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J/53  作者: 池金啓太
二十七話「所謂動く痕跡」

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伝えるべき事柄

「もしもし・・・俺だ・・・彼と話をしたいという女性がいる・・・あぁ、保護した女性だ、向こうにもそのことを伝えてくれるか?・・・あぁ、ご夫人たちを巻き込まないようにある程度話す内容は決めておいてくれ」


エドに連絡し言葉を濁す形で釘をさす、オルビアの自動翻訳がないために電話の向こうにいるジャン・マッカローネが何を言うのかわからないのだ


妻と娘を巻き込まないために最低限の情報共有をという言い方をすればあの男ならばしっかりと言葉を選んで話すことができるだろう


携帯をスピーカーモードに切り替えて机の上に置くと、電話の向こう側から静希の知らない言語が聞こえてくる


「もしもし・・・私です・・・あなた、御無事ですか?」


どうやら彼女たちには通じるようだった、静希はとりあえずそのまま静観することにする


二、三言葉を交わし、何度か静希の方をちらちらと確認している、一体何を確認しているのかは静希も不明である


こういう時に他国の言語を把握しておくべきなのだ、勉強するべきことが増えてしまったなと思いながらも通話が終了し、携帯を静希が回収すると、二人は重々しく口を開いた


「・・・あの・・・主人が気を付けろとおっしゃっていたのですが・・・それは一体誰の事なのでしょうか・・・」


「・・・恐らくは二人いますね、片方は彼を脅して金銭を巻き上げていた犯人、そしてもう一人は俺の事でしょう」


静希は隠そうともせずにその事実を言うと、二人は先程までゆるめていた警戒を強める


信頼する夫であり父が警戒しろと言ったのだ、静希に警戒するべき理由があると判断したのだろう、ある程度は予想していたが、むしろ好都合である


「・・・あなたは私達を保護しているのではないのですか?なにが目的です?よもや金ですか?」


「金が目的であるならあなたたちに自由は与えずに完全に監禁しますよ・・・俺の目的はあくまで情報です・・・そしてご主人が俺を警戒しろと言ったのには、少々訳がありまして」


嘘は何一つ言っていない、彼女たちにはひとまず嘘を吐かないつもりだった、そう、嘘はつかずに説得する、あくまでこちらに都合のいいことだけを話して納得させるのだ


「まず、御主人がなぜ俺を警戒しろと言ったのか、その理由は一つ、現在俺があなたたちを人質にしてご主人に情報提供をするように脅しをかけたからです」


「・・・!?どういうことですか!?」


静希の言葉に、ジャンの妻は思わず声を荒らげ立ち上がるが、小さく息をついた後で静希は落ち着いてくださいと言って再び彼女を座らせる


「そのことについてもきちんとご説明します・・・ご主人が犯人から脅しをかけられて会社の金を横領していたというのはすでにお話しした通りだと思いますが、問題はその件が公的な司法機関にも確認されたことです」


司法機関、静希はそう言う風に表現したが実際のところはまだ捜査段階での話である、逮捕の段階に届いているかどうかはいまだ不明、どちらかというと事実確認と確保した後での証拠集めが主な流れだったのではないかと思える


静希が提供した証拠はあくまで金の流れの不明瞭な時期がちょうど二つの事件の時期に突出しているという部分と、その金の流れの先の話だけだ、確実な証拠を確保するためには本人を、さらには会社自体を調べるしかない


「それと脅しをかけることと、何の関係があるのですか?」


「・・・まずはご主人の今後についてが関わってきます、彼は今のところ被害者の立場です、犯罪を犯しているとはいえ脅されたうえで仕方なくという事であれば情状酌量の余地はまだあるでしょう、その為被害者でいつづけてもらう必要があるんです」


これはエドとカレンにも話したことだった、ジャンには被害者でいてもらう、単純な理由でしかないが、その方がいろいろと都合がいいのだ


「そしてむしろこっちの方が本題です・・・あなたたちを人質にご主人に金銭を奪った犯人が、万が一にも彼と、そしてあなたたちを標的にしないために脅すという形をとらせていただきました」


「・・・どういうことです?まだ私たちは狙われるのですか・・・?」


静希の言葉に多少不安になったのだろう、妻も娘も不安そうな表情をしている


命が狙われるかもしれないという事を言われては仕方のない反応だろう、この反応も静希にとっては好都合だった


「それをさせないために、あえて脅すという嘘を吐いたんです、もしご主人が自発的に犯人を裏切ったなら、犯人は逆上してご主人やあなたたちを標的にしたかもしれませんが、脅されて仕方なくという弱い立場を演じれば、標的をあなたたちから俺たちに向けられる」


「・・・それはなぜ?どんな形であれ裏切ったのであれば制裁を加えるのでは・・・?」


この辺りはやはり事情を知らないからか、仕方のない質問だろう、だが順序良く話すという意味では丁度いい質問だった


この女性は物事を順序良く考えるのが得意で、なおかつ思考と感情の切り替えが早い、言ってしまえば頭の良い女性だ


「深く犯人と関わっていたならそれもあり得たでしょうが、御主人は幸か不幸か犯人とあまり深くかかわりを持っていませんでした、その為我々に提供できるのも情報程度、それなら制裁のために干渉するよりも切り捨てたほうが早いし楽なんです・・・自分から噛みつかない限りは」


自分から噛みついてくるような敵意を丸出しにする人間に関しては、飛んできた火の粉を振り払うがごとく打ち払われるだろう、だが脅されているという弱い立場の、ほとんど重要な情報も持ち合わせていないただの財布代わりの無能力者、そんな存在にリチャードがいちいち干渉するとは思えないのだ


さらに言えば、会社の金の流れから言ってジャン・マッカローネの役目はほぼ終わっていると言っていいだろう


以前の奇形化事件から流れる金が急激に減ったのがその証拠である、もはや最低限の運営費くらいしか出していないのではと思えるほどに


もちろんこのことはジャン・マッカローネにも、目の前の二人にも伝えるつもりはない


伝えるべき情報とそうではない情報はきっちり分けたほうが相手の動きを上手くコントロールできるのだ


「・・・主人はこのことを知っているのですか?あなたが主人も私たちも危険にさらさないようにしていると」


「いえ、知らないでしょう、話していませんから」


隠されているのは自分達ではなく主人の方、その事実に二人は動揺を隠せなかった


普通は逆なのではないかと思えたのだ、実際に動く人間には教え、何の関係もない人間には隠しておく、そう言う風にした方がいいのではないかと思えたのだ


無論その方法もあったのだが、静希はあえてそれを逆にした、理由は二つある


「もちろん理由はあります、御主人には、自身がしっかりと被害者であるという自覚を持っていただかなくてはいけません、その分精神的な負担は増えるでしょうが、この件が片付いた後に余計な罪悪感を抱えずに済みます」


被害者でいるなら堂々としていればいい、自分は悪いことなどしていないのだから


そう言う自覚がある人間は本当に清々しい程に厄介なのである、彼の場合犯罪を犯しているが、脅されているからという免罪符があるのだ、その免罪符を持ち続けることに意味があるのである


そして静希があえて逆にしたもう一つの理由、それはそのほうがジャン・マッカローネのスペックが上がると思ったのだ


静希はジャンの普段の姿は知らない、どのように働いているのかもわからないし、どんな生活をしているのかも知らない


だがあの男は自分のためよりも誰かのための方が高い性能を発揮する、そう思ったのだ


体を傷つけられ、苦痛に悶えながらも家族のためにとあの男は口を割ろうとしなかった


家族愛というものを誰よりも強く持っているのだろう、あの類の人間は誰かのために行動させた方がいいのである


もちろんこんなことは目の前の二人には言えない、だから黙っていた、言う必要のないことだからである


「なのでお二人にも、御主人にはこのことは内密にしておいていただけると助かります、その方が彼の今後にもつながると思うので・・・」


「・・・そう・・・ですね・・・・・・わかりました、このことは主人には内密にしておきます」


静希の言葉に納得したのか、目の前の二人は凛々しい顔をして頷いて見せる

上手く話を持って行けたと静希は内心ほくそ笑む


誰かのために行動する、どうやらマッカローネという家族はその特色が随分強いようだった


ジャンは妻と娘のために、一方妻と娘はジャンのために、それぞれ行動し、なおかつ嘘を吐いている


ここで大事なのは片方にだけ真実を告げるという事である、そして何より今後のことを考え、反抗されると厄介なほうに真実を伝えるというのが手っ取り早いのだ


ジャンの方ははっきり言って家族を人質にとっているぞと言えば簡単に黙らせられるが、こちらの二名には傷をつけるわけにはいかないために納得させるほかないのだ


旦那の事情を把握し、その上で何とかしようとしてくれている第三者の存在、そして旦那のために行動するが故についた嘘についても告げた


旦那は知らないが自分たちには話してくれている、その事実が彼女たちの中で静希の信頼度を多少なりともあげているのだ


そしてもう一手、静希が信頼されるためにとるべきことがある


「それと、これを渡しておきます、俺の携帯に直接つながる番号とアドレスです」


「・・・これは・・・どうすれば?」


「あなたたちを警護しているのは良くも悪くも腕っ節の立つ連中です、なのでもし不快な思いをしたり・・・無いようにはしますがもし危害を加えられた際はここにすぐ連絡してください、然るべき対応をしますから」


自分は味方である、なおかつ唯一の頼れる人間としての立場を作ることで静希の信頼度を強引に引き上げるのである


信頼度をあげるというよりは、誰かに頼るその最終手段としての立場を作ることの方が重要なのだ、そうすれば家族にしか話さないような内容でも話してくれる可能性がある


「ただ一つ問題がありまして、俺は日本語しか話せないので、可能ならゆっくりな英語か・・・日本語を話してくれると助かります」


「・・・?今は普通に話せていますが・・・?」


これは能力のおかげなのでと付け足しながら静希は苦笑する


外見上はただの少年である静希に、眼前の二人は多少警戒心が薄れたのだろう、大人の対応をしていてもただの子供、そう言う風に油断してくれれば何よりである


自分の表情や声音、仕草や態度、全てを使って相手をコントロールする


今まで多くの大人や人物と関わってきた静希が身に着けた、静希なりの処世術のようなものである


まだ子供であるという事実まで利用したその演技に二人はすっかり騙されてしまっているようだった、内心舌を出しながら静希はとりあえず話を続けることにした


今ならもう少しいろいろな話ができるだろうと踏んだのである


「では他に何か質問はありますか?俺にわかることであれば可能な限りお答えします」


その後静希とジャンの妻との会話は続いた、二人の会話が終わったのは面会時間ぎりぎりになるまで続いたのである


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