邪薙原山尊
暗闇の中に響き続けていた金属音は止み、あたりには静寂が生まれていた
そして静希の目の前にいた半人半獣の神格は姿を消し、その体を縛っていた鎖は地面に落ちると同時に光となって霧散する
先ほどまで展開していた障壁も消え、あたりはなにもなくなっていた
トランプの中に存在を一つ感じる
メフィほどではないが、悪魔とは異質の強さを持つ存在
陽太と鏡花、そして雪奈と熊田に目配せをして部屋の中心で中に入れた神格を取り出す
光を発散させながら現れたのは先ほどと同じ、半人半獣の姿をした大きな神格
直立するとその大きさはゆうに二メートルを超えているだろう、圧倒的な存在感だった
「少年よ、私に何をした?」
しゃべった
先ほどまで獣のような唸り声をあげていた者とは思えぬほど紳士的なものいい、そしてやたらと渋い声だった
どうやら理性を取り戻したらしく全員戦闘態勢を解き、安堵の表情を浮かべる
「あ、あの、無礼を承知で、俺の能力の中に入れさせてもらいました、そうすれば正気に戻るかと・・・」
「・・・そうか・・・先のあの感覚は君の・・・」
大きく息を吸ってこの場所が地下であることを察したのか、ため息をついてその場に胡坐で座り込む
「未だここはあのエルフ共の巣窟か・・・忌々しい」
「失礼ながら神格よ、貴方のお名前をお教え願いたい」
成功したことを確認し、城島が近くにやってくる
それに応じて班員たちもやってくる、成功に心躍っているようではあったが、それ以上に目の前の神格の紳士な態度に驚いていた
「私は邪薙原山尊、かつてある村を守護していた神だ」
「やなぎはらやまのみこと?」
「言い難ければ邪薙でいい」
まさに神様らしい名前を述べその場に座り続ける邪薙に全員が集まり、興味の視線を注いでいる
「いくつか聞きたいことがあるのだが、よろしいか?」
「構わない、だが私も聞きたいことがいくつかある」
城島と邪薙が互いの視線を交換するが、そこに敵意は存在しなかった
「では先にそちらから、我々で答えられることならば答えましょう」
感謝すると邪薙は頭を下げ、その視線を静希に向ける
「少年、君は私をこうして正気に戻した、君の能力は一体なんだ?」
「えと・・・収納系統の能力で五百グラム以下の物を収納できる能力、運動量もそのまま保存するけれど収納に必要となるキーは質量だけ、存在だけの存在も入れられる・・・みたいですが」
「ふむ・・・」
邪薙は何か考えを巡らせているようだが、それ以上何かを聞いてくることはなかった
「では次に、なぜ私を正気に戻した?何の目的があって私を救った?」
「えと、それはエルフの村の長からの要求だったからです」
その言葉に邪薙は眉間にしわを寄せる
「あの愚物め、自らの責をあろうことか人間に押し付けたか・・・!」
どうやら相当に怒りをためているようで握りこぶしはわずかに震えている
「次はこちらがお聞かせ願いたい、貴方はどのようにエルフに召喚されたのですか?彼らからは事故だという話でしたが」
「事故?事故だと?あれが事故であるものか、彼奴らは私を自らの意志で呼んでおきながら侮辱と屈辱を与えた、よりにもよってこの私を駄犬と呼んだ!許し難い・・・!」
また瞳が穏やかなものから獣のような目になっているのを見計らって静希は失礼と声をかけトランプの中に収納し、また邪薙をこの場にとりだす
「すまない、少々頭に血が上ってしまっていたようだな」
基本的には紳士なようではあるが、どうやら相当馬鹿にされたらしい、思い出しただけで正気を失いかけるほどに
「質問を続けます、貴方が召喚された時、依り代となった少女がいたはずです、彼女は」
「ああ、あの幼子か、彼女は無事なはずだ、危険になる前に私が身体から抜け出したので特に外傷もないはずだ」
「その子は何という名だったか覚えていますか?」
「・・・たしかユウカという名だったと記憶している」
「ユウカ・・・東雲優花!」
その事実に全員の目が見開かれる
悪魔を召喚し、とり憑かれ暴走した東雲風香
神格を召喚し、依り代となり助かった東雲優花
これはもはや偶然ではないだろう
「確定的だな、悪魔も、そしてこの神格召喚も奴らが意図的に行ったとみて間違いないだろう」
双子を使って誰が何をしようとしたのかは不明だ
だが誰かが双子を使って何かを行おうとした
それが成功したのか失敗したのかは分からない
「邪薙さん、貴方はこれからどうするんですか?」
「敬語で話す必要はない、それに邪薙で構わん、幸い拘束の鎖もなくなっている、ここから早く去りたいところだが・・・そうもいかない」




