完全奇形の意地
静希の放った槍は完全奇形に命中することなく陽太の眼前を通り過ぎる、熊田の能力で伝えられてはいたが、唐突に遠方から槍が飛んでくると流石に心臓に悪い、まさか目の前を通過するとは思っていなかっただけに陽太は肝を冷やしながら襲い掛かる尾を叩き斬っていた
「外れたわね、もう一回、今度はちゃんと狙いなさいよ?」
「わかってる、これ結構難しいんだぞ」
ナイフの投擲自体もそこまで得意とは言えない静希だ、槍を投げるなどという事だってほとんどやったことがない、最初からうまくできる程静希は才能豊かではないのだ
鏡花が作り出したもう一本の槍を再び狙いを定めて思い切り投擲する
勢いよく投げられた槍は放物線を描いて飛んでいき、完全奇形の多数ある尾の一本に突き刺さった
その大きさのせいか、それとも速度のせいか、貫通することはなかったが完全奇形の表皮を貫き肉に食い込んでいるのがわかる
それを確認すると、陽太は槍の刺さった尾を叩き斬り槍を回収、さらに自分の剣の中に取り込んで質量を加算する
「今度は当たったわね、もうちょっと練習する?」
「あぁ、邪魔にならない程度にここから援護射撃・・・投擲する、練習を兼ねてな」
槍は問題なく完全奇形の体に刺さる、貫通とまではいかないが、カリクを使用するという意味では十分目的は果たせそうだった
鏡花は静希の周りに大量に槍を作り出しいつでも投げられるように準備をしはじめる、静希が遠距離からの投擲で攻撃できるのならそれはそれで助かる、陽太が槍を回収して自分の武器に取り込んだのを見て、自分が用意した質量では不足していると思ったのだ
静希が槍を投げることで陽太の力を万全に引き出せるだけの質量を確保できるのであればそれはそれで助かる
陽太のいる場所に鉄などの金属を作ってもいいのだが、距離があるとその分非常に疲れる、ただの形状変換であれば問題ないが、構造変換となると疲労度は桁違いだ
手元で金属の槍を作り、それを投擲する形で陽太に渡すことができるのであればこれほど楽なことはない
「明利、雪姉達は今どこにいる?」
「現在目標の東約百メートル程の位置にいます、直線距離は私達とほぼ同じですね」
雪奈たちはタイミングをうかがっているようだが、どうやって転移のゲートを作るのか
すでに戦闘状態に入っているせいで井谷の転移の門を作るのは至難の業だ
彼女の能力はマーキングした場所に転移の門を作ること、複数あればその門を繋げることができ、それが実質転移という形になる
井谷自身があの場に向かうことができないのなら近場にその門を作るかと思っていたのだが、接近して作業する様子もない、一体何を狙っているのだろうか
「五十嵐、深山達のことは心配いらん、お前は槍に集中しろ」
「・・・了解です」
静希の疑念に勘付いたのか熊田の言葉を受け静希はそのまま槍を投擲していく
何を考えているのかはわからないし、どうしようとしているのかもわからないが今まで実績のある班なのだ、静希が心配するような必要はないだろう
今自分が集中するべきは槍を上手く投げられるようにすることと、雪奈が突っ込んだ時のフォローだ
幸いにして距離的には静希のトランプは十分届く位置にある、視認できているという事もあり、遠距離での操作は少々神経をすり減らすがサポートもできるだろう
陽太と藤岡が尾と頭を減らし続ける中、自分たちにできることは限られているのだ
そしてどれほど時間が経過しただろうか、遠くから戦闘を眺めていた四人はそれを見つけた
雪奈が下あごを切り落とした頭部、つまり本体だ
遠くから眺めていた熊田も、そして現場で戦っている藤岡もその頭部を見逃さなかった
熊田は能力を発動し、その頭部めがけて轟音を発生させて一瞬ではあるものの動きを止め、藤岡はその隙を見逃さずに周りの頭部を潰しながら本体を思い切り握り拘束する
陽太も本体を掴んだという事に気付いたのか、尾の処理をいったん止め、周りに残る頭部を徹底的に潰し始めていた
「捕まえたわね、静希、狙いを定めて」
「オーライ・・・本命だな」
明利のカリクが仕込まれた槍を左手で構え、いつでも投擲できるように準備する中、陽太と熊田は徹底的に頭部を潰し続けている
本体を押さえたとはいえ周りに能力で作り出された複製が多すぎる、あれでは雪奈の攻撃の邪魔になるのだ
藤岡の力で本体も潰そうとしているが、逃れようとするその体を押さえるので精いっぱいのようだった
そして頭部のほとんどを殲滅し、本体が丸出しになるような形になった瞬間、まるで台座のような部位が藤岡のゴーレムの内部から現れる
そしてその台座部分に、井谷のゲートが生成された
藤岡の作ったゴーレムの一部に、井谷はすでにマーキングを施していたのだ、あのゴーレムはあくまでそのあたりにあった土や岩の集合体、マーキングしておけば移動していようが何時でも転移の門は作り出せる
そして待っていたと言わんばかりに、雪奈がその門から現れた
「今度こそその首貰っていくよ」
その手には鏡花が作り出した剣が握られている、飛び出した勢いのまま固定されている完全奇形の首めがけ、大きく振りかぶり振りぬいた
雪奈の攻撃は完全奇形の首を完全に切断した、だが雪奈の表情は、そしてそれを遠くから見ていた静希達の表情は浮かない、何故なら切断され宙を舞った首は、下あごがついていたのだ
雪奈の剣が完全奇形の首に当たる寸前、完全奇形は能力を発動し首を一本複製したのだ
盾にするかのように作り出された首は雪奈の剣により容易に切断されるが、本体の首は僅かに傷が入る程度にとどまっていた
あのタイミングで能力を発動する、動物ならではの緊急回避と言えるだろう
飛び出した勢いのまま空中に投げ出されている雪奈を確認し、静希は無線に向かって叫ぶ
「雪姉!あと任せた!」
静希は大きく振りかぶってカリクの入った槍を投擲する
その槍は放物線を描きながら飛翔していく、だがその先に完全奇形はいなかった
その先にいるのは、雪奈だった
自分に向けられた槍、そして静希が寸前に自分に向けた言葉から雪奈はその意味を理解していた
雪奈は飛んできた槍を片手でつかむと空中で一回転し本体めがけ狙いを定める
雪奈の目に入ったのは静希達が目撃した複頭複尾の根元となっている胴体部分だった
「あいよ!お任せあれ!」
空中で槍を掴んだことで若干狙いが逸れたものの、雪奈の放った槍は胴体部分に突き刺さる
「明ちゃん!お願い!」
無線に向かって叫ぶ雪奈の声を明利は確かに聞いていた
祈るように手を組み、目を瞑って能力を発動する瞬間、槍に仕込まれたカリクが一気に成長を始める
完全奇形の声だろうか、空気の振動としか確認できないような絶叫が響く中陽太はその場から一時離脱し、雪奈は暴れる尾を足場に一気に目標から距離をとり、自らの安全を確保していた
「カリク発動か・・・これであいつも終わりかな」
「だろうね・・・あぁ・・・また首落とし損ねた・・・かっこ悪いなぁ」
明利の切り札であるカリクの威力を知っている陽太と雪奈は一度合流し、その経過を確認していたのだが、次の瞬間その目を疑う
目標である完全奇形の体が、上半身と下半身で、いや正確に言えばカリクが植えられた場所を切り離すように分離したのだ
「あ!?千切れた!?」
ひとりでに暴れだす尾から逃げながら陽太と雪奈は一度その場から離れるべく一気に距離をとっていた
そしてその様子を見ていた静希達も驚愕に顔をゆがめている
「おいおい、蛇が分裂したぞ・・・どうなってんだ?」
「・・・あれではカリクは効力を発揮しないぞ・・・幹原、どうなっている?」
「・・・尻尾の部分に関しては根を張り終えましたけど・・・上半身は・・・ほとんど根っこがありません・・・あれじゃ・・・」
「まずいわね・・・てかあれってひょっとして自切行為?」
自切行為とはトカゲなどの一部の爬虫類に見られる行為の事である、自分を捕食するような天敵に出会った際に自分の尾や足を自ら切断することでその場から離脱しようとする行動のことだ、トカゲの尻尾切りとはここから生まれた言葉でもある
鏡花の言葉に全員がある考えを思いつく
今まで静希達は目標が蛇の完全奇形であるとばかり思っていたが、実はトカゲの完全奇形なのではないかと
手や足は奇形せず、胴体と尾だけが巨大化し、まるでヘビのように見えているのではないか
そうなるとあれが自切行為をしても何ら不思議はない
だがまさか切り札を使う段階でこうなるとは思っていなかった
能力発動を行った時点で命の危機に瀕しているという状況になったのだからその時点で自切行為をしていても何ら不思議はなかったというのに、よりにもよってこのタイミングで
いや、今さらそんなことを言っていても仕方がない
幸いにして厄介だった尾を切断することはできたのだ、後は頭部を潰せばいいだけの話である、さらに言えば藤岡は未だ頭部を掴み拘束し続けている、もはや止めは時間の問題だ
だが、完全奇形はそのまま殺されるほど生易しい存在ではなかった
自切し、完全になくなったはずの胴体から大量に尾が生えていく、いや顕現していく
すでに尾は無くなったというのにそこからさらに能力を発動させて無くなった尾を作り出す、完全に予想外だった
そして大量の尾は今本体を掴み拘束している藤岡めがけて襲い掛かった
ゴーレムは大量に襲い掛かる尾の攻撃に若干その形を崩してしまう、完全に崩壊とまではいかないまでも、原形をとどめなくなった状態のせいで本体の拘束が解けてしまったのだ
「どうする?カリクはまだあるのよね?また槍を作る?」
「いや、また自切行為で逃げられる可能性もある・・・それにあれを見る限り切り離しした後もその部位を作れるんだ、頭一つだけで動くことだってあり得るぞ」
「・・・虎の子のカリクを使うわけにはいかないか・・・となるとどうするか」
静希と熊田の意見は一致している、先程の自切行為からの能力発動から、仮に再びカリクを使ったところで動きを止められる可能性が薄いのだ
無論ないわけではない、だがあと一つしかないカリクをそんな薄い可能性のために使うわけにはいかない
状況は悪くなっている、そう感じた静希は複製されていた槍を一本右手で掴む
「鏡花、この場所から俺を向こうに投げる事ってできるか?」
「は?投げるって・・・できなくはないけど着地はどうするのよ」
「何とかする、俺も向こうに行くからこっちは頼んだ」
この場から遠距離射撃や投擲でサポートするよりも現場に行って直接サポートしたほうが効率がいい、静希はそう判断したのだろう
鏡花もそれに関しては同意見だ、静希も鏡花もどちらかというと中距離での支援行動に適している、この距離では正確なサポートはできない、せめてあと五十メートルは近づいておきたいところである
「わかったわ、私も状況を見て向こうに行く、それまでは踏ん張りなさい」
「了解、任せとけ」
静希は苦笑しながら体を軽く動かしていく、長距離の跳躍、というより投擲を自分が受けることになるとは思っていなかっただけに、少しだけ不安だった
「それじゃ行くわよ、心の準備はいいわね!」
「おぉ!明利!この場は任せた!」
「う、うん!気を付けて!」
明利へ視線を向けた後、静希は鏡花の作り出した腕につかまる、そして左腕で腕の一角を掴み、タイミングを計っていた
「んじゃ行ってこい!」
鏡花が思いきり腕を駆動させると、投げるモーションそのままに投擲されようとしていた静希は投げられる寸前に左腕を使って体を前に押し出した
高速で投げられた静希はその速度を保ったまま目標である完全奇形へと接近していく
『メフィ、万が一の時は任せた!』
『はいはい、任せなさい』
静希は右手に持っていた槍を左手に持ち替え、迫りくる完全奇形の尾の一本に槍を深々と突き刺した
突き刺した状態で左手を離さずに、槍に全体重をかける形で強引に減速しながら静希はタイミングを見計らって左手を槍から離し近くの地面に転がるよ
うな形で着地して見せる
「静!?何でこっちに!?」
尾と頭を切り落とし続けている雪奈と陽太がこちらに視線を向けるよりも早く静希は左肩を押さえながら完全奇形から離れていた
「二人とも戦闘続行してろ!可能な限りサポートする!こっからが正念場なんだからな!」
加速と減速の全荷重が左肩にかかったことで、静希の脳に激痛を伝えているがそんなものをいちいち気にしていられるだけの余裕はない
百メートルにも届くかもしれない長さの奇形種が暴れているのだ、この奇形種を逃せばそれこそ被害は広がるばかりだ
明利のマーキング済みの種自体は頭部に近い位置に仕込んであるために位置情報に関しては問題なく把握できるが、ここで逃せば面倒になることはまず間違いない
幸い、明利のカリクが発動したおかげで完全奇形の尾の部分は完全に活動を停止している、本体から離れたおかげか能力も消滅しているようだった
これはさすがにサポート云々言っていられるだけの余裕はなくなってきたのではないかと思える
本体が藤岡の拘束から逃れた今、相手の本体がどこにあるかもわからないのであればそれをあぶりだすのが静希達の仕事だ
「陽太!線香花火とキャンドルサービス、連続で行くぞ!頭めがけて突っ込め!」
「了解!」
陽太も自分がするべきことを理解したのか、炎をたぎらせて左腕に一本巨大な槍を作り出した
完全奇形の複製部位が損傷によって消滅するのであれば、強力な爆発を数発起こせば複製部位はかなり削れるのではないかと考えたのだ
それに複製に紛れているとはいっても本体はあの中にあるのだ、本体へのダメージを少しでも与えれば動きが鈍くなることだってあり得る
すでに相手に能力を発動されているのだ、静希達が攻撃を加えない理由はもはやないのである
そして静希はこれを機に一つ試すつもりだった
鏡花の協力の下作った水圧カッター水素版、これがどれほどの威力を持っているのか、そしてどれだけ有用かを試す絶好の機会である
藤岡との戦闘に夢中になっている頭部が群がる部分に、陽太は一気に接近していた
槍と剣を上手く使いながらその中心部にやってくると槍を形成していた炎を解放し、爆散させる
炎が辺りにまき散らされ、その近くにあった首が数本消滅するが、まだまだすべての首を消滅させるには至らない
そこで静希の出番だ
水素の入っているトランプを一枚、酸素の入っているトランプを二枚、陽太の下へと飛翔させ三枚同時に開放する
陽太の炎によって点火された水素と、急速に結合する酸素はあたりに轟音をまき散らしながら強い衝撃を加え、近くにあった首のほとんどを爆散させていた
残った首は三本、藤岡も雪奈も静希達がやろうとしていることを把握したのか、動き始めている
藤岡はすでに本体を見つけ強引に掴み拘束し、雪奈は一度距離をとって助走距離を稼いでいた
そして陽太は残った三本のうち一本を叩き斬り、静希はそのうちの一本に水圧カッターの入ったトランプを飛翔させる
どのくらいの威力があるのか、試す絶好の機会
その考えを頭の中で反芻しながら静希は完全奇形の首の一本めがけてトランプの中身を解放する
勢いよく放射される液体水素がその首を一秒も経たずに穿っていく
貫通まではいかないものの、完全にその内部まで穴が開いているようだった
そして近くにいた陽太の炎によって液体水素と周囲の酸素が反応しまるでバーナーのように完全奇形を内部から焼き尽くしていった
思っていた効果とはずいぶん異なった形になったが、これはこれで強いなと思いながら静希は残りの首に意識を向ける
遠くから雪奈が走ってくるのがわかる、あの首を切り落とそうと全力で走っているのだ
ならば自分がやることは決まっていると、静希はトランプの中に入っているナイフを完全奇形めがけて射出する
それはまるで足場になるとでも言っているかのように完全奇形の体に突き刺さり、雪奈の首への通り道となっていた
雪奈も静希の行動の意図を察したのだろう、静希のナイフを足場に一気にその首まで接近する
「今度こそぉぉぉ!」
完全奇形の背後から襲い掛かった雪奈の握る剣が真横に振われ、頭部と胴体を完全に切断して見せた
宙高く舞い上がる首がその場にいた全員の姿を確認すると、目を見開いてそれぞれへと殺意を向けたのが即座に理解できる
もう自分は長くない、ならばせめて一矢報いる
まるでそう言っているかのような殺意と共に能力が発動され、残り僅かな体から複数の頭部が全員めがけて襲い掛かる
しぶとい、一体いつまで戦うつもりなのか
すでに頭部と体は切り離した、長くは生きられないのは静希達も理解している、だがなぜここまで抵抗するのか
襲い掛かる頭部を前に最も無防備になっていたのは直接攻撃をした雪奈だった
複数の頭部が襲い掛かる寸前、雪奈の体を守るように邪薙の障壁が顕現する、雪奈もその光景の意味を理解したのか、すぐに静希の方を注視する
その場にいたすべての者へ頭部は襲い掛かっている、それはもちろん静希も陽太も例外ではない
陽太はその能力から逃げることができているが、静希はそこまで高い身体能力を持っているというわけではない、複数の頭部に襲い掛かられて逃げられるとは思えなかった
幸い、雪奈や陽太に比べ遠くに位置していたため、襲い掛かる頭部の軌道を把握するには十分だった、横に跳び、左腕を駆使しながら移動するも限度がある
体当たりのように体をぶつけられ空中に投げ出された静希の体を、頭部の一つが丸呑みにする
「静!」
自身も襲い掛かる頭部の群れから逃れながら静希を丸呑みにした頭部を破壊しようと駆け寄るが、それを複数の頭部たちが許すはずがない
「深山下がれ!五十嵐は俺が」
「うっさい!静!今助けるから!」
飲まれた先どうなっているかわからないが、喉の中でまともに身動きができるとも思えない、特に息ができていないかもしれないのだ、すぐにでも助け出さなければ危険と判断し、藤岡の制止も聞かずに突っ込もうとするが、二人の耳に無線の向こう側からの静希の声が聞こえる
静希は無事だ、そう認識すると同時に雪奈は突っ込もうとするが、それを静希は制止した
「離れてろ、ぶち破る!」
静希は完全奇形の食道とでもいえる部分で左腕の肘から先部分を外し内壁に押し付けていた
「人のこと丸呑みにしやがって・・・!臭いんだよ!とっととくたばれトカゲがぁ!」
引き金を引くと轟音と共に放たれた弾は蛇の胴体を吹き飛ばし、静希の体がそこから飛び出してくる
「静!無事!?」
「大丈夫だ!それよりここから離脱するぞ!すぐにだ!」
自分の体を気遣うよりも早く静希はその場から離脱しようとしていた
首から下を切り落とした以上、長くは生きられない、余計な戦闘でこちらが負傷するよりもこのまま相手が自滅するのを待った方が堅実だ
その場にはまだ藤岡が残っている、この場においては唯一目標の攻撃を耐えられる人物だろう
完全奇形はしばらく暴れていたが、やがて活動限界が来たのかゆっくりと頭部を地面に下ろしていき、やがて動かなくなる
そしてさらに数十秒後、周囲に顕現していた能力もすべて消滅していき、完全奇形が絶命したことを知らせていた
「・・・終わったか・・・?」
「・・・どうだろ・・・ちょい待ってろ」
静希はその場に残された頭部に向けて何度かトランプからの射撃を繰り返す
小さく穴が開き、その体に傷をつけていくが反応がない、どうやら完全に死亡した様だった
その事実を知るとその場の全員が安堵の息を吐く
「・・・あぁ・・・ようやく倒せた・・・しぶとかったなこいつ・・・」
近くに転がっている尾と胴体、そして頭部を一カ所に集め、静希達はようやく戦闘が終わったことをとにかく安堵していた
能力を発動した完全奇形が手ごわいというのは十分理解していたが、まさかここまで苦戦を強いられるとは思っていなかったのだ
生きようとする本能と、敵を殺そうとする殺意が合わさるだけではなく、完全奇形としての身体能力そのものも脅威だった
能力を使われなければもう少し楽に戦えたのだろうが、今回は仕方がないというべきだろうか、負傷自体が久しぶりだったために静希としては反省の多い実習になったと言えるだろう
完全奇形の討伐を終えたという報告を鏡花たちに出して静希達は一度合流することにした
完全奇形の亡骸の場所に集まると、明利はまず使用したカリクを回収するべく、木から再び種を作る作業に入っていた
完全奇形の尾の部分に寄生したカリクは以前のザリガニと同様青々とした葉を枝に着けている、根と枝によって食い破られた表皮から僅かに体液が漏れているが、それすらも栄養にしようと細かい根が辺り一面に張り巡らされていた
「相変わらずえぐいなぁ・・・さすがは明利の切り札ってところか」
「あんまり使いたい手じゃないけどね・・・よしできた」
明利はカリクの木からいくつかの種を回収すると全員の下へと駆け寄ってくる
尾、胴体、頭部の三分割になってしまっている完全奇形を見て全員が僅かに哀れみの視線を向けていた
「にしてもずいぶんしぶとかったよな・・・何であんなに暴れたんだか」
自分の死を悟ってなお攻撃してきた、その行動に陽太は若干疑問を感じていた
まだ生きることができると思っていたのだろうか、その点に関しては言葉を介さない動物の考えることだ、理解できるはずがない
「なんか理由があったんじゃない・・・?どっかに子供がいたとか」
「・・・それ怖いな・・・完全奇形の子供って要するに奇形種だろ?とかげってことは卵生か・・・この近くにあるとかか?」
動物は皆一様に子育ての時が最も凶暴化するという、今回の完全奇形もまた同じように子育て、あるいは産卵の時期だったとしたら
トカゲが一体どれほどの卵を一度の産卵で産むのかはわからないが、完全奇形という本来の種とは違う出産形態をしていても何ら不思議はない
亡骸の調査もそうだが近辺の調査も継続するべきだろう
「じゃあまずはこいつを三枚におろしていこうか・・・お腹の中に卵があるかもだし」
「こういうタイプって体内に卵は無いんじゃないか?どっかに放置しておくとか・・・貼り付けるとか」
トカゲなどは壁面などに卵を張り付けているのをよく確認できるが、蛇の産卵がどのような形で行われるかは静希達も知識としてはあまり有していなかった
とりあえず雪奈が胴体から順に腹を裂いていくのだが、その中には内臓などがあるだけで卵などは確認できなかった
一安心といえばその通りなのだが、この周囲にまだ卵がある可能性を考慮すると安心ともいえない状況であることには変わりない
「となるとあとはこの辺りか・・・ここに留まってたんだから何かしら意味があるんだろ、散策していくか」
「ふむ・・・だがこの亡骸はどうする?このまま放置か?」
周囲を調査するにあたってこれだけ大きな亡骸があるというのは地味に邪魔になりかねない、目印にはなるかもしれないが、さすがに亡骸をこのまま放置しておくのは少々気が引けた
「あ、じゃあ私はとりあえずこれを事業所前に持っていきます、ここにおいておくよりはいいでしょうし」
「そうか・・・では藤岡、お前も亡骸の運搬を手伝ってくれ、清水の護衛を兼ねてな」
「えー・・・まぁいいか、終わったら一度先生たちに報告か?」
「そうだ、各班の班長なんだからそれぞれ報告してくるといいだろう」
奇しくも二つの班の班長それぞれが変換系統の能力者であり、大きなものを運ぶには困らないタイプの能力であるために、亡骸の運搬、そして教員たちへの報告という二つの仕事をこなすにはうってつけというわけである
「んじゃまた手分けしてこの辺りを探すか・・・これでもし卵があったらどうするか・・・」
「有精卵でなければ問題はないと思うけど・・・もしかしたらってことを考えると・・・一応排除しておいた方が・・・」
「その方がいいだろうな、危険なものは排除する・・・一つか二つくらいは研究所に寄贈する形で確保しておいてもいいと思うが」
もし完全奇形の卵が見つかればそれはそれでかなりの発見だ、有精卵であればなおの事、もしかしたら一から奇形種を育てることができるかもしれない
奇形研究がどれくらい進んでいるかは静希達は門外漢であるために知りようがないが、知る人が知れば飛び上るほどのものかもわからない
「じゃあ俺と清水は移動する、そっちは任せたぞ」
「了解、そっちも気を付けてな」
「明利、途中までナビお願いね、近くまで行けば何とかするから」
「うん、行ってらっしゃい」
完全奇形を運びながら鏡花と藤岡はとりあえず事業所前へと移動を始めた
明利は無線で鏡花たちに方向を指示しているが、やがて無線の効果範囲外に移動したのか、ナビを止めて周囲の索敵を始めていた
「それじゃあそれぞれ分かれて行動するぞ、分け方は・・・どうするか」
この場に残っているのは静希、明利、陽太、雪奈、熊田、井谷だ
それぞれの班長が離脱したとはいえまだ行動ができるだけの戦力は十分に残している
そんな中雪奈が挙手をした
「あー・・・じゃあ私と静と明ちゃんを一緒にしてくれない?」
「・・・それは構わないが・・・何故だ?」
まだ何がいるかわからない状況で戦力を大きく分けるわけにはいかないために、二つのチームに分かれることになるのは問題がないが、何故その三人なのか、熊田は眉をひそめる
「いやなに、ちょっと家庭の事情がいろいろあってね、お話ししなきゃいけないことができたってだけだよ」
「・・・ふむ・・・まぁいいだろう、サボらなければそれでいい」
熊田の了承を得たことで静希明利雪奈、陽太熊田井谷の二つに分かれて周囲の調査をすることになったのだが、その中で静希は冷や汗を流していた
なぜわざわざ雪奈が自分と明利を一緒にいさせるのかなど理由はわかりきっている、邪薙を彼女の守りに向かわせたことだ
すでにトランプは回収しているが、あの時雪奈を守った障壁は間違いなく邪薙のものである、それを雪奈はもう気づいていた
だからこそ静希を呼び出したのだ
「さぁ静、何で私が静と一緒になりたかったかわかるかい?」
「・・・い、イチャイチャしたかったとか?」
静希は目を逸らしながら心にもないことを言っているが、雪奈はその逸らされた視線の先に移動して静希の目をのぞき込む
「それは家に帰ってからするよ、今はそう言う事を言ってるんじゃなくて、何でわんちゃん神様の障壁が私の所に出たのかな?」
雪奈は自分にトランプが貼り付けられたことを知らなかった、あの場で障壁を張るのであれば静希の周りに出るはずだったのに、何故自分の前に出たのか、その意味を雪奈はほぼ正確に理解していた
つまり、静希は自身の防御よりも、雪奈の防御を優先したのだと
「それは・・・あれだよ、邪薙が間違えたんじゃ」
「守るべき相手を間違えるわけないでしょ・・・どうせ静が私を優先にさせたんでしょ?違う?」
間違っていない、静希は自分の防御よりも雪奈の防御を優先させた、それは間違っていない
さすがは姉貴分というべきか、静希がやろうとしたことは大体お見通しだったようだ
「い、いやだって俺はすぐに治るけど雪姉は生身じゃんか、優先順位は雪姉の方が上だろ?」
「私は前衛で静は中衛だよ?守る順序は静の方が先でしょうが、それでさっき丸呑みになっちゃったんじゃん」
雪奈が言っているのは至極正論だ、無論静希の考えも間違ってはいない
静希はすぐに傷が治るから怪我をしても問題ないという考え方と、雪奈は前衛であるから回避などの行動はなれているが中衛はそういう行動は不慣れである、それ故に中衛を優先的に守るべきだという考え
どちらも間違っていない、そしてどちらも個人的な考えのもとに成り立っているからこそどちらも正しく、また矛盾はしないのだ
「明ちゃん、こういう場合静を守るべきだよね?私間違ってないよね?」
「・・・ん・・・私は・・・」
話を振られたことで明利は迷ってしまう、どちらも間違っていないことが明利にはわかるのだ、静希は雪奈を守りたくて、雪奈は静希を守りたいからこそ意見が対立している
すでに終わったことであるとはいえ、この議論はきっと長引くだろう
「静希君の言ってることも分かるし、雪奈さんが言ってることも分かるから・・・どっちの方がっていうのは・・・でも静希君は雪奈さんを守りたかったんだと思います」
「・・・!・・・い・・・いや、そんな言葉じゃ誤魔化されないぞ!嬉しいけどこういう場合は静を優先して守るべきなの!わんちゃん神様にもそう伝えておいて!」
自分を守ろうとしてくれたという事実は嬉しいことには変わりないが、その分静希が危険な目に遭っているのでは雪奈にとってはむしろマイナスなのだ
自分が危ない目に遭っても静希と明利さえ無事であればいいという考えが雪奈の中にはある、無論怪我をしたいというわけではないが、矢面に立つのは前衛の仕事という考えが根底にあるのだ、仕方のないことだと言えるだろう
「それに雪奈さんが怪我した時、静希君すごくつらそうな顔してました・・・雪奈さんに傷ついてほしくないんですよ」
「・・・うぅぅぅ・・・」
明利が何とかなだめようとしているが、雪奈はまだ納得していないようだった、やはりというかなんというか、変なところで強情なのは一体誰譲りだろうか
明利が一瞬静希に視線を向けると、静希もその視線の意味を理解したのか、雪奈に近づいてその手を握る
「雪姉、俺は雪姉には怪我とかしてほしくないんだよ、今回はさすがに危なかっただろ?あの時も怪我してたし、無茶してほしくないんだよ」
自分でも歯の浮くようなセリフを言っているというのは自覚している、だが本心であるのも事実だ
それにこんな言葉で雪奈が矛を収めてくれるなら安いものである
「むぅ・・・私はまだ納得してないからね?明ちゃんに免じてこの場は水に流してあげる」
明利に免じて、そう言うあたり雪奈も今回のことはかなり根に持っていたのだろう
これは家に帰った後もまた長々と愚痴を言われるかもしれない
だがそれもそれで雪奈の良いところだ、結局静希を心配しているからこそそう言う風に口に出すのだから
「ありがとな明利、助かった」
助け舟を出してくれた明利に小声で話しかけると、明利は嬉しそうに微笑む
「雪奈さんだって静希君が心配だってことだよ、今度はもうちょっと危なくないようにしてね」
「ハハハ・・・耳が痛いな」
明利としても二人が心配だったのだろう、彼女の居場所は静希達よりもさらに後方なのだ、助けに行くことも、助けられるだけの実力もなければその動きを見守るしかないのだ
だからこそ周りをよく見るし、どうすればいいか考えて発言をすることができる、こういう時に明利がいてくれると本当に助かると静希は安堵していた
雪奈の機嫌も直ったところで静希達は本格的に周囲の調査を始めていた
周囲の調査を始めて一時間ほどが経過した頃、熊田たちはそれを見つけていた
洞窟とは言えないまでも、溝のような場所にあるそれは誰がどう見ても卵のようだった
数は八つ、大きさは一つ直径三十センチほどだろうか、本来のトカゲや蛇の産み落とすそれとは全く異なる大きさにそれを見た全員が眉をひそめていた
「・・・うわぁ・・・これあいつの卵っすか?」
「その可能性が高いだろうな・・・五十嵐達に連絡して今後の対応を協議しよう、幹原にこれが『生きているかどうか』も確認してほしい」
明利の能力は生き物に対して有効な同調、つまりこの卵が生きている、有精卵であるのであれば同調ができるという事になる
これが無精卵であるというのならわざわざ破壊する必要はない、持って帰って料理するなり研究所に送付するなりすればいいのだが、生きていた場合は少々面倒なことになる
「この大きさだと・・・やっぱり完全奇形になるのかな?」
「わからん、普通の奇形種の可能性も高いし、完全奇形である可能性もある・・・」
奇形種からは奇形種が生まれるが、完全奇形から完全奇形が生まれるというわけではない、かつて静希達が遭遇した人間の完全奇形である斑鳩の息子は確か体の一部だけが奇形化していた
それを考えれば完全奇形であると断定はできないが、この卵の大きさを考えるとその可能性も否定しきれないのだ
「井谷、深山と連絡はついたか?」
「うん、明利ちゃんのナビでこっちに来るって」
雪奈たちと一緒に明利がいるのであればここへ来るのには困らないだろう、彼女のマーキング済みの種は全員が、いや陽太を除いた全員が一つ所有している
熊田の場所も現在位置も彼女には筒抜けなのだ、索敵手としての彼女の手腕の高さがうかがえるが、彼女の本来の実力は索敵もそうだが治療技術の方だ
能力は索敵向きかもしれないが、彼女は自分自身の努力により治療の技術を確かなものにしている、熊田が戦闘などのために能力などを使うように、明利も自分にしかできないことを続けている
索敵手として負けているような気がしたが、熊田はそれでいいと思っていた、自分は自分、彼女は彼女だ
「にしてもでかいっすね・・・卵焼き何個分だろ」
「爬虫類の卵だから食べられるかわからないけどね・・・結構重い?」
陽太が見えやすい位置に卵を運ぶ中、静希達もこの場にやってきていた
八つの卵を見つけた際は三人とも怪訝な顔をしていたが、これもまた当然の反応と言えるだろう
「早速だが幹原、同調してみてくれるか?もし生きているのであればそれはそれで面倒なことになる」
「了解です、ちょっと待っててくださいね」
明利は並べられた八つの卵に順々に触れていく、しばらくすると明利の表情はどんどんと悪くなっていく、この反応だけでこの卵がどういう状態であるかを理解できた
「えっと・・・全部有精卵です・・・」
「・・・そうか・・・どうするべきか・・・」
「ちょいまち、有精卵ってことはどっかにさっきの奴のつがいがいるってこと?」
雪奈の言葉に再度全員の顔色が悪くなる
またあのような戦闘をしなくてはいけないなんて冗談ではない、だが確かに雪奈の言う事ももっともである
あの完全奇形が雌雄同体でない限り、まず間違いなくつがいがいることになる、そのつがいが先刻戦闘した個体と同じように完全奇形であるかどうかはわからないが、近くにいることは確かである
「明利、奇形種ってどういう風に交配するんだ?普通に同じ動物同士でやるのか?」
「ん・・・その場合もあるらしいけど、場合によっては別の個体ともできるらしいよ・・・さっきみたいに大きすぎたり形が変わりすぎてる個体だと・・・別の動物としてる可能性も・・・」
異種交配というのは自然界でもよくある話だ、ライオンと虎の異種交配によって生まれた子供は両者の特徴を受け継いだライガーというものになったというのを聞いたことがある
今回の場合、完全奇形によってほとんどトカゲの面影を失くしたためにヘビや他の動物と交配を行っていてもおかしくないという話だ
その場合相手によってはとんでもない生き物が生まれても不思議はない、四十センチ大の卵がまるでパンドラの箱のように見えてしょうがないのは気のせいではないだろう
「どうする?場合によっては・・・」
「いや待て、この卵の状態を調べる、エコーのようにしてみれば・・・」
そう言って熊田は卵の表面に手を当てて一つずつ中身の状態を確認していく
内部に音を反響させて状態を確認しているのだろう、せめてどんな形の生き物がいるのかだけでも確認できれば精神的にも安心でいる
「・・・これは・・・なんといえばいいんだ・・・?」
熊田は難しそうな表情をしながら首をかしげている
内部の状態を一つずつ確認していくのだが、その度にどう表現していいのかわからないようで苦しそうな表情をしている
「ま・・・まず、全ての卵に共通しているのは・・・足と尾があることだ・・・一見トカゲのようなのだが・・・頭が二つあったり胴が長かったりと普通の形はしていない・・・卵の大きさにあってるものもいくつかある」
この卵の大きさにあっている、それだけでもはや危険なものであるというのがわかる、生まれる前からそれだけの大きさとなると、成長した後にどんな姿になるかわかったものではない
「やっぱり生まれる前に処理したほうが・・・一応先生たちの所に持って行きますか・・・?」
「・・・俺としては処分したほうがいいと思う、仮に研究所に送ったところで実験動物になるだけだろう・・・それならいっそ・・・」
熊田の言いたいことも分かる、生まれたところで実験動物としての未来しか待っていないのであれば殺してやった方がいいかもしれない
動物からしたらどちらが幸せかなんて人間の静希達にはわかりようがないが、少なくとも放置していていいような問題ではないのは確かだ
「一度先生に報告して指示を仰いだ方が・・・場合によってはこれを持ち出して確保しておくのもいいかもしれません、ここに置いておいたら何がどうなるか・・・」
「明ちゃんの言う通りだよ、もし私たちが帰ってから生まれたら目も当てられない、事業所前に持ち込んで、鏡花ちゃんにボックスとか作ってもらおう、そうすれば逃げられないでしょ」
自分たちで手を下すかどうかはさておいて、この場所に置きっぱなしという選択肢はまずなくなった
この卵を破壊するかどうかは後々考えたほうがいいだろう、それこそ言い訳としては戦闘中に巻き込んで破壊してしまったという風にすればいくらでも誤魔化せる
とはいえ、仮にも完全奇形の残したと思われる卵だ、研究材料として非常に貴重であるというのは静希達にも理解できる、だからこそ悩んでいるのだ
「私は持って帰って研究所に送ったほうがいいと思う、貴重なものだし、それなりに役に立つでしょ・・・このまま壊すよりは有用なんじゃない?」
「俺も研究所とかに持ってたほうがいい気がする、難しいことは知らねえけどなんか役に立つことがあるだろうし」
自分たちだけでは判断しかねる、そう言う状況だからこそ意見が割れているのだ
静希と熊田は処分、明利と雪奈は現状保留で移動、陽太と井谷は研究所への提供、その場にいる人間の性格が表れるとはいえここまで意見が分かれるというのも珍しい
危険なものは排除したほうがいいという思考と、判断は自分たちだけで出すべきではないという思考と、難しいことは誰かに任せるという思考
どれも間違っていない分厄介だった
「・・・いつまでも迷っていても仕方がないか・・・一度これを運ぼう・・・何回かに分けることになる・・・いや清水達が戻ってくるのを待つべきか」
「これくらいの重さなら俺と陽太と雪姉、熊田先輩が二つずつ持てばある程度までは運べますよ、鏡花に戻ってくるように伝えれば何とかなると思いますよ」
この場に留まっていたところで何が変わるわけでもない、今はまず結論を急がずに移動することにした
「ん・・・ちょっと重いけど・・・まぁ持てるか」
「手の中に奇形種がいるって思うと妙な気分だな・・・」
奇形種の卵を両手に抱えて移動を始めるのだが、これが案外重い、片手で支えることができる程度ではあるとはいえ、山道をこの状態で降りるのは遠慮したかった
卵を持って一体どれくらい時間が経っただろうか、移動を始めてしばらくすると静希達の耳に聞きなれた声が届く
『・・・える?聞こえてる?応答願います』
その声は鏡花のものだった、どうやら無線の効果範囲内にやって来たらしい、これで卵を抱えていなくてもよくなるかもしれないと全員安堵する
「鏡花か?今ちょっとした面倒事を抱えててな、今どこだ?」
『あ、通じた・・・今事業所前から少し移動したところよ、面倒事っていったい何よ・・・』
事業所前から移動したところ、という事はまだ林業区域だろうか、自分たちはどうやらいつの間にかその近くまでやってきているようだった
「鏡花、藤岡先輩は?一緒にいるのか?」
『先輩も一緒よ、先生への報告もある程度終わったところ、今完全奇形の亡骸の所に待機してもらってる』
どうやら既に事業所前に亡骸を搬送するのは終えたらしい、城島達が事業所前にいるのであれば話が早い、卵の確認を含め報告したほうがいいだろう
「明利、鏡花と合流できるようにナビしてくれるか?早いとこ合流したい」
「了解・・・鏡花ちゃん、今からナビするから」
明利は鏡花をナビしようと無線に向けて話しかけていく
静希達もようやく両腕に収まっている面倒事から解放されるかもしれないと半ば安心しているのだが、結局のところまだ問題は解決していない
どちらかといえばこれからが一番面倒なのだ、報告を含めどのようにするかが決まってくるのだから
これを持って行ったときに城島にいったいどんな顔をされるかわかったものではない、怒られるようなことはないと思いたい
奇形種の出産などの状況などもなかなか希少なものだというが、静希達がもっている卵もそれなり以上に貴重なものだろう、なにせこの中にいるのは生まれる前の奇形種なのだから
場合によっては奇形種の生態を知るうえで重要な手掛かりになるかもしれないのだ
とはいえ自分たちが手に入れた八つの卵、事によっては面倒事の種になりかねない、やはり破壊しておくべきだったかもしれないと静希と熊田は若干の不安を抱えながらため息をついている
明利は静希の後ろを歩きながらナビをしていた時、それに気づいた
静希の持っている卵に小さな穴が開いているのだ
もしかしたら運んでいる時に開いたのだろうかとその穴をのぞき込むと、卵の殻に亀裂が入り、穴が大きくなってそこからトカゲのような頭が顔をだし明利と目が合った
「うあぁあ!」
明利が悲鳴と同時に尻餅をつくと全員が驚いて振り返る
明利が悲鳴を上げるというのはなかなか珍しい、彼女が普段安全圏に身を置いているというのもあるが、悲鳴を上げるよりも早く彼女が気絶するというのもよくあることなのだ
「どうした明利、転んだか?」
「ち、違くて・・・!た、卵!」
「ん・・・?あ!静!左手の卵!生まれてる!」
雪奈の言葉に全員が静希の左手にあった卵に注視する、全体に入り込んだ亀裂から穴が開き、その穴からはトカゲのような生き物が顔を出している
そしてそのトカゲのような生き物は殻を自分の体で破ると、その全貌を明らかにした
全身を見ることでその体がトカゲではないという事がわかる、骨格からしてトカゲのそれとは違う、どちらかというと物語などで見るドラゴンのそれに近い、首や胴が長く、四本の足は短く細く長い尾があり、背中にはヒレのような鋭利な物体が存在した
その表皮は赤黒く、鱗のようなものがあるのも分かる、トカゲともヘビとも違う、完全奇形のように見えるそれはあたりを見渡しながら状況を確認しようとしている
「・・・ここで誕生か・・・ど・・・どうする?」
「いや、生まれちゃったもんは・・・どうしよう・・・処分・・・する?」
「え・・・いや・・・どうしようか」
奇形関係の事柄に慣れている熊田、雪奈、井谷もそれぞれ顔を見合わせながら迷ってしまっている、なにせ奇形種の誕生に出くわすなどほとんど経験がないのだ
それに研究所に送るか処分するかの二択だった卵から生まれた奇形種となればどうすればいいのかわからないのもまた道理である
無論静希達も同じだ、まさかこんなところで生まれるとは思っていなかったために混乱してしまっている、その見た目がただの奇形種ではないという事もその混乱を加速させた
だが次の行動が静希達を正気に戻した
奇形種は明利の姿を見つけると胴体を引きずりながら彼女の方へと移動し始めたのだ
明利を襲うつもりなのかもしれないと全員が身構えた瞬間に奇形種は彼女の体に自分の頭部をこすりつけはじめる
一体何をしているのかと思った瞬間、全員がはっとなる
「・・・ひょっとしてだけどさ・・・明ちゃん、最初にそいつの顔を見た?」
「え?・・・あ、はい・・・」
明利がすり寄ってくる奇形種を抱き上げ撫でていると、雪奈の言葉を理解した静希と熊田が額に手を当ててため息をつき始める
「そうか・・・刷り込みか・・・卵生だからそう言うのもあるのか・・・」
「しまった・・・タオルか何かで包んでおくべきだった・・・」
刷り込み、それは卵生の動物にある特殊な認識の事である
生まれて一番最初に会った存在を親として認識し、懐く習性のことで、今回の場合明利が親であると認識しているのだろう、少なくともこの奇形種からは敵意は感じられなかった
「明ちゃん、ちょっと触っていい?」
「は・・・はい・・・ほら、こっちおいで」
明利が自分の腕の方に誘導し、雪奈はその腕の上に乗った奇形種に触ろうとする
一瞬警戒した奇形種だが、その手に敵意が含まれていないという事を察したのか雪奈に触れられても拒むことはしなかった
「おい止めろって、下手にそういうことしない方がいい」
「えー?せっかくだからいいじゃん」
「愛着がわくだろうが、いざという時嫌な思いするのは雪姉だぞ」
いざという時、それはこの奇形種も処分対象になった時のことである
いくら明利になついているとはいえ、この奇形種がどんな姿になり、周囲に危険を及ぼさないとも限らないのだ、そうなった場合、愛着がわくと処分するときにつらい思いをするのは自分達である
とはいえ女性陣はこの人懐っこい、というより生まれたばかりなせいで敵も味方も判別できないため警戒を全くしていない奇形種に対してすでに愛着がわいてしまっているようだった
しきりに体を撫でたり拭いてやったりと甲斐甲斐しく世話をし始めている
「五十嵐・・・もしもの時は・・・」
「はい、もしもの時は俺がやります・・・その場合あいつらは遠のけておいた方がいいでしょうね」
もしあの奇形種が処分対象になった時は、自分が始末をつけようと静希は眉を顰めながら決心する、明利や雪奈たちにその役目を押し付けるのは少々酷だろう
普段奇形種を倒し続けている雪奈も愛着がわいたものを斬るのはためらうだろう、ここは自分がやるしかない
『もしもし?明利?ナビは?どう動けばいいのよ』
唐突にナビが途切れたことで鏡花は不思議に思ったのか、無線の向こうからしきりにこちらに向けて連絡が入る
「あー・・・鏡花、申し上げにくいんだが」
『・・・まさか面倒事が増えたっていうんじゃないでしょうね』
「・・・おっしゃる通りです」
さすがというかなんというか、去年一年面倒事に苛まれ続けた班の長をやっていただけはある、静希がこういう反応をした時は基本面倒がやってきたというのをわかっているのだ
そして鏡花ももはや何も言うつもりがないのか、無線越しで大きくため息をついて見せる、この反応がすべてだった
本当に申し訳ないと思いながら静希達はとりあえず鏡花たちと合流することにした
誤字報告を35件分受けたので4.5回分(旧ルールで9回分)投稿
この誤字群を乗り切れば俺のメンタルがまた一つパワーアップする可能性が微粒子レベルで存在している・・・!
これからもお楽しみいただければ幸いです




