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J/53  作者: 池金啓太
二十八話「見るべき背中と希少な家族」

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対抗意識

「なに?お前達も三年生についていくのか」


事前会議を終えて数日、静希が何気なく鏡花と実習の打ち合わせをしているとその話を聞いていたのか石動が話に加わってきた


彼女の口ぶりから察するに、どうやら彼女の班も三年生の実習の補助を行うようだった


「なんだ、お前の所もか」


「あぁ、先日先輩方につかまってな・・・まったく寝耳に水な話だった」


石動達としても二年生の実習スケジュールに沿った形で行動すると思っていただけに急きょ予定が狂って少しだけ面倒だったようだ


通常の実習ならまだしもただでさえ難易度の高い三年生の実習ともなれば無理もないだろう


「そちらは深山先輩の班か・・・という事はまた奇形種相手か?」


「まぁ察してくれると助かるわ・・・ていうかもうばらしてもいいと思うんだけどね」


一応実習内容は部外秘という事もあって明言は避けたいところではあるが、雪奈のことを知っている人間からすれば隠すほうが無理というものだろう


奇形狩り、切り裂き魔、雪奈はその実習内容から一部の人間の中では知名度が高い方だ、そしてその弟である静希もまた然りである


「五十嵐がいるんだ、彼女の弟としてそう言う方面での活躍も期待されているのではないか?」


「まぁ、奇形種相手はなれたものだけどさ、雪姉ほどうまく対応できるわけでもないぞ・・・ていうか奇形種相手ならお前も結構慣れてるだろ」


静希達ほどではないにせよ、エルフである石動は一年の時の段階でかなり難易度が高い実習を受けさせられていると聞いた、そのこともあってか静希達との合同実習に駆り出されてしまったわけだが


二年生になってもその実力と経験の高さは面倒事を引き寄せる厄介の種になっているようで、石動はほんの少しではあるが疲れた声を出している


「まぁそれもそうだがな・・・三年の実習という事は群れか完全奇形といったところか?」


「そこら辺も察してくれ・・・ていうかまだどうなるかはわからないからな」


「そっちは?石動さんたちの実習だと結構めんどくさそうだけど」


思えば今まで石動達がどのような実習を行っていたかを詳しく聞いたことはない、エルフというだけあって相当面倒な実習だったと樹蔵たちは愚痴っていたが、実際はどのようなことをやっていたのだろうか


「あー・・・まぁお前達なら問題ないか・・・最初の実習は風香を探すことだった・・・そしてそこから先はいろいろ面倒でな・・・エルフという事もあって知り合いから実習を持ち込まれることも、委員会の人間から直接持ち込まれることもあった」


その言葉を聞いて石動がエルフであるという事を静希と鏡花は正しく認識しつつあった


そう、エルフというのはかつて委員会や軍の中でかなり強い権力を持っていた人種だ、その名残が今でも残っている


そしてそのエルフに、しかも学年でただ一人のエルフに何とか繋がりを得ようと実習を介してコネを作ろうとする者も少なくなかっただろう


持ってくる実習の難易度はさておき、そう言う人間の顔色をうかがいながら実習をこなさなくてはいけないのは相当な負担だったはずだ


静希の場合は七月の時点で委員会や軍の人間にメフィを介して圧力をかけたためにそこまで露骨な接触はないが、彼女の場合はされるがままなのだ


さすがに不憫だなと静希も鏡花も同情してしまう


実習を行わなければいけないというのにどこかの誰かの顔色まで窺わなくてはいけないのだから、そんな状態に静希がなったら面倒なことこの上ない


「持ち込まれるってことは、護衛とかが多かったの?」


「護衛ももちろんあった・・・それはそれで面倒だったが、むしろ一番面倒だったのはどこかの高官だかが依頼してきた内容だ・・・研究機関の実験動物に記録媒体だかが飲まれたとかで、その個体を探し出して記録媒体を探し出す内容だったんだが・・・」


石動が向かったのは通常の野生と限りなく同じ環境にした際の動物たちの動向を研究する機関だったのだという、そこに訪れたスポンサー代わりの高官が動物に襲われ、軽傷を負い、その際に懐に入れていたデータメモリを奪われたのだとか


実際どの動物が奪ったのかも、どこに巣があるのかも把握していなかったために広大な敷地内をくまなく捜索し、目標の動物を発見したのは活動時間ぎりぎりになった時だったという


そこに放たれていた動物は日本特有のものもいれば海外特有の種もおり、そう言った混在状態での動物の生活の変化を確認したかったようなのだが、それだけ広大な敷地と多種にわたる環境のせいもあって捜索は難航したのだという


探知機をもって動物を捕え、動けなくしたところで確認する


襲撃した動物の種類からある程度の特定はできたそうだが、同じ種類の動物がいくつかのコロニーを形成しており、目標の巣を発見するのが最も苦労したのだとか


「倒していいのであれば容易にできる内容だったのだが、如何せん殺してもいけない、強い衝撃を与えてもいけないというのはなかなかにストレスだったな・・・その経験が動物園で活きたのだが・・・」


あの時動物の動きを制限していた血の拘束具、あれはその時に修得したものらしい、実際の経験から自分のできることが増えるというのはそれだけその実習を血肉にできたという事でもあるのだろうが、二度とやりたいとは思わない実習だったらしい


「そう考えると、お前ってやっぱり前衛なんだな、基本は暴れる方が楽っぽいし」


「そうだな・・・響とタイプこそ異なるが、私もやはり前衛なのだろう、回りくどいことよりも直接的なことの方が性に合っている」


元々そう言う性格なのだろう、卑怯な事や面倒なことをするよりは簡単で単純なことをする方が彼女は向いているらしい、エルフとはいえやはり前衛、そのあたりは変わらないようだった


「ちなみにそっちの三年生の実習は何をやるんだ?もう聞かされた?」


「あぁ、大まかではあるがな・・・とはいっても今回は少々厄介なものになりそうだ・・・以前の動物園に比べればどうという事はなさそうだがな」


経験豊富な石動でも、動物園内部の動物のほとんどが奇形化し敵になるという状況はさすがに類を見ないものだったらしい、一度酷い目に遭ってしまえば今までの物事やこれからの事柄が大したものではなくなるという事を考えれば、あながち悪いことでもなかったのかもしれない


もっとも、本人からすれば同じようなことは二度と味わいたくないが


「面倒ってことは、護衛?捜索?それともじんがむぐ」


「ええと、研究の手伝いとかそう言う話?それとも軍の演習に付き合うとか?」


静希がいつもの調子で人外に関わる話かなどと口走ろうとしたのを鏡花は高速でその口をふさぐことで止めて見せる


自分たちの行動が基準になっているとどうしても『面倒事』のカテゴリーには人外という一つの種別が作られてしまっているのだ


最高に面倒な内容が『人外』その次に『能力者』その次に『完全奇形』と繋がっていくわけである、そう言う意味で言えば今回の静希達の実習はそこまで面倒度が高いというわけではない


「軍の演習が正解だ・・・相手もこちらも八人前後の編成で戦闘訓練を行うという事なのだが・・・相手の目的が三年生ではなく私の方らしいんだ・・・」


「あぁなるほど、お前を呼び出すために三年生に吹っかけたってことか」


静希の言葉に石動はそう言う事だと呟きながら大きくため息をつく


直接石動を呼ぶようなことができないのであればそれに関わる人間を呼べばいい、何とも回りくどい話だが適切な手段ではある


以前静希も似たようなことをやられたことがあるために、他人事ではなかった


「でも実戦型の訓練ならいい経験になるんじゃない?大人の能力者と戦えるってことでしょ?」


「そうは言うがな、相手は万全の体制で挑むのに対してこちらは急造のチームで対応しなければいけないんだぞ?しかも話に聞く限り夜には軍のお偉方との会食もあるのだとか・・・学生にさせるような内容か?」


話を聞く限り、どちらかといえば接待に近いような内容に思える、戦闘の有無よりも人間関係的な意味で面倒くさい


エルフというのは実戦でも、そして社会においても面倒なことが多いようだ、それだけ先人たちが功績を残しているという事でもあるのだが、学生身分からすればいい迷惑である


「軍のお偉いさんっていうと、やっぱおっさんとかばっかりなんだろうな・・・そんなのと楽しくお食事か・・・」


「あー・・・確かに嫌ね・・・前に私達が一緒に行動した人たちは実動部隊って感じがしたけど・・・お偉いさんだといろいろと厄介そうだわ」


以前樹海で行動を共にした部隊の人間はどちらかというと年齢も静希達に近く、現場での行動が多かったためだろうか嫌悪感は抱かなかった


だが軍の上層部の人間となると話は別だ、どんな人間でも人の上に立つ人間というのは賢く、同時に人間の汚い部分というものを知っている、その為に利用できるものなら子供だろうと利用しようとするものである


静希達のように直接的に面倒な内容よりも、将来に関わってくるという意味では石動の方が数段面倒な状況にあると言っていいだろう


「石動の場合、今は喜吉学園の高等部では唯一のエルフだろ?一年にエルフっていたっけ?」


「いや、高等部では今や私だけだな・・・エルフとかかわりを持とうとするその考えはわかるのだが・・・実習に組み込まれるとなると厄介極まりない」


もっと普通の実習が良いのだがと石動は項垂れている


普段からその感情を抱いている静希達からしても親近感の湧く言葉だった、もっと楽な実習だったら、もっと普通の内容だったら、一体何度そんなことを考えただろうか


自分たちと同じようなことを考えている石動に心底同情しながら二人は苦笑してしまう


「まぁあれだ、危険な目に遭わないってんならそれが何よりじゃんか」


「そうよ、危ない目に遭わないってだけで儲けものよ」


普段から危険な目に遭っており負傷することが多い静希達からそう言われては石動としても返す言葉がないのか、まぁそうだがと言ってから複雑そうな表情を作る


これ程説得力のある言葉もなかったのだろう、なにせ静希は実習で左腕を失くし、右手に至っては奇形化している、五体満足とは決して言えない状況なだけに、その言葉には強い説得力が生まれるのだ


石動としても危険な内容よりは平和なほうがありがたくもあるのだろうが、どうしても自分が面倒事に巻き込まれそうな気がしてならないのだ


これからどのような進路を石動が進むのかは不明ではあるが、今後軍に入ることがあればまず間違いなくエルフとしての力を利用されることになるだろう


覇権争いや派閥などの抗争にも巻き込まれることがあるかもしれない


悪魔の契約者である静希もあまり人の心配ばかりしていられないが、こちらは強大過ぎる力故に扱いが難しいが石動はエルフという、ある意味扱いやすい中では強力な力を有している


二人の状況は似ているようでまったく異なっているのだ


エルフが軍や委員会に入ればきっと同じような待遇が待っている、だからこそ石動の知り合いの虎杖や、かつて静希が遭遇した斑鳩は個人での活動が多いのかもしれない


エルフに生まれるというのはそう言う厄介ごとを引き寄せることにもなるのだなと、静希は天才すぎるのも考え物だなと、自分の立場を少しだけ感謝した


「石動さんは卒業後は軍に入るの?そうすると否応なしに面倒なことになりそうだけど」


「ん・・・そこは悩みどころだな・・・実は教師になれればなと思っているんだが・・・」


石動の言葉に静希と鏡花はへぇと声を漏らす


石動が教師、確かに向いているかもわからない、東雲姉妹限定かもしれないが小さな子への対応も問題なくこなせているし、何より教えるのもうまい


さらに言えば優秀な能力者という事もあって教職免許も取得できるだろう、教鞭を振う石動の姿も容易に想像できる


「なるほど、らしいっちゃらしいけど・・・生徒の前でその仮面はどうなんだろうな」


「問題はそこだ、さすがに生徒の前で顔を隠すのはよいとはいえない・・・その場合これを外すことになるだろうな」


「まぁ目元を隠している人ならうちの担任がいるけどね」


教鞭を振う立場の人間が素顔を隠すというのは教育上よくないかもしれないというのは十分理解できる、それを知ったうえで目元を髪で隠していた城島もいるくらいだから多少は融通されるかもしれないが、さすがに仮面をつけた人間が教師というのは想像できなかった


何より城島の場合は隠した方がいいだろうとさえ思える、額には巨大な傷痕、そして鋭すぎる眼光、あれを初見で何とも思わない人間はいないだろう

それに対して石動は、まだ擬似的にしか見ていないが整った顔立ちをしている、教鞭に立つ人間としては十分すぎる、後はしっかりと資格を取得できるか否かである


「エルフが先生になるって今まであったのか?俺エルフの先生って会ったことないけど」


「鳴哀の方にはいたわよ、男の先生で・・・仮面はつけてなかったわね」


かつて鳴哀学園にいた鏡花の言葉に静希と石動はそうかと同時に呟いて見せる


やはり教師になると仮面をつけて生活するというわけにはいかないのだろう、仕方がないともいえるがエルフからすればかなり重要な問題だ


「実際さ、職業によっては仮面の着け外しって容認されるのか?仮面着けるのって掟なんだろ?」


静希の知り合いのカレンなどはかつて、まだカロラインの名を名乗っていた頃などは半分だけの仮面をつけていたが、名を新しくしてからは仮面をつけるのをやめていた


たとえ生真面目なエルフでも仮面の着け外しは結局のところは自己責任に近いものがあるらしい


とはいえそれは海外の場合であったために、日本のエルフがそう言った柔軟な行動ができるとも限らない


前に石動が言っていたが、国によってエルフの着ける仮面の意味合いが違っているらしい、それこそアクセサリー感覚のものもあれば家族以外に顔を見せないために使用しているエルフもいる、それこそ暮らす場所それぞれだ


恐らく日本の中でも仮面の意味合いと掟に関しては土地によっては違いがあるだろう


仮に石動が教職員になるとして、仮面を外すことが許されるかどうかは彼女の村の掟の如何によって変わってくる


「どうだろうな・・・私としても家族の前以外でこれを外したことはない・・・私の村では仮面を家族以外の前で外すことは禁じられているんだ」


「・・・でももしお前がただの能力者の人間と付き合ったりする場合、仮面って結構ハンデになると思うぞ?」


「それは・・・その時はきっと、私は反抗期を迎えることになるだろうな」


反抗期などと言葉を濁したが、もしその時が訪れたら、彼女はきっと仮面を外すことになるのだろう


過去に栄華を誇った年老いたエルフ達とは違い、石動は現代に生きる若者だ、理由も分からない掟に縛られ続けるようないわれはない、何より彼女自身、仮面を少し疎ましく思っている面があるだろう


「反抗期かぁ・・・思えば私はなかったなぁ・・・静希は?」


「俺もなかったな、親も家にいないことが多かったし・・・明利も陽太も似たようなもんだろ」


「ふふ・・・ならお前達もいつか反抗期が来るだろうさ、何かに反抗したくなるというのは必ずあるものだ」


その言葉に付け加えるようにあの子たちももう少し落ち着いてくれればなとため息を吐いた石動に、二人は苦笑する


きっとあの二人というのは東雲姉妹のことを示しているのだろう、なんでも最近両親に対しての愚痴を石動に言っているのだとか


彼女たちの親はそこまでひどい世代ではないと聞くが、城島に言わせると長の世代を直接見ているためにエルフ至上主義が根底に根付いてしまっているのだという


その為に普通の学生の思考とは全く違う考えを娘たちに押し付けることもあるのだとか


東雲姉妹は良くも悪くも世間に目を向けている、エルフの村という閉ざされた空間と人間関係だけではなく、それこそ年齢も人種も性別も全く関係ないというかのようにいろいろな人と関わろうとしている


静希達との訓練だけではなく、同級生たちともよく遊ぶようになっているのだとか


その為か、エルフの思考というよりは、普通の子供の思考に近い考え方をするようになっているらしい


石動などは幼少時はエルフの村での教育を受けているために、ほんの少しではあるもののエルフとしての考えを教えられている、だからこそ両親たちがなぜそのような考えをするのかも理解できるからこそ、特に反抗はしてこなかった


彼女に指導していたのが山崎という人格者であっても、大人のエルフがいろいろと口出しをすることはあっただろう


だが東雲姉妹は幼い現状で外の教育を受けている、だからこそ根本的にエルフの考え方が理解できないのだろう










その数日後の放課後、静希達は教室に居残りをさせられ雑談をしていた


何故居残りをさせられているかというと、今鏡花と石動が職員室に行って今回の実習の内容についての資料を受け取っているのだ


このクラスで三年生についていくのは静希達と石動達だけらしく、それ以外の生徒たちはすでに帰宅している


残っているのが二つの班だけという事で他の生徒たちは補習ではないかと勘違いする者もいたが、三年生の実習についていくのだと気づいているものももちろんいた


エルフが率いる石動の班、成績トップクラスの鏡花の率いる班


この二つの班が残っているという事がどういう意味を持つのか、理解していない人間の方が少ないだろう


それぞれ雑談をしていると教室の扉が開き、城島が教室内に、そしてそれに続くように鏡花と石動がやってきた


「えー・・・実習内容に関しての資料を班長に渡してある、今回は三年生との合同実習だ、三年とも話し合って詳細を決めるように、以上解散」


城島のいつもの文言と共に静希達と石動達は同時に動き出す


「じゃあどうする?今日は静希の家で確認して明日先輩たちと話し合う?」


「それがいいだろうな、一応雪姉にメールしとく、前日確認になっちゃうけどそのあたりは仕方ないだろ」


実習の内容の詳細資料が配られるのは大体が水曜日、そして実習が行われるのは金曜日から日曜日までだ、本来の実習であれば水曜日に確認し木曜日に準備、金曜日に出発と一日猶予があることになるが、今回は少々スケジュールが詰まっている


三年生と合同で実習を行うというのはこういうところが不便である


「今日はダメなのかな?前に資料配られたらって言ってたけど」


「今日は藤岡先輩と井谷先輩がダメなんだと、まぁ先輩方含めた話し合いは大体終わってるし、俺らがやるのは情報の確認くらいだろ」


先日雪奈の班の人間と話し合った内容で今のところは全員納得しているし理解している、後は実習の本質的なところを理解するだけである


目的は奇形種の討伐だろうが、依頼主によってもその依頼で気を付けるべき点が変わってくることがあるのだ


静希達はとりあえずいつものように軽く菓子類などを購入し、静希の家に向かうことにする


静希の家に到着するや否や人外たちが我先にとトランプから出てくるが、もはや見慣れた光景である、人外たちに慣れ過ぎるというのも考え物だなと思いながら鏡花はテーブルに資料を広げていく


「で、今回の実習は奇形種の討伐はいいんだけど、なんか気を付けることあるのか?」


「ちょっと待ちなさいよ、今出すから」


資料を出す中でいくつか写真も用意されているのだろう、鏡花がそれを出すのと同時に静希と明利が全員に茶を持ってくる


「えーと・・・先輩たちが言ってた通り今回は奇形種討伐、大型あるいは完全奇形の可能性あり・・・まぁ前に聞いたとおりね・・・場所は山岳地帯なんだけど問題が一つ、場所が林業を営んでる場所だってことね」


林業、つまりは木を伐採し木材を得ることで収入を得るという事業の事である


日本にはいくつか林業が盛んな場所があり、その場所の一つが今回の実習の現場という事である


「林業ってことは・・・木を傷つけるような行為は厳禁だな」


「ついでに言うとその一帯での戦闘行為も自粛するようにってお達しが来てるわ、木が傷ついたら売り物にならないってね」


今回の依頼主はその林業を営んでいる現場の事業所なのだとか、一角とはいえ伐採地域の木がなぎ倒されるという状況から異常な状態であると気づき、委員会に依頼したのだという


近くには動物のフンらしきものもいくつか見つかっており、調査の結果奇形種がいるとみてまず間違いないとのことだった


「戦闘行為自粛か・・・口で言うのは簡単だけど、それって目標を近づけさせない、あるいはおびき寄せろってことだろ?なかなかに難儀だな・・・」


そもそも山岳地帯での戦闘自体、傾斜の問題からなかなか難しいというのに、目標を逃がさないようにおびき寄せたりするのは至難の業だ、少なくとも静希達だけでは陽太の威嚇と鏡花の道づくりくらいしか方法が思いつかない


「まぁあくまで自粛ってだけだし・・・今のところ被害に遭ってるのは伐採地域のごく一部、被害を食い止めるためにっていうのが本命でしょうね」


「林業だったら伐採だけじゃなくて栽培もやってるんだよね?その区域に被害はないの?」


林業というのは何も木を伐るだけが仕事ではない、木を伐りつくさないように新しい木を植えるのもまた必要なことなのだ


そして今回の実習先でも当然、伐る場所と植える場所を分けていると考えていいだろう


「えぇっと・・・今のところその場所は離れてるみたい、いくつかの区域に分けて長いスパンで伐採する地域と新しい木を植える地域をローテーションしてるみたいね」


木が育つには何年も何十年も必要になってくる、その長い時間を十分にまわしていくためにはそれだけ広い土地に数多くの木を植えなくてはならない


今回の場所もかなり広い地域に林業指定がされているらしく、その中での行動が主になりそうだった


静希が今回の現場を調べ地図で表示したところその広さを見て愕然とする、山三つ分ほどすべてが林業指定区域に入っているのだ、そして被害のあった場所をマークするとその場所が明らかになる


伐採地域の本当に隅の方、丁度山の中腹当たりの場所だった


「山ってのは散々行ってきたところだけど・・・こういう場所は初めてだな、人もよく通るんだろ?」


「えぇ、最低限人が通れるように整備はしてあるみたいだけど、あくまで最低限よ、木の成長を邪魔しないようにしっかり考えられてるらしいわ」


木が成長するべき場所にコンクリートで舗装などできるはずもなく、地面は土、そして階段も必要最低限の場所にしか存在しない


木を運ぶ関係から急勾配になっていることも多く、戦闘には不向きな場所だと言えるだろう


無論機材を運び込むために平地になっているところもあるのだが、そう言う場所は人の出入りも多いためにできる限り戦闘は避けたい、そうなると戦闘が行える場所はかなり限られてしまうだろう


「まぁ地形に関しては鏡花がいるからある程度は何とかなるとして、問題は索敵範囲と戦闘をどこで行うかだよな・・・」


航空写真などの上空からの光景だけでは勾配までは詳細には把握できないために、高低差なども分かる等高線の記されている地図と並行して見ることで地形把握に努めようとするのだが、やはりこういうのは実際に行ってみないことにはうまく理解できない


「木を傷つけてはダメ、勾配がきついところでは戦いにくい、かといって平地には重機が置いてあるから戦えない・・・結構めんどくさいわね・・・」


「地の利は完全に向こうにあるだろうな・・・しかも相手は大型、なかなかな無茶振りだ」


木材にする木というのは、何もその全てを使うというわけではない、使える部分だけを選定し、切り分けることで使用していく


無論大きく綺麗な木であればその分商品価値は高くなる、傷つけないというのはあくまで理想で、被害を広げないために目標を討伐してほしいというのが先方の願いなのだろう


とはいえ以前のザリガニのように周りの被害を考えないで暴れることができないとなるとなかなかに厳しい


あの時は爆発などをかなりの頻度で起こしていたが、今回は木々への延焼を防ぐためにも陽太の能力も多少自粛させる必要があるかもしれない


鏡花が一緒にいれば山火事は防げるだろうが、余計な損傷を与えていいことなどないのだ


「木を傷つけず、目標をおびき寄せ、討伐、やること自体はそれだけなんだけどな」


陽太にしては珍しくこの状況を理解しているのか、三つの要点をまとめたことに静希と鏡花はほんの少し驚いていたが、今はその驚きよりもこの状況をどうするかが問題である


「索敵の時点で戦闘が行えそうな場所をピックアップしておいた方がいいだろうな、遭遇した場所から一番近い戦闘可能地点におびき寄せる、それがベターか?」


「そうでしょうけど・・・実際難しいわよ?人間相手ならともかく相手は動物、こっちの思ったように動いてくれるとは思えないわ」


そう、今回の相手が能力者などであれば少しずつ移動することで相手を誘導できるかもしれないのだが、今回の相手はあくまで動物だ、こちらの思惑など何のその、自分勝手に気ままに動くようなものばかりである


そんな動物を誘導するというのはなかなかに至難の業だ、特に奇形種ともなるとどう動くのかもわからない、完全奇形は本来の動物のそれとは違う動きをすることだってあるのだ、一筋縄ではいかないだろう


「あの・・・メフィさんに出てもらって誘導するのはダメかな?」


「あら、メーリが私にお願いごと?珍しいわね」


ずっとゲームをやっていたメフィに視線が向いたことで彼女自身少しだけ興味がわいたのか、静希達が眺めていた写真をのぞき込む


確かにメフィが現れれば動物たちはいの一番に逃げ出すだろう、逃げ出す延長線上に戦闘可能区域があるようにメフィを出せばいいのかもしれないが、静希と鏡花は難色を示していた


「目標がメフィを出した途端にまっすぐ逃げてくれるのならそれもいいんだけどな、鏡花の能力で道を作っても、それに従ってくれるとは限らないんだよ」


「一度壁作っても壊される可能性もあるしね」


以前のザリガニ相手では、鏡花の作った壁やドームなどは簡単に破壊されていた、もともと持っている力に差がありすぎるためというのもあるが、即興で作った壁というのはどうしても脆くなってしまうのである


それに今回の相手は蛇などの足のない動物かもしれないのだ、壁など意に介さない可能性もある


メフィを出せばその奇形種や近隣の動物たちは一斉に山からいなくなるだろう、そうなったら最後、静希達が接触できる可能性がゼロになってしまう、それはできる限り避けたいところだった


だからこそ熊田にも釘を刺されたのだ、静希達がその思考に至ることをあらかじめ予想していたのだろう、そのあたりはさすがというべきか


「ちなみにその場所までどれくらいかかるんだ?」


「んと・・・二時間もあれば着くな、案外近い」


「ってことは午前中には到着できるわね・・・それから行動開始だから・・・一日目はとにかく索敵範囲を広げるのに集中かしら」


実習中のスケジュールとしては一日目の午前中に現地に到着、その後索敵範囲を広げ、二日目には索敵網を完成させ、可能なら遭遇したい、猶予は三日しかないのだ、できる限り早めに接触しておきたいところだ


山岳地帯が広がっているとはいえ林業を営んでいる地域であれば通常の山よりは歩きやすいはずである


マーキングも、通常の山よりは早く終わると思っていいだろう、問題はその先である、相手がどんな奇形種か、そして接触した後にどこで戦うか、それが一番の問題だった


「あらかじめ戦いやすい地形はチェックしておいた方がいいでしょうね、静希、等高線の入ってる地図頂戴」


「はいよ、でも地図見ただけでわかるか?」


「わからないわよ、でもそれらしい場所をチェックしておくことくらいはできるでしょ」


街などでもそうだが、地図で見る地形と実際に見る地形とでは全く違うという事がよくある、だからこそストリートビューなどの人間視点で見ることができる地図や写真などが生まれたのだ


街と違い山はその傾向がかなり強い、なにせ目印になる建物などがなく、どれも似たような草木ばかりなのだ、山などで迷いやすいのはそれが原因ともいえるだろう


「鏡花ちゃん、私も手伝うよ」


「そうね、お願いするわ、私より明利の方が地図は読み慣れてるでしょうし」


普段からナビゲートをしている明利の方が、鏡花よりも地図から情報を読み取ることができる、こういう時に経験の違いというものが浮き彫りになるだろう


明利は航空写真と等高線の入っている地図とを見比べながら戦えそうな広い平地のある場所をチェックしていく、時間はかかりそうだったが、ある程度の目星はつけられそうだ


「後の問題はどうやってその場所まで誘導するか・・・かぁ・・・」


「いっそのことさ、前みたいに俺らが囮になってやればいいんじゃねえの?獲物だと思えばあいつらだって襲ってくるだろ」


前みたいに


陽太が言っているのは静希と陽太、そして雪奈が山で遭難した時の話だ、静希と陽太が囮になって熊をおびき寄せ、待機していた雪奈が一撃で仕留める

やったことと言えば囮になっただけなのだが、動物に対しては確かに有効に働いた


動物は背を見せて逃げる相手を襲う傾向が強い、それが特に肉食や雑食であれば特に


逆ににらみを利かせていると動きが止まったり警戒する意識が強くなる、相手に背を向けるというのは、相手より自分が弱いという証明でもあるのだ

野生動物を誘導する際には一番手っ取り早い方法ではあるものの、それで絶対に誘導できるとは限らない


「囮になるのはいいんだけどさ・・・正直あれって心臓に悪いんだけど」


「いやまぁそれは俺もだけどさ・・・俺らができそうなことってそれくらいだろ?」


明利は索敵、鏡花は地形改善などのフォローで忙しくなるが、炎での戦闘が不可能になった陽太と補助としての役割を担う静希は正直手持無沙汰になるのだ


そうなると囮になって目標をおびき寄せるくらいしかやることがないのである


無論戦闘になったらそれぞれフォローするべきなのだが、仕事はそれぞれに割り振っておいていいだろう


「囮なんて簡単に言ってるけどね、あんたたち前の完全奇形相手でも総出で当たったの忘れたわけ?一人や二人で囮になれるような相手じゃないってことくらいわかってるでしょ?」


鏡花の言葉に静希と陽太はそう言えばそうだったと項垂れる


かつてザリガニの奇形種と戦ったとき、足止めをするのにもおびき寄せるのにもほぼ全員で取り組んだのだ


元々の大きさが違いすぎたというのもあるのだが、基本の速度では相手の方が上、筋力も相手の方が上となると囮になれるのはせいぜい数秒か数十秒といったところだろう、それ以上標的になればまず間違いなく自分自身が被害を受ける


陽太であれば能力を使えば回避も逃走もできるだろうが、静希の場合まだ左腕を駆使した高速移動は完璧とは言えない


しかも林業を営んでいる地域という事は枝葉の少ない木々ばかりの可能性がある、木の枝などを掴んで移動する方法が取れないかもしれないのだ


「おびき寄せる方法については明日先輩たちと話し合いましょ、もしかしたらいい手を思いついてるかもしれないし・・・」


「先輩たちのお手並み拝見ってことか・・・まぁ囮以外だとそれくらいしかないか」


静希達ができる誘導の手段としては囮以外には追い詰めてからの誘導くらいしかできそうにない、だが相手を追い詰めればその分能力を使用される可能性が高くなる


そうなると自分達にも、そして周りの木々にも被害を与えかねない、奇形種との戦闘は一撃必殺がセオリーである、相手に能力を使わせる前に倒すことで被害を減らし手間を省く


それができない状況もあるだろうが、基本はそこに尽きる


可能ならば不意打ち、相手がこちらに気付くよりも先に仕掛けたいところである


場所さえ確保すれば恐らくたいていの動物は雪奈が一撃で仕留めることができるだろう、問題はそこまでの過程だ


「でももし誘導方法がなかった場合は?どう対処するんだよ」


「向こうは奇形種のスペシャリストよ?何かしらあるでしょ・・・もしなかった場合は囮をやればいいわ、その場合私も協力するから」


単に逃げ回るだけでは簡単に追いつかれるような状況でも、鏡花が地形を変換し続ければ追いつかれる可能性は少しではあるが低くできる


周りには木々が生い茂るような状況で、余計な障害物や地面の凹凸が生まれれば進行速度は必ず減少する


無論野生動物相手だと限度はあるがある程度までは対応できるだろう


明利がその場にいた場合難しいかもしれないが、静希と陽太であれば全力疾走すればある程度距離は稼げるはずである


「後は向こう任せか・・・何とも情けない話だな」


「今回ばっかりは仕方ないでしょ、私達の仕事はあくまでフォロー、その所よく理解しておきなさい」


鏡花の言葉に静希と陽太は再認識する、今回は自分たちがメインではないのだ、あくまで三年生の補助、三年生たちが動きやすい環境を作るのが今回の自分たちの仕事なのだ









「なるほど、目標を誘導するのは確かに必要な事だろうな」


木曜日、校外実習を翌日に控えたこの日、静希達は再び藤岡の家に集まり最後の事前ブリーフィングを行っていた


「確かにって・・・ひょっとして考えてなかった感じですか?」


「いや、考えの一つにはあったが、この班だとあまり地形などは関係ないんだ、狭くても広くても密室でも戦闘に困ったことがないからな」


雪奈たちの能力の性質上、屋外よりも屋内の方がむしろ相性としては良い、熊田の索敵も開けた屋外よりも屋内の方がより精密な索敵が可能になるし、雪奈の能力も小回りが利くし何より井谷の転移の能力を存分に発揮できるのだ


狭い場所での戦闘はもはやお手の物、そしてさらに言えば多少足場が悪い程度では雪奈の戦闘能力が落ちることはないだろう


主力級の人物がいつも通りのコンディションで挑むことができるのであれば彼らにとって場所はあまり関係がないのだ


「ただ、木を傷つけずに戦うという事は難しいな・・・その場合のみ清水の能力を借りることになるだろう、以前やったように広場のような場所を作ってくれると助かる」


以前やったように


それは静希達にとって最初の実習、暴走していた東雲風香を攻撃するために木々を地面ごと押しのけて広場のような空間を作り出した時の話である


彼女の能力を使えば無論急勾配だろうと平地にすることだってできるし、木々が生い茂っていたとしてもその空間から押しのけることだってできる


ただあまりにも変換する質量が多ければ時間もかかるし負担も増える、それを考慮してあらかじめ平地を探しておいたのだ


「で、実際はどうやってその場所に追い込むんですか?まさかその場で作れなんて言いませんよね?」


「ふむ・・・それができればいいがいくら清水といえど難しいだろう、方法としては藤岡に連れてきてもらうか、あるいは俺の能力で誘導するかだな」

藤岡と熊田を見比べながら静希と鏡花は首をかしげる


藤岡の能力が一体何なのかも知らない上に、熊田の能力で誘導などできるのだろうかと疑問に思っていたのだ


熊田の能力は音の発現、任意の音を発生させることで口を開くことなく会話ができたり、爆音を出すことで相手をひるませることもできる


そしてワイヤーなどの糸に振動として伝えることで振動により切断を容易にすることも可能にしている


応用性能はかなり高い能力だ、その分扱いが難しそうだが、熊田は長年の鍛錬のたまものか見事に使いこなしている


とはいえそんな能力で目標を追い込むことができるのだろうか


「藤岡先輩のは置いておいて、熊田先輩はどうやって誘導するんですか?」


「なに、簡単な話だ、古来より動物は大きな音というものを恐れる、人間だって突然大きな音がすればびっくりするだろう?それを利用して追い立てるのだ」


音というのは動物にとって重要な情報源であり、なくてはならないものでもある


視覚情報だけではなく聴覚情報に頼る動物がいる程であり、その重要性は人間のそれよりも高い、なにせ動物の中には人間よりも聴力が何倍もある種もいるのだ


実際、動物の猟をする際にわざと大きな音を出して行動を操作するというのはよく行われる手法である


「ひょっとして今までずっとそうしてきたんですか?」


「当たりだ、俺の音の誘導が効かない場合は藤岡の能力で強引に追い立てた、今まで通じたから今回も大丈夫・・・とまではいわんが、まぁある程度信頼できる手法ではある」


経験論からその手法をとるだけではなく、しっかりと理論も確立しているあたりやはり熊田はしっかりと物を考える人間という事だろう


何事においても常套手段というものがあるのと同じように、何事にも例外というのはつきものである


だからこそ常套手段が通じないのであれば臨機応変に対応するしかない、そのことを熊田も、そしてその班員全員が理解しているようだった


練度の高い班というのは本当にありがたい、こちらが口を出すまでもなくある程度のことを察してくれるのだから


「ちなみに藤岡先輩の能力って何なんですか?念動力とかそう言う感じですか?」


「ん?気になるか?俺の能力は変換、所謂ゴーレムってやつだ」


ゴーレム、それは変換した物質を人形のように操ることで戦う能力の総称である


かつて優秀班に選ばれたときに戦った尾道がこの能力を有していた、もっとも彼はゴーレムを体に纏うことで近接戦闘を行っていたが、実際のゴーレムは体から離して行うのがほとんどである


「へぇ・・・変換か、鏡花とどっちがすごいだろうな」


「バカ言わないの、私はゴーレム制御って苦手なんだから・・・他の分野なら負けるつもりはないけどね」


能力に特性があるように、一口に変換系統と言っても向き不向きというものが存在する


鏡花は形状、構造、状態、三つの物質変換の全てを行えるが、その分一つに特化した部門では他の変換系統の能力者には劣る部分があるのだ


例えば先にあげたゴーレムのように、人間の動きをそのまま真似るような動きをするのを鏡花は苦手としていた、無論ある程度真似事はできるが、どうしても本職のゴーレム使いには劣る、だからこそ攻撃の時には手だけを作り出したり大雑把な形での攻撃にとどめているのだ


人間には向き不向きがある、無論鏡花もできないままでいるつもりは毛頭ない、いつかはゴーレムの一つも操れるようになりたいと思っていた


「俺の能力だと大質量変換は限度があるし、何より片付けが面倒だからな、そのあたりは任せるよ、結構な天才なんだろ?」


「・・・えぇまぁ・・・『天災』って呼ばれてますけど・・・」


二人の言葉の漢字が違うことに静希達は気づいて苦笑いしてしまう、どちらかというとゴーレムなどを扱うよりも大質量変換を行う方が鏡花らしいと言えばらしい、そして天災らしいと言えばらしいのだ


それに直接戦闘を行うよりも彼女は補助に回ったほうが実はいい仕事をする、表立って戦うようなタイプではないのは静希達も理解しているために暗躍してもらった方が助かるのだ


暗躍するにしては強力過ぎるのが、また何とも心強い限りである


「じゃあゴーレムを使って追い立てるんですか?羊飼いとかの犬みたいな感じで」


「イメージとしてはまさにそんな感じだな、ただ木がたくさんあると邪魔なんだよな、その分動く速度も落ちるし、そんときはフォローよろしく」


木を傷つけないように動くとなると、その分大きさや形を変える必要があるだろう、彼の道を作るのもまた鏡花の仕事になりそうだった


いつもなら木のことなど気にせずに強引に突き進むのだろうが、今回ばかりはそう言うわけにもいかない、もし追い立てるのであればある程度木に気を配りながら進行しなくてはならない、この辺りは依頼人の都合であるが故に仕方がないことだろう


「大型の奴の場合、小さいゴーレムじゃ追い立てるのも難しいと思いますけど、そのあたりは大丈夫ですか?」


「問題ないって、こいつのゴーレム五メートルくらいになるし」


五メートル、静希達は自分たちの頭の中で五メートル級のゴーレムを想像するが、如何せん大きさがイメージできない


かつて遭遇したザリガニより大きいだろうか、あれ以上の大きさのゴーレムとなるとその大きさ故に支えるだけでも一苦労になるだろう


大抵の物質というのは大きくすればするほど自重によって崩れる可能性が大きくなる、その為足場部分を大きくしたり、強くしたりしてその形を保つ


変換の能力を使うゴーレムにおいてもそれはおおよそ同じである、常に変換の能力を使い、崩れないように補修し続ければ問題はないかもしれないが、ゴーレム使いにとって動かすのはほんの一部でしかないのだ


人間で言うのなら関節部分を動かしたり、体の一部分を変換することで動かしてみせるのがゴーレムを操るコツである


五メートル級のゴーレムとなるとそこにかかる力から考えて、能力を発動させ続けなければその遠心力に耐えかねて各部位が自壊していくことになる


ゴーレムを作る素材にもよるが、土で作られたとしてもその質量は軽くトンに届く、総重量を考えれば足元に関しては変換しつづけなくてはただの土人形なら間違いなく崩れていくだろう


逆に言えば、それだけの物を維持、そして動かせるだけの実力が藤岡にはあるという事だ


伊達にこの班の班長をやっているというわけではないようだ


「実際に見せてやれればわかりやすいんだけどな、さすがにここじゃ小さいのしかできないし」


そう言って藤岡は机の表面に能力を発動し、小さな十センチほどのゴーレムを作り出して見せる


人形よりも人間のそれに近い形をしたゴーレムを見て静希達は感心し、人間のように歩いたり手を振ったりする仕草におぉと息を漏らしていた


ゴーレム使いというのは今までにもあったことがあったが、ここまで精密に動かせるものなのかと驚いていた


「ひょっとしてですけど、人型だけじゃなくて動物型とかもできたりします?」


「今練習中だけどな、一応馬とかはできるようになった」


そう言って藤岡は机の上にあった人型のゴーレムの形を変え、馬のように変えてみせる、軽く動かしてみせると嘶きやその仕草はまさに馬のそれと相違ない


唯一再現できていないところをあげるとすれば尻尾に関しては完全な毛を再現するのは難しいようだった


「いやすげえな・・・鏡花、真似してみてくれよ」


「真似ってあんたね・・・まぁいいわ、ちょっと机お借りしますね」


そう言って鏡花は机の表面に触れて先程と同じような人形を作り出す、そして歩いたり手を振ったりの人ならではの動きをしようとするのだが、どこかぎこちなく、操り人形のような印象を受けた


まるで見えない糸で操っているような不安定さである


そんな鏡花に見せつけるように藤岡は馬のゴーレムを人型に戻し悠々とムーンウォークまでやって見せた、人間らしい仕草だけではなく、そのうちダンスまで踊りそうな勢いである


「おいおい鏡花、なんかすごいぎこちないぞ、先輩に負けんなって」


「簡単に言わないでよ、この動き凄い難しいんだから」


普段何気なくやっている人間の動きというのは実は再現するのが非常に難しい


人間がほぼ無意識の状態で体を動かしているからこそ難しいというのもあるのだが、生き物としての細胞以外で人間の動きを再現できるだけのシミュレートができず、さらにはそれを再現するための動きが再現できないのだ


例えば歩くという動作一つをとっても、関節や重心、筋肉の動きに動き出すタイミング、全てがかみ合わないと人の動きの再現は難しいのである、特にそれを意識して能力で再現するとなるとその難易度は通常の変換に比べれば跳ね上がる、変換という部門において専門家である鏡花でも、さらに深い部分の形状変換の鬼門と言ってもいい部門だった


「ハハハ、俺も昔はこんなんだったよ、一番いいのは対人戦だろうな、そう言うところから人の動きを学習するんだ」


そう言うと藤岡のゴーレムがボクシングのような構えをとり、鏡花のゴーレムに近づいたかと思うと軽くパンチを何度も当ててきた


リズムをとりながらパンチを撃つその姿はまさにボクサーそのものだ


なるほど、対人戦とはよく言ったものである


藤岡のゴーレムは確かに人間らしい動きをしているが、人間そのものの動きをしているというわけではない、その実人間にはできないような駆動で動いていることもあるのだ


いかに人間らしい動きを、ゴーレム独特の動かし方で再現するか、そしてそれをどのように役立てるか


藤岡がやっているのはゴーレム使いとしては当たり前のことだが、変換能力者である鏡花にとっては学ぶべき点の多いものだった


パンチを放ってくる藤岡のゴーレムに対抗心を燃やしたのか、鏡花も応戦しようとゴーレムを操り始める


何とか体を振ってパンチを避けようとするのだが、もともとの操れる速度に違いがありすぎるせいか簡単にパンチを当てられてしまう


単純なゴーレムの操作では勝てないと踏んだのか、鏡花はゴーレムの足場に注目する


藤岡はゴーレムを歩いているように見せかけているだけで、実際は変換の能力を使って横にそのまま平行移動させているだけだ、その動きであれば普段変換を使っている鏡花にも十分可能な技能である


体を振るのではなく、体ごと高速で移動する方法にシフトした鏡花は机の上にあるゴーレムを縦横無尽に動かし続ける


「おぉ、移動法習得したか、なかなか覚えが早いな・・・ならこれはどうよ」


藤岡も鏡花と同じようにテーブルの上のゴーレムを移動させ始める、その速度は鏡花のそれに比べればやや遅い、恐らく変換の速度自体は鏡花に軍配が上がっているのだろう


だが問題はその操作性である


何が目的だろうかと鏡花が図りかね、僅かに距離をとり、様子を見ようとした瞬間藤岡のゴーレムが動く


両腕分の質量を右足に集中し強引に射程距離を伸ばした水面蹴りを鏡花のゴーレムに叩き込む


一瞬だった、ほんの少しゴーレムが姿勢を低くしたと思ったときにはその両腕の質量が足に集中し、強引に伸ばした脚はまるで鞭のように鏡花のゴーレムに直撃していた


速い


鏡花は見るのではなく同調の能力も使って直にその変換の能力を実感していた


ゴーレムはあくまで人間や動物の動きをするだけで、生き物ではない、だからこそあのような行動もできるし、それをしたところで被害などありはしない


単純な変換の速度だけなら鏡花の方が圧倒的に早いし、大量の質量を扱えるだろう、だがゴーレムを操るために必要な変換に関しては藤岡の方が圧倒的に早い


特定の能力というのはこれが強みなのだ、鏡花のようにどんなことでもできるような万能な能力だと、その分一つの能力に割り振れる時間が短くなり、その練度も広く浅いものになる


だがそれに特化した能力というのは時にそのような万能な能力に勝るとも劣らない性能を発揮する


尖った性能というのは時として状況を動かすのだ


「動きを学ぶのはいいけど、こういう柔軟な対応ができてこそだ、覚えておけよ」


「・・・ご教授感謝します」


鏡花はやる気を出したのか目がただの訓練ではなくなってしまっている、あれは本気の目だと静希達が理解する中、熊田たちは呆れたような顔をする


「下級生相手にみっともない・・・すまんなお前達」


「いえ、なんか鏡花も盛り上がってるみたいなんでこのままにしておこうかと」


テーブルの上ではゴーレムの殴り合いが行われているが、明らかに鏡花の劣勢だ、殴り合いと表現するのも憚られるほどの実力差があるのが傍から見ても理解できる


鏡花のゴーレムの拳は全く当たらないのに藤岡のゴーレムの拳は当たり続ける、互いに足を止めた状態での殴り合いをしているというのに一向にその差がつまらない


鏡花のゴーレムの動きも最初に比べると幾分かは滑らかになってきているが、それでもまだ藤岡のそれには及ばない


ボクシングなどの技を披露してはその解説をしている藤岡に、鏡花は完全に劣勢の状態を作ってしまっていた


彼女自身が苦手というだけあって、ゴーレムの動き自体は普段の変換に比べだいぶ遅い、だがほんの少しずつではあるがその動きも改善されつつあるのだ


そして藤岡自身それを感じているのだろう、先程から口数はどんどんと減り、真剣に鏡花と渡り合っているように見える


鏡花の攻撃は相変わらず藤岡のゴーレムには命中していないが、もう少しで当たりそうな場面もあった


先輩である藤岡としては鏡花を完封したいと思っているのだろうが、鏡花としてはせめて一発当てないと気が済まないのだろう、その集中はかなり高いもので瞬き一つせずにテーブルの上のゴーレムたちの動きを注視し続けている


鏡花のパンチを容易に回避し、カウンターになる形で藤岡のゴーレムの攻撃が鏡花のゴーレムの顔面を捕えそうになる瞬間、鏡花のゴーレムの頭部が消える


いや正確には消えたのではない、そのことを理解するよりも早く鏡花のゴーレムの胴体から拳が現れ藤岡のゴーレムの顔面を思い切り殴っていた


「柔軟な動きと対応ができてこそ、確かに学ばせていただきましたよ、先輩」


満足そうな笑みを浮かべる鏡花に対し、藤岡はひきつった笑みを浮かべながら僅かに悔しそうにしていた、負けず嫌いなのはどちらも変わらないようだった


「そこまでにしておけ、いつまでも人形遊びに付き合ってられんぞ」


熊田の制止に藤岡と鏡花は申し訳なさそうにしながら机の上にあったゴーレムを元に戻していく


能力の訓練という意味では人形遊びは決して間違っているとは言えないが、最終確認中の今は行うべきではない、そのことを理解しているからこそ鏡花も藤岡も熊田の言葉に黙って従っていた


鏡花がゴーレムを扱うことができるようになれば非常に頼もしいのだが、その訓練はまた後日に行わせるべきだろう、なにせ今は屋内な上に他人の家だ


「さて、少々脱線したが、追い込む方法に対しては他の方法も検討してく、個体によっては強引にその場所に連れていくことも考慮に入れておくべきだろう」


個体によっては


奇形種は良くも悪くも本来の動物の形をしていないことが多い、音が聞こえなかったり、目が見えなかったり、逆に耳や目が良すぎたりする個体だっているだろう


まずは接触し、明利のマーキングを行っていつでも強襲できる状態にするのが第一条件となる、そこまでのプロセスとそれからの行程に関してはその場その場で臨機応変な対応が求められる


実戦派だからこそできる考え方である、静希達も最近は細かいことはあえて決めずに状況によって行動を変えてきた、熊田たちの場合細かく物事を決めない方が柔軟な動きができるのだろう


「他になにか確認しておくことはあるか、なければ明日も早いことだし、これで切り上げようと思うが」


熊田が全員を見渡す中、その場が沈黙による静寂で包まれる、何も確認するべきことはないという事実に熊田は安心したのか一息ついて視線を藤岡に向ける


「では班長、締めの言葉を」


「あいよ・・・んじゃ明日からの実習、よろしく頼む、今日は解散」


藤岡の言葉に全員がお疲れ様でしたと声を出し、その場は解散となる

家から帰る途中、静希達は一塊になって移動していた


「鏡花、随分と熱心に戦ってたな」


「そりゃあね、同じ変換系統には負けたくないじゃない?陽太にも負けるなって言われたしね」


同じ変換系統として負けたくない、鏡花らしいと言えばらしい理由である


天才と言われてきた鏡花からすれば同じ変換系統には負けたくないという意識が強いようだった、思い返せば東雲優花にも似たような対抗意識を燃やしていた気がする


部門、というより得意分野が異なるとはいえ変換には違いない、どんな場合においても自分が変換系統において天才であるという事を知らしめたいのだろう


彼女の場合、才能に溺れることなく努力を続け、その地位を維持しようとしている、それは決して自分だけのためではなく、班の為であり、そして陽太の為であるのだ


「これからは大質量だけじゃなくてゴーレムの練習もしようかな・・・せっかく動き方も少し学んだし」


「鏡花なら何でもできるだろ、なんならスパーリングの相手くらいにはなるぞ?」


対人戦などを基準におくゴーレムの使用は基本的に相手を指定した状態での訓練が最も効果的となる


ただ人間の動きを真似るのではなく、ゴーレムにしかできない動き方や攻撃の仕方をした方がより良い結果が得られることが多いのだ


そう言う意味では実戦での戦い方を模索している陽太と、ゴーレムの訓練をやりたい鏡花は利害が一致していると言えるだろう


実戦での運用法は、実戦に近い形でなければ学べない、先程鏡花が戦うような形での人形遊びでその手法を学んだように、瞬間的な判断と攻防が行えてこそ実戦でも役に立つのだ


「でもあんな動きだったら陽太の場合能力使わなくても勝てるんじゃないか?結構遅かったし」


「おー・・・いっちょやってみるか、能力を使わずに鏡花に勝てるいい機会かも」


「はいはい、もう遅いんだから今日はやめておきましょ、やるなら実習が終わってからよ・・・それにあれ結構疲れるんだから」


ゴーレムを操ることに特化している能力ではないために、鏡花にもそれなりの負担はあるようだった、どちらかというと慣れないことをして疲れたというのが主な理由だろう


「でも鏡花ちゃんがゴーレムも使えるようになったら戦闘が随分楽になるよね、静希君が前に出ることも無くなるかも」


「そうだな、壁役もできるし何よりゴーレムだから無茶もさせられるしな、いろいろ連携もできそうだ」


鏡花の意のままに動く人形、それこそ静希が考える中ではいくつか連携の案は浮かんでいた


例えばゴーレムの内部に爆弾を仕込んでおいて人間爆弾もどきだってできるだろうし、銃火器を持たせて射撃だってできるかもしれない


鏡花の訓練次第ではあるが、複数のゴーレムを操りながら行動できるようになればこれほど心強いものはない


射程距離に関しては恐らくまだ近距離でないと操れないだろうが、鏡花ならおそらくその範囲も広げることができるだろう


「まだやってみたばかりなんだから、あんまり期待されても困るんだけどね」


「まぁまぁ、鏡花ならできるだろ、協力はいくらでもするからさ、頑張ってみようぜ」


陽太からの絶大的な信頼を得て鏡花は内心やる気をみなぎらせているのか、頬を掻きながらまんざらでもない表情をしている


なんと言うか、良い意味で丸くなったものだと静希と明利は二人の様子を微笑みながら眺めていた


誤字多くてごめんなさいフェア開催中   20/46


これだけでストックがかなり削られたなぁ・・・おっそろしいわ・・・病み上がりにはきついぜ


これからもお楽しみいただければ幸いです

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