、なにせこんなスポンジ状のもので音を吸収できているとは思えないのだ


「じゃあ実際に体験して見ましょ、ちょっと待ってね」


鏡花がそう言うとテーブルが形を変え、下部分から頭を入れられるように形を変える、そして頭を出した部分はすべて吸音材が包んでいるような形にして見せた


「生首逆バージョンね、陽太、テーブルの下から頭突っ込んで」


「了解・・・こうか?」


負担にならないようにテーブルの足の長さも調節し陽太が頭を突っ込むと完全な密閉状態を作るために軽く首を絞める形で固定する


そして熊田が三回ほど笛の音を出す、その音を中にいる陽太は聞くことができなかった


当然と言えば当然だろう、吸音材という名前の通り、音を吸収する素材なのだ、その音を弾き返さないだけではなく、音を通さないという特性も持ち合わせている


要するに防音壁のようなものになっているのだ


「さっき三回音出したのわかった?」


「マジか!?全然わからなかった・・・」


本当に聞こえていなかったのか陽太はかなり驚いているようだった、急ごしらえとはいえ上手くいったようだと鏡花は安心していた、そして藤岡も同じような実験をしてもらいその効果を確認していた


通常の音であれば問題なく遮音できる、それはこの実験からも明らかだった


「・・・問題は、これで大音量を防げるかどうか、という事だな」


そう、問題は熊田が出す音量が先の音とはケタ違いの大音量になるという点である


かなり強い大きさの音は、もはや衝撃と言っても相違ない、要するに音は空気の振動なのだ、その振動の大きさが極端に大きければ普通の音とは文字通りケタ違いの衝撃を伴う可能性もある


そんな音を吸音材程度で防げるかどうか


「厚さはかなり増すつもりですけど・・・それでもどうしようもない場合は・・・」


「いくつかの層を作るか・・・それかいっそのこと真空を作っちゃえばいいんじゃないか?空気がなければ音は伝わらないし」


静希の提案に鏡花はそうかもしれないと納得する、静希に頼まれて作った高速弾用の台座も内部は真空状態になっている、それを応用すれば確かに遮音はほぼ完璧になるだろう


問題は地面などを通して振動が伝わる場合だ


音は何も空気だけを伝搬するわけではない、それこそ糸電話の原理ではないが他のものを媒介にして振動が伝搬していくこともある


静希達が立つ場所、そしてそれらと繋がる場所をすべて真空にすることはまず無理だ、必ずどこかは柱のようにどこか支えが必要になる


そこまで気にすることはないかもしれないが、もし地面を通って静希達のいる内部などで反響するようなことがあれば面倒なことになる


音の力は強力だ、それこそ人が出す声だけでグラスくらいなら割ることができてしまうのだ


熊田の出す音は放射状に広がるが、地面を伝搬した音は静希達のいる空洞内に伝わった場合、内部で反響を続けることもある


内部の壁をすべて吸音材にすれば問題はないだろうが、その場合強度の面で不安が生じる


静希の言うように何層かに分けて安全なシェルターを作っておくべきだろう


「まぁわかったわ、一応いろいろと試作してみる、先輩、何度か能力使ってみてもらっていいですか?」


「了解した、防御の面は清水に一任しよう」


現状で熊田の大音量に耐えられるだけの場所を用意できるのは鏡花しかいない、本当に鏡花の働きぶりには頭が下がる思いである


誤字報告を十五件分受けたので2.5回分(旧ルールで五回分)投稿


そろそろメンタルもレベルアップしたころでしょう、こんにゃくの次は何メンタルにしようか


これからもお楽しみいただければ幸いです

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