三年とブリーフィング
「あ!?なに?雪さんたちの実習についていくことになんのかよ」
陽太が起きた後、静希はとりあえず陽太に事情を話すことにした、昨日の夜にメールを送っておいたはずなのだが、どうやらよく読んでいなかったらしい
予定が入ることになるというのは理解していたようだが、それが実習になるとは思っていなかったようだった
「あぁ、だからちゃんと準備しておけよ、まず間違いなく戦闘があるだろうからな」
「うあっちゃー・・・もろ俺の誕生日とかぶってんじゃんか・・・それで金曜日にやるって書いてあったのか」
何故自分の誕生日の祝いの日をずらしたのかその本質を理解していなかったらしい陽太を置いておいて、静希はとりあえず予定を組むことにした
なにせ鏡花の大一番になるかもしれないのだ、適当な采配をして台無しにするようなことがあってはならないだろう
「んで実習は何やるんだ?また奇形種狩りか?」
「まぁ十中八九そうなるだろうな、雪姉の班の実習だし、まず間違いない」
雪奈は今までの実績と経験からか奇形種狩りに定評がある、班自体の特色としてもその傾向が強いのだろう、彼女たちが行う実習の八割に奇形種が絡んできているのだという
その傾向から見てもまず間違いなく今回も奇形種が絡んでくるとみて間違いないだろう
「でも今回は雪奈さんたちが主導で私達が補助をやることになるだろうから、たぶん私たちの出番は少ないわよね?」
「そうだといいけどな・・・たぶん明利はしっかり働かされると思うぞ、索敵だと熊田先輩より範囲広いし」
雪奈の班の索敵手は熊田だ、局地的な索敵においては明利よりも彼の方が優れているが、広大な土地における全体索敵においては明利の方に分がある
今度の実習がどこに行くのかはさておき、索敵手として明利の手腕が求められるのは間違いないだろう
「鏡花も多分補助ってことで役目はあると思うぞ、俺は雪姉との連携で、陽太が一番扱いが困るんじゃないか?」
「あー・・・確かに、うちでは主力級だけど連携となると扱いに困るわね」
強力でありながら汎用性の高い鏡花と、雪奈との付き合いの長い静希は連携において非常に有効な働きが期待できるだろうが、その中に陽太を含めるとなると首をかしげるほかない
陽太の能力は強力だ、破壊力も耐久力も折り紙付きと言っていいだろう、だが能力戦においての連携となるとなかなか難しい、特に自分たちがメインではなく、サポートする側となるとできることはかなり限られる
そもそも陽太の性格上、勝手に戦って周りがフォローするという形をとってばかりであるために、陽太自身がサポートに回るということ自体今までやったことがないのだ
炎のせいで近くにいるだけで危険、だからと言って後ろから適切な行動ができるほど陽太は頭が良くない、さらに言えば陽太は中距離での戦いが極めて苦手である
炎を遠くへ飛ばすということ自体ができないために、近距離での接近戦以外に彼が取れる手段がないのだ
そうなってくるとフォローは必然的に中距離での攻撃と支援に回らざるを得ないが、今回の場合陽太はサポート、しかも雪奈の班には前衛が二人いるのだ
中距離からの連携と違い、近距離での連携は相当にシビアだ、距離、タイミング、方向、威力、一つでもかみ合わなければ味方を傷つけてしまう
常に行動している班員であれば問題ないが、そんな中に前衛の陽太が入ったとしても合わせられるはずがない
「でも向こうには雪さんがいるんだろ?なんとかなんじゃね?」
「なんとかって・・・お前雪姉の攻撃速度に合わせて連携取れるのかよ」
陽太は雪奈の攻撃シーンを思い返しているのか、腕を組みながら唸り始める
雪奈の本気での攻撃はかなり早い、剣速だけではなく自らの足も使って高速移動しつづけながら斬りかかるのだ、しかもその角度は縦横無尽、そんな中に近づいただけで火傷するような陽太が入っていったところで連携が取れるはずもない
「そ、そこは雪さんが空気を読んでこう・・・上手く避けてくれれば」
「避けてもらってる時点で邪魔になってるじゃないの・・・そのあたりも一度雪奈さんたちと話し合わなきゃだめね」
雪奈たちが普段どのような戦い方をしているかも気になるところである、もし陽太が入る隙があるのであればそれはそれでよいことなのだが、奇形種に関しては向こうの専門分野、自分たちが入り込むような余地は無いように思える
静希達もそれなりに奇形種との戦闘経験を積んでいるが、雪奈たちのそれには遠く及ばない、経験も実力も向こうの方が数段上であると判断していいだろう
「でもさ、雪さんたちが補助を頼むほどの実習だろ?ってことはまず間違いなくただの奇形種じゃないよな」
「・・・そうね、奇形種の群れか、あるいは完全奇形か・・・厄介なことに変わりはないでしょうね」
完全奇形というと静希達も一度だけだが戦闘経験がある、去年の六月に相対した完全奇形のザリガニだ
巨大な体に固い甲殻、さらには再生能力を有したその個体に随分と苦戦した覚えがある
「いざとなったら明利の切り札を使うことも視野に入れないとね、また面倒な能力を持ってたら嫌だし」
「あれはできるなら使いたくないんだけど・・・しょうがないかなぁ・・・」
明利の持つ切り札『カリク』の威力を知っている人間であればだれもが戦慄するだろう、対生物用と言っても過言ではないために今回は明利のポジションが重要になるというのは静希も鏡花も薄々勘付いていた
「なるほど、それで私の所に確認に来たわけか」
静希は授業の合間に移動中の城島を捕まえ、実際に雪奈たちの班についていくことになるかを確認に来ていた
実際に雪奈と一緒に行動することがあるのであれば準備をしなくてはならないし、もし雪奈と一緒に行かないのであればホテルの予約時間を変更しなくてはならない
内容を教えてもらうまではいかないものの、ついていくかいかないかくらいは教えてくれると思ったのだ
「えぇ、それによっていろいろと予定を決めなきゃいけないんで」
「ふむ・・・まぁ行くかいかないかだけで言えば、お前たちは今回三年の実習の補助に当てられている、班は・・・あぁ、確かに深山の班だな」
やはり雪奈の班についていくことになるのかと静希はほんの少しだけがっかりしながらため息をつく
他のあったこともないような三年生についていくよりは数段ましだと考えるしかないだろう
「深山の班との行動・・・まぁ内容に関してはある程度察することができるだろう、せいぜい邪魔にならないように立ち回れ」
「了解です・・・雪姉の班ってことは奇形種関係ですかね」
どうだろうなと城島はあえて明言はせずにそのまま職員室へと戻っていった
確定的な予定が決まってしまったと静希は小さくため息をつく、やはりホテルの予約は実習の次の金曜日になりそうだった
「じゃあ雪奈さんたちの班についていくのは確定なのね?」
「あぁ、それぞれ予定に入れておいてくれ」
先生からの情報という事でまず雪奈の勘違いという笑いごとにならなくて済んだというべきか、面倒事が決まってしまったというべきか、どちらにしろ雪奈たちとの行軍は間違いないだろう
「じゃあ一度先輩たちと話し合ったほうがいいかな?あの人たちの実習なら俺らが口出すことは少ないと思うけど」
「そうね、能力の確認とかした方が向こうも作戦考えやすいでしょうし・・・まぁこっちの能力はほぼ把握されてると思うけど」
鏡花の言う通り向こうにはかつて一緒に行動していた熊田と、ほぼ常に静希と一緒にいる雪奈がいるのだ、こちらの情報に関してはほぼ筒抜けと思っていいだろう
とはいえこちらとしてもどのように行動してほしいか、どう動くべきかなどいろいろ確認しておくべきことはあるのだ、一度話し合いの場を設けておいて損はないだろう
「場所はどうする?俺の家はさすがに・・・」
「え?何で・・・ってあぁそうか、熊田先輩以外にもいるんだった・・・」
これで行動するのが熊田と雪奈の二人だけであればメフィ達の存在を隠す必要はないのだが、他に二名ほど班員がいるのだ
余計な人間に人外たちの存在を教えることもない、というより教えてはいけない、面倒になることがわかりきっているのにわざわざ事情を話す必要もないだろう
「静希の家以外でミーティングって初めてか・・・でもどこでやるんだ?俺の家は無理だろうし・・・」
「雪奈さんたちが普段使ってる場所でいいんじゃない?そこがどこなのかは知らないけど」
普段雪奈たちがブリーフィングに使っている場所と言われても全く想像ができなかった
ほぼ毎日雪奈と会っている静希も、彼女がどこで話し合いをしているのかは知らない
少なくとも雪奈の家ではないだろう、彼女の家で話し合いなどの音が聞こえたためしは一度たりともないのだ
何より彼女の家にも邪薙の結界が張り巡らされている、誰かが来れば邪薙が気付くのだ
「まぁ場所は先輩たちに任せましょう、どこになるかはさておいて話し合って損はないわ」
「そうだな・・・雪姉の班の人たちか・・・確か井谷先輩と藤岡先輩だったかな?」
雪奈と熊田以外の班員はうろ覚えだが、一応名前は思い出せた、能力は確か井谷の方が転移系の能力であったというのを覚えている
ただ藤岡の方がどのような能力を有しているのかは静希達の中で知るものは誰もいなかった
元々あの班には前衛が二人いると聞いていた、前衛に雪奈、熊田が索敵と補助、そして井谷が転移での補助という事はもう一人の藤岡は前衛の人間という事になる
静希の記憶の中では防御寄りの能力だったというのを覚えているが、実際どのようなものなのかは一度も見たことがない
「しかも今回作戦を考えるのって静希じゃないんだろ?なんかちょっと不安だな」
「あ、そうか、今回私たち補助だもんね、そう言えば忘れてたわ」
普段静希が作戦や行動を決めるのが当たり前になっていたために、静希以外の人間が行動方針を決めるというのはひどく違和感があるのだ
雪奈たちの班で作戦を考えるのは一体誰だろうか、雪奈は絶対にそう言うことを決めそうにないので他の三人の中の誰かという事になる
「あの中じゃ熊田先輩じゃないか?井谷先輩はちょっと軽そうだったし、藤岡先輩は前衛だろ?」
「そう考えるとそうか・・・熊田先輩かぁ、どんな采配をするんだろうね」
普段は静希の作戦に慣れているし静希の考えを信用しているとはいえそれが急に変わるとなると違和感と不安はぬぐえない
静希の考えは基本理論や状況に則って判断を下していくものがほとんどだ、熊田も理論的な考えができるとはいえ静希のような素早く適切な判断ができるかは不明である
今回の実習、雪奈たちと一緒だからと楽観視していたが、案外不安要素は多いのかもわからなかった
「てなわけで一度軽いミーティングみたいなのをしたいんですけど、構いませんか?」
その日の昼、静希は雪奈たちのいる三年の教室にやってきていた
なにせ今回の実習は三年生が主動で行うものなのだ、自分たちの役割を決めるという意味でも一度話し合っておいて損はないだろう
「こちらとしては構わないのだが・・・まだ正式に決定していないのに気が早くないか?」
久しぶりに会った熊田のいう事ももっともなのだが、自分たちの立場を考えると気がせくのも当然と言えるだろう
「先生に確認したんですけど、俺らで確定みたいです、・・・前に一緒に行動したってのもありますし、事情を知ってる人間がいたほうがいいという意味で決められたんじゃないですかね」
事情と聴いて熊田はなるほどと呟く、この中で静希の事情を知っているのは雪奈と熊田だけだ、余計なことを漏らさないように気を配れと遠回しに言われているようなものだ
熊田としては実力の確かな静希達が加わってくれるのはありがたいのか悪い気はしていないようだった、そしてそれは藤岡達も同じようである
「こちらは構わないが・・・場所はどうする?こちらがいつもやっている場所でいいのか?」
「それでかまいません・・・俺の家に呼ぶわけにもいきませんから」
それもそうだなと熊田は薄く笑みを浮かべる
こういう時に事情を知っている人間がいるというのは非常にありがたい、言葉にしなくてもある程度察してくれるのだから
しかもそれが熊田のような頭の良い人間でよかったと思うばかりだ、これで事情を知っているのが雪奈のような前衛型の人間だけだったら面倒なことになるに決まっている
「ちなみに普段ってどこでやってるんですか?ファミレスとか?」
「いや、こいつの家でやっている、案外近くにあるものでな」
そう言って熊田が指差す先には藤岡がいる、どうやら彼の家は学校からそれなりに近いようだった
「つっても一人暮らしだけどな、実家は新潟にあるんだ」
「へぇ、寮には入らなかったんですか?」
喜吉学園には、いや正確には日本の専門学校には寮が存在する、実家が遠方にある生徒はそこにはいったりするのだが、藤岡はそうしなかったらしい
「寮だと好きな飯が食えないからな、学校の紹介で安いところあったし、そこに住んでる、結構そう言う奴いるぞ?」
寮だけでは入りきらない生徒がいることを考慮して学校の周りにはいくつか学校が所有したり提携しているマンションやアパートなどが存在している
そう言うところに住んでいる学生は数多くいるためこの辺りの学生は必然的に一人暮らしも多い
静希達は生まれも育ちもこの辺りだが、他の生徒たちは遠くからやってきているのがほとんどである
喜吉学園は関東にある学校だ、関東地方と中部地方の東部、東北地方の南部に実家があるような生徒たちはこの学校にやってきている
事情によってはもっと遠くからやってきている人間もいるくらいだ、例えば親戚の家が喜吉学園の近くにあるからそこに居候させてもらうとか、そう言う事情の生徒も数多くいる
「でも合計で八人も入りますけど、平気ですか?」
「大丈夫だろ、そこまででかい奴いないし、まぁちょっと手狭になるかもしれないけどな」
一人暮らしという事はワンルームの可能性が高い、その中に八人も一緒にいるとなるとかなりの人口密度になるだろう
万が一の場合その場に立つ必要があるかもしれない
「大丈夫だよ静、狭かったら私が明ちゃんを抱いててあげるから」
「それは安心できる材料にはならないと思うけどな・・・あんまり引っ付くなっての」
雪奈があっけらかんとした顔で笑いながら静希を背もたれ代わりにしようとしているのをため息交じりに押し返す、その様子を見ていた井谷が不意に笑いだした
「いやぁ、弟君は雪奈の扱いを心得てるね、本当の姉弟みたいだ」
「あー・・・まぁ物心つく前からの付き合いなんで、実際の姉弟みたいなもんですよ、家もすぐ隣ですし」
実際静希と雪奈の付き合いは長い、それこそ何時頃から一緒にいるのかなんて本人たちも忘れているほどである
少なくとも生まれてすぐではないと思うが、そのあたりは記憶があいまいなためにまったくと言っていいほど覚えていない
「いいなぁ・・・私も弟君みたいな幼馴染が欲しかったよ」
「ふふん、静はやらんぞ、これは私のだ」
静希の腰に手を回して自慢げに微笑む雪奈にため息をつきながら静希は軽く雪奈の頭を小突く
話が脱線してしまった、雪奈の話になると話が逸れてしまうのだ
「じゃあ、とりあえずいつがいいか教えてもらえますか?そっちにも都合があるでしょうし」
「そうだな・・・今日は・・・さすがに無理か・・・明後日はどうだ?」
頭の中で予定を確認するが一応特に予定はない、後は自分の班員たちがどのような反応をするかだ
「じゃあうちの奴らにも確認しておきます、もしオッケーであれば雪姉にメールで知らせますんで」
「わかった、まぁそこまで気張らなくてもいい、今回はこっちがメインの実習だからな」
熊田の言葉に静希はそうですねと苦笑する、メインではないとはいえ静希が関わる実習だ、何かしら面倒がやってくるのは確定的である
もう一年以上面倒事を引き寄せ続けているのだ、何かしらの面倒があると考えて然るべきである
「明後日ね、わかった予定に入れておくわ」
熊田たちとの話を鏡花たちに伝えるととりあえず問題はないのか全員予定に組み込むつもりのようだった
静希も特にこれと言って予定はないために雪奈にメールを送ることにする
「にしても静希と陽太以外の男子の部屋か・・・ちょっと緊張するわね」
「・・・あぁそうか、鏡花はもう陽太の部屋行ったんだっけ」
陽太の実家の部屋、静希からすると行く意味のない部屋という風にとらえられるあの部屋
ベッドと簡単な家具があるだけの部屋が男子の部屋と言えるかどうかはさておき、鏡花は小さくため息をついていた
「あんたから話は聞いてたけどね、まさかあそこまでだとは思ってなかったわよ、一瞬独房かと勘違いしたわ」
「いやぁお恥ずかしい」
全く褒めていない鏡花の言葉に陽太は照れ入っている、実際全く褒めていないのだ
鏡花の言うように陽太の部屋は一瞬独房かと勘違いするほど簡素な部屋である、いや簡素という言葉でさえ正しくないだろう
壁や床はコンクリートで固められ、家具のほとんどは金属でできている、燃えるものを徹底的に排除したその部屋にはものがほとんど置かれていない
昔はそこそこの頻度で能力の暴走を起こしていたために、火事を起こさないためにリフォームしたのだ、正確にはリフォームとは言わないかもしれない、改修、いや改造といういい方の方が適切だろうか
ほとんど物の置かれていない陽太の部屋は本当にただ寝に戻ってくるだけのような印象を受けた、さすがの鏡花もこれでは不憫と思ったのか、コンクリ表面の色や形を変えて表向き普通の部屋に見えるようにしたが、それでも圧倒的な物の少なさは変わらない
もともと陽太に収集癖がないというのもそうだろうが、幼少時から大事なものを燃やしてしまったりしていたために物を所有しようという欲がないのだ
大体の物は静希達がもっていたためにそこまで何かに執着するという事はしてこなかったのである
「最近こいつの能力も安定してきたしさ、今度なんか買いに行こうかって言ってるんだけどね・・・なんだか乗り気じゃないみたいで」
「あー・・・まぁしょうがないだろ、そもそも何かを飾るとか言う性格でもないし、そもそも買うって何を?」
「そりゃ・・・漫画とかゲームじゃないの?」
鏡花は男子のセンスがわからないために買うものは陽太に任せようと思っていたのだが、陽太はその類のものを楽しむことはあれど買うことはしてこなかった
その為に本格的に買うものが、部屋に置くものがないのである
「別に無理に買う必要はないんじゃないかな?陽太君も今の部屋でいいんでしょ?」
「あぁ、大抵のものは静希んちとか鏡花んちにあるしな、それにあったってあの部屋に帰るのって本当に寝る直前だし」
陽太は両親と不仲という事もあって大抵遅くまで訓練し、家に帰って食事をした後はそのまま部屋に行って横になる
かなり早くに寝ることはさすがにしないが、何もせずに放心したり勉強をしたりしている位である、それでも鏡花に会う前よりは格段にやることが増えたのだとか
具体的には勉強の事だろう、鏡花の英才教育のおかげで陽太の学力は徐々にではあるが上がってきている
それでもまだ静希達のそれには届かないが、かつての陽太のそれと比べると天と地ほどの差ができているのだ
「この調子なのよ・・・本人がそれでいいっていうならそれ以上言えなくて・・・」
「まぁ、陽太がいいっていうならいいんじゃないのか?別に欲しいものとかないんだろ?」
「ん・・・無いわけじゃないけど・・・まだ手が届かないって感じだな」
陽太も欲しいものはあるらしいのだが、まだ買うというレベルではないらしい、そもそもそれがものかどうかも怪しいが
「ていうか買い物なら結構な頻度で行ってるじゃんか、それじゃ嫌なのか?」
「あんたの服とか私の服とかは見てるけどね、問題はあんたの部屋なの、もうちょっと家具とか飾りっ気がないと殺風景すぎるのよ」
さすがの鏡花も他人の部屋に対して強く言うことはできないらしい、とはいえ静希も明利もその言葉には同意してしまっていた
陽太の部屋には本当に何もない、ただ寝るために帰っているようなものだ、人が住んでいると言えるのかも怪しい部屋である
「まぁそこら辺は鏡花姐さんが少しずつ矯正していけばいいんじゃないのか?しっかりと手綱を握っておけよ」
「そうやって何でもかんでも私に放り投げて・・・まぁ悪い気はしないけどさ」
自分の恋人のことを自分が気にするのは当然のことだ、とはいえあまり束縛しすぎても問題だ、そのあたりは適度な距離というものが必要なのである
鏡花としても陽太と長く一緒にいたいと思っているのだろう、そのあたりの線引きは大事にしているらしい
「陽太も、こんないい女なかなかいないんだから、手放さないようにしろよ?」
「おぉよ、鏡花は俺のだからな、手放すつもりなんてさらさらないっての」
陽太の何気ない所有宣言に鏡花は顔を赤くしてすぐに顔をそむける、特に何も考えずに言っているのにもかかわらず鏡花が一番欲しいであろう言葉を投げかけるあたり、陽太らしいというべきか
とりあえず静希と明利はごちそうさまと言いながら二人をニヤニヤしながら眺めていた
初々しい鏡花は見ていて面白い、陽太に惚れてからというもの、鏡花が親しみやすくなったのは恐らく気のせいではないだろう
「五十嵐、少しいいだろうか」
翌日、静希が廊下を歩いていると唐突に呼び止められる
振り返るとそこにいたのは熊田だった
学校で呼び止められるのは久しぶりだなと思いながら、静希は熊田の下に歩み寄った
「熊田先輩・・・どうしました?」
「いやなに、今度の実習についてひとつ気がかりなことがあってな・・・ここじゃなんだ、場所を移そう」
そう言って熊田が連れてきたのは飲み物の自販機の前だった、缶コーヒーを買って静希に手渡すと、熊田も自分の飲み物を買って一口飲んだ後に本題に入った
「まぁなんだ、お前の同居人たちはどんな様子かと思ってな、あれから特に変わりはないのか?」
「えぇまぁ・・・相変わらずっちゃあ相変わらずですけど・・・それがどうかしたんですか?」
熊田が静希の家の人外たちのことを聞いているというのはすぐに察しがついたが、何故そのことを聞いてくるのかがわからなかった、熊田はそこまで人外に関心は無いと思っていただけに不可思議である
「いやなに、今度の実習についてなんだがな、明日詳しく話すが現場が山や森でな、奴と初めて遭遇した時のようになると目標まで見失いかねないからその点を今のうちに注意しておこうと思ってな」
熊田の言葉に静希はなるほどとコーヒーを口に含みながら納得する、恐らく彼が危惧しているのはメフィの動向なのだ
強大な悪魔の存在を感知すると近くの動物たちは我先にと逃げ出す傾向にある、それは奇形種も同じことだと思ったのだろう、万が一にも目標に逃げられたら困るため今のうちに釘を刺したという事だ
「わかりました、一応実習中にはあいつは出てこないようにさせますよ」
「すまんな・・・それにしてもまたお前達と行動を共にすることになるとはな」
熊田の言う『お前達』というのが一体誰のことを示しているのかは不明だが、静希としては苦笑するほかない
なにせ静希達が関わった実習のほとんどは普通の実習とはかけ離れたものばかり、面倒事を選別しているのではないかと思えるような内容ばかりだったのだから、それに巻き込まれる形となった熊田からすればいい経験になったという面もあり、その逆もまた然りである
去年の八月の実習で熊田たちとはもう組むことはないと思っていたのだ、実力という意味でもそうだが、当時の時点でも熊田たちと自分たちの差は大きく開いていた
その差が少しでも縮んでいればいいのだが、実際そう上手くはいかないだろう
「一応足手まといにはならないように気を付けます・・・でも動物関係ってことは相手は奇形種ですか」
「・・・まぁ深山がいる時点である程度は察してくれ、それも明日話す、とはいえもうばれているようなものだろうがな」
静希にこの場で話したところで明日また同じ話をするのだから今することでもないなと思っているのか、熊田は持っていた飲み物を一気に飲み干す
「こちらとしても最低限のフォローはする、まぁお前達なら後れを取るようなことはないと思うがな」
「・・・ちなみに熊田先輩としては、今回の俺たちにどういう風に動いてほしいですか?」
この場でしか聞けないこと、熊田の班員も静希の班員もいないこの場所でしか熊田の本音は引き出せないだろう
班員に気を遣うという事もなく、本心から静希達にどういう行動をしてほしいか
静希の問いに熊田は少し悩んでいるようだった
「・・・正直に言えばお前達にも直接的に・・・むしろこちらよりも積極的に出てほしいくらいだ、お前に響、清水に幹原、それぞれ癖はあるが優秀な人材だ、遊ばせるには惜しい」
今回の実習が熊田たちの班がメインで静希達はサポートという立場を抜きにすれば、実力も経験もそこそこある静希達にはむしろ対等な立場で行動してほしい、熊田はそう思っているようだった
実際奇形種相手や山での行軍はもはや慣れたものである、明利がいれば索敵に時間はかかるものの十分すぎる範囲をカバーできるために目標を探すという目的があるのならこれほど有用な能力は無いだろう
鏡花も陽太も実戦でかなり腕を上げているし、静希の能力も補助や連携に向いている、フォローさせるという目的さえ抜きにすれば三年生の実習にも容易についていける班だと熊田は考えていた
「とはいえ、メインがこちらであると明言されている以上、ある程度は自粛してもらう必要があるかもしれん、具体的には囮になってもらったり、後方支援に重点を置いてもらったりすることになるだろうな」
「・・・なるほど、妥当な線でしょうね」
静希達がそこまで積極的に前に出れない以上、後方支援や援護に回るのは至極当然の流れだ、幸いにして陽太の能力は囮向きだし、静希、明利、鏡花の能力も後方支援や援護向きの能力である
どの程度まで行動を制限されるかどうかは不明だが、ある程度事前に知らせておいた方がいいかもしれない
明利や鏡花はある程度察してくれるかもしれないが、陽太に関しては指示を出さなければ勝手に動くきらいがある、そうなってくると面倒なことになりかねない
普段静希はその行動に合わせたり、とっさに連携が取れるが他の班が一緒になると同じようにできるかは怪しいものである
「指揮系統はどうします?熊田先輩たちの班の司令塔が誰かもわかってないんですけど」
「指揮は主に俺と井谷が出している、ケースバイケースだが音で指示の伝達や、転移でフォローや軽い作戦会議と、その時々で指揮系統を変更することがある」
熊田の班はやはり熊田と井谷が司令塔を担っているようだった、中衛の援護支援系の能力の頭脳派といったところだろうか、熊田はイメージ通りだが、井谷の方は少々想像と異なる
実戦にはいることで豹変する人間というのはよく存在するために、印象と違っていても別段驚くことはなかった
「じゃあ今回はそちらの指揮に従ったほうがいいですか?その方がそっちの思惑を察しやすいですし」
「・・・それもいいんだが・・・今回は指揮系統を分けようと思っている」
熊田の言葉に静希は傾けていたコーヒーの缶を止める、指揮系統を分けるというのは利点もあるし欠点もある、今回の場合二つの班を一緒に行動させるという意味で言うならどちらにしても利点と欠点の関係はほぼ五分五分といったところだろう
指揮系統を同じにする利点は、行動と目的を統一しやすいところにある、複数の人間が指揮を執るよりも、一人の人間が一括して指揮をした方が混乱が少ない、さらに言えば複数指揮の場合に比べ誤解なども少なくて済む
欠点としてはなれない班の場合、班の特性を把握しきれないことと、指示が正しく伝わらない場合があるのだ、普段班で使う隠語や、キーワードなどが伝わらなかったり、班員が指示を信用しきれずに指示に従わない場合もある、先日陽太が熊田の指示に不安を覚えていたのが良い証拠だ
そして指揮系統を複数用意する利点は、それぞれの班の状態への深い理解と、信頼度の高さ、そして伝達の容易さにある、指示し慣れており、それに従い慣れている者同士であれば少ない文言で必要なことを伝えられたり、場合によっては口に出す必要もなく指示に従う事だってできるだろう
さらに言えばチームを二つに分け、それぞれ違う行動をとることが容易になる、元より指揮系統が違えばたとえ急に班が分断されたとしても即座に対応できるだろう
欠点としては、行動するうえで混乱が発生しやすいことと、連携がとりにくくなるという事である、二つの指揮系統による指示がそれぞれ同じ目的を持っていたとしても、相手の目的を把握し動くまでに時間がかかる、連絡を密に取り合っていれば多少緩和されるだろうが実戦において連絡を取る時間を確保するというのは命取りになりかねないこともある
それぞれに利点と欠点がある以上、そして今回のメインが熊田たちの班である以上、その決定に反論するつもりはなかったが、何故その決定をしたのかが気になった
「一応聞いてもいいですか?何で指揮系統を分けようと?」
「・・・単純な理由だが、俺はお前たちの成長の度合いを知らない、半年以上前のままではないのは確かだろう、正確に実力を把握していない人間が指揮をしたところで正確な指示は出せないと判断した」
熊田の言うことはもっともだ、確かに静希達はこの半年、熊田と合同で実習をしていた頃に比べれば実力は様変わりしている
陽太は全力である青い炎をコンスタントに出せるようになり、槍以外、盾も使えるようになっている、鏡花の変換の能力も成長を続けているし、明利も以前に比べ体力も増え武器も扱えるようになっている
一番様変わりしたのは静希かもしれない、あの時はまだ五体満足だったが、今は両腕はあの時のままではない
左腕は霊装の義手を、右手は悪魔によって魔素を注入され奇形化している
能力こそほとんど変わりは無いものの、そこに入っている武装に関しても大きく変化がある、銃弾や釘などの武装が増え、太陽光や硫化水素だけではない別の切り札もすでに内包している
適切な行動をとれと言われればその通りにするが、どのような行動をとるかは熊田は完全に把握しきれないのだ
そう言う意味では指揮系統を分けるというのは適切な判断と言えるだろう
「行動方針は、俺や鏡花に伝えてあとは自由に、という感じですか?」
「間違ってはいないが・・・緊急時、あるいは必要に迫られた場合以外は行動を共にしようと思っている、その場合は指揮を統一、そして戦闘に入った場合の行動はそちらに任せる、まぁあらかじめどんな行動をとるかくらいは教えておいてくれると助かるが」
緊急時あるいは必要に迫られた場合
熊田が言っているのは不慮の事態や目標を散策したりするために班を分散させる場合の話である
行動する場所がどこかはまだ静希達はわかっていないが、奇形種が関わっているという事は山か森、あるいは研究施設などがある場所の可能性が濃厚である
そうなると索敵する範囲は必然的に広くなる、班を分けることも十分にあり得るのだ
となれば指揮系統を二つに、あるいはそれ以上に分ける可能性も出てくる、幸いにして熊田の班は前衛が二人に指揮を執れる人間が二人、そして静希の班も静希と鏡花が別れれば班を分割できる、ただこちらは前衛が一人しかいないためにその点は少し考慮する必要があるだろう
きわめて理論的で納得しやすい理由だ、理に適っているし何より合理的である
連絡手段に関しては一考する必要はあるかもしれないが、そのあたりは熊田のことだ、ある程度は考えがあるだろう
今回は静希達は多少楽ができそうだなと、少しだけ安堵していた、熊田がここまでしっかりとした考えで指揮を出せるのであれば、わざわざ静希達が口を出すまでもないだろう
頭脳労働が減るというのはいいものだなと思いながら静希は熊田から渡された缶コーヒーを一気に飲み干した
「と、いう事らしい、今回は結構楽ができそうだな」
熊田との話し合いを終えた静希は教室に戻り、鏡花たちに先の話の内容を告げていた
実際に自分たちも行動することにはなるだろうが、主に考えを巡らせるのは熊田たちがやるという事を、そして自分たちは自分たちで行動できるという事を知り、鏡花は若干安堵しているようだった
「そう、まぁ負担が減るかどうかは別として、援護に徹していればいいっていうのはありがたいわね、私どっちかっていうとそっちのが得意だし」
鏡花は強力な能力を持っている割に、その能力を前面に押し出すのをためらうような節がある、表立って行動するのが嫌いというのもあるかもしれないが、彼女が強すぎる力を使いたがらないというのもあるかもしれない
霊装に取り込まれてからその傾向は薄くなっているとはいえ、自ら進んで強い能力を使おうとはしていないのが現状である
「確かにな、それで鏡花には臨時でいいからいろいろ指示を出してもらうこともあるかもしれないけど、それでいいか?」
「この中じゃ静希以外にできそうなの私くらいだもんね・・・まぁ構わないわ」
この班の中で静希以外に指示を出すことができる人間は鏡花以外にいないだろう、陽太は指示を出す頭がなく、明利はナビゲートや医療関係の指示に関しては定評があるが、実際に作戦を考えたりするのは苦手としている
それに引き換え鏡花は状況判断も適切で察しもいい、それに班員のことをよく理解している、静希と同じくらい良い指示ができるだろうと班の全員が感じていた
「明利も陽太もそれでいいか?俺と鏡花の二枚看板で話を進めるけど」
「うん、私はそれでいいよ、いつも通り索敵とナビが私の仕事だね」
「俺もいいぞ、鏡花の指示なら安心できるしな」
明利はいつも通りナビと緊急時の治療が主な仕事となるだろう、万が一の時はカリクを使うことになるかもしれないが、それはあくまで保険だ
陽太は鏡花が指示を出すというのなら安心できるらしい、この辺りは気の持ちようとしか言いようがないが、それだけ陽太が鏡花を信頼しているという証だろう
そのことを察したのか鏡花はくすぐったそうにしながらも嬉しそうだった
「指揮を複数に分けるってことは、それだけ班を分割するってことでしょ?二人一組、あるいは班ごとの行動って感じかしら」
「そうなるだろ、まぁ行動場所が山か森かは知らないけど、またある程度索敵網を敷く必要があるだろうな」
広範囲を索敵する場合、明利の索敵網を敷くのが一番手っ取り早く確実だ、明利のマーキング済みの種を蒔けばそれだけで索敵網は広がるし、明利自身が木々にマーキングすればその周囲も索敵できる
広範囲索敵において班を分割しない理由がない、その為それぞれ指揮系統を分けるというのも納得のいく話である
「で、まぁお察しの通り相手は奇形種なわけね」
「まぁ予想通りだろうな、群れなのか完全奇形なのかはわからないけど」
ただ一匹二匹の奇形種のために雪奈の班が動くというのは考えにくい、三年の実習なのだ、最初から複数の奇形種がいるか、完全奇形が相手になると考えておいていいだろう
「今度はどんな相手だろうな・・・今まではイノシシだったりザリガニだったりいろいろいたけど」
「まぁまともな奴じゃないって考えておいて損はないだろ、俺らが関わる実習だし」
何の根拠もないが静希の言葉に強烈な説得力があるのは気のせいではないだろう
今まで関わってきた実習が何もかも面倒なものばかりだったのだ、それも仕方のないことだと言えるが、そんな状況に慣れてしまった自分たちに若干の呆れと情けなさを感じていた
「じゃあ今回の最悪の事態・・・っていうか予想される面倒はどんな感じかしらね?それぞれ予想してみる?」
一年以上面倒を吹っかけられてきた自分達ならそのあたりを予測できるのではないかと鏡花が何気なく言うと、全員が眉間にしわを寄せて悩み始める
「奇形種じゃなくて、実は動物に化けられる能力者だったとか?」
「奇形種の使う能力がかなり危ないとか・・・例えば毒をまき散らすとかの」
「奇形種がやってくるのに呼応してその場所の主的な動物、あるいは奇形種との乱戦が起きるとか」
「・・・全員考えることがめんどくさいわね本当に」
ただの実習をこなしてきたわけではないために、全員が面倒な可能性を上げてきたために鏡花は呆れを通り越して感心していた
最初の実習のように、奇形種かと思ったらエルフだったり、ザリガニのように面倒な能力を持っていたり、予期せぬ横やりが入ったりと、今まで遭遇してきたこととはいえ起きたら面倒極まりないことばかりである
可能性としてはそれら全てが起きることもあるのだ、マイナス方面ではあるが予測はしておいて損はない
「ちなみに鏡花の予想は?なんかないのか?」
「そうねぇ・・・奇形種だと思ってたら実は悪魔だったとか?」
「ハハハ・・・笑えねえな」
可能性としては捨てきれないその想像に、全員がため息をつく
なにせ班の中には人外と何かと縁のある人物、静希がいるのだ、本当に唐突に悪魔がやってきても何もおかしくないのである
よくもまぁ自分たちは一年間生きていられたものだと感心してしまうのだが、このマイナス方向の成長もある意味良いことなのかもしれないと全員でそう思い込むことにした
翌日の放課後、静希達は授業が終わるのと同時に雪奈たちと待ち合わせをし、熊田たちと共に藤岡の家に向かっていた
軽くつまめるものを各自購入してたどり着いたのは静希が住むマンションより一回りほど小さいマンションだった
部屋に上がるとやはり一人暮らしの部屋という典型的な男部屋が広がっていた
静希達が来るという事である程度片付けられているように見えるが、要所要所に積み上げられた雑品が目立つ
「散らかってるけどそこら辺座っててくれ、今コップ出すわ」
藤岡の指示に熊田や井谷、そして雪奈は恐らく定位置と思われる場所へと座りこむ
それに倣い静希達もそれぞれ部屋の一角に座り込むことにした、その中心にあるテーブルには菓子や飲み物、そして熊田が取り出した書類が乗っている
「よし・・・じゃあ始めるか、今度の実習の事前会議」
「今回は五十嵐達がいるから、少し丁寧に話し合うぞ、まずは概要から・・・簡単に言えば今回は山岳地帯の奇形種の討伐だ」
熊田の言葉にやっぱりかと静希達が僅かに目を細めると、熊田は資料の中から数枚の写真を取り出す
そこには山の風景の一角だろうか、木々が生い茂る中に一点、目を引くものが写されていた
それは何かを引きずったような跡だった、それもかなり大きい、それがまるで道のように山の向こうに消えている
そして別の写真にはかなり大きな範囲で枝葉が押しつぶされていたり、中には木が一つへし折れているような写真もあった
この写真から、かなり大きな動物を引きずったか、あるいは目標自体がかなり大きいことが推察できる
「この写真から委員会と我々の中で意見が一致した、目標は中型から大型の奇形種である可能性が高い、具体的には・・・熊、あるいはそれ以上の大きさの個体であると予想できる」
「更に付け加えるなら、写真の中に一切足跡が見つからない点から、蛇、あるいは足を持たない形に奇形化した個体だと予想できるわね、あるいは尻尾が無駄に大きいとかかしら」
痕跡からだけで目標のおおよその大きさと形状を予測するあたり手慣れている、静希達ではそこまで詳細な予測はできないだろう
目の付け所が違うというのはこういうことを言うのだろうか、静希達が写真を見ても木々がなぎ倒されている点からかなり強い力を持つか、縄張り争いでもあったのかというくらいしか予想できないだろう
「そこで、まぁ今まで通りだが、索敵をしながらの行軍、接敵、殲滅が流れになる、かなり大きな相手が予測されるため、前衛の二枚看板だ、それぞれ気を抜かないように」
「オーライ、任せとけって」
「私達はいいけど、静たちはどうするわけ?このままじゃ出番なしだけど」
前衛二人、藤岡と雪奈というのは理解できるが、そこから先静希達の立場がどのようになるかが今回の話し合いで最も重要だ
熊田からある程度の方針は聞かされているとはいえ、他の班員の意見次第ではそれが覆ることも十分にあり得る
「俺としては索敵に重点を置いた支援と援護を頼みたいと思っている、十分戦力にはなるだろうがこちらが主要という事もあって今回は多少控えめな行動を」
「なんでだよ、せっかく戦力増えてるんだろ?どうせならもっとアグレッシブにいってもらえばいいじゃんか」
やはりというか当然というか、藤岡からの意見が出たことで熊田はため息をつく
前衛としては負担が減るのであればそれこそ願ったりかなったりだ、なのにわざわざ戦力を遊ばせておくなど非効率極まりない、そう言う考えのようなのだが熊田は一瞬井谷と静希の方に視線を向けてから額に手を当てる
「戦力になるのはわかっている、だが二年生はあくまで補助だ、実習のメインはこちらなんだぞ」
「んなのはわかってるって、聞けば深山の幼馴染なんだろ?そりゃ活躍してもらわなきゃもったいねえって、深山もそう思うだろ?」
「・・・ん・・・私は別にどっちでもいいかな、静たちだって毎回行動的ってわけでもないし・・・まぁ判断は熊田と静に任せるよ」
端から思考を放棄しているあたりが前衛らしいが、そこは司令塔を信頼しているととるべきだろうか、特に実際に動く静希達の考えを反映するべきであるという意見が出たのは地味にありがたい、これでこちらとしても意見を言いやすくなる
そして雪奈の言葉の意図を察したのか熊田は静希達にそれぞれ視線を向けていく
「お前達はどうだ?後方支援がいいか、それとも積極的に参加したいか」
ここで選ばせるあたり熊田もなかなかいい性格をしている、と言っても班の意向としては静希と鏡花に一任されているためにそれぞれ意見を言うも何もないのだが
「こちらとしては後方支援でも積極的に参加するのでもどちらでも構いません、うちにも血気盛んなのが一名いますし」
「おぉよ、後ろでちまちま作業してるのは性に合わないぜ」
静希達の班の前衛である陽太としては後方支援になるとできることがなくなってしまうためにむしろ積極的に目標と関わっていきたいと考えているようだ
と言っても陽太は私情よりも班全体の利益を優先できる、というより静希の指示が正しいという事を本能的に理解しているためにそれに従うのだ
必要とあれば前に出る、必要とあれば身を引く、陽太はバカだが決して頭が悪いわけではない、時と場所をわきまえないような人間ではないのだ
「ふむ・・・結論から言えば場合によりけりという事か」
「まぁそうですね、でも一応傾向だけは分けておこうと思ってます、具体的には俺と明利は索敵と後方支援に、陽太と鏡花は先輩たちの援護とフォローに回ってもらおうかと」
後方支援と直接援護を分ける、これにもれっきとした意味がある、陽太は主に戦闘面でしか役に立てないために戦闘に加わるのが一番だ、そして陽太のフォローが一番できるのは今や鏡花である、山という事もあって火災を防ぐためにも鏡花を一緒にしておいた方がいい
それに静希が援護に回るよりは鏡花がいたほうがどちらかというと直接援護は楽にできるだろう、足場を作るという意味でも、相手を拘束するという意味でも
「索敵の段階では先輩方に協力してもらうこともあるかもしれませんが、それ以降に関しては可能な限り邪魔にならないように努めます、今のところはそのくらいですか」
「ふむ・・・妥当なところだとは思うが・・・五十嵐はもう少し積極的に行動してもいいのではないか?お前ならこちらの動きにもついてこられるだろう」
熊田の言葉に雪奈は僅かに眉を動かし、静希も複雑そうな表情をする
確かに熊田の言うように今の静希ならば三年生の戦闘にもついていくことは可能だろう、石動との模擬戦の時に会得した高速移動法があればフィアの力を借りずとも森林地帯などでは自由に行動できる
だが問題は明利なのだ、索敵において重要な人物である明利を放置するわけにもいかない、必ず護衛は必要なのだ
「俺は今回は明利を守りながら全体の把握に努めようと思います、状況によってはまたこいつの切り札が必要になるでしょうし」
明利の切り札
その言葉を聞いて熊田はなるほどなと納得する、かつて静希達と一緒に遭遇した完全奇形の動きを完全に止めて見せたのも明利の切り札であるカリクだった
もし雪奈たちが速攻で終わらせることができるのならいいが、討ち損じた場合は静希が即座に判断してカリクを打ち込むつもりだった
そうすれば相手が生き物である限りカリクの進行を阻む術はない、そうなればこちらの勝利はまず揺るがないだろう
「へぇ、そっちの小さい子の切り札ってすげえの?」
「明ちゃんのは凄いよ、前にやったザリガニもそれでやっつけたんだもん」
まるで自分の事のように誇らしそうにしながら雪奈は胸を張っているが、それとは対照的に明利は恥ずかしそうに縮こまっていた
自分の評価が高くされるというのに慣れないからか、顔を赤くしながら静希の陰に隠れようとしている
「ふむ・・・仕込みに関しては井谷と連携すれば上手く事を運べそうだな、そのことに関しては改めて話し合うとして・・・実際に援護をしてもらうのは響と清水という事で異論はないか?」
「問題ないっす、囮でも攻撃でもガンガンこなしますよ」
「こちらも問題ありません、地形改善も拘束も防御もやって見せますよ」
伊達に今まで厄介ごとをこなしてきたわけではないためにこの二人の度胸もなかなかのものになっている、実際それだけの実力をつけているのだ
陽太に関しては接近戦に限定すればエルフと同格に近い戦いが可能となり、鏡花はその能力の強さからエルフにも引けを取らない、それだけの実力を持った人間が二人、しかも相当な経験を積んでいるのだ
悪魔と対峙しても問題のなかった二人が、奇形種だろうと完全奇形だろうと遭遇したところで今さらたじろぐとも思えなかった
「ところで、フォローするのはいいんですけど、そっちは具体的にはどうやって動くんですか?それによって援護の仕方が変わってきますけど・・・」
鏡花の質問にそう言えば教えたことがなかったなと熊田が自分の班員に目を配る
静希達の班の場合、明利の索敵によって発見した目標に対して陽太が囮兼主力として突っ込んでそれを静希と鏡花がフォローするというわかりやすい図式だ、だが熊田たちの場合どのような行動をしているのかは不明である
班員の了承が取れたのか、熊田はとりあえず全員の立ち位置と役割から教えることにした
「お前達も知っての通りだが、こちらの班には藤岡と深山の二人の前衛がいる、その二人を俺と井谷がフォローする形になる、具体的には藤岡が表立って攻撃、深山は井谷とのコンビネーションでヒット&アウェイといったところか」
藤岡がどんな能力かはいまだ不明だが、井谷の能力は空間と空間をつなげる転移系の能力だ、なるほどそれなら雪奈との相性はいいかもしれないと静希は頷きながら納得する
藤岡が敵に対してプレッシャーをかけながら誘導し、井谷の能力が発動できる場所になったら雪奈が高速で移動、井谷の作った転移の入り口を通り攻撃、再び転移の道を通って距離を置く
大体の流れとしたらこんな感じだろうか
ほんの一瞬の接触だったとしても雪奈であれば確実に急所への攻撃ができるだろう、大型ではなく小型から中型の武器に限られるが雪奈の移動速度はなかなか速い
通常の移動攻撃だけでも反応できるか怪しいのに視界外から突如斬りかかられたら斬られたことにも気づかずに絶命する可能性だってある
熊田の索敵と音による補助攻撃によって敵を攪乱するのも地味に役に立っているだろう、視覚情報に加えて聴覚が優れている個体が多いのが動物だ、何より驚かせて隙を作るにはもってこいである
こうしてみると熊田たちの班も静希達の班とはまた毛色が違うものの急襲などに向いている班であることがわかる、一撃必殺がセオリーの奇形種に対して功績をあげるのも納得できる話である
「ふむ・・・とりあえずはこんな所か・・・」
意見を出し合い、それぞれ話し合い、要点をまとめているうちにあたりはすっかり暗くなってしまっていた
今のところまとめられる情報はこの程度だろうと熊田はとりあえずこの場を締めることにしていた
「今日はここまでにしよう、後は五十嵐達が正式に情報を受け取ってからでもいいだろう」
「んだな、んじゃとっとと帰れお前ら、俺はとっとと晩飯を作りたいんだ」
そう言えば今日は藤岡の家でやっているんだったなと思い出した静希達は礼を述べた後で足早に藤岡の家を後にすることにした
「んじゃ雪奈に弟君達、私はこれで、んじゃね」
「また今度、気を付けて帰るんだぞ」
井谷に続いて熊田も帰宅し、静希達もそのまま家に帰ることにした
「んじゃ静希、明利、雪奈さん、また明日」
「んじゃな」
陽太は鏡花を送るために途中で別れ、静希と雪奈は明利を送るために夜道を歩いていた
「いやぁ、まさかまた静たちと一緒に行動することになるとはなぁ・・・」
「まぁ雪姉たちがいるとこっちとしても楽だけどな、戦力的な意味で」
「前衛が三人に増えるからね、陽太君だけじゃどうしてもカバーしきれない時があるし」
前衛が陽太しかいないからこそ時折静希が前に出るようなことになっているのだ、だが前衛が三人もいるとなればわざわざ静希が前に出るような必要はない
余計な危険を冒す必要がないというのは気楽なものだと静希は僅かに安堵していた
「まぁ静たちにとっては楽な実習でしょ、ただの奇形種だと思うし」
「完全奇形かもしれないぞ?まぁそれでも雪姉達いるんだし、問題ないと思うけど」
約一年前、去年の六月に出会ったザリガニの奇形種でさえフルメンバーでないにもかかわらず討伐できたのだ、雪奈の班と静希の班が全員そろった状態ともなれば負ける要素が無いように思える
「二人とも、油断はダメだよ?なにがあるかわからないんだから」
「おっと、明ちゃんからおしかりを受けてしまった、こりゃ気を引き締めにゃならんね」
明利の指摘に雪奈は笑いながらもしっかりと自分の中にあった油断を取り払おうとしているようだった
二人を心配する明利からすれば気が気ではないのかもしれないが、雪奈からすれば毎回やっていたことにプラスして静希達がやってくるのだ、気分が高揚していても無理はないだろう
「明利の気持ちも分かるけど・・・さすがに奇形種相手に特化した班に加えて俺たちもいるんだ、危ないことはあると思うけど失敗ってことはないと思うぞ?」
「危ないことがあるのが問題なの、成功とか失敗とかは二の次だよ」
明利にとって実習の成否よりも重要なのは静希達が無事でいることだ、それが一番難しいことだというのは明利も理解しているが、それ以上のことを明利は望まない
一度静希が死にかけているという事もあってか、明利は身内の怪我について少々過剰になっている部分も見受けられた
「だいじょーぶだよ明ちゃん、いざとなったら私が駆けつけるさ、明ちゃんと静は私が守ってあげる」
自信満々に胸を叩く雪奈に静希と明利はつい苦笑してしまう、少なくともそれは女子が言うようなセリフではなかったからである
「お姫様を守るナイト様って感じだな、男らしいぞ雪姉」
「その場合静希君は?」
「・・・魔法使い的なポジション?」
どちらかというと悪者に近いような立ち位置の静希からすれば、誰かを守るという事よりも誰かを陥れるという行動の方が慣れている気がしてならない
無論そんなことはないのだが、否定しきれないのが悲しいところである
そうこうしているうちに明利の家にたどり着き、明利は二人に別れを告げて家の中に入っていった
「今度の実習さ、静は前には出ないんだよね?」
「・・・そのつもりだけど、何で?」
明利がいなくなった途端に声のトーンが少し下がったのを聞きのがさずに、静希もそれにつられて僅かに真剣な表情を作る
明利がいたからこそ気丈に振る舞っていたようだが、どうやら雪奈も若干の不安があるようだった
「一度相手にしてるからわかると思うけどさ、完全奇形相手だと結構危ないんだよね、私でも一撃で仕留められるかわからない・・・正直静が後方支援って聞いてちょっと安心してる」
「・・・明利の心配性がうつったか?らしくないな」
「しょうがないじゃん、お姉ちゃんだもん、弟のことが心配なのさ」
井谷が静希のことを弟君と読んでいたのに触発されたか、雪奈の姉としての意識が若干強くなっているように感じられた
いくら雪奈が高い身体能力を得られたとしても、毎回毎回一撃で敵を仕留められるわけではない
一撃で仕留められなければ敵は抵抗する、殺されたくないから命がけでこちらに襲い掛かってくるだろう、そうなった時静希が前にいたら守り切れるかわからない
「安心しろ、万が一の時はこいつらもいるし、何より前には出ないようにするから」
こいつらと言いながらトランプを見せる静希に雪奈は苦笑する、他力本願だねと呟きながらも彼女自身人外たちを信頼しているのか、不安は多少取り除けたようだった
誤字報告を220件分受けたので23回分(旧ルールで46回分)投稿
(゜д゜)?
(゜Д゜≡゜Д゜)?
何事!?
すいません、あまりに多すぎるので回数をいくつかに分けます
とりあえず五回分(旧ルールで十回分)ずつあげていくか・・・
これからもお楽しみいただければ幸いです!
10/46




