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J/53  作者: 池金啓太
二十八話「見るべき背中と希少な家族」

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雪奈の暴走

「あぐ・・・・くっそ・・・いってぇな・・・」


そう言いながら静希は左腕を使って足を元の向きに戻す、するとヌァダの片腕の効果が発動したのか、脚は問題なく元に戻っていた


完全に折れていたあばらも元に修復されたのか、すでに痛みはないが、先程の強烈な痛みの記憶は残っている、それに叩き付けられたために僅かに頭がくらくらしていた


久しぶりに地面に下りたというのに最悪な気分だと悪態をつきながら先程までのたうち回っていた完全奇形を睨む


顔の先端部分の表皮が僅かに荒れている、ただれるまではいかないものの、ピット器官は一瞬でも麻痺させることができただろうか


唐突に湯を浴びせられたせいでかなり驚いていたようだが、すでにその温度に慣れたのか完全奇形はこちらを睨み威嚇をしている


本来の蛇のように舌は出していないが、口を開閉させてこちらを警戒しているのは間違いないだろう


幸か不幸か地面に下りることはできた、とはいえあまり事態は好転していない


温度による感知ができていないと思いたいが、長い胴が静希の周りを覆いつつある、このまま追い詰めるつもりなのだろうが、さすがにそれを許すほど静希も遅くはない


地面に左腕をつき、思い切り押し上げる形で大きく上空へと跳躍し再び木を殴りつけて移動を開始する、相変わらず無茶苦茶な移動法のために姿勢制御も上手くできていないが囲まれるのを阻止する分には問題ない


だが当然のように完全奇形は口を大きく開けて追ってきた、まだ自分を追って食らいたいという意識だけはあるようだ、厄介極まりない話である


木を殴って何とか軌道を変え、回避しようと試みるが、何度も行った回避行動を相手も学習したのだろうか、長い胴体を使って静希に攻撃を仕掛けてきた


身を屈めて何とか回避しようとしたが、さすがにあの大きさの攻撃を完全によけきれるはずもなく静希の足が僅かにその胴体に触れ回転しながら地面に叩き付けられ転がるようにしながら再度体勢を整える


回りすぎたせいか、それとも空中から地面へ叩き付けられた衝撃のせいか、静希は強烈な吐き気を催す


視界がわずかに歪み、三半規管がマヒしているのが理解できた


無茶な軌道で動きすぎた、それを後悔するよりも早く襲い掛かってくる奇形種を一瞥し、静希は歯噛みする


左手に明利の種を仕込ませ、握ったままのオルビアを構えておぼつかない足で思い切り横に跳躍しその突進を回避しながらオルビアを突き立て僅かにその皮膚を切り裂くと、静希はすぐさま左腕をその皮膚の奥へとめり込ませる


体内にめり込ませた手から明利の種をその中へと埋め込み、自分がやるべき仕事は八割方終了する


だが相手を傷つけた、皮膚から垂れるその血を見ながら静希はすぐにでもその場から離れようとする、だがそれを向こうが許してくれるはずもない


唐突に体に走った痛みに悶え、再び暴れだす奇形種の体に静希は弾き飛ばされる


規則性のある動きならばまだ避けられるが、不規則にただ暴れているだけの動きは至極避けにくい、静希は空中に投げ出され、それでもなお頭部の方だけは視界に入れようと視線を上下左右に動かすが、それに気づくのが圧倒的に遅すぎた


もうすでに眼前に奇形種の口が迫ってきていたのだ


何とか姿勢制御しよけようとするが、空中でそこまで大きな回避ができるはずもなく、静希の右腕がその口に完全に食らいつかれる


瞬間、骨が砕ける音と共に静希の右腕に激痛が走る


「あ・・・あああああああああぁぁぁああぁあああぁぁあ!」


喉が裂けるのではないかというほどの絶叫をあげながら静希はその大きな口に咥えられながら体を振り回される


腕を千切ろうとしているのかそれとも静希を弱らせようとしているのか、どちらにしろこのまま黙っていては被害が大きくなるだけである


「マスター!」


ふと足元から届いた声に視線を向けるとそこにはオルビアの姿があった


恐らくくわえられた瞬間オルビアを手から離してしまい、地面に落ちたのだろう、体を顕現させ剣を持ち何とか静希を解放させようと奮闘しているようだったが、難しいようだった


だが彼女があぁして無事でいるというのは静希にとって良いニュースだ、口の中にオルビアがいないというだけでだいぶ楽にできるというものである


咥えられているのは肘から先だけだ、まだ体の自由は利く、上下左右に体が振り回されるせいで右腕の痛みがさらに脳を刺激するがそんなことを気にしているだけの余裕はない


「こん・・・・の!ヘビがぁ!」


左腕の隠しナイフを突出させ頭部に突き立てると痛みのせいか一瞬口を開き、静希の腕が解放される


落下してくる静希の体をオルビアが受け止め、なんとかその場を離れようとするが、蛇の胴体によって二人とも弾き飛ばされ、今度は右足に食いつかれる


右腕の修復も終わっていないというのに、食いつかれ強い圧力を加えられたため、骨の折れる音と共に静希の足がいびつに歪む


自分の悲鳴が辺りにこだまする中、静希はその声を聴いていた








「私の弟に何してる」







その声が聞こえた瞬間、静希の足にかかる圧力が突如無くなり、その代わりに奇形種の口、下あごの部分が地面に落ち、断面から血が噴き出る


目で捉えられないほどの速度ですれ違いざまに斬撃を浴びせたそれは木の幹を足場にし、そのまま静希に向けて跳躍する


高速で移動し、すれ違いざまに見えないほど速い斬撃を繰り出す、そんなことをできる人間は静希の知る中で一人しかいない


落下する静希の体を抱き留めたのは、刀を持った自分の姉貴分、雪奈だった


「静!大丈夫!?」


完全奇形が自分の顎を切り落とされた痛みのせいでのたうち回っているために、そこから逃れるために雪奈は高速で移動を開始していた、その手にはすでにオルビアの剣も握られている


あの一瞬で蛇の下あごを切り落とし、オルビアを回収し、なおかつ静希の救出もやってのけた、本当に規格外の前衛である


「ほっとけば治る・・・!けどあいつに止めを!」


「あの状態で突っ込むのはちょっと危ないよ、少し落ち着いてから止めを刺そう、でなきゃこっちがやられる」


痛みのために暴れまわっている奇形種を見ながら、雪奈は静希を近くの木の幹に寄り掛からせる


「明ちゃん、静を確保したよ、結構重症、右手と右足が折れてる・・・もう修復が始まってるけど一応こっち来て」


どうやら雪奈だけ明利のナビを聞いて先行してきたのだろう、気が早いというかなんというか、雪奈らしいというほかない


だがこの場で深い傷を負わせたというのは少々まずい、命の危機であると察した奇形種が能力を発動する可能性がある


「雪姉、何で首をおとさなかった?顎じゃなくて首をおとせば」


「あの大きさだとこの刀じゃ胴体真っ二つは難しいよ、それに静の救出が第一だったしね・・・明ちゃんの種も仕込んだんでしょ?それならやりようはあるよ」


静希の右腕と右足が修復していくのを確認しながら雪奈は刀を強く握り未だのたうち回っている完全奇形を強く睨む


「随分と大きいヘビだね・・・苦戦した?」


「あぁ・・・でかい上に速い・・・それに尻尾の攻撃が厄介だ・・・下手に攻撃するわけにもいかないから苦労したよ」


下手に攻撃すれば能力を発動される可能性もあったため、そして静希は今回サポートという立場もあって攻撃は自粛していた


とはいえ最後の方、自分が食いつかれたときには攻撃せずにはいられなかったが


「静、修復はどれくらいかかりそう?」


「・・・このペースだと・・・一分もあれば終わる」


自分の手足の状況を見ながら静希がそう言うと、雪奈は小さく息をつく


安堵の息なのか、それともこれから起こすことに対して踏ん切りをつけるためなのか


「・・・一分ね・・・そう・・・じゃあそれまでにケリを付けようか」


オルビアを静希に返すと腰に携えていたもう一本の刀を引き抜き、雪奈は姿勢を低くする


瞬間、雪奈独特の鋭い殺気が放たれる


その強い殺気に気付いたのか、完全奇形はのたうち回りながら回避行動をとろうとした、攻撃するのではなく、逃げようとしたのだ


自分の顎を切り落とした者が自分に対して殺気を向けている、完全奇形は本能的に捕食や戦闘ではなく、逃走を選択していた


辺りの木々にぶつかり、地面を抉りながら移動しようとする完全奇形を見て雪奈は眉間にしわを寄せた


「逃がすと思ってんの?」


雪奈は勢い良く跳躍し、木々の幹を足場にしながら逃げようとする完全奇形をすぐさま追い抜かす


機動力が違いすぎる、元より雪奈の能力は機動力に秀でたものだ、刃物の数だけ、それを万全に扱えるだけの身体能力と技術を得る、それが彼女の能力


彼女が今身に着けている刃の数は二十を超える、すでに彼女の身体能力は人間のそれをはるかに凌駕していた


雪奈が二本の刀を振りかぶり、その頭を切り落とそうとした瞬間、唐突にもう一本の頭が顕現する


何が起こったのか、それを理解するよりも早く雪奈はその現れた頭に斬撃を浴びせる


一回、二回、三回、一瞬に三回の斬撃を同じ個所に当ててようやくその頭部は切断される


だが雪奈が切断した頭部は空中に投げ出され、地面に落ちるよりも早く霧消した


その光景に雪奈は理解する


能力を使われた


命の危機に瀕したことで、生き残ろうとする強い本能が奇形種の能力の発動を許してしまった、雪奈にとって奇形種の能力の発動を許したのはかなり久しぶりの事だった


状況を理解している間にも奇形種は逃げようと高速で移動し続けている、もちろん雪奈も逃げようとする獲物を逃がすような真似はしない


再び高速で移動すると今度は尾が何本も顕現し雪奈に向けて襲い掛かってきた


この時点で雪奈は相手の能力を理解した、フィアにも似ているが、この場合、自分の体を複製のような形で顕現しているのだろう、発現系統の分身に近い能力だ


だがその体から離れることはできないのか根元部分は本体に繋がっているように見える


襲い掛かる尾を避け、時に切り落としながら本体への接近を図っていると彼女の無線に通信が入ったことを知らせるノイズが走る


『深山、深追いするな!全員がそろうのを待て!』


聞こえてきたのは熊田の声だ、全員がそろっていない状況で下手に攻撃するよりもここは逃がして準備を整えてから攻撃したほうが得策だと判断したのだろう


確かにそれは正しい、能力を発動された今、万全の態勢で臨まなければやられるのはこちらだろう


だがそれはあくまで理屈だ、そんな理屈で雪奈は止まれなかった、止まるつもりはなかった


「断るよ、あいつには静を傷つけた報いを受けてもらう、今ここで仕留める!」


空中を縦横無尽に飛び回りながら尾を回避し、雪奈は殺意を隠そうともせず完全奇形に襲い掛かっていく







「クソ、話を聞きゃしない・・・!」


「今どういう状況なんですか!?」


熊田は明利のナビによって鏡花と陽太と合流し、静希達の下へと向かっていた


いや、正確にはすでに陽太は能力を発動し全力で移動中だ、鏡花はその後に残るわずかな炎を消しながら移動している最中である


「五十嵐が戦闘し負傷、幹原のマーキング済みの種を仕込み終えたらしいが、深山が暴走している、単独で完全奇形を討伐しようとしているらしい」


「・・・さすがの雪奈さんでもひとりじゃ・・・」


いくら奇形種に対して特化した戦い方を得意としているとはいえ、雪奈だけでは完全奇形を打倒するのは難しい、鏡花はそれを理解していた


以前のザリガニの時、彼女が使った大剣でもあれば話は別だが、今の彼女の装備で完全奇形を打倒できるかといわれると微妙なところである


明利からの無線を聞く限り相手は大きなヘビのような外見をしているという、静希が負傷したという状況から察するに頭に血が上っているのだろうが、そんな状況でまともに行動できるとは考えにくい


「可能なら今すぐにでも追いつきたいが・・・相手も移動中のようだ・・・せめて援護くらいできれば」


「・・・しょうがない、先輩乗ってください!」


鏡花は地面に手を突き荷台のようなものを作り出す、車輪はなく人が乗るためだけのもののように見えた


「乗れって・・・どうするんだ?」


「まだこの移動法慣れてないんで荒っぽいですけど、勘弁してくださいね!」


熊田が乗り込むと鏡花は能力を発動し高速で移動を始める、ゴーレムの時に学んだ形状変換を用いた移動法、鏡花の言うように慣れていないために速度を出すことはできても精密な操作はできないのかかなり荒っぽい


振動や左右に揺れることなど厭わずに鏡花は全力で移動を開始する


移動し始めると、視界の隅に動く巨大な生き物の姿を確認できた、そしてその姿を見たことがあることに鏡花は気付ける


「・・・フィア・・・?ひょっとして明利!?」


「あ・・・きょ、鏡花ちゃん!?よかった!ふぃ、フィアちゃん、下ろして、鏡花ちゃんの所に!」


木につかまる形で高度を維持していたフィアは明利の言う事を聞いて軽やかに地上へと降りてくる、下半身がフィアの体にめり込むようになり、どうやら自分では身動きができないようだった


恐らくフィアは静希の命令を受けて明利を安全な場所に逃がすために行動していたのだろう、相変わらず明利に対しては過剰なほどに心配性になるなと鏡花は思いながらもフィアもろとも明利を荷台の上に乗せる


「今から静希の所に行くわ、明利はそのままそこで下すけど私と熊田先輩は目標と雪奈さんを追う、ナビお願い」


「う、うん、わかった!」


鏡花は再び変換の能力を使い台車を高速で移動させる、相変わらず荒い運転ではあるが着実に静希の下へと近づいていた


「明利、他のみんなの状況は?今どうなってるの!?大まかにで良いから教えて!」


「え・・・えっと・・・陽太君はわからないけど、静希君は停止中、雪奈さんはすごく速く動いてる、近くに同じように高速で動くのがあるからそれが目標、藤岡先輩と井谷先輩も移動中・・・だけど一番遠くにいるよ」


すでに能力を発動し、明利のマーキング済みの種も一緒に焼き尽くしてしまったであろう陽太は明利の索敵から外れた位置を動いているようだが、陽太なら単独行動でもほぼ問題はない、迷子にさえならなければ


藤岡と井谷も元々捜索していた範囲が遠かったことと、彼の能力がもともと機動力に長けたタイプではなかったために到着が遅くなっているようだった、熊田が先程言っていたように今回は見逃して態勢を整えたほうがいいように思える


明利の話を聞く限り雪奈はどうやら攻めあぐねているようだった、その様子から完全奇形が能力を発動したのではないかという予測が立つ


ただの動物相手であれば雪奈が苦戦する道理はない、雪奈の実力から察するにすでに能力を発動されていると思っていいだろう


ただ、一時撤退しようにも問題となっている雪奈が暴走しかけているためにこちらの指示を聞こうとしない


静希を傷つけられたことでかなり怒っているのだろう、この状況ではその行動はあまり褒められたものではなかった


「場合によっては私が雪奈さんを拘束します、そのくらいならできるでしょうし」


「うむ・・・場合によっては俺も能力を使わざるを得んな・・・まったく・・・有利に事を運ぼうという気がないのかあいつには」


マーキングが済んでいる時点で一度撤退し、全員を集結させてから襲撃をかけたほうが確実に有利に立てる、全員がバラバラになっている現状では不利とはいかないまでも万全な戦いができるとは思えなかった


「雪奈さんがこういう暴走状態になった時、普段は誰が止めるんですか?」


「あいつが暴走状態になったことなど今までになかった・・・五十嵐がいるからだろうな、普段のあいつなら考えられん、俺たちでは止められないだろう」


自分達では雪奈は止められないかもしれない、そのことを考えた時に雪奈を止められる可能性を持っている人間が頭に浮かぶ


「だとしたら・・・静希か・・・陽太くらいしか・・・」


それは雪奈の幼馴染である静希と陽太、明利ではまず間違いなく雪奈は止められない、精神的に優位に立っている静希か、実力的に止められそうな陽太くらいしか思い当たらなかった


そして、その予想は大まかながら当たっている


陽太は高速で移動しながら最後に明利から聞いた静希のいる場所へと向かっていた、どうやら静希はその場から動いていないようだった


自分が飛び出す前に鏡花が出した命令は『静希のフォローをしろ』だった


視覚や聴覚、そして嗅覚を頼りに移動を続けると、急に血の匂いが強くなる、もしやと思い速度を上げるとそこには生き物の下あごのようなものが転がっている、さらに辺りを見渡すと幹に背を預けるようにして腰を下ろしている静希の姿が確認できた


「おい静希!大丈夫か!?生きてるよな!?」


「いだだだだだ!生きてるよ!今修復中だから揺らすなバカ!」


右腕と右足の痛みに耐えながら静希は悶絶する、まだ完全に負傷箇所が修復できていないようで苦しそうにしながら眉間にしわを寄せていた


「陽太、お前一人か?鏡花たちは?」


「今こっちに向かってると思う、俺はお前のフォローしに来たんだ、どうすればいい?」


どうすればいいか


鏡花から命じられたのはあくまで静希のフォローだ、静希がどう動きたいかによって陽太の行動は変わる、それを静希は理解した


どうすればいいか、そもそも静希は今どうするべきか


先程の熊田から雪奈に当てた通信は自分の耳にも届いていた、雪奈は今半暴走状態だ、万全を期すのであればさすがに今ここで単身行動させるわけにはいかない


明利の索敵下にある今急ぐ必要はなくなった、ここは時間をかけてでも準備を推し進めるべきだろう


ならば今自分が何をするべきか、静希は考えたうえで陽太に向かい合う


「よし、雪姉を止めるぞ、あと少しで修復も終わる・・・陽太、途中まで乗せてってくれ、相手の血のおかげで追跡には困らないだろ」


静希の言うようにあたりには顎を切り落とされたためか、完全奇形の血が散乱している、しかも逃げた先でも相当暴れながら移動しているのか、血の痕が目立つ、確かにこれなら追跡には苦労しなさそうだった


「オーライ、乗り心地は期待すんなよ?」


「できる限り安全運転で頼むぞ、まだちょっと痛いんだからな」


陽太は下半身にだけ能力を発動し静希を担いで移動を開始する、そして移動していけばいくほど何やら轟音のようなものが大きくなっていく


恐らく雪奈との戦闘音だろう、一体どんな戦闘を行っているのか不明だがだいぶ派手に戦っているようだった


「明利、聞こえるか?こちら静希」


無線が通じることを期待して明利に向けて通信を行うと、向こう側からノイズと共に明利の声が聞こえてくる


『静希君!?移動を始めたみたいだけど・・・もう平気なの!?』


「それは後回しだ、雪姉は今どこにいる?まだ林業区画内か?」


『え?・・・えっと・・・もう出てる、林業区画から百メートルくらい離れた場所で交戦中』


静希は了解と返すとその旨を陽太にも伝える、細かい位置は移動すればすぐに把握できる、なにせあれだけ大きな音を立てて戦っているのだ、近づけば近づくほどにその場所は明確になる


静希は自分の手足を軽く動かし、修復がほぼ終わったことを確認すると小さく息をつく


「陽太、修復が終わった、一度上の方に飛んでくれ」


「上?何で上?」


「枝のあるところの方が動きやすいんだ、投げてくれてもいいぞ」


どうやって移動するのかは陽太も分かっていないようだったが、とりあえずは静希の言う事には間違いはないだろうと考えることを放棄して投擲の体勢に入る


「んじゃ投げるぞ、おっりゃあああああ!」


陽太に投げられた静希は姿勢制御をしながら左腕で枝の一つを掴むと高速で移動を開始する、その様子を見ていた陽太は口笛を吹きながらその後につい

ていくことにした


近づくにつれて轟音は大きくなる、その音が何かを地面に叩き付けるようなものであると気づくのに時間はかからなかった


地面の振動で木々が揺れる、一体何をやっているんだと思いながら静希と陽太は高速で移動し続ける


『ちょっと静希!今どういう状況!?なんで移動してるの!?』


鏡花からの通信が入ったことで彼女もこちらに向かっていることを知った静希は速度を緩めることなくそれに応えることにした


状況判断は外側にいる人間の方がしやすい、特に三年生のほとんどが戦線から離れている今は


「今から雪姉を止めに行く、確保したら離脱するから安心しろ、離脱したら一度集まるから先輩たちを留めておいてくれ」


『・・・あぁそう言う事ね、了解よ、できる限り早く戻ってきなさい』


鏡花の言葉にわかってると答えた後で静希はようやく雪奈が戦闘している場所にたどり着く


その場所は周りの木々がほぼ完全になぎ倒されてしまっていた


完全奇形は自分の体を鞭のようにしならせて雪奈を振り払おうと攻撃しているが、問題はそこではない


その尾が何本もあるのだ


それが幻覚の類ではなく一つ一つ実体を持っているという事から静希はあれが能力でありなおかつ危険なものであるという事を察す


そして視界の隅にとらえた雪奈を確認し、静希はすぐに動こうとするが、すぐさま思いとどまった


襲い来る尾を避けながらも切り刻んでいく雪奈は、その動きの速さから静希ではとらえきれない、それを理解すると静希はすぐさま別の行動をとることにした



「陽太!突っ込んで囮になれ!その隙に回収する!」


「了解!かば焼きにしてやんよ!」


ヘビのかば焼きなど不味そうだが今はそんなことを言っているだけの余裕はない


陽太が正面から突っ込むのを確認してから静希は迂回して雪奈の下へと移動を開始した


高熱の塊であり、動物たちが恐れる炎と同化している陽太が突っ込めば完全奇形は絶対にそちらに気を配る、一瞬でもいいから雪奈から意識が逸れればいいのだ


陽太が咆哮し熱量をあげたことで完全奇形は雪奈と同じくらいの脅威度を感じたのか、襲い掛かる雪奈をも無視して逃げ出そうとする、さすがに動物とはいえど多対一の状態は望むところではないのだろう


確か蛇は本来臆病な生き物だと聞く、能力を発現し、たとえ気分が高揚していたとしても命に関わるような状況ならば逃げる方が得策だと思ったのだろう


「このぉ!逃がすか!」


雪奈が再び完全奇形に向けて突進するが、無数の尾が彼女めがけて襲い掛かる


刀を駆使して何とか防御し、時に尾自体を足場代わりにしながら避けているが、避けきれずに何本かの尾が雪奈の体を捉え、後方へと弾き飛ばす


「いいや、逃がすんだよ、このバカ姉」


弾き飛ばされた体を抱き留めるような形でキャッチした静希は、左腕でがっちりとその体を拘束する、これでもう逃げられない


静希は実力的には雪奈を止められないだろう、だが雪奈が静希を傷つけないという事を知っているのであれば、止めることは容易い


「静、治ったの?止めないでよ!あいつは三枚におろしてやる!」


「落ち着けっての・・・大体、今の・・・結構いいの貰っただろ?一度明利に診せるぞ・・・陽太引き上げるぞ!殿任せた!」


「あいよ!」


雪奈を担いでその場から離脱しようと静希は走る、途中まで雪奈は暴れていたが、さすがに自分が迷惑をかけているという事に気付いたのか抵抗をやめて運ばれるままになっていた


「・・・あーあ・・・かっこ悪いなぁ・・・一分で終わらせるとか言っておいてさ・・・」


「・・・あの能力じゃしょうがないだろ、単一で戦っても勝ち目は薄い・・・今の装備じゃなおさらだ」


完全奇形の能力を垣間見たが、あれは接近戦を行う能力者は相性が悪い、身体能力を高める強化系、そして雪奈のような系統の能力も相性が悪いだろう


離れて攻撃できる能力者ならば苦にならないかもしれないが、あの大きさになるとかなり長距離からの攻撃が推奨される、あの長さだと攻撃の射程自体は百メートルにも届くかもしれない


実際に目標の長さを計測したわけではないためにあまり正確なことは言えないが、接近して戦うのがこちらにとって不利であるというのはすでに体験している


ただ食いつかれただけで骨が砕けたのだ、雪奈のように高速で回避する能力者は、もし直撃を受けたらひとたまりもないだろう


だからこそ先ほどまで暴れていたのに今は大人しくしているのだ、自分が今どういう状況なのかは理解できているのだろう


あの手の能力と相性がいいのは鏡花のような変換系統の能力、そして熊田や静希のような中距離からの攻撃が可能なタイプだ、陽太も接近し攻撃されてもダメージを与えられるという意味では相性がいいかもしれないが、万が一炎が消されてしまった場合は危険になる


その為囮以上の役割を与えるのは少しリスクが高い


「静希!奴さん逃げてったぞ!もう大丈夫って距離だ」


「了解!これから明利達と合流する!そのまま警戒しておいてくれ!」


後方から聞こえてくる陽太の声に返事をしながら静希は雪奈の運搬を続ける


これはあくまで勘でしかないが、恐らく雪奈はどこかしら怪我をしているだろう、自分も直撃を受けたからわかるが、あの攻撃ははっきり言ってまともに受けて無事でいられる類のものではない


静希は左腕の治癒があるうえに、避けながら被弾したからそこまでの被害はなかった、だが雪奈は半ば突っ込みながら攻撃を受けた、この差はかなり大きい


「明利、雪姉を確保した、たぶん負傷してるからナビ頼む、今どこだ?」


『そっちに向かってるよ、十時の方向に進んで、こちらからも向かうから』


明利の指示を聞いて静希は移動方向を変えて明利の下へと走る


担がれたままの雪奈が小さくため息をつくのを静希は聞き逃さなかった


「ごめんね静、仇取れなくて」


「俺はまだ死んでないぞ、それに雪姉にはまだ活躍してもらうんだから、勝手に突っ込まれちゃ困るんだよ」


一応心配したんだからなと付け足すと、雪奈は口元を緩めながら静希の体に顔をうずめる


心配されてうれしかったのか、それともただ単に静希が元気になって嬉しいのか、彼女は笑みを浮かべている


静希には見えていないが、彼女の発する威圧感が少し薄くなったことには気づいていた


それこそ、現場のそれではなく、家にいる時のような空気を醸し出している


「静希君!こっち!」


木々の向こうから聞こえる明利の声を聴いて静希は一度足を止め周囲を見渡す、すると何やら台車のような物体に乗った明利、そして鏡花と熊田がやってくる


タイヤもないのにどうやって動いているのかと思ったが、それが鏡花の能力によるものであるとわかると妙な軌道をしているのにも納得してしまった


とはいえこんな移動法をしてくるとは思っていなかっただけに少しだけ意外だった、てっきりフィアに乗ってくるものと思っていただけに、その衝撃は大きい


「明利、急患だ・・・鏡花、横になれるベッドみたいなの作ってくれ」


明利からフィアを回収しながら担いでいる雪奈を見せ、鏡花にそう言うと彼女は少し不安げな表情をしながら首を縦に振る


「はいはい、熊田先輩、今のうちに全員を集めます、各員の連絡もお願いできますか?」


「了解・・・まったく深山、状況判断もできなくなるほど耄碌していないだろう、手間をかけさせるな」


「っさいなー・・・姉としての威厳とかあるんだよ・・・」


熊田の叱咤も耳を傾けず、横にされた雪奈は不貞腐れながら明利によって診断されていく


このような状況になっている雪奈を見たのは恐らく久しぶりだったのだろう、熊田自身も驚いているようだった


「で、目標にはまんまと逃げられたってわけか」


熊田の誘導により合流した藤岡と井谷は雪奈の失態を笑いながら、同時に今後どうするかを考えているようだった


「一応明利のマーキング済みの種を仕込んでありますから場所はすぐに特定できます、問題はこっちですよ」


そう言って静希が指差す先には明利によって体調を確認をされている雪奈がいる、全身をくまなくチェックしているのか、明利の集中力はかなり高いところまで引き上げられていた


「雪さんが負傷っていうのは久しぶりだな、いつ以来だよ」


「さぁな・・・明利、どうだ?」


診察が終わったのか、明利は一息ついて雪奈の体を鏡花に頼んで固定してもらっていた


この対応をするという事は恐らく負傷があったという事だろう


「腕と肋骨に亀裂骨折があるよ・・・これなら私の能力でも十分治せる・・・時間はかかるけどね」


亀裂骨折、骨にひびが入るような形の症状だ、この場合だと手術は必要なく、ギプスを付けての自然治癒で十分治療が可能なレベルである


だが亀裂骨折というのは、骨折の中では確かに軽度ではあるものの激痛が伴う、そんな状態で動き続けていたというのは恐ろしいことだ、静希ももう少し優しく運搬すればよかったなと反省するばかりである


「具体的にはどれくらいかかる?一時間くらいか?」


「・・・いや安静な場所でもう少しゆっくり時間をかけてやりたいかな、今日中には治せるよ・・・・」


今日中には、それはそれだけ時間がかかるという事なのだろう、明利の能力なら自己治癒能力を強化しての治療が可能だが、ただ切れただけの傷と骨折では治る速度は異なるのだろうか、随分と時間をかけての治療をするようだった


「えぇ?明ちゃん、私はすぐに行動したいんだけど」


「ダメです!安静にしててください、鏡花ちゃん、拘束をもっと頑丈にしてくれる?」


「はいはい、動かないでくださいねー」


まるで助手のようだなと思いながら、鏡花は雪奈の体の拘束を強めていく


患部を圧迫しないように、それでいて動けないようにしていく、そのあたりは鏡花の気遣いだろう


「幹原、そうなると深山は今日はリタイアか?」


「はい、雪奈さんは一度離脱したほうがいいと思います、戦闘はさせられません」


医師免許を持っている人間からのドクターストップがかかった時点で雪奈は今日は行動させられない、それはその場にいる全員に向けて言っている言葉だった


医者の言うことは従うべき、それはここにいる全員が理解していることだった


「それと静希君、静希君も一応診察します、いいですね?」


「え?俺はいいよ、治ってるし」


「ダメです!鏡花ちゃん、静希君も拘束して」


「はいはい、ごめんね静希」


鏡花が足を叩くと静希の体を一気に拘束していき、雪奈の隣に並べられてしまう


何故治療の時の明利はこうも強気なのか、この意志の強さを別の部分にも回せないのだろうかと、静希も鏡花も不思議がっていた


「となると、今日は戦闘は無理だな・・・索敵範囲を広げるくらいか・・・」


「はい・・・静希君と雪奈さんを安全な場所に搬送したいので、鏡花ちゃんも同行してほしいんだけど・・・いいかな?」


「いいわよ・・・そうなると・・・またチーム分けが必要ね」


戦線を離脱するのは雪奈、静希、そして明利と鏡花、ちょうど半分の人間が抜けることになる


とはいえすでに目標に種を仕込んであるために索敵網を広げる意味は無いようにも思えるが、やっておいて損はないだろう


「じゃあ陽太を置いていきますから、その後の対応はお願いします、陽太、熊田先輩の言う事をよく聞くのよ?」


「アイアイ、お任せあれ」


陽太がびしっと敬礼するのを確認すると、鏡花は熊田に向かい合う


「今後としてはどう動きますか?」


「そうだな・・・先も言ったとおり索敵網を広げておく、特に出没したところと逃げて行った方向にだな・・・戦闘は極力回避する、負傷者を増やすのは得策ではないからな」


熊田としては今日は様子見、明日を本番ととらえているようだ


事前準備としての仕事を終えた今、自分たちがやるべきは目標の討伐、となればかなめともなる雪奈がいなくては始まらないのだ


状況判断が的確にできる人間は本当にありがたいなと思いながら雪奈も渋々納得していた



「それじゃ鏡花ちゃん、移動お願い、ゆっくりでいいから衝撃を加えないようにね」


「了解よ、それじゃあ先輩たち、後お願いします、陽太、先輩たちに迷惑かけないようにね!」


鏡花は明利と静希と雪奈を乗せた状態の台車をゆっくりと移動させていく、先程の荒っぽいスピード重視のそれではなく、安全運転を心掛けた操作を行っていた


「ねぇ明利、雪奈さんの治療ってそんなに時間かかるの?」


三年生たちから十分に離れた場所で鏡花は明利に小声で質問していた、雪奈と静希に聞こえないように


その質問に明利は視線を雪奈の方へと向ける、ただの亀裂骨折であれば亀裂の入っている部分を治療するだけだからそこまで時間はかからないのではないかと思える


亀裂骨折の治療期間は程度にもよるがおよそ数か月、明利ならその期間を能力によってだいぶ短縮できるが、それが今日いっぱいかかるとは思えなかったのである


「亀裂骨折だけなら、点滴しながらやれば数時間で治ると思うよ・・・けど雪奈さんの場合、骨折だけじゃなくて打撲とかもあるし・・・随分無茶したのかところどころ筋繊維が切れてるの、そう言うところも治さなきゃいけないから」


戦闘における負傷は何も骨折だけではなかったようだ、恐らく服の下はかなり負傷しているのだろう、あえてそれを言わなかったのは雪奈や静希に気を遣ったからだろうか


いくら雪奈の能力が身体能力の強化を得られるようなものでも、無茶をすればその分筋肉が傷つく、それは誰にでもあることだ


「ふぅん、ところで静希は何で?あいつ怪我は自動で治るでしょ?」


明利は視線を雪奈から静希に移す、鏡花の言うように静希の体は左腕についているヌァダの片腕の効力によって自動修復される


体内に異物でも混入しない限り治療の必要はないのだ、それでも明利が静希を連れてきた理由、それは雪奈にあった


「鏡花ちゃんはさ、人の治癒能力って精神に左右されると思う?」


「え?そりゃ少しはされるんじゃない?個人差もあるだろうけどさ」


明利が言っているのは所謂プラシーボ効果というものだ、病は気からという言葉からもあるように、人間の体調は精神状態に大きく左右される


それは人間が本来持つ自然治癒力でも同じことが言えるのだ


「私の能力はその人がもっている治癒力とかを強化するから、少しでも治癒力をあげておきたいっていうのがあるんだ・・・雪奈さんは静希君の前だとすごく調子が良くなるから」


調子が良くなるというのは性格上の問題とかではなく、恐らく身体的なものを知っているのだろう、静希が近くにいるという安心感からか、それとも静希が見ているのだから早く治さなければという強迫観念か、どちらにしろ静希が近くにいることによって雪奈の治癒力は底上げされるらしい


それこそ索敵に割く人員を切り捨ててでも、静希を雪奈のそばにいさせるだけの価値があるのだろう


「なんかそれだけ聞くと、雪奈さんがすごい静希に依存してるように聞こえるわね」


「ふふ・・・実際雪奈さんは静希君に依存してるよ?なにせ一番付き合いが長いからね」


あんたに依存されてるとか言われたらそれこそ末期ねと鏡花は口に出しそうになるが、何とか声には出さずに心の中にとどめておくことにした


明利も相当静希に依存しているが、雪奈はそれと同じかそれ以上に静希に依存しているのだろう


明利とは違うタイプの依存の仕方なのだろうが、普段の雪奈の姿からは想像できない


静希の家でダラダラしている雪奈を見れば、その言葉の意味が理解できるのだろうが、鏡花は普段静希の家にあまり行かないためにその姿を見ていないのだ


「まぁ、一応それが理由だけど・・・やっぱり怪我した時とかは誰かと一緒にいたいでしょ?静希君と一緒なら心強いかなって思って」


「・・・どっちかっていうとそっちが本命っぽいわね・・・」


いくら理屈を述べたとしても、明利が静希を連れて行きたい理由はそこに尽きる


風邪を引いたときもそうだろうが、弱っている時は誰かが一緒にいてほしいのだ


明利は治癒力の向上という意味でもそうだが、雪奈の精神面でのケアを優先したのだ、その方がきっといい治療ができるという判断でもあったが、どちらかというと二人の恋人として、一緒にいたいというのもあったのだろう


職権乱用と言われても仕方がないが、静希も実際に負傷をしていたために明利に言われてはさすがに断れない


この班で一番の発言権を持っているのは実は明利なのではないかとさえ思えてしまう


「にしても雪奈さん、随分と大人しくしてますね、てっきり暴れると思ったのに」


「あー・・・まぁあれだよ、泣く子と明ちゃんには勝てないね、あんまり反対すると泣いちゃうかもしれないからさ」


雪奈の言葉に明利は泣きませんよと反論しているが、雪奈の体をチェックしたときに泣きそうな表情をしていたのを鏡花は見逃さなかった


明利は誰かが傷つくのを極端に嫌う、こういう明利だからこそ雪奈も素直に守ってあげたいと思うし、何より悲しませたくないと思うのだろう


「静希も、随分早く観念したわね、あんたのことだから抜け出すくらいのことはすると思ったけど」


「いやまぁ・・・主治医のドクターストップじゃどうしようもないだろ・・・それにこれもいい機会だ、雪姉にはみっちり説教してやる」


説教という言葉に雪奈は顔をしかめる、恐らくは単独行動して無茶をしたことに関してだろう、静希の為を想っての行動だったとはいえ、看過できる問題ではなかったようだ


「きょ、鏡花ちゃん!今すぐこのロックを外して!私は動けるからさ!」


「ダメです、ドクターからの許可がない限りは外せません、もう諦めてください」


そんなぁと雪奈はつらそうな顔をしている、それを聞いている明利も静希も笑っているのが、とても印象的だった


林業区域を抜け、一度事業所前まで戻ってくるとその姿を確認したのか瀧が静希達の下に駆け足でやってきた


その表情は不安そうである、負傷者らしき人物が二名もいればそうなるのも仕方がないというものだろう


「どうしたんですか?もしかして怪我を・・・?」


「えぇ、二名ほど負傷者が、今から治療をしたいんですが、この辺りに仮設テントを作ってもいいですか?」


「え・・・えぇ、構いません、あのあたりの空き地であれば好きに使ってください」


瀧の指さす先には資材置き場だったのだろうか、それとも重機を待機させておく場所なのだろうか、雑草などが除去された空地のような場所があった


鏡花たちはこれ幸いと静希と雪奈をその場所に運び、能力で簡単な小屋を作り出した


窓と扉と壁と天井があるだけの小屋、と言うより箱のような形状の建物の中心に静希と雪奈を寝かせると明利は集中して能力を発動させる


明利の能力で雪奈の治療を始めたのだ、まずは行動に最もかかわりのある肋骨部分の亀裂骨折からの治療に入るらしい


「雪奈さん、治療中に動かないでくださいね、首も動かしちゃだめですよ?」


「う・・・地味に難しい注文だね・・・気を付けるよ」


動くなと言われて動かないことができる程人間は器用ではない、特に完全に動かない静止状態を作るのは至難の業だ


動かないと思っていても筋肉が微妙に動いていたりというのはよくあることで、ろっ骨の骨折ではギプスを当てられないために非常に気を付けながらの治療が必要になる


まずは明利の能力を最大限にし、雪奈の肋骨部分の治療に当たり、そこから腕、さらに全身にある打撲の治療を行うらしい


「なぁ鏡花、俺はもう拘束を解いてくれてもいいんじゃねえの?怪我なんてもうないんだからさ」


「それを決めるのは私じゃなくて明利よ、ドクターの命令は絶対、あんたはもう少しそこでおとなしくしていなさい」


その気になれば静希の左腕の力を使えば拘束具くらいは強引に外せるだろうが、そんなことをしたら今度は鏡花が本気で押さえ込みにかかるだろう、それに明利がどんな顔をするか


今静希が動いたところでできることなどほとんどないのだ、それならここで明利の治療を受けるという体で休んでいた方がいいのではないかと思えてくる


「にしても怪我は治ってもひどくやられたんでしょ?右手と右足だっけ?」


「あぁ・・・ちょっと噛みつかれただけで骨バッキバキになった、痛かったぞあれは」


バッキバキという何とも安易な表現で誤魔化してはいるものの、静希の体に襲い掛かった痛みは相当なものだ


かつて左腕を失くした時もかなりの激痛が静希を襲ったが、それとはまた別のベクトルの痛みだったのを今でも覚えている


特に特別な攻撃を受けたというわけではない、尾を振り回し、噛みつかれただけ、ただそれだけだというのに骨を砕かれた


人間と動物の身体能力の差は十分理解しているが、巨大になるだけでここまで厄介であるという事を再認識できた


思えばかつてのザリガニも巨大になっただけで周囲の岩などを破砕できるだけの力を持っていた、そこにさらに能力まで加わるのだから厄介極まりない存在だと言えるだろう


単独での戦闘ではほとんどの能力者はほぼ勝ち目がないだろう、エルフなど規格外の能力者であればあるいは単独でも勝つことができるかもしれない


そして静希も、立場と周りの被害を考えないというのであれば勝つことは可能だろう、静希は良くも悪くも普通とは違うタイプの能力者だ


ただ、総合的に見れば明らかにあちらの方が上、静希が勝つ可能性があるとすれば切り札のいくつかを直接叩き込むことができた場合のみだろう


もし外した場合はその場に能力の跡だけを残すことになる、それは静希としても望むべきものではない


「やっぱり体が大きいってのは脅威ね、重さもそうだけどその分筋力もあるってことなんだし」


「まぁな、重けりゃその分威力もある、尻尾でちょっと叩かれただけで骨が軋んだからな、接近戦はしない方がいいだろうな」


あれだけの威力を持っている攻撃、というより身体能力を有しているうえに、その体を複製できるような能力を保有していることがわかったのだ、近づかない方がいいというのは実際に戦闘した静希と雪奈は理解している


とはいえ実際に見ていない鏡花からすればどの程度のものなのか理解しにくいのだ


「目標の能力は?確認したんでしょ?」


「あぁ、体を複製してる感じだったな、尻尾やら頭やらが体から大量に生えてる感じ、ヤマタノオロチっぽいっていえばわかりやすいか?」


「あー・・・なるほどね、そう言う感じか」


鏡花は一つの胴体から大量の蛇の首と尾が生えている構図を想像するが、その想像で大体正しい、そして鏡花の想像はその先にまで至る


静希や雪奈が一撃でこれほどまでの負傷するだけの一撃を高速で、しかも連続して行ってくるのだ


そのほとんどは能力で生み出された複製だろうが、新たに作り出すことができることを考えると仕留めるのは容易ではない


「つくづく能力を発動させたのが痛いわね、能力を発動させる前に勝てればそれが一番だったんだけど・・・」


「返す言葉もないよ」


元はと言えば静希がそこで食いつかれてしまったのが悪いのだ、その為に雪奈は静希の救助を優先してしまった、今回の失態は自分にあると言っても過言ではないために静希は申し訳なさそうにしていた



「まぁまぁ鏡花ちゃん、仕留めきれなかった私にも責任あるからさ・・・」


静希のフォローをするためか、雪奈が口だけを動かして声を出す、鏡花は雪奈の顔をのぞき込むがその表情はあまり良いとは言えない


「雪奈さんも雪奈さんです、単独で完全奇形に挑むとか馬鹿ですか、頭に血が上っていたにせよ危険な行動は慎んでください」


「あ・・・あはは・・・わ、悪かったって、反省してるよ」


反省している、雪奈は口ではそう言っているが恐らく同じ状況になったらまた同じ行動をするのだろう


前衛の人間はそう言うことを平気でする節がある、理屈よりも感情を優先するタイプの人間だ、雪奈もその部類である


そして雪奈にとって静希は特に大事な家族であり恋人だ、その仇を討つとなれば雪奈はどんな相手であろうと突っ込むだろう、自分の安全などすべて二の次にして


元より雪奈がそう言う人間だというのは鏡花自身理解しているからそこまで言及はしないが、三年生にもなって状況を読めないようでは困るのだ、もっとも雪奈がここまで暴走するのは静希や明利のこと以外にはないだろうが


「そ、そうだ鏡花ちゃん、鏡花ちゃんにお願いがあるんだよ」


「・・・お願い?」


半ば強引に話題を変えようとしているのが見え見えだが、鏡花はその話題に乗ることにした、雪奈が鏡花に頼みごとをするなどあまりないことだからである


「うん、剣を作ってほしいんだ、あいつを斬れるだけの大きな剣、今持ってる刀だけじゃちょっと不便でさ」


この期に及んでまだ戦おうというのかと鏡花は眉間にしわを寄せる、機動力で圧倒しようにも、相手の手数が通常の奇形種のそれよりも圧倒的に多いのでは分が悪いというのは理解しているだろうに


だというのに雪奈はまだ戦うつもりだ、そして今度は機動力ではなく一発一発の破壊力を重視した戦いをするつもりなのだろう


「雪奈さん、あなた今負傷者ですよ?それにやられてきたばかりでしょ?機動力だけじゃ負けるからそれ犠牲にして威力で挽回しようなんて愚策ですよ、静希の二の舞になるだけです」


雪奈の機動力があったからこそ静希のように骨を折られるようなこともなく、尾の攻撃を数発受けるだけにとどまったのだ、もしこれで機動力を犠牲にすれば雪奈は確実に静希のように腕や足の骨を折られるだろう、いや、最悪死ぬこともあり得るかもしれない


「大丈夫だよ、今度はきちんと連携するから」


連携する、その言葉に鏡花は雪奈の顔を覗き見る、頭に血が上っていた先程とは違い、どうやら冷静さは取り戻せているようだった


人間が自分達よりも強い相手に挑むときの常套手段は、徒党と組んで連携を駆使して戦う事である、雪奈単体ではあの完全奇形には敵わないだろう、完全な不意打ちならばそれもできたのだろうがそれは静希が台無しにしてしまった


だからこそ、奇形種に特化した雪奈の班として連携で仕留める必要がある


雪奈が現状の装備で勝つことが難しいと判断したのであればきっとそれは正しいのだろう、それは理解できる、鏡花としても協力することはやぶさかではないが、どうしたものかと悩んでいた、なにせ雪奈の担当は自分ではない、ここは担当である静希の意見を仰ぐことにした


「って言ってるけど、静希はどう思う?こっちとしてはまた暴走されると厄介なわけだけど」


「ん?まぁあれだ、万が一暴走するようなら俺が抑えるよ・・・たぶんもう大丈夫だと思うけどな、後できちんと言い聞かせておく」


言い聞かせる、そこにどんな意味が込められているのかわからないが雪奈の顔色が一転し青ざめる、恐らくそこに物理的な手段が含まれることを想像したのだろう


いくら静希でもそこまで攻撃的な手段には出ないと思うが、渋々納得することにした


「わかりました、それで作る剣は前の大剣でいいんですか?あのサイズを完全に再現するのは厳しそうですけど・・・」


「あー・・・あれより一回り小さくていいよ、今回の敵は甲殻とかは無いし、刀でも三回切れば切断できたから楽できると思うよ」


前回のザリガニはその甲殻から重量に物を言わせた破砕を目的とした剣だったが、今回の場合は十分切断という斬撃で事足りる相手のようだった


それが喜ぶべきことなのかどうかはさておいて鏡花としても作るのが楽になることに変わりはない


「わかりました、ちょっと作ってきます、くれぐれも独断専行はしないでくださいね」


「わかってるわかってるって、もう耳にタコだよ」


何度言っても今回のことに限っては言い過ぎではないだろうと思いながら鏡花はとりあえず小屋から出ていくことにした


実際に剣を作るにはこの小屋は少し狭すぎる、実際に使って確認することを考えて外に作ったほうが楽だという事だろう


「・・・明ちゃん、あとどれくらいで骨折は治る?」


「肋骨はあと一時間もあれば、そこから腕を治しますから後二時間は待ってください、それが終わったら他の治療です」


「あちゃー・・・結構かかるね」


戦闘している時は集中していたためにそこまで気にしていなかったのだろうが、今になって痛みが襲ってきているのか、雪奈の顔にはわずかに汗が滲んでいる


麻酔をするべきだろうかと明利は悩むが、彼女の手持ちの道具は簡易治療用のものでしかない、本格的な治療道具は民宿の方においてきているのだ


肋骨の亀裂骨折を治したら民宿の方に移動して本格的に治療をした方がいいかもしれないと思いながら明利は治療を続けた


日が暮れはじめたころ、陽太達は索敵網を広げるのを止め切り上げることにしていた


藤岡たちとも合流し事業所前にやってくるとそこでは鏡花が何やら見慣れない小屋の前で作業をしている


「おーい鏡花!今日は切り上げて来たぞ」


陽太が駆け寄ると、鏡花は陽太たちの方を確認して安堵の息をついた、どうやら戦闘はなかったようだと安心しているようだった


「てかなんだこの小屋、こんなのあったっけ?」


「さっき作ったのよ、今は雪奈さんに頼まれて剣を作ってる最中」


鏡花が陽太に見せたのは十数本の剣の数々、それぞれ大きさや形が異なり、どれも実用性のありそうなものばかりだった


「清水、今戻ったぞ・・・これは深山用の剣か?」


「お疲れ様です熊田先輩・・・まぁ見ての通りですよ、今の状態じゃ心もとないっていうんで」


今装備している刀では倒しきれない可能性があるという事で急遽鏡花が作ることになったのだが、やはり慣れないものを作るというのはそれだけ手間がかかる


以前構造を理解していたとはいえほとんど忘れかけているために頭の中から情報を引っ張り出しながら作っている最中なのだ


「ふぅん、でその雪さんたちは?中にいるのか?」


「今はもう民宿の方に移したわ、点滴とかするために部屋にいると思う、私はあんたたちが戻ってくるのを待ってたのよ」


作業のついでに陽太達が戻ってくるのを待っていた鏡花はとりあえずこれで戻れると大きく伸びをしながら作り上げた剣の数々の上に布状の物体をかぶせながら一度民宿の方に戻ることにした


時間的にそろそろ骨折の治療は終了しているとみていいだろう、治療を終えたら班ごとの反省会と今後の流れを確認しなくてはならないのだ、雪奈も明利も今日は休めないと思っていいだろう


「治療自体はどんな感じなんだ?あいつ骨折してたんだろ?」


「明利曰く問題ないらしいです、向こうに移動したときにはもう肋骨の亀裂骨折は治しておいたらしいですし、もう治療はほぼ終わってるんじゃないですかね」


これが完全骨折だった場合は骨と骨を繋げ、固定する作業のために切開しなくてはいけなかっただろうが、雪奈は幸か不幸か亀裂骨折だけだったために固定しての治療だけで済んだのである


ギプスでの固定が難しい肋骨部分を先に治したのは明利の判断だろう、動くために必要な胴体を先に治すというのは理屈に合っているように思える


「とりあえず容体を確認するためにも報告するためにも一度戻ろうか、そろそろ日も落ちて来たし」


「そうですね、陽太、とりあえず迷惑かけなかったでしょうね?」


「おうともよ、ばっちり大人しくしてたぞ」


一緒に行動するのに大人しくしていたというのもおかしな話ではあるが、とりあえず問題なく、迷惑をかけることなく行動はできたようで鏡花としては安堵していた


鏡花たちは熊田たちと共に民宿に戻ると、玄関前にそれぞれの班の教員が立って待っていた


どうやら各班の報告をいち早くさせるために待ち伏せていたようだった


「戻ってきたか、とりあえず来い」


「あの先生何故いきなり頭部を掴むのでしょうか、私悪いこと何もしてないですよ!?」


「せんせー!俺の方にちょっと握力をかけてるのは何でっすか!?俺なんも悪いことしてないのに!」


城島に颯爽と引きずられていく二年生を哀れみの目で見ながら三年生はそれぞれ報告をすることにし、とりあえず担当教師に事の顛末を話し始めた


そして城島が二人を引きずったのは布団の上で寝かされている静希と雪奈がいる部屋だった、城島が入ってくると三人の視線が城島に注がれる


雪奈は明利がもってきていた点滴を受け安静にしている、そして静希はその傍らで横になっていた


「おぉ戻ったか・・・で、何で先生に掴まれてるわけ?」


「疑問に思う前に助けなさいよ!こっちとしちゃわけわからないんだから!」


静希が緊張感のない声で迎えるのも気にせずに頭部を掴まれたままの鏡花は必死に逃れようとしているが、城島は決して離そうとはしなかった


「幹原、深山の治療はどうだ?」


「骨折はすでに治癒させました、後は細かい治療が残るのみです」


鏡花の予想通りすでに骨折は治療を終えているようで雪奈の体に着けていた拘束具はすでに外されていた


だがまだ治療は続いているらしい


「・・・そうか、なら治療は一度引き上げろ、各班のミーティングを優先させる」


「・・・それはできません、完全に治療が終わるまでは続けます」


まさか明利が城島に逆らうとは思っていなかっただけにその場にいた全員が目を丸くした、それは城島も同様だった


まさか明利が自分の意見をはねのけるとは思っていなかったのだ、治療という領分に関しては明利はこの班で誰よりも強い発言権を持っている、それは資格や実力的な意味だけではなく、精神的な意味でもそうらしい


何故治療時にはこれだけ強気になれるのか不思議でならない


とはいえミーティングを挟むという事もあり早めの治療が求められるというのは理解したのか、明利は点滴の調整をしながら治療に集中し始めた


誤字多くてごめんなさいフェア開催中 40/46


自慢のこんにゃくメンタルが爆散せんばかりの勢いでズタボロになっていきます


これはちょっとメンタルがやばい・・・


これからもお楽しみいただければ幸いです



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