リベンジ
「明ちゃん、私の治療は後回しても大丈夫だよ?」
「ダメです、きちんと治してからじゃないと、ミーティングならあとでもできます・・・そうですよね?」
明利が城島にそう言うと、あぁ・・・まぁそうだがと城島は若干気圧されていた
ここまで強気な明利を見たことがないというのもそうだが、今の明利には独特の威圧感がある
普段静希達と共にいるのだ、明利にだって独特の威圧感くらいは出せるだろう
経験を積んだことと、医師免許という資格を得たことで治療という分野に関しては確固たる自信を得ることができたのだろう、彼女の言葉は強く、有無を言わせぬ強制力を有していた
明利のこの態度には城島だけではなく静希達も多少驚いていた、治療に関してはかなりの自信を持ち適切な指示を出す明利がここまで先生である城島に逆らうのも珍しい
負傷しているのが雪奈だからというのもあるかもしれない、彼女がこれ以上傷ついている場を見ているのは明利としても嫌なのだろう
結局明利の言葉に逆らうことができず、夕食時までミーティングを含めた反省会は延期することになった
雪奈の治療を終えた後、静希達はそれぞれ分かれることになる、男子部屋に静希達の二年生チームが、女子部屋に雪奈たちの三年生チームが集まり今日の結果と反省、そして今後の話をすることになる
「で・・・負傷者は五十嵐と深山のみ、目標と思われる完全奇形には幹原のマーキング済みの種を仕込み、明日急襲をかけると、そういう事か」
「はい、今のところその予定です・・・今夜はまた事業所前で見張りをしようと思ってますけど・・・」
万が一完全奇形が山から下りてくることを考え、そして三年生たちに明日万全のコンディションで行動してもらうために、静希達二年生だけで見張りを行う予定だった
明利はこの場にいれば索敵が十分可能、実際に事業所前に移動して見張りをするのは静希と鏡花と陽太のみである
「ふむ・・・サポートとしては正しい行動だろうな、明日コンディションを整えておきたい順に早く休むという形か?」
「はい、優先順位としては明利、陽太、私、静希の順に・・・それぞれ時間を分けて担当しようと思っています」
この中で最も優先順位が高いのは明利だ、索敵において完全奇形の場所を把握しているのは彼女しかいない、最も早い時間に眠り、体調を整えさせる必要がある
次に前衛として戦闘に加わる陽太、そのフォローをする鏡花、そして仕込みという仕事を終え、すでに半ば役目を終えている静希の順に優先度は下がる
特に静希は中間距離からの射撃程度しか仕事がないために優先順位は限りなく低い
実際に静希ができることが少ないために多少コンディションが下がったとしてもそこまで作戦行動には左右されないのである、なにせ今回のメインはあくまで三年生、彼らが全員万全の状態で行動させるのが今回の静希達の役割なのだ
「目標の行動に関してはどうだ?五十嵐の話では能力を発動されたらしいが」
「雪奈さん曰く、そこまで問題にはしていなさそうでした、明日は連携で仕留めるという事も言っていましたし」
能力を発動されるというのは奇形種を相手にするうえでは厄介極まりない事態ではあるものの、そのあたりは雪奈たちも慣れているようでそこまで焦っている様子はなかった
彼女たちが完全奇形をどのくらい相手にしてきたのかまではわからないが、自分たちにできるのはあくまでフォローとサポート、彼女たちの実力を信じるほかない
無論彼女たちが危険になった場合はいつでも自分たちが戦えるように準備は整えておくつもりである
「万が一の場合は、明利の切り札含め、いろいろ手を打つつもりです、何か問題はありますか?」
「・・・いいや、しっかりと行動できるのであれば文句はない・・・特に五十嵐、今度は後れを取るなよ?」
「了解です」
今回の戦闘でかなり加減をしていたとはいえ負傷までしているのだ、静希としても同じような目には遭いたくないものである
今は何とか問題なく行動できているが、腕と足を折られたときは本当に無我夢中だったのである
体が大きいというだけで十分驚異になるという事はかつてのザリガニで学習済みだったが、ここまで負傷したのは実に久しぶりである
単独での戦闘だったとはいえあそこまで負傷させられるとは思っていなかったのだ、そのあたりはやはり静希の実力が足りないという事だろう
左腕を駆使した高速移動もまだまだ練度が足りない、もっと速く、なおかつ適切な移動ができなければ実戦では緊急回避程度にしか使えないのだ
「後は実際に戦闘した五十嵐、響、そして深山の意見を聞きつつ実際にどのように動くのかを確認しておけ、それは三年生とも一緒にやる必要があるだろうがな」
「はい、三年生たちがどういう風に動くのかも確認したうえでこちらも動き方を決めます、大体できることは限られてると思いますけど」
実際、どのような動きをしようと鏡花たちができることは限られるのだ、明利は索敵、鏡花は地面を媒介にした変換、陽太は前に出て戦闘、静希は援護射撃
それぞれの役割がはっきりと分かれているというのもある種考え物である、ある程度以上の行動をそれぞれとることができないのだから
だからこそ静希達は連携によって結果を出すことができる班になったのでもあるが、こういうサポートに入るときはその特性がはっきり出るものである
「えー・・・それでは、明日の行動について具体的な内容を決めて行こうと思う、質問がある場合は挙手するように」
三年生と二年生は男子部屋に集まり、明日の行動についての具体的な話し合いをすることにした
なにせ今回の相手の場所はすでに把握できている、後は急襲をかけるだけ、ならば連携の詳しい内容を決めておいてもいいと思ったのだ
と言っても、熊田たちが提案したのはいつも通りのやり取りなのだろう、静希達には理解が及ばないものだった
「いつも通り、藤岡が対応、俺が攪乱、井谷と深山でとどめの流れだ、問題ないな?」
「それでいいよ、問題があれば適宜対応だね」
「でかいヘビなら押さえるのも楽だろうしな、能力も話に聞く限りなら問題なさそうだ」
「こっちも問題なし、後はタイミングね」
手慣れたやり取りのせいで静希達は相変わらず置いてけぼりにされているが、その流れを断ち切るかのように鏡花が挙手する
「あの、具体的にはどう動くんですか?それによってこっちもどう動くか決めるんですけど」
「ん・・・まぁ簡単に言えば藤岡のゴーレムで相手の注意を引きつつ、俺の能力で三半規管をマヒさせて井谷の能力で深山に急襲させるという感じだな、いつもの手だ」
藤岡のゴーレムによる陽動と防御、熊田の能力で相手の攪乱、井谷の能力で雪奈が急襲できるだけの転移のトンネルを作り、雪奈が襲い掛かる
何ともシンプルかつ分かりやすい内容だ
「相手の能力に関しては?問題ないって言ってましたけど」
「蛇自体の身体能力に依存するなら問題はないだろ、ゴーレムは壊れたところで直せるからな、強引にでも押さえこめばこっちのものだ」
ゴーレムの利点は藤岡の言うように壊れてもすぐに直せるという点にある、たとえ腕がもげても胴体が粉砕されても、そこに素材となる物質があるならすぐにでも修復可能
相手の攻撃を受ける受けないに関わらず戦闘を続けることができるというのは非常に強い利点だ、生身であれば回避行動を余儀なくされる状況でも、完全に無視して攻撃できるのだから
継続戦闘能力という意味でゴーレムは非常に高い適性を持っていると言えるだろう、攻撃を受けようと壊されようと、操縦者さえ無事でいるのであれば戦闘を継続できるのだから
「こちらとして頼みたいのは・・・幹原の索敵は当然として、響には藤岡と同じく陽動を、清水は相手の動きを制限するのを頼みたい、そして五十嵐は深山のフォローだ」
雪奈のフォローと言われて静希は一瞬眉をひそめる、そう、今回の戦闘において一番危険なポジションは雪奈なのだ
なにせ藤岡、熊田、井谷が遠距離からの能力発動をするのに対して雪奈だけは目標に接敵しなくてはいけない
転移という能力を使うために、接近するまでに攻撃されるという事はまずないだろうが、仕留め損ねた際は危険度が一気に増す
なにせほぼゼロ距離で戦闘を行うことになるのだ、そうなった時は確かにフォローが必要だろう
自分だけでフォローが仕切れるとは思わないが、周りに鏡花たちもいるのだ、多少の無茶なら許容できるだろう
「して、今日の夜の見張りはお前達だけでいいのか?」
「えぇ、問題があったらすぐに連絡しますけど、先輩たちは休んでもらってて構いません」
完全奇形が山を下りないとも限らないのだ、万が一を考えて見張りを立てておいて損はないだろう
三年生たちは自分たちだけが休むというのは多少申し訳ないようにしていたが、今回静希達は三年生たちのためにいるのだ、本来の自分たちの役割と思えば何の問題もない
「あぁそれと、雪奈さんに頼まれてたのは事業所前に置いてありますから、明日確認してください、要望があればその都度作り直しますから」
「ホント?ありがとね鏡花ちゃん」
殺し切るために必要な道具、今雪奈がもっている刃物は刀などの斬撃に特化してはいるものの、あの完全奇形を一刀両断できるほどのものではない
肉厚な上に爬虫類独特の鱗のようなものも持ち合わせているのだ、あれを一撃で切断するにはもっと質量のある攻撃が必要なのである
「静、フォローは任せたよ」
「はいはい、今度は怪我させないようにしないとな」
静希のせいで雪奈が暴走し怪我をさせたようなものなのだ、今度は同じような事にはさせない、静希は強くそう思っていた
雪奈が暴走することは少ないとはいえ、その戦闘能力から暴走するとかなり危険な行動に出る、そうなったときフォローする人間は必ず必要だ
それを静希が担うというのは、ある種適任だと言えるだろう
一番付き合いが長く、雪奈の行動に関してはほとんど熟知している
戦闘面での行動に関しては多少確認しきれていないところはあるだろうが、それでも彼女の行動であれば静希はほとんど予測することができるだろう
物心つく前から共にいたのは伊達ではないのだ
「では、最終確認はこれで終わるが、何か質問はあるか?」
やるべきことが限られていると、それぞれ確認することも非常に少なくて済む、鏡花たちはそれぞれ今後のことをシミュレートしながら行動内容を頭に叩き込んでいた
これから先は静希達が行動する時間だ、明朝までは山から完全奇形が下りてこないように見張る必要があるのだから
二十二時から見張りを始め、それぞれ二時間ずつ、朝六時まで見張りを続けることになる
順序は先に城島に言っていたように、明利、陽太、鏡花、静希である
まだ五月という事もあり、深夜から早朝にかけては肌寒い、夜のそれより早朝の気温の方がぐっと低く感じるのは気のせいではないだろう
自分の担当である四時から六時の見張りの時間になった時、静希は事業所近くの資材に腰を下ろして山の方を眺めていた
夜明けはまだらしく、ほんの少し白んできている空と肌を突き刺す寒気が静希の意識を覚醒させる
見張りをやるのはほぼ一年ぶりだろうかと懐かしみながら、静希は意識を山の方へと集中する
最後に明利に目標の位置を確認した時は林業区域の向こう側、山と山の境になっている場所に身をひそめているとのことだった、その場所からどれほど動いているかはわからないが、夜中に活発に行動するようなことはしないと思いたい
あの姿形から、あの完全奇形は蛇であると思うのだが、蛇の中には夜行性のものも多く存在する
とはいえもともと寒さに弱い爬虫類という事もあり、夜間、そしてまだ肌寒いこの季節に活発な行動ができるとは考えにくい
完全奇形という事もありもともとあった習性すら参考にならないのがまた痛いところだ
元々ヘビは夜間での行動も可能にするために温度などを感知できるピット器官を身に着けているのだ、他にも匂いを舌で感じる器官も持ち合わせていると聞く
そう考えた時、そう言えばあの完全奇形は舌を出してこなかったなと不意に思い出す
普通ヘビの動きを想像するとき、二股になった舌を口から出したりしまったりしている光景が浮かぶだろう、だが今回の完全奇形にはそれがなかったのだ
舌が変化し、鼻などで嗅覚を感じられるように変化したのか、それともそもそも嗅覚というものがなくなったのかは不明だが、舌を外に出す必要がなくなった可能性があるのは事実である
この事実がどのように状況を左右するのかは未だわからないが、静希にできることは一つ、雪奈の身の安全を守ることである
今日、雪奈が攻撃を仕掛ける時に不慮の事故を無くすために必要な工程があるとすれば、できることは一つしかない
『邪薙、今日お前には雪姉の護衛を頼みたい、いいか?』
『それは構わないが・・・あれとの戦闘となるとシズキ自身の守りはどうする?』
『俺の守りは無くていい、早すぎて反応できないかもだし、それに距離も空けておくからそこまで重要じゃない、もし危なかったら避けるさ』
静希が雪奈のフォローという事で待機するのであれば先の戦闘程危険度は高くない、むしろ今日の昼間に行われた戦闘が少々異常だったのだ
静希にとってそもそも正面切っての戦闘など愚策中の愚策である
あの場では明利を逃がすため、そして明利の種を仕込みたかったという理由があったからこそ相手の前に出たのだ
もっとも、あの完全奇形が現れた時は完全に不意を突かれたし、逃げようとしたところで逃げ切れたかどうかは怪しいものである
自分が手を出してはいけないというのもなかなかにフラストレーションが溜まる、完全奇形に能力を発動させないように、そして自身がサポートに回るという目的のために攻撃しなかったが、結局雪奈が静希を助けるために完全奇形を傷つけてしまった
行動が裏目に出るというのは今までの実習でも何度かあったが、実際に実習の難易度をあげてしまった結果になっただけに静希の責任は大きい
欲張らずにあの場は少しでもいいから距離を置いておくべきだったなと静希は反省する
頭部先端に熱湯を浴びせた時点で逃げることを選択するべきだったのだ、そうすれば位置を確認したうえで全員が集結できるだけの時間を稼げたかもしれないのに
『シズキがそう言うなら止めはしないが・・・くれぐれも注意しろ、単純な障壁ではあの攻撃は防ぎきれん』
攻撃自体が長く、ロープや鞭のようにしなる場合、邪薙の作り出す障壁では防御が不十分になる可能性がある
障壁にぶつかるものの、その勢いを殺すことなく折れるような形で障壁の向こう側への攻撃になることがあるのだ
そうなると障壁が逆に裏目に出ることがある
『わかってる、とにかくお前は雪姉を守ることに集中してくれ、こっちでも可能な限りフォローはするから』
『承知した・・・メフィストフェレス、オルビア、シズキは任せたぞ』
『はいはい了解よ』
『承知した、今度は私が盾になってでもマスターをお守りする』
完全奇形に食いつかれたときに主の手から離れたことを悔いているのか、オルビアの意気込みがやたらと強いことに静希は苦笑していた
あの場合オルビアを離してしまった自分に非があるのだがと思えるのだが、オルビアはそれでも自分に非があると思っているのだろう
まじめすぎるのも苦労するなと思いながら静希は山の向こうに視線を向けた
向こうにいるであろう完全奇形、自分と雪奈の骨を折った張本人
恐怖は無い、今まで奇形種とは何度もやり合ってきた、能力者の攻撃に比べれば奇形種の攻撃は襲るるに足らない
ほんのわずかに、鋭い殺気を山の方へと向けながら静希は目を細める
夜明けを超え、静希達が行動を開始するまであと二時間
自分の見張りの担当時間を終え、静希は民宿に戻り全員で朝食をとっていた
その際に明利に目標の現在位置を記してもらい、行動ルートを決定することにした
目標は最後に明利が示した場所から動いていない、体を休めているのか、それとも寝ているのか、失血死してくれているのであれば話が早いのだが、そう簡単にはいかないだろう
「よし、まずは藤岡と響が先行、俺たちはその後をついていく、距離的にどれくらいかかりそうだ?」
「移動時間は一時間ちょっとくらいです、相手が移動開始したらその都度報告します」
地図を広げて各員その位置を記憶しながら朝食を摂り終え、準備を整えて民宿を出発する
そして事業所の前にある広場にある小屋と大量の剣を確認すると雪奈はその一つ一つを確認していく
「おお、これはなかなか・・・んん・・・」
一つ一つの振り心地を確認しながら吟味していく中で、十数本あった剣を二つまで選別し比べ始める
「これとこれの間みたいな剣は作れるかな、これが一番いい感じなんだよね」
「わかりました、ちょっと待っててください」
鏡花は雪奈の持つ二つの剣に同調し、その二つの剣の両方の特徴を有した剣を作り出す
作り出された剣を握り軽く振ると、空気が裂ける音からその重量が理解できる
普段彼女が使っている刀とは比べ物にならない質量があるのだろう、深く腰を落とした状態でないと扱うことは難しそうだった
「明利、今のうちにカリクを用意しておいてくれるか?」
「え・・・?・・・うん・・・わかった」
そう言って明利は懐からケースのようなものを取り出し、そこから一つの種を手に取った
カリク、明利がもつ対生物用の切り札
ヤドリギの一種で生物に寄生し体液などを栄養とし成長する、明利の能力と併用することで全身にその根を張り巡らせ、動きを封じ、同時に大きなダメージを与えることができる
今回の相手の大きさから、動きを封じるためには外から拘束するだけではなく内側から拘束することも必要になるだろうと予測したのだ
なにせあれだけの大きさだ、相当の筋力を持っていると思っていい、鏡花や藤岡の拘束程度で完全に動きを止められるとは思えないのである
「でもどうやって使うの?また静希君が埋め込むの?」
「今回は甲殻もないしそんなことしなくてもいいだろ、鏡花、槍一本作ってくれるか?」
「槍?いいけど」
鏡花は地面を変換して静希の言う通りの槍を作り出す、それは槍というよりは、どちらかというと銛に近い形状をしていた
そしてその槍の先端に静希はカリクを添える、その時点で鏡花も静希がやろうとしていることに気付いたのか、変換を使ってカリクを槍に仕込ませた
突き刺すときにカリクが外れないように、それでいて成長を阻害しないように露出させたうえでしっかりと固定する、接近することなくカリクを打ち込むには適切な形だろう、槍という形から場合によっては陽太に使ってもらうことも十分視野に入れられる
「カリクの槍ってところかね、これは誰がもっておく?」
「静がもってればいいんじゃない?あくまで切り札だし・・・まぁ接敵と同時に使うってのもいいと思うけどね」
相手の動きを封じるのであれば接触と同時にカリクを使うのが最も楽に相手を倒せる手だろうが、そうなると一番の手柄が明利のものになる
あくまで自分たちは補助なのだから自粛するべきではないだろうかという考えがあるためにそれに関しては熊田の意見を聞くべきだろう
「先輩はどう思いますか?初手カリク」
カリクの威力を知っている熊田からすれば、楽をするためであれば使用自体は問題ないだろうが、一つ懸念があった
「もしカリクが本体ではなく、能力で複製された部分に当たった場合を考えると、初手で切り札を使うというのは得策ではないように思えるな・・・能力を発動していないのであればそれもいいが」
完全奇形の能力が体の複製と操作というものである以上、どの尾と顔が本物であるかというのは破壊するまで不明なままだ、そんなところに槍を投げて外れだった場合目も当てられない
「ところで幹原、カリクの残りはいくつある?」
「これを含めてあと二つだけです・・・珍しい種類なので手に入りにくくて」
明利の種は基本使ったらその場で補充しない限り、別途に購入するという手段をとるほかない、以前のザリガニの時にはその場で種を作って補充できたが、樹海で使用した時は回収するだけの余裕はなかった
珍しい上に危険な植物という事もあり培養も難しい、明利がもっている二つの種を無駄にするわけにはいかなかった
「確実にしとめるなら相手の能力が発動する前か、能力で作られた頭や尾を一度全て破壊した状態で使うべきだろうな、投擲手は深山、五十嵐、響の誰かにやってもらうことにしよう」
この中で槍を扱える人間は限られている、まず能力で一定以上の長さの刃物であれば常に最高の技術を得られる雪奈、そしてその指導を受け続け、多少心得のある静希、普段使う槍とは違うが投擲の技術のある陽太の三人だ
状況によって槍の受け渡しをして目標に対して投擲、着弾を確認し次第明利が能力を発動、相手が生き物である以上カリクの成長を止める術はない
「よし、それでは行動開始する、幹原、ナビゲートを頼むぞ」
「了解しました、目標までのナビゲートを開始します」
明利のナビに従って静希達は林業区域を越えてさらに向こうの山岳地帯へと足を踏み入れていた
林業という人の手によって作られた木の群生地帯と違って完全に人の手から離れた場所というのは当然動きにくく移動速度を著しく低下させる
地面には草木が鬱蒼としており、しっかりとした足場は限られている
鏡花が能力で歩きやすいように足場を変換し続けているものの、木々が不規則に生えているという事もあり視界が狭くなっている気がする
背の高い木材用の木々と違い、枝葉が自分たちに近い高さにあるというのも狭さを感じる原因にもなっているだろう、屋内のそれとは違い重苦しさにも似た何かを感じていた
明利のナビに従い移動を続けて一時間ほど、静希達は目的の場所にたどり着いていた
「明利、目標は?」
「大きくは動いてないけど・・・ゆっくり動いてるみたい、眠ってるのかな・・・?」
すでに時刻は九時を過ぎたところだ、時間的には動物が動き出して然るべきであるが、負傷している完全奇形がどのような動きをするかは不明である
そしてこの木々のせいでまだ目標の姿は視認できない、距離的には百メートル弱といったところだろうが、まだ明利の索敵を頼りにするしかない状況だった
「よし、あらかじめ決めた通り、俺と響が突っ込む、フォロー頼むぞ」
「了解です地形改善は任せてください」
鏡花は陽太のために鉄柱を作り出し、これでいつでも突っ込むことができる体制は整った
藤岡と陽太が戦闘開始の準備をする中、雪奈と井谷も同じようにいつでも行動開始できるように準備を始めていた
彼女たちの行動はタイミングが命だ、場合によってはそれでけりがつく可能性もある、緊張感が増す中、静希は一枚のトランプを目標のいる地点に飛翔させる
その中にはメフィが入っている、現状を視認するためには一番手っ取り早い方法だ
『メフィ、蛇の奴はどうだ?複数頭と尻尾があるか?』
『・・・ええ、能力は発動したまんまみたいね、めっちゃ気持ち悪いわ』
メフィの報告を受けて静希はすぐにメフィの入ったトランプを回収する、能力を発動したままという事は初手にカリクを使うことはやめておいた方がいいだろう
「先輩、相手は能力を発動したままみたいです、気を付けてください」
「・・・ふむ、了解した・・・聞いていたな藤岡、響、攻撃には注意しろ」
静希が何故目標の今の状況を確認できたのか、熊田は気にすることもなく指示を送り続けている、そんな中静希は雪奈の背中に邪薙の入ったトランプを張りつける
『邪薙、雪姉の守りは任せた』
『任されよう・・・そちらも気を付けろ』
別行動が始まる前に守りの要である邪薙を手放したことで静希の緊張感は一気に増すが、今はそれで構わない、静希のポジションはあくまで中衛、接敵する可能性は低い
真っ直ぐ突っ込むのは陽太と藤岡、迂回しながらタイミングをうかがうのが雪奈と井谷、そして陽太達の後方で援護するのが静希、鏡花、熊田、そしてさらにその後方で索敵を続けるのが明利だ
陽太と藤岡がゆっくりと接近している中、彼我の距離が五十メートルを切った時、完全奇形が一斉に顔をあげた
そして気づかれたことを明利が無線で伝えるよりも早く、陽太と藤岡は能力を発動した
陽太は炎を身に纏い鬼の姿に、藤岡は地面を変換し巨大なゴーレムを作り出していた
そして二人のフォローをするべく鏡花と熊田も能力を発動した
鏡花は目標付近にある障害物を一切除去し、広場のような空間を作り出す、熊田は目標を中心に全方位からの雑音を発生させ、どこに陽太達がいるのかを分かりにくくさせた
環境整備と攪乱、すでに前衛が十分に戦えるだけの状況は用意した、後は前衛がどれだけ目標の意識を寄せ付けることができるかである
まず最初に突っ込んだのは陽太だ、炎を纏い、右腕に槍を作り出した状態でほぼ一直線に完全奇形へと突っ込んでいく
陽太が突っ込んでくる音を正確にとらえたのか、多数ある尾の中から数本を陽太の迎撃に使うべく、思い切り振り回し始める
高速で移動しながら槍を駆使して尾を受け流し、さらに突っ込もうとするが、発現している尾の数が多すぎるせいで半ば押しのける形で陽太は後方へと吹き飛ばされる
陽太が目にした目標は、もはやヘビの形を保っていなかった、いや、要所要所は蛇のそれに違いないのだが、その数が問題なのだ
いくつあるかもわからないほどの頭と、その後方から見える尾、物語などに出てくるヤマタノオロチなど目ではないほどの本数の頭と尾に陽太は苦笑してしまう
確かにこれでは本物の体など見分けようがない、雪奈が下あご部分を切り落としているというのは聞いていたが、パッと見たところそんな頭は見つけることができなかった
一つ一つつぶしていくしかないだろう
陽太が火力をあげやる気をみなぎらせていると、後方から木々を押しのけながら巨大なゴーレムがこちらへと向かってくるのがわかる
藤岡の能力は変換をベースにしたゴーレムの作成と操作、そして彼の場合、ゴーレムを体に纏うような形で操作することで前衛として役に立っている
だがその大きさはただのゴーレムとは一線を画す、少なくとも、事前ブリーフィングの時にテーブルの上で操ったそれとはサイズが違いすぎる
一体どれほどの大きさだろうか、四、五メートルはありそうな巨大なゴーレムがあるくたびに起こす振動に、陽太も完全奇形も驚いているようだった
巨大なゴーレムめがけて数本の尾が叩き付けられるが、多少揺らぐだけでほとんどダメージがない、それどころか振われた尾を逆に掴み、その尾めがけて思い切り拳を叩き付けた
地震ではないのかと思うほどの振動に近くにいた全員が戦闘が開始されたことを確信した
藤岡が潰した尾は三本、完全に形が崩れると尾全体が霧のように消えていく、だが能力によって新しい尾が発生することはなかった
どうやら潰されてから次に新しい体の一部を発生させるには多少ラグがあるとみていいだろう
そうと決まれば自分のやることは一つだけだと陽太はやる気をみなぎらせて槍の形状を変化させていく
今回自分がやるべきことは目標の能力によって作成された尾や頭を少しでも多く破壊する事、その為にはただ突きに特化しただけの形状では効率が悪いと判断したのだろう
陽太は槍をまるで巨大な剣のように作り替え、襲い掛かってくる尾めがけて思い切り振りおろす
鏡花が作っておいた鉄柱が入っているため、思い切り振りおろすだけでかなりの威力を持っているらしく、炎の剣が直撃した尾は叩き潰され千切れとんだ
「おっしゃ、蛇狩りだゴルアァ!」
大量の尾と頭を前に怯むこともなく陽太は突っ込んでいく、そして陽太の反対側、頭の方から藤岡は潰しにかかっていた
巨大な体長など何のその、さらに巨大なゴーレムを操ることで一斉に噛みついてくる頭を一つずつ拘束していく
攻撃されると同時に拘束する、生身では絶対にできない戦法だ
拘束した頭部を掴んで強引に引きちぎるように引っ張っていくと、当然というかやはりというか、独特の生々しい音を立てながら蛇の頭部は本体から切り離されていく
そして切り離された頭部から順に消滅していっていた
「なんか怪獣同士の戦いって感じね・・・」
「本当にな、ありゃ巻き込まれたくないな」
後方で援護のために待機している静希達は、鏡花の能力によって木々のはるか上の所まで土台を作り、上空から陽太たちの戦いを眺めていた
遠くから見るとその大きさがよくわかる、陽太が一つ一つ尾を叩き斬っている様子を見るとさらにその大きさが顕著になってくる
「あれなら俺たちの出番はないかもしれんな・・・とはいえ凄まじい数の頭と尾だな」
「何本あるんでしょう・・・密集しすぎて何が何やら・・・」
索敵手である熊田と明利も、あれだけの大きさで能力を発動したところを見るのは初めてだったのか、かなり驚いているようだった
遠くから見ているのと、鏡花の能力で戦闘を行っている場所が広場のようになっているからその全容を見ることができるが、あの場にいたら全容などほとんど見ることができないだろう、襲い掛かってくる尾だけで視界がふさがれそうな勢いである
「・・・だいぶ減ってきてるけど・・・本体ってどれよ・・・」
陽太と藤岡の尽力によって着々と能力によって複製された頭部と尾は減ってきているが、それでもどれが本体なのか判別ができない
それほどの数と大きさなのだ、はた目から見れば巨大な縄状のものがこんがらがっているように見えなくもない
そんな中、静希はそれを見つけた
大量の尾がある中で、その付け根とでも言えばいいか、動物で言うところの胴体のような部分があるのを見つけたのだ
それが見えたのはほんの一瞬で、すぐに見えなくなってしまったが、複製できる場所はどうやら頭部分か尾の部分だけのように思える
「鏡花、あいつをあの場に固定する事ってできるか?頭と尻尾の中間部分辺りに拘束具を作ってくれ、一瞬でもいい」
「固定って・・・また難しいこと言うわね、あれだけの大きさだと・・・このくらいかな?」
鏡花は集中し能力を発動する、するとちょうど頭部と尾の真ん中あたりに巨大な手が現れ、完全奇形を押さえようと加圧し始める
押さえつけられようとするのを嫌がったのか、完全奇形は体全体を唸らせるように鏡花の拘束から無理矢理に逃れようとする
そしてその瞬間、静希、鏡花、明利、熊田の遠くから観察していた四人はそれを見ることができる
完全奇形の胴体とでもいうべき部分、大量の頭と尾が生える根元になっている部分を
「なるほど、あれが本体ね」
「まるで植物の根のように本体から複製部位が生えているのか・・・なるほど、あまりに数が多すぎて見えなかったが、あぁなっていたのか」
鏡花の拘束から逃れた完全奇形の胴体部分は再び大量に生える頭や尾のせいで視認はできなくなったが、少なくとも本体を見分けるためにわかりやすい場所があるという事は確認できた
頭や尾を潰し切れないのであれば胴体を狙うことも視野に入れるべきだろう
静希は持っていた槍を左手で握り、軽く矛先を完全奇形めがけて向けてみる
「五十嵐、まだそれを使うには早いぞ」
「わかってます・・・ただ投げる練習くらいはしておきたいと思って」
一発勝負で決められるほど静希の投擲能力は高くない、左腕で雪奈の投擲の時の動きを再現したところで限界はある、何度か投げる練習くらいはしておきたいものである
「じゃあ練習用の槍を用意してあげるわ、同じ形の方がいいわよね?」
「あぁ、頼む、熊田先輩はみんなにやり投げの練習をすると伝えてくれますか?」
「任されよう、存分に練習すると良い」
熊田の能力であれば無線が使える状態ではない陽太にも言葉を伝えることができる、静希は鏡花が作り出した槍を握り狙いを定めて投擲した
誤字が多くてごめんなさいフェアこれにて終了 46/46
これを機にちょっとお願いをします、誤字報告は小出しにしてくれると嬉しいです、あんまり大量に出されるとちょっと自分のメンタルがやばいんで・・・
誤字がとても多くて情けない限りですが、これからもお楽しみいただければ幸いです




