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J/53  作者: 池金啓太
二十八話「見るべき背中と希少な家族」

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命名

「あ・・・そういやさ、こいつを飼うなら名前決めてやらなきゃ」


陽太の言葉にそう言えばそうだなと全員が明利に巻き付いているドラゴンもどきに視線を向ける


どんな名前がいいか、以前フィアの名を決めた時は研究所にあった検体番号からとったものだが、今回は完全に静希達のセンスに任せるしかないのかもしれない


もしかしたら研究所の方で名前を決めてしまうかもしれないが、生まれた瞬間に立ち会ったのだ、どうせなら自分たちで名前を決めてやりたいところである


「先生、俺らが勝手に名前決めていいっすか?」


「勝手に・・・いや、名前くらいならいいだろう、どうせ何かしらの名称は必要になる」


城島の許可も取れたところで静希達は悩みだす


見た目ドラゴンのような形状の蛇とトカゲの中間のような生き物、一体何と名付けたものか


これから長いこと名前を使うかもしれないのだ、ここは慎重に決めるべきだろう、なにせ自分たちだけではなく学校全体で飼うことになるのだ


「パッと見色違いのシェンロンっぽいし、そんな感じでいいんじゃねえの?」


「そんなパチモンみたいな表現止めろよ・・・でも竜っぽくもあるしな・・・なんかそれっぽい名前は・・・」


某七つのボールを集めることで召喚されるドラゴンに見た目がが酷似しているものの、このドラゴンもどきにはしっかりとした名前を与えてやりたい、せっかく飼うことが決定したのだ、姿に恥じることのない名前にしてやりたいところである


「龍を中国語読みするとロンでしょ?トカゲって・・・なんだったかしら」


「・・・たしかスィーイーだった気がするぞ・・・発音が少々難しいが」


熊田がスとイの中間のような音とウとイの中間のような発音をしたことで静希達は一瞬どうやって発音しているのかわからずに口を動かし始める


「先輩、今のどうやって発音したんですか?」


「中国語の発音は日本語のそれとは違うからな、口の形と舌の形を変えるんだ、慣れれば上手く発音できる」


普段喋るときに使う口の動きとは全く異なる動きをするために静希達は発音に苦労していたが、今は発音が問題ではない、このドラゴンもどきの名前が重要なのだ


「じゃあ、蛇はなんていうんです?」


「蛇はスィーだったと思う・・・俺もあまり詳しくないから発音があっているかは怪しいが」


蛇トカゲという名前をそのまま中国語にする場合スィースィーイーという事になるが、それではあからさまに間抜けだ


何かもっと別な表現があればいいのだがと全員が悩んでいると、陽太がはっと思いつく


「熊田先輩、一って中国語でなんていうんです?」


「それならイーだ、マージャンなどでもイーピンなどというだろう?」


陽太の言葉になんとなく言いたいことを察したのか鏡花はなるほどと呟く


「あぁ、八子の長男ってこと?男の子か女の子かわからないけど」


「一応女の子みたいだよ、長女だね」


さりげない明利の申告に全員がこのドラゴンもどきが雌であることを認識したうえで、八子の長女であるドラゴンもどきの方を見る


「じゃあ・・・一と龍でイーロン?」


「どうせならスィーも入れようぜ、姓名みたいな感じで、スィー・イーロンってどうよ」


漢字表記としては『蛇一龍』となるだろうか、何度か復唱する中で鏡花と雪奈が首をかしげる


「それならイー・スィーロンでもいい気がするよ、蛇龍とかゲームにもあったじゃん?」


表記を直せば『一蛇龍』となる、確かにこちらでも響きとしてはおかしくない気がする


「なかなかそれっぽい名前ができたな・・・どっちがいいだろうか・・・」


「まった、その場合苗字が先にある奴だよな?八兄弟なら苗字は統一したほうがいいんじゃね?」


藤岡の言葉にそう言えばそうだなと全員が思い立つ、もし仮に八つの数字を名に入れるのであれば姉弟それぞれが違う苗字になってしまう可能性が高い

自分たちがすべて名づけるというわけではないだろうが、どうせなら統一性のある名前の方が良いのではないかと思える


「じゃあ生まれた順に蛇二龍、蛇三龍、蛇四龍って感じで変えてくの?」


「安直だけどそれが一番いいんじゃね?えと・・・イー、アー、サン、スー、ウーだっけ」


中国語で一二三四五と数えていくが、そこから先が出てこないのか陽太は頭をひねっている、むしろ陽太の頭脳でここまで出てきたことが奇跡に近いだろう


「そうなると五男はウーロンになるわけか、茶みたいだな」


「七なんてチーロンですよ、まさに麻雀っぽいです」


「でも二番目の子のアーロンはちょっとかっこよくない?」


それぞれ思うところはあるだろうが、とりあえずこの名前で定着しそうだ


明利の体に巻き付いているドラゴンもどきの名前、静希達がその場で決めたものではあるが名は体を表すという、この名が一番合っているだろう


「よし、じゃあこいつの名前はスィー・イーロンだな、それっぽいじゃんイーロン」


「安直だけどね、まぁ呼びやすいんじゃない?」


全員が名を与えられたドラゴンもどきに向けてイーロンと名を呼んでいると、どうやらそれが自分の名であると認識したのか、イーロンもそれぞれ顔を向けながら頭を揺らしている


存外知能は高いのかもしれない、トカゲや蛇といった爬虫類の頭脳がどれほどのものなのかはわからないが、知能が高いのなら芸なども覚えられるかもしれないなと静希達は仄かに期待していた


イーロンと名付けられた奇形種は結局静希達と行動を共にすることになった

委員会の人間が卵と完全奇形の亡骸を回収しに来た際に、彼女も一緒に連れて行こうとしたのだがひどく抵抗したのである


このままでは強いストレスで能力を発現されかねないということで、この場は静希達に対応を任せ、後に指定された動物病院で検診などを受けるという形で決着した


名前に関しては静希達が委員会の人間に伝えておいたものの、その通りになるかは不明である


「さて・・・ではお前達はこの後再び卵がないか調査をしてもらう、問題ないな?」


「はーい、またいくつかのチームに分かれるか」


「調査がメインだしね・・・完全奇形を倒したところを中心に捜索って感じかしら」


あの場に完全奇形が留まっていたという事は何かしらの理由がある、その理由が卵であるなら他の箇所にも卵があっても不思議はない


一カ所に卵を集中させるよりも複数個所に卵を産み落としておいた方が生存率は高くなる、生き物によっては複数個所に卵を産み落とす習性があると聞く、あの完全奇形がその習性を持っていたのなら他の場所にも卵がある可能性は高い


「イーロン、お前姉弟たくさんになるかもな、今でも八兄弟なのに」


陽太が特に抵抗なくイーロンの体を撫でると、気持ちがいいのかその手に体を押し付けている、ブラシをしてやったら喜ぶかもしれないが、独特な鱗を持つ動物に対してどんなブラシをしてやればいいのか全く不明である


生まれたばかりというのもあるが人に慣れ過ぎではないかと若干不安になってくる


「じゃあついでにこいつの餌とかも探してくるか、芋虫とかそんなんか?」


「こいつがトカゲなら蜘蛛とかミミズとか・・・ヘビならネズミとかか・・・どちらにせよ動物性のものが好まれるだろうな」


イーロンが奇形種、しかも完全奇形の可能性がある以上本来の動物の食性を持っているかどうかも怪しいが、とりあえずこの山で集められるだけのものは集めておいて損はないだろう


これから飼う上でも餌を確認しておくのは重要なことだ


「じゃあとりあえず餌はこの中に入れて保管しておきましょ、それぞれ集めたのを少ししたらあげるって感じで」


そう言って鏡花は透明な虫かごのようなものを作り出し全員に配布する、いくつかの種類を入れておけば万が一食べられないものがあったとしても他でカバーできるかもしれない


明利の能力でそのあたりが確認できればいいのだが、残念ながら明利の能力ではその体の特徴などは見て取れてもどんな好みを持っているかまではわからない


人間であれば思考同調である程度の考えは読めるかもしれないが相手が動物とあってはそれも難しいだろう


「えっと・・・虫とネズミとかそう言うのを集めればいいんだな?」


「たぶん・・・もしそれを食べなかったら・・・どこかでソーセージとか買ってあげてみよっか」


実際ただの動物であれば模範的な餌を与えればそれで済むのだが、奇形種ともなると勝手が違う、どれだけ食べなくていいか、どれだけ食べさせればいいかも変わってくるのだ


「そういやうちの実家で昔蛇がスズメを丸呑みにしてたことがあったな・・・こいつそう言うのもいけるのか?」


「え・・・?スズメは・・・どうだろう、大きさ的に難しいんじゃないかな・・・?」


今のところイーロンの大きさは普通の蛇より少し小さいくらいだろうか、生まれたてにしては大きい方だがこの状態でスズメを丸呑みにできるとは思えない


「集められるだけのものは集めてみるけど・・・生きたままの方がいいのか?それとも死んでたほうがいいのか?」


「ペットショップで売られてるようなのは死んでるけど・・・どっちがいいんだろうね」


集められるだけのものを集めるつもりではあるのだが、如何せんこの中にペットを飼ったことがある人間が鏡花以外にいないのか、非常に迷っていた


初めて飼う命なのだから下手なことをしてはいけないと及び腰になっている節がある


「はいはい、とりあえず迷ってても仕方ないでしょ、いざとなったら明利もいるし異常にはすぐ気付けますよ、とにかく行動開始しましょ、まずは戦闘した場所まで移動しますよ」


そう言って鏡花が地面を足で叩くと全員を乗せる形で移動用の台座が現れ、そのまま移動を開始する


「それじゃ先生、行ってきます!日暮れには戻るんで!」


「あぁ、気を付けて行ってこい」


すでに目標を討伐したという事もあってか緊張感はいくらか欠如しているが野外、しかも山岳地帯での活動は静希や雪奈たちは得意分野だ、さすがに昆虫採集やネズミを捕まえたりするのは久しぶりだが、能力を併用すれば何とかなるだろう


移動を終えまずは完全奇形と最後に戦闘した場所にやってくる、全員で動くのは非効率であるために以前の索敵の時と同じようなチームに分かれて行動することにした


「メインミッションは完全奇形の卵の発見、サブミッションでイーロンの餌の確保、では後ほどまたここに集合、全員気を付けて行動するように」


熊田の言葉に全員が頷きながらそれぞれ調査を再開することにする、この辺りに必ず何かあるはずである、餌を確保するという意味でもこの辺りを探索するのが一番手っ取り早いと感じた


なにせあの完全奇形がこの辺りを根城にしていたのであれば、餌にしている何かが豊富にある可能性がある


もちろんあの大きさだとすでに食い尽くされている可能性も捨てきれないが、それに近しいものがあっても不思議はない


ペットを飼うというのは大変だなと、初めて生き物を飼うことになった全員が感じていた





「・・・これはさすがに無理か・・・?」


卵と餌を捜索し始めて数十分ほど経過した頃、陽太は目の前にいるカエルを見ながら首をかしげている


しかもただの蛙ではなくトノサマガエルという大きなカエルである


陽太が睨み返しても逃げるそぶりを見せずにじっとその目を見つめている、その様子が陽太の気を引いたのだが、さすがにこの大きさでは逆にイーロンが食べられかねない


「あんまり大きすぎるのはダメよ、せいぜいこのサイズにしておきなさい」


そう言って鏡花が虫かごの中に入れているのはアマガエルだ、だがそのサイズは比較的大きく、良い栄養価で育っていることがわかる


これならいい栄養になるかもしれない、食べてくれればの話だが


「バッタとかコオロギとかは食うかな?あとミミズとか」


「とりあえず一通り捕まえておきましょ、何を食べてくれるかわからないもの」


鏡花の言葉に陽太はとりあえず近くにいる虫や両生類を片端から捕まえていく


生き物に触るという事に抵抗のない陽太はホイホイと捕まえていくが、鏡花は能力を使って触れることなく捕まえていく、いくら強気だと言っても女の子だという事だろう


一方今回の行動の発端ともいえるイーロンを首に巻き付けた明利は静希が捕まえた虫やカエルなどを食べてくれるかどうかを確認しながら餌を集めていた


種をまいて索敵範囲を広げながら卵を捜索し、それと並行してそのあたりにいる虫などを捕獲していく作業の繰り返しだ


「・・・バッタは食べてくれないか」


「好みじゃないのかな?蜘蛛は食べてくれたけど」


やはり生き物としての好みというものがあるのだろうか、静希は食べてくれた生き物をメモしながら餌用の生き物を次々と籠の中に入れていく


案外偏食家ではないのか、差し出せば大抵のものは食べてくれるのだが、バッタとコオロギなどの昆虫は食べてくれなかった、食べたのはカエル、ミミズ、何かの幼虫、蜘蛛等々


甲殻がある節足動物は好みではないのか近くまで顔を寄せることがあっても食べるまでには至らなかった


生まれたばかりといえどこの体の大きさの為か食欲はしっかりとあるらしく、差し出せば差し出すほど食べてくれる、明利曰くあげすぎると肥満の原因ともなるためにあげすぎるのは厳禁らしい


こういう時に明利の体調管理は本当にありがたいと思うばかりである


「これなら獣医の免許も取れるんじゃないか?人間でとれたんだし」


「獣医さんか・・・どうだろ・・・人間とはまた覚えることが根本から違いそうだけど・・・」


初めてというわけでもないが人間以外に同調することはほとんどない、以前集中的に動物園の中で同調したとはいえ未だその知識は不十分なのだろう


子供のころから人間と同調していたからこそその行動や知識は豊富に有しているが、動物相手となると勝手が違いすぎるというのは自覚しているのだろう、獣医の免許を取るという事に関しては難色を示しているようだった


「にしてもイーロンはよく食うな・・・これでもまだ足りないのか?」


「一気にあげ過ぎても消化できないから少しずつ分けてあげないとだめだね、さっきから丸呑みしてばっかりだし」


一応牙はあるようなのだが、哺乳類のように噛んで細かくするようにあるのではなく、噛んで逃がさないようにするためのものであるためか先程からとらえた昆虫などはすべて丸呑みにしていた


その為勢いよく腹の中に入れると消化が追い付かないことがあり得るようだ、丸呑みというのも便利なようで不便なものである


「蛇とトカゲの中間とはいえ、運動能力は高そうだよな、結構素早く食いつくし」


「そうだね、この子の親も動き速かったんでしょ?」


「・・・あれは動きが速いというよりとにかく大きかったからなぁ」


実際に他の蛇たちと同じ大きさになればそこまで動きが速いとは思わなかっただろうが、やはり大きさがあるとその分速く感じてしまうものだ


遠くから見ている分には元のそれと変わらなく思えるのだが、近くに行くと倍以上は速度が上がっているように感じられる


元の大きさの時と同じような動きができるという時点で相当な筋力を有していたのは容易に想像できるが、もしかしたらイーロンもそれくらい大きくなるのだろうかと若干不安になってくる


体積が増えるという事はその分食べる量も増える、今はこうして適当な虫などを捕えて与えているが今後どうなるかわかったものではない


それこそ一日トン単位の食事が必要になるかもしれないのだ


動物園に等しい管理費用が掛かるかもしれないと思いながら静希は昆虫をとらえ始める


「水もあげなきゃね、飲んでくれるかな?」


明利が手を器代わりにして水をイーロンの下へもっていくと、水の方へ口を持って行き口の中へと水を入れ始める


やはり普通の動物に比べると知能が高いような気がしてならない、奇形の関係から知能が発達しているのだろうか、少なくともただの蛇やトカゲはここまで知的な反応はできないように思える


「よしよし、んじゃ少ししたら今度は別の奴も試してみるか・・・ネズミとかがいれば試しやすいんだけどな」


そう言いながら辺りを見渡すが、そう易々とネズミなど見つかるはずもなく、近くを散策しながら与えてこなかった昆虫などを捕まえていく


虫取りなんて何時振りだろうかと懐かしみながら静希は着々と餌代わりの虫たちを捕まえていった








もう間もなく日も暮れようという頃、静希達は最後の戦闘のあった場所に集まっていた


それぞれが思い思いの生き物を捕まえてくる中、イーロンが食べてくれるか否かの実食会をすることにしたのだ


良くも悪くも色とりどりな生き物を捕獲してきたチームメイトや先輩に静希と明利は若干眉間にしわを寄せていた


なにせ鏡花が用意した虫かごに所狭しと生き物たちが蔓延っているのだ、一見しただけで見るに堪えない光景であるのは言うまでもない


「えー・・・じゃあまず陽太達から行こうか、何捕まえて来たんだ?」


「カエルとかミミズとか幼虫とかムカデとか、あとちっこいけどネズミ捕まえて来たぞ」


陽太が一つ別の箱を出して中を見せるとその中には確かにネズミがいた、何ネズミかは静希も判別できないが少し小ぶりな気がする、これならイーロンでも食べられるかもしれない


「ムカデか・・・そう言えばムカデは試してなかったな、やってみるか」


明利はイーロンを誘導し、陽太がもってきたムカデを近くに寄せる


長い体を揺らめかせてムカデに顔を近づけていくがすぐに顔をそむけてしまった、どうやらムカデは好みではなかったようだ


「やっぱり殻があるような虫は嫌なんかな、さっきから試してたんだけどバッタもコオロギも食べないんだよ」


「甲殻系は嫌か・・・じゃあネズミ行くか、ほれ」


箱の中にいるネズミは周囲の状況を確認しようと上下左右を確認している、無論逃げられるような高さの壁ではないために中のネズミはどうしようもないだろう


そしてネズミの姿を確認したのかイーロンがゆっくりと死角から近づいていき、勢いよく噛みついた


最初暴れていたネズミだが、やがて動かなくなり、イーロンが大きく口を開いて丸呑みにしていった


「お・・・おぉう・・・なかなかショッキングな映像だな」


「ネズミはオーケー・・・やっぱ甲殻系の昆虫以外ならいけるっぽいな、ミミズに芋虫、カエルにネズミ、これならゆで卵とかでもよさそうだ」


要するに飲み込む際に引っかかったりする突起物がなければ問題なく飲み込んで食べることができるのだろう、栄養価などを考えれば卵は少し高カロリーすぎるかもしれないが、ペットショップなどで餌を用意するのとほとんど浪費は変わらない


その後ダンゴムシや何かの蛹なども試してみたが、昆虫類はあまり好みではないのだろう、イーロンが食べたのは柔らかそうなものばかりだった


「ちなみに、一応確認しておくけど卵は見つかった?」


鏡花が全員に確認するが、全員首を横に振る


虫取りに夢中になっている節もあったが、少なくともこの近辺にはもう卵は無いのではないかと思えてならない


「あとあの完全奇形が移動した場所っていうと・・・静希が最初に遭遇した場所?」


「あそこら辺か・・・そう言えば何であの場所にいたのかとかは気にしてなかったな」


静希が完全奇形と遭遇したのは林業区域の端の方だ、その後無茶苦茶に回避運動をとっていたために具体的にどのあたりまで移動したかは把握していない


明利が地図に完全奇形がいた場所と停止した場所を記してくれたが、ほぼ不意打ちに近い形での遭遇だったために彼女も正確な場所を記すことはできずにいた


「一応そっちの方も探しておきましょうか・・・さすがに山一つ探すんじゃ時間がいくらあっても足りないけど・・・」


鏡花の提案に明日も山にこもりっぱなしになるかもしれないなと静希達は少し嫌気がさしていた、だがその中で熊田が少し考えるような表情を浮かべている


「一ついいか、あの卵の形状を探せばいいのであれば大まかに探すことはできるぞ」


「え?どうやって?」


熊田の提案に静希達二年生は首をかしげていたが三年生たちは何をしようとしているのか理解したのか嫌そうな表情をしていた


熊田の能力は音だ、仮に音を使ってソナーのように地形や物を把握しようとしても限界がある


音は遠くに行けば遠くに行くほど減衰してしまうのだから、その反響を使っての感知にも当然距離に限界が生じるのだ


「俺の出せる最大音量を出せば・・・まぁ地形にもよるがこの辺りなら半径一キロくらいまでなら索敵できる・・・と言っても音が大きすぎるから近くにいる生き物はほとんど気絶するか逃げ出すだろうがな」


大きすぎる音、熊田はそんな風に言葉を濁したが生き物が気絶する音となるとかなり大きい


人間の鼓膜が破れる音の大きさはおおよそ百八十デシベル、他の動物が気絶するレベルとなるとそれよりもさらに大きいかもしれない


確か実際に使われているソナーの大きさが二百デシベル以上だったが、もしかしたらその大きさに近いレベルの大音量になるかもわからない


そんな音を間近で出された日には鼓膜が破れるだけでは済まない可能性がある、雪奈たち三年生が嫌な顔をするのも納得である


「あれは嫌なんだけどなぁ・・・今回耳栓持ってきてないよ」


「耳栓くらいであれば私が作りますけど・・・そんなにすごい音なんですか?」


「耳栓程度で防げればいいがな・・・まず間違いなく他の部分から影響が出る」


音とは振動だ、仮に鼓膜に通じる耳の穴、外耳道を守ったところで全身に振動が伝わりそこから何かしらの影響があるかもしれない


普段熊田がやっているのと同じだが、脳や三半規管などにまず間違いなく影響が出るだろう、身近でやっていいというものではない



「ちなみにそれだけ大きな音が出せるなら何で今までやらなかったんすか?」


「・・・近隣住民から苦情が出そうでな・・・それこそここから隣の町まで届くかもしれない音量だ・・・それに目標が生物である以上逃がすのはまずいだろう」


熊田の言う大音量を出した場合、確かに目標が生き物だった場合まず間違いなく逃げられるだろう、もしかしたら気絶してくれるかもしれないが、気絶しなかったときのことを考えるととるべき手段ではないのがわかる


それでも雪奈たちがその手段について知っているという事は過去の実習時に使用したことがあるという事だろう


「でも実際使うことになったら私たちはどうしようか・・・地下に逃げる?」


「鏡花がいればそれくらいできるだろうけど・・・あ、建築材料とかの吸音材、使えないか?」


吸音材、それは建設現場や建物などに用いられる、文字通り音を吸収する素材の事である


石綿やグラスウールのことを指し、衝撃や音波などを吸収、反射を防ぐためのものでもあり雑音などの除去や防音にも使われるものである


鏡花の能力でその吸音材が再現できれば近くで大音量を発してもある程度は減衰できるのではないかと考えたのだ


「吸音材かぁ・・・ちょっと作ったことがないから何とも・・・建物とかをチェックしてみればそれらしいのがあるかもしれないけど」


「なら今日はこれで引きあげて明日の準備をするとしよう・・・幸いイーロンの食事もしっかりとれたことだしな」


時間的にはもうすぐ日没になろうという頃だ、鏡花の能力で早い移動ができるとはいえ山岳部での日没は早い、そろそろ引きあげたほうがいいだろう


収穫としては卵は見つからなかったが、それは明日熊田の能力に期待するほかない、いくら明利の索敵が広範囲に及ぶとはいえ細部の調査には不向きなのだ、溝などに隠されていた場合は探しようがないのである


まずはイーロンの餌の種類をある程度特定できただけよしとし、静希達は一度事業所前まで戻ることにした


すでに完全奇形の亡骸も回収されたという事もあり人はほとんどいなかったがそのあたりにはまだあの巨体がいたという痕跡が残っていた


僅かに血が残っていたり、地面が僅かにへこんでいたりとその巨大さと凄惨さを物語っている


その場を軽く掃除してから民宿の方に戻るとすでに日はすっかり落ち、あたりにまばらに存在する街灯が光を灯し始めていた


玄関前には教師二人が待ち構えており、静希達の帰りを待っていたようだった


二年生と三年生それぞれ分かれてまずは担当教師に今日の報告をすることになるのだが、静希達の担任教師である城島の表情はあまり良いとは言えない


「さて・・・今回は随分と苦戦したようだな・・・その理由を聞こうか?」


今まで奇形種相手に苦戦するという事はあまりなかったのだが、完全奇形という事もあり随分と手こずった印象を持っているのだろう、城島は全員を見渡しながら書類を書きはじめている


何故手こずったのか、何故苦戦したのか、その理由は考えるまでもない


「その・・・能力を発動させてしまったことだと思います」


「そうだな、奇形種は能力を発動させる前に倒すのがセオリーだ、認識されるよりも早く連撃を叩き込み、一気に仕留める、お前達も三年生もそれを得意としているチームだ」


では何故能力を発動させてしまったのか


その理由も考えるまでもない、鏡花の視線が静希に向くよりも早く静希が手をあげる


「えっと・・・俺が単独で戦闘して・・・攻撃されているところを雪姉が助けるために深手を負わせました」


「・・・ふむ、お前が単独戦闘を何の考えもなしに行うとは思えんな、何故単独で挑んだ?」


何故単独で挑んだのか、もちろん静希が望んでそうしたわけではない、やむを得ずそうしただけなのだが、結果的に静希は単独で戦闘することを選んだ、それは何故か


「時間を稼ぐつもりでした、相手はかなり速くて俺の速度じゃ逃げられないのはわかってたので他のみんなが集まってくるまで時間を稼ごうと」


静希はあの戦闘で勝つつもりはなかった、自分と完全奇形、どちらが実力が上かと聞かれれば間違いなく完全奇形の方が上なのだ


弱者が強者と戦う時、気を付けるべきなのは戦いにおける目的である、それはつまり、戦闘における勝利条件である


相手を倒せば勝利というわかりやすい図式もあれば、その場所に相手を留めることが勝利になるという状況もある、今回の場合まさにその状況だった


「あの奇形種は・・・俺と明利があるいている時に唐突に襲ってきました、本当に全然気づけなかったんです、明利の索敵の途中だったのもそうですけど、襲われるまで全く気づけませんでした」


そう、静希が脅威に感じたのは今回の完全奇形の巨大さでもその速度でもない、その隠匿性である


普段なら自分たちが不意打ちをする立場だが、今回は相手が不意打ちを駆使する相手だった、元よりヘビやトカゲは身を隠したり保護色を駆使して待ち伏せをして狩りをする生き物だ、あれだけの巨体にもかかわらず気付くことができないという事実に静希は戦慄したのである


どんな生き物でも不意を突かれれば一撃で殺されることもある、それこそ静希達の同級生のエルフなど、いくら総合的な戦闘能力が高くとも不意打ちで一撃で仕留めてしまえばその戦闘能力を発揮する暇さえないのだ



「なので、あのまま逃げて目標を見失うよりも、この場に釘付けにしようと・・・そのほうが戦局は優位に運べるだろうと、そう思いました」


明利の索敵下におけていない状況では、身を隠す相手を見失うというのは非常に痛手となる、なにせいつ不意打ちされるかもわからない緊張感を常に強いられるのだ


それなら自分が囮になって時間を稼ぐべきだと感じたのだ


「ふむ・・・お前たちが今まで戦った奇形種は幸か不幸か身を隠すことは得意ではない個体が多かったからな、そう思うのも仕方のないことだろう」


今まで静希達が交戦した奇形種は城島の言うように身を隠すという事が得意ではない個体が多かった、初戦の奇形種は暴走したエルフ、次は無人島でのイノシシ、そして巨大化したザリガニ、樹海の生き物、動物園の動物達、どれも身を隠すという事をしないタイプの生き物ばかりだった


今回初めて身を隠す、狡猾な動物が相手だったのだ


「だが解せん、お前なら相手を釘づけにしておきながら、なおかつ逃げ続けることもできたんじゃないのか?」


「それは・・・」


城島の言葉に静希は言葉が出なかった、確かに逃げることに徹すれば、逃げる事だけに専念していれば、もしかしたら城島の言う通り逃げ続けることもできたかもしれない


だがそれはできなかった、何故か


あの状況で静希は完全奇形に明利のマーキング済みの種を仕込めないかと考えていたのだ


あの場で種を仕込むことができれば今後の戦況は一気に優位に立てる、そう考え多少の無茶は承知で種を仕込みに行った、その結果が先のとおりである


「・・・明利の種を仕込めないかと・・・少し欲張りました・・・相手の位置がわかれば今後が有利になると思って・・・」


静希の言葉に城島は小さく息を吐く


できないことではなかった、実際静希は目標に明利の種を仕込むことに成功している、だがその結果、優位には立てたが相手の危険度を跳ね上げさせたことになる


「物事を有利に進めようとした結果、自分が危険にさらされ周りに迷惑をかける、弱い駒が無理をすれば必然的にそうなるという事だ」


どんな戦場においても、駒にはそれぞれの役割がある、将棋やチェスなどでも同じことだ、弱い駒は囮になったり壁になったりとそれぞれの役割があり、その役割を逸脱した行為をしようとすれば戦況は一気に覆る


「お前は自分にできないことをやろうとした、その結果がこれだ、状況判断が得意なお前らしくないミスだな、石動と対等に戦えたことで天狗になったか?」


「先生・・・それは」


「いや、先生の言う通りだ、少し・・・いやかなり慢心してたんだと思う」

明利がフォローを入れようとしたが、それを制止して静希は項垂れる


石動と一対一で戦い、そしてどんな形であれ勝利したという結果が静希の心境にわずかながら変化をもたらしていたのは事実だ


単一戦闘でも、立ち回り方によってはエルフとも戦える、そう言う風に勘違いしてしまっていたのだ


静希自身は多くの経験を積んで、少しずつ成長している、だがその肉体は別に強くなったりしているわけではないのだ


左腕の霊装のおかげで傷が修復されるとはいえ、無敵になったわけでも、最強になったわけでもない、静希の体は相変わらず弱いままなのだ


以前雪奈にも言われたことだが、静希が前に出ようとすれば必ず怪我をする、まさに彼女の言う通りだ、静希は圧倒的に前衛に向いていないのだ


「まぁ今回の場合、お前達の立場上三年生のサポートという形だったからこそこの結果だったと言えるだろうな、お前達だけの実習ならまた結果は変わっていただろう」


静希達は今回、あくまで三年生の補助として実習に参加している、美味しいところをというのは少々言い方が露骨かもしれないが、肝心なところは三年生がやるべき実習なのである


だからこそ静希は攻撃しなかったし、鏡花や陽太もそこまで積極的に戦闘には参加しなかった


「時に五十嵐、お前が単一であの完全奇形に再び挑んだとき、お前ならどうする?立場も何も関係なく、お前だけで戦えと言われたとき」


自分だけで、それはつまり後先など考えなくてもいいという意味だ


立場も三年生たちへの配慮も何も必要のない状況であれば静希はどうしただろうか


その結論はある意味わかりきっていた


「まず俺の持つ切り札を目標に当てていきます、それで大体の生き物は殺せるでしょうから」


「そうだ、だがお前は今回、立場を考慮してそれをしなかった、自分だけでも対応できるが、それをしなかった・・・そして次につながる戦いをした、そこだけは評価してやる」


城島らしいと言えばらしい評価に、静希は苦笑する、そして城島は意図的に静希の顔を見ようとしていないのがわかる、恐らく照れているのだろう


本当に人を褒めるのが苦手な人だと思いながら静希は薄く笑みを浮かべる


自分の実力はわかっているつもりだった、だがその結果チーム全体に迷惑をかけた


本来静希の班での役割は司令塔、その司令塔が前に出るという行動自体が本来はあり得ない、あり得てはならないものだったのだ


自分の立場、役割というものを再認識するには今回の実習は最適だったと言えるかもしれない


なにせ自分がいる場所というのを正確に把握することができたのだから


誤字報告が20件分溜まったので三回分(旧ルールで六回分)投稿


誤字がもう少し大人しくなったらお祝い投稿をまとめてやろうと思います


こっちも結構溜まってるんです・・・


これからもお楽しみいただければ幸いです

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