静希の露骨な恩返し
「んー・・・ある程度の強度確認はオッケーだけど・・・あとは補強作業かぁ・・・ぶっちゃけどのくらいの威力が欲しいのよ、触っただけで切れるようなのは無理よ?」
鏡花はそう言いながら一度水をタンクの中に戻し、タンクを補強しながらあらかじめ作っておいた研磨剤を準備する
実際の工業用水圧カッターなどにも用いられるのと同様の素材で作った砥粒で、砂よりも細かく重量もほとんどない
総合的に見れば多少重くなるかもしれないがそれでも水よりは大量に入れることができるはずである
これを噴射口の部分から混ぜ込むような形で投入すればそのまま水の流れに乗り細かい刃となるのだ、これまた人に当たったらひとたまりもない代物である
「まぁ実際人間とか生物に当てた時どうなるかわかんないしな、そのあたりは実際使ってみないことにはって感じだ、とりあえずメフィがかけられるだけの圧力をかけてもらうつもりでいたけど・・・難しいか?」
「さっきのが何割くらいの出力だったのよ、それによるわ」
メフィが可能な最大出力での圧力となるとそれこそ地盤すら動かしかねない、鏡花が作り出した急増の装置が耐えられるはずもないのだ
「さっきので大体二割くらいだってさ」
二割、人外たちは静希のトランプの中から能力をトランプの外に出す場合多少威力などが減衰されるらしい、どういう理屈かは人外たちも理解していないだろうし能力保持者である静希も理解はしていないだろう
だがあの圧力で二割という事は、本気になったらまず間違いなく鏡花の用意した装置は壊れるだろう、というより彼女にかかればこの世に壊せないものなどないのだ
「なら限界点は三割と思って、それ以上は今のこれじゃ無理・・・ていうかたぶん工業用のやつでも圧力に耐えられないわ」
「んん・・・まぁ鏡花が言うならそうなんだろうな・・・わかった、限界三割だな」
とりあえずそれだけは理解したのか、静希はトランプの中の人外たちと会話を始める、その間に鏡花はタンクの中に入った水の構造変換を始めていた
とりあえず今のうちにできることはしておくのだ、水を水素へと変換する作業、気体にするのではなく液体のままにするために少々手間がかかる、なにせ変換しても質量そのものは変わらない分、体積が変わってしまうのだ
タンクの形を変え、同時に大きくしながら少しずつ水を液体水素へと変換していく
水の十四分の一ほどの重さでしかない液体水素、これをいかに保てるかがネックだ
空気に晒しているだけで気体化が始まってしまうために鏡花は変換を始めると同時にタンク内部と外部を完全に隔離し、完全な断熱状態を作り出した
「とりあえず一回液体水素を入れてみて、そしたらあんたの切り札もどきを作りましょう」
「お、もうその段階か」
「実用できるかどうかはあんたがチェックしなさい、作るまでは手を貸してあげるから」
そう言いながら鏡花は蛇口のようなものを作り出し、液体水素を取り出せるようにすると、静希がトランプを一枚取り出しその先に掲げる
ついでに研磨剤も一緒に入れてしまえと液体水素が垂れるのと同時に研磨剤もトランプに向けて落すとその二つは何の違和感もなく収納されていった
「それじゃトランプセットしてくれる?一応熱に反応しないだけの距離でね」
「了解、んじゃ頼むぜ」
トランプを噴射口のすぐそばにセットすると鏡花の方に親指を立てて見せる
準備はいいようだった、鏡花はタンクに手を置いてゴーサインを出す
瞬間、タンクの中にある液体水素に強力な圧力がかかる
水よりも軽いせいか随分と勢いよく噴出している気がする、そして先ほど言っていた三割の圧力をかけているのか、予想通りタンクが悲鳴を上げているのが理解できた
鏡花がすぐさま補強をかけるのだがそれでもかなりの圧力をかけているのか、あちこちで過負荷がかかっているのが理解できた
とはいえ、このままならば十分耐えられる
補強を進めながらタンク内部の液体水素の残量を確認する、静希のトランプの中に入れられる質量は五百グラム、液体水素にしたところでそこは変わらない、ただ体積が変わるだけだ
時間にして二十秒もかからずに静希のトランプはいっぱいになったらしく、トランプに入れられない液体水素が辺りにまき散らされていた
「こんなもんか、もうちょっと入れられると思ってたけど」
「トランプ一枚ならそんなもんでしょ、一枚だけでいいのね?」
「あぁ、まだ試験的、切り札(仮)ってところだな」
以前作った高速弾と違ってこちらはまだ有効的かどうか全く分かっていない状況だ、使う場面が来るかも怪しいところではあるが現状できることはした
自分が作ったタンクがしっかりと耐えてくれたことを誇らしく思いながら鏡花はゆっくりと息をつく
「もうあんたの頼みは易々とは聞かないわよ?そのあたり理解しておきなさい?」
「いや本当に悪かった、今度なんか奢るよ」
自分でかなり面倒なことを押し付けたという事を理解しているのか、静希は本当に申し訳なさそうになりながら深々と頭を下げている
これは食事の一回や二回では足りないなと、何を奢ってもらおうかと鏡花も画策していたが、今まで世話になっているのだから多少はそのあたりも考慮してやろうと慈悲の心を見せていた
「とりあえず後片付けするから、この辺りに近づかないでね、特に陽太、あんたは絶対に近づかないこと」
ただでさえ危険な液体水素があるという事で、炎を出す陽太は完全に出禁になってしまっていた、やることがないために陽太と静希と明利は膝を抱えて待っているほかなかった
こうして静希のトランプにまた一つ、切り札(仮)ができたことになる
「という事で、恩返しをしようと思う」
場所は静希の家、唐突にそう切り出した静希の言葉を明利と雪奈は目を丸くしながら聞いていた
どういうことなのだろうかと一瞬首をかしげたが、新しい切り札(仮)のために鏡花には多大な迷惑をかけたという事でその恩返しをしようとしているのだろうとなんとなく理解することができた
「・・・恩返しって、具体的には?」
「今度ある陽太の誕生日に二人きりの状況を作るのと、ついでにホテルとかの手配をする」
それは内容的には以前静希がクリスマスの時にやったのと似ている、だが今回の場合決定的に違うのは二人はすでに交際しているという点である
そう言う場面でホテルでの夕食などがあるとなれば、それなりに良い雰囲気にもなるだろう、鏡花からすればこれほどありがたいことは無いように思える
「なるほどね、二人とも実家に住んでるから簡単にお泊りなんてのもできないし、いい機会かもしれないね、その時は鏡花ちゃんはあれかね、明ちゃんの家に泊まってるって言い訳するのかな」
「ありがちだけどそうじゃないか?あるいは堂々と両親にそう言うか・・・まぁどっちにしろ鏡花ならうまくやるだろ・・・」
「確かにいい考えかもね・・・陽太君の誕生日は・・・あれ?・・・雪奈さんの実習がある日ですね」
明利の言葉に雪奈はゲッと声を漏らす、その後にスケジュールを確認しあちゃーと自分の顔を手で覆いこんだ
実習で雪奈がどうしても祝えないというのであれば仕方がないのだが、今回の主役は陽太と鏡花だ、あの二人さえいれば問題は無いように思える
「雪姉が祝えないのはあれだけど、まぁ誕生日プレゼントくらいは置いて行ってくれよ、そうすれば俺が渡しておくから」
静希の言葉に雪奈は申し訳なさそうにしながら、同時に非常に言いにくそうにしながら頬を掻いている、何か都合が悪いのだろうかと二人が首をかしげていると雪奈はゆっくりと口を開く
「あー・・・静、たいへん申し上げにくいんだけどね・・・今回の実習二年生に補助を頼んでるんだよ・・・」
補助、そう聞いて静希と明利は嫌な予感がする
二年生の実習は大まかに分けて三通り存在し、一年の時と同じように自分たちのレベルに合わせた実習、一年生の補助をするべく班を分け、多少レベルを下げた実習、そして三年生の補助を行う、少々レベルの高い実習がある
以前雪奈が実習の補助は静希達に頼もうかなどといっていた気がするが、よもやそれが今回になるようなことはないだろうなと目を見張る
「・・・ちなみにその発表があるのっていつ?」
「たぶん来週の半ばかな・・・私たちの方は補助の関係で早めに教えてもらったんだけど・・・たぶん間違いなく静たちになると思う・・・」
その言葉に静希と明利は開いた口がふさがらなくなってしまった、なんだって誰かの誕生日の時に限って予定が入るのか、いや予定が入るのはまだいい、そういう事はよくあることだ、問題はその予定に静希達を、さらに言えば誕生日の本人を巻き込んだことにある
「雪姉、長年の付き合いなんだから誕生日くらい覚えて予定組んでくれよ」
「しょ、しょうがないじゃんか!実習の日程は私が決めるわけじゃないし・・・!それに頼むときは静たちってことしか頭になかったんだよ・・・」
「・・・そうなると誕生日の日にお祝いはできないね・・・どうしようか・・・」
間近に迫った陽太の誕生日を前にまさかの問題が発生してしまった
今さらサプライズも何もないからそのあたりは陽太と話し合って決めることができるが、問題は何時鏡花とのセッティングをするかという事である
陽太の誕生日の日に夕食をセッティングすることができなくなった今、どうにかして別の日程にする必要がある、しかも実習中に誕生日があるというのも地味に厄介だ、まさかその日にプレゼントを渡すというわけにもいかないだろう
「誕生日は後日祝うとして・・・食事とホテルの件は・・・どうするかな・・早めの方がこっちとしてはありがたいけど・・・オルビア、予定を確認してくれ」
「かしこまりました、現在確認されている予定は雪奈様の実習、そして各種訓練、陽太様の誕生日となっております、マスターのお考えを反映するとなると、翌日が休みの金曜日が最適ではないかと思われます」
次の日の学校などを考えるとやはり金曜日が最も適しているのは間違いない、一週間近いずれが発生するがこれもまた仕方のないことだろう
特に二人をホテルから学校に行かせるわけにもいかない、オルビアの言う日程が一番適しているように感じられた
「じゃあその旨を二人に伝えておくか・・・ったく、まさかこんなに急に実習が入るとは思わなかったよ」
「てっきり二年生の実習の日程だと思ってたもんね・・・早めに準備しておかないと」
「あはは・・・申し訳ない・・・」
そう、二年生になると実習の日程にも班によって違いが出てくるのだ、一年生の補助をやっている班は一年生の日程を参考にし、三年生の補助を請け負うことになる班はその場合によって三年生の日程を確認しなくてはならない
今までのように自分たちの日程だけを確認しておけばいいというものでもないために非常に面倒なスケジュール管理が求められるのだ
「しかも雪姉たちがやる実習ってことはまず間違いなく戦闘があるだろ、こりゃいろいろ準備始めておかなきゃな」
「一応鏡花ちゃんに別のメールでホテルの件、送っておいたほうがいいかな?ちゃんと心の準備も必要だし」
「あー・・・そうだな、経験者の明利からいろいろアドバイスしておいてやってくれ」
何をすることになるのかは本人たちにもよるだろうが、鏡花にとって経験者である明利からの言葉は非常にありがたいものになるだろう
静希は連絡網代わりに全員に一斉送信でメールを送り、明利は鏡花に個人的にメールを送ることにした
次の日、鏡花はものすごく不機嫌そうな顔で教室にいた、何故不機嫌かはもはや確定的である
「お・・・おはよう鏡花、あんまりご機嫌麗しくない?」
「お・・・おはよう鏡花ちゃん・・・ど・・・どうした・・・の?」
二人が挨拶すると鏡花は二人を一瞥した後に大きなため息をつく
「なんでもないわ、予定が狂ってちょっとがっかりしてるだけ」
ちょっとというには少々眉間にしわが寄りすぎているように見えるが、鏡花がちょっとというのだ、実際はかなりがっかりしているのかもしれない
恐らく陽太の誕生日という事もあっていろいろと企画していたのだろう、それがすべて水泡に帰したのが随分と精神的にきているらしい
「で、明利から聞いたけどこいつの誕生日は実習の後の金曜日にやるのね?」
机に突っ伏す形で寝ている陽太の頭を軽く叩きながら鏡花がそう言うと、静希と明利は何度も頷く
今の鏡花は無駄に刺激しない方がいい、そう感じたのだ
「それで・・・だ、鏡花、水圧カッターの件で迷惑かけたから、ホテルのディナーとかいろいろと手配しようと思うんだが・・・いいか?」
「・・・手配って、クリスマスの時みたいな?あー・・・まぁいいけど・・・」
「それでね、今度はお泊りはどうかなって思ってるの」
明利の言葉に鏡花は一瞬何を言っているのかわからなかったのだろう、泊りというのは案外よくやっている、実習で何度も泊まりに行っているのだからそこまで珍しいことでもない
だが静希が言っているホテルのディナーという内容を鑑みると、その意味を正確に理解し始める
「・・・ま・・・まさか、そう言う事?そう言う事をしろと?」
「いや強制はしない、ただそう言う場を用意しようというだけだ、ただ飯食って泊まって帰ってくるのでも全然かまわない」
鏡花はわずかに顔を赤くしているが、あまりいい顔はしていなかった
当然と言えば当然だろう、いくら恋人になるまでいろいろと手伝ってもらったとはいえ、恋人になってからも手を貸してもらうのはどうかと思うのだ
「あのね静希、私達にだって自分たちのペースってものがあるのよ、その気持ちは凄くうれしいしありがたいけど、こういうのは自分たちで」
「これなら俺が用意したっていうのを口実に陽太と泊りデートできるけど、それは嫌なのか?」
静希の言葉に鏡花は硬直する
言葉も体も表情も止めて視線を逸らしている、そう、鏡花は今迷っているのだ
陽太と付き合いだしてからそれなりにいろんなところに行ったしいろんなことをした、だが日をまたぐようなことはしてこなかった、要するに同衾などはしたことがないのだ
いくら実習などで同じ屋根の下で寝泊まりしたことがあると言っても、学校行事とプライベートではその意味合いが違いすぎる、だからこそ今まで誘えずにいたのだ
だが静希の言うように、静希が善意で用意してくれたものであれば『静希が用意してくれたんだし、それを無碍にするのも悪いわね、仕方ないから今日は泊まりましょ』などという言い訳ができ、強制することもなく泊りができるのである
泊まりというだけではそこまで強い印象があるわけではないが、そこにデートという名前がつくとまた意味合いが変わってくる、それは要するに情事をするために泊まると言い換えてもいいだろう
鏡花だって年頃の女の子だ、そういう事に興味だってある、だがいざとなると誘うことができずに今まで今の距離を保っていたのだ
鏡花はへたれだ、だからこそ今まで清い付き合いをしてきたし、きっときっかけがなければこれからもそうしていたかもしれない
そんな時にきっかけともなる静希のこの提案がやってきたのだ
自分から言い出すでもなく、陽太に言わせるでもなく、第三者である静希の『善意』という形でそのチャンスがめぐってくる、鏡花からすれば千載一遇のチャンスと言っても過言ではなかった
とはいえ先程言いだした言葉を引っ込めるのか、それともプライドを優先するのか、それは鏡花の選択次第である
「・・・まぁいやっていうなら別の何かを考えるけど・・・ならただの食事に」
「待って・・・ちょっと待って・・・!」
静希の肩を掴みながら鏡花は震えている
今鏡花はプライドと巡ってきたチャンスを秤にかけているのだ、自分の性格をある程度知っているために、今度いつこのチャンスが巡ってくるかもわからない
静希の善意を受け取るという形であれば、鏡花も誘いやすいし、陽太も無碍にはしないだろう、その先にどのような流れになるのかは二人次第、あくまで場を整えるだけの話だ
そう自分に言い訳しながらも、鏡花はまだ迷っていた、だがいつまでも待たせるわけにはいかない、いつ陽太が目を覚ますとも限らないのだ
「・・・その・・・お願いできると・・・ありがたい・・・かも」
鏡花の言葉に静希と明利は満面の笑みを浮かべる、その反応に鏡花は顔を赤くしながら視線を逸らすが、二人は何度も頷きながらわかってるからとでもいうかのように笑みを崩さなかった
「んじゃ金曜日の夜に予約しておくよ、そのあたり予定空けとけよ、言い訳も考えておけ」
「・・・わかってるわよ・・・」
「何かアドバイス必要だったらいくらでもするから、頑張ってね鏡花ちゃん!」
「・・・わかった・・・わかったわ」
明利のアドバイスと聞いてあまりいい気はしなかったが、自分よりも経験豊富な明利のアドバイスだ、聞いておいて損はないだろう
誤字報告を五件分受けたので1.5回分(旧ルールで三回分)投稿
ようやく熱が下がりました、案外長かったなぁ
これからもお楽しみいただければ幸いです




